特許第6093987号(P6093987)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6093987
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】水素分離装置の運転条件設定方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 53/22 20060101AFI20170306BHJP
   B01D 71/02 20060101ALI20170306BHJP
   C01B 3/56 20060101ALI20170306BHJP
   C22C 27/02 20060101ALI20170306BHJP
【FI】
   B01D53/22
   B01D71/02 500
   C01B3/56 Z
   C22C27/02 101Z
【請求項の数】6
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2014-61961(P2014-61961)
(22)【出願日】2014年3月25日
(65)【公開番号】特開2015-182029(P2015-182029A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2015年12月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000220262
【氏名又は名称】東京瓦斯株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(72)【発明者】
【氏名】白木 正浩
(72)【発明者】
【氏名】黒川 英人
(72)【発明者】
【氏名】湯川 宏
(72)【発明者】
【氏名】南部 智憲
(72)【発明者】
【氏名】松本 佳久
【審査官】 岩下 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−056485(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 71/02
C01B 3/56
C22C 27/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
V−M系合金膜よりなる水素分離装置の運転条件を設定する方法であって、純V膜およびV−M系合金膜よりなる群から選ばれた2種以上の膜について複数温度にてPCT曲線を求めると共に、固溶水素比H/Mを求め、H/Mが所定値を超えないものとなる、温度、1次側水素分圧及びM含有率の範囲を求め、水素分離装置の運転温度、水素分圧及びM含有率の各条件をこの範囲に設定することを特徴とする水素分離装置の運転条件設定方法。
【請求項2】
請求項1において、前記H/Mの所定値は0.05〜0.30の間から選択された値であることを特徴とする水素分離装置の運転条件設定方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、温度をT(K)、1次側水素分圧をP(MPa)、M含有率をx(モル分率)とした場合、次の(i)〜(vi)の手順に従って、次式(1)の定数A、B、C、Dを設定し、(1)式にT,P,xのいずれか2つを代入して残りの1つの変数の値を算出し、算出された温度以上、1次側水素分圧以下及びM含有率以上の条件を設定することを特徴とする水素分離装置の運転条件設定方法。
【数1】
(i) 純V膜、合金元素(M)添加V膜(添加量x)について、温度を変化させた複数のPCT曲線を測定する。
(ii) 各PCT曲線について、水素分圧Pを固溶水素比c(c=H/M)の関数としてフィッティングした上でcに前記所定値(通常はc=0.30とすればよい。)を代入し、各温度、各合金元素添加量における使用可能最高水素分圧PDBTCを求める。
(iii) lnPDBTCと1/Tをプロットし、添加量x毎の傾きf(x)を求める。
(iv) f(x)とxをプロットし、そのy切片をA、傾きをBとする。
(v) 上記(iii)の図から、添加量x毎のy切片g(x)を求める。
(vi) g(x)とxをプロットし、そのy切片をC、傾きをDとする。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、M含有率は、当該V−M合金がBCC単相となる範囲であることを特徴とする水素分離装置の運転条件設定方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、温度が0〜600℃の範囲であることを特徴とする水素分離装置の運転条件設定方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、MはCr、Mo、Al、Co、W、Ru及びFeの少なくとも1種であることを特徴とする水素分離装置の運転条件設定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素分離装置の運転条件設定方法に係り、特にV−M系合金よりなる水素分離膜を用いた水素分離装置の運転条件設定方法に関する。また、本発明は、この運転条件で運転される水素分離装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属膜よりなる水素分離膜は、工業用水素の精製等において既に使用されており、また、都市ガス、石油、石炭等の改質ガス、反応ガス中に含まれる水素の分離への適用が期待され、開発が進められている。金属よりなる水素分離膜中への水素の透過現象は、水素の導入ガス側表面での解離および水素分離膜内への固溶、水素分離膜内の拡散、透過側表面での再結合および脱離のプロセスを経て進行する。このため、水素が選択的に透過し、水素透過膜に欠陥がない場合、透過側の水素純度は9N(99.9999999%)以上の超高純度となる。
【0003】
従来、水素分離膜としては主にPd合金膜が用いられているが、Pd系合金に比べ水素透過性能が高く原料コストの安い5A族金属よりなるV−M(Mは添加元素)系水素分離膜が特許文献1,2に記載されている。
【0004】
特許文献2には、V−W系水素分離膜が記載されている。また、特許文献2には、このV−W系水素分離膜は、固溶水素比(H/M)が0.2以下では延性を有し、0.2を超えると脆性を示すようになることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−276866
【特許文献2】特開2011−56485
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、V−M系合金膜が脆性を示さない範囲で効率よく水素分離運転することができる水素分離装置の運転条件設定方法と、この運転条件で運転される水素分離装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の水素分離装置の運転条件設定方法は、V−M系合金膜よりなる水素分離装置の運転条件を設定する方法であって、純VおよびM含有率の異なる1種類以上のV−M系合金膜について複数温度にてPCT曲線を求めると共に、固溶水素比H/Mを求め、H/Mが所定値を超えないものとなる、温度、1次側水素分圧及びM含有率の範囲を求め、水素分離装置の運転温度、水素分圧及びM含有率の各条件をこの範囲に設定することを特徴とする。なお、PCT曲線とは、水素圧力Pと、使用温度Tと、固溶水素量cとの関係を示した曲線を意味する。
【0008】
本発明では、前記H/Mの所定値は、0.05〜0.30の間から選択された値をとることが可能であり、0.10〜0.30の間から選択された値であることが好ましく、0.20〜0.30の間から選択された値であることがより好ましい。
【0009】
本発明では、水素分離膜のM含有率は、当該V−M合金がBCC単相となる範囲であることが好ましい。
【0010】
本発明の水素分離装置の運転条件設定方法では、温度を0〜600℃の範囲に設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、V−M系水素分離膜が脆性を示さない範囲で水素分離装置を運転することができ、膜の寿命が飛躍的に向上し長時間にわたり水素を安定して製造することができる。
【0013】
本発明によると、水素分離膜が脆化しない範囲でできるだけ高い水素透過速度が得られる条件を設定することができ、水素を効率よく分離することができる。
【0014】
本発明によると、水素分離装置のV−M系合金膜のM含有率、水素分圧及び温度のいずれか2条件が設定されている場合、残りの1条件をどのような条件に設定すると、V−M系水素分離膜が脆性を示すことなく安定して運転することができるかを予め知得することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】金属原子数(M)に対する水素吸収量(H)と膜試料が変形して破壊に至るまでに吸収したエネルギーEspとの関係図である。
図2】lnPDBTCと1/Tとの関係図である。
図3】f(x)とxとの関係図である。
図4】スモールパンチ試験装置の構造、操作法を説明する縦断面図である。
図5図4の装置の膜試料付近の拡大図である。
図6】実測値に基いた、Fe含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図7】式1から求めた定数を使用し、Fe含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図8】PDBTCとFe含有率との関係図である。
図9】Fe含有率と温度との関係図である。
図10】水素分圧と、Fe含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図11】Cr含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図12】PDBTCとCr含有率との関係図である。
図13】Cr含有率と温度との関係図である。
図14】水素分圧と、Cr含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図15】Mo含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図16】PDBTCとMo含有率との関係図である。
図17】Mo含有率と温度との関係図である。
図18】水素分圧と、Mo含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図19】W含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図20】PDBTCとW含有率との関係図である。
図21】W含有率と温度との関係図である。
図22】水素分圧と、W含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図23】Co含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図24】PDBTCとCo含有率との関係図である。
図25】Co含有率と温度との関係図である。
図26】水素分圧と、Co含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図27】Al含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図28】PDBTCとAl含有率との関係図である。
図29】Al含有率と温度との関係図である。
図30】水素分圧と、Al含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図31】Ru含有率をパラメータとしたPDBTCと1/Tとの関係図である。
図32】PDBTCとRu含有率との関係図である。
図33】Ru含有率と温度との関係図である。
図34】水素分圧と、Ru含有率と、温度との関係図(H/M=0.30)である。
図35】純VのPCT曲線である。
図36】V−2.5Fe合金のPCT曲線である。
図37】V−5.0Fe合金のPCT曲線である。
図38】V−7.5Fe合金のPCT曲線である。
図39】V−10Fe合金のPCT曲線である。
図40】V−4Cr合金のPCT曲線である。
図41】V−8Cr合金のPCT曲線である。
図42】V−5Mo合金のPCT曲線である。
図43】V−10Mo合金のPCT曲線である。
図44】V−5W合金のPCT曲線である。
図45】V−5Co合金のPCT曲線である。
図46】V−5.5Al合金のPCT曲線である。
図47】V−9.2Al合金のPCT曲線である。
図48】V−15.8Al合金のPCT曲線である。
図49】V−5Ru合金のPCT曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明では、純V膜およびV−M系合金膜よりなる群から選ばれた2種以上の膜について複数温度にてPCT曲線を求めると共に、固溶水素比(水素原子と金属原子の原子比)H/Mを求め、H/Mが所定値を超えないものとなる、温度、1次側水素分圧及びM含有率の範囲を求め、水素分離装置の運転温度、水素分圧及びM含有率の各条件をこの範囲に設定する。
【0017】
本発明の水素分離装置の運転方法に用いる水素分離膜は、VとMとの合金よりなる水素分離膜である。Mは、金属中への水素の溶解熱がVのそれよりも正に大きな値を持つ元素であり、例えば、Cr、Mo、Al、Co、Fe、W、Ruなどの1種又は2種以上が例示される。V−M系合金膜中のMの含有率は当該V−M合金が使用温度にてBCC単相となる範囲が好ましい。
状態図上でBCCとなることができる組成範囲は、以下のとおりである。通常、高温側に向かって単相領域が広がっている。
V−Cr 0−100モル%
V−Mo 0−100モル%
V−W 0−100モル%
V−Fe 0−100モル%(1240℃以上)
V−Co 0−22モル%(1422℃にて)
V−Al 0−54モル%(1680℃にて)
V−Ru 0−55モル%(1790℃にて)
V−Mn 0−100%(1138℃以上)
V−Ni 0−24モル%(1280℃にて)
V−Rh 0-18モル%(1732℃にて)
V−Pd 0−37モル%(1338℃にて)
V−Re 0−69モル%(2560℃にて)
V−Os 0−35モル%(1900℃にて)
V−Ir 0−21.5モル%(1900℃にて)
V−Pt 0−23モル%(1790℃にて)
V−Au 0−29.5モル%(1382℃にて)
V−Sn 0−15.5モル%(1598℃にて)
V−Si 0−4.8モル%(1800℃にて)
V−Nb 0−100モル%
V−Ta 0−100モル%(1320℃以上)
V−Be 0−15モル%(1630℃にて)
V−Ti 0−100%(882℃以上)
【0018】
1000℃程度では単相を作らない組成領域であっても、さらに高温にすれば広い組成領域で単相を作ることができ、それを急冷すれば目的の組成を得ることができる。
【0019】
Mの含有率としては、20モル%以下、特に1〜15モル%とりわけ2〜10モル%が好ましい。M含有率が高いほど脆化開始温度(H/M=0.20を超える温度)が高くなるが、合金の硬さも高くなって薄膜化しにくくなる。なお、H/Mが0.20を超えても0.30以下であれば、膜に応力が発生するような伸縮を加えなければ、膜は破損しない。
【0020】
純V膜の場合、図1の実線に示すように、SP吸収エネルギーはH/M=0.20から低下し始める。SP吸収エネルギーが下がり止まるH/M=0.30までの領域においても、H/Mの上昇とともに脆化は進行すると考えられるものの、熱の上げ下げ、加圧/減圧などを加えなければ破損には至らない。
【0021】
このV−M系合金膜は、原料金属又はその合金を溶製し、これを好ましくは厚さ1〜600μm特に好ましくは50〜100μmに圧延して製造することができる。なお、薄膜化には圧延以外の手段を採用してもよい。また、このV−M系合金膜は、スパッタリング、CVD、めっきなどの成膜方法によって通気性の多孔質支持材料の表面に厚さ1〜100μm、特に1〜20μm程度に形成されたものであってもよい。多孔質支持材料としては、金属材、セラミック材などのいずれでもよい。
【0022】
このV−M系合金膜の片面もしくは両面に、Pd又はPd合金(例えばPd−Ag合金(Ag含有量10〜30wt%))よりなる厚さ10〜1000nmとりわけ50〜500nm程度の層を形成してもよい。
【0023】
水素分離膜を備えた水素分離装置としては、水素分離膜がハウジング、ケーシング又はベッセル等と称される容器内に設置され、水素分離膜で隔てられた1次室と2次室とを有し、必要に応じさらに加熱手段を有するものであれば、特にその構成は限定されない。膜の形態としても、平膜型、円筒型などのいずれの形態であってもよい。
【0024】
この水素分離装置に供給される原料ガスとしては、水素を含むものであればよく、炭化水素の水蒸気改質ガス、燃料電池の燃料オフガス、水素を含むバイオガス、バイオマスガス化炉からの発生ガスなどが例示されるが、これに限定されない。
【0025】
水素分離装置の運転温度(具体的には1次側のガス温度)は、膜の組成にもよるが、通常は0〜600℃、好ましくは200〜600℃、特に好ましくは300〜600℃、とりわけ好ましくは400〜550℃の間から設定される。
【0026】
水素分離装置を運転する際の1次側のガス圧Pは0.1〜10MPa特に0.5〜7MPaの間から設定するのが実用的であるが、これに限定されない。2次側のガス圧Pは、目標とする水素透過速度が得られるように1次圧Pを勘案して定められるのが好ましい。
【0027】
本発明の一態様では、次の(i)〜(vi)の手順に従って、次式(1)の定数A、B、C、Dを設定する。そして、x、Tに応じたPDBTCを予測する。定数A〜Dについては、後述の実施例では有効数字3桁又は4桁以上にて示されているが、実際の水素分離装置の運転条件を設定する際には、有効数字を2桁とし、誤差を吸収することが好ましい。
【0028】
【数1】
【0029】
(i) 純V膜、合金元素(M)添加V膜(添加量x)について、温度を変化させた複数のPCT曲線を測定する。
(ii) 各PCT曲線について、水素分圧Pを固溶水素比c(c=H/M)の関数としてフィッティングした上でcに所定値(0.05〜0.30の間から選択された値。通常はc=0.30とすればよい。)を代入し、各温度、合金元素の各添加量における使用可能最高水素分圧PDBTCを求める。
(iii) lnPDBTCと1/Tをプロットし、添加量x毎の傾きf(x)を求める(図2)。
(iv) f(x)とxをプロットすると、そのy切片がA、傾きがBとなる(図3)。
(v) 図2から、添加量x毎のy切片g(x)を求める。
(vi) g(x)とxをプロットすると、そのy切片がC、傾きがDとなる。
【0030】
なお、3元系の時には、式(1)においてBxMをBxM1+ExM2、DxMをDxM1+FxM2に変更すれば良い。
【0031】
V−M系合金膜の耐水素脆性を測定するには、その前提として、水素分離膜としての使用温度範囲における、一次側と二次側が同じ水素圧力である水素雰囲気中において、また水素透過中、すなわち一次側の水素圧力が二次側の水素圧力より大きい水素雰囲気中において、V−M系合金膜の水素脆性等の機械的性質をその場で定量的に測定、評価できる試験装置を用いる。
【0032】
この試験装置として、図4,5に示すスモールパンチ試験装置(特許文献2に記載のもの)を用いてV−M系合金膜の水素脆性と温度及び水素圧力の関係を測定し、評価する。
【0033】
このスモールパンチ試験装置を使用することにより、水素分離膜材料について、その使用温度範囲において、対応するPCT(圧力−固溶水素量−温度)曲線に基づいた固溶水素量と変形、破壊形態との関係を求め、耐水素脆性についての限界固溶水素量を評価することができる。前述の通り、PCT曲線とは、水素圧力:P、使用温度:T、及び固溶水素量:Cの関係を示した曲線を意味する。
【0034】
図4はスモールパンチ試験装置の構造、操作法を説明する縦断面図、図5図4中のコア部分を拡大して示した図である。
【0035】
図4において、支持部材1に導入水素貯留部2と、導入水素貯留部2から後述の一次側水素雰囲気Yに連通する導管3と、導出水素貯留部5と、後述の二次側閉空間Zから導出水素貯留部5に連通する導管4とが設けられている。
【0036】
導入水素貯留部2は、弁Vを備える水素供給用の導管に連通し、導出水素貯留部5は、弁Vを備える水素排出用の導管に連通している。
【0037】
支持部材1の上面の中央部に第1段目の円盤状の凸状部が設けられ、その中央部上面に第2段目の凸状部が設けられている。1段目の凸状部の外周には蛇腹9の下端部を固定する固定部材6が配置されている。固定部材6はボルト7により支持部材1に固定され、固定部材6とフランジとの間はガスケット8により気密シールされている。
【0038】
支持部材1の上方に、上下動可能な上蓋部材12が配置されている。上蓋部材12の下面の中央部には円盤状の第1凸状部が設けられ、この第1凸状部の下面中央部から下方に向って第2凸状部が突設されている。この第1凸状部の外周には蛇腹9の上端部を固定する固定部材10が配置されている。固定部材10はボルト(図示略)により上蓋部材12に固定され、固定部材10と上蓋部材12のフランジとの間はガスケット11により気密シールされている。
【0039】
上蓋部材12を上下に案内して移動させる複数本のスライディングシャフト13が支持部材1から立設されている。
【0040】
上蓋部材12に上方から圧力を加えるように圧縮ロッド16が配置されている。後述の膜試料20をセットした後、上蓋部材12をスライディングシャフト13を介して下方に移動することにより、後述のパンチャー24も下方へ移動し、膜試料20に所定の荷重(押圧力)を加えることができる。
【0041】
上蓋部材12はスライドブッシュ15を介してスライドシャフト13に係合している。スライドシャフト13の上端に、閉空間Y内の圧力上昇時に上蓋部材12の脱落を防ぐためのロックナット14が取り付けられている。
【0042】
支持部材1、固定部材6、ガスケット8、蛇腹9、固定部材10、上蓋部材12、ガスケット11、導入水素貯留部5、膜試料20の上面及び後述の固定部材21で囲まれた閉空間Yが、膜試料20に対する一次側の閉空間となる。また、膜試料20の下面、導管4及び導出水素貯留部5で囲まれた空間が二次側閉空間Z(図5)となる。
【0043】
〈膜試料に対する水素圧力の負荷〉
導入水素貯留部2、導管3を経て供給する水素量を弁Vで調節することにより一次側の水素圧力を調節し、導管4、導出水素貯留部5を経て導出する水素量を弁Vで調節することにより二次側の水素雰囲気の水素圧力を調節する。これにより、膜試料20の一次側と二次側との水素雰囲気圧力を制御することができる。
【0044】
〈膜試料に対する荷重の付与、計測〉
膜試料20は、ガスケット19(図5)上に配置され、固定部材21によって固定される。この固定部材21の中央部に中央孔23が上下に貫設され、該中央孔23の周囲4箇所に細孔22が上下に貫設されている。貫通細孔22は閉空間Yと連通している。
【0045】
中央孔23内の下部に鋼もしくは窒化珪素製の球25が配置され、膜試料20の上面に当接されている。パンチャー24により球25を膜試料20に押し付けることにより、所定の荷重に対応する膜試料の形状の変化を測定する。荷重値は圧縮ロッド16に設けられたロードセル(図示略)により計測される。
【0046】
支持部材1の中央部の円筒状空隙の近傍にはセラミックヒータ17が内蔵されている。また、膜試料20の直近まで熱電対18が挿入されている。セラミックヒータ17と熱電対18により膜試料の温度を制御する。
【0047】
本スモールパンチ試験装置は、水素分離合金膜に対して真空〜0.5MPa程度の水素圧力を負荷することができ、0〜600℃の範囲で温度制御が可能であり、それらの条件下における延性−脆性遷移を評価することが可能である。
【実施例】
【0048】
[実施例1(V−Fe系)]
〈スモールパンチ試験装置によるV膜及びV−Fe合金膜についての試験〉
スモールパンチ試験装置を使用して、
サンプル1:V膜、
サンプル2:V−2.5モル%Fe合金膜(VとFeとの合計量中、Feが2.5モル%のV−Fe合金膜。以下、同様)
サンプル3:V−5.0モル%Fe合金膜、
サンプル4:V−7.5モル%Fe合金膜、
サンプル5:V−10.0モル%Fe合金膜
の各試験片について試験した。これらのサンプルは、いずれも、アーク溶解法により合金塊を溶製し、次いでこの合金塊に切削加工及び研磨加工を施して製造した縦横の長さ10mm、厚さ0.5mm(体積:10mm×10mm×0.5mm=50mm)の試験片である。
【0049】
各試験片について、200℃〜600℃の温度において、PCT(圧力−固溶水素量−温度)測定装置により、0.5×10−3〜5MPaを超える範囲まで各水素圧力Pと固溶水素量c(H/M)との間の関係を把握した上で、上記スモールパンチ試験装置を用い、荷重−変位を測定した。
【0050】
スモールパンチ試験では、一次側閉空間Yと二次側閉空間Zは同一の水素圧力とした。
【0051】
スモールパンチ試験による水素脆性の定量評価は、以下の(1)〜(3)のようにして行った。
【0052】
(1) 試験片について、温度及び水素圧力を500℃及び0.01MPaとし、この雰囲気に1時間保持した後、当該試験片に球25により押圧力をかけながら試験片を変形させ、そのときの荷重と鋼球25の移動量を試験片が破壊するまで記録を続け、“荷重−変位”曲線を作成する。
【0053】
(2) 当該試験片の固溶水素量〔H/M(H/Mは水素原子と金属原子の原子比)〕は、当該試験の温度500℃(≒773K)におけるPCT曲線に基づいて、当該試験で加えた水素圧力から見積もった。
【0054】
(3) “荷重−変位”曲線から、膜試料が破壊に至るまでのスモールパンチ吸収エネルギーを求めた。ここで、スモールパンチ吸収エネルギーとは、試験片の変形開始から破壊に至るまでに要した仕事量に対応(相当)している。パンチャー24により鋼球もしくは窒化珪素製の球25を押し下げた圧力、つまり荷重(MPa)を変位量に対して積分する(即ち、荷重−変位曲線の下側の面積を計算する)ことによりスモールパンチ吸収エネルギーを算出する。
【0055】
〈スモールパンチ試験結果〉
スモールパンチ試験結果から、V膜及びV−Fe合金膜はH/Mが0.22以下であると延性を有しており、H/Mが0.22超であると脆性を有するようになることが認められた。しかしながら、前述の通り、H/Mが0.22を超えても0.30以下であれば、膜に応力が発生するような伸縮を加えなければ、膜は破損しない。
【0056】
〈PCT測定装置による測定結果〉
PCT(圧力−固溶水素量−温度)測定装置による測定結果の例として、前記サンプル1(純V)について、200、250、300、350、400、450、500、550及び600℃(873K)の各温度における固溶水素量cと水素圧力Pを測定した。また、Fe=2.5、5.0、7.5又は10モル%のV−Fe合金よりなるサンプルについて400、450及び500℃の各温度における固溶水素量cと水素圧力Pを測定した。結果を図35〜39に示す。
【0057】
ここで、PCT測定装置は、JIS H 7201(2007)に従ったものであり、ある温度Tにおいて、物質が水素を吸蔵、放出するときの特性(圧力P、固溶水素量c)を測定する装置である。
【0058】
前記手段(ii)の通り、各PCT曲線について、水素分圧Pを固溶水素比c(c=H/M)の関数としてフィッティングした上でcに所定値(0.05〜0.30の間から選択された値。通常はc=0.30とすればよい。)を代入し、各温度、合金元素の各添加量における使用可能最高水素分圧PDBTCを求めた。図6は合金組成(Fe含有率xFe)をパラメータとした水素分離膜の脆化開始水素分圧PDBTC−温度逆数1/Tのグラフである。
【0059】
図6より読み取った値を前記(1)式に代入することにより、(1)式中の定数A〜Dを求めたところ、次の通りであった。
A=−8063(K−1
B=39123(K−1
C=9.56
D=−25.10
【0060】
図7は、(1)式により算出された、合金組成(Fe含有率xFe)をパラメータとした水素分離膜の脆化開始水素分圧PDBTC−温度逆数1/Tのグラフである。xFeは、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10モル%としてある。図8は温度をパラメータとしたPDBTC−xFeのグラフである。図9は圧力PDBTCをパラメータとしたxFe−1/Tのグラフである。
【0061】
膜の合金組成(Fe含有率)が決まっているときには、図7において使用温度から、最大使用圧力PDBTCが求まる。その圧力以下で水素分離装置を運転すれば、膜を脆化させずに運転を継続することができる。また、逆に圧力を決定すれば、水素分離装置の運転温度の下限を決定することができる。
【0062】
使用温度が決まっているときには、図8において合金組成(Fe含有率)を決定すれば、最大使用圧力PDBTCが求まる。そして、その圧力以下で水素分離装置を運転すれば、水素分離膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に圧力を決定すれば、水素分離膜の最低限必要なFe量を決定することができる。
【0063】
使用圧力が決まっているときには、図9において使用温度を決定すれば、水素分離膜の最低限必要なFe量を求めることができる。Fe含有量がそれ以上の膜を使用すれば、膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に組成を決定すれば、使用温度を決定することができる。図9中のパラメータ(圧力)0.05〜1.0の単位はMPaである。
【0064】
図10は、H/M=0.30において、PDBTCをZ軸、Fe含有率をX軸、1/TをY軸とした3次元座標を示している。図10中のドットを付した面よりも下側の条件で水素分離装置を運転すれば、膜を脆化させることなく運転を継続できる。また、該面になるべく近い条件で運転すれば、水素透過性能が向上する。
【0065】
なお、当然ながら、図10においてFe含有率X=1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10モル%にて該面を切断し、各Fe含有率をパラメータとしてPDBTC−1/Tプロットしたものが図7である。同様に図8は200、250、300、350、400、450、500、550又は600℃にて該面を切断したときのPDBTC−Fe含有率のグラフであり、図9は0.5、1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10atmにて該面を切断したときのFe含有率−1/Tのグラフである。
【0066】
図8より、例えばV−5モル%Fe合金膜の450℃における、脆化開始水素分圧PDBTCは0.9MPaであることが分かる。従って、V−5モル%Fe水素分離膜を有する水素分離装置を450℃で運転する場合は、水素分圧を0.9MPa以下で運転すればV−Fe合金膜の脆化は防止されることが分る。
【0067】
また、図9より、例えば温度T=400℃、水素分圧P=1MPaで装置を運転するときには、Fe含有率が7.3モル%以上のV−Fe合金膜を用いれば、膜は脆化しないことが分る。
【0068】
[実施例2〜7]
V−Cr系(実施例2、Cr=4又は8モル%)、V−Mo系(実施例3、Mo=5又は10モル%)、V−W系(実施例4、W=5モル%)、V−Co系(実施例5、V=5モル%)、V−Al系(実施例6、Al=5.5、9.2又は15.8モル%)及びV−Ru系(実施例7、Ru=5モル%)の合金サンプルについて実施例1と同様の測定を行い、結果を図11〜14(実施例2)、図15〜18(実施例3)、図19〜22(実施例4)、図23〜26(実施例5)、図27〜30(実施例6)及び図31〜34(実施例7)にそれぞれ示した。
【0069】
図11,15,19,23,27,31は合金組成(Cr,Mo,W,Co,Al又はRu含有率)をパラメータとした水素分離膜の脆化開始水素分圧PDBTC−温度逆数1/Tのグラフである。
【0070】
図11,15,19,23,27,31より読み取った値を前記(1)式に代入することにより、(1)式中の定数B,Dを求めたところ、表1の通りであった。A,Cは前述の通りA=−8063(K−1),C=9.56である。図40〜49はこれらの各合金のPCT曲線を示す。
【0071】
【表1】
【0072】
図12,16,20,24,28,32は温度をパラメータとしたPDBTC−合金元素含有率のグラフである。図13,17,21,25,29,33は圧力PDBTCをパラメータとした合金元素含有率−1/Tのグラフである。
【0073】
膜の合金組成(合金元素含有率)が決まっているときには、図11,15,19,23,27又は31において使用温度から、最大使用圧力PDBTCが求まる。その圧力以下で水素分離装置を運転すれば膜を脆化せずに運転を継続することができる。また、逆に圧力が決定すれば、水素分離装置の運転温度の下限を決定することができる。
【0074】
使用温度が決まっているときには、図12,16,20,24,28又は32において合金組成(合金元素含有率)を決定すれば、最大使用圧力PDBTCが求まる。そして、その圧力以下で水素分離装置を運転すれば、水素分離膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に圧力を決定すれば、水素分離膜の最低限必要な合金元素含有率を決定することができる。
【0075】
使用圧力が決まっているときには、図13,17,21,25,29又は33において使用温度を決定すれば、水素分離膜の最低限必要な合金元素含有率を求めることができる。合金元素含有率がそれ以上の膜を使用すれば、膜を脆化させることなく水素分離装置を運転することができる。また、逆に組成を決定すれば、使用温度を決定することができる。
【0076】
図14,18,22,26,30,34は、H/M=0.30において、PDBTCをZ軸、合金元素含有率をX軸、1/TをY軸とした3次元座標を示している。各図のドットを付した面よりも下側の条件で水素分離装置を運転すれば、膜を脆化させることなく運転を継続できる。また、該面になるべく近い条件で運転すれば、水素透過性能が向上する。
【0077】
このように、本発明によると、V−M合金膜を用いた水素分離装置において、V−M合金膜が脆化しない範囲となる運転条件範囲を設定することができる。そして、この範囲において、なるべく高い水素分圧及びなるべく高い温度を設定することにより、効率よく水素を分離することができる。
【符号の説明】
【0078】
16 圧縮ロッド
20 膜試料
24 パンチャー
25 球
図1
図2
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