(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6092768
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】マンノース−6−リン酸の分析装置及び分析法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20170227BHJP
G01N 30/74 20060101ALI20170227BHJP
G01N 30/84 20060101ALI20170227BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
G01N30/88 N
G01N30/74 F
G01N30/84 A
G01N30/88 101C
G01N30/26 A
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-507545(P2013-507545)
(86)(22)【出願日】2012年3月26日
(86)【国際出願番号】JP2012057693
(87)【国際公開番号】WO2012133269
(87)【国際公開日】20121004
【審査請求日】2015年3月20日
(31)【優先権主張番号】特願2011-73630(P2011-73630)
(32)【優先日】2011年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100104639
【弁理士】
【氏名又は名称】早坂 巧
(72)【発明者】
【氏名】横山 哲雄
【審査官】
赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−237199(JP,A)
【文献】
特開2008−185373(JP,A)
【文献】
特開2005−278597(JP,A)
【文献】
特開2008−088102(JP,A)
【文献】
国際公開第2009/092010(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00−30/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中に含まれるマンノース−6−リン酸の分離分析のための,カラムクロマトグラフィーを用いた分離分析装置であって,リン酸に対する親和性を有する固定相を備えたカラムと,該カラムからの溶出液の流路と,該流路の途中に設けられた,該流路中の溶出液を加熱して溶出液中に含まれるマンノース−6−リン酸と塩基性アミノ酸とを反応させるための加熱器と,該加熱器の下流において該流路に設けられた,溶出液に励起光を連続的に照射して該溶出液から放射される蛍光の強度を測定するための蛍光検出装置とを含み,該流路において,該加熱器と該蛍光検出装置の間に,更に背圧発生器が備えられており,そして,該流路において,カラムと該加熱器との間に塩基性アミノ酸を添加するための供給路を更に含んでよいものである,分離分析装置。
【請求項2】
該流路において,該加熱器と該蛍光検出装置の間に,更に冷却装置が設けられているものである,請求項1の分離分析装置。
【請求項3】
該流路において,該冷却装置が,該加熱器と該背圧発生器との間に設けられているものである,請求項2の分離分析装置。
【請求項4】
該固定相が,ヒドロキシアパタイト,フルオロアパタイト,及びそれらの混合物よりなる群から選択されるものである,請求項1ないし3の何れかの分離分析装置。
【請求項5】
請求項1ないし4の何れかの装置を用いた,試料中に含まれるマンノース−6−リン酸の分離分析方法であって,
該試料を該カラムに負荷し,
所定のpHに調整した第1の緩衝液からなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,所定の濃度のリン酸塩を含む所定のpHに調整した第2の緩衝液からなる第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給してマンノース−6−リン酸を溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に該流路中に導き,
該流路中において該溶出液に少なくとも1種の塩基性アミノ酸含有溶液を所定の速度で連続的に添加して混合溶液とし,
該混合溶液をして,所定温度の該加熱器内を所定時間かけて通過させることにより,該混合溶液を加熱し,
加熱後の該混合溶液を,該蛍光分析装置にかけることにより所定の励起光照射下で該混合溶液から放射される蛍光の強度を測定し記録することを含んでなる方法。
【請求項6】
請求項1ないし4の何れかの装置を用いた,試料中に含まれるマンノース−6−リン酸の分離分析方法であって,
マンノース−6−リン酸を含む試料溶液を該カラムに負荷し,
所定濃度の少なくとも1種の塩基性アミノ酸を含有する所定のpHに調整した第1の緩衝液からなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,少なくとも1種の塩基性アミノ酸と所定濃度のリン酸塩を含む所定のpHに調整した第2の緩衝液からなる第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給してマンノース−6−リン酸を溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に該流路中に導き,
該溶出液をして,所定温度の該加熱器内を所定時間かけて通過させることにより,該溶出液を加熱し,
加熱後の該溶出液を,蛍光分析装置にかけることにより所定の励起光照射下で該溶出液から放射される蛍光の強度を測定し記録することを含んでなる方法。
【請求項7】
該第1の移動相の該所定のpHが5.5〜9.5であり,該第2の移動相の該所定のpHが5.5〜9.5である,請求項5又は6の方法。
【請求項8】
該第1の緩衝液が,トリス緩衝液,グッドの緩衝液,酢酸緩衝液,クエン酸緩衝液,クエン酸−リン酸緩衝液,リン酸緩衝液,グリシン緩衝液,及び炭酸緩衝液からなる群から又はこれらの緩衝液の少なくとも2種類の混合液から選択されるものであり,該第2の緩衝液が,トリス緩衝液,グッドの緩衝液,酢酸緩衝液,クエン酸緩衝液,クエン酸−リン酸緩衝液,リン酸緩衝液,グリシン緩衝液,及び炭酸緩衝液からなる群から又はこれらの緩衝液の少なくとも2種類の混合液から選択されるものである,請求項7の方法。
【請求項9】
該第2の移動相に含まれる該リン酸塩の濃度が,15〜50mMである,請求項5ないし8の何れかの分離分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,マンノース−6−リン酸(M6P)の,ポストカラム蛍光検出法を用いた分析装置及びこれを用いた分析法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
還元糖の分析法として,還元糖を含む試料を,ホウ酸を含有する水性溶液を移動相として用いる液体クロマトグラフィーに付し,流路中で,溶出液にアルギニン等の塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を加え,加熱して還元糖と反応させた後冷却し,反応液に励起光を照射して蛍光強度又は吸光度を測定することによる方法が知られている(特許文献1)。ここで用いられる装置は,カラムからの流出路を延長し,この流出路に塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液の供給経路を接続し,次いで加熱装置,冷却装置,励起光の照射装置,及び蛍光強度等の測定装置を取り付けたものである。この方法では,液体クロマトグラフィーからの溶出液に塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を加えるための供給経路を設けておく必要がある。
【0003】
また,上記方法の改良型として,還元糖を含む試料を,ホウ酸及び反応試薬であるアルギニン等の塩基性アミノ酸を含有する移動相を用いる液体クロマトグラフィーに付し,流路中で,溶出液を加熱して反応試薬と還元糖と反応させた後冷却し,反応液に励起光を照射して蛍光強度又は吸光度を測定することによる方法が知られている(特許文献2)。この方法では,液体クロマトグラフィーの移動相として塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液が用いられることから,塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を溶出液に後から加えるための供給経路を設けておく必要がない。これらの還元糖分析法は,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法と呼ばれている。
【0004】
上記の還元糖分析法は共に,還元糖が,ホウ酸存在下にアルギニン等の塩基性アミノ酸との加熱反応により強い発蛍光誘導体を生成することを,カラムから溶出してきた還元糖の検出に利用している(非特許文献1)。この発蛍光誘導体は,還元糖とアミノ化合物である塩基性アミノ酸との加熱反応(メイラード反応)により生じた褐色を呈するメイラノジンであり,これは,励起光として波長320nmの光の照射を受けると,波長430nmの光を放射する。またこれらの還元糖分析法におけるカラムによる還元糖の分離には,還元糖がホウ酸と容易に結合してアニオン性錯イオンを生成する性質を有すること,及びこのアニオン性錯イオンが陰イオン交換カラムに保持されることを利用している。
【0005】
ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法では,移動相として,0.01〜5%の濃度の塩基性アミノ酸と0.05〜0.5Mの濃度のホウ酸とを含有する水溶液(pH7〜10)が用いられる。このとき使用される塩基性アミノ酸は,アルギニン,リジン,ヒスチジン等であり,これらの塩基性アミノ酸の各々は,D体,L体,DL体の何れであっても同等にメイラノジンを生じることから,各鏡像体又はラセミ体の区別なく反応に用いることができる。更に,最近では,液体クロマトグラフィーの移動相として,0.1Mホウ酸緩衝液及び0.4Mホウ酸緩衝液によるグラジエントを用いて糖の分離を行うことも知られている(特許文献3,4)。また,移動相として用いるホウ酸緩衝液に含まれるホウ酸濃度を50〜150mMとし,これに塩化ナトリウム等の無機塩類を添加し,無機塩類のグラジエントを用いて糖を分離する方法も開発されている(特許文献5)。この方法によると,移動相中に含まれるホウ酸が低濃度であるので,ホウ酸の析出により配管が詰まることを防止できる。
【0006】
従来のポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法では,液体クロマトグラフィーにおける試料の溶離は,室温〜70℃の温度で行われ,また加熱反応(メイラード反応)は140〜180℃で行われる(特許文献2)。溶離と反応をこのような高温下に高いホウ酸濃度で行うことから,熱による移動相の膨張、移動相内での対流等が生じる。これらの現象はポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法において蛍光検出器で検出される蛍光のノイズの原因となり,ひいては検出感度を低下させる原因となり得る。したがって,同方法により還元糖の分析,特にその定量分析を行う場合には,専用のソフトウェアを用いて検出結果を補正する必要があった。
【0007】
ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法で分析できる還元糖は,塩基性アミノ酸とメイラード反応を起こすものであり,グルコース,マンノース,ガラクトース,果糖,ラムノース等の単糖,マルトース,マルトトリオース等のオリゴ糖,グルコサミン,ガラクトサミン等のアミノ糖,グルクロン酸等のウロン糖等を含む。
【0008】
同法の分析対象として,糖タンパク質の糖鎖に由来する還元糖が挙げられる。糖タンパク質の糖鎖を構成する還元糖には,マンノース,ガラクトース,フコース等の単糖,ガラクトサミン等のアミノ糖等がある。糖鎖にはまた,マンノース−6−リン酸(M6P)が含まれる場合がある。糖鎖に含まれるM6Pは,糖タンパク質が,膜受容体であるマンノース−6−リン酸受容体へ結合するために必須のものである。
【0009】
リソソーム病に対する酵素補充療法に用いられる酵素のうちのあるものは,薬効を発揮するために,その糖鎖中にM6Pが含まれていることを必要とする。何故なら,それらは,糖鎖中のM6Pを介して細胞表面のマンノース−6−リン酸受容体へ結合し,次いでエンドサイトーシスにより細胞内の小胞に取り込まれ,この小胞がリソソームと融合することによりリソソームに運ばれて,リソソーム中で基質を分解することによって薬効を発揮するものであり,M6Pを欠くと,細胞に取り込まれないからである。そのような酵素としては,リソソーム酸性リパーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,酸性α−グルコシダーゼ(酸性マルターゼ),N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼがあり,遺伝子組換え技術を用いて製造したこれらの酵素は,それぞれ,ウォルマン病,ニーマン・ピック病,ポンペ病,マロトー・ラミー症候群に対する酵素補充療法に利用し得る。
【0010】
ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法に用いられるホウ酸は,経口摂取により腹痛,痙攣,下痢,吐き気,嘔吐,皮疹,ふらつき,発疹などを起こし,また反復又は長期の皮膚への接触により,皮膚炎を起こすことがある。また,動物試験により,ホウ酸は,ヒトに対し生殖毒性的な影響及ぼす可能性があることが示されている(非特許文献2)。従って,同法は,そのような毒性を有するホウ酸を含む廃液の発生をもたらすという点で,環境負荷が高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭58−216953号公報
【特許文献2】特開昭61−25059号公報
【特許文献3】特開2006−184131号公報
【特許文献4】特開2008−245550号公報
【特許文献5】特開2010−237199号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Mikami H. et. Al., Bunseki Kagaku(1983) 32, E207
【非特許文献2】国際化学物質安全性カード(ICSC)国際英語版,国際労働機関(2004年11月30日更新)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記背景の下で,本発明の目的は,ポストカラム蛍光検出法において,ホウ酸を用いることなしに還元糖中のマンノース−6−リン酸の検出を可能とすることである。また,本発明の他の目的は,ポストカラム蛍光検出法において,当該検出法に用いる分離分析装置の流路に背圧発生器を設けることにより,蛍光検出器で検出される蛍光のノイズを除去し,検出感度を高めることである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,ポストカラム蛍光検出法において,移動相に,ホウ酸を含有する水性溶液に換えてトリス緩衝液及びリン酸塩を含有するトリス緩衝液を用い,且つ液体クロマトグラフィーに,陰イオン交換カラムクロマトグラフィーに換えて,ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーを用いることにより,ホウ酸を使用することなく,還元糖中のマンノース−6−リン酸を分離検出できることを見出した。本発明は,これらの発見に基づいて完成されたものである。
【0015】
すなわち,本発明は以下を提供する。
1.試料中に含まれるマンノース−6−リン酸の分離分析のための,カラムクロマトグラフィーを用いた分離分析装置であって,リン酸に対する親和性を有する固定相を備えたカラムと,該カラムからの溶出液の流路と,該流路の途中に設けられた,該流路中の溶出液を加熱して溶出液中に含まれるマンノース−6−リン酸と塩基性アミノ酸とを反応させるための加熱器と,該加熱器の下流において該流路に設けられた,溶出液に励起光を連続的に照射して該溶出液から放射される蛍光の強度を測定するための蛍光検出装置とを含み,該流路において,カラムと該加熱器との間に塩基性アミノ酸を添加するための供給路を更に含んでよいものである,分離分析装置。
2.該流路において,該加熱器と該蛍光検出装置の間に,更に冷却装置が設けられているものである,上記1の分離分析装置。
3.該流路において,該加熱器と該蛍光検出装置の間に,更に背圧発生器が備えられているものである,上記1又は2の分離分析装置。
4.該流路において,該冷却装置が,該加熱器と該背圧発生器との間に設けられているものである,上記3の分離分析装置。
5.該固定相が,ヒドロキシアパタイト,
フルオロアパタイト,及びそれらの混合物よりなる群から選択されるものである,上記1ないし4の何れかの分離分析装置。
6. 上記1ないし5何れかの装置を用いた,試料中に含まれるマンノース−6−リン酸の分離分析方法であって,
該試料を該カラムに負荷し,
所定のpHに調整した第1の緩衝液からなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,所定の濃度のリン酸塩を含む所定のpHに調整した第2の緩衝液からなる第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給してマンノース−6−リン酸を溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に該流路中に導き,
該流路中において該溶出液に少なくとも1種の塩基性アミノ酸含有溶液を所定の速度で連続的に添加して混合溶液とし,
該混合溶液をして,所定温度の該加熱器内を所定時間かけて通過させることにより,該混合溶液を加熱し,
加熱後の該混合溶液を,該蛍光分析装置にかけることにより所定の励起光照射下で該混合溶液から放射される蛍光の強度を測定し記録することを含んでなる方法。
7.上記1ないし5の何れかの装置を用いた,試料中に含まれるマンノース−6−リン酸の分離分析方法であって,
マンノース−6−リン酸を含む試料溶液を該カラムに負荷し,
所定濃度の少なくとも1種の塩基性アミノ酸を含有する所定のpHに調整した第1の緩衝液からなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,少なくとも1種の塩基性アミノ酸と所定濃度のリン酸塩を含む所定のpHに調整した第2の緩衝液からなる第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給してマンノース−6−リン酸を溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に該流路中に導き,
該溶出液をして,所定温度の該加熱器内を所定時間かけて通過させることにより,該溶出液を加熱し,
加熱後の該溶出液を,蛍光分析装置にかけることにより所定の励起光照射下で該溶出液から放射される蛍光の強度を測定し記録することを含んでなる方法。
8.該第1の移動相の該所定のpHが5.5〜9.5であり,該第2の移動相の該所定のpHが5.5〜9.5である,上記6又は7の方法。
9.該第1の緩衝液が,トリス緩衝液,グッドの緩衝液,酢酸緩衝液,クエン酸緩衝液,クエン酸−リン酸緩衝液,リン酸緩衝液,グリシン緩衝液,及び炭酸緩衝液からなる群から又はこれらの緩衝液の少なくとも2種類の混合液から選択されるものであり,該第2の緩衝液が,トリス緩衝液,グッドの緩衝液,酢酸緩衝液,クエン酸緩衝液,クエン酸−リン酸緩衝液,リン酸緩衝液,グリシン緩衝液,及び炭酸緩衝液からなる群から又はこれらの緩衝液の少なくとも2種類の混合液から選択されるものである,上記8の方法。
10.該第2の移動相に含まれる該リン酸塩の濃度が,15〜50mMである,上記6ないし9の何れかの分離分析方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は,ポストカラム蛍光検出において,従来のようにホウ酸を使用することなく,還元糖中のマンノース−6−リン酸(M6P)を分離分析することを可能にする。従って,本発明によれば,従来の方法と異なりホウ酸を含有する廃液が発生せずこれを処理するための処理槽等の設備が不要となるため,本発明は経済的に有利であり,且つ環境面においても好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は,実施例における装置の配置及び流路を模式的に示す。
【
図2】
図2は,マンノース−6−リン酸標準溶液の分析結果を示すクロマトグラムである。縦軸は蛍光強度(任意単位),横軸は還元糖標準溶液負荷完了後の経過時間(分)を示す。
【
図3】
図3は,還元糖標準溶液の分析結果を示すクロマトグラムである。縦軸と横軸は
図2に同じ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明において,「ポストカラム蛍光検出法」というときは,還元糖を含む試料を,液体クロマトグラフィーに付して溶離し,得られた溶出液を反応試薬であるアルギニン等の塩基性アミノ酸とともに加熱して,反応試薬と糖類を反応(加熱反応)させた後冷却し,この反応液に励起光を照射し蛍光強度又は吸光度を測定する方法のことをいう。
【0019】
本発明において,「リン酸に対して親和性を有する固定相」というときは,ある一定条件下,水溶液中のリン酸を補足して保持し得る担体のことをいい,好ましくはハイドロキシアパタイト,
フルオロアパタイト,又は水和金属酸化物を担体に結合させてなるものであり,より好ましくはハイドロキシアパタイト,
フルオロアパタイト,特に好ましくはハイドロキシアパタイトである。
【0020】
ハイドロキシアパタイトは比較的安価であることから,上記固定相としてハイドロキシアパタイトを使用することが,分析に要する費用を低減させる上で好ましい。
【0021】
上記の「水和金属酸化物を結合させた担体」において,「担体」の例としては,セルロース,デキストラン等の多糖類が挙げられるが,これらに限定されない。また,水和金属酸化物は,酸化チタン,酸化アルミニウム,イットリウム鉄ガーネット,イットリウム・アルミニウム・ガーネット,イットリウム・ガリウム・ガーネット,酸化第二鉄,酸化ガリウム,酸化イットリウム,酸化バナジウム,酸化ジルコニウム,チタン酸鉄,アルミン酸鉄,チタン酸カルシウム,チタン酸ナトリウム,アルミン酸ジルコニウム,針鉄鉱,ギブス石,バイヤライト,ベーマイト,イルメナイト,イルメノルチル,シュードルチル,ルチル,ブロカイト,シュードブロカイト,ゲルキーライト,パイロファン石,エカンドリュウサイト,メラノスチバイト,アルマルコライト,スリランカイト及びアナターゼからなる群から選択でき,好ましくは,酸化チタン,酸化アルミニウム,イットリウム鉄ガーネットであり,特に好ましくは酸化チタンである。酸化チタンを結合させた担体が市販されており,入手可能である(Titansphere (GL Science Inc.))
【0022】
本発明において,「
フルオロアパタイト」というときは,Ca
5(PO
4)
3Fの化学式で表されるフルオロ化されたリン酸カルシウムである。
フルオロアパタイトは,ハイドロキシアパタイトの水酸基をフッ素に置換することにより製造できる。ハイドロキシアパタイトの水酸基をほぼ完全にフッ素に置換したものが市販されており,入手可能である(CFT Type II 40 micrometer (Bio-Rad Laboratories))。
【0023】
本発明において,第1及び第2の緩衝液として用いることができる緩衝液は,好ましくは,トリス緩衝液,グッドの緩衝液,酢酸緩衝液,クエン酸緩衝液,クエン酸−リン酸緩衝液,リン酸緩衝液,グリシン緩衝液,及び炭酸緩衝液からなる群,若しくはこれらの緩衝液の少なくとも2種類の混合液から選択されるものである,ここで,グッドの緩衝液とは,MES,Bis-tris,ADA,Bis-trisプロパン,PIPES,ACES,MOPSO,コラミンクロリド,BES,MOPS,TES,HEPES,DIPSO,TAPSO,POPSO,HEPPSO,HEPPS(EPPS),Tricine,グリシンアミド,Bicine,TAPS,CHES,CAPSO,CAPSの各緩衝液,及びこれらの緩衝液の混合液を含む一群の両性イオン緩衝液の総称である。これらの緩衝液の中で,第1又は第2の緩衝液として,より好ましいものは,トリス緩衝液,HEPES緩衝液,及びMES緩衝液であり,特にトリス緩衝液である。ここでトリス緩衝液とは,トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを溶解し,所定のpHに調整した緩衝液のことをいう。
【0024】
本発明において,第1及び第2の緩衝液のpHは,好ましくは5.5〜9.5であり,より好ましくは7.0〜8.5である。また,第1及び第2の緩衝液としてトリス緩衝液を使用する場合,そのpHは,好ましくは7.2〜9.4であり,またその濃度(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンの濃度)は,好ましくは15〜25mM,より好ましくは約20mMである。但し,担体としてハイドロキシアパタイトを使用する場合には,これら何れの具体的緩衝液を用いる場合についても,第1及び第2の緩衝液のpHは,6.5〜9.5とすることが好ましく,7.0〜8.5とすることがより好ましい。
【0025】
本発明において,第2の緩衝液に添加されるリン酸塩の濃度は,担体に保持されたマンノース−6−リン酸を,担体から溶離できる限り特に限定はないが,通常,10mM以上の濃度となるようにリン酸塩が添加され,15〜50mMが最も一般的である。
【0026】
本発明において,ポストカラム蛍光検出法における移動相の流速,カラム温度,反応試液における試薬の種類と濃度,反応試液注入速度,加熱器内の温度等の条件は,マンノース−6−リン酸が分離分析できる限り特に限定なく設定することができ,例えば表1及び表2に示した条件(I法及びII法)で行うことができる。
【0029】
本発明において,混合して又は単独で移動相をなす溶液A及び溶液Bはともに水溶液である。溶液Bの比率を高めるには,連続的に高めても,断続的に高めてもよいが,好ましくは連続的に高められ,また特に好ましくは,直線的に(すなわち,一定の速度で連続的に)高められる。溶液Bの比率の上昇は,分析の対象であるマンノース−6−リン酸が溶出するまで行えばよい。
本発明において,「第1の移動相」とは,試料の負荷完了後クロマトグラフィーを開始する時の最初の移動相のことをいい,これはマンノース−6−リン酸をカラムに結合させたまま夾雑物を洗浄除去するするための洗浄液である。表2において,第1の移動相は溶液Aからなる。「第2の移動相」とは,カラムに第1の移動相を通した後に,カラムからマンノース−6−リン酸を溶離させるためにカラムに通す移動相(上記表2においては,溶液Bの比率を0v/v%より高めた移動相)のことをいう。単に「移動相」というときは,第1の移動相及び第2の移動相2を区別することなく示す。
【0030】
移動相の流速は,使用する分析機器,分析対象の特性等に応じて,分析結果が良好となるように適宜調整されるべきものであり,一般に0.1〜1mL/分に調整されるが,分析機器の特性等によっては,0.1mL/分未満,又は1mL/分を超える流速に調整されてもよい。
【0031】
本発明によるカラムクロマトグラフィーおいて,溶離は,室温で行うことができるが,カラムを恒温槽(カラム恒温槽)内に設置し,一定温度,例えば25℃にすることにより,結果をより安定化させることができる。
【0032】
本発明において使用する塩基性アミノ酸としては,特に限定はないが,好ましくはアルギニン,リジン,ヒスチジンであり,特に好ましくはアルギニンである。また,塩基性アミノ酸は何れかを単独で用いても,複数のものを混合物として用いてもよい。また,塩基性アミノ酸は,例えば,これを含有する水溶液を,流路を流れるカラムからの溶出液に反応試液として注入することによって,添加することができる。この場合,塩基性アミノ酸の注入速度は,一回の分析の間一定に保たれる限り適宜であってよい。通常は,流路内でカラムからの溶出液と混合した後の濃度(終濃度)が0.1〜2w/v%となるように注入すればよく,0.5〜1.8w/v%となるように注入するのが好ましく,1.0〜1.5w/v%となるように行うのがより好ましい。塩基性アミノ酸を含有する水溶液としては,例えば,これを含有する緩衝液を用いるのが好ましい。その場合,当該緩衝液の種類,濃度,pHは,移動相の緩衝液のものと一致させてもよいが,ある程度異なっていても差し支えない。
【0033】
また,流路を流れる溶出液に後から塩基性アミノ酸を反応試液の形で添加する代わりに,所定濃度の塩基性アミノ酸を予め移動相に溶解させておいてもよい。そうすることで,塩基性アミノ酸を含有する反応試液を後から溶出液に添加する場合に必要な供給経路を省略することができる。またこの場合,移動相中の塩基性アミノ酸の濃度は0.1〜2w/v%に調整すればよく,0.5〜1.8w/v%となるように調整するのが好ましく,1.0〜1.5w/v%となるように調整するのがより好ましい。
【0034】
本発明において,カラムからの溶出液(カラムからの溶出液に塩基性アミノ酸を添加する場合は該添加後の溶出液)に含まれる還元糖と塩基性アミノ酸とを加熱器内で加熱して反応(加熱反応)させるときの反応温度は,140〜180℃とすることができ,好ましくは約150℃である。またこのときの反応は,糖分子中の還元基と塩基性アミノ酸が反応して褐色物質(メラノイジン)を生ずるメイラード反応である。加熱器は流路中の溶液を所定の時間,所定の温度にまで加熱するための加熱区域を備えた装置であり,そのような加熱区域を有するものであれば,加熱器として特に限定なく用いることができる。加熱器内での加熱時間は,メイラード反応を起こさせるに十分なものであれば特に限定はないが,一般に1〜20分である。
【0035】
本発明において,蛍光検出器で検出される蛍光のノイズをさらに低減するため,加熱反応後の溶出液を冷却装置に通過させて冷却することが好ましい。冷却後の溶出液の温度は,その後の蛍光強度の測定に支障がなければ特に制限はないが,15〜70℃が好ましい。また,このときの冷却は,流路を冷却装置により空冷,水冷等することにより行うことができる。空冷は,例えば流路にファンで送風することにより行える。水冷する場合は水道水をそのまま利用してもよい。この他,例えば,流路を,カラム恒温槽内に通すことにより冷却することもできる。カラム恒温槽内の温度は,一定温度,例えば25℃に設定されるので,流路をカラム恒温槽に通すことにより,加熱反応後の溶出液の温度を下げることができる。
【0036】
本発明において使用することができる背圧発生器は,流路内に設置され,それより上流側の流路内の溶液の圧力(背圧)を高めるためのものである。背圧発生器の使用は,ポストカラム検出法において蛍光検出器で検出される蛍光のノイズを低減させる効果を有する。従って,背圧発生器は,マンノース−6−リン酸の分析精度の向上が求められる場合には,特に設置することが好ましい。背圧発生器は,背圧を発生させることができるものであれば特に限定なく使用できる。背圧は,例えば,背圧発生器の内部で流路を細くすることにより発生させることができる。背圧発生器として,市販のバックプレッシャーレギュレーター〔1/16フランジタイプユニット(4×1.3 cm),SSI社製〕,バックプレッシャーレギュレーター〔BACK PRESSURE
REGULATOR ASSEMBLY, WITH P-763(100 PSI)CARTRIDGE,No. U-607,Upchurch Scientific製〕は,本発明において好適に使用することができる。これらのバックプレッシャーレギュレーターは,一般に検出器出口に取り付けることにより,検出器内に一定の背圧を与えるための装置として用いられているものである。
【0037】
本発明において,背圧発生器は,加熱器と蛍光検出器の間の流路に設置され,また加熱器の下流に冷却装置を設置する場合は,当該冷却装置と蛍光検出器の間に設置することが好ましい。
【0038】
本発明で分析することのできる糖類は,マンノース−6−リン酸の他,マンノース−6−リン酸を含む多糖である。ここでいう多糖には,2糖,オリゴ糖が含まれる。その他,マンノース−6−リン酸以外のリン酸化糖も分析することができる。分析すべき糖類は,試料溶液,すなわち予め所定の溶液に所定範囲内に収まる濃度となることが見込まれるように溶解したものとして調製される。このとき用いる上記所定の溶液は水性溶液,好ましくは純水若しくは第1の移動相と同一組成の溶液である。
【実施例】
【0039】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0040】
〔M6P標準溶液の作成〕
マンノース−6−リン酸ナトリウム塩10mgを純水に溶かして5mLとしたものをM6P標準原液とした。M6P標準原液を純水で20倍希釈して,マンノース−6−リン酸標準溶液(M6P標準溶液)とした。D(+)−マンノース300mg,L(−)−フコース100mg及びD(+)−ガラクトース300mgを純水に溶かして100mLとした。この水溶液を純水で20倍に希釈したものを中性還元糖混合物標準溶液とした。中性還元糖混合物標準溶液18mLとM6P標準溶液2.5mLを混合し,純水を加えて50mLとしたものを,還元糖標準溶液とした。
【0041】
〔移動相用の溶液の作成〕
トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン2.4gを純水に加えて溶かし,2N塩酸を用いてpH7.2に調整した後,純水を加えて全量を1000mLとし,0.22μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過した。得られた溶液を溶液A(20mMトリス緩衝液(pH7.2))とした。またトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン2.4g及びリン酸二水素ナトリウム二水和物3.1gを純水に加えて溶かし,2N塩酸を用いてpH7.2に調整した後,純水を加えて全量を1000mLとし,0.22μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過した。得られた溶液を溶液B(20mMトリス緩衝液−20mMリン酸溶液(pH9.0))とした。
【0042】
〔反応試液の作成〕
L−アルギニン30gを溶液Aに加えて溶かし,全量を1000mLとし,0.22μm以下のメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過し,得られた溶液を反応試液とした。
【0043】
〔ポストカラム蛍光検出法によるマンノース−6−リン酸の分析(1)〕
(1)装置
島津HPLCシステムLC−20A(還元糖分析システム,島津製作所)にハイドロキシアパタイトカラムであるCHT−Iカラム(5.0mmI.D.×50mm,基材:CHTセラミックハイドロキシアパタイトType I 40μm,バイオラッドラボラトリーズ)をセットし,更にこのカラムを25℃の恒温槽(カラム恒温槽)内に設置した。また,カラムの流出口の下流に加熱器としてヒートブロック(ALB−221,旭テクノグラス製)をセットした。また,ヒートブロックの下流に冷却槽(室温で水道水を満たした槽)を設置し,その下流に背圧発生器としてバックプレッシャーレギュレーター(エムエス機器:U-607)を設置した。更にその下流に蛍光検出器を設置し,バックプレッシャーレギュレーター通過後の溶液に,励起光として波長320nmの紫外線を照射し,波長430nmの蛍光を検出するようにした。装置の配置及び流路を模式的に
図1に示した。
【0044】
(2)操作手順
還元糖分析システムのオートサンプラーに,溶液Aと溶液Bをセットし,更に,カラムの流出口の下流(且つヒートブロックの上流)に,反応試液が供給されるように装置をセットした(
図1参照)。溶液Aからなる第1の移動相でカラムを平衡化した後,M6P標準溶液をカラムに負荷した。
【0045】
カラムへのM6P標準溶液の負荷後,第1の移動相を0.3mL/分の流速で30分間カラムに流し,次いで同一流速で30分かけて溶液Bの体積比率を100%まで直線的に高め,更に10分間溶液Bを同一流速で流し,その後,20分間溶液Aを同一流速で流した。また,反応試液は,カラムの流出口の下流でカラムからの溶出液と混合するように,0.2mL/分の流速で流路に供給した。従って,混合後の溶液中におけるアルギニン濃度は,3×0.2/(0.3 + 0.2)=1.2w/v%であった。このときのポストカラム蛍光検出法における諸条件を表3に示した。
【0046】
【表3】
【0047】
〔分析結果の評価〕
M6P標準溶液の分析結果を
図2に示した。マンノース−6−リン酸ナトリウムに由来するピーク(ピークA)が,そのピークの面積(AUC)が正確に算出できる程度に明瞭に得られた。
【0048】
〔ポストカラム蛍光検出法によるマンノース−6−リン酸の分析(2)〕
次いで,M6P標準溶液に換えて,還元糖標準溶液を,上記糖分析(1)と同じ装置及び同じ操作手順により分析した。
【0049】
〔分析結果の評価〕
還元糖標準溶液の分析結果を
図2に示した。中性糖(マンノース,フコース及びガラクトース)の混合物に由来するピーク(ピークB)が現れた後,このピークと完全に分離して,マンノース−6−リン酸ナトリウムに由来するピーク(ピークA)が,そのピークの面積(AUC)が正確に算出できる程度に明瞭に得られた。以上の結果は,ポストカラム蛍光検出法において,移動相に,トリス緩衝液及びリン酸を含有するトリス緩衝液を用い,且つ液体クロマトグラフィーに,ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーを用いることにより,ホウ酸を使用することなく,マンノース−6−リン酸を定量できることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は,ポストカラム蛍光検出法において,毒性を有するホウ酸を使用することなく,マンノース−6−リン酸を検出することができる方法として有用である。
【符号の説明】
【0051】
1:オートサンプラー
2:恒温槽(カラム恒温槽)
3:カラム
4:加熱器(ヒートブロック)
5:冷却槽
6:背圧発生器
7:蛍光検出器
A:溶液A
B:溶液B
C:反応試液