【実施例】
【0030】
以下、実験例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。実施例中の部および百分率は断りのない限り重量基準で示す。なお、実施例において記述する繊維の体積固有抵抗値、耐酸性試験における重量減少率、水膨潤度、カルボキシル基量、希硫酸の吸い上げ長および鉛ペーストの作製は下記の方法で測定したものである。
【0031】
(1) 体積固有抵抗値の測定
予め、繊維の繊度T(テックス)及び比重dを常法で測定する。次に、繊維を0.1%ノイゲンHC(第一工業製薬社製)水溶液中で浴比1:100として60℃×30分間スコアリング処理し、流水で洗浄後、70℃で1時間乾燥する。この繊維を6〜7cm程度の長さに切断し、20℃、相対湿度65%の雰囲気下に3時間以上放置する。得られた繊維(フィラメント)を5本束とし、繊維束の一方の端に導電性接着剤を5mm程度塗布する。この繊維束に900mg/テックスの荷重を加えた状態で、導電性接着剤が塗布された位置から5cm程度離れた位置に上記導電性接着剤を塗布し(このときの導電性接着剤間距離をL(cm)とする)、測定試料とする。該測定試料に900mg/テックスの荷重を加えた状態で導電性接着剤塗布部に電極を接続し、直流500Vを印加したときの抵抗R(Ω)をHigh RESISTANCE METER 4329A(YOKOGAWA−HEWLETT−PACKARD製)で測定し、次式より体積固有抵抗を算出した。
体積固有抵抗(Ω・cm)=(R×T×10
−5)/(L×d)
【0032】
(2) 耐酸性試験における重量減少率の測定
試料約3gを時計皿に取り、70℃雰囲気中で恒量(W1[g])になるまで乾燥する。次に、20℃における比重が1.3g/cmである硫酸水溶液200mLを50℃に熱し、乾燥した該試料を24時間浸漬する。その後、フィルターで濾過し、濾液がpH7.0になるまで水洗し、70℃雰囲気中で恒量(W2[g])になるまで乾燥する。耐酸性試験における重量減少率は、次式によって算出する。
重量減少率(%)=(W1−W2)/W1×100
【0033】
上述した重量減少率の値が小さい場合、耐酸性試験後の繊維は、親水性成分を十分に保持できているものと考えられる。そのため、電池として繰り返し利用しても性能の低下が起こりにくいと考えられる。一方で、重量減少率の値が大きい場合には、親水性成分が分解し、脱落している可能性が高いと考えられ、電池として繰り返し利用した際に電池性能が徐々に低下すると考えられる。
【0034】
(3) 水膨潤度
乾燥した試料約0.5gを純水中に浸漬し、25℃で24時間経過後、水膨潤状態の試料を濾紙間にはさみ、樹脂間の水を除去する。このようにして膨潤させた試料の重量(W3[g])を測定する。次に該試料を80℃の真空乾燥機中で恒量になるまで乾燥して重量(W4[g])を測定する。以上の結果より、次式に従って水膨潤度を計算する。
水膨潤度(g/g)=(W3−W4)/W4
【0035】
(4) カルボキシル基量の測定
水分散した試料に1mol/l塩酸水溶液を添加してpH2とし、予め試料に含まれるカルボキシル基を全てH型カルボキシル基とし、十分に乾燥した。乾燥後の試料約1gを精秤し(W5[g])、これに200mlの水を加え、0.1mol/l水酸化ナトリウム水溶液で常法に従って滴定曲線を求めた。該滴定曲線からCOOHに消費された水酸化ナトリウム水溶液消費量(V1[ml])を求め、次式によって全カルボキシル基量を算出した。
全カルボキシル基量[mmol/g]=0.1×V1/W5
【0036】
(5) 希硫酸の吸い上げ長測定
常法に従い、繊維のカードウェブを作成する。ニードルパンチを用いて該ウェブの裏表を交互に二回ずつパンチして交絡させ、所定のサイズ(25mm×200mm)のニードルパンチ不織布を作製した。該不織布を用い、繊維製品の吸水性試験方法(JIS L 1907)のバイレック法に準拠して、水の代わりに希硫酸(20℃における比重1.26)を用い、希硫酸への浸漬から10分後の吸い上げ高さを測定した。
【0037】
(6) 鉛ペーストの作製
鉛丹15重量部、本発明の電極用アクリロニトリル系繊維4.3重量部と、希硫酸(20℃における比重1.26)140重量部とを、混練ミキサー中に投入して鉛丹スラリーを作った。次いでこの鉛丹スラリーと鉛粉850重量部とをペースト練合機に投入し、これと200重量部の水とを混練して正極活物質ペーストを作成し、ペースト作製時の電極用アクリロニトリル系繊維のダマになり易さを目視によって、○(ダマなし)、△(ダマがわずかにあり)、×(ダマが多い)で評価を行った。
【0038】
(実施例1)
アクリロニトリル90重量部、アクリル酸メチル9.7重量部、メタアリルスルホン酸ナトリウム0.3重量部を懸濁重合することによってアクリロニトリル系重合体を作成した。また、アクリロニトリル27.5重量部、メトキシポリエチレングリコール(30モル)メタアクリレート72.5重量部を懸濁重合し、アクリロニトリル系親水性樹脂Aを作成した。該親水性樹脂の水膨潤度は30g/gであった。
【0039】
50%ロダン酸ナトリウム水溶液900重量部に、前記アクリロニトリル系重合体97重量部を溶解させた後、前記アクリロニトリル系親水性樹脂Aを3重量部添加混合する方法で紡糸原液を作成した。該紡糸原液を紡出し、凝固、水洗、延伸の各工程を経て実施例1のアクリロニトリル系繊維Aを作成した。該アクリロニトリル系繊維の体積固有抵抗値は0.07×10
9Ω・cmであり、耐酸性試験における重量減少率は0.38%であった。
【0040】
(実施例2)
ポリエチレングリコールモノメチルエーテル(数平均分子量750)58重量部、2−メタクリロイルオキシエチルイソシアネート12重量部を窒素雰囲気下、トルエン中において60℃で合成し、マクロモノマーを得た。該マクロモノマーとアクリロニトリル30重量部を懸濁重合させることによってアクリロニトリル系親水性樹脂Bを作成した。該親水性樹脂の水膨潤度は28g/gであった。
【0041】
アクリロニトリル系親水性樹脂Aの代わりにアクリロニトリル系親水性樹脂Bを用いること以外は実施例1と同様にして実施例2のアクリロニトリル系繊維Bを作成した。該アクリロニトリル系繊維の体積固有抵抗値は0.08×10
9Ω・cmであった。
【0042】
(実施例3)
アクリロニトリル70重量部、メトキシポリエチレングリコール(30モル)メタアクリレート30重量部を懸濁重合させることによってアクリロニトリル系親水性樹脂Cを作成した。該親水性樹脂の水膨潤度は20g/gであった。
【0043】
アクリロニトリル系親水性樹脂Aの代わりにアクリロニトリル系親水性樹脂Cを用いること以外は実施例1と同様にして実施例3のアクリロニトリル系繊維Cを作成した。該アクリロニトリル系繊維の体積固有抵抗値は0.18×10
9Ω・cmであった。
【0044】
(比較例1)
アクリロニトリル系親水性樹脂Aを添加混合せず、アクリロニトリル系重合体のみを用いること以外は実施例1と同様の方法でアクリロニトリル系繊維Dを作成した。該アクリロニトリル系繊維の体積固有抵抗値は10×10
9Ω・cmであった。
【0045】
(比較例2)
アクリロニトリル5重量部、メトキシポリエチレングリコール(30モル)メタアクリレート95重量部を懸濁重合させることによってアクリロニトリル系親水性樹脂Dを作成した。アクリロニトリル系親水性樹脂Aの代わりにアクリロニトリル系親水性樹脂Dを用いること以外は実施例1と同様にして繊維を作成しようとしたが、アクリロニトリル系重合体との親和性が低くなり、紡糸工程でのノズル詰まりや糸切れが多発し、目的の繊維は得られなかった。
【0046】
(比較例3)
ポリプロピレンからなる繊維にアクリル酸をグラフト重合することによりアクリル酸グラフトポリプロピレン繊維を得た。グラフト重合後の繊維重量に対するアクリル酸のグラフト重合割合は47重量%で、体積固有抵抗値は3×10
9Ω・cmであり、耐酸性試験における重量減少率は6.1%であった。また、耐酸性試験前後の繊維中のカルボキシルキ量を測定したところ、試験前は6.53mmol/g、試験後は5.49mmol/gであった。
【0047】
(実施例4)
実施例1の方法により得られた、アクリロニトリル系繊維A(繊度:3.3dtex、繊維長:51mm)を60%、融着ポリエステル(ユニチカ(株)製「メルティ(登録商標)4080」、繊度:4.4dtex、繊維長:51mm)を40%で混綿し、前述した方法によりニードルパンチ不織布A(目付:280g/m
2、厚み:2.0mm)を作製した。該不織布Aの希硫酸の吸い上げ長は、53mmであった。
【0048】
(比較例4)
比較例1の方法により得られたアクリロニトリル系繊維D(繊度:3.3dtex、繊維長:51mm)を60%、融着ポリエステル(ユニチカ(株)製「メルティ(登録商標)4080」、繊度:4.4dtex、繊維長:51mm)を40%で混綿し、前述した方法によりニードルパンチ不織布B(目付:275g/m
2、厚み:1.9mm)を作製した。該不織布Bの希硫酸の吸い上げ長は、28mmであった。
【0049】
(参考例1)
融着ポリエステル(ユニチカ(株)製「メルティ(登録商標)4080」、繊度:4.4dtex、繊維長:51mm)のみを用い、前述した方法によりニードルパンチ不織布C(目付:330g/m
2、厚み:2.25mm)を作製した。該不織布Cの希硫酸の吸い上げ長は、2mmであった。
【0050】
実施例1〜3については、良好な体積固有抵抗値を示した。一方、比較例1では親水性成分を含有していないため、体積固有抵抗値が非常に高いものであった。このため、実施例1のアクリロニトリル系繊維Aを用いて作製した不織布Aの希硫酸の吸い上げ長が53mmであったのに対し、比較例1のアクリロニトリル系繊維Dを用いて作製した不織布Bの希硫酸の吸い上げ長は、28mmと低くなったと考えられる。
【0051】
本発明のアクリロニトリル系繊維を用いて作製した不織布は、希硫酸吸い上げ長において良好な結果を示しており、これらの繊維を活物質層に分散させて電極を作成することで、電極のぬれ性が高まり、電極内部の活物質まで効率的に利用できるようになるため、電池容量が向上すると考えられる。
【0052】
また、親水性成分を繊維内部に含有させている実施例1においては、良好な耐酸性試験における重量減少率を示している。このことから、該繊維を鉛蓄電池用の電極に用いた場合、電極の劣化が抑制され、電池の長寿命化が期待できる。一方、ポリプロピレン繊維にアクリル酸をグラフト重合した比較例3では、耐酸性試験における重量減少率が実施例1より大きく、また、親水性基であるカルボキシル基量が測定の前後で減少している。このことから、比較例3では、ポリプロピレン繊維の表面に形成されたアクリル酸のグラフト層が、酸との接触によって優先的に分解、溶出していると考えられる。
【0053】
(実施例5)
実施例1の方法を用い、紡糸条件を変更して、繊度、カット長の異なる6種類の電極用アクリロニトリル系繊維を得た。得られた繊維を用いて前述した鉛ペーストの作製を行い、ダマになり易さの評価を行った結果を表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
本発明の電極用アクリロニトリル系繊維を用いると、ペースト作製時に繊維がダマになることがあまりなく、鉛ペースト内に繊維を均一に分散することができる。特に、アスペクト比が1以上250未満である場合には非常に良好な結果が得られた。そのため、該ペーストを用いて作製した電極では、電極の濡れ性が高まり、電極内部の活物質まで効率的に利用できるようになるので、電池容量が向上すると考えられる。
【0056】
本発明の電極用アクリロニトリル系繊維は、親水性成分を繊維内部に含有させており、体積固有抵抗値と、耐酸性試験における重量減少率が良好な値を示した。また、親水性成分を繊維内部に含有させることで、繊維の親水性が向上するため、希硫酸の吸い上げ長測定結果からもわかるように、親水性成分を含有させた繊維を用いて作製した不織布は、積極的に希硫酸を吸収できるようになる。このような繊維を、活物質層に分散させて作製した電極は、ぬれ性が向上し、電極内部の活物質まで効率的に利用できるようになるため、電池容量が向上すると考えられる。そのため、本発明の電極用アクリロニトリル系繊維は、鉛蓄電池などの電極に好適に利用することができる。