特許第6094925号(P6094925)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本コーティングセンター株式会社の特許一覧 ▶ 日本発條株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6094925-金属製品 図000007
  • 特許6094925-金属製品 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6094925
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】金属製品
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20170306BHJP
   B21J 13/02 20060101ALN20170306BHJP
【FI】
   C23C14/06 H
   !B21J13/02 L
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-57260(P2013-57260)
(22)【出願日】2013年3月19日
(65)【公開番号】特開2014-181388(P2014-181388A)
(43)【公開日】2014年9月29日
【審査請求日】2015年8月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000228604
【氏名又は名称】日本コーティングセンター株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】川名 淳雄
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 稔
(72)【発明者】
【氏名】増田 享哉
【審査官】 國方 恭子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−074361(JP,A)
【文献】 特開2008−183671(JP,A)
【文献】 特開2005−262388(JP,A)
【文献】 特開2000−326107(JP,A)
【文献】 特開2007−290180(JP,A)
【文献】 特開平08−118106(JP,A)
【文献】 特表2010−524701(JP,A)
【文献】 特開2007−277663(JP,A)
【文献】 特開2006−082191(JP,A)
【文献】 特開2004−114219(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
B21J 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の少なくとも一部が金属部材からなる母材と、
前記母材の前記金属部材からなる表面の直上に配置されるか又は前記金属部材の表面が窒化された窒化層の直上に配置され、PVD膜であって、かつ最表面を構成し下記に示す膜組成を有する単層の膜、又は最表面を構成する層を含む複数の層が積層された積層膜であって前記複数の層の全てが下記に示す膜組成を有する積層膜である硬質被膜と、
を有する金属製品。
(膜組成)Ti原子、Si原子、C原子、N原子を含有し、前記Ti原子とSi原子との合計量に対する前記Si原子の比が10at%以上25at%以下且つ前記C原子とN原子との合計量に対する前記C原子の比が25at%以上55at%以下であり、構成する全原子に占める前記Si原子の割合が5at%以上7.5at%以下である
【請求項2】
前記硬質被膜の、ナノインデンテーション法による硬度が15GPa以上35GPa以下である請求項1に記載の金属製品。
【請求項3】
前記硬質被膜が、単層の膜である請求項1または請求項2に記載の金属製品。
【請求項4】
前記硬質被膜が、硬度が異なる複数の層の積層膜である請求項1または請求項2に記載の金属製品。
【請求項5】
前記積層膜は、最表面を構成する最表層の硬度が該最表層と接する下層の硬度よりも低い請求項4に記載の金属製品。
【請求項6】
前記硬質被膜の表面の、下記測定条件でのボールオンディスク法による摩擦係数が0.1以上0.4以下である請求項1〜請求項5の何れか一項に記載の金属製品。
[測定条件]
・相手材:φ6mmのSUS304ボール
・荷重:5N
・回転速度:10cm/sec
・回転半径:3mm
・摩擦距離:1000m
・環境:無潤滑環境
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被膜により被覆された金属製品に関する。
【背景技術】
【0002】
ねじパンチ等の工具に代表される金属製品の長寿命化のための硬質被膜は、さまざまな組成のものが検討されている。例えば、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜は摩擦係数が低く、潤滑膜としての性能は優れるが、靱性、密着性、コスト面の課題があり、用途拡大が困難である。
【0003】
例えば、特許文献1には、被加工材を成形するための成形部と該成形部の支持部本体からなるステンレス材用圧造工具において、当該成形部表面にDLC被膜を被覆してなるステンレス材用圧造工具が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、鉄系合金製基材上に被覆する被膜であって、V(1−X)から成り、かつXは70at%超95at%以下であるバナジウム含有被膜とし、鉄系合金製基材上にV被膜、V(1−Y)被膜(ただし、Yは原子%で40at%以上60at%以下)から成る複合被膜を被覆させた後に、V(1−X)から成り、かつXは70at%超95at%以下であるバナジウム含有被膜を被覆した金型および工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−112229号公報
【特許文献2】特開2010−202948号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
金属製品は、様々な対象部材に対して接触させて用いられるものであり、この対象部材と接触する箇所には従来から耐摩耗性が求められていた。
本発明は、耐摩耗性に優れた金属製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、以下の発明が提供される。
請求項1の発明は、
表面の少なくとも一部が金属部材からなる母材と、
前記母材の前記金属部材からなる表面の直上に配置されるか又は前記金属部材の表面が窒化された窒化層の直上に配置され、PVD膜であって、かつ最表面を構成し下記に示す膜組成を有する単層の膜、又は最表面を構成する層を含む複数の層が積層された積層膜であって前記複数の層の全てが下記に示す膜組成を有する積層膜である硬質被膜と、
を有する金属製品である。
(膜組成)Ti原子、Si原子、C原子、N原子を含有し、前記Ti原子とSi原子との合計量に対する前記Si原子の比が10at%以上25at%以下且つ前記C原子とN原子との合計量に対する前記C原子の比が25at%以上55at%以下であり、構成する全原子に占める前記Si原子の割合が5at%以上7.5at%以下である
【0008】
請求項2の発明は、
前記硬質被膜の、ナノインデンテーション法による硬度が15GPa以上35GPa以下である請求項1に記載の金属製品である。
【0009】
請求項3の発明は、
前記硬質被膜が、単層の膜である請求項1または請求項2に記載の金属製品である。
【0010】
請求項4の発明は、
前記硬質被膜が、硬度が異なる複数の層の積層膜である請求項1または請求項2に記載の金属製品である。
【0011】
請求項5の発明は、
前記積層膜は、最表面を構成する最表層の硬度が該最表層と接する下層の硬度よりも低い請求項4に記載の金属製品である。
【0012】
請求項6の発明は、
前記硬質被膜の表面の、下記測定条件でのボールオンディスク法による摩擦係数が0.1以上0.4以下である請求項1〜請求項5の何れか一項に記載の金属製品である。
[測定条件]
・相手材:φ6mmのSUS304ボール
・荷重:5N
・回転速度:10cm/sec
・回転半径:3mm
・摩擦距離:1000m
・環境:無潤滑環境
【発明の効果】
【0013】
請求項1の発明によれば、耐摩耗性が向上した金属製品が提供される。
【0014】
請求項2の発明によれば、耐久性が向上した金属製品が提供される。
【0015】
請求項3の発明によれば、硬質被膜の形成が容易な金属製品が提供される。
【0016】
請求項4の発明によれば、耐久性が向上した金属製品が提供される。
【0017】
請求項5の発明によれば、被接触部材(対象部材)とのなじみ性に優れる金属製品が提供される。
【0018】
請求項6の発明によれば、耐摩耗性が向上した金属製品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係る金属製品の一種であるねじ頭部成形用パンチの一例を示す概略図であり、(A)は正面図を、(B)は(A)における左側面図を、(C)は突出部の拡大図を表す。
図2図1に示されるねじ頭部成形用パンチにより加工された+形孔を有する皿ねじの一例を示す概略図であり、(A)は正面図を、(B)は(A)における左側面図を表す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る金属製品について詳細に説明する。
【0021】
本発明に係る金属製品は、母材と硬質被膜とを有する。母材は、表面の少なくとも一部が金属部材からなる。また、硬質被膜は少なくとも前記金属部材からなる表面上に形成される。この硬質被膜は、PVD(Physical Vapor Deposition/物理蒸着)法により形成され、Ti原子、Si原子、C原子、N原子を含有し、前記Ti原子とSi原子との合計量に対する前記Si原子の比が10at%以上25at%以下(つまり組成「Ti(1−x)Si」におけるxが0.1以上0.25以下)であり、且つ前記C原子とN原子との合計量に対する前記C原子の比が25at%以上55at%以下(つまり組成「C(1−y)」におけるyが0.25以上0.55以下)である。
【0022】
本発明における金属製品は、母材の対象部材と接触する箇所が少なくとも金属部材で形成されており、且つこの金属部材の表面が上記硬質被膜で被覆される。
ここで本発明における金属製品としては、例えば、ねじの頭部に+形などの孔を成形するねじ頭部成形用パンチ、金属板等の打ち抜きなどに用いられるパンチ等の工具;ポンプ用ベーン等の機械部品;ポンチやダイ、金属板等の曲げや絞りなどに用いられる成形用ダイス、プレス成形用金型等の金型;ドリル、エンドミル等の切削工具等が挙げられる。
【0023】
金属製品は、様々な対象部材に対して例えば衝撃を加えたり圧力を加えるなど、様々な態様で対象部材と接触させて用いられ、この対象部材と接触する箇所には従来から耐摩耗性が求められている。
【0024】
例えば、金属製品の一種であるねじ頭部成形用パンチを例にして説明する。図1はねじ頭部形成用パンチの一例を示す概略図であり、(A)は正面図を、(B)は(A)における左側面図を、(C)は突出部の拡大図を表す。図1に示すねじ頭部成形用パンチ(以下単に「ねじパンチ」とも称す)は、本体1の端部(図中左側)に成形部2を有し、成形部2には図1(B)に示すように、中央にねじ頭部に孔を成形するための突出部3を有する。この突出部3を拡大したのが図1(C)である。
【0025】
また、図2は上記ねじパンチによって成形される+形の孔を有する皿ねじの一例であり、(A)は正面図を、(B)は(A)における左側面図を表す。図2に示される皿ねじは、表面にねじ山が形成された本体4の一方側に、ねじパンチの成形部2によって孔5が形成される頭部6を有する。
【0026】
ねじの頭部6の成形は例えば冷間圧造によって行われ、その際にねじパンチで叩き衝撃を加えることで孔5が成形される。ねじパンチは孔5の成形に繰り返して用いられるために次第に欠けや折れ等が発生することがあり、欠けや折れ等が発生したねじパンチは使用を続けることが不可能となる。そのため、長寿命なねじパンチが求められており、つまりねじの頭部6と接触する突出部3における耐久性に優れたねじパンチが求められる。
また、ねじパンチに限らず、一般的な打ち抜き用のパンチも、金属板等の打ち抜きなどに繰り返して用いられるために次第に欠けや折れ等が発生することがあり、耐久性に優れたパンチが求められる。
【0027】
また、プレス成形用金型を例にして説明すると、該金型には中に成型が施される材料が充填され密閉した状態で該材料に圧力が加えられてプレス成型が行われる。プレス成形用金型は上記の成形に繰り返して用いられるために次第に材料が充填される箇所において欠けや変形等が発生することがあり、欠けや変形等が発生したプレス成形用金型は使用を続けることが不可能となる。そのため、長寿命なプレス成形用金型が求められており、つまり充填される材料と接触する部分における耐久性に優れたプレス成形用金型が求められる。
【0028】
また、ドリルやエンドミル等の切削工具を例にして説明すると、切削工具では様々な鋼材料などの金属を切削する際に高速かつ無潤滑で切削すると、刃先に負荷が加わり刃先の摩耗が促進されることがある。また切削油を使用しない場合には、切削工具表面での切削抵抗が増大するため、切削工具の摩耗損傷を引き起こす。そのため、切削工具表面には高硬度で潤滑性に優れた被膜が求められる。
【0029】
尚、このねじパンチや打ち抜き用パンチ等の工具、プレス成形用金型、ドリルやエンドミル等の切削工具等と同様に、様々な対象部材に対して例えば衝撃を加えたり圧力を加えるなど様々な態様で対象部材と接触させて用いられる金属製品は、この対象部材と接触する箇所において耐摩耗性が求められていた。
【0030】
これに対し、本発明に係る金属製品は、Ti原子、Si原子、C原子、N原子を含有し、前記Ti原子とSi原子との合計量に対する前記Si原子の比が10at%以上25at%以下且つ前記C原子とN原子との合計量に対する前記C原子の比が25at%以上55at%以下である硬質被膜を備えている。
例えば、図1(A)〜図1(C)に示されるねじパンチの場合であれば、ねじに孔5を成形する際にねじの頭部6と接触する突出部3が少なくとも上記硬質被膜により被覆される。また、打ち抜き用のパンチでは、金属板等の材料を打ち抜く際に打ち抜かれる前記材料と接触する部分が少なくとも上記硬質被膜により被覆され、金型では、成型が施される材料が充填された際に前記材料と接触する部分が少なくとも上記硬質被膜により被覆され、ドリルやエンドミル等の切削工具では、金属等の材料を切削する際に前記材料と接触する部分が少なくとも上記硬質被膜により被覆される。更に、ポンプ用ベーンであれば、ベーンのポンプ中の他の部材と摺動する部分が少なくとも上記硬質被膜により被覆される。
これにより耐摩耗性に優れ、その結果耐久性に優れた金属製品が得られる。
【0031】
この効果が奏されるメカニズムは、必ずしも明確ではないものの以下のように推察される。つまり、本発明における硬質被膜は上記の組成を満たすために摩擦係数が低減されているものと考えられる。尚、摩擦係数の低減には特にC原子が寄与し、C原子とN原子との合計量に対するC原子の比が上記下限値以上であることで低摩擦な硬質被膜が実現されているものと考えられる。そして、金属製品の対象部材と接触する箇所がこの低摩擦な硬質被膜で被覆されていることで、対象部材との接触による摩耗の発生が抑制され、その結果耐久性に優れるものと推察される。
【0032】
次いで、本発明の金属製品を構成する各部について詳述する。
【0033】
〔母材〕
本発明に係る金属製品を構成する母材は、表面の少なくとも一部が金属部材で形成される。尚、この金属部材で構成される領域には少なくとも対象部材と接触する箇所が含まれていればよく、対象部材と接触しない箇所は金属部材で構成されていてもその他の部材で構成されていてもよい。
従って、例えば図1(A)〜図1(C)に示されるねじパンチの場合であれば、該ねじパンチの母材における突出部3が少なくとも金属部材で構成され、本体1は金属部材で構成されていてもその他の部材で構成されていてもよい。尚、ねじパンチとしては、本体1および突出部3が共に金属部材によって一体的に成形されていることがより好ましい。
また、打ち抜き用のパンチであれば、金属板等の材料を打ち抜く際に打ち抜かれる前記材料と接触する部分が少なくとも金属部材で構成され、金型であれば、成型が施される材料が充填された際に前記材料と接触する部分が少なくとも金属部材で構成され、ドリルやエンドミル等の切削工具であれば、金属等の材料を切削する際に前記材料と接触する部分が少なくとも金属部材で構成される。更に、ポンプ用ベーンであれば、ベーンのポンプ中の他の部材と摺動する部分が少なくとも金属部材で構成される。尚、打ち抜き用のパンチ、金型、切削工具、ポンプ用ベーン等の金属製品における上記以外の部分は、金属部材で構成されていてもその他の部材で構成されていてもよく、全体が金属部材によって一体的に成形されていることが好ましい。
【0034】
ここで、金属部材とは金属や合金で構成される部材を表す。金属部材に用いられる金属や合金としては、例えば鋼や超硬合金等が挙げられる。
前記鋼としては、少なくとも炭素を含有する鉄(いわゆる炭素鋼)や、該炭素鋼に更に他の合金元素を含有する化合物(いわゆる特殊鋼)等の公知の鋼系材料が挙げられる。また前記超硬合金としては、タングステンカーバイト等が挙げられる。
【0035】
〔硬質被膜〕
本発明に係る金属製品は、母材の少なくとも一部における金属部材からなる表面上が硬質被膜により被覆される。
【0036】
この硬質被膜は、PVD(Physical Vapor Deposition/物理蒸着)法により形成され、その組成としてTi原子、Si原子、C原子、N原子を含有する。
尚、Ti原子とSi原子との合計量に対するSi原子の比は10at%以上25at%以下(つまり組成「Ti(1−x)Si」におけるxが0.1以上0.25以下)である。更にはSi原子の比が10at%以上15at%以下であることがより好ましい。
また、Si原子とTi原子との合計量に対しSi原子の含有量は更に15at%未満であることが好ましい。15at%未満の範囲とすることにより、硬質被膜の結晶構造が微細化され、28GPa以上の高硬度を発現させることができるものと推察される。
また、Si原子量は上記上限値を超えると結晶構造が変化してしまうため、硬質被膜として好適に用いることができない。
【0037】
また、C原子とN原子との合計量に対するC原子の比は25at%以上55at%以下(つまり組成「C(1−y)」におけるyが0.25以上0.55以下)である。
C原子の比が上記下限値より低い場合、硬質被膜の低摩擦化が実現されず、結果として金属製品の耐久性に劣るとの課題が生じる。
【0038】
また、本発明における硬質被膜を構成する全元素において、Ti原子、Si原子、C原子、およびN原子のそれぞれが占める割合は、以下の範囲が好ましい。
Ti原子:34.5at%以上45at%以下
(より好ましくは37.5at%以上45at%以下)
Si原子:5at%以上12.5at%以下
(より好ましくは5at%以上7.5at%以下)
C原子 :12.5at%以上35at%以下
N原子 :15at%以上41.5at%以下
(より好ましくは15at%以上37.5at%以下)
【0039】
尚、Ti原子とSi原子との合計量に対するSi原子の比、C原子とN原子との合計量に対するC原子の比、および硬質被膜におけるTi原子、Si原子、C原子、およびN原子のそれぞれの割合は、電子線マイクロアナライザー(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)により測定される。
具体的には、日本電子製のJXA−8500F(FE−EPMA)を用い、加速電圧:10kV、照射電流:5×10−8A、分析領域:φ50μm、使用標準資料:Ti(pure Ti)、Si(pure Si)、C(Glass Carbon)、N(AlN)、O(SiO)との測定条件にて、測定される。尚、測定結果にはO原子が含まれる場合があるが、このO原子の検出は、硬質被膜を形成する際の炉の残留ガスに起因するもので硬質被膜中に存在するものではないため、O原子を除いた原子で合わせて100%となるよう算出する。
【0040】
・摩擦係数
本発明における硬質被膜の表面の摩擦係数は低いほど好ましく、具体的には下記の測定条件でのボールオンディスク法による摩擦係数が0.4以下であることが好ましい。また、その下限値としては特に限定されるものではないが、例えば0.1以上であることが好ましい。
【0041】
尚、上記摩擦係数はボールオンディスク法により測定される。具体的には、測定装置として、CSM Instruments社(スイス)製の「トライボメーター」を用い、測定装置に試験片をセットし、相手材としてφ6mmのSUS304ボールをホルダーにセットし、荷重:5N、回転速度:10cm/sec、回転半径:3mm、摩擦距離:1000m、無潤滑環境の条件で測定される。
【0042】
硬質被膜の摩擦係数は、C原子とN原子との合計量に対するC原子の比、硬質被膜を構成する全元素におけるC原子の占める割合等によって制御される。
【0043】
・硬度
本発明における硬質被膜の、ナノインデンテーション法による硬度は15GPa以上35GPa以下であることが好ましい。
【0044】
尚、本発明における硬質被膜はC原子とN原子との合計量に対するC原子の比が前述の範囲に制御されており、つまり比較的C原子を多く含んでいる。ここで、一般的にPVD法により製膜される被膜では、C原子の割合が多くなる程硬い膜となることが知られている。しかし、本発明者らは、たとえC原子を比較的多く含んだ本発明の組成比の硬質被膜であっても、PVD法により製膜する際に印加するバイアス電圧を調整することで、被膜の硬さを更に調整し得ることを見出した。尚、バイアス電圧によって硬質被膜の硬さを調整できる理由は、バイアス電圧を変えることによって結晶成長が制御できるためと考えられる。
従って、本発明においては、C原子の比が前述の範囲でありC原子を比較的多く含んでいる硬質被膜であるにも関わらず、この硬質被膜の硬さをより硬い方向や、逆に柔らかい方向に調整することもできる。
【0045】
尚、硬質被膜は、ある程度柔らかくすることで高い靱性が得られ耐衝撃性が高められるため、結果として耐久性を向上し得る。一方、ある程度硬くすることで耐変形性が得られ、結果として耐久性を向上し得る。
耐変形性を求めてより硬い膜とする場合には、硬度は30GPa以上35GPa以下がより好ましい。
一方、靱性を求めてより柔らかい膜とする場合には、硬度は10GPa以上20GPa以下がより好ましい。
【0046】
尚、上記硬度はナノインデンテーション法により測定される。具体的には、測定装置としてCSM Instruments社(スイス)製の製品名ナノハードネステスターを用い、測定条件を荷重5mNに調整して測定される。
【0047】
硬質被膜の硬度は、C原子とN原子との合計量に対するC原子の比、硬質被膜を構成する全元素におけるC原子の占める割合、PVD法により硬質被膜を製膜する際に印加するバイアス電圧等によって制御される。つまり、C原子の比、割合が多いほど硬い膜となり、バイアス電圧が高いほど硬い膜となる。
【0048】
・硬質被膜の態様(単層膜)
本発明における硬質被膜は、1層からなる単層の膜であってもよい。単層の膜であることにより形成が容易に行える。
【0049】
・単層膜の形成方法
ここで、硬質被膜が単層膜である場合のPVD法による形成方法について説明する。
本発明における硬質被膜は、PVD法であればいかなる方法によって形成してもよく、例えばイオンプレーティング法、スパッタリング法、蒸着法等の方法が挙げられるが、イオンプレーティング法が被膜の密着性を挙げることができるため、好ましい。
【0050】
中でもカソードアーク放電方式によって形成することが好ましく、複数の金属元素を添加したカソードターゲットをアーク放電で溶融させた際、ターゲット組成と成膜された膜組成の差が比較的少ないため、好ましい。
金属成分の蒸発源としてTiおよびSiを含むターゲットをセットし、反応ガスとしてNガスおよびCHガスを流しながら、被覆基体温度、反応ガス圧力、印加するバイアス電圧を調整して成形を行う。反応ガスであるNガスおよびCHガスの流量を調整することで、硬質被膜におけるC原子とN原子の比が調整される。
【0051】
尚、PVD法により製膜する際に印加するバイアス電圧としては、例えばC原子とN原子との合計量に対するC原子の比が30at%以上の硬質被膜を対象とする場合であれば、耐変形性を求めてより硬い膜とする場合には、−100Vとすることが好ましく、一方、靱性を求めてより柔らかい膜とする場合には、−50Vとすることが好ましい。
【0052】
・硬質被膜の態様(積層膜)
本発明における硬質被膜は、硬度が異なる複数の層からなる積層膜であってもよい。硬度が異なる複数の層からなることにより、より柔らかい層による高い靱性とより硬い層による耐変形性との相乗効果により耐久性が向上する。
また、被膜として例えば単層の脆性材料であるセラミックス膜を形成した場合であれば、負荷がかかった際に破壊が一気に進展し膜剥がれが生じることがある。しかし、本発明において上記のように硬度が異なる複数の層からなる積層膜を硬質皮膜として形成することで、膜の破壊が積層間でとどまり、被膜の摩滅も抑制されることで、耐久性が向上する。
【0053】
尚、積層膜とする場合には、硬質被膜の最表面を構成する最表層の硬度が該最表層と接する下層(最表面から2番目の層)の硬度よりも低いことが好ましい。最表層の硬度がそれと接する下層の硬度よりも低いことにより、本発明に係る金属製品と接触する被接触部材(対象部材)とのなじみ性に優れる。
【0054】
・積層膜の形成方法
積層膜の形成は、前述の単層膜の形成に準じて行われる。尚、PVD法によって硬さの異なる層を積層する方法としては、被膜を形成する際において、反応ガスの流量を途中で変化させる方法、印加するバイアス電圧を途中で変化させる方法等が挙げられ、その切り替えの時点から硬さの異なる層が積層される。
【0055】
硬さの異なる複数の層を積層する場合、被膜の破壊の進展を抑制するとの観点から積層数は多い方が好ましく、例えば2層以上10層以下の層を積層することが好ましい。
【0056】
・硬質被膜の膜厚
本発明における硬質被膜の厚さは、特に限定されるものではないが、1μm以上20μm以下が好ましく、2μm以上10μm以下がより好ましい。
【0057】
・窒化層の形成
尚、本発明の金属製品においては、母材上に前記硬質被膜を形成する前に、金属部材からなる表面上に窒化層を形成し、この窒化層を介して硬質被膜を形成してもよい。
【0058】
窒化層は、例えば、基部となる金属部材を300℃以上650℃以下の温度に保持し、NHガスとHガスを用いて、金属部材の表面に0.001mA/cm以上2.0mA/cm以下の電流密度のグロー放電を行いイオン窒化することにより形成される。
【0059】
窒素層を介在させることにより、母材の持つ靱性を生かしつつ、窒化層のみを硬化することになる。このことは、窒化層の上に形成される硬質被膜の受ける負荷を緩衝し、結果的に硬質被膜の密着性を改善し、硬質被膜の特性を十分に発揮させることが可能となる。
【実施例】
【0060】
以下に実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0061】
<実施例1>
・母材の準備
まず、ねじパンチ(母材)として、図1(A)〜図1(C)に示される形状を有する日発精密工業社製の商品名JISM4皿頭ねじ用仕上げパンチ(全体が鋼系部材で構成されるねじパンチ)を準備した。
また、膜特性評価用試験片として以下の試験片を準備した。
(試験片1)SKH51材の20mm角、厚み2mmで片面を鏡面研磨した平板試験片
(試験片2)φ6mmのSKH51材ドリル
(試験片3)φ15mm、長さ60mmのSKH51材の冷間鍛造用プレスのパンチ
(試験片4)外径36mm、内径10.5mm、厚さ7mmのSKD11材のダイス
【0062】
・窒化層の形成
上記ねじパンチの突出部3を含む成形部2、および(試験片2)SKH51材ドリルを除く(試験片1、3、4)の膜特性評価用試験片に、まず窒化層を形成した。処理はラジカル窒化装置を用いており、反応ガスであるNH、Hを所定のガス比率で混合し、ヒーター加熱温度を500℃以下の条件の下で3時間の処理を行った。
【0063】
・硬質被膜の形成
次に、窒化層を形成したねじパンチおよび(試験片1、3、4)の膜特性評価用試験片、並びに窒化層を形成していない(試験片2)の膜特性評価用試験片を、アークイオンプレーティング装置(神戸製鋼所製のAIP−S20)に入れ、Arイオンによるボンバードメント処理を行い、金属成分の蒸発源であるTiSiターゲット、および反応ガスであるNガスおよびCHガスを導入し、被覆基体温度400℃、チャンバー内圧力5Paの条件下にて硬質被膜を形成した。
尚、この際のNガスの流量は290ml/min、CHガスの流量は290ml/min、バイアス電圧は50Vに調整した。
得られた硬質被膜の厚さは、2.2μmであった。
【0064】
こうして、成形部2に窒化層と単層からなる硬質被膜とを形成したねじパンチ、窒化層と単層からなる硬質被膜とを形成した(試験片1、3、4)の膜特性評価用試験片、および単層からなる硬質被膜を形成した(試験片2)の膜特性評価用試験片を作製した。
得られたねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片について、前述の方法により硬質被膜を構成する全元素におけるTi原子、Si原子、C原子、およびN原子のそれぞれの割合、Ti原子とSi原子との合計量に対するSi原子の比(Si/(Ti+Si))、C原子とN原子との合計量に対するC原子の比(C/(C+N))、ボールオンディスク法による摩擦係数、ナノインデンテーション法による硬度を測定した。結果を下記表1に示す。
【0065】
<実施例2>
実施例1の硬質被膜の形成において、Nガスの流量を440ml/minに、CHガスの流量を220ml/minに変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0066】
<比較例1>
実施例1の硬質被膜の形成において、Nガスの流量を600ml/minに、CHガスの流量を150ml/minに変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0067】
<比較例2>
実施例1の硬質被膜の形成において、Nガスの流量を670ml/minに、CHガスの流量を80ml/minに変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0068】
<比較例3>
実施例1の硬質被膜の形成において、Nガスの流量を750ml/minに、CHガスの流量を0ml/minに変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0069】
【表1】
【0070】
〔評価試験〕
・ボールオンディスク摩耗試験
硬質被膜における潤滑性および耐摩耗性を、ボールオンディスク摩耗試験にて評価した。
試験は、CSM Instruments社(スイス)製「トライボメーター」を用いた。試験機に試験片をセットし、相手材にφ6mmのSUS304ボールをホルダーにセットした。荷重:5N、回転速度:10cm/sec、回転半径:3mm、摩擦距離:1000m、無潤滑環境で試験を行った。
上記試験により得られた結果は1000m試験後の試験片の摩耗痕で凝着が発生しているかどうか、摩擦係数は一般的な鋼材同士の摩擦係数(0.5〜0.6)を下回っているか、凝着発生を意味する0.8以上になっていないか、を以下の評価基準により評価した。
◎:凝着せず、摩擦係数0.5以下で安定した摩擦挙動を示す
○:凝着せず、摩擦係数0.5を超え0.8未満であるが安定した摩擦挙動を示す
△:摩擦係数は0.5を超え0.8未満であり、試験途中で凝着を発生した
×:摩擦係数0.8以上を示し、凝着が発生している
【0071】
・ドリル切削試験
前記(試験片2)のドリルの試験片を用い、以下の試験により、硬質被膜におけるドリル切削性能を評価した。
試験方法は、ドリル切削加工により形成できた穴の数により評価した。切削条件は被削材がSUS板厚さ2T、切削速度50m/分、送り0.2mm/RPM、貫通穴とした。
【0072】
・金型加工性能試験(後方押出プレス試験)
前記(試験片3)の冷間鍛造用プレスのパンチの試験片を用い、以下の試験により、硬質被膜における金型加工性能を評価した。
試験方法は、冷間鍛造用プレスのナックルジョイント型160tプレス機を用い、被加工材であるSS400(ボンデ処理品)の加工前寸法、直径19.7mm、高さ14.0mmのものを、前記実施例および比較例でのコーティング処理済の試験パンチでショットプレスを行い、底厚5mmの厚さにまで圧延し、この試験を150ショット繰り返した。ショットプレス後の試験パンチに施した被膜の剥がれの有無を確認した。
上記試験により得られた結果を、以下の評価基準により評価した。
◎:150ショット加工可能であった。加工後もパンチ表面に傷は見られない
○:150ショット加工可能であった。加工後パンチ表面に被膜の剥がれが見られた
×:150ショット加工できず、途中でパンチのかじりが発生した
【0073】
・金型加工性能試験(深絞りプレス試験)
前記(試験片4)のダイスの試験片を用い、以下の試験により、硬質被膜における金型加工性能を評価した。
試験方法は、皮膜を被覆したダイスの性能をアルミニウム絞り加工により形成できた製品の数により評価した。被加工材料がA1100アルミニウム板厚さ0.4T、切削油は強粘性プレス油を使用し、加工速度は30spmで加工した。加工数として30,000個を定数とした。
【0074】
・パンチ寿命試験
前記ねじパンチを用い、以下の試験により、皿頭部分に+形の孔が未形成であるねじに対して孔を形成し、寿命までの本数を確認した。
試験方法は、中島田製ダブルヘッダー(NS41)により回転数160rpm、ねじ線材SUSXM7、線径3.45mm、潤滑油ナニワルーブにて食い付き限界寿命を評価した。
【0075】
【表2】
【0076】
<実施例3>
実施例1の硬質被膜の形成において、バイアス電圧を100Vに変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0077】
<実施例4>
実施例1の硬質被膜の形成において、バイアス電圧を200Vに変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0078】
<実施例5>
実施例2の硬質被膜の形成において、バイアス電圧を100Vに変更した以外は、実施例2と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0079】
<実施例6>
実施例2の硬質被膜の形成において、バイアス電圧を200Vに変更した以外は、実施例2と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
【0080】
【表3】
【0081】
上記の実施例についても、実施例1と同様に評価試験を行った。
【0082】
【表4】
【0083】
<実施例7>
硬質被膜の形成を以下の通り変更した以外は、実施例1と同様の方法によりねじパンチおよび(試験片1〜4)の膜特性評価用試験片を作製した。
・硬質被膜(積層膜)の形成
実施例2の硬質被膜と実施例5の硬質被膜を交互に5回積層した後、最表層に実施例1の硬質被膜を被覆した。得られた被膜の膜厚は全体で2.6μmであった。
【0084】
実施例7の被膜でボールオンディスク摩耗試験を行った結果、摩擦係数は0.2で凝着も見られず安定した摩耗状態であった。
【0085】
上記の実施例についても、実施例1と同様に評価試験を行った。
【0086】
【表5】
【符号の説明】
【0087】
1 本体
2 成形部
3 突出部
4 本体
5 孔
6 頭部
図1
図2