【実施例】
【0048】
[実施例1(V−Fe系)]
〈スモールパンチ試験装置によるV膜及びV−Fe合金膜についての試験〉
スモールパンチ試験装置を使用して、
サンプル1:V膜、
サンプル2:V−2.5モル%Fe合金膜(VとFeとの合計量中、Feが2.5モル%のV−Fe合金膜。以下、同様)
サンプル3:V−5.0モル%Fe合金膜、
サンプル4:V−7.5モル%Fe合金膜、
サンプル5:V−10.0モル%Fe合金膜
の各試験片について試験した。これらのサンプルは、いずれも、アーク溶解法により合金塊を溶製し、次いでこの合金塊に切削加工及び研磨加工を施して製造した縦横の長さ10mm、厚さ0.5mm(体積:10mm×10mm×0.5mm=50mm
3)の試験片である。
【0049】
各試験片について、200℃〜600℃の温度において、PCT(圧力−固溶水素量−温度)測定装置により、0.5×10
−3〜5MPaを超える範囲まで各水素圧力Pと固溶水素量c(H/M)との間の関係を把握した上で、上記スモールパンチ試験装置を用い、荷重−変位を測定した。
【0050】
スモールパンチ試験では、一次側閉空間Yと二次側閉空間Zは同一の水素圧力とした。
【0051】
スモールパンチ試験による水素脆性の定量評価は、以下の(1)〜(3)のようにして行った。
【0052】
(1) 試験片について、温度及び水素圧力を500℃及び0.01MPaとし、この雰囲気に1時間保持した後、当該試験片に球25により押圧力をかけながら試験片を変形させ、そのときの荷重と鋼球25の移動量を試験片が破壊するまで記録を続け、“荷重−変位”曲線を作成する。
【0053】
(2) 当該試験片の固溶水素量〔H/M(H/Mは水素原子と金属原子の原子比)〕は、当該試験の温度500℃(≒773K)におけるPCT曲線に基づいて、当該試験で加えた水素圧力から見積もった。
【0054】
(3) “荷重−変位”曲線から、膜試料が破壊に至るまでのスモールパンチ吸収エネルギーを求めた。ここで、スモールパンチ吸収エネルギーとは、試験片の変形開始から破壊に至るまでに要した仕事量に対応(相当)している。パンチャー24により鋼球もしくは窒化珪素製の球25を押し下げた圧力、つまり荷重(MPa)を変位量に対して積分する(即ち、荷重−変位曲線の下側の面積を計算する)ことによりスモールパンチ吸収エネルギーを算出する。
【0055】
〈スモールパンチ試験結果〉
スモールパンチ試験結果から、V膜及びV−Fe合金膜はH/Mが0.22以下であると延性を有しており、H/Mが0.22超であると脆性を有するようになることが認められた。しかしながら、前述の通り、H/Mが0.22を超えても0.30以下であれば、膜に応力が発生するような伸縮を加えなければ、膜は破損しない。
【0056】
〈PCT測定装置による測定結果〉
PCT(圧力−固溶水素量−温度)測定装置による測定結果の例として、前記サンプル1(純V)について、200、250、300、350、400、450、500、550及び600℃(873K)の各温度における固溶水素量cと水素圧力Pを測定した。また、Fe=2.5、5.0、7.5又は10モル%のV−Fe合金よりなるサンプルについて400、450及び500℃の各温度における固溶水素量cと水素圧力Pを測定した。結果を
図35〜39に示す。
【0057】
ここで、PCT測定装置は、JIS H 7201(2007)に従ったものであり、ある温度Tにおいて、物質が水素を吸蔵、放出するときの特性(圧力P、固溶水素量c)を測定する装置である。
【0058】
前記手段(ii)の通り、各PCT曲線について、水素分圧Pを固溶水素比c(c=H/M)の関数としてフィッティングした上でcに所定値(0.05〜0.30の間から選択された値。通常はc=0.30とすればよい。)を代入し、各温度、合金元素の各添加量における使用可能最高水素分圧P
DBTCを求めた。
図6は合金組成(Fe含有率x
Fe)をパラメータとした水素分離膜の脆化開始水素分圧P
DBTC−温度逆数1/Tのグラフである。
【0059】
図6より読み取った値を前記(1)式に代入することにより、(1)式中の定数A〜Dを求めたところ、次の通りであった。
A=−8063(K
−1)
B=39123(K
−1)
C=9.56
D=−25.10
【0060】
図7は、(1)式により算出された、合金組成(Fe含有率x
Fe)をパラメータとした水素分離膜の脆化開始水素分圧P
DBTC−温度逆数1/Tのグラフである。x
Feは、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10モル%としてある。
図8は温度をパラメータとしたP
DBTC−x
Feのグラフである。
図9は圧力P
DBTCをパラメータとしたx
Fe−1/Tのグラフである。
【0061】
膜の合金組成(Fe含有率)が決まっているときには、
図7において使用温度から、最大使用圧力P
DBTCが求まる。その圧力以下で水素分離装置を運転すれば、膜を脆化させずに運転を継続することができる。また、逆に圧力を決定すれば、水素分離装置の運転温度の下限を決定することができる。
【0062】
使用温度が決まっているときには、
図8において合金組成(Fe含有率)を決定すれば、最大使用圧力P
DBTCが求まる。そして、その圧力以下で水素分離装置を運転すれば、水素分離膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に圧力を決定すれば、水素分離膜の最低限必要なFe量を決定することができる。
【0063】
使用圧力が決まっているときには、
図9において使用温度を決定すれば、水素分離膜の最低限必要なFe量を求めることができる。Fe含有量がそれ以上の膜を使用すれば、膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に組成を決定すれば、使用温度を決定することができる。
図9中のパラメータ(圧力)0.05〜1.0の単位はMPaである。
【0064】
図10は、H/M=0.30において、P
DBTCをZ軸、Fe含有率をX軸、1/TをY軸とした3次元座標を示している。
図10中のドットを付した面よりも下側の条件で水素分離装置を運転すれば、膜を脆化させることなく運転を継続できる。また、該面になるべく近い条件で運転すれば、水素透過性能が向上する。
【0065】
なお、当然ながら、
図10においてFe含有率X=1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10モル%にて該面を切断し、各Fe含有率をパラメータとしてP
DBTC−1/Tプロットしたものが
図7である。同様に
図8は200、250、300、350、400、450、500、550又は600℃にて該面を切断したときのP
DBTC−Fe含有率のグラフであり、
図9は0.5、1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10atmにて該面を切断したときのFe含有率−1/Tのグラフである。
【0066】
図8より、例えばV−5モル%Fe合金膜の450℃における、脆化開始水素分圧P
DBTCは0.9MPaであることが分かる。従って、V−5モル%Fe水素分離膜を有する水素分離装置を450℃で運転する場合は、水素分圧を0.9MPa以下で運転すればV−Fe合金膜の脆化は防止されることが分る。
【0067】
また、
図9より、例えば温度T=400℃、水素分圧P=1MPaで装置を運転するときには、Fe含有率が7.3モル%以上のV−Fe合金膜を用いれば、膜は脆化しないことが分る。
【0068】
[実施例2〜7]
V−Cr系(実施例2、Cr=4又は8モル%)、V−Mo系(実施例3、Mo=5又は10モル%)、V−W系(実施例4、W=5モル%)、V−Co系(実施例5、V=5モル%)、V−Al系(実施例6、Al=5.5、9.2又は15.8モル%)及びV−Ru系(実施例7、Ru=5モル%)の合金サンプルについて実施例1と同様の測定を行い、結果を
図11〜14(実施例2)、
図15〜18(実施例3)、
図19〜22(実施例4)、
図23〜26(実施例5)、
図27〜30(実施例6)及び
図31〜34(実施例7)にそれぞれ示した。
【0069】
図11,15,19,23,27,31は合金組成(Cr,Mo,W,Co,Al又はRu含有率)をパラメータとした水素分離膜の脆化開始水素分圧P
DBTC−温度逆数1/Tのグラフである。
【0070】
図11,15,19,23,27,31より読み取った値を前記(1)式に代入することにより、(1)式中の定数B,Dを求めたところ、表1の通りであった。A,Cは前述の通りA=−8063(K
−1),C=9.56である。
図40〜49はこれらの各合金のPCT曲線を示す。
【0071】
【表1】
【0072】
図12,16,20,24,28,32は温度をパラメータとしたP
DBTC−合金元素含有率のグラフである。
図13,17,21,25,29,33は圧力P
DBTCをパラメータとした合金元素含有率−1/Tのグラフである。
【0073】
膜の合金組成(合金元素含有率)が決まっているときには、
図11,15,19,23,27又は31において使用温度から、最大使用圧力P
DBTCが求まる。その圧力以下で水素分離装置を運転すれば膜を脆化せずに運転を継続することができる。また、逆に圧力が決定すれば、水素分離装置の運転温度の下限を決定することができる。
【0074】
使用温度が決まっているときには、
図12,16,20,24,28又は32において合金組成(合金元素含有率)を決定すれば、最大使用圧力P
DBTCが求まる。そして、その圧力以下で水素分離装置を運転すれば、水素分離膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に圧力を決定すれば、水素分離膜の最低限必要な合金元素含有率を決定することができる。
【0075】
使用圧力が決まっているときには、
図13,17,21,25,29又は33において使用温度を決定すれば、水素分離膜の最低限必要な合金元素含有率を求めることができる。合金元素含有率がそれ以上の膜を使用すれば、膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に組成を決定すれば、使用温度を決定することができる。
【0076】
図14,18,22,26,30,34は、H/M=0.30において、P
DBTCをZ軸、合金元素含有率をX軸、1/TをY軸とした3次元座標を示している。各図のドットを付した面よりも下側の条件で水素分離装置を運転すれば、膜を脆化させることなく運転を継続できる。また、該面になるべく近い条件で運転すれば、水素透過性能が向上する。
【0077】
このように、本発明によると、V−M合金膜を用いた水素分離装置において、V−M合金膜が脆化しない範囲となる運転条件範囲を設定することができる。そして、この範囲において、なるべく高い水素分圧及びなるべく高い温度を設定することにより、効率よく水素を分離することができる。