特許第6093675号(P6093675)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6093675-摺動部材用樹脂組成物 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6093675
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】摺動部材用樹脂組成物
(51)【国際特許分類】
   C08L 77/06 20060101AFI20170227BHJP
   C08L 81/02 20060101ALI20170227BHJP
   C08K 9/08 20060101ALI20170227BHJP
   C08K 7/06 20060101ALI20170227BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
   C08L77/06
   C08L81/02
   C08K9/08
   C08K7/06
   F16C33/20 A
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-183096(P2013-183096)
(22)【出願日】2013年9月4日
(65)【公開番号】特開2015-48461(P2015-48461A)
(43)【公開日】2015年3月16日
【審査請求日】2016年5月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000104364
【氏名又は名称】出光ライオンコンポジット株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078732
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 保
(72)【発明者】
【氏名】樋渡 哲也
(72)【発明者】
【氏名】田村 栄治
(72)【発明者】
【氏名】後藤 浩文
(72)【発明者】
【氏名】小坂 亘
【審査官】 内田 靖恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−020618(JP,A)
【文献】 特開2007−176227(JP,A)
【文献】 特開平07−041666(JP,A)
【文献】 特開2011−032356(JP,A)
【文献】 特開昭63−275664(JP,A)
【文献】 特開2010−180947(JP,A)
【文献】 特開2002−363404(JP,A)
【文献】 特開2012−041658(JP,A)
【文献】 特開2001−106904(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 77/06
C08L 81/02
C08K 7/06
C08K 9/08
C08J 5/00
F16C 33/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂 20〜80質量部と(B)ポリアミド66樹脂 80〜20質量部とからなる樹脂成分100質量部に対して、(C)ポリアリーレンサルファイド樹脂 0〜45質量部、及び(D)繊維収束剤がポリアミド系である炭素繊維 5〜85質量部を含有する樹脂組成物。
【請求項2】
前記ポリアリーレンサルファイド樹脂がポリフェニレンサルファイド樹脂である請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
ASTM引張試験片における曲げ歪が3%以上である請求項1又は2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の樹脂組成物からなる成形体。
【請求項5】
転がり摺動用途として用いられる請求項4に記載の成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受、ころ軸受、リニア軸受等の転がり摺動が生じる摺動部材に使用される樹脂組成物およびその成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の寿命は、転がり摺動による転がり疲労摩耗(フレーキング)が大きな要因の一つである。よって、転がり軸受の摺動部材は転がり疲労摩耗に強いことが求められる。その他、摺動部材に求められる要求としては、軸受の組立時の大きな変形に耐えて破損等が生じないこと、即ち優れた靱性を持つことが挙げられる。また、転がり軸受が組み込まれる最終製品の使用環境・条件は年々厳しくなっており、耐熱性、軽量性、生産性(時間、コスト)等も併せて求められてきている。
これら種々の要求がある中で、耐熱要求に対しては、従来から用いられている金属や熱硬化性樹脂で十分である。しかし、これらの材質では軽量性、生産性および耐転がり疲労摩耗性を同時に満たすことは難しい。特に生産性については、摺動部材の形状が複雑な場合は切削等の二次加工を要することが多く、時間とコストが多分にかかる。したがって、耐転がり疲労摩耗性、靱性、耐熱性に優れた熱可塑性樹脂を用いて、射出成形加工により生産することで、軽量性、生産性をも同時に満たすことが可能と言える。
【0003】
耐転がり疲労摩耗性に優れた樹脂としてはポリアミド66樹脂が代表的であり、繊維強化されたコンパウンド品が実際の製品に用いられている。しかし、150℃を超えるような高温環境下において長期連続運転される場合は摩耗が著しく大きく、適用は困難である。
一方、高温度、高面圧環境下での長期間使用に耐える摺動部材として、テレフタル酸単位と1,9−ノナンジアミン単位及び/又は2−メチル−1,8−オクタンジアミン単位からなる半芳香族ポリアミド9T樹脂を用い、充填剤を含有させた転がり摺動部材が知られている(特許文献1)。
したがって、常温および高温環境下において転がり疲労摩耗が少ない樹脂組成物として、耐熱性が高い半芳香族ポリアミド9T樹脂に、耐転がり疲労摩耗に強いポリアミド66樹脂を配合した樹脂組成物が考えられる。
【0004】
しかしながら、本発明者らの検討によると、単に、ポリアミド66樹脂にポリアミド9T樹脂を配合し、たとえばガラス繊維で強化しただけでは、その組成物の成形体は、靱性、耐熱性、機械物性を有しているものの、常温および高温における耐転がり疲労摩耗性について優れているとは言い難いものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許4766649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、優れた靱性、耐熱性を持ち、さらに常温および高温環境下において耐転がり疲労摩耗性に優れる樹脂組成物およびその成形体を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、種々検討した結果、特定の極限粘度のポリアミド9T樹脂とポリアミド66樹脂を特定の質量比でなるポリアミド樹脂組成物に、繊維収束剤がポリアミド系である炭素繊維を特定量含有させ、必要に応じてポリアリーレンサルファイド樹脂を特定量含有させることにより、上記課題を解決した樹脂組成物およびその成形体が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、下記のとおりのものである。
[1](A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂 20〜80質量部と(B)ポリアミド66樹脂 80〜20質量部とからなる樹脂成分100質量部に対して、(C)ポリアリーレンサルファイド樹脂 0〜45質量部、及び(D)繊維収束剤がポリアミド系である炭素繊維 5〜85質量部を含有する樹脂組成物。
[2]前記ポリアリーレンサルファイド樹脂がポリフェニレンサルファイド樹脂である上記[1]に記載の樹脂組成物。
[3]ASTM引張試験片における曲げ歪が3%以上である上記[1]又は[2]に記載の樹脂組成物。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかに記載の樹脂組成物からなる成形体。
[5]転がり摺動用途として用いられる上記[4]に記載の成形体。
【発明の効果】
【0009】
本発明の樹脂組成物は、優れた靱性、耐熱性を持ち、常温および高温環境下において耐転がり疲労摩耗性に優れる。そのため、本発明の樹脂組成物からなる成形体は、各種摺動部材、とりわけ、ベアリング、リニアガイド全般、特にリニアブッシュ保持器等の用途に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の実施例で用いた「転がり疲労摩耗試験機」の概要を模式的に示した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の樹脂組成物は、(A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂 20〜80質量部と(B)ポリアミド66樹脂80〜20質量部とからなる樹脂成分100質量部に対して、(C)ポリアリーレンサルファイド樹脂 0〜45質量部、及び(D)繊維収束剤がポリアミド系である炭素繊維 5〜85質量部を含有する。
【0012】
(A)ポリアミド9T樹脂
本発明に用いられる(A)ポリアミド9T樹脂は、本発明の樹脂組成物に優れた耐転がり疲労摩耗性、特に、高温環境下における優れた耐転がり疲労摩耗性を付与する。
ここで、本発明に用いられる(A)ポリアミド9T樹脂は、濃硫酸中30℃で測定した極限粘度[η]が1.0dl/g以上であることを要し、1.1dl/g以上であることが好ましい。極限粘度[η]が1.0dl/g未満では、常温と高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなる。
【0013】
ポリアミド9T樹脂は、全ジカルボン酸成分の60〜100モル%がテレフタル酸であるジカルボン酸成分と全ジアミン成分の60〜100モル%が1,9−ノナンジアミン及び/又は2−メチル−1,8−オクタンジアミンであるジアミン成分とからなる半芳香族ポリアミド樹脂である。具体的には、ポリノナメチレンテレフタラミド及び/又はポリ2−メチルオクタメチレンテレフタラミドを主成分とする半芳香族ポリアミド樹脂である。
【0014】
ポリアミド9T樹脂のジカルボン酸成分は、テレフタル酸を全ジカルボン酸成分の60〜100モル%含有する。ジカルボン酸成分中のテレフタル酸の含有量としては、好ましくは75〜100モル%、より好ましくは90〜100モル%である。
【0015】
テレフタル酸以外のジカルボン酸成分としては、マロン酸、ジメチルマロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、2−メチルアジピン酸、トリメチルアジピン酸、ピメリン酸、2,2−ジメチルグルタル酸、3,3−ジエチルコハク酸、アゼライン酸、セバシン酸、スベリン酸等の脂肪族ジカルボン酸;1,3−シクロペンタンジカルボン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環式ジカルボン酸;イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、2,7−ナフタレンジカルボン酸、1,4−ナフタレンジカルボン酸、1,4−フェニレンジオキシジ酢酸、1,3−フェニレンジオキシジ酢酸、ジフェン酸、ジ安息香酸、4,4’−オキシジ安息香酸、ジフェニルメタン−4,4’−ジカルボン酸、ジフェニルスルホン−4,4’−ジカルボン酸、4,4’−ビフェニルジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸から誘導される単位を挙げることができ、これらのうち1種または2種以上を用いることができる。
【0016】
ポリアミド9T樹脂のジアミン成分は、1,9−ノナンジアミン及び/又は2−メチル−1,8−オクタンジアミンを全ジアミン成分の60〜100モル%含有する。ジアミン成分中の1,9−ノナンジアミン及び2−メチル−1,8−オクタンジアミンの合計含有量としては、好ましくは70〜100モル%、より好ましくは80〜100モル%である。
1,9−ノナンンジアミン及び2−メチル−1,8−オクタンジアミンを併用する場合には、1,9−ノナンンジアミン:2−メチル−1,8−オクタンジアミンのモル比は、好ましくは30:70〜95:5、より好ましくは40:60〜90:10、更に好ましくは60:40〜90:10である。
【0017】
上記以外のジアミン成分としては、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、1,4−ブタンジアミン、1,6−ヘキサンジアミン、1,8−オクタンジアミン、1,10−デカンジアミン、1,12−ドデカンジアミン、2−メチル−1,5−ペンタンジアミン、3−メチル−1,5−ペンタンジアミン、2,2,4−トリメチル−1,6−ヘキサンジアミン、2,4,4−トリメチル−1,6−ヘキサンジアミン、5−メチル−1,9−ノナンジアミン等の脂肪族ジアミン;シクロヘキサンジアミン、メチルシクロヘキサンジアミン、イソホロンジアミン等の脂環式ジアミン;p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、p−キシリレンジアミン、m−キシリレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル等の芳香族ジアミン、あるいはこれらの任意の混合物を挙げることができる。
【0018】
また、ポリアミド9T樹脂は、その分子鎖の末端が末端封止剤により封止されていることが好ましく、末端基の好ましくは40モル%以上、より好ましくは60モル%以上、更に好ましくは70モル%以上が封止されていることが好ましい。
【0019】
末端封止剤としては、ポリアミド末端のアミノ基又はカルボキシル基と反応性を有する単官能性の化合物であれば特に制限はないが、反応性及び封止末端の安定性等の点から、モノカルボン酸又はモノアミンが好ましく、取扱いの容易さ等の点から、モノカルボン酸がより好ましい。その他、無水フタル酸等の酸無水物、モノイソシアネート、モノ酸ハロゲン化物、モノエステル類、モノアルコール類等も使用できる。
【0020】
末端封止剤として使用されるモノカルボン酸としては、アミノ基との反応性を有するものであれば特に制限はないが、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、カプリル酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、パルチミン酸、ステアリン酸、ピバリン酸、イソブチル酸等の脂肪族モノカルボン酸;シクロヘキサンカルボン酸等の脂環式モノカルボン酸;安息香酸、トルイル酸、α−ナフタレンカルボン酸、β−ナフタレンカルボン酸、メチルナフタレンカルボン酸、フェニル酢酸等の芳香族モノカルボン酸、あるいはこれらの任意の混合物を挙げることができる。これらの内、反応性、封止末端の安定性、価格等の点から、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、カプリル酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、パルチミン酸、ステアリン酸、安息香酸が特に好ましい。
【0021】
末端封止剤として使用されるモノアミンとしては、カルボキシル基との反応性を有するものであれば特に制限はないが、例えば、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、デシルアミン、ステアリルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジブチルアミン等の脂肪族モノアミン;シクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミン等の脂環式モノアミン;アニリン、トルイジン、ジフェニルアミン、ナフチルアミン等の芳香族モノアミン、あるいはこれらの任意の混合物を挙げることができる。これらのうち、反応性、沸点、封止末端の安定性及び価格等の点から、ブチルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、デシルアミン、ステアリルアミン、シクロヘキシルアミン、アニリンが特に好ましい。
【0022】
ポリアミド9T樹脂を製造する際に用いられる末端封止剤の使用量は、最終的に得られるポリアミド樹脂の極限粘度[η]及び末端基の封止率から決定される。具体的な使用量は、用いる末端封止剤の反応性、沸点、反応装置、反応条件等によって変化するが、通常、ジアミンの総モル数に対して0.5〜10モル%の範囲内で使用される。
【0023】
(B)ポリアミド66樹脂
本発明に用いられるポリアミド66樹脂は、アジピン酸と1,6−ヘキサメチレンジアミンからなる脂肪族ポリアミド樹脂であり、本発明の樹脂組成物に耐転がり疲労摩耗性を付与する。
ポリアミド66樹脂は公知の方法で製造することができ、ぎ酸濃度90%における粘度数は、130〜150[ml/g]であることが好ましく、135〜145[ml/g]であることがより好ましい。
【0024】
(C)ポリアリーレンサルファイド樹脂
本発明に必要に応じて用いられる(C)ポリアリーレンサルファイド樹脂は、繰り返し単位が下記一般式(I)で示される重合体であり、本発明の樹脂組成物に高温における転がり摺動の安定性を向上させることができる。
−(Ar−S)− (I)
(式(I)中、Arはアリーレン基、Sは硫黄を示す。)
【0025】
ポリアリーレンサルファイド樹脂の中でも、アリーレン基がフェニレン基であるポリフェニレンサルファイド樹脂を用いることが好ましい。このようなポリフェニレンサルファイド樹脂としては、前記アリーレン基が例えば下記構造式で表されるポリフェニレンサルファイド樹脂が挙げられる。
【0026】
【化1】
【0027】
これらのフェニレン基からなるポリフェニレンサルファイド樹脂は、同一の繰り返し単位からなるホモポリマー、2種以上の異なるフェニレン基からなるコポリマーおよびこれらの混合物のいずれでもよい。
また、前記ポリアリーレンサルファイド樹脂は、本発明の効果を損なわない範囲で、そのポリマー鎖の一部が他のポリマーで置換されていてもよい。このように置換するポリマーとしては、例えば、ポリアミド系ポリマー、ポリエステル系ポリマー、ポリアリーレンエーテル系ポリマー、ポリスチレン系ポリマー、ポリオレフィン系ポリマー、含フッ素ポリマー、ポリオレフィン系エラストマー、ポリアミド系エラストマー、シリコーン系エラストマーなどが挙げられる。
このようなポリアリーレンサルファイド樹脂は、例えば、特公昭45−3368号公報、特公昭52−12240号公報などに記載の方法により製造することができる。なお、前記ポリアリーレンサルファイド樹脂は、空気中で加熱して高分子量化してもよく、また、酸無水物等の化合物を用いて化学修飾してもよい。
【0028】
本発明に必要に応じて用いられるポリアリーレンサルファイド樹脂の300℃における溶融粘度(せん断速度1216/秒)は、100〜1500ポイズであることが好ましく、350〜700ポイズであることがより好ましい。
【0029】
(D)炭素繊維
本発明に用いられる(D)炭素繊維は、本発明の樹脂組成物の力学的特性を向上させるものであり、特に、曲げ強度を向上させる作用を奏する。
本発明において、炭素繊維の繊維収束剤は、マトリクス樹脂との相性の点からポリアミド系を用いる。それ以外の繊維収束剤を用いると、常温および高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなる。炭素繊維は、チョップドファイバーでカット長が6mm、繊維径が6〜7μmのものが望ましい。
炭素繊維と同じ体積分率のガラス繊維で代替した場合、常温と高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなり、使用できない
【0030】
本発明の耐熱性樹脂組成物には、上記の(A)〜(D)成分に加えて、酸化防止剤、核剤、可塑剤、離型剤、難燃剤、顔料、カーボンブラック、帯電防止剤等の任意の添加剤を本発明の効果を阻害しない範囲で配合することができる。
【0031】
たとえば、全体の1質量%程度であれば、コンパウンド中および製品の熱安定性を高める目的で酸化防止剤を添加してもよい。酸化防止剤としては,ペンタエリスリトールテトラキス[3−(3、5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)ブロビオネート](チバ・ジャパン社製、IRGANOX1010)が好適である。
【0032】
本発明の樹脂組成物において、(A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂と(B)ポリアミド66樹脂との合計を100質量部としたとき、(A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂:(B)ポリアミド66樹脂の含有比(質量部)は、20:80〜80:20であり、好ましくは40:60〜80:20、より好ましくは60:40〜80:20である。
極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂が20質量部未満では耐熱性が乏しく、また高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなり、80質量部以上では、常温および高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなる。
【0033】
本発明の耐熱性樹脂組成物において、(A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂と(B)ポリアミド66樹脂とからなるポリアミド樹脂成分100質量部に対して、(C)ポリアリーレンサルファイド樹脂の含有量は、0〜45質量部であり、好ましくは1〜30質量部、より好ましくは1〜10質量部である。
ポリアリーレンサルファイドが45重量部以上では靱性が乏しく、また常温および高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなる。また、ポリアリーレンサルファイドを1重量部以上含むことで、高温における転がり摺動の安定性が改善される。
【0034】
また、本発明の耐熱性樹脂組成物において、(A)極限粘度が1.0dl/g以上であるポリアミド9T樹脂と(B)ポリアミド66樹脂とからなるポリアミド樹脂成分100質量部に対して、(D)繊維収束剤がポリアミド系である炭素繊維の含有量は、5〜85質量部であり、好ましくは10〜50質量部、より好ましくは10〜15質量部である。
当該炭素繊維が5質量部未満では曲げ強さ(強度)が乏しく、また常温および高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなる。当該炭素繊維が85質量部以上では靱性が乏しく、また常温と高温における転がり疲労摩耗が著しく大きくなる。
【0035】
本発明の樹脂組成物の調製方法については特に制限はなく公知の方法により調製することができる。例えば、上記成分を常温で混合した後、溶融混練など様々な方法でブレンドすればよく、その方法は特に制限されない。
混合・混練方法の中でも二軸押出機を用いた溶融混練が好ましく用いられる。二軸押出機を用いた溶融混練においては、310℃以上、340℃未満での混練が好ましい。混練温度を310℃以上とすることにより、原料として融点が最も高いポリアミド9T樹脂が完全に溶融して粘度が高くなりすぎることがないため、生産性が低下することがない。また、340℃未満とすることにより、原料として分解温度が最も低いポリアミド66樹脂の熱分解を最小限に抑えることができる。
【0036】
本発明の樹脂組成物を用いた成形方法についても特に制限はなく、射出成形、押出成形等の公知の成形加工法を用いることが可能である。中でも射出成形加工が好ましく用いられる。
射出成形時の成形温度は、300℃以上、340℃未満が好ましい。成形温度を300℃以上とすることで、溶融混練した樹脂混合物の融点以上のため、流動性が低下することがない。また、340℃未満とすることにより溶融混練した樹脂混合物の分解温度を超えることがなく、熱分解を最小限に抑えることができる。
また金型温度としては、120〜160℃が好ましく、130〜140℃がさらに好ましい。金型温度を130℃以上とすることにより、混合物が十分に結晶化し、本組成物の性能が十分に発揮される。また140℃以下とすることにより、離型時の樹脂の変形を抑えることができる。
【実施例】
【0037】
以下に、実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
なお、以下の実施例および比較例における物性試験、転がり疲労摩耗試験は次のように行った。
【0038】
(1)曲げ強さ(強度)
ASTM D790に準拠して測定した。ASTM D790規定寸法で、厚みは3.2mmに成形した試験片を、温度23±5℃、湿度50±10%にて48時間放置後に試験を実施した。支点のR径は下部2mm、上部5mm、スパンは50mm、試験速度は2mm/minであった。
200MPa以上あれば製品として実用上十分な強度を保有しているといえる。200MPa未満の場合、第1表で「×」を付記した。
【0039】
(2)曲げ歪(靱性)
ASTM D790に準拠して測定した。ASTM D790規定寸法で、厚みは3.2mmに成形した試験片を、温度23±5℃、湿度50±10%にて48時間放置後に試験を実施した。支点のR径は下部2mm、上部5mm、スパンは50mm、試験速度は2mm/minであった。
3%以上あれば製品として実用上十分な靱性を保有しているといえる。3%未満の場合、第1表で「×」を付記した。
【0040】
(3)荷重たわみ温度(耐熱性)
ASTM D648に準拠して測定した。ASTM D648規定寸法で、厚みは3.2mmに成形した試験片を、温度23±5℃、湿度50±10%にて48時間放置後に試験を実施した。負荷1.8MPa、昇温速度120℃/h、ひずみ0.26mm、スパン100mmであった。
220℃以上あれば製品として実用上十分な耐熱性を保有しているといえる。220℃未満の場合、第1表で「×」を付記した。
【0041】
(4)高温雰囲気下および常温雰囲気下における転がり疲労摩耗(耐転がり疲労摩耗性)
本試験は単式スラスト玉軸受の転動体3(ボール)を樹脂成形体1の表面に一定荷重で押し付けながら回転(自転、公転)させ、樹脂成形体1に疲労摩耗を発生させる摺動試験である。
試験機の構成は、非回転側と回転側からなる。非回転側は、円盤状の樹脂成形体1が金属製ホルダ7に固定され、さらにこれが非回転軸6に精度よく取り付けられる。回転側は、回転軸5にレース付き軌道輪2が精度よく固定され、軌道輪2の上に転動体3とそれを保持する保持器4が置かれる。非回転軸6の上側先端はスプリングコイルを介してロードセルに接続される(図省略)。
試験機本体のねじ機構によりロードセル自体が下方へ移動すると、スプリングコイルが圧縮され、その圧縮変位量とバネ定数に見合った荷重が発生し、樹脂成形体1の表面に転動体3が押し付けられる。押し付け荷重はロードセルで検知され、設定の荷重となるようにフィードバックで一定に制御される。この状態で回転軸5を一定の周速で回転させると、連動して転動体3と保持器4が回転(公転)し、転動体3が樹脂成形体1の表面を転がり摺動(自転)する。その際のホルダ7に伝達される摩擦熱は熱電対8により測定される。さらに回転軸5から非回転軸6に伝達されるトルク(転がり抵抗)も検知できる仕組みとなっている(図省略)。転がり疲労により樹脂成形体1の摩耗が進行すると、摩耗した分だけ非回転側が下方へ変位する。その変位量をセンサーで読み取り、摩耗による変位がある一定以上(本検討では15μm以上)になると試験を中止し、それまでの時間の長短(寿命時間)で樹脂材料の耐転がり疲労摩耗性を相対的に比較または合否判定する。
なお、炉9を着脱することで、常温雰囲気下および高温雰囲気下において試験が可能である。
【0042】
試験条件は次のようである。
スラスト方向の押し付け荷重を50N、回転軸6の回転数2970rpm(3.5m/s)、高温雰囲気下での試験温度は150℃、常温雰囲気下での試験温度は室温の23℃とした。転動体3、保持器4、レース付き軌道輪2は日本精工社製単式スラスト玉軸受(型番:51104)より用いた。樹脂成形体の相手材となる転動体3の材質はSUJ2である。
厚み3.0mm、φ50.0mmの円盤状成形品を試験片とし、該試験片を23℃純水に72時間浸漬させた後に常温雰囲気下または高温雰囲気下で試験を実施した。
200時間経過後も摩耗による変位が15μmに到達しない場合は実用上十分な耐疲労摩耗性を有するとし、第1表において「○」で表記し、それ以外は「×」で表記した。
【0043】
上記試験において試験中の摩耗変位の変化が少なく転がり摺動が安定的な場合(摩耗変位波形の振幅が0〜4μm程度)は第1表において転がり摺動の安定性を「○」、多少不安定な挙動が見られる場合(摩耗変位波形の振幅が5〜9μm程度)は転がり摺動の安定性を「△」、変化が大きく不安定な場合(摩耗変位波形の振幅が10μm以上)は転がり摺動の安定性を「×」と表記した。
【0044】
なお、本試験は加速試験の位置づけで独自に考案されたものであり、設定した200時間という値は実用製品に適用した場合の寿命時間とは異なる。
【0045】
実施例1〜7及び比較例1〜8
下記の配合成分を第1表に示す割合でドライブレンドした後、二軸押出機を用いてシリンダー温度320℃で強化繊維(炭素繊維またはガラス繊維)をサイドフィードしながら溶融混練を行い、得られたストランドを水槽で冷却した後、ペレタイザーにより一定幅にカットしてペレットを作成した。
得られたペレットを射出成形により上記の各種試験(1)〜(4)に応じた試験片形状に加工して、試験を実施した。試験結果を第1表に示す。
【0046】
<ポリアミド9T樹脂−1(PA9T−1(極限粘度1.2dl/g))>
テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分と、1,9−ノナンジアミンおよび2−メチル−1,8−オクタンジアミンを主成分とするジアミン成分から得られる半芳香族ポリアミド樹脂(クラレ社製、グレード名「GC72010」)。
【0047】
<ポリアミド9T樹脂−2(PA9T−2(極限粘度0.9dl/g))>
テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分と、1,9−ノナンジアミンおよび2−メチル−1,8−オクタンジアミンを主成分とするジアミン成分から得られる半芳香族ポリアミド樹脂(クラレ社製、グレード名「GC61210」)。
【0048】
<ポリアミド66樹脂(PA66)>
アジピン酸と1,6−ヘキサメチレンジアミンからなる脂肪族ポリアミド樹脂(ローディアジャパン社製、グレード名「27AE1K」)。
【0049】
<ポリフェニレンサルファイド樹脂樹脂(PPS)>
フェニレンと硫黄の繰り返し単位からなる樹脂(DIC社製、グレード名「LR−2G」)。
【0050】
<炭素繊維−1(CF−1(ナイロン系収束剤))>
直径が6〜7μmのPAN系チョップド炭素繊維。ナイロン系の繊維収束剤を使用(三菱レイヨン社製、グレード名「TR06NLB6R」)。
【0051】
<炭素繊維−1(CF−2(ウレタン系収束剤))>
直径が6〜7μmのPAN系チョップド炭素繊維。ウレタン系の繊維収束剤を使用(三菱レイヨン社製、グレード名「TR06ULB6R」)。
【0052】
<ガラス繊維(GF)>
直径が10μmのガラス繊維(オーウェンスコーニング社製、グレード名「CS03 JAFT591」)
【0053】
【表1】



【0054】
以上の実施例及び比較例の結果から次のようなことが確認される。
たとえば、極限粘度が低いポリアミド9T樹脂−2を使用したのでは常温および高温雰囲気下における転がり疲労摩耗が大きく(比較例6)、充填剤として、ガラス繊維を用いたのでは常温および高温雰囲気下における耐転がり疲労摩耗性、転がり摺動の安定性が不良であり(比較例7)、ウレタン系収束剤の炭素繊維を用いたのでは常温および高温雰囲気下における耐転がり疲労摩耗性が不良である(比較例8)。
これに対し、ポリアミド9T樹脂−1、ポリアミド66樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、繊維収束剤がポリアミド系である炭素繊維を請求項1の範囲内で配合することによって、優れた靱性、耐熱性を持ち、常温および高温環境下において転がり疲労摩耗が少ない樹脂組成物が得られる(実施例1〜7)。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の樹脂組成物は、摺動部材用として耐転がり疲労摩耗性、靱性に優れ、特に高温時における摺動特性が優れており、ベアリング、リニアガイド全般、特にリニアブッシュ保持器等の用途に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0056】
1 樹脂成形体
2 軌道輪
3 転動体
4 保持器
5 回転軸
6 非回転軸
7 金属製ホルダ
8 熱電対
9 炉
図1