(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6093547
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】混合溶剤および表面処理剤
(51)【国際特許分類】
C09K 3/00 20060101AFI20170227BHJP
C09K 3/18 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
C09K3/00 R
C09K3/18 102
【請求項の数】16
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-236516(P2012-236516)
(22)【出願日】2012年10月26日
(65)【公開番号】特開2013-151648(P2013-151648A)
(43)【公開日】2013年8月8日
【審査請求日】2015年10月20日
(31)【優先権主張番号】特願2011-283798(P2011-283798)
(32)【優先日】2011年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000108030
【氏名又は名称】AGCセイミケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080159
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 望稔
(74)【代理人】
【識別番号】100090217
【弁理士】
【氏名又は名称】三和 晴子
(72)【発明者】
【氏名】平林 涼
【審査官】
井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/110149(WO,A1)
【文献】
国際公開第2010/113646(WO,A1)
【文献】
特開2009−249448(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/079687(WO,A1)
【文献】
特開2010−024381(JP,A)
【文献】
特開2009−057530(JP,A)
【文献】
特開2006−188007(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/105223(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/021623(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/00
C09K 3/18
B29C 33/60
C08L 33/14
C09D 1/00−201/10
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)ビス(トリフルオロメチル)ベンゼンと(2)C6F13OR(ただしR=CH3またはC2H5)とを、(1)/(2)=70/30〜95/5の質量比で、かつ両者の合計で溶剤全量中80質量%以上の量で含む混合溶剤。
【請求項2】
前記(2)がC2F5CF(OCH3)C3F7である請求項1に記載の混合溶剤。
【請求項3】
非引火性溶剤成分として前記(2)以外のハイドロフルオロエーテルをさらに含む請求項1または2に記載の混合溶剤。
【請求項4】
非引火性溶剤成分としてハイドロフルオロカーボンをさらに含む請求項1〜3のいずれかに記載の混合溶剤。
【請求項5】
前記(1)以外の引火性溶剤成分の溶剤全量中の量が1質量%以下である請求項1〜4のいずれかに記載の混合溶剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の混合溶剤と、溶質としての含フッ素化合物とを含む表面処理剤。
【請求項7】
前記含フッ素化合物が、含フッ素重合体またはポリフルオロアルキル基含有のリン酸エステル化合物である請求項6に記載の表面処理剤。
【請求項8】
溶質濃度が20質量%以下である請求項6または7に記載の表面処理剤。
【請求項9】
動粘度が1.0×10−5m2/s以下である請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤。
【請求項10】
請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤を使用したはんだ用フラックス這い上がり防止剤。
【請求項11】
請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤を使用した潤滑オイルの染み出し防止剤。
【請求項12】
請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤を使用した防水・防湿コーティング剤。
【請求項13】
請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤を使用した電子部品用樹脂付着防止剤。
【請求項14】
請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤を使用した離型剤。
【請求項15】
請求項6〜8のいずれかに記載の表面処理剤で被覆された基材。
【請求項16】
請求項14の離型剤を使用して成型した成型部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混合溶剤およびそれを用いた表面処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種基材表面には、撥水性、撥油性およびフラックス等の溶剤(2−プロパノール:IPA)に対する撥IPA性を付与するためのフッ素系重合体、特に多くの場合パーフルオロアルキル基を有するフッ素系重合体を乾燥性溶剤中に含む表面処理剤が適用される。この表面処理剤に使用される溶剤は、乾燥性が良好であって、かつフッ素系重合体の溶剤となり得るものである。フッ素系重合体は、本質的に通常の有機溶剤に対する溶解性が貧しいことから、フッ素系重合体の溶剤は、実質的にフッ素系溶剤である。
【0003】
これまで使用されてきたフッ素系溶剤の典型例は、いわゆるフロン溶剤であり、たとえばジクロロペンタフルオロプロパンおよびジクロロフルオロエタン等のハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)などである。これらの溶剤は、フッ素系重合体の溶解性の他にも、低表面張力を持つため、表面処理剤の溶剤として非常に有用であった。
【0004】
しかし、HCFCはオゾン破壊係数を有するため、先進国においては2020年に生産が全廃されることが決まっている。また、代替フロンとして使用されてきたトリデカフルオロヘキサンやデカフルオロペンタン等の一部のハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロヘキサン等のパーフルオロカーボン(PFC)も、温暖化係数が高いため、地球温暖化防止の目的から京都議定書の規制対象物質となっている。
【0005】
そこで、上記に代わり得るフッ素系溶剤の開発が進められているものの一つに、ハイドロフルオロエーテル(HFE)がある。その中には、(パーフルオロブトキシ)メタン(C
4F
9OCH
3)、(パーフルオロブトキシ)エタン(C
4F
9OC
2H
5)、(パーフルオロヘキソキシ)メタン(C
6F
13OCH
3)、2,2,2−トリフルオロエトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(CF
3CH
2OCF
2CF
2H)など既に市販されているものもある。しかしながら、これらHFEは溶解性に乏しいものが多い。
【0006】
一方、溶解性の高い溶剤として、ベンゼン骨格を有するフッ素系溶剤として、たとえばビス(トリフルオロメチル)ベンゼンなどがある。これらのベンゼン骨格を有するフッ素系溶剤は、非フッ素化合物にも高い溶解性も持ち合わせており、非常に有用な溶剤である。しかしながら、これらのベンゼン骨格を有するフッ素系溶剤は引火性がある。
【0007】
溶解性の高いベンゼン骨格を有するフッ素系溶剤を、非引火性フッ素系溶剤と混合してフッ素系重合体の溶剤とする開示がある。たとえば、1,3−ジ(トリフルオロメチル)ベンゼンを上記HFE、HFCなどとの混合溶剤として全溶剤中5重量%または49.75重量%の量で含ませた例や(特許文献1参照)、10質量%、20質量%または55質量%の量で含ませた例(特許文献2参照)がある。
【0008】
このように、HFEやHFCなどの溶解性の乏しい溶剤にベンゼン骨格を有するフッ素系溶剤を混合して、より有益な混合溶剤とすることは、以前から検討されてきている。しかしながら、HFEやHFCなどの非引火性フッ素系溶剤は、通常の溶剤と比べ蒸気圧が高く、混合溶剤として用いると、非引火性フッ素系溶剤が先に気化してしまう。工業的に溶剤を使用する場合は、長期にわたり使用されることが多く、溶剤の揮発により溶剤組成が著しく変化することは、各種トラブルの原因となる(溶質の析出、引火特性の変化など)。
【0009】
既に開示されているベンゾトリフルオライド類と非引火性フッ素系溶剤であるHFEやHFCとの混合溶剤(特許文献1及び特許文献2参照)は、いずれも蒸気圧が高く、ベンゾトリフルオライド類より先に、非引火性フッ素系溶剤が揮発してしまい、混合溶剤の組成変化が著しく工業的に使用することは非常に難しい。
【0010】
表面処理剤が引火性で、消防法上危険物に該当する場合には、取り扱い場所や保管場所および保管数量に非常に大きく制限を受けるだけではなく、使用設備を防爆対応することが義務付けられ、莫大な経済的負担が必要となる。このため、表面処理剤の大部分を占める溶剤は、安価でかつ非引火性であることが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2009−57530号公報
【特許文献2】特開2008−38108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、溶解性の高いベンゾトリフルオライド類と非引火性フッ素系溶剤との混合溶剤で、その組成が非常に安定に維持できる混合溶剤の提供を目的とする。また、該混合溶剤の使用により、各種基材表面に撥水性、撥油性および撥IPA性を充分に付与し得るフッ素系表面処理剤の提供も目的とする。また、組成比を調整することにより非引火性とした該混合溶剤の提供も目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討するうちに、汎用のビス(トリフルオロメチル)ベンゼン(引火点26℃)を、(パーフルオロヘキソキシ)メタン(C
6F
13OCH
3)(引火点なし)と混合した場合に、広範囲の混合比で組成の変化が非常に少ない混合溶剤の提供できることを見出した。さらに、キシレンヘキサフルオライドと(パーフルオロヘキソキシ)メタンとの質量比で、(パーフルオロヘキソキシ)メタンを少量含むだけで引火点を持たない、つまり非引火性であることも見出した。なお、この引火点は、実施例では、混合溶剤の引火点とほぼ同等とみなすことができる0.2質量%の希薄なフッ素系重合体濃度溶液(表面処理剤)について測定している。したがって、本発明では、(A)引火性溶剤成分と(B)非引火性溶剤成分との混合溶剤であって、それぞれの成分として以下に特定される(1)および(2)を含む混合溶剤を提供する。
【0014】
本発明は、(1)ビス(トリフルオロメチル)ベンゼンと(2)C
6F
13OR(RはCH
3またはC
2H
5)とを、(1)/(2)=1/99〜99/1の質量比で、かつ両者の合計で溶剤全量中80質量%以上の量で含む混合溶剤を提供する。
【0015】
上記(1)/(2)質量比は、好ましくは50/50〜97/3である。さらに好ましくは、70/30〜97/3、特に好ましくは70/30〜95/5である。
上記(2)は、C
2F
5CF(OCH
3)C
3F
7であることが好ましい。
【0016】
上記混合溶剤は、溶剤全量中20質量%以下の量で、上記(1)および(2)以外の溶剤成分を含むことができる。
この場合、混合溶剤中の(1)以外の(A)引火性溶剤成分の量は、溶剤全量中1質量%以下であることが好ましい。
他の(B)非引火性溶剤成分としては、上記(2)以外のハイドロフルオロエーテルまたはハイドロフルオロカーボンが好ましい。
【0017】
上記のような混合溶剤と、溶質としての含フッ素化合物とを含む表面処理剤。
上記含フッ素化合物は、含フッ素重合体またはポリフルオロアルキル基含有のリン酸エステル化合物であることが好ましい。
【0018】
表面処理剤の溶質濃度は20質量%以下であることが好ましい。
表面処理剤の動粘度は、1.0×10
−5m
2/s以下であることが好ましい。
【0019】
本発明の表面処理剤は、はんだ用フラックス這い上がり防止剤、潤滑オイルの染み出し防止剤、防水・防湿コーティング剤、電子部品用樹脂付着防止剤等および離型剤に使用することができる。
本発明では、上記のような表面処理剤で被覆された基材も提供することができる。
また、本発明は、上記離型剤を使用して成型した成型部品も提供することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、含フッ素重合体の溶剤として、組成変化が非常に少ないフッ素系混合溶剤を提供し得る。また、一部の混合溶剤組成においては非引火性の混合溶剤の提供も可能とした。これらの混合溶剤を使用することで、各種基材表面に撥水性、撥油性および撥IPA性を充分に付与することができる優れたフッ素系表面処理剤の提供を可能とした。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施例と比較例における各表面処理剤の乾燥時間と溶剤組成との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明で使用される(1)ビス(トリフルオロメチル)ベンゼンは、別名キシレンヘキサフルオライドとも称され、市販品として入手可能である。以下、「XHF」とも記す。なお、XHFは、位置異性体であるo−XHF(1,2−ジ(トリフルオロメチル)ベンゼン)、m−XHF(1,3−ジ(トリフルオロメチル)ベンゼン)およびp−XHF(1,4−ジ(トリフルオロメチル)ベンゼン)のいずれか1種でもよく、これら2種以上の混合物でも構わない。本発明において、XHFとしては、m−XHFが好ましい。
【0023】
また、本発明で使用される(2)C
6F
13OR(RはCH
3またはC
2H
5)としては、C
2F
5CF(OCH
3)C
3F
7が好ましい。また、C
2F
5CF(OCH
3)C
3F
7は、(パーフルオロヘキソキシ)メタン(C
6F
13OCH
3)とも記載されることがあり、ノベック7300の商品名(3M株式会社)の市販品としても入手可能である。
【0024】
本発明の混合溶剤において、上記(1)/(2)の質量比は、好ましくは50/50〜97/3、より好ましくは70/30〜97/3、特に好ましくは70/30〜95/5である。この範囲であると、安全面が維持できるだけでなく、経済性にも優れる。また、(1)と(2)の質量合計を100としたとき、(2)の質量比が5以上であると混合溶剤が非引火性となる。上記(1)/(2)の質量比により、高価な(2)C
6F
13OR(RはCH
3またはC
2H
5)の使用量を著しく低減することができる。
なお、(2)としてC
6F
13OC
2H
5とC
6F
13OCH
3を併用する場合は、その合計量が上記範囲内であることが好ましい。
【0025】
本発明の目的を損なわない範囲であれば、上記特定成分(1)および(2)の混合溶剤に、他の溶剤成分を加えることができる。その場合、(1)および(2)の合計質量が、溶剤全量中の80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上がより好ましく、95質量%以上がさらに好ましい。これらの範囲では、混合溶剤の溶質の含フッ素化合物の溶解性が良好で、高価な他の溶剤たとえばHFEなどの使用量が抑えられる。
【0026】
他の溶剤成分が、(1)以外の(A)引火性溶剤成分である場合には、溶剤全量中20質量%以下であって引火性に影響を与えない範囲であれば特に限定されないが、好適範囲としては、溶剤全量中1質量%以下である。
【0027】
他の溶剤成分としては、溶質の含フッ素化合物の均一溶解性から、(2)以外の(B)非引火性溶剤が好ましく、たとえばHFCおよび(2)以外のHFEなどが好ましく用いられる。特に後者のHFEが好ましい。
【0028】
(2)以外のHFEとしては、具体的に以下のものが挙げられる。
C
4F
9OCH
3
C
4F
9OC
2H
5
C
3F
7OCH
3
C
3F
7OC
2H
5
CF
2HCF
2CH
2OCF
2CF
2H
CF
3(OCF
2CF
2)
n(OCF
2)
mOCF
2H
C
8F
17OCH
3
C
7F
15OCH
3
CF
3CH
2OCF
2CF
2H
CF
3CH
2OCF
2CHF
2
およびこれらの混合物。
上記例示中、添字mおよびnは各々1〜20の整数を表し、アルキル骨格基は直鎖または分岐の態様を含む。
【0029】
(2)以外の(B)非引火性溶剤成分は、溶剤全量中20質量%以下であれば特に限定されないが、環境への影響および高価なHFEなどの使用量を抑えることから10質量%以下がより好ましい。
【0030】
本発明において、「引火性」とは、以下の手順で引火点測定を実施し引火点を持つことと定義する。各引火点測定方法はJIS−K−2265に定められている方法に従うものとする。
<引火点の測定手順>
(a)タグ密閉法による引火点測定の実施。
(b)(a)において、引火点が80℃以下の温度で引火点が測定できない場合にあっては、クリーブランド開放法による引火点測定の実施。
【0031】
本発明の表面処理剤は、上記のような混合溶剤と、溶質とから形成される。ここで、溶剤とは、室温において動粘度が1.0×10
-5m
2/s未満の液体成分と定義し、溶質とは、室温において固体もしくは動粘度が1.0×10
-5m
2/s以上の液体成分と定義する。
【0032】
本発明に係る表面処理剤は、溶質として少なくとも含フッ素化合物を含む。この含フッ素化合物は、通常、ポリフルオロアルキル基を含有する化合物であり、具体的には、該基を含有する含フッ素重合体または含フッ素リン酸エステルが挙げられる。
【0033】
含フッ素重合体は、少なくともポリフルオロアルキル基含有化合物(a)から導かれる構成単位を含む。この化合物(a)は、典型的に(メタ)アクリル酸化合物であり、具体的には(メタ)アクリル酸エステルまたは(メタ)アクリルアミドなどである。
化合物(a)としては、下記構造が挙げられる。
CH
2=CR
1−COX−Q
1−Rf
1
該式中のR
1は水素原子またはメチル基であり、Xは−O−または−NH−であり、Q
1は単結合または2価の連結基であり、Rf
1は炭素数1〜20のポリフルオロアルキル基である。2価の連結基としては炭素数1〜5のアルキレン基が好ましい。
なお、本発明において、「(メタ)アクリル」の語は、アクリルおよびメタクリルの両方またはどちらか一方を意味する。このような化合物(a)を具体的に(メタ)アクリル酸エステルで例示すれば、
CH
2=CH−COO−(CH
2)
n−(CF
2)
mF、
CH
2=C(CH
3)−COO−(CH
2)
n−(CF
2)
mF
(上記例示中、添字nは0〜4、添字mは1〜16の整数である。)
などが挙げられるが、化合物(a)は、これらに限定されるものではない。
これらのうちでも、mが1〜6であるものが好ましい。
なお、(メタ)アクリル酸エステルは、表面処理剤に求める性能により適宜選択できる。例えば、撥水性を特に重視する場合はメタクリル酸エステルが好ましく、撥油性や撥IPA性を特に重視する場合や、被膜の耐熱性を特に重視する場合は、アクリル酸エステルである場合が好ましい。
【0034】
含フッ素重合体は、化合物(a)から導かれる構成単位を、通常50質量%以上、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上含有する。なお本発明において、重合体における構成単位の質量%は、重合に使用した原料化合物がすべて構成単位を構成するとみなした値である。
含フッ素重合体が、化合物(a)のみの重合体である場合には、化合物(a)の1種の単独重合体でも2種以上の共重合体でもよい。
【0035】
また、含フッ素重合体が共重合体である場合には、他の化合物(b)から導かれる構成単位を1種または複数種含むことができる。化合物(b)は、通常、ポリフルオロアルキル基を含有しない化合物であり、たとえば(メタ)アクリル酸、炭素数1〜18のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル、反応性を有する官能基を含む化合物、例えば、マレイン酸、無水イタコン酸、無水コハク酸等のエチレン性不飽和カルボン酸類、(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−メチロール(メタ)アクリルアミド、N−ブトキシ(メタ)アクリルアミド等のアミド化合物、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピル等の水酸基含有化合物、γ-(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン等のアルコキシシリル基含有化合物、(メタ)アクリル酸グリシジル等のエポキシ基含有化合物、2−(メタ)アクリロイロキシエチルコハク酸などのカルボキシル基含有化合物などであるが、これらに限られない。
【0036】
含フッ素リン酸エステルとしては、下記構造が挙げられる。
(Rf
2−Q
2−O−)r−P(O)(OM)s
該式中のRf
2は炭素数1〜20のポリフルオロアルキル基であり、Q
2は単結合または2価の連結基であり、Mは水素原子、アンモニウム基、置換アンモニウム基またはアルカリ金属原子であり、rは1〜3の整数であり、sは0〜2の整数であり、r+sは3である。2価の連結基としてはOH基で置換されていてもよい炭素数1〜5のアルキレン基が好ましい。
含フッ素リン酸エステルの具体例としては、以下の化合物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
F(CF
2)
m-CH
2CH
2-P(O)(OH)
2
(F(CF
2)
m-CH
2CH
2)
2P(O)(OH)
F(CF
2)
m-CH
2CH(OH)CH
2O-P(O)(OH)
2
(F(CF
2)
m-CH
2CH(OH)CH
2O)
2P(O)(OH)
F(CF
2)
m-CH
2CH
2O-P(O)(OH)
2
(F(CF
2)
m-CH
2CH
2O)
2-P(O)(OH)
上記例示中、添字mは1〜16の整数であり、好ましくは1〜6である。
含フッ素リン酸エステルは、表面処理剤として金属表面を処理する場合に特に好適である。また、離型剤として用いる場合にも特に好適である。
【0037】
本発明の表面処理剤は、上記溶剤に溶解もしくは分散させることが可能で、本発明の目的を損なわず、安定性、性能および外観等に悪影響を与えない範囲であれば上記のような含フッ素化合物以外にも他の溶質を特に制限なく含むことができる。
たとえば、ジメチルメチルシリコーンやポリエチレングリコールアルキルアミンなどが挙げられる。さらに、被膜表面の腐食を防止するためのpH調整剤、防錆剤、表面処理剤を希釈して使用する場合に液中の重合体の濃度管理をする目的や未処理部品との区別をするための染料、染料の安定剤、難燃剤、消泡剤および帯電防止剤等の他の成分が挙げられる。
【0038】
本発明の表面処理剤は、溶質濃度が20質量%以下であることが好ましい。この溶質とは、表面処理剤における溶質全体、すなわち上記含フッ素化合物だけでなく、他の溶質および他の成分も含むことを意味する。
【0039】
本発明の表面処理剤の含フッ素化合物の濃度は、用途によって適宜設定されることが好ましい。防水・防湿コート剤では、1〜20質量%であるのが好ましい。潤滑オイルの染み出し防止剤や電子部品用樹脂付着防止剤では、1〜5質量%であるのが好ましい。はんだ用フラックス這い上がり防止剤では、濃度が0.01〜1質量%であるのが好ましい。離型剤では、0.1〜10質量%であるのが好ましい。
【0040】
上記含フッ素化合物の濃度は、各用途での最終的な濃度であればよい。各用途に供するには高濃度、たとえばはんだ用フラックス這い上がり防止剤である場合の1質量%を超えていてもなんら差し支えなく、希釈等により適宜調整すればよい。また、含フッ素化合物が含フッ素重合体である場合には、重合体を高濃度(固形分濃度)で含む重合溶液をそのまま各用途での好適濃度に希釈して使用することができる。
【0041】
溶質全量中の含フッ素化合物の量は、用途により異なっていても構わない。例えば、防水・防湿コート剤、潤滑オイルの染み出し防止剤、電子部品用樹脂付着防止剤およびはんだ用フラックス這い上がり防止剤では、溶質成分の90質量%以上が含フッ素化合物であることが好ましいが、離型剤では、含フッ素化合物が溶質成分の50質量%以下であっても構わない。
【0042】
本発明の表面処理剤の動粘度は、1.0×10
-5m
2/s未満であることが好ましく、より好ましくは5.0×10
-6m
2/s以下である。これらの動粘度範囲であれば、表面処理剤の作業性が良好である。
【0043】
本発明の表面処理剤は、撥水性、撥油性および撥IPA性等の性能を付与したい部分に塗布して被膜を形成して利用することができる。該被膜は、本発明の表面処理剤から溶剤が除去されて形成されるものであり、主として、本発明の溶質成分からなるものである。被覆方法としては一般的な被覆加工方法が採用できる。例えば浸漬塗布、スプレー塗布、ローラー塗布等の方法がある。
【0044】
本発明の表面処理剤の塗布後は、溶剤の沸点以上の温度で乾燥を行うことが好ましい。無論、被処理部品の材質などにより加熱乾燥が困難な場合には、加熱を回避して乾燥すべきである。なお、熱処理の条件は、塗布する表面処理剤の組成や、塗布面積等に応じて選択すればよい。
【0045】
本発明の表面処理剤は、各種材料の処理に適用可能であるが、中でも精密機器部品や摺動部品(モーター、時計、HDD)、電気部品(電子回路や基板、電子部品等)および各種樹脂製系のモールドの処理に用いるのが好ましい。中でも、本発明の表面処理剤を、はんだ用フラックス這い上がり防止剤、潤滑オイルのにじみ出し防止剤、防水コート剤、防湿コート剤、電子部品用樹脂付着防止剤および離型剤として用いることが好ましい。
【実施例】
【0046】
以下に本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。以下の実施例で使用した化合物は、市場から試薬として入手することができるものまたは既知の合成法によって容易に合成できるものである。また、以下の実施例において、特に断わりのない限り「%」で表示されるものは「質量%」を表すものとする。
【0047】
(合成例1)含フッ素重合体1(C6FMA/HEMA共重合体)の合成
密閉容器に、CH
2=C(CH
3)-COO-CH
2CH
2(CF
2)
6F(C6FMA)を294質量部、CH
2=C(CH
3)-COO-CH
2CH
2OH(HEMA)を6質量部、m−XHFを299質量部および開始剤(ジメチル2,2'−アゾビス(2−メチルプロピオナート,和光純薬工業,V−601)を1質量部、それぞれ仕込み、70℃で18時間反応させた。
反応後の重合溶液に、m-XHFを加えて希釈し、含フッ素重合体濃度20%のm-XHF溶液を得た。
【0048】
(合成例2〜3)
合成例1と同様にして、表1に示す化合物を表1に示す量で用いて、含フッ素重合体2〜3を合成した。各重合体における化合物の仕込み比を含フッ素重合体1とともに表1に示す。
【表1】
【0049】
以下に、溶剤成分として使用した化合物を表2に示す。
【表2】
表中、7300:3M社製ノベック
TM7300
AE3000:旭硝子社製
【0050】
(実施例1〜10)表面処理剤の調製
合成例1で得られた含フッ素重合体溶液を、各所定量の溶剤で重合体濃度0.2%に希釈した。得られた各表面処理剤中の溶剤組成を表3に示す。
【表3】
【0051】
[引火点測定]
実施例4、6〜10の各表面処理剤について、前述の引火点測定を行い、引火性の有無を試験した。結果を表3に示す。ここから、m-XHFを多量に含んでいても、本発明の混合溶剤および表面処理剤は非引火性となることが分かった。
【0052】
(比較例1〜5)表面処理剤の調製
合成例1で得られた含フッ素重合体溶液を、各所定量の溶剤で重合体濃度0.2%に希釈した。得られた各表面処理剤中の溶剤組成を表4に示す。
【表4】
【0053】
[組成変化の測定]
実施例2、4〜7の各表面処理剤を80mLのガラス瓶に約100g採取し、ふたを開けたまま、40℃に設定した乾燥機中に静置させた。定期的に溶剤の揮発量と組成変化を測定した。測定の結果を表5に示す。
【0054】
同様にして、比較例1〜5の40℃での組成変化を測定した。測定の結果を表6に示す。
なお、表中の「B成分比率の推移」は、上段が「B成分比率」、下段が「相対質量」である。この「B成分比率」とは、混合溶剤中の(B)非引火性溶剤成分の質量比率である。また、「相対質量」とは、初期の混合溶剤の質量に対する、測定時の混合溶剤の質量の比率であり、「100×測定時の質量/初期質量」である。
【0055】
表5〜6中の組成変化(B成分比率の推移)をグラフとし、
図1に示す。
表5〜6および
図1に示されるとおり、本発明の表面処理剤は、比較例と比較して、混合溶剤の組成変化が緩やかであった。
【0056】
【表5】
【0057】
【表6】
【0058】
実施例1〜10の表面処理剤について、以下のとおり接触角、動粘度および密度を測定した。結果を表7に示す。
[接触角の測定]
実施例1〜10の各表面処理剤に室温でガラス板を1分間浸漬した後、室温で乾燥させ、各処理剤の被膜を有する各ガラス板を得た。
次に各ガラス板の被膜上に、水、IPAまたはn-ヘキサデカン(n-HD)を滴下し、接触角を測定した。
接触角の測定には、自動接触角計OCA−20[dataphysics社製]を用いた。
[動粘度の測定]
各表面処理剤について、ウベローデ粘度計を用いて、25℃での動粘度を測定した。
[密度測定]
各表面処理剤について、室温でのメスフラスコを用いて体積25mLにおける溶液の重量を測定して密度を算出した。
【0059】
【表7】
【0060】
(実施例11〜13)
合成例1で得られた含フッ素重合体溶液を、溶剤成分(1)/(2)の質量比を80/20とした混合溶剤で表8に記載の濃度に希釈した。得られた表面処理剤11〜13について、実施例1〜10と同様に接触角、動粘度および密度を測定した。結果を表8に示す。
【0061】
【表8】
【0062】
(実施例14〜16)
前記重合体2の溶液を、溶剤成分(1)/(2)の質量比を80/20とした混合溶剤で重合体濃度0.2%に希釈した。これを表面処理剤14とする。
重合体3も同じ条件で希釈したものを表面処理剤15とする。
また、含フッ素リン酸エステルである化合物(P1)と添加剤である化合物(Z1)を含む表面処理剤16を調製した。
各表面処理剤について表9にまとめて示す。
【0063】
【表9】
【0064】
表面処理剤14〜16について、実施例1〜10と同様に接触角、動粘度および密度を測定した。結果を表10に示す。
【表10】
【0065】
以上の結果から、本発明では、広範囲の組成比において、組成がほとんど変化しない混合溶剤を得られる。さらに、非引火性溶剤成分の(2)が極少量であり、引火性である(1)が混合溶剤の大半を占めていても、(1)と(2)の混合溶剤を非引火性とすることもできる。このような特徴は、特異的でありその有用性は非常に高い。さらに、本発明の表面処理剤は、上記のような効果を有するとともに、撥水性、撥油性、撥IPA性が、各種基材の表面処理に十分な性能である。