(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について
図1〜
図6に基づいて説明する。
【0012】
図1に示すように、ヒートポンプシステムは、循環経路10、低温側熱交換器11、高温側熱交換器12、循環ポンプ13を備えている。ヒートポンプシステムは、低温環境および高温環境のような温度勾配が存在する環境下で用いられる。
【0013】
図1では、左側が低温側であり、右側が高温側となっている。循環経路10は、低温側と高温側に跨って配置されている。低温側熱交換器11は循環経路10における低温側に配置され、高温側熱交換器12は循環経路10における高温側に配置されている。
【0014】
本実施形態のヒートポンプシステムは、冬季に用いられる室内暖房装置として構成されている。つまり、外気温が低くなる冬季において、低温側熱交換器11を室外(例えば0℃)に配置し、高温熱交換器12を室内(例えば25℃)に配置することで、室内暖房に用いることができる。
【0015】
循環経路10には、内部に熱媒体が封入されており、熱媒体が低温側熱交換器11と高温側熱交換器12との間を循環可能となっている。本実施形態では、熱媒体としてトリアゾール金属錯体を用いている。トリアゾール金属錯体は、例えばクロロホルム等の有機溶媒に溶解させたものをマイクロカプセルに封入して用いることができる。
【0016】
循環経路10には、トリアゾール金属錯体が封入されたマイクロカプセルを輸送するための輸送用流体も封入されている。輸送用流体としては、エチレングリコール等の不凍液を用いることができる。熱媒体は輸送用流体とともに循環ポンプ13によって送出され、循環経路10を循環する。
【0017】
本実施形態で用いるトリアゾール金属錯体は、下記一般式(1)で表される。
【0019】
ただし、R1はアルキル基であり、R2はアルキレン基であり、これらはエーテル結合を1個有するアルコキシアルキルを構成している。また、Mは金属イオンであり、Xはアニオンである。また、Xが1価のアニオンの場合、nは金属イオンMの価数と等しく、Mが+3価のときは3であり、Mが+2価のときは2であり、Mが+1価のときは1である。Xが2価のアニオンの場合は、Mが+2価のとき、nは1である。以下、単に「トリアゾール金属錯体」と表記する場合は、エーテル結合を1個有するアルコキシアルキルを備えるトリアゾール金属錯体を意味するものとする。
【0020】
一般式(1)のMとしては、全ての金属イオン、金属種として例えばMg,Ca,Sr,Ba,Sc,Y,ランタノイド系,アクチノイド系,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Tc,Re,Fe,Co,Ni,Ru,Rh,Pd,Os,Ir,Pt,Cu,Ag,Au,Zn,Cd,Hg,Al,Ga,In,Tl,Ge,Sn,Pbなどがあげられ、好ましくは遷移金属であり、より好ましくはFe,Co,Cu,Ni又はRuであり、更に好ましくはFe又はCoである。
【0021】
一般式(1)のXとしては、アニオンとして例えば、F
−,Cl
−,Br
−,I
−又はAt
−のハロゲン系やBF
4−,NO
3−,ClO
4−,CH
3COO
−,HCOO
−,H
2PO
4−,HSO
4−,HSO
3−,OH
−,CN
−,SCN
−,CO
32−,SO
42−,SO
32−,S
2O
32−,C
2O
42−,CrO
42−又はHPO
42−などがあげられる。好ましいアニオンはF
−,Cl
−,Br
−,I
−,BF
4−,NO
3−又はClO
4−であり、より好ましくはCl
−又はBr
−であり、更に好ましくはCl
−である。
【0022】
一般式(1)で示されるトリアゾール金属錯体は、特開2007−131673号公報やJ.AM.CHEM.SOC.2004,126,2016-2021,Heat-SetGel-like Networks of Lipophilic Co(II) Triazole Complexes in Organic Media and TheirThermochromic Structural Transitions等の文献にて報告されている。
【0023】
本実施形態のトリアゾール金属錯体は、公知の化合物を用いて公知の製造方法により製造することができる。例えば、上記の文献J.AM.CHEM.SOC.2004,126,2016-2021の中で挙げられている文献(8)(Kimizuka, N. et al. Polymer Preprints Jpn. 2000, 49, 3774、Shibata, T.et al. The 76th CSJ National Meeting; 4F137, Yokohama, 1999)及び文献(9)(Armand,F. et al. Langmuir 1995, 11, 3467)に記載されている製造方法及びこの製造方法を元に当業者の技術常識の範囲内で変更した製造方法により製造することができる。
【0024】
本実施形態では、R1の炭素数を16、R2の炭素数を3、金属MをCo、アニオンXをCl
−とした下記一般式(2)で表されるトリアゾール金属錯体(C
16H
33OC
3H
6Trz)
3CoCl
2を熱媒体として用いた例について説明する。なお、「Trz」はトリアゾールを示している。また、「C
16H
33」は単に「C
16」とも表記し「C
3H
6」は単に「C
3」とも表記する。
【0026】
図2は、トリアゾール金属錯体が溶媒中で架橋してできた構造の予想概念図である。
図3は、トリアゾール金属錯体のクロロホルム溶液の温度による化学構造の変化を示し、
図4は、トリアゾール金属錯体のクロロホルム溶液の温度による状態変化を示している。
図3及び
図4では、(a)が0℃の状態、(b)が25℃の状態を示している。
【0027】
トリアゾール金属錯体は、低温側の6配位(Oh構造)と高温側の4配位(Td構造)とからなる配位構造変化を示すと考えられ、クロロホルム溶液中において、低温環境下(例えば0℃)で溶液状態となり、高温環境下(例えば25℃)でゲル状態となる。つまり、ヒートセット型のゲル形成が行われる。
【0028】
トリアゾール金属錯体は所定温度(例えば25℃)以上に加熱することで、Td錯体のアルキル基が高秩序に配列したラメラ構造が形成されることでナノファイバーのネットワークが形成され、可逆的にゲル状ネットワークが形成される。25℃以上で形成されるナノファイバーのネットワークは、冷却することによってフラグメント化され、ゲル状態から溶液状態となる。一般に、Co(II)の6配位(Oh)構造は、4配位(Td)構造に比べてエンタルピー的に安定であり、低温で好まれる。一方、高温側では、エントロピー的に有利な4配位(Td)構造が形成される。
【0029】
図5は、トリアゾール金属錯体のギブスの自由エネルギーの温度依存性を示している。
図5に示すように、昇温によるトリアゾール金属錯体のゲル形成は発熱を伴う。このため、低温側のOh錯体においてはアルキル鎖が配列できず、全体としては準安定状態にある。そして、25℃付近でTd錯体へ配位構造が変化すると、発熱を伴うアルキル鎖の結晶化が起こり、熱力学的により安定なナノファイバー構造が形成される。このように、分子レベルにおける配位構造の変化がアルキル基の充填状態を変え、それが巨視的な物性・構造変化をもたらしている。
【0030】
トリアゾール金属錯体は、冷却時には液体化に伴って吸熱し、昇温時にはゲル化に伴って発熱するという特性を有している。このため、本実施形態のヒートポンプシステムでは、熱媒体として用いられるトリアゾール金属錯体が、低温の室外に配置された低温側熱交換器11にて外気から熱を吸収し、高温の室内に配置された高温側熱交換器12にて内気に熱を放出する。これにより、室内の暖房を行うことができる。
【0031】
また、上記の文献J.AM.CHEM.SOC.2004,126,2016-2021のSupportingInformationにおいて、10K/hの加熱条件下でトリアゾール金属錯体のヒートセット現象が
で発現することが報告されている。しかしながら、ヒートポンプシステムの熱媒体として用いる場合には、環境温度変化に対する応答速度ができるだけ速いことが望ましい。具体的には、少なくとも数K/minの昇温速度でトリアゾール金属錯体のヒートセット現象が発現することが望ましい。
【0032】
本発明者らは、上記一般式(1)で表されるトリアゾール金属錯体のR1の炭素鎖を長くすることで、環境温度変化に対する応答速度が向上することを見いだした。特にR1の炭素数を16とした上記一般式(2)で表される(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2を用いた場合に、環境温度変化に対する応答速度が顕著に向上する。
【0033】
図6は、示差走査熱量分析(DSC)によって測定した(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2の昇温速度と発熱量との関係を示している。
図6では、破線が基準物質の温度を示し、実線が(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2の温度を示している。また、
図6では、昇温条件を0.1K/min、1.0K/min、5.0K/minの3段階に変化させて測定した。
図6に示すように、(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2は、いずれの昇温条件下においてもヒートセット現象が発現しており、環境温度変化に対する応答速度が速い。
【0034】
以下、(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2の製造方法について説明する。
【0036】
〔3−(ヘキサドデシル)プロパン−1−オールの合成〕
1−ブロモヘキサデカン25.0g(81.9mmol)、1,3−プロパンジオール62.3g(819mmol)、水酸化カリウム18.4g(328mmol)を混合し80℃で5日間加熱攪拌を行った。水150ml、そして、ジクロロメタン100mlを加えて抽出を行い、有機相を回収した。水層にジクロロメタンを更に100ml加えた後再度抽出を2回行った。有機相を無水硫酸ナトリウムで脱水、ろ別後、エバポレーターで減圧濃縮を行った。精製はカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:クロロホルム:メタノール=1:1:0→0:1:0→0:8:2)で行い無色固体を得た。
【0037】
〔1−トシル−3−(ヘキサドデシル)プロパンの合成〕
3−(ヘキサドデシル)プロパン−1−オール12.92g(43.0mmol)、p−トルエンスルホニルクロリド12.3g(65mmol)、トリエチルアミン、8.70g(86mmol)、ジクロロメタン35mlを加え30℃で15時間攪拌した。TLCにて原料のスポットの消失を確認後、水50ml、ジクロロメタン50mlを加え抽出を行い、有機相を回収した。無水硫酸ナトリウムで脱水、エバポレーターで減圧濃縮を行い、無色固体を得た。精製はカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:クロロホルム=5:1→0:1)にて行った。
【0038】
〔1−フタルイミド−3−(ヘキサドデシル)プロパンの合成〕
1−トシル−3−(ヘキサドデシル)プロパン11.2g(25.5mmol)、フタルイミドカリウム9.45g(51.0mmol)、脱水DMF(MSで脱水)50mlを加えて、80℃で12時間攪拌した。TLCにて、原料のスポットの消失を確認後、水100ml、ジクロロメタン100mlを加え抽出を行い、有機相を回収した。無水硫酸ナトリウムで脱水、ろ別後、エバポレーターにて減圧濃縮を行い、無色ワックス状固体を得た。精製はフラッシュカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:クロロホルム=1:5→0:1)で行い、無色固体を得た。
【0039】
〔3−(ヘキサドデシル)プロパン−1−アミンの合成〕
1−フタルイミド−3−(ヘキサドデシル)プロパン9.45g(22.0mmol)にエタノール80ml、2−プロパノール5mlを加え懸濁させた。その後ヒドラジン1水和物6.2g(124mmol)を加え、窒素雰囲気下で1.5時間還流を行った。TLCにて原料のスポットが消失したことを確認した後、水150ml、ジクロロメタン100mlを加えて抽出を行い、有機相を回収した。無水硫酸ナトリウムで脱水後、減圧濃縮を行い、無色ワックス状固体を得た。アミンは酸化しやすいため、精製を行わず、直ちに次の反応に用いた。
【0040】
〔C
16OC
3Trzの合成〕
オルトギサントリエチル55.3g(373mmol)、フォルミルヒドラジン10.2g(170mmol)、蒸留メタノール150mlを加え窒素雰囲気下で4時間還流を行った。その後、3−(ヘキサドデシル)プロパン−1−アミン4.78g(16.0 mmol)をメタノール20mlに懸濁させた溶液を加え、再度窒素雰囲気下で37時間還流した。エバポレーターで減圧濃縮し黄色液体を得た。その後カラムクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=20:1→9:1)にて精製した。回収後の黄色液体に水を加えた所白色沈殿が生じたためろ過により回収した。
【0042】
〔(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2の合成〕
C
16OC
3Trz2.44g(6.94mmol)のメタノール溶液(10ml)に塩化コバルト(II)225mg(1.74mmol)のメタノール溶液(7ml)を滴下した。青色沈殿が生じたため、さらにC
16OC
3−Trz1.00g(6.94mmol)を加えて超音波照射を30分行った所、桃色沈殿に変化した。これを5000r.p.mで遠心分離し、デカンケーションを3回行った。その後減圧乾燥させることで水色固体が得られた。以上によって(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2を得ることができた。
【0043】
以上説明した本実施形態では、冷却時に吸熱し、昇温時に発熱する特性を備えた上記一般式(1)で表されるトリアゾール金属錯体をヒートポンプシステムの熱媒体として用いることで、圧縮機のような機器を用いて外部からエネルギーを投入することなく、吸熱及び発熱を行うことができる。これにより、より少ないエネルギーで熱の移動が可能となるヒートポンプシステムを提供することができる。
【0044】
また、本実施形態では、トリアゾール金属錯体として上記一般式(2)で表される(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2を用いている。(C
16OC
3Trz)
3CoCl
2は環境温度変化に対する応答速度が速いので、昇温温度が速い場合にも発熱を伴うヒートセット現象が発現し、ヒートポンプシステムの熱媒体として好適に用いることができる。
【0045】
(他の実施形態)
以上、本発明の実施例について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各請求項に記載した範囲を逸脱しない限り、各請求項の記載文言に限定されず、当業者がそれらから容易に置き換えられる範囲にも及び、かつ、当業者が通常有する知識に基づく改良を適宜付加することができる。
【0046】
例えば、上記実施形態では、本発明のヒートポンプシステムを室内暖房に用いたが、これに限定されることなく、低温側と高温側とが存在する環境下において、低温側で吸熱し、高温側で放熱する構成であれば他の用途にも用いることができる。
【0047】
また、上記実施形態では、トリアゾール金属錯体をマイクロカプセルに封入して使用した例について説明したが、これに限らず、異なる態様でトリアゾール金属錯体を使用してもよい。