【実施例1】
【0024】
本発明の実施例1は、殺菌剤に利用する亜塩素酸(HClO
2)を含む水溶液の製造方法である。本製造方法では、塩素酸ナトリウム(NaClO
3)の水溶液に、硫酸(H
2SO
4)又はその水溶液を加えて酸性条件にすることで得られた塩素酸(HClO
3)を、還元反応により亜塩素酸とするために必要な量の過酸化水素を過剰に加えて反応させることにより、亜塩素酸(HClO
2)を生成する。この製造方法の基本的な化学反応は、下記のA式、B式で表わされる。
【0025】
【化1】
【0026】
A式では塩素酸ナトリウム(NaClO
3)水溶液のpH値が2.3〜3.4内に維持できる量及び濃度の硫酸(H
2SO
4)又はその水溶液を加えることで塩素酸を得ると同時にナトリウムイオンを除去することを示している。
【0027】
次いで、B式では、塩素酸(HClO
3)は、過酸化水素(H
2O
2)で還元され、亜塩素酸(HClO
2)が生成されることを示している。このとき、過酸化水素(水)の添加量は、還元反応に必要とされる量と同等、もしくはそれ以上の量が必要となる。それ未満の量にすると二酸化塩素のみが発生してくるからである。
【0028】
【化2】
【0029】
なお、万が一、二酸化塩素が発生した場合、C〜F式の反応を経て、亜塩素酸が生成される。
【0030】
ところで、生成された亜塩素酸(HClO
2)は、複数の亜塩素酸分子同士が互いに分解反応を起したり、塩化物イオン(Cl
−)や次亜塩素酸(HClO)及びその他の還元物の存在により、早期に二酸化塩素ガスや塩素ガスへと分解してしまうという性質を有している。そのため、殺菌剤として有用なものにするためには、亜塩素酸(HClO
2)の状態を長く維持できるように調製する必要がある。
【0031】
そこで、上記実施例1の方法により得られた亜塩素酸(HClO
2)を含む水溶液に無機酸、無機酸塩、有機酸または有機酸塩をいずれか単体、または2種類以上の単体若しくはこれらを併用したものを加えることによって、遷移状態を作り出し、分解反応を遅らせることで長時間にわたって亜塩素酸(HClO
2)を安定的に維持することができる水溶液の製造方法が必要となり、実施例2、実施例3、及び実施例4ではそれを示している。
【実施例4】
【0034】
また、実施例4は、実施例1によって製造された水溶液に、無機酸又は無機酸塩若しくは有機酸又は有機酸塩を単体又は2種類以上の単体で、又はそれらを併用して加えるものである。
【0035】
上記無機酸としては、炭酸、燐酸、ほう酸又は硫酸が挙げられる。また、無機酸塩としては、炭酸塩、水酸化塩のほか、燐酸塩又はホウ酸塩が挙げられ、更に具体的にいえば、炭酸塩は、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、水酸化塩は、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム、燐酸塩は、燐酸水素二ナトリウム、燐酸二水素ナトリウム、燐酸三ナトリウム、燐酸三カリウム、燐酸水素二カリウム、燐酸二水素カリウム、ホウ酸塩は、ホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウムを用いるとよい。さらに、上記有機酸としては、コハク酸、クエン酸、リンゴ酸、酢酸又は乳酸が挙げられる。また、有機酸塩では、コハク酸ナトリウム、コハク酸カリウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、リンゴ酸ナトリウム、リンゴ酸カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、乳酸ナトリウム、乳酸カリウム又は乳酸カルシウムが適している。
【0036】
実施例2、3及び4においては、一時的にNa
++ClO
2− ⇔ Na−ClO
2やK
++ClO
2− ⇔ K−ClO
2やH
++ClO
2− ⇔ H−ClO
2といった遷移の状態が作り出され、亜塩素酸(HClO
2)の二酸化塩素(ClO
2)への進行を遅らせることができる。これにより、亜塩素酸(HClO
2)を長時間維持し、二酸化塩素(ClO
2)の発生が少ない亜塩素酸を含む水溶液を製造することが可能となる。
【0037】
ところで、塩素酸化物はpHの値が小さい(酸性度がつよい)ほど、殺菌力が強いことが認められている。以下の表は、pH値と殺菌力との関係を実験した結果得られたものである。ここでは、使用菌株として、病原性大腸菌(Eschrichia coli O157:H7)を用い、供試塩素酸化物として亜塩素酸ナトリウム(和光純薬工業(株)製80%)を、活性剤としてクエン酸(和光純薬工業(株)製98%)、乳酸(和光純薬工業(株)製85〜92%)、酢酸(和光純薬工業(株)製99.7%)をそれぞれ用いた。そして、亜塩素酸ナトリウム水溶液(0.5g/l)(pH9.8)30mlに、クエン酸、乳酸、酢酸を添加し、そのpHを2.0,3.0,4.0,5.0,6.0,7.0,8.0にそれぞれ調整し、石炭酸係数測定法を用いて、適宜希釈した試験液10mlを試験管に入れ、20±1℃の恒温水槽中で5分間以上保温し、その後同様に保温した菌液1mlを試験管に注入してから2.5,5,10,15分後に白金耳量を取り出し、普通ブイヨン培地に接種し、37℃で48時間培養後、菌の発育を肉眼で観察し、発育が認められたものを(+)、認められないものを(−)とした。
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
【0040】
【表3】
【0041】
上記表からもわかるように、pH7.0以上の亜塩素酸ナトリウム水溶液は15分の作用でも供試菌としたE.coliを殺菌し得なかったが、pHを4.0以下に調整することにより2.5分で、5.0に調整した場合には10分、そして、6.0に調整した場合には15分で殺菌した。このことから、亜塩素酸ナトリウム水溶液の殺菌効力はpHが酸性に傾くほど増強している。また、活性剤の相違による亜塩素酸ナトリウムの殺菌効力に有意差は見られていない。
【0042】
このように、亜塩素酸塩の水溶液は、酸性度が強いほど殺菌力を増すが、例えばpH値が2台の強い酸性度では、殺菌の際、対象食品類のタンパク変性等の弊害を引き起こしてしまうため、食品産業上での利用範囲が限定されてしまうことになる。
【0043】
【化3】
【0044】
上記化学式2は亜塩素酸塩の酸性溶液中の分解を表わしたものであり、亜塩素酸塩水溶液のpHにおける分解率は、そのpHが低くなるほど、すなわち酸が強くなるほど、亜塩素酸塩水溶液の分解率が大きくなる。すなわち、上記式中の反応(a)(b)(c)の絶対速度が増大することになる。例えば、反応(a)の占める割合はpHが低くなるほど小さくなるが、全分解率は大きく変動し、すなわち大となるため、ClO
2(二酸化塩素)の発生量もpHの低下とともに増大する。このため、pH値が低ければ低いほど殺菌や漂白は早まるが、刺激性の有害なClO
2ガスによって作業が困難になったり、人の健康に対しても悪い影響を与えることになる。また、亜塩素酸の二酸化塩素への反応が早く進行し、亜塩素酸は不安定な状態になり、殺菌力を維持できる時間も極めて短い。
【0045】
そこで、亜塩素酸(HClO
2)を含む水溶液に上記無機酸、無機酸塩、有機酸若しくは有機酸塩を加える場合には、二酸化塩素の発生の抑制や殺菌力とのバランスの観点から、pH値を3.2〜7.0の範囲内で調整する。但し、殺菌力に問題がなければ、pH値は前記範囲内でできるだけ高く設定することが望ましい。これにより、亜塩素酸ナトリウム(NaClO
2)への進行を遅らせることができ、亜塩素酸(HClO
2)を長時間維持し、二酸化塩素(ClO
2)の発生が少ない亜塩素酸を含む水溶液を製造することが可能となる。
【0046】
以下、本発明の効果を確かめるために、以下の検体を用いて実験を行った。
まず初めに、実施例1に従って得られた亜塩素酸に、1mol/lの炭酸ナトリウムを添加し、pH5.7としたもの(実施例2に相当)を0.05mol/lのホウ酸ナトリウム/コハク酸( pH5.7)緩衝液に投入して亜塩素酸の含有量として3%にした。すなわち、亜塩素酸を含む水溶液に無機塩の単体を加えた後、無機酸塩と有機酸塩とを併用したものを緩衝液として加えたもの(実施例3に相当)であり、これを検体Aとした。
【0047】
次に、実施例1に従って得られた亜塩素酸に、1mol/lの炭酸ナトリウムを添加し、pH5.7とし、その後、脱イオン水にて亜塩素酸含有量として3%に調整した。すなわち、亜塩素酸を含む水溶液に無機酸塩を加えた(実施例2に相当)ものであり、これを検体Bとした。
【0048】
さらに、亜塩素酸ナトリウム(和光純薬工業(株)製80%品)の水溶液(25.0%)に1mol/Lのクエン酸(和光純薬工業(株)製98%品)溶液を加えて、pH2.6に調整し、脱イオン水にて亜塩素酸含有量として3%に調整した。すなわち、上記ACに相当する従来技術であり、これを検体Cとした。
【0049】
また、実施例1に従って得られた亜塩素酸を0.05mol/lのホウ酸ナトリウム/コハク酸( pH6.8) 緩衝液に投入して最終pHを5.7とし、且つ亜塩素酸の含有量として3%にした。すなわち、亜塩素酸を含む水溶液に無機酸塩と有機酸塩とを併用したものを緩衝液として加えたもの(実施例4に相当)であり、これを検体Dとした。
【0050】
そして、それぞれの亜塩素酸(HClO
2)の安定性をUVスペクトルと含有量を経時的に測定することによって比較した。このときの亜塩素酸(HClO
2)の含有量はいずれも3%となるように設定した。また、UVスペクトルの測定方法は、検体を適宜イオン交換水で希釈し、極大吸収波長における吸光度が1程度となるように調整した分光光度計により測定した。さらに、含有量の測定方法は以下に示したヨード滴定法による測定とした。すなわち、検体をガス洗浄用容器中でエアレーションを行い、本品の二酸化塩素ガスを洗浄除去し、その後、本品約10gを精密に量り取り、水を加えて正確に100mlとし、試料液とする。亜塩素酸(HClO
2)として約0.06gに相当する量の試料を正確に量り、ヨウ素ビンに入れ、硫酸(3→100)12mlを加え、液量が約55mlとなるように水を加えた後、ヨウ化カリウム4gを加え、直ちに密栓をして暗所に15分間放置し、0.1mol/lチオ硫酸ナトリウムで滴定し、式(0.1mol/lチオ硫酸ナトリウム溶液1ml=0.001711g・HClO
2)を用いて溶液中の亜塩素酸の含量を求めた(指示薬デンプン試液)。また、別に空試験を行い補正を行った。試験は暗室にて保存テストを実施し、作成直後、1、2、3、24、48、72、96、120、240、480、720時間後に亜塩素酸含有量、UV測定、pHを測定した。
【0051】
この結果、検体A、B、C、Dともに、検体作成直後は、分光光度計による測定で、波長248〜420nmの間に260nm付近でピークを表す酸性亜塩素酸イオン(H
+ + ClO
2−)を含む吸収部と350nm付近にピ−クを表す二酸化塩素(ClO
2)を含む吸収部を2つ同時に確認できた為、亜塩素酸(HClO
2)の存在を認めることができる(
図1、
図5、
図9、
図13)。なぜならば、下記化学式4に示したように、亜塩素酸(HClO
2)を主体として、二酸化塩素(ClO
2)、および酸性化亜塩素酸イオン(ClO
2−)のサイクル反応が同時に進行しているからである。
【0052】
【化4】
【0053】
しかしながら、検体Cでは、1時間後までは2つのピークがしっかりと確認できるものの(
図10)、24時間後には2つのピークはかろうじて確認できる状態となり(
図11)、その後はほぼ350nmのみの単一ピークになってしまった(
図12)。このことから、亜塩素酸が二酸化塩素へと変化してしまったことがわかる。
【0054】
一方で、検体AとBとDは、30日経過しても260nm付近と350nm付近の2つのピークを有しているということがわかる(
図4、
図8、
図16)。従って、本願発明によって製造された亜塩素酸を含む水溶液は、従来例のものと比べて亜塩素酸がかなり安定しているということができる。
【0055】
このうち、検体Bでは、UV曲線の時間の経過ごとの状況を表す
図5、
図6、
図7、
図8において、10日目、20日目、30日目と経過していくに従って2つのピークが変化してくのが確認できる。一方で、検体AとDは30日経過しても、0日目の2つのピークそのままの状態を保持できているということが分かる(
図1、
図2、
図3、
図4、
図13、
図14、
図15、
図16)。このことから、検体AとDでは、亜塩素酸の成分や亜塩素酸イオンの成分、二酸化塩素、その他の塩素酸化物の成分がほとんど変化していないということがわかり、実施例2(無機酸塩添加)より実施例3(無機酸塩添加+有機酸や有機酸塩)若しくは実施例4(有機酸や有機酸塩)の方が水溶液中の内容物の状態をより保持できているということが分かる。
【0056】
表4は、亜塩素酸の含有量の変化を表している。ここで、ACである検体Cは、作成後2時間でその含有量は半減し、4日目にはほぼ亜塩素酸は消失している。一方で、検体AとBとDとは、30日経過しても亜塩素酸を多く含有している。従って、本願発明によって製造された亜塩素酸を含む水溶液は、従来例のものと比べて亜塩素酸が長時間維持されていることに優位性があることを示している。
【0057】
このうち、検体A、Dでは、ほぼ30日間、0日目の亜塩素酸含有量を保持できているということが分かる。このことから、実施例3と実施例4により製造された亜塩素酸を含む水溶液の方が最も亜塩素酸を長時間安定的に保持する能力を有しているということが分かる。
【0058】
【表4】
【0059】
図17は、検体A、B、C、DのpH値の変化を経時的に表したものである。ここで、検体Bは、作成直後ではpH5.7に調整したが、一度pHは6台にまで上昇し、その後、低下していく傾向にあった。その一方で、検体Aは、0日目のpH5.8を30日経過しても、その状態を維持しており、緩衝力を発揮しているということがわかる。同時に、検体Dも0日目のpH5.7を30日経過しても、その状態を維持しており、緩衝力を発揮しているということがわかる。以上のことから、直接緩衝剤を加えるか、若しくは炭酸ナトリウムで一度pHを調製したあとに他の緩衝剤を加えることにより、よりpHを安定化させることができるということを示している。
【0060】
以上のことから、ACによる亜塩素酸ナトリウム水溶液を単に酸性化することによって得られた水溶液は、急激な二酸化塩素(ClO
2)への反応の加速によって、亜塩素酸(HClO
2)を含む状態が失われてしまっているが、本発明によって得られた水溶液は、pHを一定の範囲で維持させることにより、塩素酸化物の酸化還元反応により過不足する水素イオン量を調節しており、結果として、pHを安定化させることで、遷移状態の亜塩素酸(HClO
2)、つまり、H
+・ClO
2⇔HClO
2の状態を長く存在させ、このことが亜塩素酸水溶液中の分子やイオンのバランスを維持させるために亜塩素酸含有量も保持させることができているということが認められた。 このことから、高い殺菌力を有し、長時間安定化した亜塩素酸(HClO
2)を含む水溶液の製造方法として、本発明は、従来にはない優位性の極めて高い方法であるということがいえる。
【0061】
本発明によれば、高い殺菌力を有する亜塩素酸を長期間安定させることができるので、商品として一般に流通させることが難しかった亜塩素酸を含む水溶液を、流通過程に乗せることが可能となり、殺菌剤として有用な亜塩素酸を社会に普及させることができる。
【0062】
以上、本発明の実施例につき図面や表など参照して詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、特許請求の範囲に記載した構成の範囲内において様々な態様で実施することができる。