特許第6093875号(P6093875)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6093875基材とDLC膜との間に形成される中間層の形成方法、DLC膜形成方法、基材と中間層とから成る中間層形成基材およびDLCコーティング基材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6093875
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】基材とDLC膜との間に形成される中間層の形成方法、DLC膜形成方法、基材と中間層とから成る中間層形成基材およびDLCコーティング基材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20170227BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20170227BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
   C23C14/06 N
   C23C16/27
   C23C14/34 R
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-546678(P2015-546678)
(86)(22)【出願日】2014年11月6日
(86)【国際出願番号】JP2014079495
(87)【国際公開番号】WO2015068776
(87)【国際公開日】20150514
【審査請求日】2015年9月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-230059(P2013-230059)
(32)【優先日】2013年11月6日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100095957
【弁理士】
【氏名又は名称】亀谷 美明
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 元浩
(72)【発明者】
【氏名】松岡 宏之
(72)【発明者】
【氏名】榊原 渉
(72)【発明者】
【氏名】野上 惣一郎
【審査官】 村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−137541(JP,A)
【文献】 特開2003−230411(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/014882(WO,A1)
【文献】 A.A VOEVODIN,Design of a Ti/TiC/DLC functionally gradient coating based on studies of structural transitions in Ti-C thin films,Thin Solid Films,1997年 4月20日,Volume 298, Issues 1-2,Pages 107-115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
C23C 16/27
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材とDLC膜との間に形成される中間層をアンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて形成する中間層形成方法であって、
基材上にTi層を成膜するTi層成膜工程と、
前記Ti層上にTiC層を成膜するTiC層成膜工程とを有し、
前記Ti層成膜工程では、基材が搬入されるチャンバー内にArガスを供給し、成膜圧力を0.4Pa以上、1Pa以下の範囲内の圧力にして前記Ti層を成膜し、
前記TiC層成膜工程では、前記チャンバー内にArガスとCH4ガスを供給し、成膜圧力を0.2Pa以上、0.4Pa未満の範囲内の圧力にして、前記Ti層成膜工程において基材に印加する第1のバイアス電圧よりもバイアス電圧が高く、かつ、−100Vよりバイアス電圧が高い第2のバイアス電圧を基材に印加して前記TiC層を成膜する、中間層形成方法。
【請求項2】
前記Ti層成膜工程と前記TiC層成膜工程との間に、前記Ti層上に傾斜層を成膜する傾斜層成膜工程をさらに有し、
前記傾斜層成膜工程では、前記チャンバー内にArガスとCH4ガスを供給し、
ArガスとCH4ガスの流量比が、前記TiC層成膜工程におけるArガスとCH4ガスとの流量比になるまで、CH4ガスの流量を増加させて前記傾斜層を成膜し、
前記TiC層成膜工程では、前記傾斜層上に前記TiC層を成膜する、請求項1に記載の中間層形成方法。
【請求項3】
前記傾斜層成膜工程では、基材に印加するバイアス電圧を前記第1のバイアス電圧から前記第2のバイアス電圧まで変化させる、請求項2に記載の中間層形成方法。
【請求項4】
前記Ti層成膜工程において、膜厚が0.1〜0.2μmとなるように前記Ti層を成膜する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の中間層形成方法。
【請求項5】
前記TiC層成膜工程において、膜厚が0.4〜0.5μmとなるように前記TiC層を成膜する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の中間層形成方法。
【請求項6】
前記Ti層成膜工程において、前記第1のバイアス電圧を−500V〜−100Vの範囲内の電圧に設定して前記Ti層を成膜する、請求項1〜5のいずれか一項に記載の中間層形成方法。
【請求項7】
前記TiC層成膜工程において、前記第2のバイアス電圧を−100Vより高く、かつ、−30V未満の範囲内の電圧に設定して前記TiC層を成膜する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の中間層形成方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載された中間層形成方法により形成された中間層上に、プラズマCVD法を用いてDLC膜を形成するDLC膜形成方法。
【請求項9】
自動車部品または金型に用いられる鉄系材料から成る基材と、前記基材とDLC膜との間に形成される中間層とから成る中間層形成基材であって、
前記中間層は、
前記基材上に形成されるTi層と、
前記Ti層上に形成されるTiC層とを有し、
前記TiC層の集中法を用いたX線回折により該基材の表面について測定したTiCの(111)結晶面のX線回折ピーク強度ITiC(111)と、Feの(110)結晶面のX線回折ピーク強度IFe(110)について、ITiC(111) / IFe(110)×100で表される強度比が100以上である、中間層形成基材。
【請求項10】
前記Ti層の膜厚が0.1〜0.2μmである、請求項9に記載の中間層形成基材。
【請求項11】
前記TiC層の膜厚が0.4〜0.5μmである、請求項9又は10に記載の中間層形成基材。
【請求項12】
前記Ti層と前記TiC層との間に、Ti層側からTiC層側に向かってC量が増加していくTi−TiC組成傾斜層を有する、請求項9〜11のいずれか一項に記載の中間層形成基材。
【請求項13】
求項9〜12のいずれか一項に記載された中間層形成基材上にDLC膜が形成されたDLCコーティング基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本願は、2013年11月6日に日本国に出願された特願2013−230059号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【0002】
本発明は、基材とDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜との間に形成される中間層の形成方法、その中間層形成方法を用いたDLC膜形成方法基材と中間層とから成る中間層形成基材およびDLCコーティング基材に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、機械部品の硬度の確保や耐摩耗性を向上させる目的で、機械部品にDLC膜をコーティングすることが行われている。また、金型の離型性を向上させるために、金型にDLC膜をコーティングするといったことも行われており、DLC膜の用途は多岐にわたっている。
【0004】
基材の表面にDLC膜を成膜すると、基材とDLC膜との密着性が悪く、DLC膜が剥離しやすくなることは一般に知られている。このため、従来、基材とDLC膜との密着性を向上させる目的で、基材とDLC膜との間に中間層を形成することが行われている。例えば、特許文献1には、中間層としてTi層とTiC層を成膜する方法が開示されている。このように基材とDLC膜との間に中間層を設けることで、基材とDLC膜の密着性を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−203896号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、市場ではさらなる密着性を有するDLC膜の製造が望まれている。例えば、自動車部品にDLC膜を適用する場合、半永久的な密着性が要求される。また、金型の離型性向上のためにDLCコーティングを施す場合、高面圧に耐えられる密着性を有するほど、適用できる使用環境を拡大させることができるため、密着性の向上が求められている。
【0007】
さらに、近年のDLC膜の成膜は、生産性の観点から、成膜速度の速いプラズマCVD法が採用されることがあるが、製法の特性上、従来方法により形成された中間層に対して高い密着性を得ることが困難である。即ち、プラズマCVD法を用いて成膜したDLC膜は、特許文献1で開示されたような方法で形成した中間層との密着性が不十分となり、結果として基材とDLC膜との密着性も不十分となる。このため、基材とDLC膜との密着性をさらに向上させた中間層が必要とされる。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、基材とDLC膜との密着性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は、基材とDLC膜との間に形成される中間層をアンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて形成する中間層形成方法であって、基材上にTi層を成膜するTi層成膜工程と、前記Ti層上にTiC層を成膜するTiC層成膜工程とを有し、前記Ti層成膜工程では、基材が搬入されるチャンバー内にArガスを供給し、成膜圧力を0.4Pa以上、1Pa以下の範囲内の圧力にして前記Ti層を成膜し、前記TiC層成膜工程では、前記チャンバー内にArガスとCH4ガスを供給し、成膜圧力を0.2Pa以上、0.4Pa未満の範囲内の圧力にして、前記Ti層成膜工程において基材に印加する第1のバイアス電圧よりもバイアス電圧が高く、かつ、−100Vよりバイアス電圧が高い第2のバイアス電圧を基材に印加して前記TiC層を成膜することを特徴とする。
【0010】
また、別の観点による本発明として、上記中間層形成方法により形成された中間層上に、プラズマCVD法を用いてDLC膜を形成するDLC膜形成方法が提供される。
【0011】
また、別の観点による本発明は、自動車部品または金型に用いられる鉄系材料から成る基材と、前記基材とDLC膜との間に形成される中間層とから成る中間層形成基材であって、前記中間層は、前記基材上に形成されるTi層と、前記Ti層上に形成されるTiC層とを有し、前記TiC層の集中法を用いたX線回折により該基材の表面について測定したTiCの(111)結晶面のX線回折ピーク強度ITiC(111)と、Feの(110)結晶面のX線回折ピーク強度IFe(110)について、ITiC(111) / IFe(110)×100で表される強度比が100以上であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、基材とDLC膜との密着性を向上させることができる。これにより、DLC膜としての性能を更に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る基材上の膜構造を示す概略図である。
図2】本発明の別の実施形態に係る基材上の膜構造を示す概略図である。
図3】比較例1に係るロックウェル硬さ試験後の圧痕周辺部を示す図である。
図4】比較例2に係るロックウェル硬さ試験後の圧痕周辺部を示す図である。
図5】比較例3に係るロックウェル硬さ試験後の圧痕周辺部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る実施形態について、図1に示すように、基材1の表面に中間層2(Ti層2a、TiC層2b)を形成し、中間層2上にDLC膜3を形成する方法に基づいて説明する。なお、本実施形態においては、PVD法の一例である、いわゆるUBMS(アンバランスドマグネトロンスパッタ)法により中間層2を形成し、プラズマCVD法によりDLC膜3を形成する。UBMS(アンバランスドマグネトロンスパッタ)法は、スパッタカソードの磁場を意図的に非平衡にすることで、基板へのプラズマ照射を強化したスパッタリング方式で、緻密な薄膜の形成が可能となる。また、中間層2とDLC膜3の形成に用いる装置は、中間層2が形成されるチャンバーと同一チャンバー内においてプラズマCVDを行うことが可能なUBMS装置を使用する。当該UBMS装置は、一般に周知のものであるため、本明細書では装置構成の説明を省略する。また、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0015】
まず、UBMS装置のチャンバー内に基材1としてSCM415、SUS310、SKD11等の鉄系材料を搬入する。その後、チャンバー内を真空引きし、例えば2.6×10-3Pa程度まで減圧する。続いて、タングステンフィラメントの加熱によるAr(アルゴン)ボンバードメント処理を施して、基材表面のクリーニングを行う。なお、Arボンバードメント処理の処理条件は、例えばチャンバー内圧力が1.3〜1.4Pa、処理時間が30分、フィラメント放電電圧が40V、フィラメント放電電流が10A、バイアス電圧が300〜400Vである。
【0016】
次に、基材1上にTi層2aを成膜するTi層成膜工程を開始する。初めに、プラズマ生成用ガスとしてチャンバー内にArガスを供給する。このとき、チャンバー内圧力(成膜圧力)が0.4Pa以上、1.0Pa以下の範囲内にある圧力となるようにArガスを供給する。また、Arガスの流量は、チャンバー内圧力がTi層成膜工程中、一定となるように調節される。チャンバー内温度は、200℃以下に調節されている。このチャンバー内温度は、後述するDLC膜3の成膜が終了するまでの間、200℃以下に維持される。
【0017】
その後、ターゲット用パルス電源を作動させると共に、バイアス用パルス電源を作動させて、基材1に−200Vのバイアス電圧(後述する「第1のバイアス電圧」)を印加する。これにより、プラズマ化したArガスがTiターゲットに衝突し、Tiターゲット表面からはじき出されたTiが基材1に到達することで、基材1にTi層2aが形成され始める。このようなTi層2aの成膜処理をTi層2aが所定の膜厚(例えば0.1μm)となるまで行う。Ti層2aがないと、後述するTiC層2bと基材との密着性が取れない。
【0018】
なお、Ti層成膜工程におけるバイアス電圧が−500Vより低いと、基材1にダメージを与えるおそれがある。一方、Ti層成膜工程におけるバイアス電圧が−100Vより高いと、基材1に到達するTiのエネルギーが小さく、膜が緻密にならず平滑になりすぎて密着性が取れないおそれがある。このため、Ti層成膜工程におけるバイアス電圧は、−500〜−100Vであることが好ましい。より好ましくは、−400〜−200Vであり、更に好ましくは−300〜−200Vである。なお、本明細書では、負のバイアス電圧の高低を表現する場合に、0Vにより近い方のバイアス電圧を「バイアス電圧が高い」と表現する。
【0019】
次に、Ti層2a上にTiC層2bを成膜するTiC層成膜工程を開始する。まず、Arガスが供給されているチャンバー内に更にCH4(メタン)ガスを供給する。このとき、ArガスとCH4ガスとの流量比が95:5程度で一定となるようにCH4ガスを供給する。また、チャンバー内圧力(成膜圧力)が0.2Pa以上、0.4Pa未満の範囲内にある圧力となるように各ガスの流量を調節する。チャンバー内圧力は、TiC層成膜工程中、一定となるように調節される。また、基材1に印加するバイアス電圧を−200Vから−50Vに変更する。
【0020】
上記成膜条件とすることにより、Ti層2a上にTiC層2bが形成され始める。このようなTiC層2bの成膜処理をTiC層2bが所定の膜厚(例えば0.45μm)となるまで行う。
【0021】
なお、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧(後述する「第2のバイアス電圧」)が−100V以下であると、形成されるTiC層2bが平滑になりすぎて密着性を十分に確保することができない。このため、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧は、−100Vより高くする必要がある。一方、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧が−30V以上になると、Tiと炭素の混合が進まず、硬度が低くなるおそれがある。このため、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧は、−100Vより高く、かつ、−30V未満とすることが好ましい。更に好ましくは−75〜−50Vである。
【0022】
以上のTi層成膜工程及びTiC層成膜工程により基材1の表面に中間層2が形成される。
【0023】
その後、上記中間層2を形成したチャンバーと同一チャンバー内にDLC膜3の成膜ガスとしてC22(アセチレン)ガスを供給する。そして、従来から周知であるプラズマCVD法により中間層2のTiC層2b上にDLC膜3を成膜する。
【0024】
以上の一連の工程を経て、基材上に中間層2(Ti層2a、TiC層2b)及びDLC膜3が形成される。本実施形態のように、TiC層2bの成膜圧力をTi層2aの成膜圧力よりも低くし、TiC層2bの成膜工程におけるバイアス電圧(第2のバイアス電圧)をTi層2aの成膜工程におけるバイアス電圧(第1のバイアス電圧)よりも高くすれば、後述する実施例で示すように、基材1とDLC膜3の密着性を向上させることができる。これにより、DLC膜3が剥離しにくくなり、DLC膜3としての性能を向上させることが可能となる。
【0025】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0026】
例えば、上記実施形態では、プラズマ生成用ガスとしてArガスを用いたが、これに限定されることはない。また、中間層2の形成にあたっては、Tiターゲットを用いることに限定されない。また、チャンバー内に供給されるガスもCH4ガスやC22ガスに限定されることはない。
【0027】
(傾斜層2cの形成)
また、上記実施形態では、中間層2としてTi層2aとTiC層2bを成膜することとしたが、図2に示すように、Ti層2aとTiC層2bとの間に傾斜層2cを成膜しても良い。傾斜層2cとは、Ti層2a側においてはTiリッチであって、TiC層2b側においてはTi層2a側と比較してC量の多い層のことをいう。後述の実施例で示すように、傾斜層2cを設けることで基材1とDLC膜3の密着性を向上させることができる。
【0028】
ここで、傾斜層2cの成膜工程について説明する。まず、上記実施形態で説明したTi層成膜工程により基材1上にTi層2aを成膜する。その後、Arガスが供給されているチャンバー内にCH4ガスを供給する。流量は、m3(1000L)/分などの容積基準である。このとき、ArガスとCH4ガスとの流量比が100:0から95:5まで徐々に変化するようにCH4ガスの流量を徐々に増加させる。また、基材1に印加するバイアス電圧をTi層成膜工程における−200VからTiC層成膜工程における−50Vまで流量に応じて徐々に高くしていく。なお、ArガスとCH4ガスとの流量比及びバイアス電圧は、傾斜層成膜工程が終了するまでの間、変化し続けるように調節される。例えば、傾斜層成膜工程における処理時間が10分であれば、ArガスとCH4ガスとの流量比を10分間変化させ続け、10分経過時に流量比が95:5となるようにする。バイアス電圧についても同様である。
【0029】
これにより、Ti層2a上には、連続的に組成が変化した傾斜層2cが成膜される。なお、傾斜層成膜工程における成膜圧力は、Ti層成膜工程における圧力と同一であるか、又はTi層成膜工程の成膜圧力よりも低く、且つ、TiC層の成膜圧力よりも高い圧力に設定される。また、バイアス電圧を一定とし、CH4ガスの流量を徐々に増加させた場合であっても、傾斜層2cを形成することはできる。
【0030】
その後、傾斜層2cが所定の膜厚(例えば、0.05μm)形成された後、上記実施形態で説明したTiC層成膜工程により傾斜層2c上にTiC層2bを成膜する。そして、プラズマCVD法により、TiC層2b上にDLC膜3を成膜する。
【実施例】
【0031】
下記の表1に示す条件で、基材上にUBMS法で中間層を形成し、その中間層上にプラズマCVD法でDLC膜を成膜した。そして、このときのDLC膜の密着性の違いについて評価した。DLC膜の評価結果についても表1に示す。
【0032】
本実施例においては、基材として、SCM415を浸炭焼入れ処理し、200℃で焼き戻し処理を行い、表面粗度がRa=0.01μmとなるまで研磨したものを使用した。また、基材の硬さ低下を抑えるために、チャンバー内温度は、Ti層成膜工程の開始からDLC膜成膜工程の終了まで200℃以下となるように調節した。また、ターゲット枚数を1枚とし、ターゲット用パルス電源の出力は6kWとした。また、基材とTiターゲットの距離を約15cm、基板回転数を2rpmの自公転運動、周波数を25kHz、Duty比を75%とした。なお、表1中の「成膜圧力」とは、成膜処理中におけるチャンバー内の圧力のことをいう。
【0033】
また、本実施例では、中間層としてTi層及びTiC層を成膜することとした。なお、実施例3〜8,比較例1〜4においては更に傾斜層も成膜した。各層の成膜時間は、Ti層が15分、傾斜層が7.5分、TiC層が105分である。また、DLC膜は、膜厚が1.8μmとなるように成膜し、膜硬さは微小硬さ試験機(フィッシャーインストルメンツ社製FISCHERSCOPE H100C)を用いてHV1600程度となるように調整を行った。
【0034】
また、DLC膜の密着性の評価は、スクラッチ試験とロックウェル硬さ試験機による圧痕観察を行い、各試料で比較を行った。
【0035】
スクラッチ試験は、試料表面において、ロックウェルCスケール圧子(JIS
Z 2245に準拠:先端の曲率半径0.2mm、円錐角120°のダイヤモンド)を用いて、スクラッチ長さ10mm、スクラッチスピード10mm/min、スクラッチ荷重0〜100Nで実施し、スクラッチ後、付属の顕微鏡観察にて剥離が発生した荷重を記録した。本実施例においては、実用性の観点から、剥離発生荷重が35N以上のものを合格とする。
【0036】
また、ロックウェル硬さ試験機による圧痕は、試料の表面に上記ロックウェルCスケール圧子で初試験力98.07N、全試験力1471Nを負荷して形成した。そして、圧痕周辺部におけるDLC膜の剥離の有無について観察した。本実施例においては、DLC膜の剥離がないものを合格とする。
【0037】
即ち、本実施例においては、スクラッチ試験においてDLC膜の剥離発生荷重が35N以上、かつ、ロックウェル硬さ試験の圧痕周辺部においてDLC膜の剥離が存在しない状態であれば、基材とDLC膜との密着性が向上していると判断される。
【0038】
【表1】
【0039】
表1の実施例1〜8のように、TiC層の成膜圧力をTi層の成膜圧力よりも低くして中間層を形成した場合には、スクラッチ試験及びロックウェル硬さ試験の結果が共に合格基準に達した。
【0040】
一方、比較例1〜3のように、中間層の成膜圧力を常に一定とした場合には、スクラッチ試験の結果が合格基準(剥離発生荷重35N以上)を下回った。また、ロックウェル硬さ試験後の圧痕周辺部には、図3(比較例1)、図4(比較例2)、図5(比較例3)に示すように、DLC膜の剥離が生じてしまい、DLC膜の密着性が良くないことがわかる。
【0041】
次に、実施例1〜3の成膜条件に着目すると、Ti層の成膜圧力が0.4Pa、TiC層の成膜圧力が0.2Paとなっており、成膜圧力は同条件となっている。しかしながら、傾斜層を有する実施例3におけるスクラッチ試験の剥離発生荷重は、傾斜層を有していない実施例1,2の剥離発生荷重より大きくなる結果となった。即ち、中間層として傾斜層を成膜した方がDLC膜の密着性を向上させる効果が大きくなることがわかる。
【0042】
また、比較例1においては、DLC膜の密着性を向上させることができる傾斜層を有するにも関わらず、DLC膜の評価結果は不合格となった。その一方で、傾斜層を有していない実施例1,2におけるDLC膜の評価結果は良好である。即ち、実施例1,2と比較例1を比較すると、Ti層及びTiC層の成膜圧力が一定ではない方が良いことが裏付けられる。
【0043】
次に、実施例3と実施例4の成膜条件に着目すると、実施例3,4は共に傾斜層を有しているが、Ti層の成膜圧力のみが0.4Paと1Paで異なっている。実施例3と実施例4のDLC膜の評価結果を比較すると、実施例3の方がスクラッチ試験における剥離発生荷重が大きくなる結果となった。したがって、Ti層の成膜圧力は、低い方が好ましいことがわかる。
【0044】
加えて、実施例3と実施例4の成膜条件の違いがTi層の成膜圧力のみであること、及び、実施例3と実施例4において共にDLC膜の評価結果が合格基準に達したことに鑑みると、Ti層の成膜圧力が実施例3の0.4Paより高い圧力、且つ、実施例4の1Paより低い圧力、例えば0.7Paであったとしても、DLC膜の評価結果が良好になることは明らかである。
【0045】
また、比較例1のTi層及びTiC層の成膜圧力は、0.4Paで一定であり、この条件下においてはDLC膜の評価結果は不合格となっている。一方で、実施例3においては、Ti層の成膜圧力が0.4Pa、TiC層の成膜圧力が0.2Paとなっており、TiC層の成膜圧力がTi層の成膜圧力よりも小さくなっている。この条件下においてはDLC膜の評価結果は合格となっていることに鑑みると、Ti層とTiC層の成膜圧力は一定ではなく、TiC層の成膜圧力がTi層の成膜圧力よりも少しでも低い方が良いことがわかる。
【0046】
したがって、実施例3,4と比較例1の結果に鑑みれば、Ti層の成膜圧力を0.4Pa以上、1Pa以下の範囲内にある圧力とし、TiC層の成膜圧力を0.2Pa以上、0.4Pa未満の範囲内にある圧力とすれば、DLC膜の密着性を向上させることができると考えられる。
【0047】
しかし、比較例4においては、TiC層の成膜圧力がTi層の成膜圧力よりも低いにも関わらず、DLC膜の密着性の評価は合格基準を下回った。一方で、比較例4と同様に傾斜層を有し、かつ、成膜圧力や各層の膜厚も同一である実施例3,5においては、DLC膜の評価結果が合格基準に達している。ここで、実施例3,5及び比較例4のバイアス電圧に着目すると、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧がそれぞれ異なっている。即ち、比較例4においてDLC膜の密着性が悪くなった理由は、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧が−100Vであったために、形成されるTiC層が平滑になりすぎて密着性が不十分になったためと考えられる。
【0048】
したがって、DLC膜の密着性を向上させるためには、Ti層の成膜圧力を0.4Pa以上、1Pa以下の範囲内にある圧力にすると共に、TiC層の成膜圧力を0.2Pa以上、0.4Pa未満の範囲内にある圧力とし、さらにTiC層成膜工程におけるバイアス電圧を−100Vより高くすることが求められる。
【0049】
次に、実施例3,5,6,8、及び、比較例1,3,4の条件でTiC層を形成した状態において、基材表面についてX線回折装置(リガク社製、RINT2000)を用いた集中法にてX線回折を行った。X線管球はCu管球を使用し、電圧:40kV、電流:20mA、走査角度2θ:20〜80°、スキャンステップ3°/minとした。このときのX線回折(XRD)プロファイルによる2θ:36.3度付近に出現するTiC(111)結晶面のX線回折ピーク強度ITiC(111)と、2θ:44.6度付近に出現するFe(111)結晶面のX線回折ピーク強度IFe(110)について、ITiC(111) / IFe (110)で表される強度比を算出した。その結果を表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
表2に示すように、比較例1,3,4においては、ITiC(111)がIFe(110)よりも小さくなり、TiCとFeの強度比は最大でも58程度であった。一方、実施例3,5,6,8においては、ITiC(111)が比較例1,3,4に比べて大きくなり、TiCとFeの強度比はいずれも100を超えていた。
【0052】
表1に示すDLC膜の密着性評価結果、及び、表2に示すXRD測定の結果を考慮すると、DLC膜の密着性を向上させるためには、ITiC(111) / IFe(110)×100で表される強度比が60以上となるような中間層を形成すれば良いことがわかる。また、より好ましい強度比は80以上であり、更に好ましい強度比は100以上である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、基材のDLC膜コーティングに適用することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 基材
2 中間層
2a Ti層
2b TiC層
2c 傾斜層
3 DLC膜
図1
図2
図3
図4
図5