【実施例】
【0066】
発明者らは、抗がん剤吸着シート体を作製するに際し、主要な構成部材に分けて性質、物性の良否を判断した。その上で、抗がん剤吸着シート体を実際の抗がん剤の調製による薬剤に使用して評価を試みた。
【0067】
[薬剤液透過部の性能評価,選択]
薬剤液透過部に使用する部材の好ましい特性は、薬剤液透過部における薬剤液の吸収を抑制しつつ、可能な限り滴下した薬剤液を通過(透過)させることである。そこで、JIS L 1913(2010):一般不織布試験方法,6.9吸水性(JIS法),6.9.2(保水率)を採用した。この規格に準拠して次の8種類の布状部材1ないし8を用意し当該一般不織布試験に供した。各布状部材の保水率(%)を測定するとともに、性能を評価した。
【0068】
各布状部材を一辺50mmの正方形に裁断して重量を測定した(1mg単位)。イオン交換水を満たしたバットに裁断した布状部材を15分間浸漬した。浸漬の後、布状部材をバットから取り出し1分間水が滴り落ちるのを待った。そして、この重量を測定した(1mg単位)。布状部材を水に浸漬する前後の重量差から保水率を求めた。一つの布状部材につき3品(n=3)測定し、その算術平均値を当該布状部材の保水率(%)とした。
【0069】
〈布状部材〉
布状部材1:廣瀬製紙株式会社製,05TH−24,材質:ポリエチレンテレフタレート,形態:不織布,目付量25.6g/m
2。
布状部材2:廣瀬製紙株式会社製,05EP−26,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリプロピレン,形態:不織布,目付量26.4g/m
2。
布状部材3:シンワ株式会社製,9716−F0,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリエチレン,形態:不織布,目付量16.0g/m
2。
布状部材4:宇摩製紙株式会社製,UL−S,材質:ポリプロピレン及びポリエチレン,形態:不織布,目付量18.0g/m
2。
布状部材5:廣瀬製紙株式会社製,05EP−23,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリプロピレン,形態:不織布,目付量23.4g/m
2。
布状部材6:廣瀬製紙株式会社製,05EP−35,材質:ポリエチレンテレフタレート及びポリプロピレン,形態:不織布,目付量35.4g/m
2。
布状部材7:フタムラ化学株式会社製,TCF#8022,材質:レーヨン,形態:不織布,目付量22.0g/m
2。
布状部材8:丸三産業式会社製,I/CXX25−#25−330,材質:綿,形態:不織布,目付量25.0g/m
2。
【0070】
結果は表1となった。表1中、材質のPETはポリエチレンテレフタレート、PEはポリエチレン、PPはポリプロピレンを示す。上から順に、形態、材質、目付量(g/m
2)、保水率(%)、及び良否評価とした。良否評価において、保水率が500%未満を「A」とし、500%以上を「F」とした。保水率500%未満であれば、素手で触れた際に湿り気をほぼ感じないことから、一定の区切りの値として採用した。
【0071】
【表1】
【0072】
〈保水率の考察〉
合成樹脂繊維の材質から形成した布状部材1ないし6は、ばらつきはあるものの総じて保水率は低めであった。これに対してレーヨン(セルロース由来)、綿(セルロース)の布状部材7,8では、保水率が上昇した。合成樹脂繊維の布状部材では表面張力の影響を受けるものの、疎水的性質から布状部材自体の吸水は抑制されたと考えることができる。従って、薬剤液透過部を構成するに際し、樹脂繊維、特には合成樹脂繊維の布状部材(不織布)を採用することが好ましい。
【0073】
[吸着活性炭の性能評価,選択]
抗がん剤吸着シート体における抗がん剤の薬剤分子の吸着主体は吸着活性炭である。そこで、8種類の吸着活性炭1ないし8と、合成ゼオライトの計9種類の吸着材料について、分子の吸着能力の高低を評価した。ただし、抗がん剤は高価であり、毒性等問題から取り扱いに注意を要する。そこで、吸着性能の評価に際し、現在処方されている抗がん剤の薬剤分子に類似する化合物を代用物質として用い、活性炭の吸着能力を測定した。
【0074】
〈吸着材料〉
吸着活性炭1ないし8は、全てフタムラ化学株式会社製の活性炭を使用した。
吸着活性炭1:粉末活性炭「S」(木質系)
吸着活性炭2:粉末活性炭「IP」(木質系)
吸着活性炭3:粉末活性炭「CI」(ヤシ殻)
吸着活性炭4:粉末活性炭「CB」(ヤシ殻)
吸着活性炭5:粉末活性炭「GB」(石炭系)
吸着活性炭6:粉末活性炭「CN480S」(ヤシ殻)
吸着活性炭7:粉末活性炭「CW480AL」(ヤシ殻)
吸着活性炭8:繊維状活性炭「ACF」(フェノール樹脂系)
【0075】
物性等の詳細は表2に示す。活性炭の対照として合成ゼオライト「東ソー株式会社製,ゼオラムF−9」を使用した。
なお、吸着活性炭6、7、及び8については、サンプルミルによりメジアン径約15μmに粉砕して以降の試験に供した。
【0076】
〈吸着活性炭の物性測定〉
メジアン径(μm)の測定は、株式会社島津製作所製,レーザー回折式粒度分布測定装置「SALD−3000」を使用した。この測定における「メジアン径」とは、同装置を用いてレーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径(累積平均径)を意味する。
【0077】
比表面積(m
2/g)は、マイクロトラック・ベル株式会社製,自動比表面積/細孔分布測定装置「BELSORP−miniII」を使用して77Kにおける窒素吸着等温線を測定し、BET法により求めた。
【0078】
平均細孔直径及びDHプロットの細孔容積(V
D)は、比表面積の測定に使用した装置を使用した。細孔直径1nmないし100nmの範囲の全細孔容積(cm
3/g(またはcc/g))は、同装置を使用し、Gurvitschの法則を適用しDH法により相対圧0.953における窒素吸着量(V)を下記の数式(i)により液体窒素の体積(V
p)に換算して求めた。なお、数式(i)において、M
gは吸着質の分子量(窒素:28.020)、ρ
g(g/cm
3)は吸着質の密度(窒素:0.808)である。
【0079】
【数1】
【0080】
平均細孔直径(nm)は、細孔の形状を円筒形と仮定し、前述の測定から得た細孔容積(cc/g)及び比表面積(m
2/g)の値を用いて数式(ii)より求めた。
【0081】
【数2】
【0082】
〈代用物質〉
低分子量(例えばシクロホスファミド(分子量:279.10)等)を代表して、カフェイン「分子式:C
8H
10N
4O
2,分子量:194.19(キシダ科学株式会社製,無水カフェイン)」を使用した。
中分子量(例えばマイトマイシン(分子量:334.33)等)を代表して、キニーネ「分子式:C
20H
24N
2O
2,分子量:324.42(関東化学株式会社製,硫酸キニーネ・二水和物)」を使用した。
高分子量(例えばイリノテカン(分子量:677.18)等)を代表して、ヘマトポルフィリン「分子式:C
34H
38N
4O
6,分子量:598.69(和光純薬株式会社製,ヘマトポルフィリン)」を使用した。
これら3種類のアルカロイドの代用物質は抗がん剤の薬剤分子(薬効成分)と概ね近似した分子量である。そのため、活性炭吸着の挙動も近似すると推定して採用した。
【0083】
〈代用物質の試験液の調製〉
前記の無水カフェイン100mgをイオン交換水1Lに溶解し、カフェイン水溶液を調製した(pH:7.2)。
前記の硫酸キニーネ・二水和物120.7mgをイオン交換水1Lに溶解し、キニーネ水溶液を調製した(pH:6.8)。
前記のヘマトポルフィリン117.65mgをエタノール100mLに溶解後、同エタノール溶液にイオン交換水を足し総量で1Lとし、ヘマトポルフィリン水溶液を調製した(pH5.1)。
【0084】
〈試験・評価方法〉
100mL三角フラスコ内に各吸着材料を25mgずつ秤量し投入した。この三角フラスコ内に、測定対象となる代用物質の試験液に応じ、カフェイン水溶液50mL、キニーネ水溶液50mL、またはヘマトポルフィリン水溶液50mLを注入した。1回の吸着測定に際し、三角フラスコに入る代用物質の試験液は1種類とした。つまり、一度に三角フラスコに2種類の代用物質の試験液が入ることはない。
【0085】
吸着材料(25mg)入りの三角フラスコ(100mL)内に代用物質の試験液を50mL注入後、三角フラスコを60分間振とうした。振とう後の溶液を0.45μmのメンブレンフィルターにより吸引濾過し個々の吸着材料の試験液毎の濾液を得た。カフェインとキニーネについては、TOC計(株式会社島津製作所製,TOC−V)を使用して濾液中のTOC濃度を測定し、当初の水溶液と比較して、その減少量を吸着材料による吸着量とした。ヘマトポルフィリンについては、分光光度計(株式会社島津製作所製,UVmini−1240)を使用して濾液の吸光度を測定し、当初の水溶液と比較して、その吸光度の減少量を吸着材料による吸着量とした。なお、一つの吸着材料について2回測定し(n=2)、算術平均を求めた。
【0086】
吸着率(%)は、「{(試験液の当初濃度)−(濾過後の濾液の濃度)}/(試験液の当初濃度)×100」として求めた。結果は表2及び3である。個々の吸着材料毎に、形態、原料由来、平均粒子径(μm)、平均細孔直径(nm)、DHプロット法による細孔容積(V
D)(cm
3/g)、カフェイン吸着率(%)、キニーネ吸着率(%)、ヘマトポルフィリン吸着率(%)、及び総合評価(A、B、またはFの3段階)を記した。総合評価に際し、3種類の代用物質の吸着率がいずれも50%以上であった吸着材料を「A」の評価とした。3種類の代用物質の吸着率が2種類で50%以上であった吸着材料を「B」の評価とし、3種類の代用物質の吸着率が2種類で50%未満であった吸着材料を「F」の評価とした。
【0087】
【表2】
【0088】
【表3】
【0089】
〈吸着率の考察〉
合成ゼオライトは、当該実験系においてはほとんど吸着効果を発揮しなかった。対比から活性炭の優位性が明白となった。そこで、吸着活性炭1ないし8について見ると、総じてカフェインに代表される低分子量の分子の吸着は良好である。しかしながら、キニーネ、ヘマトポルフィリンのように分子量が大きくなるにつれて吸着率は低下する。
【0090】
この点への対処を検討すると、一つ目に平均細孔直径の相違を挙げることができる。すなわち、吸着活性炭1ないし5は1.7nm以上の平均細孔直径である。しかし、吸着活性炭6ないし8は、1.7nm未満である。そうすると、平均細孔直径1.7nm以上は吸着性能評価の有力な区分指標となり得る。なお、平均細孔直径の上限は、当該物性測定の結果を鑑み、吸着活性炭1より概ね5nmと考える。
【0091】
さらに、広範な分子量の分子の吸着効率の改善のため、二つ目にDHプロット法による細孔容積を加えることができる。すなわち、吸着活性炭1ないし5は0.08cm
3/g以上の細孔容積(細孔直径1ないし100nmにおいて)である。しかし、吸着活性炭6ないし8は、0.08cm
3/g未満である。そうすると、0.08cm
3/g以上の細孔容積も、平均細孔径に加えて、吸着性能評価の有力な区分指標となり得る。なお、DHプロット法による細孔容積の上限は、当該物性測定の結果を鑑み、吸着活性炭1より概ね2cm
3/gと考える。
【0092】
この結果から、効率良く幅広い分子量の分子を吸着するためには活性炭が優れている。その活性炭においても、吸着対象の分子量にばらつきがある。そこで、平均細孔直径の指標、さらには、DHプロット法による細孔容積(細孔直径1ないし100nmの範囲)の指標を加えて、活性炭の性能を選別することができる。そうすると、幅広い分子量の分子について、それらの吸着効率をいっそう高めることができる。
【0093】
[抗がん剤使用による性能評価,選択]
前述の代用物質を用いた際の性能評価の結果を受けて、実際に吸着材料による抗がん剤の吸着性能を検証した。抗がん剤として、5−フルオロウラシル(協和発酵キリン株式会社製,5−FU注250mg)、シクロフォスファミド(塩野義製薬株式会社製,注射用エンドキサン(登録商標)500mg)、メトトレキセート(ファイザー株式会社製,メソトレキセート(登録商標)点滴静注液200mg)の3種類を用意した。抗がん剤の濃度調製に際し、5−フルオロウラシルは1mg/mL、シクロフォスファミドは1mg/mL、メトトレキセートは1mg/mLの濃度の試験液とした。
【0094】
〈抗がん剤吸着試験・評価方法〉
前出の「吸着活性炭1(木質系)」、「吸着活性炭3(ヤシ殻)」、及び「合成ゼオライト」を吸着材料とした。各吸着材料を1.25gずつ秤量し100mL三角フラスコ内に投入した。この三角フラスコ内に、5−フルオロウラシル水溶液50mL、シクロフォスファミド水溶液50mL、またはメトトレキセート水溶液50mLの試験液を注入した。1回の吸着測定に際し、三角フラスコに入る抗がん剤の試験液は1種類とした。つまり、一度に三角フラスコに2種類の抗がん剤が入ることはない。
【0095】
吸着材料(1.25g)入りの三角フラスコ(100mL)内に抗がん剤の試験液を50mL注入後、三角フラスコを60分間振とうした。振とう後の溶液を0.45μmのメンブレンフィルターにより吸引濾過し個々の吸着材料の試験液毎の濾液を得た。次に、濾液をHPLC(株式会社日立ハイテクノロジーズ製,L−2000シリーズ)により測定した。前記の3種類の抗がん剤の分析には、Shodex(登録商標) C18P4E,膜厚5μm,内径4.6mm,長さ250mmのカラム(昭和電工株式会社製)を使用した。併せて、吸着材料を投入せず、抗がん剤の試験液を注入したのみの例を対照群(ブランク)とし、当該対照群のHPLC分析時のピーク面積を100%と規定した。続いて、各試料のピーク面積を算出するとともに、その面積比から各試料の抗がん剤の濃度を算出した。なお、一つの試料につき5回測定し算術平均とした。
【0096】
吸着率(%)は、「{(吸着材料を投入しなかった際の溶液濃度)−(吸着材料を投入して吸着が行われた後の溶液濃度)}/(吸着材料を投入しなかった際の溶液濃度)×100」として求めた。結果は表4である。個々の吸着材料毎に、形態、原料由来、平均粒子径(μm)、平均細孔直径(nm)、DHプロット法による細孔容積(V
D)(cm
3/g)、5−フルオロウラシル吸着率(%)、シクロフォスファミド吸着率(%)、メトトレキセート吸着率(%)、及び総合評価(A、B、またはFの3段階)を記した。総合評価に際し、3種類の抗がん剤の吸着率がいずれも50%以上であった吸着材料を「A」の評価とした。3種類の抗がん剤の吸着率が2種類で50%以上であった吸着材料を「B」の評価とし、3種類の抗がん剤の吸着率が2種類で50%未満であった吸着材料を「F」の評価とした。
【0097】
【表4】
【0098】
〈抗がん剤使用による吸着率の考察〉
抗がん剤使用による性能評価の結果、合成ゼオライトについては代用物質の評価と同様にほとんど吸着効果を発揮しなかった。これに対し、活性炭の例では、いずれの抗がん剤についても良好な吸着効果を確認した。ここで、使用した抗がん剤は異なる分子量の3種類である。各抗がん剤についても活性炭は十分に吸着性能を発揮した。従って、活性炭による抗がん剤の吸着効果は極めて高い。また、代用物質による評価との相関性も確認することができた。
【0099】
[抗がん剤吸着シート体の作製]
薬剤液透過部及び薬剤液吸収層部に組み込む吸着活性炭の性能評価結果を踏まえ、発明者らは抗がん剤吸着シート体を3種類作製した(シート体1,2,及び3)。当該作製において、シート体1,2は
図3の第3実施形態の構造を採用した。この作製例の薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材、水膨潤性樹脂部材、繊維状吸液シート部材の順に積層形成した。シート体3は、
図2の第2実施形態の構造を採用した。この作製例の薬剤液吸収層部は、吸着活性炭を含有する活性炭含有シート状部材、繊維状吸液シート部材の順に積層形成した。
【0100】
〈シート体1の作製〉
シート体1の作製に際し、活性炭含有シート状部材の吸着活性炭に、前記の吸着活性炭1を採用した。吸着活性炭1と針葉樹パルプ破砕物を水槽に投入して攪拌し、スラリー状物とした。このスラリー状物を抄紙の要領によりシート状に仕上げて乾燥した(活性炭含有シート状部材の作製)。出来上がった活性炭含有シート状部材は目付量25g/m
2、吸着活性炭の含有量は30%であった。この活性炭含有シート状部材の下層側に、水膨潤性樹脂部材としてアクリル酸重合体部分ナトリウム塩架橋物(住友精化株式会社製)の粒状物を置き、さらにその下層側に繊維状吸液シート部材に粉砕パルプ(Weyerhaeuser Company製)を設置した。こうして3種の部材を積層して薬剤液吸収層部を仮作製した。
【0101】
薬剤液透過部に前記の布状部材4を使用した。仮作製した薬剤液吸収層部の上側に布状部材4の不織布を置き、これらの部材をエンボスローラ内に通して圧縮し(エンボス加工及びホットメルト接着)、各層の部材を貼り合せた。エンボス加工時の模様は間隔を設けた平行縦縞状とした。こうして出来上がった薬剤液透過部及び薬剤液吸収層部の一体化物の下側(薬剤液吸収層部の下側)に、透過防止部となるポリエチレン製の合成樹脂シート(福助工業株式会社製,厚さ20μm)を置き、互いを接着剤(ヘンケルジャパン株式会社製)で接着固定した。接着剤の塗布も間隔を設けた平行縦縞状とした。なお、薬剤液透過部及び透過防止部は、薬剤液吸収層部を覆う必要から、少なくとも1cm以上四方を大きくした。当該作製における抗がん剤吸着シート体は、
図4の写真であり、約59cm×44cm、最大厚さ約3mmであった。
【0102】
〈シート体2の作製〉
シート体2の作製においては、前記のシート体1に使用した活性炭を吸着活性炭3に変更した。その他の材料、製法は全て同一として作製した。
【0103】
〈シート体3の作製〉
シート体3の作製においては、前記のシート体1に使用した水膨潤性樹脂部材を省略した。その他の材料、製法は全て同一として作製した。
【0104】
[抗がん剤の吸着試験]
発明者らは、作製した3種類の抗がん剤吸着シート体(シート体1,2,及び3)について現在化学療法の臨床にて処方されている代表的な抗がん剤を使用して吸着能力を測定した。試験に供した抗がん剤の薬剤分子は、5−フルオロウラシル(協和発酵キリン株式会社製,5−FU注250mg)、シクロフォスファミド(塩野義製薬株式会社製,注射用エンドキサン(登録商標)500mg)、メトトレキセート(ファイザー株式会社製,メソトレキセート(登録商標)点滴静注液200mg)、及びパクリタキセル(ブリストル・マイヤーズ株式会社製,タキソール(登録商標)注射液30mg)の分子量の異なる4種類とした。
【0105】
抗がん剤の濃度調製に際し、5−フルオロウラシルは50mg/mL、シクロフォスファミドは40mg/mL、メトトレキセートは25mg/mL、パクリタキセルは6mg/mLとした。これらの希釈には生理的食塩水を使用した。各抗がん剤希釈液について、抗がん剤吸着シート体の薬剤液透過部上に10μLずつ9箇所に均等に滴下した。滴下直後、速やかに各抗がん剤希釈液の上に、生理的食塩液の樹脂製バッグ(扶桑薬品工業株式会社製,生理食塩液PL「フソー」500mL)を横倒しにして当該生理食塩液のバッグの胴部分を30秒間静置した。
【0106】
抗がん剤吸着シート体使用の対照群として、抗がん剤吸着シート体を使用する代わりに、平滑なステンレス鋼板上に前記の各抗がん剤希釈液を同条件下で滴下した。そして、生理食塩液のバッグを横倒しにして胴部分を30秒間静置した。
【0107】
その後、生理食塩液のバッグを引き上げ、その胴部分を脱脂綿と5mLの精製水により拭き取った。脱脂綿と精製水を回収し、遠心分離により上澄み液を分取した。上澄み液をHPLC(株式会社日立ハイテクノロジーズ製,L−2000シリーズ)により測定した。前記の4種類の抗がん剤の分析には、Shodex(登録商標) C18P4E,膜厚5μm,内径4.6mm,長さ250mmのカラム(昭和電工株式会社製)を使用した。
【0108】
対照群(ステンレス鋼板上に滴下)のHPLC分析時のピーク面積を100%と規定した。続いて、各試料のピーク面積を算出するとともに、その面積比から各試料の抗がん剤の濃度を算出した。こうして、シート体1,2,及び3について、4種類の抗がん剤の相対的な吸着率(%)を求めた。なお、吸着率は一つの試料につき5回測定し算術平均とした。
【0109】
〈吸着率の結果〉
吸着率の結果は、表5となった。シート体1,2,及び3について、それぞれの材質と、5−フルオロウラシル、シクロフォスファミド、メトトレキセート、及びパクリタキセルの4種類の抗がん剤の相対的な吸着率(%)を記した。さらに、総合評価として、両方の抗がん剤の吸着率がともに99%以上の試料については「A」の総合評価とした。いずれかの抗がん剤の内、一種類でも99%未満となった試料については「F」の評価とした。
【0110】
【表5】
【0111】
〈吸着率の考察〉
シート体1,2,及び3の全てについて「A」の総合評価を得ることができた。特に、試験に用いた5−フルオロウラシルからパクリタキセルまでの幅広い範囲の分子量の抗がん剤の薬剤分子について、いずれの抗がん剤吸着シート体も極めて良好に抗がん剤の薬剤分子をほぼ全量吸着したとみなすことができる。さらに、個別に結果を見ると、シート体1及び2は、薬剤液吸収層部に水膨潤製樹脂部材を備えていることから、薬剤液の吸収性能を高めている。おそらく、全体的な吸収性能の向上に起因して、シート体3よりも抗がん剤の薬剤分子の吸着率が上昇したと推察する。以上をふまえると、抗がん剤吸着シート体は、代用物質を用いた吸着活性炭の性能評価の結果、並びに活性炭自体の抗がん剤吸着の結果のとおり、広範な範囲の分子量の抗がん剤の薬剤分子の吸着に対応可能であることを裏付けた。
【0112】
従って、抗がん剤吸着シート体は、抗がん剤の調製作業や臨床の現場における作業従事者や医療関係者の安全性確保に役立つ。特に、抗がん剤の薬剤分子の吸着性能は極めて良好であることから、作業時の二次汚染対策にも有効である。加えて、構成材料は比較的安価であり、大きな金銭負担なく現場へ導入可能である。