(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6093985
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】水素分離膜の処理方法及び水素分離方法
(51)【国際特許分類】
B01D 71/02 20060101AFI20170306BHJP
B01D 53/22 20060101ALI20170306BHJP
B01D 65/02 20060101ALI20170306BHJP
C01B 3/56 20060101ALI20170306BHJP
C22C 27/02 20060101ALI20170306BHJP
【FI】
B01D71/02 500
B01D53/22
B01D65/02
C01B3/56 Z
C22C27/02 101Z
C22C27/02 102Z
C22C27/02 103
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-56759(P2014-56759)
(22)【出願日】2014年3月19日
(65)【公開番号】特開2015-178071(P2015-178071A)
(43)【公開日】2015年10月8日
【審査請求日】2015年12月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000220262
【氏名又は名称】東京瓦斯株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(72)【発明者】
【氏名】白木 正浩
(72)【発明者】
【氏名】黒川 英人
(72)【発明者】
【氏名】南部 智憲
(72)【発明者】
【氏名】松本 佳久
(72)【発明者】
【氏名】湯川 宏
【審査官】
岩下 直人
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−314925(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 71/02
B01D 53/22
B01D 65/02
C01B 3/56
C22C 27/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5A族金属又はその合金よりなり、表面にPd又はPd合金の表面層を有しない水素分離膜を酸素含有ガス雰囲気中で加熱し、該水素分離膜の表面に付着した有機物を酸化除去する水素分離膜の処理方法において、
該酸素含有ガス雰囲気中の窒素濃度が0.5モル%以下であることを特徴とする水素分離膜の処理方法。
【請求項2】
請求項1において、前記酸素含有雰囲気は酸素雰囲気であることを特徴とする水素分離膜の処理方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記水素分離膜は、水素分離装置に設置されており、前記酸素含有雰囲気中での加熱処理は、該水素分離装置による水素分離運転に先行して行われることを特徴とする水素分離膜の処理方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項の処理方法によって処理された水素分離膜によって水素含有ガスから水素を分離することを特徴とする水素分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素分離膜の処理方法に係り、特にPd系表面層が設けられていない水素分離膜の表面の有機物を酸化除去する方法に関する。また、本発明は、この水素分離膜、及びそれを用いた水素分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属膜よりなる水素分離膜は、工業用水素の精製等において既に使用されており、また、都市ガス、石油、石炭等の改質ガス、反応ガス中に含まれる水素の分離への適用が期待され、開発が進められている。金属よりなる水素分離膜中への水素の透過現象は、水素の導入ガス側表面での解離および水素分離膜内への固溶、水素分離膜間の拡散、透過側表面での再結合および脱離のプロセスを経て進行する。このため、水素が選択的に透過し、水素透過膜に欠陥がない場合、透過側の水素純度は9N(99.9999999%)以上の超高純度となる。従来、水素の解離、再結合の表面プロセスにおいて、触媒活性を有するPdが必要と考えられており、Pd系合金を分離膜自体として用いるか、非Pd系水素分離膜を用いる場合は、Pdの表面薄膜層(被覆金属膜)が必要と考えられてきた。この表面層は、ベース金属層の水素透過性能を低下させないようにするために、通常は数百nm程度に非常に薄く形成される。
【0003】
Pd系合金に比べ水素透過性能が高く原料コストの安い5A族金属よりなるベース膜の表面にPd表面層をコーティングして作製した分離膜として、特許文献1(特開平11−276866)には、水素透過性能の高い金属ベース膜(Nb、Ta、V又はその合金膜)の両面にPd又はPd合金からなる表面層を設けた水素分離膜が記載されている。
【0004】
特許文献2(WO2012/039283A1)には、W及びMoを含有するV合金膜の両面にPd又はPd合金層を設けた水素分離膜が記載されている。
【0005】
ベース合金層の表面にPd系表面層を設けた非Pd系水素分離膜にあっては、400〜600℃において水素分離を継続すると、ベース合金層の成分と表面層のPdが相互に拡散し、膜の水素透過性能が次第に低下する。また、Pdは高価である。
【0006】
特許文献3(特開2013−215717)には、5A族金属又はその合金よりなり、表面にPd又はPd合金の表面層を有しない水素分離膜が記載されている。また、この特許文献3の0021段落には、水素分離膜を空気雰囲気中で加熱処理して水素分離膜に付着した有機物を酸化除去することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−276866
【特許文献2】WO2012/039283A1
【特許文献3】特開2013−215717
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、水素透過速度が大きく、Pd又はPd合金の表面層を有しない水素分離膜及びその処理方法と、この水素分離膜を用いた水素分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の水素分離膜の処理方法は、5A族金属又はその合金よりなり、表面にPd又はPd合金の表面層を有しない水素分離膜を酸素含有ガス雰囲気中で加熱し、該水素分離膜の表面に付着した有機物を酸化除去する水素分離膜の処理方法において、該酸素含有ガス雰囲気中の窒素濃度が0.5モル%以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明の一態様では、前記水素分離膜は、水素分離装置に設置されており、前記酸素含有雰囲気中での加熱処理は、該水素分離装置による水素分離運転に先行して行われる。
【0011】
本発明の水素分離方法は、本発明の処理方法によって処理された水素分離膜によって水素含有ガスから水素を分離することを特徴とする。
【0012】
本発明の水素分離膜は、5A族金属又はその合金よりなり、表面にPd又はPd合金の表面層を有しない水素分離膜であって、実質的に窒素を含有しないことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の水素分離膜の処理方法では、5A族金属又はその合金よりなり、表面にPd又はPd合金の表面層を有しない水素分離膜を窒素濃度0.5モル%以下の酸素含有雰囲気、好ましくは酸素雰囲気中で加熱処理して有機物を酸化除去する。このように、窒素濃度の低い酸素含有雰囲気中で水素分離膜を処理すると、水素分離膜表面付近に窒化物を生成させることなく有機物が酸化除去される。このように、窒化物が形成されることなく有機物が酸化除去された水素分離膜は、窒化物が生成した水素分離膜に比べて水素透過速度が大きいことが認められた。
【0014】
本発明の水素分離膜では、5A族金属膜表面にPd又はPd合金表面層を設けない為、以下の効果が得られる。
(1) 高価なPdの使用量削減およびPd表面層の成膜プロセスを省くことによる水素分離膜の製造コスト低減が可能である。
(2) Pdとベース合金層の成分の相互拡散が生じないため、高い水素分離性能を有する5A族金属膜の水素分離性能の低下が生じず、耐久性の向上が実現可能である。
(3) 水素透過性能を向上させるために膜の薄膜化が必要であるが、Pd系表面層を有する水素分離膜に比べ、加工性が向上し、膜を支える多孔質支持体への成膜も容易となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0017】
本発明の水素分離膜は、5A族金属又はその合金よりなり、表面にPd又はPd合金の表面層を有しない。
【0018】
5A族の金属としては、V、Nb、Taが好適であり、合金としては、Nb合金、V合金、Ta合金などのいずれでもよい。合金は5A族金属同士の合金であってもよく、5A族の少なくとも1種と、5A族以外のW、Mo、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Re、Os、Ir、Pt、Ti、Zr、Hf、Alなどの少なくとも1種よりなる合金元素との合金であってもよい。5A族以外の合金元素の含有率は30モル%以下、特に15モル%以下が好ましい。
【0019】
上記5A族金属又はその合金膜は、上記5A族金属又はその合金を溶製し、これを好ましくは厚さ1〜600μm特に好ましくは50〜200μmに圧延して製造することができる。なお、薄膜化には圧延以外の手段を採用してもよい。また、本発明の水素分離膜は、スパッタリング、CVD、めっきなどの成膜方法によって通気性の支持材料の表面に厚さ1〜100μm、特に1〜20μm程度に形成されたものであってもよい。
【0020】
本発明の水素分離膜には、表面にPd又はPd系合金の表面層が設けられていない。この水素分離膜は、5A族金属又はその合金よりなるものであるが、次に説明する酸素含有ガス雰囲気中での加熱処理により、水素分離膜表面に、厚さ1000〜1500nm程度の5A族金属の酸化物層が形成される。
【0021】
水素分離膜の表面に付着した有機物を酸化除去するために、この水素分離膜を好ましくは100℃以上特に好ましくは200℃以上で、好ましくは800℃以下特に好ましくは600℃以下の、窒素濃度0.5モル%以下の酸素含有ガス雰囲気中で加熱処理して有機物を酸化除去する。この酸素含有ガスとしては酸素ガスが好適であるが、酸素富化空気であってもよく、酸素に対しヘリウム等の希ガスを添加したガスであってもよい。
【0022】
このように、酸素含有ガス雰囲気中で水素分離膜を加熱処理することにより、水素分離膜表面に付着していた有機物が酸化除去される。本発明では、この酸素含有ガス中の窒素濃度が低いか又は窒素が含有されないため、水素分離膜中に窒化物が全く又は殆ど生成しない。恐らくはこのように窒化物が生成しないことにより、水素分離膜の水素透過速度が高いものとなる。
【0023】
上記の加熱処理温度が100℃よりも低いと、有機物の酸化処理が不十分になるおそれがある。加熱処理温度が800℃よりも高いと、水素分離膜表面の酸化物層の厚さが過度に大きくなり易い。酸素含有ガスと水素分離膜との接触時間は数秒〜10秒程度で効果があり、長くなればなるほど酸化物層の厚さが過度に大きくなりやすい。
【0024】
水素分離膜を備えた水素分離装置としては、水素分離膜がハウジング、ケーシング又はベッセル等と称される容器内に設置され、水素分離膜で隔てられた1次室と2次室とを有し、必要に応じさらに加熱手段を有するものであれば、特にその構成は限定されない。膜の形態としても、平膜型、円筒型などのいずれの形態であってもよい。水素分離膜は、多孔質の支持体や表面に溝を設けた支持板の上に重ね合わされてもよく、多孔質体の表面に成膜されたものであってもよい。多孔質体としては、金属材、セラミック材などのいずれでもよい。
【0025】
水素分離装置の運転開始に際し、該水素分離装置の昇温後、原料水素ガスを供給する前に該水素分離装置内に窒素濃度0.5モル%以下の酸素含有ガスを導入し、膜表面の付着有機物を酸化除去するのが好ましい。
【0026】
水素分離装置の運転温度(具体的には1次側のガス温度)は、膜の組成にもよるが、通常は300〜700℃特に400〜600℃程度とされる。
【0027】
本発明は、2N(99%)〜7N(99.99999%)程度の水素ガスを透過処理して7N超、特に9N(99.9999999%)以上の超高純度の水素ガスを製造するのに好適である。このような超高純度の水素ガスは半導体製造工程等に用いるのに好適である。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、各種の水素含有ガスから水素を分離する目的で用いることができる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例及び比較例について説明する。
【0029】
〔実施例1〕
純Vを圧延して厚さ202μm、直径12mmの水素分離膜を製造した。この水素分離膜を水素透過速度測定装置に設置し、次の手順に従って加熱処理した後、水素透過速度を測定した。
[加熱処理方法]
(1) 真空排気をしながら、室温から550℃まで30分で加熱する。
(2) 酸素ガスボンベから酸素(酸素純度99.5%)を大気圧まで導入する。
(3) 直ちに真空排気する。
(4) 5分後、再度酸素を大気圧まで導入した後、真空排気する。
(5) 5分後、水素を0.4MPaまで導入する。
(6) 5分後、真空排気する。
(7) 5分後、再度水素を0.4MPaまで導入する。
(8) 5分後、真空排気する。
その後、以下の条件にて水素透過速度測定試験を行う。
【0030】
この水素透過速度測定に際しては、上記(8)の通り水素分離膜を真空下で550℃に昇温した状態で、プロセス側圧力(Inlet圧力)200kPa、水素透過側圧力(Outlet圧力)100kPaにて水素ガスをプロセス側に供給し、水素透過側へ透過する水素の流量(水素透過速度)を測定した。結果を
図1に示す。また、この加熱処理後の水素分離膜の表面をオージェ電子分光にて分析した組成を
図2に示す。
【0031】
〔比較例1〕
水素分離膜を加熱処理する際の上記工程(2)、(4)において、酸素ガスの代りに空気を導入するようにしたこと以外は実施例1と同様にして、純Vよりなる水素分離膜表面の有機物を酸化除去した後、水素透過速度を測定した。結果を
図1に示す。また、この水素分離膜の表面をオージェ電子分光にて分析した組成を
図3に示す。
【0032】
〔比較例2〕
水素分離膜を加熱処理することなく水素透過速度を測定した。結果を
図1に示す。また、この水素分離膜の表面をオージェ電子分光にて分析した組成を
図4に示す。
【0033】
〔考察〕
図1,3,4から明らかな通り、Pd系触媒層を有しない5A族金属又はその合金よりなる水素分離膜を酸素ガス雰囲気中で加熱処理した場合、空気雰囲気中で加熱処理した場合や加熱処理なしの場合に比べて、水素透過速度が著しく高くなる。
【0034】
図2の通り、酸素ガス雰囲気中で加熱処理した場合、水素分離膜表面に1000nm程度の厚さの酸化物層が形成されるが、窒化物は全く形成されない。