特許第6093210号(P6093210)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6093210低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6093210
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170227BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20170227BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20170227BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/32
   C22C38/54
   C21D9/46 R
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-50540(P2013-50540)
(22)【出願日】2013年3月13日
(65)【公開番号】特開2014-177659(P2014-177659A)
(43)【公開日】2014年9月25日
【審査請求日】2015年11月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 宏治
(72)【発明者】
【氏名】戸村 岳
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−209726(JP,A)
【文献】 特開2005−314740(JP,A)
【文献】 特開2012−207252(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/053171(WO,A1)
【文献】 特開2002−285300(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、C:0.001〜0.02%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.1%超〜1.5%未満、P:0.01〜0.04%、S:0.0001〜0.01%、Cr:13〜20%、N:0.001〜0.03%、Nb:0.1〜0.6%、Mo:0.2〜3%、Ti:0.001〜0.3%、B:0.0002〜0.005%、Al:0.003〜0.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、{111}<112>方位強度と{111}<011>方位強度の和が4以上であり、常温における0.2%耐力(YP)と平均r値(rm)との比(YP/rm)が350以下であることを特徴とする低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
V:0.05〜1.0%、Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.1〜2.0%、W:0.1〜3.0%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.05〜0.50%、Co:0.05〜0.50%、Mg:0.0002〜0.0100%の1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1または請求項記載の成分組成のスラブを熱延後、加熱時に700〜900℃を5℃/sec以上で昇温した後、900〜980℃の温度範囲に30sec以上保持した後、400℃まで10℃/sec以上で冷却する熱延板焼鈍を施し、所定の板厚に冷延後、1000〜1100℃に加熱することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高温強度や耐酸化性が必要な自動車の排気系部材などの使用に最適な加工後の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のエキゾーストマニホールド、コンバーター、フロントパイプおよびマフラーなどの排気系部材には、高温強度や耐酸化性が要求されCrを含有した耐熱鋼が使用されている。これらの部材は、鋼板からプレス加工により製造される場合、鋼板を造管した後に所定の形状に成形されるため、素材鋼板の加工性が求められる。一方、使用環境温度も年々高温化しており、Cr、Mo、Nbなどの合金添加量を増加させて高温強度や熱疲労特性などを高める必要が出てきた。添加元素が増えると、素材鋼板のプレス成形性や造管後の加工性が低下する課題がある他、加工後の低温靭性が劣化する課題があった。加工後の低温靭性が劣化すると、特に寒冷地での部品輸送、部品組み立てならびに使用中に脆性的な割れが生じ、大きな問題となるため、低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板が望まれている。
【0003】
耐熱フェライト系ステンレス鋼板の低温靭性に関する問題を解決するために、鋼成分による工夫がなされてきた。
【0004】
特許文献1には、Cuを1.0〜2.5%、Alを0.2〜1.2%含有する耐熱性と靭性に優れるフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献2には、Alを0.5〜3.5%の含有する加工性と靭性に優れた耐熱、耐酸化性フェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献3および特許文献4には、Cuをそれぞれ0.8〜2.0%および1超〜2%含有する低温靭性に優れた排ガス流路部材用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献5と特許文献6には、Cuが0.1%以上でMn/S等を規定した鋼成分が開示されている。これらは、いずれも製品板(冷延焼鈍板)の靭性をシャルピー衝撃試験によって評価しているが、実際の部品において低温靭性が問題になるのは、鋼板製品をプレス加工したり、鋼管製品を成形加工した後に生じる脆性割れであって、従来知見のみでは不十分であった。
【0005】
また、鋼板製造方法による低温靭性の改善については、特許文献7に熱間圧延後に850〜700℃の温度域を平均冷却速度にして30℃/sec以上で冷却し、冷延板焼鈍後に850〜600℃の間を冷却速度にして30℃/sec以上で冷却する、耐2次加工脆性に優れるフェライト系ステンレス鋼板の製造技術が開示されている。この他、特許文献8には、熱延板焼鈍における820℃〜500℃の温度範囲を15℃/sec以上、冷延板焼鈍における500℃までの平均冷却速度を15℃/sec以上とする2次加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法に関する技術が開示されている。この他、低温脆性に関する技術ではないが、特許文献9には熱延板焼鈍時の冷却速度を5℃/sec以下、特許文献10には熱延板焼鈍時の冷却速度を50℃/sec以下とする製造方法に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−235573号公報
【特許文献2】特公昭57−4699号公報
【特許文献3】特開2008−297631号公報
【特許文献4】特開2009−120893号公報
【特許文献5】特許第3219099号公報
【特許文献6】特許第2696584号公報
【特許文献7】特許第3142427号公報(特開平7−126812号公報)
【特許文献8】特許第4265751号公報(特開2004−323957号公報)
【特許文献9】特開2011−149101号公報
【特許文献10】特開平4−224634号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、既知技術の問題点を解決し、成形加工後の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板を提供することにある。
【0008】
鋼板製造に関する従来知見では、熱延板焼鈍および冷延板焼鈍の冷却過程の冷却速度が規定されることがあるが、低温靭性の改善に対して熱延板焼鈍時の析出物成長を制御するために、加熱速度の影響を検討した例は見当たらない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者ら耐熱フェライト系ステンレス鋼板の加工性および加工後の低温靭性に関して、鋼組成、製造過程における組織、結晶方位形成についての詳細な研究を行った。
【0010】
上記課題を解決する本発明の要旨は、
(1) 質量%にて、C:0.001〜0.02%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.1%超〜1.5%未満、P:0.01〜0.04%、S:0.0001〜0.01%、Cr:13〜20%、N:0.001〜0.03%、Nb:0.1〜0.6%、Mo:0.2〜3%、Ti:0.001〜0.3%、B:0.0002〜0.005%、Al:0.003〜0.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、{111}<112>方位強度と{111}<011>方位強度の和が4以上であり、常温における0.2%耐力(YP)と平均r値(rm)との比(YP/rm)が350以下であることを特徴とする低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板。
(2) V:0.05〜1.0%、Cu:0.01〜2.0%、Ni:0.1〜2.0%、W:0.1〜3.0%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.05〜0.50%、Co:0.05〜0.50%、Mg:0.0002〜0.0100%の1種以上を含有することを特徴とする(1)記載の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板。
(3) (1)または(2)記載の成分組成のスラブを熱延後、加熱時に700〜900℃を5℃/sec以上で昇温した後、900〜980℃の温度範囲に30sec以上保持した後、400℃まで10℃/sec以上で冷却する熱延板焼鈍を施し、所定の板厚に冷延後、1000〜1100℃に加熱することを特徴とする(1)または(2)に記載の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば加工品の低温靭性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板を特別な新規設備を必要とせず、効率的に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】{111}<011>方位強度と{111}<112>方位強度の比、ならびに常温におけるYPとrmの比(YP/rm)が加工品の低温靭性に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の限定理由について説明する。特に断らない限り、%は質量%を意味する。
【0014】
Cは、靭性、加工性、耐食性および耐酸化性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.02%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とした。更に、製造コストと耐食性を考慮すると0.002〜0.01%が望ましい。
【0015】
Siは、脱酸元素として添加される場合がある他、耐酸化性と高温強度を向上させる元素である。また、Laves相の析出を促進する元素であるため、0.1%以上の添加により熱延板焼鈍時に粗大なLaves相が析出し、冷延板焼鈍時の{111}方位粒の発達、r値の向上に寄与する。一方、過度な添加は常温延性と低温靭性を低下させるため、上限を0.5%とした。更に、材質および酸化特性を考慮すると0.15〜0.4%が望ましい。
【0016】
Mnは、高温においてMnCr24やMnOを形成し、スケール密着性を向上させる。この効果は、0.1%超で発現することから、下限を0.1%超とした。一方、酸化増量は増加させるため、1.5%以上の添加により異常酸化が生じ易くなる。排ガス部品において、スケール剥離や異常酸化が生じると、後続の部品に障害が生じたり、板厚減少により構造体としての信頼性が低下する。更に、加工性と製造性を考慮すると0.6〜1.1%が望ましい。
【0017】
Pは、Si同様に固溶強化元素であるため、材質および靭性の観点からその含有量は少ないほど良く、上限を0.04%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.01%とした。更に、製造コストと耐酸化性を考慮すると0.015〜0.025%が望ましい。
【0018】
Sは、材質、耐食性および耐酸化性の観点から少ないほど良いため、上限を0.01%とした。特に、過度な添加はTiと化合物を生成させ熱延焼鈍板の再結晶と粒成長が促進しすぎてr値を劣化させる他、硫化物が破壊起点となり靭性を低下させる。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001%とした。更に、製造コストと耐食性を考慮すると0.003〜0.0050%が望ましい。
【0019】
Crは、高温強度および耐酸化性の向上のために13%以上の添加が必要であるが、20%以上の添加は靱性劣化により製造性が悪くなる他、材質も劣化する。よって、Crの範囲は13〜20%とした。更に、コストと耐食性の観点では15〜18%が望ましい。
【0020】
Nは、Cと同様に低温靭性、加工性、耐酸化性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.03%とした。但し、過度の低下は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とした。更に、コストおよび靭性を考慮すると0.005〜0.02%が望ましい。
【0021】
Nbは、固溶強化および析出強化により高温強度や高温疲労特性を向上させるため、必須元素である。また、CやNを炭窒化物として固定し、製品板の再結晶集合組織を発達させるとともに、Laves相と呼ばれるFeとNbの金属間化合物を形成し、その体積率やサイズによって再結晶集合組織形成に影響を与え、r値向上と靭性向上に寄与する。これらの作用は、0.1%以上で発現するため、下限を0.1%とした。一方、過度な添加は硬質化をもたらし、常温延性の低下や多量の析出物生成による靭性低下につながることから、上限を0.6%とした。更に、コストや製造性を考慮すると0.3〜0.55%が望ましい。
【0022】
Moは、耐食性を向上させるとともに、固溶Moによる高温強度および熱疲労特性の向上をもたらす。この効果は0.2%以上で発現することから、下限を0.2%とした。但し、過度な添加は靭性劣化や伸びの低下をもたらす。また、Laves相が生成しすぎて{011}方位粒が生成し易くなり、r値の低下をもたらす他、3%超の添加で耐酸化性が劣化するために、上限を3%とした。更に、長時間高温に曝された後の高温特性、特に高温強度や高温高サイクル疲労特性を、製造コストおよび製造性を考慮すると1.5〜1.9%が望ましい。
【0023】
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性および深絞り性を更に向上させるために添加する元素である。特にr値を向上させる{111}結晶方位の発達は0.001%以上の添加で発現することから、下限を0.001%とした。但し、過度な添加は粗大なTiNが析出し低温靭性を低下させるため、上限を0.3%とした。更に、製造コスト、低温靭性、表面疵およびスケール剥離性を考慮すると、0.05〜0.15%が望ましい。
【0024】
Bは、粒界に偏析することで粒界強度を向上させ、2次加工性、低温靭性を向上させる元素であるとともに、中温域の高温強度を向上させる。これらの効果は0.0002%以上で発現することから、下限を0.0002%とした。0.005%超の添加によりCr2B等のB化合物が生成し、粒界腐食性や疲労特性を劣化させる他、{011}方位粒の増加をもたらして低r値化するため、上限を0.005%とした。更に、溶接性や製造性を考慮すると、0.0003〜0.001%が望ましい。
【0025】
Alは、脱酸元素として添加される場合がある他、高温強度や耐酸化性を向上させる。また、TiNやLaves相の析出サイトとなり微細析出に寄与し、低温靭性の向上に寄与する。その作用は0.003%から発現するため、下限を0.003%とした。また、0.50%以上の添加は、伸びの低下や溶接性および表面品質の劣化をもたらす他、粗大なAl酸化物形成により、低温靭性の低下、{011}方位粒の生成が促進によるr値低下をもたらたすため、上限を0.5%とした。更に、精錬コストを考慮する0.01〜0.1%が望ましい。
【0026】
本発明はさらに必要に応じて、下記元素を含有することとしてもよい。
【0027】
Vは、CやNと結合して耐食性や耐熱性の観点から、必要に応じて0.05%以上添加することができる。但し、1.0%以上の添加により、粗大な炭窒化物が形成して靭性が低下する他、コストアップにつながるため、上限を1.0%とした。更に、製造性を考慮すると、0.06〜0.2%が望ましい。
【0028】
Cuは、耐食性を向上させるとともに、ε−Cu析出によって特に中温域での高温強度を上げる元素であるため、必要に応じて添加する。この効果は0.01%以上の添加により発現することから、下限を0.01%とした。一方、過度な添加は硬質化による靭性低下、延性低下をもたらすことから、上限を2.0%とした。更に、耐酸化性や製造性を考慮すると0.01〜0.1%未満が望ましい。
【0029】
Niは、靭性と耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて添加する。靭性への寄与は0.1%以上で発現するため、下限を0.1%とした。一方、2.0%超の添加によりオーステナイト相が生成し、低r値化するため上限を2.0%とした。更に、コストを考慮すると、0.1〜0.5%が望ましい。
【0030】
Wは、高温強度を上げるために必要に応じて添加する元素であり、その作用は0.1%から発現するため、下限を0.1%とした。但し、過度な添加は靭性劣化や伸びの低下をもたらす。また、Laves相が生成しすぎて{011}方位粒が生成し易くなり、r値の低下をもたらすために、上限を3.0%とした。更に、製造コストと製造性を考慮すると、0.1〜2.0%が望ましい。
【0031】
Zrは、耐酸化性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。その作用は0.05%以上で発現するため、下限を0.05%とした。但し、0.30%以上の添加は、靭性や酸洗性などの製造性を著しく劣化させる他、Zrと炭素および窒素の化合物が粗大化して熱延焼鈍板組織を粗粒化させて低r値するため、上限を0.30%とした。更に、製造コストを考慮すると、0.05〜0.20%が望ましい。
【0032】
Snは、粒界に偏析して高温強度を上げるために必要に応じて添加する元素であり、その作用は0.05%から発現するため、下限を0.05%とした。但し、0.5%超の添加によりSn偏析が生じて、偏析部で{011}方位粒が生成して低r値化するとともに低温靭性が低下するため、上限を0.5%とした。更に、高温特性と製造コストおよび靭性を考慮すると、0.10〜0.30%が望ましい。
【0033】
Coは高温強度を向上させる元素であり、必要に応じて0.05%以上添加する。但し、過度な添加は靭性や加工性を劣化させるため、上限を0.50%とした。更に、製造コストを考慮すると、0.05〜0.30%が望ましい。
【0034】
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する他、微細晶出したMg酸化物が核となり、NbやTi系析出物が微細析出する。これらが熱延工程で微細析出すると、熱延工程および熱延板焼鈍工程において、微細析出物が再結晶核となり非常に微細な再結晶組織が得られ、集合組織の発達に寄与するとともに、靭性向上にも寄与する。この作用が発現するのは0.0002%からであるため、下限を0.0002%とした。但し、過度な添加は、耐酸化性の劣化や溶接性の低下などをもたらすため、上限を0.0100%とした。更に、精錬コストを考慮すると、0.0003〜0.0020%が望ましい。
【0035】
材料の強度(0.2%耐力)の温度依存性と脆性破壊強度の兼ね合いにより、延性破壊と脆性破壊が生じ、低温靭性は材料の低強度(低耐力)化によって良好となることは周知の事実である。この考え方は、製品板や鋼管の低温靭性に対しては適用されるもので、上記の従来知見のように製品板のシャルピー衝撃値を向上させる必要がある場合に有効である。しかしながら、本発明では、製品板や鋼管を成形加工した後の低温靭性を向上させることを目的としており、素材の強度(耐力)を調整するだけでは、成形加工後の靭性は十分でない。そこで、排気部品の素材となる鋼板の材質、結晶方位分布と成形品の低温靭性について詳細に研究を行った結果、以下のことを知見した。鋼板は多結晶体であるため、各結晶粒は種々の結晶方位を有する。体心立方金属であるフェライト系ステンレス鋼板の場合、冷延焼鈍後の結晶方位は{111}結晶粒が主体となる。この中で、{111}<011>方位と{111}<112>方位が主体となるが、耐熱鋼の場合、Nb等の添加量が多い他、板厚が厚いことに起因して製造工程における冷延圧下率が確保できないため、1.2mm厚以上の厚手材において、これらの結晶方位の発達が生じ難い。しかしながら、本発明では両者の和が加工後の低温靭性に影響することを見出した。また、加工前の素材段階の常温での0.2%耐力(以下YPとし、単位はMPa)も加工後の低温靭性に影響し、高YPほど加工後の変形能が小さく、加工品の残留応力も高くなるため、低温靭性は劣化する。更に、加工後の変形能はYPのみでは決まらず、材料の深絞り性の指標である素材の平均r値(以下、rm)も影響し、高rmほど加工時の材料の流れ込み易いため、加工品の変形能が高くなる。即ち、素材材質として低YP、高rmが、加工後の低温靭性に有利に作用し、これらの比(YP測定数値とrm測定数値の比をYP/rmと定義する。)が低い方が、加工後の残留応力の低減、衝撃変形能の確保に有効であることを見出した。
【0036】
図1に{111}<011>方位強度と{111}<112>方位強度の和、ならびに常温におけるYPとrmの比(YP/rm)が加工品の低温靭性に及ぼす影響を調べた結果である。ここで、種々の鋼成分を真空溶解し、熱延、冷延、焼鈍を施して、2.5mm厚の冷延焼鈍板を得た。{100}<012>方位強度は、X線回折装置(理学電機工業株式会社製)を使用し、Mo−Kα線を用いて、板厚中心層近傍領域(機械研磨と電解研磨の組み合わせで、板面と平行な測定面を現出)の(200)、(310)および(211)正極点図を得、これらから球面調和関数法を用いて3次元結晶方位密度関数を得、結晶方位強度(ランダムサンプルとの強度比率)を求め、{111}<011>方位強度と{111}<112>方位強度の和を求めた。また、圧延方向と引張方向が平行になるように、JIS13号B引張試験片を採取し、JIS Z2241に準拠して0.2%耐力を得た。更に、r値は、冷延焼鈍板からJIS13号B引張試験片を採取して圧延方向、圧延方向と45°方向、圧延方向と90°方向に14.4%歪みを付与した後に(1)式および(2)式を用いて平均r値を算出した。
r=ln(W0/W)/ln(t0/t) (1)
ここで、W0は引張前の板幅、Wは引張後の板幅、t0は引張前の板厚、tは引張後の板厚である。
rm=(r0+2r45+r90)/4 (2)
ここで、r0は圧延方向のr値、r45は圧延方向と45°方向のr値、r90は圧延方向と直角方向のr値である。低温靭性については、円筒絞り品に対して低温落重試験を行い、割れの有無により評価した。製品板から100mmφの円盤を採取し、円筒絞り成形(しわ抑え力:10ton、ポンチ:50mmφ×8mmr、ダイス:55.7mmφ×18mmr)でカップ成形品を得た。この成形品を室温以下の種々の温度に保持後、側面に錘(12kf)を1mの高さから落下させ、成形品の割れ有無を目視で観察した。図1中には、−40℃で衝撃割れが生じる場合を×で、割れない場合を○で示している。通常の排気部品は、−40℃で衝撃を受けて割れなければ十分である。本結果から、{111}<112>方位強度と{111}<011>方位強度の和が4以上あり、YP/rmが350以下の場合に−40℃で衝撃割れが発生せず、即ち割れ発生温度が−40℃未満となることが明らかとなった。
【0037】
上記の{111}<112>方位強度と{111}<011>方位強度の和が4以上であり、常温における0.2%耐力(YP)と平均r値(rm)との比(YP/rm)が350以下であるステンレス鋼板を得るためには、本発明の鋼成分に加え、鋼板製造における熱延板焼鈍条件と冷延板焼鈍の適正化による組織制御が重要である。
【0038】
本発明においては、本発明で規定する成分組成のスラブを熱延後、加熱時に700〜900℃を5℃/sec以上で昇温した後、900〜980℃の温度範囲に30sec以上保持した後、400℃まで10℃/sec以上で冷却する熱延板焼鈍を施し、所定の板厚に冷延後、1000〜1100℃に加熱することにより、板厚が1.2mm以上であっても、{111}<112>方位強度と{111}<011>方位強度の和が4以上であり、常温における0.2%耐力(YP)と平均r値(rm)との比(YP/rm)が350以下であるステンレス鋼板を得ることができる。以下詳細に説明する。
【0039】
スラブを出発材として所定の板厚に熱延された熱延板は、熱延板焼鈍が施される。冷延焼鈍後に上記の結晶方位を得、靭性を良好にするためには、熱延板焼鈍条件が重要となるが、NbやMo等の合金元素が多量に添加される鋼では、炭窒化物の他にLaves相と呼ばれるFe,Nb,Moを主体とする金属間化合物が加熱段階で生成する。加熱中にこれらが多量に析出すると、再結晶が遅延して再結晶集合組織の発達が遅れるとともに、析出物が粗大化して、結晶方位強度の和および/またはYP/rmが本発明外となり、低温靭性の劣化をもたらす。これらを防止するためには、熱延板焼鈍時に700〜900℃における加熱速度を5℃/sec以上とする。また、通常耐熱フェライト系ステンレス鋼の熱延板焼鈍温度は1000℃以上であるが、本発明においては、900〜980℃に保持する時間については、30sec以上とし、析出物の溶解を促進するとともに、熱延集合組織を残留させる。保持時間が長くなると生産性を低下させるとともに、未溶解析出物の粗大化が進むため、保持時間の上限を120sec以下とするのが望ましい。980℃超、特に、1000℃以上まで加熱すると熱延集合組織が再結晶によってランダム化してしまい、冷延焼鈍板で特に{111}<112>方位の発達が生じない。また、900℃未満の加熱では、回復・再結晶が生じないため、熱延板に存在する{100}<011>方位が冷延焼鈍後も残留して低r値化することから、下限を900℃とする。
【0040】
更に、生産性、板形状ならびに熱延板焼鈍後の靭性を考慮すると、700〜900℃における加熱速度は10〜100℃/secが望ましく、900〜980℃に保持する時間は30〜60secが望ましい。
【0041】
熱延板焼鈍工程で上記温度に加熱された板は、室温まで冷却されるが、本発明では400℃までに10℃/sec以上で冷却する。10℃/sec未満で冷却すると、上記析出物が再析出および粗大化し、結晶方位強度の和および/またはYP/rmが本発明外となり、低温靭性が劣化するためである。生産性、板形状ならびに熱延板焼鈍後の靭性を考慮すると、20〜30℃/sec未満が望ましい。
【0042】
従来技術では、熱延板焼鈍の冷却速度の制御によって特性を向上させる技術が開示されているが、本発明では、熱延板焼鈍工程において、加熱速度の制御によるLaves相析出抑制、保持温度の制御による集合組織の制御、保持時間の制御による析出物の溶解促進および粗大化抑制、冷却速度の制御による析出抑制を満足させることで、製品をプレス加工後に優れた低温靭性を発現することを見出した。
【0043】
熱延板焼鈍後、所定の板厚に冷延が施された後、冷延板焼鈍によって再結晶組織を得る。この際、加熱温度が1000℃未満では未再結晶組織となり、耐力が著しく高くなってYp/rmが350超となる他、{111}再結晶集合組織が発達しないため、下限を1000℃とする。一方、1100℃超まで加熱すると結晶粒が粗大化してしまい、結晶方位強度の和および/またはYP/rmが本発明外となり、加工時に肌荒れが生じて割れたり、低温靭性が著しく低下するため、上限を1100℃とする。更に、材質や高温特性を考慮すると、1010〜1070℃が望ましい。尚、本発明は集合組織の発達が生じ難い厚手製品に対して特に有効であり、製品板厚が1.2mm厚以上、更に望ましくは1.5〜3.0mm厚の製造への適用が望ましい。この際の冷延圧下率や熱延板厚は製品板厚に応じて選択すれば良い。
【実施例】
【0044】
表1に示す成分組成の鋼を溶製しスラブに鋳造し、スラブを熱間圧延して、5.0mm厚の熱延板とした。その後、熱延板を連続焼鈍処理した後、酸洗し、2.5mm厚まで冷間圧延し、連続焼鈍−酸洗を施して製品板とした。熱延板焼鈍条件は、700〜900℃における加熱速度を10℃/sec、900〜980℃を滞留する時間については、30sec、400℃までの冷却速度は20℃/secとした。また、冷延板焼鈍温度は、1050℃とした。
【0045】
このようにして得られた冷延焼鈍板に対して、先述した引張試験、r値測定ならびに結晶方位強度測定を行った。また、先述した方法により円筒絞り成形品に対して−40℃での低温靭性を評価し、割れ有無(割れ無が○、割れ有が×)を目視観察した。また、本材料が主として利用される耐熱部品における耐熱性を調べるために、900℃における0.2%耐力を測定した。この際、素材鋼板から圧延方向が引張方向になるように引張試験片を採取し、900℃までの加熱速度は45℃/min、保持時間は15min、引張速度は0.3%/minとして引張試験を行った。900℃での耐力が20MPa以上あれば主要用途への適用が可能であることから、20MPa以上を合格とした。
【0046】
【表1】
【0047】
表1から明らかなように、本発明で規定する成分組成を有する鋼は、比較例に比べて{111}<011>方位強度と{111}<112>方位強度の和が高く、YP/rmが低く、低温落重試験によっても割れが生じないことから、加工品の低温靭性が優れていることが分かる。また、高温耐力についても、本発明鋼はいずれも20MPa以上を満足している。
【0048】
【表2】
【0049】
表2に、製造条件を種々変化させた場合の特性を示す。本発明で規定される製造条件から外れる比較例の場合、結晶方位強度の和および/またはYP/rmが本発明外となり、低温靭性が劣化し、複雑形状の部品に加工した場合、割れが生じてしまう。また、本発明の方法で製造した鋼の高温耐力は20MPa以上を満足しているが、鋼製造方法が本発明範囲外の場合、粗大な析出物が製品に残存したり、結晶粒の粗大化などにより20MPaに満たない。
【0050】
なお、スラブ厚さ、熱延板厚などは適宜設計すれば良い。また、冷間圧延においては、圧下率、ロール粗度、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは適宜選択すれば良い。焼鈍は、必要であれば水素ガスあるいは窒素ガスなどの無酸化雰囲気で焼鈍する光輝焼鈍でも大気中で焼鈍しても構わない。更に、焼鈍後に調質圧延や形状矯正のためのテンションレベラー工程を通板しても構わない。
図1