(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
まず、ZnO系半導体層等の成長に用いられる結晶製造装置について説明する。結晶製造方法として、以下に説明する実験、実施例、及び比較例では、分子線エピタキシー(MBE)を用いる。ここで、ZnO系半導体は、少なくともZnとOとを含む。
【0012】
図1は、MBE装置の例を示す概略断面図である。真空チャンバー101内に、Znソースガン102、Oソースガン103、Mgソースガン104、Cuソースガン105、及びGaソースガン106が備えられている。
【0013】
Znソースガン102、Mgソースガン104、Cuソースガン105、及びGaソースガン106は、それぞれ、Zn(7N)、Mg(6N)、Cu(9N)、及びGa(7N)の固体ソースを収容するクヌーセンセルを含み、それぞれセルを加熱することにより、Znビーム、Mgビーム、Cuビーム、及びGaビームを出射する。
【0014】
Oソースガン103は、ラジオ周波数(例えば13.56MHz)を用いる無電極放電管を含む。Oソースガン103は、無電極放電管内でO
2ガス(6N)をプラズマ化して、Oラジカルビームを出射する。放電管材料としては、アルミナもしくは高純度石英を使用することができる。
【0015】
真空チャンバー101内に、基板ヒーターを含むステージ107が配置され、ステージ107が、基板108を保持する。各ソースガン102〜106は、それぞれセルシャッターを備え、セルシャッターの開閉により、基板108上に各ビームが照射される状態と照射されない状態とが切り替えられる。基板108上に、所望のタイミングで所望のビームを供給することにより、所望の組成のZnO系化合物半導体層を成長させることができる。
【0016】
ZnOにMgを添加することにより、バンドギャップを広げることができる。ただし、ZnOはウルツ鉱構造(六方晶)で、MgOは岩塩構造(立方晶)であるため、Mg組成が高すぎると相分離を起こしてしまう。MgZnOのMg組成をxと明示したMg
xZn
1−xOにおいて、Mg組成xは、ウルツ鉱構造を保つため0.6以下とするのが好ましい。ここで、Mg組成x=0も含めることにより、Mg
xZn
1−xOという表記に、Mgの添加されていないZnOも含める。
【0017】
ZnO系半導体のn型導電性は、不純物をドープしなくても得ることができる。n型導電性を高めるために、例えばGa等をドープすることができる。
【0018】
ZnO系半導体のp型導電性は、p型不純物のドープにより得ることができる。以下の考察では、p型不純物としてIB族元素、例えばCuを用いる技術について検討する。
【0019】
真空チャンバー101内に、水晶振動子を用いた膜厚計109が備えられている。膜厚計109で測定される付着速度から、固体ソースからのZnビーム等のフラックス強度(例えばF
Znと表す)が求められる。
【0020】
真空チャンバー101に、反射高速電子回折(RHEED)用のガン110、及び、RHEED像を映すスクリーン111が取り付けられている。RHEED像から、基板108上に形成された結晶層の表面平坦性や成長モードを評価できる。
【0021】
結晶が2次元成長し表面が平坦なエピタキシャル成長(単結晶成長)である場合は、RHEED像がストリークパターンを示し、結晶が3次元成長し表面が平坦でないエピタキシャル成長(単結晶成長)の場合は、RHEED像はスポットパターンを示す。多結晶成長の場合は、RHEED像がリングパターンとなる。
【0022】
次に、Mg
xZn
1−xO(0≦x≦0.6)結晶成長におけるVI/IIフラックス比について説明する。Znビームのフラックス強度をJ
Znと表し、Mgビームのフラックス強度をJ
Mgと表し、Oラジカルビームのフラックス強度をJ
Oと表す。金属材料であるZnあるいはMgのビームは、原子、または複数個の原子を含むクラスターのZnあるいはMgを含み、原子及びクラスターのいずれも結晶成長に有効である。ガス材料であるOのビームは、原子ラジカルや中性分子を含むが、ここでは、結晶成長に有効な原子ラジカルのフラックス強度を考える。
【0023】
結晶へのZnの付着しやすさを示す付着係数をk
Znとし、Mgの付着しやすさを示す付着係数をk
Mgとし、Oの付着しやすさを示す付着係数をk
Oとする。Znの付着係数k
Znとフラックス強度J
Znとの積k
ZnJ
Zn、Mgの付着係数k
Mgとフラックス強度J
Mgとの積k
MgJ
Mg、及び、Oの付着係数k
Oとフラックス強度J
Oとの積k
OJ
Oは、それぞれ、基板の単位面積に単位時間当たりに付着するZn原子、Mg原子、及びO原子の個数に対応する。
【0024】
k
ZnJ
Znとk
MgJ
Mgの和に対するk
OJ
Oの比であるk
OJ
O/(k
ZnJ
Zn+k
MgJ
Mg)を、VI/IIフラックス比と定義する。VI/IIフラックス比が1より小さい場合をII族リッチ条件(Mgを含まない場合は単にZnリッチ条件)と呼び、VI/IIフラックス比が1に等しい場合をストイキオメトリ条件と呼び、VI/IIフラックス比が1より大きい場合をVI族リッチ条件(あるいはOリッチ条件)と呼ぶ。
【0025】
なお、+c面(Zn面)での結晶成長においては、基板表面温度850℃以下であれば、付着係数k
Zn、k
Mg、及びk
Oを1と見なすことができ、VI/IIフラックス比をJ
O/(J
Zn+J
Mg)と表せる。
【0026】
VI/IIフラックス比は、具体的には例えば以下のような手順で算出することができる。ZnOの成長を例として説明する。Znフラックスは、水晶振動子を用いた膜厚モニタによる、室温でのZnの蒸着速度F
Zn(nm/s)として測定される。Znフラックスの単位は、F
Zn(nm/s)からJ
Zn(atoms/cm
2s)に換算される。
【0027】
一方、Oラジカルフラックスは、以下のように求められる。Oラジカルビーム照射条件一定(例えば、O
2流量2sccm/RFパワー300W)の下で、Znフラックスを変化させてZnOを成長し、ZnOの成長速度のZnフラックス依存性を実験的に求める。その結果を、ZnO成長速度G
ZnOの近似式:G
ZnO=[(k
ZnJ
Zn)
−1+(k
OJ
O)
−1]
−1を用いてフィッティングすることにより、その条件でのOラジカルフラックスJ
Oが算出される。このようにして得られたZnフラックスJ
Zn及びOラジカルフラックスJ
Oから、VI/IIフラックス比を算出することができる。
【0028】
次に、第1実験について説明する。まず、試料の作製方法について説明する。Zn面ZnO(0001)基板に900℃で30分サーマルクリーニングを施した後、基板温度を300℃まで下げた。その後、成長温度300℃で、ZnフラックスF
Znを0.12nm/s(J
Zn=7.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)として、厚さ30nmのZnOバッファー層を成長させた。そして、バッファー層の結晶性及び表面平坦性の改善のため、900℃で10分アニールを行った。
【0029】
ZnOバッファー層上に、成長温度900℃で、ZnフラックスF
Znを0.12nm/s(J
Zn=7.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)として、厚さ100nmのアンドープZnO層を成長させた。
【0030】
アンドープZnO層上に、Zn、O、及びCuを供給して、厚さ400nmのCuドープZnO層を成長させた。CuドープZnO層の成長温度を700℃とした第1試料と、成長温度を300℃とした第2試料とを作製した。
【0031】
図2は、第1実験のCuドープZnO層成長におけるZnセル、Oセル、及びCuセルのシャッターシーケンスである。第1実験では、Znセル、Oセル、及びCuセルのシャッターの開閉タイミングが同時である。つまり、Zn、O、及びCuを同時に供給して、CuドープZnO層を成長させる。
【0032】
CuドープZnO層成長時のZn、O、及びCuの照射条件は、第1試料及び第2試料で共通であり、以下のようなものである。ZnフラックスF
Znは0.12nm/s(J
Zn=7.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件はRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)とし、Cuセル温度T
Cuは950℃(F
Cu=0.0025nm/s)とした。
【0033】
次に、第1試料(成長温度700℃)の分析結果について説明する。
【0034】
図3Aは、第1試料のCuドープZnO層の[11−20]方向から見たRHEED像である。RHEED像は、スポット+リングパターンを示しており、3次元成長が生じており、また、単結晶膜ではなく多結晶膜が得られていることがわかる。
【0035】
図3Bは、第1試料のCuドープZnO層表面の原子間力顕微鏡(AFM)像(観察範囲5μm□)である。AFM像からも、膜が平坦ではなく、激しい凹凸を有していることがわかる。AFM像から得られた2乗平均平方根粗さ(RMS)は、131.2nmと非常に大きい。
【0036】
図4は、第1試料の2次イオン質量分析(SIMS)のデプスプロファイルである。成長させたCuドープZnO層の膜厚は400nmである。しかし、Cu濃度は、深さ200nm程度までは10
21cm
−3程度でだいたいは均一であるものの、深さ200nm程度から深さ400nm程度にかけて、10
21cm
−3程度から10
18cm
−3程度まで減少してしまっている。このように、Cuが深さ方向に均一にドープされていないことがわかる。
【0037】
次に、第2試料(成長温度300℃)の分析結果について説明する。
【0038】
図5Aは、第2試料のCuドープZnO層の[11−20]方向から見たRHEED像である。成長温度300℃の第2試料も、成長温度700℃の第1試料と同様に、RHEED像がスポット+リングパターンを示し、3次元成長が生じ、単結晶膜が得られず多結晶膜となっていることがわかる。
【0039】
図5Bは、第2試料のCuドープZnO層表面のAFM像(観察範囲5μm□)である。第2試料のRMSも、第1試料に比べれば小さいが、39.9nmと大きく、第2試料も凹凸の大きな膜となっている。
【0040】
以上説明した第1実験では、Zn、O、及びCuを同時に供給したことによって、活性なOラジカルと、Cuとの反応が促進され、ZnサイトをCuが置換するよりも、CuOが別の結晶相として形成されたことで、ZnOの成長阻害が起こり、多結晶化が起こったと考えられる。
【0041】
Cuが自然酸化される場合を考えると、以下の化学式(1)、(2)のように、まず酸化第一銅(Cu
2O)が形成され、さらに酸化が進むと酸化第二銅(CuO)が形成される。
【0044】
一方、以下の化学式(3)のように、1050℃以上において、酸化第二銅(CuO)は熱分解し、酸化第一銅(Cu
2O)へと変化する。
【0046】
Zn、Oラジカル、及びCuを同時に照射して、CuドープZnO層を成長させる場合を考えると、Cuが活性なOラジカルと容易に反応することに起因して、CuO(II)が形成されやすくなる、すなわち、2価のCu
2+の形成が支配的になると考えられる。また、成長温度も分解温度以下であるため、2価のCu
2+は1価のCu
+になり難く、ZnO中でアクセプタとして働かないCuが支配的になると考えられる。
【0047】
第1実験の結果に対する考察より、2価のCu
2+よりも1価のCu
+が生じやすく、CuがZnサイトを置換しやすいようなCuドープZnO層の形成方法があれば、2次元成長やp型導電性が得られやすいと考えられる。
【0048】
次に、第2実験について説明する。まず、試料の作製方法について説明する。まず、第1実験と同様な条件で、Zn面ZnO(0001)基板上へのZnOバッファー層の形成、バッファー層のアニール、及び、バッファー層上へのアンドープZnO層の形成までを行った。その後、アンドープZnO層上に、Zn及びOと、Cuとを別々のタイミングで供給して、CuドープZnO層を成長させた。CuドープZnO層の成長温度は300℃とした。
【0049】
図6は、第2実験のCuドープZnO層成長におけるZnセル、Oセル、及びCuセルのシャッターシーケンスである。第2実験では、概略的に言うと、Znセルシャッター及びOセルシャッターを開き、Cuセルシャッターを閉じるZnO成長工程と、Znセルシャッター及びOセルシャッターを閉じ、Cuセルシャッターを開くCu付着工程とが交互に繰り返される。
【0050】
ZnO単結晶膜を成長させるZnO成長工程と、ZnO単結晶膜上にCuを付着させるCu付着工程とを別々に設けることにより、Oセルシャッターの開期間と、Cuセルシャッターの開期間とが重ならないようにしている。つまり、OラジカルとCuとが同時に供給されないようにしている。
【0051】
ZnO成長工程は、より詳しく説明すると、Oセルシャッターの開期間の前後に、Znセルシャッターの開期間を延長するようにしている。つまり、Znセルシャッターの開期間が、Oセルシャッターの開期間を含むようにしている。このようにして、Cu付着工程の前後で、ZnO単結晶膜表面をZnで覆うようにすることにより(Oの露出を抑制するようにすることにより)、OラジカルとCuとの直接の反応を抑制している。
【0052】
本実験の設定では、Oセルシャッターの1回当りの開期間を20秒とし、Oセルシャッターの開期間の前後にZnセルシャッターの開期間が1秒ずつ延びるようにし、つまりZnセルシャッターの1回当りの開期間を22秒とした。ZnセルシャッターとOセルシャッターとが共に開状態である20秒間が、1回当たりのZnO成長時間となる。Cuセルシャッターの1回当りの開期間は、10秒とした。
【0053】
ZnO成長工程とCu付着工程とを1セットとした工程を、120セット繰返す成長を実施して、厚さ400nmのCuドープZnOエピ膜を得た。ZnO成長工程でのZnフラックスF
Znは0.12nm/s(J
Zn=7.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件はRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)とした。VI/IIフラックス比は1.0であり、ストイキオメトリ条件である。
【0054】
Cu付着工程でのCuセル温度T
Cuを、860℃〜970℃まで変化させることにより、複数の試料を作製した。
【0055】
次に、第2実験で得られた試料の分析結果について説明する。
【0056】
図7Aは、CuドープZnO層中のCu濃度のSIMSデプスプロファイルである。Cuセル温度T
Cu925℃の試料の結果を示す。成長させたCuドープZnO層の膜厚400nm程度の深さまで、ほぼ均一にCuがドープされていることがわかる。
【0057】
図7Bは、CuドープZnO層中のCu濃度と、Cuセル温度T
Cuとの関係を示すグラフである。各試料のCu濃度はSIMSにより求めた。CuドープZnO層中のCu濃度は、10
19cm
−3のオーダーから10
21cm
−3のオーダーまで変化しており、Cuセル温度を高くすることにより増加させられることがわかった。なお、
図7A及び
図7Bに結果を示した実験では、Zn面ZnO基板を用いたが、O面ZnO基板でも同様な結果が得られた。
【0058】
次に、第3実験について説明する。第2実験と同様に、ZnO成長工程とCu付着工程とを交互に繰り返してCuドープZnO層を成長させた。第3実験では、ZnO成長工程におけるVI/IIフラックス比を変化させることにより、複数の試料を作製した。
【0059】
具体的には、Oラジカルビームの照射条件を、RFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)と一定とし、ZnフラックスF
Znを、0.03nm/s〜0.25nm/s(J
Zn=2.0×10
14atoms/cm
2s〜1.6×10
15atoms/cm
2s)の範囲で変化させることにより、VI/IIフラックス比(O/Zn比)を、4.1〜0.49の範囲で変化させた。
【0060】
Cu付着工程でのCuセル温度T
Cuは、925℃(F
Cu=0.0015nm/s)とした。各試料において、1回当りのZnO成長膜厚が約3.3nmと等しくなるように、ZnO成長時間を43秒〜11秒の範囲で変化させた。より詳しくは、ZnフラックスF
Znが0.03nm/s、0.07nm/s、0.12nm/s、0.15nm/s、0.19nm/s、及び0.25nm/sの時、それぞれ、ZnO成長時間を43秒、28秒、20秒、18秒、16秒、11秒とした。その他の条件は、第2実験と同様である。
【0061】
図8は、第3実験で得られた各試料のCuドープZnO層の[11−20]方向から見たRHEED像である。RHEED像は、ZnフラックスF
Znが左方から右方へ大きくなるように、つまり、V/IIフラックス比が左方から右方に小さくなるように並べられている。ZnフラックスF
Zn=0.12nm/sのときが、ストイキオメトリ条件である。
【0062】
ZnフラックスがF
Zn=0.12nm/s〜0.19nm/s(J
Zn=7.9×10
14〜1.3×10
15atoms/cm
2s)の、ストイキオメトリ条件からZnリッチ条件では、成長温度300℃と低いにもかかわらず、RHEED像はストリークとなり、2次元成長した表面平坦性の高い単結晶膜が形成されていることがわかる。
【0063】
なお、ZnフラックスF
Znをさらに0.25nm/s(J
Zn=1.6×10
15atoms/cm
2s)まで増やすと、RHEED像はリングパターンとなった。これは、過剰なZnにより、成長阻害が起こっているものと考えられる。
【0064】
逆に、Znフラックスがストイキオメトリ条件よりも少なくなる条件、すなわちOリッチ条件になると、RHEED像はスポットパターンとなり、3次元成長となることがわかった。
【0065】
第3実験より、平坦性が高く結晶性の良いCuドープZnO単結晶膜を得るためには、ZnO成長工程を、ストイキオメトリ条件からZnリッチ条件(VI/IIフラックス比が1以下)で実施するのが望ましいことがわかった。
【0066】
Oリッチ条件(VI/IIフラックス比が1より大)では、O終端面で結晶成長が進んだと考えられる。O終端ZnO上のCuの表面マイグレーションの低下、あるいは、Cu付着工程後のZnO成長工程において、Zn不足によりCuとOラジカルとが反応し、O終端されたCuOなどにより、Znの表面マイグレーションが十分でなくなるため、3次元成長になったものと考えられる。
【0067】
一方、ストイキオメトリ条件からZnリッチ条件では、Zn終端面で結晶成長が進んだと考えられる。Cu上のZnの表面マイグレーションあるいはZn終端ZnO上のCuの表面マイグレーションが促進されて、300℃程度の低温にもかかわらず、2次元成長が可能となったものと考えられる。
【0068】
ストイキオメトリ条件(VI/IIフラックス比が1)でも2次元成長が得られているが、Zn終端面での成長をより確実にする観点からは、Znリッチ条件(VI/IIフラックス比が1より小)での成長がより望ましいと考えられる。
【0069】
なお、上述のように、Znリッチになりすぎると多結晶が得られる傾向が見られた(ZnフラックスF
Zn=0.25nm/sで、V/IIフラックス比=0.49の試料は多結晶となった)。これを考慮すると、V/IIフラックス比を例えば0.5以上とすることが、さらに望ましいといえる。
【0070】
なお、ZnO成長工程の1回当りに成長させるZnO単結晶膜厚は、10nm以下が望ましいであろう。成長温度が非常に低く、表面マイグレーションが起こりにくいため、1回当りの成長膜厚が厚くなりすぎると、3次元成長が生じて、結晶性が悪化する可能性がある。
【0071】
また、Cu付着工程における1回当りのCu付着厚みは、Cuの1原子層以下が望ましいであろう。例えば、第2実験におけるCuセル温度T
Cuが925℃(Cu濃度1.5×10
20cm
−3)の試料においては、膜厚とCu濃度から算出される1回当りのCu付着厚みは、1/20原子層となっている(すなわち、ZnO表面上のCuの被覆率は5%程度)。
【0072】
1回当りのCu付着厚みが厚すぎると、未酸化のCuによりn型化導電膜となったり、結晶性が悪化したりする可能性がある。Cu濃度としては、1×10
19cm
−3〜5×10
20cm
−3が望ましい。Cu濃度は、Cuのセル温度で制御する以外に、ZnO成長時間、Cu付着時間などにより(ZnO成長時間とCu付着時間の割合により)、制御可能である。
【0073】
次に、第4実験について説明する。第2実験及び第3実験と同様に、ZnO成長工程とCu付着工程とを交互に繰り返してCuドープZnO層を成長させた。第4実験では、成長温度を300℃〜900℃の範囲で変化させることにより、複数の試料を作製した。Cuセル温度T
Cuは925℃(F
Cu=0.0015nm/s)とした。その他の条件は、第2実験と同様である。
【0074】
図9は、第4実験で得られた各試料のCuドープZnO層の[11−20]方向から見たRHEED像、及び、AFM像(観察範囲5μm□)である。RHEED像及びAFM像は、成長温度Tgが左方から右方に高くなるように並べられている。
【0075】
成長温度250℃及び300℃では、RHEED像がストリークパターンを示し、成長温度350℃では、RHEED像がストリーク+スポットパターンを示しており、成長温度250℃〜350℃において、単結晶成長が起こっていることがわかる。
【0076】
成長温度が400℃以上に高くなると、RHEED像がスポットパターンからリングパターンになることがわかる。例えば、1つの理由としては、成長温度が高くなるほどCuの熱酸化が促進されてCuOが形成され、すなわち、CuがZnOの格子位置(Znサイト)に置換されずにCuOなど銅酸化物が別の結晶相として形成されることにより、3次元成長が生じ、やがて単結晶膜が得られず多結晶な膜となってしまうからと考えられる。
【0077】
さらに、700℃以上に成長温度が上がると、RHEED像がスポットパターンからストリーク+スポットパターンへと変化する。成長温度が上がってCuの付着係数が低下する、あるいはZnO中へのCuの取り込み効率が低下することにより、ZnO膜中のCu濃度が低下して、成長モードが2次元成長へと変化すると考えられる。しかし、付着したCuが成長表面に押し出されて、単斜晶系のCuOとして形成され、AFM像で突起物として観察されていると考えられる。
【0078】
図10は、CuドープZnO層の表面粗さ(RMS)の成長温度依存性を示すグラフである。成長温度が250℃〜350℃において、RMSが1nm以下で、平坦性の高いCuドープZnO層が得られていることがわかる。
【0079】
図11は、成長温度300℃、500℃、700℃、及び900℃で成長したCuドープZnO層中のCu濃度のSIMSデプスプロファイルである。
【0080】
成長温度300℃の試料のCu濃度は、界面で急峻に立ち上がり、エピ層中においてほぼ一定で均一性が高い。成長温度が高くなるに従い、Cu濃度が界面から徐々に増加するようになり(Cu濃度の立ち上がりが緩やかになり)、エピ層中のCu濃度が不均一になっていることがわかる。
【0081】
さらに、成長温度900℃では、表面Cu濃度が高くなっており、これは、表面析出物の影響と考えられる。このような成長温度依存性は、成長温度によるCuの付着係数の差や、Cuの熱酸化反応に起因しているものと考えられる。
【0082】
第4実験より、成長温度としては、350℃以下が望ましいことがわかった。なお、好ましい成長温度の下限は明確ではないが、おそらく、200℃程度までは良好な成長が可能であろう。
【0083】
以上、第2実験〜第4実験で説明したように、ZnO成長工程とCu付着工程とを交互に繰り返す成長方法により、平坦性が高く結晶性の良好なCuドープZnO層が得られることがわかった。次に、このような成長方法で得られるCuドープZnO層をp型半導体層に用いて、ZnO系半導体発光素子を形成する実施例について説明する。
【0084】
まず、ホモ構造のZnO系半導体発光素子を形成する第1実施例について説明する。
【0085】
図12は、第1実施例によるZnO系半導体発光素子の概略断面図である。Zn面ZnO基板1上に、成長温度300℃で、ZnフラックスF
Znを0.15nm/s(J
Zn=9.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)として、厚さ30nmのZnOバッファー層2を成長させた。そして、バッファー層の結晶性及び表面平坦性の改善のため、900℃で10分アニールを行った。
【0086】
ZnOバッファー層2上に、成長温度900℃で、Zn、O及びGaを同時に供給して、厚さ150nmのn型ZnO層3を成長した。ZnフラックスF
Znは0.15nm/s(J
Zn=9.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件はRFパワー250W、O
2流量1.0sccm(J
O=4.0×10
14atoms/cm
2s)とし、Gaのセル温度は460℃とした。n型ZnO層3のGa濃度は、1.5×10
18cm
−3である。
【0087】
n型ZnO層3上に、成長温度900℃で、ZnフラックスF
Znを0.03nm/s(J
Zn=2.0×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)として、厚さ15nmのアンドープZnO活性層4を成長させた。
【0088】
その後、基板温度を300℃まで下げ、アンドープZnO活性層4上に、p型層として、CuドープZnO層5を成長させた。1回当たりのZnO成長工程におけるZnO成長時間を20秒とし、1回当たりのCu付着工程におけるCu供給期間を10秒とした。ZnO成長工程とCu付着工程とを1セットとした工程を120セット繰返して、厚さ400nmのCuドープZnO層5を成長させた。
【0089】
ZnO成長工程は、ZnフラックスF
Znを0.15mnm/s(J
Zn=9.9×10
14atoms/cm
2s)とし、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm(J
O=8.1×10
14atoms/cm
2s)とした。V/IIフラックス比は0.82で、Znリッチ条件である。Cu付着工程は、CuフラックスF
Cuを0.0015nm/sとした。
【0090】
その後、ZnO基板1の裏面にn側電極6nを形成し、CuドープZnO層5上にp側電極6pを形成し、p側電極6p上にボンディング電極7を形成した。n側電極6nは、厚さ10nmのTi層上に厚さ500nmのAu層を積層して形成した。p側電極6pは、大きさ300μm□で厚さ1nmのNi層上に、厚さ10nmのAu層を積層して形成し、ボンディング電極7は、大きさ100μm□で厚さ500nmのAu層で形成した。このようにして、第1実施例による発光素子を作製した。
【0091】
次に、比較例によるZnO系半導体発光素子について説明する(なお、
図15を参照して後述するように、比較例の発光素子は、実際には発光しなかった)。比較例では、第1実施例におけるp型層5の替わりに、第1実験と同様に、Zn、O、及びCuを同時に供給して、CuドープZnO層5を形成した。その他の工程は、第1実施例と同様である。
【0092】
比較例のCuドープZnO層5は、成長温度を300℃とし、ZnフラックスF
Znを0.15m/sとし、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccmとし、CuフラックスF
Cuを0.0015nm/sとして、厚さ400nm成長させた。
【0093】
次に、第1実施例及び比較例のZnO系半導体発光素子の特性について説明する。
【0094】
図13A及び
図13Bは、それぞれ、比較例及び第1実施例によるZnO系半導体発光素子のCuドープZnO層5の、[11−20]方向から見たRHEED像である。比較例のCuドープZnO層5では、RHEED像がリングパターンを示しているのに対し、第1実施例のCuドープZnO層5では、RHEED像がストリークパターンを示している。第1実施例のCuドープZnO層5は、成長温度が300℃と低いにもかかわらず、2次元成長でエピタキシャル成長していることがわかる。
【0095】
図14A及び
図14Bは、それぞれ、比較例及び第1実施例によるZnO系半導体発光素子のI−V特性である。比較例の発光素子は、リークの多いショットキー特性となってしまっている。一方、第1実施例の発光素子は、ダイオード特性を示している。実施例では、活性なOラジカルの供給工程と、Cuの供給工程とが分離されているため、Cuの酸化が促進されずに1価のCu
+の形でZnサイトを置換できたことにより、p型のCuドープZnO層が形成されて、ダイオード特性が得られたと考えられる。
【0096】
比較例のCuドープZnO層では、Cuの酸化が促進されCuOが形成されていると推測される。2価のCu
2+ではp型化が起こらないので、ショットキー特性となったと考えられる。さらに、結晶性が悪いために、リークの多い特性となったと考えられる。
【0097】
図15は、第1実施例によるZnO系半導体発光素子のエレクトロルミネセンス(EL)スペクトルである。ホモ構造のため自己吸収により短波長側が吸収されているものの、390nmの紫外発光が観測された。一方、比較例の発光素子では、発光が確認できなかった。
【0098】
なお、上述の第2実験〜第4実験、及び第1実施例では、ZnOにCuをドープしたが、MgZnOにCuをドープする場合でも、MgZnO成長工程とCu付着工程とを交互に繰り返す方法により、2次元成長し平坦性が高く、p型導電性を示すCuドープMgZnO単結晶膜を得ることができると考えられる。
【0099】
CuドープZnOに関して考察したVI/IIフラックス比(第3実験)や、成長温度(第4実験)や、1回あたりの成膜厚さ等の条件は、CuドープMgZnOについても同様に有効と考えられる。p型のCuドープMgZnOを用いることにより、下記の第2、第3実施例のように、ダブルヘテロ構造の発光素子を形成することができる。
【0100】
次に、ダブルへテロ構造のZnO系半導体発光素子を形成する第2実施例及び第3実施例について説明する。
【0101】
図16Aは、第2実施例によるZnO系半導体発光素子の概略断面図である。n型導電性を持つZn面ZnO(000)基板11上に、Zn及びOを同時に供給して、例えば厚さ30nmのZnOバッファー層12を成長させる(例えば、成長温度:300℃、ZnフラックスF
Zn:0.15nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2.0sccm)。そして、バッファー層の結晶性及び表面平坦性の改善のため、900℃で10分アニールを行う。
【0102】
ZnOバッファー層12上に、Zn、O及びGaを同時に供給して、例えば厚さ150nmのGaドープn型ZnO層13を成長させる(例えば、成長温度:900℃、ZnフラックスF
Zn:0.15nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー250W/O
2流量1.0sccm、Gaセル温度:460℃、n型ZnO層13のGa濃度:1.5×10
18cm
−3)。
【0103】
n型ZnO層13上に、Zn、Mg、及びOを同時に供給して、例えば厚さ30nmのn型MgZnO層14を成長させる(例えば、成長温度:900℃、ZnフラックスF
Zn:0.1nm/s、MgフラックスF
Mg:0.025nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2sccm、n型MgZnO層14のMg組成:0.3)。
【0104】
n型MgZnO層14上に、Zn及びOを同時に供給して、例えば厚さ10nmのZnO活性層15を成長させる(例えば、成長温度:900℃、ZnフラックスF
Zn:0.1nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2.0sccm)
なお、
図16Bに示すように、活性層15として、単層のZnO層の替わりに、MgZnO障壁層15bとZnO井戸層15wとが交互に積層された量子井戸構造を採用することもできる。
【0105】
その後、基板温度を例えば300℃まで下げ、活性層15上に、MgZnO成長工程とCu付着工程とを交互に繰り返して、p型層として、CuドープMgZnO層16を成長させる。
【0106】
例えば、1回当たりのMgZnO成長工程でのMgZnO成長時間を20秒とし(ZnフラックスF
Zn:0.15m/s、MgフラックスF
Mg:0.03nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2.0sccm)、1回当たりのCu付着工程におけるCu供給期間を10秒とする(CuフラックスF
Cu:0.0015nm/s)。ZnO成長工程とCu付着工程とを1セットとした工程を、例えば60セット繰返して、厚さ200nmのp型CuドープMgZnO層16(Mg組成:0.3)を成長させる。
【0107】
その後、ZnO基板11の裏面にn側電極17nを形成し、CuドープMgZnO層16上にp側電極17pを形成し、p側電極17p上にボンディング電極18を形成する。例えば、n側電極17nは、厚さ10nmのTi層上に厚さ500nmのAu層を積層して形成し、p側電極17pは、大きさ300μm□で厚さ1nmのNi層上に、厚さ10nmのAu層を積層して形成し、ボンディング電極18は、大きさ100μm□で厚さ500nmのAu層で形成する。このようにして、第2実施例による発光素子が作製される。
【0108】
なお、導電性基板11として、上述の例ではZnO基板を用いたが、その他、MgZnO基板、GaN基板、SiC基板、Ga
2O
3基板などを用いることもできる。
【0109】
図17は、第2実施例のCuドープMgZnO層成長におけるZnセル、Mgセル、Oセル、及びCuセルのシャッターシーケンスの一例である。Znセルシャッター、Mgセルシャッター、及びOセルシャッターを開き、Cuセルシャッターを閉じるMgZnO成長工程と、Znセルシャッター、Mgセルシャッター、及びOセルシャッターを閉じ、Cuセルシャッターを開くCu付着工程とが交互に繰り返されている。
【0110】
この例では、MgZnO成長工程におけるZnセルシャッターの開期間が、Mgセルシャッターの開期間及びOセルシャッターの開期間を含むように設定されている。ZnとともにMgが供給される場合、OラジカルとCuとの反応を抑制するという観点からは、Znセルシャッターの開期間及びMgセルシャッターの開期間の少なくとも一方が、Oセルシャッターの開期間を含むようにすればよいであろう。なお、MgZnOのMg組成の制御性を高める観点からは、Znセルシャッターの開期間がMgセルシャッター及びOセルシャッターの開期間を含むようにする方がよいように思われる。
【0111】
図18は、第3実施例によるZnO系半導体発光素子の概略断面図である。第2実施例では、基板として導電性基板を用いた。第3実施例では、基板として絶縁性基板を用いる。
【0112】
絶縁性基板であるc面サファイア基板21上に、Mg及びOを同時に供給して、例えば厚さ約10nmのMgOバッファー層22を成長させる(例えば、成長温度:650℃、MgフラックスF
Mg:0.05nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2sccm)。
【0113】
MgOバッファー層22は、その上に成長するZnO系半導体層を、Zn面を表面として成長させるような極性制御層として働く。なお、このような極性制御層について、例えば、特開2005−197410号公報の「発明を実施するための最良の形態」の欄に説明されている。
【0114】
MgOバッファー層22上に、Zn及びOを同時に供給して、例えば厚さ30nmのZnOバッファー層23を成長させる(例えば、成長温度:300℃、ZnフラックスF
Zn:0.15nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2.0sccm)。そして、バッファー層の結晶性及び表面平坦性の改善のため、900℃で30分アニールを行う。このZnO膜はZn極性面(+c)で成長している。
【0115】
ZnOバッファー層23上に、Zn、O及びGaを同時に供給して、例えば厚さ約1.5μmのGaドープn型ZnO層24を成長させる(例えば、成長温度:900℃、ZnフラックスF
Zn:0.05nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2sccm)。
【0116】
Gaドープn型ZnO層24上に、Zn、Mg、及びOを同時に供給して、例えば厚さ30nmのn型MgZnO層25を成長させる(例えば、成長温度:900℃、ZnフラックスF
Zn:0.1nm/s、MgフラックスF
Mg:0.025nm/s、Oラジカルビーム照射条件:RFパワー300W/O
2流量2sccm、n型MgZnO層25のMg組成:0.3)。
【0117】
n型MgZnO層25上に、第2実施例の活性層15と同様にして、ZnO活性層26を成長させる。なお、第2実施例の活性層15について説明したのと同様に、活性層26は、単層のZnO層の替わりに、量子井戸構造を採用することもできる。
【0118】
その後、基板温度を例えば300℃まで下げ、活性層26上に、第2実施例のCuドープMgZnO層16と同様にして、p型層として、CuドープMgZnO層27を成長させる。
【0119】
第3実施例の基板21は絶縁性基板のため、基板裏面側にn側電極を取れない。そこで、n側電極形成領域を、CuドープMgZnO層27の上面から、n型ZnO層24が露出するまでエッチングし、露出したn型ZnO層24上にn側電極28nを形成する。CuドープMgZnO層27上にp側電極28pを形成し、p側電極28p上にボンディング電極29を形成する。
【0120】
例えば、n側電極28nは、厚さ10nmのTi層上に厚さ500nmのAu層を積層して形成し、p側電極28pは、厚さ0.5nmのNi層上に厚さ10nmのAu層を積層して形成し、ボンディング電極29は、厚さ500nmのAu層で形成する。このようにして、第3実施例による発光素子が作製される。
【0121】
以上、第2実験〜第4実験、第1実施例〜第3実施例で説明したように、Mg
xZn
1−xO(0≦x≦0.6)単結晶膜を形成する工程(上記説明におけるZnO成長工程またはMgZnO成長工程)と、Mg
xZn
1−xO(0≦x≦0.6)単結晶膜上にCuを供給する工程(上記説明におけるCu付着工程)とを交互に繰返すことにより、p型導電性を示すCuドープMg
xZn
1−xO(0≦x≦0.6)単結晶エピタキシャル成長膜を得ることができる。
【0122】
なお、以上、p型ドーパントとしてCuを用いる例について考察したが、上述の方法は、複数の価数を形成しうるAgなど他のIB族元素をp型ドーパントとして利用する方法としても、有効である可能性がある。つまり、Oの照射期間を有するMg
xZn
1−xO(0≦x≦0.6)単結晶膜の形成工程と、IB族元素を付着させる工程とを分離することにより、アクセプタとして働く+1価のIB族元素を生じやすくできる可能性がある。
【0123】
なお、酸素源として、以上の説明ではOラジカルを用いたが、オゾンやH
2O、アルコールなどの極性酸化剤など酸化力の強い他のガスを用いることも可能であると考えられる。
【0124】
本願発明者らは、ZnO成長工程とCu付着工程とを交互に繰返して成長させたCuドープZnO層におけるCuの電子状態をX線光電子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy ;XPS)により調べた。
【0125】
図19Aは、XPS分析に用いたサンプル(交互成長サンプル)を示す概略的な断面図である。本図を参照し、交互成長サンプルの作製方法について説明する。
【0126】
Zn面ZnO(0001)基板31上に成長温度300℃で、ZnフラックスF
Znを0.16nm/s、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm、成長時間を5分とし、厚さ40nmのZnOバッファー層32を成長させた。ZnOバッファー層32の結晶性及び表面平坦性の改善のため、900℃で30分間のアニールを行った。
【0127】
ZnOバッファー層32上に、成長温度を900℃、ZnフラックスF
Znを0.16nm/s、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー300W、O
2流量2.0sccm、成長時間を15分として、厚さ120nmのアンドープZnO層33を成長させた。
【0128】
基板温度を300℃まで下げ、アンドープZnO層33上に、p型のCuドープZnO層34を成長させた。
【0129】
CuドープZnO層34を成長させるに当たっては、
図6に示すシャッターシーケンスと同様のシーケンスで、Zn及びOと、Cuとを別々のタイミングで供給した。なお、XPS分析に用いた交互成長サンプルの作製においては、GaをOと等しいタイミングで供給した。CuドープZnO層34においては、CuとGaが共ドープされている。
【0130】
ZnO成長工程におけるZnフラックスF
Znは0.16nm/s、Oラジカルビーム照射条件はRFパワー300W、O
2流量2.0sccm、Gaのセル温度T
Gaは515℃とした。Cu付着工程におけるCuのセル温度T
Cuは930℃とし、CuフラックスF
Cuを0.0015nm/sとした。
【0131】
Oセルシャッター及びGaセルシャッターの1回当たりの開期間を16秒とし、Oセルシャッター及びGaセルシャッターの開期間の前後にZnセルシャッターの開期間を1秒ずつ延長した。Znセルシャッターの1回当たりの開期間は18秒である。Cuセルシャッターの1回当たりの開期間は50秒とした。
【0132】
ZnO成長工程とCu付着工程を交互に30回ずつ繰返し、厚さ100nmのCuドープZnO層34を得た。
【0133】
図19Bは、CuドープZnO層34の[11−20]方向から見たRHEED像である。RHEED像はストリークパターンを示している。CuドープZnO層34は、2次元成長した、表面平坦性の高い単結晶層であることがわかる。
【0134】
図20A及び
図20Bは、それぞれ第1実験の第1試料のCuドープZnO層、及び、交互成長サンプルのCuドープZnO層34のCu2p3/2軌道のXPS分析結果を示すグラフである。横軸は光電子のエネルギー(結合エネルギー)を単位「eV」で示し、縦軸は強度(単位時間当たりに観測された光電子の個数)を任意単位で示す。XPSスペクトルと、その波形解析結果(Cu1〜Cu5で示す曲線)を記載した。曲線Cu1は、Cu、Cu
2O等におけるCuの電子状態(0価のCuまたは1価のCu
+)に由来する成分(ピーク)を示す。曲線Cu2はCuO等、また、曲線Cu3はCu(OH)
2やCuCO
3等におけるCuの電子状態(2価のCu
2+)に由来する成分を表す。曲線Cu4及び曲線Cu5は、それぞれ結合状態の異なるCu
2+のシェイクアップピーク(サテライトピーク)を示す曲線である。なお、ZnO層中においては、Cuの周囲には多数のOが存在する。このためCuは、0価の金属Cu以外の状態で存在していると考えられる。したがって、曲線Cu1は、Cu
+のピークを示す曲線であるといえる。
【0135】
なお、XPS分析においては、測定装置にアルバック・ファイ株式会社製の走査型X線光電子分光分析装置 PHI Quantera II、X線源に単色化Al(1486.6eV)を用い、検出領域を100μmΦ、検出深さを約8nm(取出角90°)とした。
【0136】
図20Aを参照する。Zn、O、及びCuを同時に供給して成長させた第1実験、第1試料のCuドープZnO層においては、932.55eVにピークをもつ曲線Cu1で示される成分(Cu
+)のほか、その高エネルギー側に933.65eV及び934.65eVにピークをもつ曲線Cu2及び曲線Cu3で示される成分(Cu
2+)がショルダーとして観測される。また941.15eV及び943.65eVにピークをもつ曲線Cu4及び曲線Cu5で示されるCu
2+のシェイクアップピークが明確に観測される。すなわち、1価のCu
+と2価のCu
2+が混在している。
【0137】
図20Bを参照する。Zn及びOと、Cuとを別々のタイミングで供給して成長させた交互成長サンプルのCuドープZnO層34においては、Cu
2+のシェイクアップピークは観測されず、932.73eVにピークをもつ曲線Cu1で示される成分以外の成分はほとんど認められない。曲線Cu2〜Cu5の強度比(Int%)と面積比(Area%)は、ともに0.00%である。すなわち、交互成長サンプルのCuドープZnO層34においては、Cuは、ほぼ1価のCu
+としてのみ存在していることがわかる。
【0138】
次に、本願発明者らは、交互成長サンプルのCuドープZnO層34表面にスパッタクリーニングを施した。
【0139】
図21Aは、表面スパッタクリーニングの前後におけるCuドープZnO層34のCu2p3/2軌道のXPSスペクトルを示すグラフである。グラフの両軸の意味するところは、
図20A及び
図20Bにおけるそれらと等しい。曲線aは、スパッタクリーニング前(CuドープZnO層34の成長直後の最表面)のスペクトルを示し、曲線bは、スパッタクリーニング後のそれを示す。曲線aは、
図20BのXPSスペクトルを示す曲線と同一である。スパッタクリーニングの前後を問わず、Cu
2+のシェイクアップピークは観測されない。
【0140】
図21Bは、表面スパッタクリーニング後のCuドープZnO層34のCu2p3/2軌道のXPSスペクトル(曲線b)の波形解析結果を示すグラフである。グラフの両軸及び曲線Cu1〜Cu5の意味するところは、
図20A及び
図20Bにおけるそれらと等しい。
【0141】
932.55eVにピークをもつ曲線Cu1で示される成分以外の成分はほとんど認められない。すなわち、波形解析によっても、CuドープZnO層34の内部において、Cuは、ほぼ1価のCu
+としてのみ存在していることがわかる。
【0142】
このように、Zn及びOと、Cuとを別々のタイミングで供給して成長させたCuドープZnO層34においては、その表面だけでなく内部においても、Cuは、ほぼ1価のCu
+としてのみ存在していることが確認された。
【0143】
CuドープZnO層34のCu原子の2p3/2内殻電子の励起ピークエネルギーは、932.73eV(スパッタクリーニング前)、及び、932.55eV(スパッタクリーニング後)であった(曲線Cu1で示される成分のピークエネルギー、
図20B及び
図21B参照)。また、たとえば940eV〜945eVの範囲にシェイクアップピーク(曲線Cu4及び曲線Cu5で示されるCu
2+のシェイクアップピーク)は存在しなかった。実施例による方法によれば、CuドープZnO層に限らず、一般にCuドープMg
xZn
1−xO(0≦x≦0.6)層であって、XPSによるCu原子の2p3/2内殻電子の励起ピークエネルギーが932.1eV〜932.9eVの範囲に存在し、940eV〜945eVの範囲にシェイクアップピークが存在しないZnO系半導体層を得ることができるであろう。
【0144】
実施例の方法で得られるZnO系半導体層は、例えば、短波長(紫外〜青)の発光ダイオード(LED)やレーザダイオード(LD)に利用でき、また、これらの応用製品(各種インジケーター、LEDディスプレイ等、CV/DVD用光源)に利用できる。また、白色LEDやその応用製品(照明器具、各種インジケーター、ディスプレイ、各種表示器のバックライト等)に利用できる。また、紫外センサに利用できる。
【0145】
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。