【文献】
宮内 勇馬,軸受け摩耗予測計算と薄層放射化法による予測精度検証,マツダ技報,2008年 4月,No.26,pp.147-152
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記摩擦力付与部は、潤滑剤の粘度、2つの物体間の相対速度、および、2つの物体間に作用する面圧から導出されるパラメータを用いて算出される摩擦係数を用いて算出される摩擦力を付与することを特徴とする請求項1に記載の解析装置。
前記摩擦力付与部は、前記パラメータの大きさに応じてその大きさが連続的に変化する摩擦係数を用いて算出される摩擦力を付与することを特徴とする請求項2に記載の解析装置。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。
【0012】
実施の形態に係る解析装置における解析手法の原理を説明する。
図1は、潤滑剤(流体)が介在する物体間の摩擦係数と、粘度、相対速度および面圧との関係を示したストライベック曲線を示す。
図1に示すように、物体間の摩擦状態には、流体潤滑状態、混合潤滑状態および境界潤滑領域の3つの状態がある。特許文献1に記載されている技術では、潤滑剤が非常に薄くなり物体同士の接触が生じている境界潤滑状態の再現は可能であるが、流体潤滑状態、混合潤滑状態および境界潤滑領域のすべてを再現したシミュレーションを実施することはできない。また、2つの物体の接触面の状態をより忠実に再現することで3つの状態を原理的に導くことも考えられるが、そのためには2つの物体の接触面により多くの粒子を配置し、かつ、潤滑剤の粒子系を導入する必要があり、粒子総数が増大して計算負荷が増える可能性がある。そこで、本実施の形態では、特許文献1に記載されている解析手法における摩擦係数部分を粘度、相対速度および面圧の関数に変更する。より具体的には、ストライベック曲線を再現する関数に変更する。これにより、粒子数や計算負荷をそれほど増やすことなく、特に潤滑剤の粒子系を導入することなく、3つの状態を再現したシミュレーションを実現する。
【0013】
特許文献1の式(8)、式(18)をそれぞれ式(1)、式(2)として以下に示す。
【数1】
ここでMは、それぞれ接触している物体A、Bを表す粒子系に属する粒子i、jの換算質量であり、v
rはそれらの粒子の相対速度である。μは摩擦係数であり、Nは垂直抗力である。式(1)、式(2)より、与えられている摩擦力f
fricは、
【数2】
となる。
【0014】
本解析手法では、ストライベック曲線を再現するため摩擦係数μを以下に示すように潤滑剤の粘度、2つの物体間の相対速度、および、2つの物体間に作用する面圧の関数とする。
【数3】
よって摩擦力は、
【数4】
となる。ここでηは粘度、v
rは相対速度、Pは面圧であり、a、b、c、d、f、n、mは係数である。
【0015】
式(4)に示すように、摩擦係数μは、粘度η、相対速度v
rおよび面圧Pの大きさの応じて連続的にすなわち滑らかに変化する。なお、式(4)は、例えば階段関数などの不連続関数で表される関係であってもよい。
【0016】
式(5)によると、摩擦力f
fricは相対速度v
rの向きの単位ベクトルに比例するベクトルであるから、摩擦力f
fricの向きは相対速度v
rの大きさに依らず相対速度v
rの向きである。摩擦力f
fricの大きさは相対速度v
rの大きさに応じて変化する。
【0017】
図2は、実施の形態に係る解析装置100の機能および構成を示すブロック図である。ここに示す各ブロックは、ハードウエア的には、コンピュータのCPU(central processing unit)をはじめとする素子や機械装置で実現でき、ソフトウエア的にはコンピュータプログラム等によって実現されるが、ここでは、それらの連携によって実現される機能ブロックを描いている。したがって、これらの機能ブロックはハードウエア、ソフトウエアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、本明細書に触れた当業者には理解されるところである。
【0018】
本実施の形態ではRMD法に倣って粒子系を解析する場合について説明するが、DEM(Distinct Element Method)やSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)やMPS(Moving Particle Semi-implicit)などの粒子法や繰り込みを行わないMD法に倣って粒子系を解析する場合にも、本実施の形態に係る技術的思想を適用できることは本明細書に触れた当業者には明らかである。
【0019】
解析装置100は入力装置102およびディスプレイ104と接続される。入力装置102は、解析装置100で実行される処理に関係するユーザの入力を受けるためのキーボード、マウスなどであってもよい。入力装置102は、インターネットなどのネットワークやCD、DVDなどの記録媒体から入力を受けるよう構成されていてもよい。
【0020】
解析装置100は、粒子系取得部108と、数値演算部120と、表示制御部118と、粒子データ保持部114と、を備える。
【0021】
粒子系取得部108は、入力装置102を介してユーザから取得する入力情報に基づき、1、2または3次元の仮想空間内に定義されるN(Nは自然数)個の粒子からなる粒子系のデータを取得する。粒子系はRMD法を使用して繰り込まれた粒子系である。
【0022】
粒子系取得部108は、入力情報に基づき仮想空間内にN個の粒子を配置し、配置されたそれぞれの粒子に速度を付与する。すなわち、粒子系取得部108は、粒子系に初期位置および初期速度を付与する。粒子系取得部108は、配置された粒子を特定する粒子IDと、その粒子の位置と、その粒子の速度と、を対応付けて粒子データ保持部114に登録する。
【0023】
以下、解析装置100が、潤滑剤が介在する2つの物体A、Bの相対運動を数値解析によりシミュレートする場合について説明する。N個の粒子からなる上記粒子系は、一方の物体Aを表す第1粒子系と、他方の物体Bを表す第2粒子系と、を含む。なお、上述したように、2つの物体A、Bの間に介在する潤滑剤の粒子系は導入しない。
【0024】
以下では粒子系の粒子は全て同質または同等なものとして設定され、かつ、ポテンシャルエネルギ関数は2体のポテンシャルであって粒子によらずに同じ形を有するものとして設定される場合について説明する。しかしながら、他の場合にも本実施の形態に係る技術的思想を適用できることは、本明細書に触れた当業者には明らかである。
【0025】
数値演算部120は、粒子データ保持部114によって保持されるデータが表す第1粒子系、第2粒子系それぞれの各粒子の運動を支配する支配方程式を数値的に演算する。特に数値演算部120は、離散化された粒子の運動方程式にしたがった繰り返し演算を行う。
数値演算部120は、接触粒子対特定部110と、摩擦力付与部132と、力演算部122と、粒子状態演算部124と、状態更新部126と、終了条件判定部128と、を含む。
【0026】
接触粒子対特定部110は、第1粒子系に含まれる粒子と第2粒子系に含まれる粒子とからなる粒子対について、2つの物体A、Bの接触に関与する接触粒子対を特定する。接触粒子対特定部110における接触粒子対の特定は、例えば特許文献1の主に
図1を参照して開示される技術を使用して実現されてもよく、または他の接触判定技術を使用して実現されてもよい。
【0027】
摩擦力付与部132は、2つの物体間の摩擦状態であって、流体潤滑状態、混合潤滑状態および境界潤滑状態の各摩擦状態に応じた摩擦係数を用いて算出される摩擦力を、接触粒子対特定部110によって特定された接触粒子対に含まれる粒子のそれぞれに付与する。
【0028】
摩擦力付与部132は、面圧を求めるのに必要となる2つの物体間の接触面積を計算する。続いて、摩擦力付与部132は、2つの物体間の摩擦状態に応じた摩擦係数を式(4)に基づき算出し、算出した摩擦係数と式(5)に基づき摩擦力を算出する。摩擦力付与部132は、接触粒子対に含まれる2つの粒子に付与すべき摩擦力の向きを、相対速度に沿った方向で互いに逆向きとする。摩擦力付与部132は、接触粒子対に含まれる各粒子について決定された付与すべき摩擦力を粒子データ保持部114に登録する。
【0029】
力演算部122は粒子データ保持部114によって保持される第1粒子系、第2粒子系のデータを参照し、各粒子系の各粒子について、粒子間の距離に基づきその粒子に働く摩擦力以外の力を演算する。力演算部122は、第1粒子系の演算対象の粒子について、その演算対象の粒子との距離が所定のカットオフ距離よりも小さな粒子(以下、近接粒子と称す)を決定する。
【0030】
力演算部122は、各近接粒子について、その近接粒子と演算対象の粒子との間のポテンシャルエネルギ関数およびその近接粒子と演算対象の粒子との距離に基づいて、その近接粒子が演算対象の粒子に及ぼす力を演算する。特に力演算部122は、その近接粒子と演算対象の粒子との距離の値におけるポテンシャルエネルギ関数のグラジエント(Gradient)の値から力を算出する。力演算部122は、近接粒子が演算対象の粒子に及ぼす力を全ての近接粒子について足し合わせることによって、演算対象の粒子に働く力を算出する。
力演算部122は、第2粒子系の粒子に働く力も同様に算出する。
【0031】
粒子状態演算部124は粒子データ保持部114に保持される第1粒子系、第2粒子系のデータを参照し、各粒子系の各粒子について、離散化された粒子の運動方程式に力演算部122によって演算された力および粒子データ保持部114によって保持される摩擦力を適用することによって粒子の位置および速度のうちの少なくともひとつを演算する。本実施の形態では、粒子状態演算部124は粒子の位置および速度の両方を演算する。
【0032】
粒子状態演算部124は、接触粒子対特定部110によって特定された接触粒子対に含まれる粒子については、力演算部122によって演算された力および粒子データ保持部114によって保持される摩擦力を含む離散化された粒子の運動方程式から粒子の速度を演算する。粒子状態演算部124は、それ以外の粒子については、力演算部122によって演算された力を含む離散化された粒子の運動方程式から粒子の速度を演算する。
【0033】
粒子状態演算部124は、接触粒子対に含まれる第1粒子系の粒子について、蛙跳び法やオイラー法などの所定の数値解析の手法に基づき所定の微小な時間刻みΔtを使用して離散化された粒子の運動方程式に、力演算部122によって演算された力および粒子データ保持部114によって保持される摩擦力を代入することによって、粒子の速度を演算する。この演算には以前の繰り返し演算のサイクルで演算された粒子の速度が使用される。
【0034】
粒子状態演算部124は、演算された粒子の速度に基づいて粒子の位置を算出する。粒子状態演算部124は、接触粒子対に含まれる第1粒子系の粒子について、所定の数値解析の手法に基づき時間刻みΔtを使用して離散化された粒子の位置と速度の関係式に、演算された粒子の速度を適用することによって、粒子の位置を演算する。この演算には以前の繰り返し演算のサイクルで演算された粒子の位置が使用される。
【0035】
粒子状態演算部124における、接触粒子対に含まれない第1粒子系の粒子についての演算は摩擦力を考慮しない点を除いて上記と同様である。また、粒子状態演算部124は、第2粒子系の粒子についても同様に速度、位置を演算する。
【0036】
状態更新部126は、粒子状態演算部124における演算結果に基づき各粒子系の各粒子の状態を更新する。状態更新部126は、粒子データ保持部114に保持される各粒子系の各粒子の位置および速度のそれぞれを、粒子状態演算部124によって演算された位置および速度で更新する。
【0037】
終了条件判定部128は、数値演算部120における繰り返し演算を終了すべきか否かを判定する。繰り返し演算を終了すべき終了条件は、例えば繰り返し演算が所定の回数行われたことや、外部から終了の指示を受け付けたことや、粒子系が定常状態に達したことである。終了条件判定部128は、終了条件が満たされる場合、数値演算部120における繰り返し演算を終了させる。終了条件判定部128は、終了条件が満たされない場合、処理を接触粒子対特定部110に戻す。すると接触粒子対特定部110は、状態更新部126によって更新された粒子の位置で再び接触粒子対を特定する。
【0038】
表示制御部118は、粒子データ保持部114に保持されるデータが表す各粒子系の各粒子の位置、速度に基づき、ディスプレイ104に粒子系の時間発展の様子やある時刻における状態を表示させる。この表示は、静止画または動画の形式で行われてもよい。
【0039】
図3は、粒子データ保持部114の一例を示すデータ構造図である。粒子データ保持部114は、粒子IDと、粒子の位置と、粒子の速度と、粒子に摩擦力が付与されている場合はその摩擦力と、を対応付けて保持する。
【0040】
上述の実施の形態において、保持部の例は、ハードディスクやメモリである。また、本明細書の記載に基づき、各部を、図示しないCPUや、インストールされたアプリケーションプログラムのモジュールや、システムプログラムのモジュールや、ハードディスクから読み出したデータの内容を一時的に記憶するメモリなどにより実現できることは本明細書に触れた当業者には理解されるところである。
【0041】
以上の構成による解析装置100の動作を説明する。
図4は、解析装置100における一連の処理の一例を示すフローチャートである。粒子系取得部108は、RMD法に倣って繰り込まれた第1粒子系および第2粒子系を取得する(S202)。接触粒子対特定部110は、特定されていない接触粒子対の有無を判定する(S204)。特定されていない接触粒子対が存在すると判定された場合(S204のY)、接触粒子対特定部110はこれまで特定されていない接触粒子対を特定する(S206)。摩擦力付与部132は、2つの物体間の摩擦状態に応じた摩擦係数を算出し、各粒子対に付与すべき摩擦力を算出する(S208)。摩擦力付与部132は、接触粒子対に含まれる各粒子に算出した摩擦力を付与(S210)。その後、処理はステップS204に戻る。
【0042】
ステップS204において存在しないと判定された場合(S204のN)、力演算部122は、粒子間の距離から粒子に働く摩擦力以外の力を演算する(S212)。粒子状態演算部124は、粒子の運動方程式から粒子の速度と位置を演算する(S214)。ここで、接触粒子対に含まれる粒子の運動方程式には、摩擦力が導入される。状態更新部126は、粒子データ保持部114に保持される粒子の位置、速度を演算された位置、速度で更新する(S216)。終了条件判定部128は、終了条件が満たされるか否かを判定する(S218)。終了条件が満たされない場合(S218のN)、処理はS204に戻される。終了条件が満たされる場合(S218のY)、処理は終了する。
【0043】
本実施の形態に係る解析装置100によると、2つの物体の接触面に配置する粒子が特許文献1と同程度で、かつ、潤滑剤の粒子系を導入することなく、すなわち粒子数や計算負荷をそれほど増やすことなく、流体潤滑状態、混合潤滑状態および境界潤滑状態の3つの状態を再現したシミュレーションを実現できる。その結果、摩擦が関与する現象をより正確にシミュレートすることができる。
【0044】
本発明者は、本実施の形態に係る解析装置100を使用して以下の検証を行った。
図5は、検証モデルを示す模式図である。大きな板302の上に小さな板304を置く。小さな板304には上から加重Fnが加えられている。また、大きな板302と小さな板304とには、粘度ηの潤滑剤が介在している。この状態で、バネ306およびダンパー308を介して小さな板304とつながれた物体310を一定速度Vで引っ張る。ダンパー308は小さな板304の速度に対する減衰項を与える。また、摩擦係数μがこの検証モデルにおけるストライベック曲線に合うよう式(5)の各係数を、a=3.0×10
−1、b=1.0×10
9、c=3.8、d=7.0×10
5、f=0.0、n=1、m=1とした。
【0045】
計算条件はV=0.01〜0.1[m/s]、Fn=100[N]、η=9.8×10
−4[Pa・s]とし、このときの摩擦力(図中のFf)を測定した。つまり、物体310を引っ張る速度を変化させながら、角速度での摩擦力Ffを測定した。
【0046】
図6は、検証モデルにおけるストライベック曲線と、本実施の形態に係る手法を使用した計算結果から得られた摩擦係数と、粘度、相対速度および面圧との関係を示す。
図6より、ストライベック曲線(薄い点線)と、測定した摩擦力Ffから算出した摩擦係数と、粘度、相対速度および面圧との関係(濃い点線)とが比較的一致していることが分かる。これより、流体潤滑状態、混合潤滑状態および境界潤滑状態を考慮したシミュレーションが実現できることが分かる。
【0047】
以上、実施の形態に係る解析装置100の構成と動作について説明した。この実施の形態は例示であり、その各構成要素や各処理の組み合わせにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0048】
実施の形態では、数値演算部120において粒子の位置と速度の両方を演算する場合について説明したが、これに限られない。例えば、数値解析の手法にはVerlet法のように、粒子の位置を演算する際に粒子に働く力から粒子の位置を直接演算し、粒子の速度は陽に計算しなくてもよい手法もあり、本実施の形態に係る技術的思想をそのような手法に適用してもよい。