(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記溶接工程では、前記レーザビームのレイリー長の1/2が前記接合部の前記レーザビームを照射する側における前記第1の金属板の表面と前記第2の金属板の表面との距離以上である前記レーザビームを照射する、請求項1又は2に記載のレーザ溶接方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1の技術では、フィラーワイヤが必要であり、フィラーワイヤは重力の影響を受けるために金属板が水平な状態でレーザビームを下向きに照射する態様の下向き溶接に用途が限定される欠点がある。また、溶接後の接合部の品質についても改善の余地がある。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、フィラーワイヤを用いずに異なる板厚の第1の金属板と第2の金属板とをより良好に溶接することができるレーザ溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、第1の金属板の端部と、第1の金属板より板厚が薄い第2の金属板の端部とを接合部において突き合わせる突き合わせ工程と、突き合わせ工程により第1の金属板と第2の金属板とが突き合わされた接合部にレーザビームを照射して第1の金属板と第2の金属板とを溶接する溶接工程とを含み、溶接工程では、レーザビームを直接に発する半導体レーザ素子の配列から、接合部に対して長方形の照射領域を有するレーザビームを照射領域の長手方向が接合部の長手方向と平行となるようにして照射するレーザ溶接方法である。
【0007】
この構成によれば、第1の金属板の端部と、第1の金属板より板厚が薄い第2の金属板の端部とを接合部において突き合わせる突き合わせ工程と、突き合わせ工程により第1の金属板と第2の金属板とが突き合わされた接合部にレーザビームを照射して第1の金属板と第2の金属板とを溶接する溶接工程とを含むレーザ溶接方法において、溶接工程では、レーザビームを直接に発する半導体レーザ素子の配列から、接合部に対して長方形の照射領域を有するレーザビームを照射領域の長手方向が接合部の長手方向と平行となるようにして照射する。レーザビームを直接に発する半導体レーザ素子の配列から長方形の照射領域を有するレーザビームを照射することにより、YAGレーザのレーザビームを分割して接合部に沿って並べる手法と異なり、長方形の照射領域に対して一様な強度のレーザビームを照射することができる。また、長方形の照射領域の長手方向が接合部の長手方向と平行となるようにして照射することにより、接合部に対して同じ接合速度であってもより長い加熱時間とでき、接合部において厚い第1の金属板の溶融した金属が薄い第2の金属板の側に流れるため、フィラーワイヤを用いずに異なる板厚の第1の金属板と第2の金属板とをより良好に溶接することができる。
【0008】
また、本発明は、第1の金属板の端部と、第1の金属板より板厚が薄い第2の金属板の端部とを接合部において突き合わせる突き合わせ工程と、突き合わせ工程により第1の金属板と第2の金属板とが突き合わされた接合部にレーザビームを照射して第1の金属板と第2の金属板とを溶接する溶接工程とを含み、溶接工程では、接合部に対して長方形の照射領域を有し、照射領域の長手方向の一方の端部から他方の端部までの位置に対するレーザビームの強度の増減が極小値を有さないレーザビームを照射領域の長手方向が接合部の長手方向と平行となるようにして照射するレーザ溶接方法である。
【0009】
この構成によれば、第1の金属板の端部と、第1の金属板より板厚が薄い第2の金属板の端部とを接合部において突き合わせる突き合わせ工程と、突き合わせ工程により第1の金属板と第2の金属板とが突き合わされた接合部にレーザビームを照射して第1の金属板と第2の金属板とを溶接する溶接工程とを含むレーザ溶接方法において、溶接工程では、接合部に対して長方形の照射領域を有し、照射領域の長手方向の一方の端部から他方の端部までの位置に対するレーザビームの強度の増減が極小値を有さないレーザビームを照射領域の長手方向が接合部の長手方向と平行となるようにして照射する。このため、YAGレーザのレーザビームを分割して接合部に沿って並べる手法と異なり、長方形の照射領域に対して一様な強度のレーザビームを照射することができる。また、長方形の照射領域の長手方向が接合部の長手方向と平行となるようにして照射することにより、接合部に対して同じ接合速度であってもより長い加熱時間とでき、接合部において厚い第1の金属板の溶融した金属が薄い第2の金属板の側に流れるため、フィラーワイヤを用いずに異なる板厚の第1の金属板と第2の金属板とをより良好に溶接することができる。
【0010】
この場合、溶接工程では、接合部における第1の金属板と第2の金属板との境界線上であって、第2の金属板の表面にレーザビームの焦点を合わせつつレーザビームを照射することが好適である。
【0011】
この構成によれば、溶接工程では、接合部における第1の金属板と第2の金属板との境界線上であって、第2の金属板の表面にレーザビームの焦点を合わせつつレーザビームを照射する。これにより、溶融しやすい薄い第2の金属板の方を少ない熱量で効率良く溶融でき、厚い第1の金属板の方はレーザビームの照射領域の端部がかかることにより溶融され、溶融した第1の金属板の金属が薄い第2の金属板の側に流れるため、異なる板厚の第1の金属板と第2の金属板とを同じレーザビームの出力でもさらに効率良く良好に溶接することができる。
【0012】
この場合、溶接工程では、レーザビームのレイリー長の1/2が接合部のレーザビームを照射する側における第1の金属板の表面と第2の金属板の表面との距離以上であるレーザビームを照射することが好適である。
【0013】
この構成によれば、溶接工程では、レーザビームのレイリー長(焦点深度)の1/2が接合部のレーザビームを照射する側における第1の金属板の表面と第2の金属板の表面との距離以上であるレーザビームを照射する。これにより、薄い第2の金属板の表面に焦点を合わされたレーザビームは、厚い第1の金属板の表面においても拡散していないため、さらに効率良く良好に溶接することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のレーザ溶接方法によれば、フィラーワイヤを用いずに異なる板厚の第1の金属板と第2の金属板とをより良好に溶接することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施形態に係るレーザ溶接方法を示す斜視図である。
【
図2】実施形態に係るレーザ溶接方法により接合される端部をレーザ切断されたステンレス鋼の接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図3】実施形態に係るレーザ溶接方法により接合される端部をシャー切断されたステンレス鋼の接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図4】実施形態に係るレーザ溶接方法により接合される管状材の接合部近傍を示す縦断面図である。
【
図5】実施形態に係るレーザのビーム幅の計測における焦点ずれ距離に対する試料の蒸発幅を示すグラフである。
【
図6】実施形態に係るレーザのビームの長手方向の位置に対するビーム強度を示すグラフである。
【
図7】実施形態に係るレーザのビームの照射方法の様子を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図8】実施形態に係るレーザのビームの照射方法を示す斜視図である。
【
図9】実験例1において、
図2に示すステンレス鋼を実施形態のレーザ溶接方法により接合した後の接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図10】実験例1において、
図3に示すステンレス鋼を実施形態のレーザ溶接方法により接合した後の接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図11】実験例1において、
図3に示すステンレス鋼を従来のレーザ溶接方法により接合した後の接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図12】実験例2におけるレーザのビームの焦点位置を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図13】実験例2において、
図12の焦点位置Aにより接合された接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図14】実験例2において、
図12の焦点位置Bにより接合された接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図15】実験例2において、
図12の焦点位置Cにより接合された接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図16】実験例2において、
図12の焦点位置Dにより接合された接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図17】実験例2において、
図12の焦点位置Eにより接合された接合部近傍を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図18】実験例2において、
図12の焦点位置A〜Eにより接合された接合部それぞれのアンダーフィル深さを示すグラフである。
【
図19】(a)は実験例2における試験片の平面図であり、(b)は引張試験を行う前の試験片を接合方向から視た図である。
【
図20】実験例2において、
図12の焦点位置A〜Eにより接合された接合部それぞれの引張強さを示すグラフである。
【
図21】実験例2の引張試験における試験片の破断面を示す図である。
【
図22】実験例3におけるレーザのビームの焦点位置を示す斜視図である。
【
図23】実験例3における接合後の始点近傍を示す平面図である。
【
図24】実験例3における接合後の中間点近傍を示す平面図である。
【
図25】実験例3における接合後の終点近傍を示す平面図である。
【
図26】実験例3における接合後の接合部の測定部位を接合方向と反対方向から視た図である。
【
図27】
図26に示す測定部位それぞれについて、始点、中間点及び終点の値を示した表である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係るレーザ溶接方法について説明する。
【0017】
図1に示すように、本実施形態のレーザ溶接装置10は、ダイレクトダイオードレーザ11、集光部12、サイドガスノズル14、ガイド光発光器15を備えている。本実施形態のレーザ溶接装置10は、厚いステンレス鋼板S1の端部とステンレス鋼板S1より板厚が薄いステンレス鋼板S2の端部とをフィラーワイヤを用いずにレーザビームLを照射してレーザ溶接するための装置である。
【0018】
本実施形態でレーザ溶接されるステンレス鋼板S1,S2は、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304である。本実施形態では、厚いステンレス鋼板S1の板厚を例えば4.5mmとでき、薄いステンレス鋼板S2の板厚を例えば3.0mmとできる。
図2に示すように、本実施形態では、端部がレーザ切断されたステンレス鋼板S1,S2を接合部Wにおいて突き合わせてレーザ溶接が行われる。接合部W近傍のレーザビームLを照射する側において、ステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面との間に距離が生じるように配置される。接合部W近傍のレーザビームLを照射する側と反対側において、ステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面とが同一平面に含まれるように配置される。ステンレス鋼板S1,S2の板厚の差は2倍以内とすることが好ましい。
【0019】
本実施形態では、
図3に示すように、端部がシャー切断され、端部にダレ面rを有するステンレス鋼板S1,S2の端部同士を接合部Wにおいて突き合わせてレーザ溶接が行われる。この場合も、接合部W近傍のレーザビームを照射する側において、ステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面との間に距離が生じるように配置され、接合部W近傍のレーザビームLを照射する側と反対側において、ステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面とが同一平面に含まれるように配置される。ダレ面rを有する側が、レーザビームLを照射する側となるようにステンレス鋼板S1,S2が配置される。
【0020】
また本実施形態では、
図4に示すように、内径が同じであって管壁の厚さが異なるステンレス鋼管T1,T2を接合部Wにおいて突き合わせてレーザ溶接が行われる。この他にも、直径が異なる棒状の金属材、厚さが異なる帯状の金属材、及び厚さが異なる形鋼等の突き合わせが可能である金属材をレーザ溶接することができる。開先はI形開先とすることが好ましい。ステンレス鋼以外にも、本実施形態のレーザ溶接方法でレーザ溶接される金属材としては、一般構造用圧延鋼等の鉄系合金を適用することができる。
【0021】
図1に戻り、ダイレクトダイオードレーザ(Direct Diode Laser)11では、ファイバ伝送ではなく、レーザビームを直接に発するレーザダイオードが長方形状に配列されている。ダイレクトダイオードレーザ11は、例えば940nmの波長のレーザビームLを発する。ダイレクトダイオードレーザ11による照射領域は、長方形状であり、半値全幅で、例えば0.5mm×3.5mmとできる。なお、ビーム径の定義は1/e、1/e2、その他でも構わない。ダイレクトダイオードレーザ11による照射領域の縦横比は2以上とする。
【0022】
集光部12は、ダイレクトダイオードレーザ11のレーザビームLを集光させる集光レンズを有する。集光レンズの焦点距離は例えば130nmとすることができる。例えば、本実施形態のダイレクトダイオードレーザ11及び集光部12により、高吸収の黒アクリル板に極低パワーのレーザビームLを高速で走査し、蒸発幅を計測し、この蒸発幅を簡易的にビーム幅とすると
図5に示すようになる。
図5中の点線または破線と実線の交点は,照射痕の幅が最も絞れた位置から2
0.5倍、1.05倍になる位置である。半値全幅で定義されるビームサイズと照射痕に相似性があると仮定すると、それぞれの位置ではパワー密度が50%、90%相当となる。
【0023】
図6に示すように、ダイレクトダイオードレーザ11及び集光部12により照射されるレーザビームLのビーム強度の分布は、照射領域の長手方向の一方の端部から他方の端部までの位置に対するビーム強度の増減が極小値を有さず、ほぼ一定のトップハット型である。
【0024】
図7及び
図8に示すように、本実施形態ではレーザビームの長方形の照射領域RAの長手方向は、接合部Wの長手方向(
図1中のX方向)と一致される。また、本実施形態では、ダイレクトダイオードレーザ11及び集光部12は、接合部Wにおけるステンレス鋼板S1,S2の境界線上であって、薄いステンレス鋼板S2の表面にレーザビームLの焦点位置fを合わせつつレーザビームLを照射する。このとき、厚いステンレス鋼板S1の段差部の角にレーザビームLが照射される。このため、厚いステンレス鋼板S1の表面におけるレーザビームLの照射位置は、焦点位置fからステンレス鋼板S1とステンレス鋼板S2との板厚の差だけ上方におけるレーザビームの幅によって決定される。
【0025】
また、本実施形態では、
図6に示すように、レーザビームLのレイリー長bの1/2が接合部WのレーザビームLを照射する側におけるステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面との距離以上とされる。
【0026】
図1に戻り、サイドガスノズル14は、レーザビームLの溶接方向(
図1中のX方向)に向かってレーザビームLの照射領域RAに加工ガスを供給する。サイドガスノズル14から供給される加工ガスとしては、例えば、純Arガスを流量30L/minで供給することができる。ガイド光発光器15は、レーザビームLの照射位置(焦点位置f)を検出するためのガイド光Gを接合部Wに照射する。レーザビームLの照射位置の検出は、他にもモニタカメラにより得られた画像の画像処理による手法が考えられる。あるいは、ステンレス鋼板S1,S2の一方をナイフエッジに見立て、ナイフエッジ回析により、ステンレス鋼板S1,S2のレーザビームLの照射側とは反対側に伝搬したレーザビームLのパワーを測定し、パワーの減衰具合で接合部Wの中心を判断する手法が考えられる。
【0027】
なお、ステンレス鋼板S1,S2とレーザビームLとは相対的に移動すれば良いため、ステンレス鋼板S1,S2及びダイレクトダイオードレーザ11のいずれか一方が図中X軸方向に沿って移動可能であり、他方が固定されていても良い。さらに、本実施形態では、フィラーワイヤが不要となり、傾斜したステンレス鋼板S1,S2に対しても接合を行うことが可能となる。そのため、傾斜したステンレス鋼板S1,S2に対しても、ステンレス鋼板S1,S2が水平時と同様の位置関係にダイレクトダイオードレーザ11及び集光部12が位置するように、レーザビームLの光軸を保つための装置が備えられていても良い。例えば、ハンドリングロボットやピッチ角を制御するスライダ等にダイレクトダイオードレーザ11及び集光部12を搭載し、ステンレス鋼板S1,S2の傾斜に対応させることができる。
【0028】
本実施形態では、ステンレス鋼板S1の端部と、ステンレス鋼板S1より板厚が薄いステンレス鋼板S2の端部とが接合部において突き合わされ、突き合わされた接合部WにレーザビームLが照射されてステンレス鋼板S1とステンレス鋼板S2とが溶接される。レーザビームを直接に発するレーザダイオードの配列から、接合部Wに対して長方形の照射領域RAを有するレーザビームLが、照射領域RAの長手方向が接合部Wの長手方向と平行となるようにして照射される。ダイレクトダイオードレーザ11及び集光部12がステンレス鋼板S1,S2に対して
図1中のX方向に相対的に移動させられ、ステンレス鋼板S1,S2が接合部Wで接合される。
【0029】
レーザビームLを直接に発するレーザダイオードの配列から長方形の照射領域RAを有するレーザビームLを照射することにより、YAGレーザのレーザビームを分割して接合部に沿って並べる手法と異なり、長方形の照射領域RAに対して一様な強度のレーザビームを照射することができる。また、長方形の照射領域RAの長手方向が接合部Wの長手方向と平行となるようにして照射することにより、接合部Wに対して同じ接合速度であってもより長い加熱時間とでき、接合部Wにおいて厚いステンレス鋼板S1の溶融した金属が薄いステンレス鋼板S2の側に流れるため、フィラーワイヤを用いずに異なる板厚のステンレス鋼板S1,S2をより良好に溶接することができる。
【0030】
例えば、本実施形態において、照射領域を0.5mm×3.5mmとした場合は、一般的なシングルモードのレーザのスポット径が0.5mm程度であるから、このようなビームを7分割して並べた場合に相当する。したがって、同じ溶接速度であれば、上記特許文献1のような2つのスポットを並べた場合と比べて倍以上の加熱時間を持つことになり、特に本実施形態では、レーザビームLは照射領域RAの長手方向においてトップハット型のプロファイルを持つため、上記特許文献1のようにフィラーワイヤによりビード幅を拡大させることも不要となる。本実施形態では、フィラーワイヤが不要となり、傾斜したステンレス鋼板S1,S2に対しても溶接を行うことが可能となる。例えば、フィラーワイヤを用いた場合には、フィラーワイヤの溶融した金属の滴が移動するため重力の影響を受けるが、本実施形態では15°〜20°程度の傾斜まで対応可能であると考えられる。
【0031】
また、本実施形態では、接合部Wにおけるステンレス鋼板S1,S2の境界線上であって、薄いステンレス鋼板S2の表面にレーザビームLの焦点位置fを合わせつつレーザビームLを照射する。これにより、溶融しやすい薄いステンレス鋼板S2の方を少ない熱量で効率良く溶融でき、厚いステンレス鋼板S1の方はレーザビームLの照射領域RAの端部がかかることにより溶融され、溶融したステンレス鋼板S1の金属が薄いステンレス鋼板S2の側に流れるため、異なる板厚のステンレス鋼板S1,S2を同じレーザビームLの出力でもさらに効率良く良好に溶接することができる。
【0032】
接合部WのレーザビームLを照射する側には、ステンレス鋼板S1,S2の板厚差により段差がある。レーザ溶接に際してこの段差部は溶融し、傾斜面を形成すると考えられる。従来技術では、このような場合、厚いステンレス鋼板S1の表面に焦点位置fを合わせるか、ステンレス鋼板S1,S2の中間位置に焦点を合わせる。仮に厚いステンレス鋼板S1の表面に焦点位置fを合わせた場合、段差部が溶けるにつれて溶接ビードは焦点位置fから遠ざかると考えられる。また、薄いステンレス鋼板S2の表面は常に焦点位置fからずれており、
図5に示すようなレーザビームLでは、パワー密度は90%未満となる。
【0033】
一方、薄いステンレス鋼板S2の表面を焦点位置fとした場合は、厚いステンレス鋼板S1の段差部の角にレーザビームが照射されることにより、厚いステンレス鋼板S1の段差部が溶けるにつれて溶接ビードは焦点位置fに近づくと考えられる。よって、本実施形態では、薄いステンレス鋼板S2の表面にレーザビームLの焦点位置fが設定される。
【0034】
また、本実施形態では、レーザビームLのレイリー長bの1/2が接合部WのレーザビームLを照射する側におけるステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面との距離以上であるレーザビームLを照射する。これにより、薄いステンレス鋼板S2の表面に焦点位置fを合わされたレーザビームLは、厚いステンレス鋼板S1の表面においても拡散していないため、さらに効率良く良好に溶接することができる。
【0035】
(実験例1)
以下、本発明の実験例について説明する。
図1に示すようなレーザ溶接装置10によりステンレス鋼板S1,S2のレーザ溶接を行った。レーザ接合される試料として、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304を使用した、ステンレス鋼板S1の板厚は3.0mmであり、ステンレス鋼板S2の板厚は4.5mmである。継手形状は突合せ継手である。ステンレス鋼板S1,S2として、
図2及び3に示すように、端部がレーザ切断又はシャー切断されたものを使用した。
図2及び
図3に示すステンレス鋼板S1,S2のいずれも、接合部W近傍のレーザビームLを照射する側において、ステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面との間に距離が生じるように配置され、接合部W近傍のレーザビームLを照射する側と反対側において、ステンレス鋼板S1の表面とステンレス鋼板S2の表面とが同一平面に含まれるように配置された。
図3に示すステンレス鋼板S1,S2の場合は、ダレ面rを有する側が、レーザビームLを照射する側となるようにステンレス鋼板S1,S2が配置された。
【0036】
本実験例で使用されたレーザ溶接装置10は、レーザビームLの波長が940nmである。集光部12のレンズの焦点距離は130mmであり,焦点位置でのビームサイズは半値全幅で幅0.5mm,長さ3.5mmの矩形である。レーザビームLの照射領域RAの長手方向は溶接方向と同一方向(
図1中のX方向)とした。レーザビームLの照射領域RAにおける強度のプロファイルは
図5及び
図6に示すものである。レーザビームLの焦点位置fは、接合部Wにおけるステンレス鋼板S1,S2の境界線上であって、薄いステンレス鋼板S2の表面とした。レーザビームLの出力は5kWとした。溶接速度は1.2m/minとした。レーザビームLの出力を溶接速度で除して投入熱量を計算すると、2500J/10
−2mとなった。
【0037】
加工ガスはサイドガスノズル14から供給し,加工ガスは純Arであり、流量は30L/minとした。レーザ溶接装置10において、レーザ溶接の際に、接合には幅10mm,深さ10mmの溝付きの銅定盤を用いた。
【0038】
比較のために、特許文献1に開示されているようにYAGレーザのレーザビームを光学系で二つに分割し、分割したレーザビームそれぞれを接合部の長手方向に沿って並べて照射することにより、
図3に示すような端部がシャー切断されたステンレス鋼板S1,S2をレーザ溶接した。レーザ発振器は最大出力4kWのNd:YAGレーザである。レーザの伝送はコア径600μmのSI型光ファイバで行い,集光には拡大倍率1.2倍の集光光学系を用いた。焦点距離は150mmである。二つに分割したレーザビームの出力比は1:1である。二つに分割したレーザビームそれぞれの照射領域のスポット径は半値全幅で0.5mmである。溶接速度は0.8m/minとした。レーザビームの出力を溶接速度で除して投入熱量を計算すると、3000J/10
−2mとなる。これは、本実施形態のレーザ溶接方法に比して20%多い投入熱量となる。
【0039】
アシストガスとしてArとO
2との混合ガスを用いた。ガス流量は10〜50L/minとした。なお、特許文献1に示すYAGレーザのレーザビームを二つに分割して並べて照射する手法では、フィラーワイヤを使用しなくてはレーザ溶接が不可能であったため、レーザビームの照射位置にフィラーワイヤを供給しつつレーザ溶接を行った。
【0040】
以下に本実施形態の手法によりレーザ溶接された接合部Wについて示す。
図9に示す端部がレーザ切断されたステンレス鋼板S1,S2の接合部W及び
図10に示す端部がシャー切断されたステンレス鋼板S1,S2の接合部Wのいずれも、溶接ビードが4.5mm板から3.0mm板にかけて傾斜面を形成し、裏面では約1.0mmの裏波ビードが発生していた。
図9及び
図10のいずれの接合部Wにおいても、ブローや割れ等の発生は無かった。なお、
図10中の矢印に示すように、端部がシャー切断されたステンレス鋼板S1,S2の場合、ステンレス鋼板S2に若干のアンダーフィルが生じていた。
【0041】
一方、
図11に示す特許文献1の方法によりレーザ溶接がなされた接合部は、本実施形態のレーザ溶接方法に比べて20%多い投入熱量であったにも関わらず、レーザ溶接にフィラーワイヤが必要であった。そのため、溶接部が表裏面ともにフィラーワイヤの供給により余った金属による隆起が発生している。なお、特許文献1の手法では、フィラーワイヤを用いない場合は、接合部にギャップが生じ、レーザ溶接が不可能であった。
【0042】
(実験例2)
接合部Wの長手方向に対して垂直な方向(
図1中のY軸方向)にレーザビームLの焦点位置fがずれた場合の影響を明らかにするために、
図12に示すように、接合部Wにおけるステンレス鋼板S1,S2の境界線上を中心として焦点位置fを左右にA〜Eに最大1.0mmの距離をずらして実験例1と同様に接合を行った。いずれの場合も、焦点位置fはステンレス鋼板S2の表面とした。接合するステンレス鋼板は
図2に示す端部がレーザ切断されたものを用いた。
【0043】
図13及び
図14に示すように焦点位置fが厚いステンレス鋼板S1側に寄った場合は、
図15に示すようにステンレス鋼板S1,S2の境界線上を焦点位置fにした場合に比べてビード表面が盛り上っており、まったくアンダーフィルを生じていないことが判る。これに対して
図16及び
図17に示すように焦点位置fが薄いステンレス鋼板S2側に寄った場合では、厚いステンレス鋼板S1の上端部が溶け残っていることが判る。
図17の溶け残ったステンレス鋼板S1の端部に沿って白い二点差線を引いたところ、ステンレス鋼板S1側にはほとんど溶込みはないことが判る。また、
図16及び
図17の接合部Wにはともにアンダーフィルが生じていることが判る。
【0044】
図13及び
図14において、アンダーフィルが生じない理由は次のことが考えられる。厚いステンレス鋼板S1側に焦点位置fが寄った場合、薄いステンレス鋼板S2板側に溶け落ちさせる体積が増加する。また、厚いステンレス鋼板S1表面では、ステンレス鋼板S2との板厚差の1.5mmのデフォーカス状態にありパワー密度が低下することから溶融能力が低下し端部が薄いステンレス鋼板S2側に流れずに盛り上ったと考えられる。対して、
図16及び
図17のように焦点位置fが薄いステンレス鋼板S2側に寄った場合は、ステンレス鋼板S1からの溶融金属の供給がなく、裏面に裏波として出た分の体積によりアンダーフィルが生じたと考えられる。
【0045】
図13〜
図17のいずれの焦点位置fにおいても、フィラーワイヤを用いずにレーザ溶接が可能であった。しかしながら、
図18に示すように、継手の薄い側のステンレス鋼板S2の板厚3.0mmを基準として考えると、焦点位置fがステンレス鋼板S2側に1.0mmずれた時点でアンダーフィルの深さは板厚の10%を超えることとなる。よって、焦点位置fは、薄いステンレス鋼板S2側に0.5mmまでのずれ量とすることがより好ましいと考えられる。
【0046】
また、作製された継手(接合部W)の引張試験を行った。試験片形状は突合せ溶接継手の引張試験方法JIS(日本工業規格)で規定するZ3121の1A号試験片とした。ここで、継手には1.5mmの板厚差があり、このままでは引張試験の際に軸がずれる。そこで、
図19(a)(b)の側面図である
図19(b)に示すように、厚いステンレス鋼板S1の裏面に1.5mm厚のSUS304鋼板をスポット溶接で取り付けた。比較として薄いステンレス鋼板S2から母材の引張試験片を採取した。こちらは、金属材料の引張試験方法JISで規定するZ2201の13B号試験片とした。引張速度は、「熱間圧延ステンレス鋼板および鋼帯」(JIS G 4304)により試験片平行部のひずみ増加率を40〜80%/minとするために36mm/minとした。
【0047】
引張試験の結果を
図20に示す。
図20より、焦点位置fがAの厚いステンレス鋼板S1側に1.0mm寄った継手以外はほとんど母材と同等であることが判る。
図21に、焦点位置fがAの継手の引張試験後の破断面を示す。
図21より、破断面には引張で破断した濃いグレー色の面と縦に筋の入った銀光沢の面があることが判る。この銀光沢の面にある縦筋は,光学顕微鏡での観察からステンレス鋼板S2の端面のレーザ切断の加工痕と考えられる。
【0048】
ここで、
図13を見ると薄いステンレス鋼板S2側の溶接部の境界に垂直な部分があり、これがステンレス鋼板S1,S2の境界面(突合せ面)であると考えられる。ビームの幅は0.5mmであるから、ステンレス鋼板S1側に焦点位置fが1.0mm寄った場合、薄いステンレス鋼板S2は直接加熱されず、ステンレス鋼板S1からの熱伝導により溶融すると考えられる。このため、突合せのギャップにより熱が伝わらず切断面の一部が接合されずに残ったと考えられる。以上の引張試験の結果を考慮し、ステンレス鋼板S1側への焦点位置fのずれは0.5mmまでが好ましいと考えられる。
【0049】
(実験例3)
焦点位置fのステンレス鋼板S1,S2の表面に対して垂直方向(
図1中のZ軸方向)のずれの影響について実験を行った。
図22に示すように、始端stは薄いステンレス鋼板S2の表面に焦点位置fを合わせ、終端edは厚いステンレス鋼板S1の表面に焦点位置fを合わせた。接合部Wの長手方向に対して垂直な方向(
図1中のY軸方向)への焦点位置fは、ステンレス鋼板S1,S2の境界線上とした。
【0050】
接合部Wの始端st、始端stと終端edとの中間部、及び終端edでの継手裏面の外観写真を
図23〜
図25に示す。裏波は、
図23及び
図24では安定して連続に発生しているが、
図25の終端edの手前30mmから不安定で断続的になり最終的には消滅していることが判る。
【0051】
接合部Wの始端stから中間部に30mm離れた部位、始端stと終端edとの中間部位、及び終端edから中間部に30mm離れた部位で断面マクロ観察を行い、各部を計測した。本実験例で計測した箇所を
図26に示す。また、
図26の箇所の計測結果を
図27に示す。
図27より、ビード幅αにほとんど変化は無いが、裏波幅γは始端stと終端edとで1mm減少していることが判る。アンダーフィルβは、実験例2の
図13及び
図14の焦点位置fが厚いステンレス鋼板S1側に寄った場合のようにビードが盛り上がっており発生していなかった。溶接部断面積εも減少しており、吸収されたエネルギに差があると考えられる。終端edの手前30mmの位置では、薄いステンレス鋼板S2の表面から焦点位置fが上方に約1.2mm移動しており、
図5のプロファイルからパワー密度が始端stに比べ10%ほど減少しているはずである。本実験例では、溶接された接合部Wの後方は貫通溶接されており、そこからの熱伝導の影響がある。よって、実際に裏波ビードが減少する焦点位置のずれはより小さいと考えられる。確実に貫通溶接をするためには、焦点位置fの垂直方向のずれは1mmまでが好ましいと考えられる。
【0052】
なお、本発明は上記実施形態に限定されず、様々な変形態様が可能である。