特許第6092445号(P6092445)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6092445
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】抗がん剤吸着シート体
(51)【国際特許分類】
   A61J 3/00 20060101AFI20170227BHJP
   B01J 20/20 20060101ALI20170227BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
   A61J3/00 310Z
   B01J20/20 F
   B01J20/28 Z
【請求項の数】10
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2016-97120(P2016-97120)
(22)【出願日】2016年5月13日
【審査請求日】2016年5月31日
(31)【優先権主張番号】特願2015-181831(P2015-181831)
(32)【優先日】2015年9月15日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】507148456
【氏名又は名称】学校法人 岩手医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】592184876
【氏名又は名称】フタムラ化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079050
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 憲秋
(74)【代理人】
【識別番号】100202979
【弁理士】
【氏名又は名称】鬼頭 優希
(74)【代理人】
【識別番号】100201879
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 大輝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 淳也
(72)【発明者】
【氏名】横井 誠
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 加奈
【審査官】 岩下 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特許第5062685(JP,B2)
【文献】 特開2012−183175(JP,A)
【文献】 特開2012−192623(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61J 3/00
B01J 20/20
B01J 20/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部と、
前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され薬剤液を前記薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部と、
前記薬剤液吸収層部の第2面側に配され前記薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部とを積層して備えており、
前記薬剤液吸収層部は吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材と、繊維状吸液シート部材とを備えているとともに、前記吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、
前記薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、
前記透過防止部は樹脂製シート部材である
ことを特徴とする抗がん剤吸着シート体。
【請求項2】
前記活性炭含有シート状部材が前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され、前記繊維状吸液シート部材が前記薬剤液吸収層部の第2面側に配されている請求項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項3】
抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部と、
前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され薬剤液を前記薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部と、
前記薬剤液吸収層部の第2面側に配され前記薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部とを積層して備えており、
前記薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材と、水膨潤性樹脂部材と、繊維状吸液シート部材とを備えているとともに、前記吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、
前記薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、
前記透過防止部は樹脂製シート部材である
ことを特徴とする抗がん剤吸着シート体。
【請求項4】
前記活性炭含有シート状部材が前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され、前記繊維状吸液シート部材が前記薬剤液吸収層部の第2面側に配されているとともに、前記水膨潤性樹脂部材が前記活性炭含有シート状部材と前記繊維状吸液シート部材の間に備えられている請求項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項5】
前記薬剤分子が不揮発性の分子である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項6】
前記薬剤分子の分子量が100ないし1000である請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項7】
前記吸着活性炭が、さらに、DHプロット法による測定において当該吸着活性炭の単位重量当たりの細孔直径1〜100nmの細孔の細孔容積を0.08cm3/g以上とする物性を有する請求項1ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項8】
前記薬剤液透過部が、JIS L 1913(2010)に準拠した保水率の試験において、500%以下の保水率である請求項1ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項9】
前記薬剤液透過部が合成樹脂繊維の不織布である請求項1ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【請求項10】
前記繊維状吸液シート部材が、セルロース成分から形成されている請求項ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗がん剤吸着シート体に関し、特に抗がん剤の調製時に薬剤液中に含まれる毒性の高い成分を吸着する薬剤液吸液シート体に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤は、がん細胞の増殖を抑制し最終的には、その増殖を抑制または死滅させる製剤である。その作用機序は、対象となるがん細胞に浸入し同細胞のDNAの複製や合成の阻害、微小管形成の阻害(細胞分裂阻害)、細胞内代謝の阻害または栄養供給血流の制御等を引き起こす。それゆえ、抗がん剤はがん化した細胞に作用してアポトーシス等の細胞死を引き起こす反面、通常細胞に対しても高い毒性を持つ。このため、抗がん剤の取り扱いには慎重さを要する。
【0003】
現在、各種のがんに対して対応するべく、抗がん剤を使用した化学療法が多く取り入れられている。抗がん剤治療において、抗がん剤については患者個別の用量が医師により決定され、その処方箋に基づき薬剤師により点滴用容器(輸液バッグ)等に分注される。この抗がん剤調製の作業をさらに詳しく見ると、注射針、薬品びん、点滴液等から飛散した抗がん剤の飛沫、エアロゾルが薬剤師等の皮膚に付着すること、またこれらを呼吸器から吸入する一次被がある。また、飛散した抗がん剤の液滴に接触した薬剤袋やびん等を介して薬剤師等の皮膚に付着する二次被がある。特に、抗がん剤の調製は専門の薬剤師により行われる。そのため、薬剤師や看護師等の医療従事者自身の職業的な抗がん剤被の危険性が指摘されている。特に、長期間の作業従事により、医療従事者自身の流産、白血病、膀胱がん等の報告がある。従って、医療従事者の抗がん剤による曝露対策は非常に重要である。
【0004】
現状の抗がん剤調製作業においては、防水性のエプロン、二重にした手袋、活性炭入りマスクが着用される。抗がん剤調製作業は調製時に発生するエアロゾルを外部に流出させない生物学的安全キャビネット、閉鎖式調製器具等の薬剤飛散を低減する環境下で行われる。しかしながら、実際のところ環境的汚染は完全には防ぎきれていない。抗がん剤調製作業は、例えば、実習キットの発明等により開示されており、同実習キットを用いて訓練が行われる(特許文献1参照)。この場合、安全キャビネットの作業台上に吸液シートが敷かれる。
【0005】
通常、抗がん剤の調製作業中に飛散した抗がん剤飛沫は作業環境下に敷かれる作業シートに吸着され、作業環境下での二次拡散が抑制されるものと思われる。しかし、現状のガイドラインにおいても、作業シートについては、「表面が吸水性素材で裏面が薬剤不透過素材である。」と指定されているに過ぎない。つまり、現状の作業シートは抗がん剤調製専用に開発されたシートではない。従って、使用されている吸液シートは、手術関連の滅菌ドレープ、血液、体液、または排泄物等の吸収を目的としたパルプ製のシートを代用しているのが実際である。それゆえ、既存の作業シートにおいては必ずしも抗がん剤の吸着は十分ではない。
【0006】
また、既存の吸液シートの技術として次の構造が知られている。例えば、高吸水性材料の両面に紙が貼られ、さらにその紙の上に不織布が貼られた積層シートである(特許文献2参照)。または、2枚のパルプシートの間に活性炭含有シートが備えられて積層化した積層シートである(特許文献3参照)。これらの積層シートによると、尿等の一般的な液体の吸収には効果を発揮するものの、毒性が問題視される抗がん剤成分の吸着は必ずしも十分とはいえない。
【0007】
既存の吸液シートの場合、吸水(吸液)性能の改善は主に吸液量の向上と同視されている。しかしながら、抗がん剤調製作業が念頭に置かれた場合、抗がん剤等の薬物を含有する溶液が適切に浸透され、吸着され、最終的に保持されるといったより高度な性能が要求される。それゆえ自明ながら、高度な安全性追及の性能面は依然として十分とはいえない。一連の経緯から、医療従事者の抗がん剤による曝露対策を念頭に、抗がん剤等の毒性の高い薬剤の吸着に特化したより高性能の吸液シートが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第5062685号公報
【特許文献2】特許第2862274号公報
【特許文献3】特許第4301633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
その後、発明者らは、吸液シートにおける抗がん剤等の毒性の高い薬剤の吸着性能及び保持性能を向上させるべく、吸液シート使用される材料を鋭意検討し続けた。結果、飛散した薬剤液の浸透性能を高め、かつ、内部において十分に吸収可能な抗がん剤吸着シート体を開発するに至った。
【0010】
本発明は、前記の点に鑑みなされたものであり、抗がん剤等の毒性の高い薬剤の吸着及び保持に十分な効果を発揮し、医療環境における医療従事者の安全性をより向上させる抗がん剤吸着シート体を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、請求項1の発明は、抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部と、前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され薬剤液を前記薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部と、前記薬剤液吸収層部の第2面側に配され前記薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部とを積層して備えており、前記薬剤液吸収層部は吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材と、繊維状吸液シート部材とを備えているとともに、前記吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、前記薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、前記透過防止部は樹脂製シート部材であることを特徴とする抗がん剤吸着シート体に係る。
【0012】
請求項の発明は、前記活性炭含有シート状部材が前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され、前記繊維状吸液シート部材が前記薬剤液吸収層部の第2面側に配されている請求項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0013】
請求項3の発明は、抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部と、前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され薬剤液を前記薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部と、前記薬剤液吸収層部の第2面側に配され前記薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部とを積層して備えており、前記薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材と、水膨潤性樹脂部材と、繊維状吸液シート部材とを備えているとともに、前記吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、前記薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、前記透過防止部は樹脂製シート部材であることを特徴とする抗がん剤吸着シート体に係る。
【0014】
請求項の発明は、前記活性炭含有シート状部材が前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され、前記繊維状吸液シート部材が前記薬剤液吸収層部の第2面側に配されているとともに、前記水膨潤性樹脂部材が前記活性炭含有シート状部材と前記繊維状吸液シート部材の間に備えられている請求項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0015】
請求項の発明は、前記薬剤分子が不揮発性の分子である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0016】
請求項の発明は、前記薬剤分子の分子量が100ないし1000である請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0017】
請求項の発明は、前記吸着活性炭が、さらに、DHプロット法による測定において当該吸着活性炭の単位重量当たりの細孔直径1〜100nmの細孔の細孔容積を0.08cm3/g以上とする物性を有する請求項1ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0018】
請求項の発明は、前記薬剤液透過部が、JIS L 1913(2010)に準拠した保水率の試験において、500%以下の保水率である請求項1ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0019】
請求項の発明は、前記薬剤液透過部が合成樹脂繊維の不織布である請求項1ないしのいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【0020】
請求項10の発明は、前記繊維状吸液シート部材が、セルロース成分から形成されている請求項7ないし10のいずれか1項に記載の抗がん剤吸着シート体に係る。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部と、前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され薬剤液を前記薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部と、前記薬剤液吸収層部の第2面側に配され前記薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部とを積層して備えており、前記薬剤液吸収層部は吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材と、繊維状吸液シート部材とを備えているとともに、前記吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、前記薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、前記透過防止部は樹脂製シート部材であるため、抗がん剤等の毒性の高い薬剤の吸着及び保持に十分な効果を発揮し、医療環境における医療従事者の安全性をより向上可能である。さらに、抗がん剤吸着シート体における吸液能力が補強される。
【0022】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項の発明において、前記活性炭含有シート状部材が前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され、前記繊維状吸液シート部材が前記薬剤液吸収層部の第2面側に配されているため、薬剤液吸収層部では吸収し切れなかった薬剤液の水分等は直下の繊維状吸液シート部材により吸収可能となる。
【0023】
請求項3の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部と、前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され薬剤液を前記薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部と、前記薬剤液吸収層部の第2面側に配され前記薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部とを積層して備えており、前記薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材と、水膨潤性樹脂部材と、繊維状吸液シート部材とを備えているとともに、前記吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、前記薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、前記透過防止部は樹脂製シート部材であるため、抗がん剤等の毒性の高い薬剤の吸着及び保持に十分な効果を発揮し、医療環境における医療従事者の安全性をより向上可能である。加えて、抗がん剤吸着シート体における吸液能力がさらに補強される。
【0024】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項の発明において、前記活性炭含有シート状部材が前記薬剤液吸収層部の第1面側に配され、前記繊維状吸液シート部材が前記薬剤液吸収層部の第2面側に配されているとともに、前記水膨潤性樹脂部材が前記活性炭含有シート状部材と前記繊維状吸液シート部材の間に備えられているため、薬剤液吸収層部では吸収し切れなかった薬剤液の水分等は直下の水膨潤性樹脂部材及び繊維状吸液シート部材により吸収可能となる。
【0025】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項1ないし4のいずれかの発明において、前記薬剤分子が不揮発性の分子であるため、経皮吸収の危険性が軽減される。
【0026】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項1ないし5のいずれかの発明において、前記薬剤分子の分子量が100ないし1000であるため、現在処方される抗がん剤の薬剤分子はほぼ網羅される。
【0027】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項1ないしのいずれかの発明において、前記吸着活性炭が、さらに、DHプロット法による測定において当該吸着活性炭の単位重量当たりの細孔直径1〜100nmの細孔の細孔容積を0.08cm3/g以上とする物性を有するため、幅広い分子量の薬剤分子を吸着することができる。
【0028】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項1ないしのいずれかの発明において、前記薬剤液透過部が、JIS L 1913(2010)に準拠した保水率の試験において、500%以下の保水率であるため、薬剤液は透過し薬剤液吸収層部で吸収(薬剤分子を吸着)される。そして、薬剤液透過部の表面部分での薬剤分子の露出は極力抑制され、薬剤液吸液シート体の安全性は、封じ込めの作用により高まる。
【0029】
請求項の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項1ないしのいずれかの発明において、前記薬剤液透過部が合成樹脂繊維の不織布であるため、吸液性は抑制される。
【0030】
請求項10の発明に係る抗がん剤吸着シート体によると、請求項ないしのいずれかの発明において、前記繊維状吸液シート部材が、セルロース成分から形成されているため、セルロース成分の親水性の良さが吸液に活用される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図11実施形態の抗がん剤吸着シート体の断面図である。
図22実施形態の抗がん剤吸着シート体の断面図である。
図33実施形態の抗がん剤吸着シート体の断面図である。
図4】作製した抗がん剤吸着シート体の全体写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の抗がん剤吸着シート体は、主に抗がん剤等の調製作業、治療に携わる医療従事者の曝露対策に使用される吸着シート体の一種である。特に、注液時に飛散した薬剤がさらに飛散してしまうような二次拡散にも有効に対処し得る吸着シート体である。以後、図1ないし図3の断面図を用いながら、各実施形態の抗がん剤吸着シート体の構造、特性について順に説明する。
【0033】
[第1実施形態]
図1の断面図(模式図)は第1実施形態の抗がん剤吸着シート体1A(参考例)を示す。抗がん剤吸着シート体1Aには、その中心に薬剤液吸収層部10aが備えられる。薬剤液吸収層部10aの第1面側(図示では上側)に薬剤液透過部20が配置され備えられる。同時に、薬剤液吸収層部10aの第2面側(図示では下側)に透過防止部30が配置され備えられる。よって、抗がん剤吸着シート体1Aは、少なくとも薬剤液透過部20、薬剤液吸収層部10a、及び透過防止部30の3層を備えた積層構造として形成される。
【0034】
〈薬剤液吸収層部〉
薬剤液吸収層部10aの役割は薬剤液の吸収し、当該薬剤液に含有されている抗がん剤の薬剤分子を吸着することである。この吸収対象の薬剤液は、主に分子量100ないし1000の範囲の薬剤分子を含有する薬剤液である。当該分子量範囲の薬剤分子は、現在主流の抗がん剤に相当する分子量である。
【0035】
抗がん剤の調製作業では、一般に安全キャビネット内で行われる。キャビネット内は陰圧であることから、内部拡散した揮発性成分はキャビネット内に吸引される。しかし、薬剤分子が不揮発性である場合、内部飛散した液滴の付着部位から医療従事者の手や腕を通じて体内に浸透する危険性が高まる。また、調剤時、安全キャビネットの内部に飛散した抗がん剤の液滴が、安全キャビネット内に持ち込まれる薬剤袋、びん、その他の備品等に付着することもある。そうすると、これらへの付着を通じて安全キャビネットの外部に抗がん剤の薬剤分子が拡散するおそれがある。すなわち、二次的な汚染が生じ易くなる。さらには、患者への投薬時の漏洩等により、臨床の現場においても医師、看護師等への薬剤被着が問題視されている。
【0036】
この場合、薬剤分子が常温下では不揮発性の分子であると、経皮吸収の危険性はより高まる。薬剤液吸液シート体が敷かれると、不揮発性の薬剤分子を含有する薬剤液は吸収され、経皮吸収の危険性は軽減される。従って、薬剤液吸液シート体の吸収対象は、分子量100ないし1000の範囲であり、しかも不揮発性の薬剤分子を含有する薬剤液である。当該分子量範囲の薬剤分子は、尿中等のアンモニア(分子量:14.0)と異なり、常温下ではほとんど揮発しないと考えられる。
【0037】
ここで、代表的な抗がん剤とその分子は、パクリタキセル(分子量:853.91)、シクロフォスファミド(分子量:279.10)、イリノテカン(分子量:677.18)、5−フルオロウラシル(分子量:130.08)、アドリアマイシン(分子量:579.98)、メトトレキセート(分子量:454.44)、ダカルバジン(分子量:182.18)、シタラビン(分子量:243.22)、ビンクリスチン(分子量:923.04)、ゲムシタビン(分子量:299.66)、ミトキサントロン(分子量:517.40)、マイトマイシン(分子量:334.33)、エピルビシン(分子量:543.52)、エトポシド(分子量:588.56)、シスプラチン(分子量:300.05)、カルボプラチン(分子量:371.25)等として列記される。
【0038】
従って、列記の薬剤分子の分子量範囲を勘案すると、ほぼ100ないし1000の範囲に収斂する。つまり、現在処方される抗がん剤の薬剤分子はほぼ網羅される。そこで、分子量100ないし1000の範囲の分子吸着が実現すると、抗がん剤の調製作業に起因する危険性は大きく減少する。
【0039】
薬剤液吸収層部10aにおける薬剤分子の吸着には、吸着活性炭が使用される。さらに、薬剤液の状態での吸収に対応するため、吸液性にも優れた素材も必要である。加えて、ディスポーザブル(使い捨て)、ワンウェイの使用であるため、低廉に仕上げる必要もある。このことを勘案して、薬剤液吸収層部10aには、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状物が備えられる。
【0040】
吸着活性炭は、分子量100ないし1000の範囲の薬剤分子(抗がん剤の薬効成分)の吸着を考慮して、後記の実施例のとおり平均細孔直径1.7ないし5nmの物性を呈する活性炭から選択される。平均細孔直径が1.7nmを下回る活性炭の場合、平均細孔直径が小さく薬剤分子の吸着に不向きである。平均細孔直径が5nmを上回る活性炭の場合、平均細孔直径が大きすぎであり、細孔内に入り込んだ薬剤分子の捕集(固定)が不十分となり、脱離すると考えられる。
【0041】
吸着活性炭には、前記の平均細孔径の物性とともにさらに細孔容積の物性も追加される。この場合、DHプロット法(Dollimore−Heal法、DH法)による吸着活性炭の細孔分布の解析において、吸着活性炭の単位重量当たりの細孔直径1ないし100nmの細孔の細孔容積は0.08cm3/g以上とする物性である。DHプロット法は一般に1nmないし100nmの直径のメソ細孔の分布解析を比較的容易に把握できる。このことから、DHプロット法は当該直径範囲を含む分布の細孔の解析に有利に用いられる。
【0042】
吸着活性炭の単位重量当たりの細孔容積の上限については、使用する活性炭の種類、賦活の方法等により変動するものの、後記の実施例の傾向から、概ね2cm3/g前後と考えられる。細孔容積が0.08cm3/gを下回る場合、活性炭における細孔量が少ないことから、薬剤分子の吸着能力は低下する。特に、抗がん剤吸着シート体の形状を勘案すると、多量の活性炭を充填することはできない。そのような制約条件下で効率良く、幅広い分子量の薬剤分子を吸着しなければならない。それゆえ、DHプロット法の指標は吸着活性炭の単位重量当たりの細孔容積を評価できる意味において意義は大きい。
【0043】
吸着活性炭の原料は、ヤシ殻、大鋸粉(オガコ)、廃材、廃竹、石炭、石油ピッチ、フェノール樹脂等である。これらは炭化された後、水蒸気賦活、塩化亜鉛賦活、リン酸賦活、硫酸賦活、空気賦活、炭酸ガス賦活等の賦活処理が加えられる。この結果、活性炭に細孔が発達する。
【0044】
上記にて詳述のとおり、吸着活性炭は現在主流の抗がん剤等の薬剤分子の分子量に対応した細孔の物性を備えている。従って、抗がん剤吸着シート体は薬剤分子の効率の良い吸着とその状態の維持に効果を発揮する。しかしながら、吸着活性炭の保持に際し、単に活性炭のみでは薬剤液の水分を上手く吸収して保持することができない。そこで、吸着活性炭は活性炭含有シート状部材11の形態にされる。
【0045】
活性炭含有シート状部材11は、例えば繊維状物と吸着活性炭を混合したシートである。繊維状物は相対的に吸水性に優れた紙、パルプに加え、綿、麻、レーヨン等の繊維類の素材から選択される。これらの繊維状物と吸着活性炭との組み合わせ方は適宜である。例えば、吸着活性炭は紙、布(織布、不織布)等の薄層体同士の間に挟み込まれる。または、紙、繊維等がスラリー状にされ、この中に吸着活性炭が分散された後、抄紙の要領によりシート状に仕上げられる。いわゆる紙漉きに近似した製法により形成される。このようにして、薬剤液吸収層部10が形成される。
【0046】
〈薬剤液透過部〉
薬剤液吸収層部10aの第1面18の側に配される薬剤液透過部20の役割は薬剤液吸収層部10aの保護に加え、薬剤液吸液シート体に落下した薬剤液を当該薬剤液透過部20の段階では吸収しすぎることなく、可能な限り薬剤液吸収層部10a側へ透過させることである。
【0047】
薬剤液透過部20の段階で薬剤液を吸収することは、一見問題無いようにも思われる。しかしながら、薬剤液中の薬剤分子は薬剤液透過部20のみでは吸着されず、薬剤液の吸収のみに留まる。そうすると、薬剤液透過部20に留まった抗がん剤の薬剤分子は、薬剤液透過部20と接触する薬剤袋、びん等にも付着して、これらを介して汚染を広げるおそれがある。あるいは、薬剤液の乾燥後、薬剤液透過部20の表面に抗がん剤の薬剤分子が露出しやすくなる。このようになると、薬剤分子の捕捉はより難しくなり安全上も問題視される。従って、薬剤液透過部20に求められる特性は、薬剤液を適切に透過させて薬剤液吸収層部10aで吸収(薬剤分子を吸着)させることになる。結果、薬剤液透過部20の表面28部分での薬剤分子の露出は極力抑制され、薬剤液吸液シート体の安全性は、封じ込めの作用により高まる。
【0048】
それゆえ、薬剤液吸収層部10aと比較して相対的に吸液性(吸水性)の低いまたは乏しい材料(疎水性材料)から形成される。そこで、薬剤液透過部20は樹脂繊維の布状部材から形成される。樹脂繊維の布状部材は、吸液性の抑制を考慮して合成樹脂繊維の織布または合成樹脂繊維の不織布である。合成樹脂繊維は、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、またはポリエチレンテレフタレート(PET)等の調達容易な樹脂材料である。むろん、ポリ乳酸等のその他の樹脂材料を使用しても良い。織布または不織布の形態の選択は任意である。実施例の試行に際し、不織布の布状部材の目付量(密度)は織布よりも低いため、不織布を選択した。
【0049】
薬剤液透過部20の薬剤液を透過させる性能は、JIS L 1913(2010)に準拠した「一般不織布試験方法」の6.9吸水性より6.9.2保水率の試験項目を通じて評価することができる。同規格の試験において、500%以下の保水率であることが好ましく、さらには250%以下であることが好ましい。保水率が500%を超過する場合、薬剤液の薬剤液透過部20での滞留量が多くなることから、所望の透過に反する。なお、保水率が0%にならない要因として、薬剤液透過部20自体が織布または不織布であり繊維状である。そこで、薬剤液の表面張力の影響から多少の内部残存が解消できないためである。
【0050】
〈透過防止部〉
薬剤液吸収層部10aの第2面19の側に配される透過防止部30の役割は薬剤液吸収層部10aの保護に加え、薬剤液吸液シート体に落下した薬剤液をそのまま透過させて外部に漏出させることなく透過防止部30で受け止めることである。つまり、薬剤液吸液シート体からの薬剤液の漏洩が防止される。
【0051】
そこで、透過防止部30は水分の不透過目的から樹脂製シート部材により形成される。透過防止部30には樹脂製フィルムも含まれる。樹脂製シート部材は、防水性の点からポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、またはポリエチレンテレフタレート(PET)等の調達容易な樹脂から形成される。他に、ポリ乳酸等のその他の樹脂材料も加えられる。樹脂製シート部材は、一般に入手可能な層厚さであり、一軸延伸、二軸延伸、無延伸等の公知の製膜方法により製造される。
【0052】
薬剤液吸収層部10aを上下から挟む薬剤液透過部20と透過防止部30の相互の固定方法は、特に限定されない。図1の縁部40において、薬剤液透過部20と透過防止部30は接着剤により接着される他、ホットメルト(透過防止部30の熱溶融)等の方法により相互に接着され、内部に薬剤液吸収層部10aは固定される。接着剤は、例えばエポキシ樹脂系、アクリレート樹脂系、さらにはエチレン酢酸ビニル樹脂等の各種の樹脂である。ホットメルトに際しては熱盤による固定機器、超音波振動による固定機器等が使用される。加えて、縫製により固定することもできる。
【0053】
[第2実施形態]
図2の断面図(模式図)は第2実施形態の抗がん剤吸着シート体1Bを示す。第2実施形態の抗がん剤吸着シート体1Bでは、シート体の中心に置かれる薬剤液吸収層部10bには活性炭含有シート状部材11と繊維状吸液シート部材12が備えられる。なお、薬剤液吸収層部10bを上下から挟む薬剤液透過部20及び透過防止部30については、第1実施形態と同様である。従って、抗がん剤吸着シート体1Bでは、活性炭含有シート状部材11に加えて繊維状吸液シート部材12の吸液能力が補強される。そうすると、抗がん剤吸着シート体1B上にこぼれた薬剤液量が多い場合、活性炭含有シート状部材11では吸収しきれなかった薬剤液は繊維状吸液シート部材12において吸収される。結果的に、抗がん剤吸着シート体1Bの安全性は高まる。
【0054】
薬剤液吸収層部10bに含められる繊維状吸液シート部材12は、吸水性に富む公知の繊維状素材から形成される。具体的には、綿、麻、再生セルロース繊維等より形成された織布、不織布、さらにはパルプ原料の紙等のシート部材である。これらの繊維状吸液シート部材は、セルロース成分から形成されている点で共通する。一般にセルロースは分子中に水酸基を多く含むことから、親水性となる。そこで、この親水性の良さが吸液に活用される。
【0055】
抗がん剤吸着シート体1Bの薬剤液吸収層部10bを構成する活性炭含有シート状部材11と繊維状吸液シート部材12の上下関係は原則自由である。いずれであっても薬剤液吸収層部10b自体は薬剤液透過部20と透過防止部30の間に挟まれており、露出していない。そのため、薬剤液は薬剤液吸収層部10bにより吸液されれば、抗がん剤の薬剤分子の外部拡散は大きく軽減される。
【0056】
図2の断面図の開示によると、活性炭含有シート状部材11は薬剤液吸収層部10bの第1面18側に配され、繊維状吸液シート部材12は薬剤液吸収層部10bの第2面19側に配される。当該上下の配置によると、抗がん剤吸着シート体1Bの薬剤液透過部20を透過した薬剤液中に含まれる抗がん剤の薬剤分子は、最初に薬剤液吸収層部10bの活性炭含有シート状部材11の吸着活性炭により吸着される。その上で、薬剤液は同活性炭含有シート状部材11に含浸される。さらに、薬剤液吸収層部10bでは吸収し切れなかった薬剤液の水分等は直下の繊維状吸液シート部材12により吸収される。このように、薬剤液の吸収対策は二重である。特に活性炭含有シート状部材11が最初に抗がん剤の薬剤分子に接触しやすくして、吸着活性炭による吸着(捕集)効果はより高められている。
【0057】
[第3実施形態]
図3の断面図(模式図)は第3実施形態の抗がん剤吸着シート体1Cを示す。第3実施形態の抗がん剤吸着シート体1Cでは、シート体の中心に置かれる薬剤液吸収層部10cには活性炭含有シート状部材11と、水膨潤性樹脂部材13と、繊維状吸液シート部材12が備えられる。なお、薬剤液吸収層部10cを上下から挟む薬剤液透過部20及び透過防止部30については、第1実施形態と同様である。また、繊維状吸液シート部材12については第2実施形態における説明と同様である。
【0058】
抗がん剤吸着シート体1Cでは、活性炭含有シート状部材11に加え、繊維状吸液シート部材12及び水膨潤性樹脂部材13の吸液能力がさらに補強される。そうすると、抗がん剤吸着シート体1C上にこぼれた薬剤液量が多い場合、活性炭含有シート状部材11では吸収しきれなかった薬剤液は繊維状吸液シート部材12及び水膨潤性樹脂部材13において吸収される。結果的に、抗がん剤吸着シート体1Cの安全性はいっそう高まる。
【0059】
抗がん剤吸着シート体1Cにおいて、薬剤液吸収層部10cに含まれる水膨潤性樹脂部材13は一般的に使用されている吸水素材(吸水性ポリマー)である。例えば、カルボキシメチルセルロース架橋物、ポリアクリル酸塩重合架橋物(ポリアクリル酸ナトリウム系)等の高分子樹脂素材である。水膨潤性樹脂部材13は前記の高分子樹脂をシート状(繊維の織布、不織布も含まれる)、ビーズ状(粒状)、粉末状に加工され、薬剤液吸収層部10cの中に配置される。
【0060】
抗がん剤吸着シート体1Cの薬剤液吸収層部10cを構成する活性炭含有シート状部材11、繊維状吸液シート部材12、水膨潤性樹脂部材13の上下関係も原則自由である。どのような上下の順序であっても薬剤液吸収層部10c自体は薬剤液透過部20と透過防止部30の間に挟まれており、露出していない。そのため、薬剤液は薬剤液吸収層部10cにより吸液されれば、抗がん剤の薬剤分子の外部拡散は大きく軽減される。
【0061】
図3の断面図の開示によると、活性炭含有シート状部材11は薬剤液吸収層部10cの第1面18側に配され、繊維状吸液シート部材12は薬剤液吸収層部10cの第2面19側に配される。そして、水膨潤性樹脂部材13は、活性炭含有シート状部材11と繊維状吸液シート部材12の間に備えられる。当該配置関係によると、抗がん剤吸着シート体1Cの薬剤液透過部20を透過した薬剤液中に含まれる抗がん剤の薬剤分子は、最初に薬剤液吸収層部10cの活性炭含有シート状部材11の吸着活性炭により吸着される。その上で、薬剤液は同活性炭含有シート状部材11に含浸される。さらに、薬剤液吸収層部10cでは吸収し切れなかった薬剤液の水分等は直下の水膨潤性樹脂部材13及び繊維状吸液シート部材12により吸収される。このように、薬剤液の吸収対策は三重であり、より高度化されている。特に活性炭含有シート状部材11が最初に抗がん剤の薬剤分子に接触しやすくして、吸着活性炭による吸着(捕集)効果はより高められている。
【0062】
なお、水膨潤性樹脂部材13はシート状以外にもビーズ状等の不定形の形態も存在する。そこで安定した保持のため、活性炭含有シート状部材11と繊維状吸液シート部材12の間の配置が好適である。
【0063】
[固定]
これまでに説明した第2実施形態の抗がん剤吸着シート体1B(図2参照)の薬剤液吸収層部10b及び第3実施形態の抗がん剤吸着シート体1C(図3参照)の薬剤液吸収層部10cは、自明ながら積層された構造である。薬剤液吸収層部の各層の部材が相互に離れてしまうと層間に隙間が多くなり、薬剤液が薬剤液透過部を透過して薬剤液吸収層部に到達した際の吸収性能が低下するおそれがある。つまり、吸水速度が低下する。また、抗がん剤吸着シート体自体が厚くなり、折りたたみや保存の効率上好ましくない。これらの点を勘案して、薬剤液吸収層部の各層の部材は適度に接合される。部材相互の接合に際し、接着剤による固定、またはエンボス加工による圧着等の手法が用いられる。
【0064】
さらに、各実施形態の抗がん剤吸着シート体1A,1B,及び1Cにおいて、薬剤液吸収層部10a,10b,または10cとその第1面側に配される薬剤液透過部20も、同薬剤液吸収層部10a,10b,または10cとその第2面側に配される透過防止部30も、それぞれ接合される。これも部材毎の隙間を減らしたり、全体の厚みを減らしたりする効果からである。
【0065】
薬剤液吸収層部10a,10b,または10cと薬剤液透過部20との接合は、接着剤による固定、エンボス加工による圧着、ホットメルト等である。薬剤液透過部が合成樹脂繊維の布状部材であれば、熱融着は容易である。この接合では、一面とするのではなく、間隔を離した点状、線状等の相互固定である。薬剤液吸収層部10a,10b,または10cと透過防止部30との接合では、専ら接着剤が使用される。透過防止部の意義は、抗がん剤吸着シート体に滴下した抗がん剤の薬剤分子を含む薬剤液を外部に漏洩させなくする。それゆえ防水性を高める必要から、透過防止部に穴や亀裂が生じる接合方法は採用できない。このため、安全面から接着剤による固定となる。この接合においても、一面とするのではなく、間隔を離した点状、線状等の相互固定である。
【実施例】
【0066】
発明者らは、抗がん剤吸着シート体を作製するに際し、主要な構成部材に分けて性質、物性の良否を判断した。その上で、抗がん剤吸着シート体を実際の抗がん剤の調製による薬剤に使用して評価を試みた。
【0067】
[薬剤液透過部の性能評価,選択]
薬剤液透過部に使用する部材の好ましい特性は、薬剤液透過部における薬剤液の吸収を抑制しつつ、可能な限り滴下した薬剤液を通過(透過)させることである。そこで、JIS L 1913(2010):一般不織布試験方法,6.9吸水性(JIS法),6.9.2(保水率)を採用した。この規格に準拠して次の8種類の布状部材1ないし8を用意し当該一般不織布試験に供した。各布状部材の保水率(%)を測定するとともに、性能を評価した。
【0068】
各布状部材を一辺50mmの正方形に裁断して重量を測定した(1mg単位)。イオン交換水を満たしたバットに裁断した布状部材を15分間浸漬した。浸漬の後、布状部材をバットから取り出し1分間水が滴り落ちるのを待った。そして、この重量を測定した(1mg単位)。布状部材を水に浸漬する前後の重量差から保水率を求めた。一つの布状部材につき3品(n=3)測定し、その算術平均値を当該布状部材の保水率(%)とした。
【0069】
〈布状部材〉
布状部材1:廣瀬製紙株式会社製,05TH−24,材質:ポリエチレンテレフタレート,形態:不織布,目付量25.6g/m2
布状部材2:廣瀬製紙株式会社製,05EP−26,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリプロピレン,形態:不織布,目付量26.4g/m2
布状部材3:シンワ株式会社製,9716−F0,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリエチレン,形態:不織布,目付量16.0g/m2
布状部材4:宇摩製紙株式会社製,UL−S,材質:ポリプロピレン及びポリエチレン,形態:不織布,目付量18.0g/m2
布状部材5:廣瀬製紙株式会社製,05EP−23,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリプロピレン,形態:不織布,目付量23.4g/m2
布状部材6:廣瀬製紙株式会社製,05EP−35,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリプロピレン,形態:不織布,目付量35.4g/m2
布状部材7:フタムラ化学株式会社製,TCF#8022,材質:レーヨン,形態:不織布,目付量22.0g/m2
布状部材8:丸三産業式会社製,I/CXX25−#25−330,材質:綿,形態:不織布,目付量25.0g/m2
【0070】
結果は表1となった。表1中、材質のPETはポリエチレンテレフタレート、PEはポリエチレン、PPはポリプロピレンを示す。上から順に、形態、材質、目付量(g/m2)、保水率(%)、及び良否評価とした。良否評価において、保水率が500%未満を「A」とし、500%以上を「F」とした。保水率500%未満であれば、素手で触れた際に湿り気をほぼ感じないことから、一定の区切りの値として採用した。
【0071】
【表1】
【0072】
〈保水率の考察〉
合成樹脂繊維の材質から形成した布状部材1ないし6は、ばらつきはあるものの総じて保水率は低めであった。これに対してレーヨン(セルロース由来)、綿(セルロース)の布状部材7,8では、保水率が上昇した。合成樹脂繊維の布状部材では表面張力の影響を受けるものの、疎水的性質から布状部材自体の吸水は抑制されたと考えることができる。従って、薬剤液透過部を構成するに際し、樹脂繊維、特には合成樹脂繊維の布状部材(不織布)を採用することが好ましい。
【0073】
[吸着活性炭の性能評価,選択]
抗がん剤吸着シート体における抗がん剤の薬剤分子の吸着主体は吸着活性炭である。そこで、8種類の吸着活性炭1ないし8と、合成ゼオライトの計9種類の吸着材料について、分子の吸着能力の高低を評価した。ただし、抗がん剤は高価であり、毒性等問題から取り扱いに注意を要する。そこで、吸着性能の評価に際し、現在処方されている抗がん剤の薬剤分子に類似する化合物を代用物質として用い、活性炭の吸着能力を測定した。
【0074】
〈吸着材料〉
吸着活性炭1ないし8は、全てフタムラ化学株式会社製の活性炭を使用した。
吸着活性炭1:粉末活性炭「S」(木質系)
吸着活性炭2:粉末活性炭「IP」(木質系)
吸着活性炭3:粉末活性炭「CI」(ヤシ殻)
吸着活性炭4:粉末活性炭「CB」(ヤシ殻)
吸着活性炭5:粉末活性炭「GB」(石炭系)
吸着活性炭6:粉末活性炭「CN480S」(ヤシ殻)
吸着活性炭7:粉末活性炭「CW480AL」(ヤシ殻)
吸着活性炭8:繊維状活性炭「ACF」(フェノール樹脂系)
【0075】
物性等の詳細は表2に示す。活性炭の対照として合成ゼオライト「東ソー株式会社製,ゼオラムF−9」を使用した。
なお、吸着活性炭6、7、及び8については、サンプルミルによりメジアン径約15μmに粉砕して以降の試験に供した。
【0076】
〈吸着活性炭の物性測定〉
メジアン径(μm)の測定は、株式会社島津製作所製,レーザー回折式粒度分布測定装置「SALD−3000」を使用した。この測定における「メジアン径」とは、同装置を用いてレーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径(累積平均径)を意味する。
【0077】
比表面積(m2/g)は、マイクロトラック・ベル株式会社製,自動比表面積/細孔分布測定装置「BELSORP−miniII」を使用して77Kにおける窒素吸着等温線を測定し、BET法により求めた。
【0078】
平均細孔直径及びDHプロットの細孔容積(VD)は、比表面積の測定に使用した装置を使用した。細孔直径1nmないし100nmの範囲の全細孔容積(cm3/g(またはcc/g))は、同装置を使用し、Gurvitschの法則を適用しDH法により相対圧0.953における窒素吸着量(V)を下記の数式(i)により液体窒素の体積(Vp)に換算して求めた。なお、数式(i)において、Mgは吸着質の分子量(窒素:28.020)、ρg(g/cm3)は吸着質の密度(窒素:0.808)である。
【0079】
【数1】
【0080】
平均細孔直径(nm)は、細孔の形状を円筒形と仮定し、前述の測定から得た細孔容積(cc/g)及び比表面積(m2/g)の値を用いて数式(ii)より求めた。
【0081】
【数2】
【0082】
〈代用物質〉
低分子量(例えばシクロホスファミド(分子量:279.10)等)を代表して、カフェイン「分子式:C81042,分子量:194.19(キシダ科学株式会社製,無水カフェイン)」を使用した。
中分子量(例えばマイトマイシン(分子量:334.33)等)を代表して、キニーネ「分子式:C202422,分子量:324.42(関東化学株式会社製,硫酸キニーネ・二水和物)」を使用した。
高分子量(例えばイリノテカン(分子量:677.18)等)を代表して、ヘマトポルフィリン「分子式:C343846,分子量:598.69(和光純薬株式会社製,ヘマトポルフィリン)」を使用した。
これら3種類のアルカロイドの代用物質は抗がん剤の薬剤分子(薬効成分)と概ね近似した分子量である。そのため、活性炭吸着の挙動も近似すると推定して採用した。
【0083】
〈代用物質の試験液の調製〉
前記の無水カフェイン100mgをイオン交換水1Lに溶解し、カフェイン水溶液を調製した(pH:7.2)。
前記の硫酸キニーネ・二水和物120.7mgをイオン交換水1Lに溶解し、キニーネ水溶液を調製した(pH:6.8)。
前記のヘマトポルフィリン117.65mgをエタノール100mLに溶解後、同エタノール溶液にイオン交換水を足し総量で1Lとし、ヘマトポルフィリン水溶液を調製した(pH5.1)。
【0084】
〈試験・評価方法〉
100mL三角フラスコ内に各吸着材料を25mgずつ秤量し投入した。この三角フラスコ内に、測定対象となる代用物質の試験液に応じ、カフェイン水溶液50mL、キニーネ水溶液50mL、またはヘマトポルフィリン水溶液50mLを注入した。1回の吸着測定に際し、三角フラスコに入る代用物質の試験液は1種類とした。つまり、一度に三角フラスコに2種類の代用物質の試験液が入ることはない。
【0085】
吸着材料(25mg)入りの三角フラスコ(100mL)内に代用物質の試験液を50mL注入後、三角フラスコを60分間振とうした。振とう後の溶液を0.45μmのメンブレンフィルターにより吸引濾過し個々の吸着材料の試験液毎の濾液を得た。カフェインとキニーネについては、TOC計(株式会社島津製作所製,TOC−V)を使用して濾液中のTOC濃度を測定し、当初の水溶液と比較して、その減少量を吸着材料による吸着量とした。ヘマトポルフィリンについては、分光光度計(株式会社島津製作所製,UVmini−1240)を使用して濾液の吸光度を測定し、当初の水溶液と比較して、その吸光度の減少量を吸着材料による吸着量とした。なお、一つの吸着材料について2回測定し(n=2)、算術平均を求めた。
【0086】
吸着率(%)は、「{(試験液の当初濃度)−(濾過後の濾液の濃度)}/(試験液の当初濃度)×100」として求めた。結果は表2及び3である。個々の吸着材料毎に、形態、原料由来、平均粒子径(μm)、平均細孔直径(nm)、DHプロット法による細孔容積(VD)(cm3/g)、カフェイン吸着率(%)、キニーネ吸着率(%)、ヘマトポルフィリン吸着率(%)、及び総合評価(A、B、またはFの3段階)を記した。総合評価に際し、3種類の代用物質の吸着率がいずれも50%以上であった吸着材料を「A」の評価とした。3種類の代用物質の吸着率が2種類で50%以上であった吸着材料を「B」の評価とし、3種類の代用物質の吸着率が2種類で50%未満であった吸着材料を「F」の評価とした。
【0087】
【表2】
【0088】
【表3】
【0089】
〈吸着率の考察〉
合成ゼオライトは、当該実験系においてはほとんど吸着効果を発揮しなかった。対比から活性炭の優位性が明白となった。そこで、吸着活性炭1ないし8について見ると、総じてカフェインに代表される低分子量の分子の吸着は良好である。しかしながら、キニーネ、ヘマトポルフィリンのように分子量が大きくなるにつれて吸着率は低下する。
【0090】
この点への対処を検討すると、一つ目に平均細孔直径の相違を挙げることができる。すなわち、吸着活性炭1ないし5は1.7nm以上の平均細孔直径である。しかし、吸着活性炭6ないし8は、1.7nm未満である。そうすると、平均細孔直径1.7nm以上は吸着性能評価の有力な区分指標となり得る。なお、平均細孔直径の上限は、当該物性測定の結果を鑑み、吸着活性炭1より概ね5nmと考える。
【0091】
さらに、広範な分子量の分子の吸着効率の改善のため、二つ目にDHプロット法による細孔容積を加えることができる。すなわち、吸着活性炭1ないし5は0.08cm3/g以上の細孔容積(細孔直径1ないし100nmにおいて)である。しかし、吸着活性炭6ないし8は、0.08cm3/g未満である。そうすると、0.08cm3/g以上の細孔容積も、平均細孔径に加えて、吸着性能評価の有力な区分指標となり得る。なお、DHプロット法による細孔容積の上限は、当該物性測定の結果を鑑み、吸着活性炭1より概ね2cm3/gと考える。
【0092】
この結果から、効率良く幅広い分子量の分子を吸着するためには活性炭が優れている。その活性炭においても、吸着対象の分子量にばらつきがある。そこで、平均細孔直径の指標、さらには、DHプロット法による細孔容積(細孔直径1ないし100nmの範囲)の指標を加えて、活性炭の性能を選別することができる。そうすると、幅広い分子量の分子について、それらの吸着効率をいっそう高めることができる。
【0093】
[抗がん剤使用による性能評価,選択]
前述の代用物質を用いた際の性能評価の結果を受けて、実際に吸着材料による抗がん剤の吸着性能を検証した。抗がん剤として、5−フルオロウラシル(協和発酵キリン株式会社製,5−FU注250mg)、シクロフォスファミド(塩野義製薬株式会社製,注射用エンドキサン(登録商標)500mg)、メトトレキセート(ファイザー株式会社製,メソトレキセート(登録商標)点滴静注液200mg)の3種類を用意した。抗がん剤の濃度調製に際し、5−フルオロウラシルは1mg/mL、シクロフォスファミドは1mg/mL、メトトレキセートは1mg/mLの濃度の試験液とした。
【0094】
〈抗がん剤吸着試験・評価方法〉
前出の「吸着活性炭1(木質系)」、「吸着活性炭3(ヤシ殻)」、及び「合成ゼオライト」を吸着材料とした。各吸着材料を1.25gずつ秤量し100mL三角フラスコ内に投入した。この三角フラスコ内に、5−フルオロウラシル水溶液50mL、シクロフォスファミド水溶液50mL、またはメトトレキセート水溶液50mLの試験液を注入した。1回の吸着測定に際し、三角フラスコに入る抗がん剤の試験液は1種類とした。つまり、一度に三角フラスコに2種類の抗がん剤が入ることはない。
【0095】
吸着材料(1.25g)入りの三角フラスコ(100mL)内に抗がん剤の試験液を50mL注入後、三角フラスコを60分間振とうした。振とう後の溶液を0.45μmのメンブレンフィルターにより吸引濾過し個々の吸着材料の試験液毎の濾液を得た。次に、濾液をHPLC(株式会社日立ハイテクノロジーズ製,L−2000シリーズ)により測定した。前記の3種類の抗がん剤の分析には、Shodex(登録商標) C18P4E,膜厚5μm,内径4.6mm,長さ250mmのカラム(昭和電工株式会社製)を使用した。併せて、吸着材料を投入せず、抗がん剤の試験液を注入したのみの例を対照群(ブランク)とし、当該対照群のHPLC分析時のピーク面積を100%と規定した。続いて、各試料のピーク面積を算出するとともに、その面積比から各試料の抗がん剤の濃度を算出した。なお、一つの試料につき5回測定し算術平均とした。
【0096】
吸着率(%)は、「{(吸着材料を投入しなかった際の溶液濃度)−(吸着材料を投入して吸着が行われた後の溶液濃度)}/(吸着材料を投入しなかった際の溶液濃度)×100」として求めた。結果は表4である。個々の吸着材料毎に、形態、原料由来、平均粒子径(μm)、平均細孔直径(nm)、DHプロット法による細孔容積(VD)(cm3/g)、5−フルオロウラシル吸着率(%)、シクロフォスファミド吸着率(%)、メトトレキセート吸着率(%)、及び総合評価(A、B、またはFの3段階)を記した。総合評価に際し、3種類の抗がん剤の吸着率がいずれも50%以上であった吸着材料を「A」の評価とした。3種類の抗がん剤の吸着率が2種類で50%以上であった吸着材料を「B」の評価とし、3種類の抗がん剤の吸着率が2種類で50%未満であった吸着材料を「F」の評価とした。
【0097】
【表4】
【0098】
〈抗がん剤使用による吸着率の考察〉
抗がん剤使用による性能評価の結果、合成ゼオライトについては代用物質の評価と同様にほとんど吸着効果を発揮しなかった。これに対し、活性炭の例では、いずれの抗がん剤についても良好な吸着効果を確認した。ここで、使用した抗がん剤は異なる分子量の3種類である。各抗がん剤についても活性炭は十分に吸着性能を発揮した。従って、活性炭による抗がん剤の吸着効果は極めて高い。また、代用物質による評価との相関性も確認することができた。
【0099】
[抗がん剤吸着シート体の作製]
薬剤液透過部及び薬剤液吸収層部に組み込む吸着活性炭の性能評価結果を踏まえ、発明者らは抗がん剤吸着シート体を3種類作製した(シート体1,2,及び3)。当該作製において、シート体1,2は図3の第3実施形態の構造を採用した。この作製例の薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材、水膨潤性樹脂部材、繊維状吸液シート部材の順に積層形成した。シート体3は、図2の第2実施形態の構造を採用した。この作製例の薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材、繊維状吸液シート部材の順に積層形成した。
【0100】
〈シート体1の作製〉
シート体1の作製に際し、活性炭含有シート状部材の吸着活性炭に、前記の吸着活性炭1を採用した。吸着活性炭1と針葉樹パルプ破砕物を水槽に投入して攪拌し、スラリー状物とした。このスラリー状物を抄紙の要領によりシート状に仕上げて乾燥した(活性炭含有シート状部材の作製)。出来上がった活性炭含有シート状部材は目付量25g/m2、吸着活性炭の含有量は30%であった。この活性炭含有シート状部材の下層側に、水膨潤性樹脂部材としてアクリル酸重合体部分ナトリウム塩架橋物(住友精化株式会社製)の粒状物を置き、さらにその下層側に繊維状吸液シート部材に粉砕パルプ(Weyerhaeuser Company製)を設置した。こうして3種の部材を積層して薬剤液吸収層部を仮作製した。
【0101】
薬剤液透過部に前記の布状部材4を使用した。仮作製した薬剤液吸収層部の上側に布状部材4の不織布を置き、これらの部材をエンボスローラ内に通して圧縮し(エンボス加工及びホットメルト接着)、各層の部材を貼り合せた。エンボス加工時の模様は間隔を設けた平行縦縞状とした。こうして出来上がった薬剤液透過部及び薬剤液吸収層部の一体化物の下側(薬剤液吸収層部の下側)に、透過防止部となるポリエチレン製の合成樹脂シート(福助工業株式会社製,厚さ20μm)を置き、互いを接着剤(ヘンケルジャパン株式会社製)で接着固定した。接着剤の塗布も間隔を設けた平行縦縞状とした。なお、薬剤液透過部及び透過防止部は、薬剤液吸収層部を覆う必要から、少なくとも1cm以上四方を大きくした。当該作製における抗がん剤吸着シート体は、図4の写真であり、約59cm×44cm、最大厚さ約3mmであった。
【0102】
〈シート体2の作製〉
シート体2の作製においては、前記のシート体1に使用した活性炭を吸着活性炭3に変更した。その他の材料、製法は全て同一として作製した。
【0103】
〈シート体3の作製〉
シート体3の作製においては、前記のシート体1に使用した水膨潤性樹脂部材を省略した。その他の材料、製法は全て同一として作製した。
【0104】
[抗がん剤の吸着試験]
発明者らは、作製した3種類の抗がん剤吸着シート体(シート体1,2,及び3)について現在化学療法の臨床にて処方されている代表的な抗がん剤を使用して吸着能力を測定した。試験に供した抗がん剤の薬剤分子は、5−フルオロウラシル(協和発酵キリン株式会社製,5−FU注250mg)、シクロフォスファミド(塩野義製薬株式会社製,注射用エンドキサン(登録商標)500mg)、メトトレキセート(ファイザー株式会社製,メソトレキセート(登録商標)点滴静注液200mg)、及びパクリタキセル(ブリストル・マイヤーズ株式会社製,タキソール(登録商標)注射液30mg)の分子量の異なる4種類とした。
【0105】
抗がん剤の濃度調製に際し、5−フルオロウラシルは50mg/mL、シクロフォスファミドは40mg/mL、メトトレキセートは25mg/mL、パクリタキセルは6mg/mLとした。これらの希釈には生理的食塩水を使用した。各抗がん剤希釈液について、抗がん剤吸着シート体の薬剤液透過部上に10μLずつ9箇所に均等に滴下した。滴下直後、速やかに各抗がん剤希釈液の上に、生理的食塩液の樹脂製バッグ(扶桑薬品工業株式会社製,生理食塩液PL「フソー」500mL)を横倒しにして当該生理食塩液のバッグの胴部分を30秒間静置した。
【0106】
抗がん剤吸着シート体使用の対照群として、抗がん剤吸着シート体を使用する代わりに、平滑なステンレス鋼板上に前記の各抗がん剤希釈液を同条件下で滴下した。そして、生理食塩液のバッグを横倒しにして胴部分を30秒間静置した。
【0107】
その後、生理食塩液のバッグを引き上げ、その胴部分を脱脂綿と5mLの精製水により拭き取った。脱脂綿と精製水を回収し、遠心分離により上澄み液を分取した。上澄み液をHPLC(株式会社日立ハイテクノロジーズ製,L−2000シリーズ)により測定した。前記の4種類の抗がん剤の分析には、Shodex(登録商標) C18P4E,膜厚5μm,内径4.6mm,長さ250mmのカラム(昭和電工株式会社製)を使用した。
【0108】
対照群(ステンレス鋼板上に滴下)のHPLC分析時のピーク面積を100%と規定した。続いて、各試料のピーク面積を算出するとともに、その面積比から各試料の抗がん剤の濃度を算出した。こうして、シート体1,2,及び3について、4種類の抗がん剤の相対的な吸着率(%)を求めた。なお、吸着率は一つの試料につき5回測定し算術平均とした。
【0109】
〈吸着率の結果〉
吸着率の結果は、表5となった。シート体1,2,及び3について、それぞれの材質と、5−フルオロウラシル、シクロフォスファミド、メトトレキセート、及びパクリタキセルの4種類の抗がん剤の相対的な吸着率(%)を記した。さらに、総合評価として、両方の抗がん剤の吸着率がともに99%以上の試料については「A」の総合評価とした。いずれかの抗がん剤の内、一種類でも99%未満となった試料については「F」の評価とした。
【0110】
【表5】
【0111】
〈吸着率の考察〉
シート体1,2,及び3の全てについて「A」の総合評価を得ることができた。特に、試験に用いた5−フルオロウラシルからパクリタキセルまでの幅広い範囲の分子量の抗がん剤の薬剤分子について、いずれの抗がん剤吸着シート体も極めて良好に抗がん剤の薬剤分子をほぼ全量吸着したとみなすことができる。さらに、個別に結果を見ると、シート体1及び2は、薬剤液吸収層部に水膨潤製樹脂部材を備えていることから、薬剤液の吸収性能を高めている。おそらく、全体的な吸収性能の向上に起因して、シート体3よりも抗がん剤の薬剤分子の吸着率が上昇したと推察する。以上をふまえると、抗がん剤吸着シート体は、代用物質を用いた吸着活性炭の性能評価の結果、並びに活性炭自体の抗がん剤吸着の結果のとおり、広範な範囲の分子量の抗がん剤の薬剤分子の吸着に対応可能であることを裏付けた。
【0112】
従って、抗がん剤吸着シート体は、抗がん剤の調製作業や臨床の現場における作業従事者や医療関係者の安全性確保に役立つ。特に、抗がん剤の薬剤分子の吸着性能は極めて良好であることから、作業時の二次汚染対策にも有効である。加えて、構成材料は比較的安価であり、大きな金銭負担なく現場へ導入可能である。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明の抗がん剤吸着シート体は、既存の吸水シート等よりも、抗がん剤の薬剤分子の吸着に特化して高い吸着性能を備える。それゆえ、抗がん剤の調製作業の従事者等の安全性確保に大きく貢献する。従って、既存の抗がん剤の調製作業や臨床の現場において使用されている吸水シートやドレーブ等の代替品として極めて有効である。
【符号の説明】
【0114】
1A,1B,1C 抗がん剤吸着シート体
10a,10b,10c 薬剤液吸収層部
11 活性炭含有シート状部材
12 繊維状吸液シート部材
13 水膨潤性樹脂部材
18 薬剤液吸収層部の第1面
19 薬剤液吸収層部の第2面
20 薬剤液透過部
30 透過防止部
40 縁部
【要約】
【課題】抗がん剤等の毒性の高い薬剤の吸着及び保持に十分な効果を発揮し、医療環境における医療従事者の安全性をより向上させる抗がん剤吸着シート体を提供する。
【解決手段】抗がん剤の薬剤分子を含有する薬剤液を吸収する薬剤液吸収層部10aと、薬剤液吸収層部の第1面18側に配され薬剤液を薬剤液吸収層部側へ透過させる薬剤液透過部20と、薬剤液吸収層部の第2面19側に配され薬剤液吸収層部側からの薬剤液の漏洩を防ぐ透過防止部30とを積層して備えており、薬剤液吸収層部は吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材11を備えているとともに、吸着活性炭は平均細孔直径を1.7〜5nmとする物性を有し、薬剤液透過部は樹脂繊維の布状部材であり、透過防止部は樹脂製シート部材である抗がん剤吸着シート体1Aとする。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4