(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
度数の異なる遠用部と近用部とを含み、前記遠用部の等価球面度数がプラスである眼鏡用の累進屈折力レンズであり、互いに加入度数が異なる第1レンズ及び第2レンズを含むレンズセットであって、
前記第1レンズは、
フィッティングポイントを通る垂直基準線又は主注視線に沿った物体側の面の前記遠用部の水平方向の面屈折力をOHPf1、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記遠用部の垂直方向の面屈折力をOVPf1、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の水平方向の面屈折力をOHPn1、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の垂直方向の面屈折力をOVPn1としたときに、
前記OVPn1が前記OVPf1よりも小さく、
前記OHPf1が前記OVPf1よりも大きく、かつ、前記OHPn1が前記OVPn1よりも大きいトーリック面の要素を含み、
前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った眼球側の面は、前記トーリック面の要素をキャンセルする要素を含み、
前記第2レンズは、
フィッティングポイントを通る垂直基準線又は主注視線に沿った物体側の面の前記遠用部の水平方向の面屈折力をOHPf2、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記遠用部の垂直方向の面屈折力をOVPf2、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の水平方向の面屈折力をOHPn2、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の垂直方向の面屈折力をOVPn2としたときに、
前記OVPn2が前記OVPf2よりも小さく、
前記OHPf2が前記OVPf2よりも大きく、かつ、前記OHPn2が前記OVPn2よりも大きいトーリック面の要素を含み、
前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った眼球側の面は、前記トーリック面の要素をキャンセルする要素を含み、
前記OVPf1と前記OVPn1との差と、前記OVPf2と前記OVPn2との差とが同一である、レンズセット。
度数の異なる遠用部と近用部とを含み、前記遠用部の等価球面度数がプラスである眼鏡用の累進屈折力レンズであり、互いに加入度数が異なる第1レンズ及び第2レンズを設計するレンズ設計方法であって、
前記第1レンズについて、
フィッティングポイントを通る垂直基準線又は主注視線に沿った物体側の面の前記遠用部の水平方向の面屈折力をOHPf1、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記遠用部の垂直方向の面屈折力をOVPf1、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の水平方向の面屈折力をOHPn1、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の垂直方向の面屈折力をOVPn1としたときに、
前記OVPn1が前記OVPf1よりも小さくすることと、
前記OHPf1が前記OVPf1よりも大きく、かつ、前記OHPn1が前記OVPn1よりも大きいトーリック面の要素を含ませることと、
前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った眼球側の面に、前記トーリック面の要素をキャンセルする要素を含ませることと、
を含み、
前記第2レンズについて、
フィッティングポイントを通る垂直基準線又は主注視線に沿った物体側の面の前記遠用部の水平方向の面屈折力をOHPf2、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記遠用部の垂直方向の面屈折力をOVPf2、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の水平方向の面屈折力をOHPn2、前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った前記物体側の面の前記近用部の垂直方向の面屈折力をOVPn2としたときに、
前記OVPn2が前記OVPf2よりも小さくすることと、
前記OHPf2が前記OVPf2よりも大きく、かつ、前記OHPn2が前記OVPn2よりも大きいトーリック面の要素を含ませることと、
前記垂直基準線又は前記主注視線に沿った眼球側の面に、前記トーリック面の要素をキャンセルする要素を含ませることと、
を含み、
前記OVPf1と前記OVPn1との差と、前記OVPf2と前記OVPn2との差とを同一とすることを含む、レンズ設計方法。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】実施形態にかかるレンズセット100を模式的に示す図。
【
図2】レンズセット100に含まれているレンズを用いた眼鏡の一例を示す斜視図。
【
図3】
図3(a)は、右眼用のレンズ10Rを眼球側から見た模式図、
図3(b)は、右眼用のレンズ10Rの断面を模式的に示す図。
【
図5】実施形態にかかるレンズの設計方法及びレンズの製造方法を説明するためのフローチャート。
【
図6】
図6(a)は、典型的な累進屈折力レンズ(レンズ10)の等価球面度数分布(単位はディオプトリ(D))を示す図、
図6(b)は、非点収差分布(単位はディオプトリ(D))を示す図、
図6(c)は、レンズ10によって正方格子を見たときの歪曲の状態を示す図。
【
図7】前庭動眼反射(Vestibulo−Ocular Reflex(VOR))の概要を示す図。
【
図8】対象物探索時の頭位(眼位)運動を観察した一例を示すグラフ。
【
図9】仮想空間の仮想面59に配置された対象物9に対して頭部を回旋させたときの前庭動眼反射を加味した視覚のシミュレーションを行う様子を示す図。
【
図10】注視点に対して第1の水平角度θx1で左右に眼球3及び矩形模様50を動かしたときの矩形模様50の像の一例を示す図。
【
図13】実施例及び比較例におけるパラメーターを示す表。
【
図14】
図14(A)は、実施例1−1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図14(B)は、実施例1−1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図15】
図15(A)は、実施例1−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図15(B)は、実施例1−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図16】
図16(A)は、実施例1−3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図16(B)は、実施例1−3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図17】
図17(A)は、比較例1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図17(B)は、比較例1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図18】
図18(A)は、実施例1−1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図18(B)は、実施例1−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図18(C)は、実施例1−3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図18(D)は、比較例1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図。
【
図19】
図19(A)は、実施例1−1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図19(B)は、実施例1−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図19(C)は、実施例1−3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図19(D)は、比較例1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図。
【
図20】実施例1−1〜実施例1−3及び比較例1のゆれ指数IDsを示すグラフ。
【
図21】
図21(A)は、実施例2−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図21(B)は、実施例2−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図22】
図22(A)は、比較例2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図22(B)は、比較例2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図23】
図23(A)は、実施例2−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図23(B)は、比較例2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図。
【
図24】
図24(A)は、実施例2−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図24(B)は、比較例2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図。
【
図25】実施例2−1〜実施例2−3及び比較例2のゆれ指数IDsを示すグラフ。
【
図26】
図26(A)は、実施例3−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図26(B)は、実施例3−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図27】
図27(A)は、比較例3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図27(B)は、比較例3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフ。
【
図28】
図28(A)は、実施例3−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図28(B)は、比較例3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図。
【
図29】
図29(A)は、実施例3−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図29(B)は、比較例3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図。
【
図30】実施例3−1〜実施例3−3及び比較例3のゆれ指数IDsを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0024】
以下では、次のような順序にしたがって本発明の実施形態を説明する。
【0025】
0.用語の説明
1.レンズセット
2.レンズ設計方法及びレンズ製造方法
3.ゆれの評価方法
4.実施例
【0026】
0.用語の説明
本実施形態の説明に用いる主要な用語について説明する。
レンズの「上方」とは、装用者が眼鏡を装用したときにおける装用者の頭頂側を意味する。
レンズの「下方」とは、装用者が眼鏡を装用したときにおける装用者の顎側を意味する。
レンズの「外面」とは、装用者が眼鏡を装用したときに対象物に対向する面を意味する。「物体側の面」「凸面」とも言う。
レンズの「内面」とは、装用者が眼鏡を装用したときに装用者の眼球に対向する面を意味する。「眼球側の面」「凹面」とも言う。
レンズの「遠用部」とは、遠距離の物を見る(遠方視の)ための視野部である。
レンズの「近用部」とは、近距離の物を見る(近方視の)ための、遠用部とは度数(屈折力)が異なる視野部である。
レンズの「中間部」とは、遠用部と近用部とを連続的に屈折力が変化するように連結する領域である。中間視のための部分、累進部、累進帯とも言う。
「外面(内面)の遠用部」とは、レンズの遠用部に対応する外面(内面)の領域である。
「外面(内面)の近用部」とは、レンズの近用部に対応する外面(内面)の領域である。
「外面(内面)の中間部」とは、レンズの中間部に対応する外面(内面)の領域である。
「遠用設計基準点」とは、遠用部の設計仕様が適用されるレンズの外面又は内面における座標を意味する。なお、「点」となっているが微小な面積を含んでいてもよい。
「近用設計基準点」とは、近用部の設計仕様が適用されるレンズの外面又は内面における座標を意味する。なお、「点」となっているが微小な面積を含んでいてもよい。
「遠用部の面屈折力」とは、遠用設計基準点における面屈折力を意味する。
「近用部の面屈折力」とは、近用設計基準点における面屈折力を意味する。
レンズの「度数」とは、遠用設計基準点における等価球面度数を意味する。
「ベースカーブ」とは、レンズの外面の曲率を意味する。
「第一眼位」とは、装用者の眼球の高さにある前方の物体を直視しているときの装用者の頭部に対する眼球の相対位置を意味する。
「フィッティングポイント」とは、第一眼位における装用者の視線とレンズの外面との交点としてレンズの設計者が指定した座標を意味する。
屈折力が「同一」とは、比較する2つの屈折力が完全に等しい場合に加え、許容できる誤差の範囲内の場合も含む。具体的には、「JIS T 7315 屈折矯正用累進屈折力眼鏡レンズ」(日本工業標準調査会)に規定される累進屈折力レンズの許容差は絶対値で0.25Dであるため、0.25D未満は誤差の範囲内とすることができる。
【0027】
1.レンズセット
図1は、本実施形態にかかるレンズセット100を模式的に示す図である。本実施形態にかかるレンズセット100は、度数の異なる遠用部と近用部とを含み、遠用部の等価球面度数がプラスである眼鏡用の累進屈折力レンズであり、互いに加入度数が異なる第1レンズ10a及び第2レンズ10bを含む。
図1に示される例では、レンズセット100に含まれているレンズは2枚であるが、レンズセット100は、3枚以上のレンズを含んで構成されていてもよい。レンズセット100が3枚以上のレンズを含んで構成されている場合には、任意に選択された2枚のレンズが第1レンズ10a及び第2レンズ10bに対応してもよい。また、レンズセット100は、第1レンズ10a又は第2レンズ10bを2枚以上含んでもよい。
【0028】
図2は、レンズセット100に含まれているレンズを用いた眼鏡1の一例を示す斜視図である。
【0029】
本実施形態においては、使用者側(装用者側、眼球側)からみて、左側を左、右側を右として説明する。
図2に示される眼鏡1は、左眼用及び右眼用の左右一対のレンズ10L及びレンズ10Rと、レンズ10L及びレンズ10Rを装着したフレーム20とを有する。
図2に示されるレンズ10L及びレンズ10Rは、第1レンズ10a又は第2レンズ10bをフレーム20に合わせて加工したレンズである。レンズ10L及びレンズ10Rの加入度は同一でも異なってもよいが、レンズ10L及びレンズ10Rの加入度は同一であることが一般的である。本実施形態のレンズ10L及びレンズ10Rはともに第1レンズ10aである。レンズ10L及びレンズ10Rは、それぞれ、累進多焦点レンズ(累進屈折力レンズ)である。レンズ10L及びレンズ10Rは、それぞれ、基本的な形状は物体側に凸のメニスカスレンズである。したがって、レンズ10L及びレンズ10Rは、それぞれ、物体側の面(凸面、以下外面ともいう)19Aと、眼球側(使用者側)の面(凹面、以下内面ともいう)19Bと、を含む。なお、レンズ10L及びレンズ10Rは、使用者の処方に合わせて選択され、処方度数、プリズム量等が異なってもよい。
【0030】
図3(a)は、右眼用のレンズ10Rを眼球側から見た模式図、
図3(b)は、右眼用のレンズ10Rの断面を模式的に示す図である。レンズ10Rは、上方に遠用部11を含み、下方に近用部12を含む。さらに、レンズ10Rは、これら遠用部11と近用部12とを連結する中間部13を含む。また、レンズ10Rは、遠方視、中間視、近方視をするときにそれぞれ視野の中心となるレンズ上の位置を結んだ主注視線14を含む。レンズ10Rをフレーム枠に合わせて外周を成形し枠入れする際に遠方水平正面視(第一眼位)での視線が通過するようにするレンズ上の基準点であるフィッティングポイントPeは、遠用部11のほぼ下端に位置するのが通常である。以下においては、フィッティングポイントPeをレンズの座標原点とし、水平方向の座標をX座標、垂直方向の座標をY座標とする。主注視線14は遠用部11から近用部12方向にほぼ垂直に伸び、Y座標に対してフィッティングポイントPeを過ぎたあたりから鼻側に曲がる。
【0031】
なお、以下においてレンズとして右眼用のレンズ10Rを中心に説明するが、レンズは左眼用のレンズ10Lであってもよく、左眼用のレンズ10Lは、左右の眼の眼鏡仕様の差を除けば基本的には右眼用のレンズ10Rと左右対称の構成となる。また、以下においては、右眼用のレンズ10R及び左眼用のレンズ10Lを共通してレンズ10と称する。以下においては、レンズ10の面屈折力を、それぞれ、OVPf、OVPn、OHPf、OHPn、IVPf、IVPn、IHPf、IHPnと表記する。
【0032】
レンズ10の光学性能のうち視野の広さについては、非点収差分布図や等価球面度数分布図によって知ることができる。レンズ10の性能の1つとして、レンズ10を用いた眼鏡1を着用して頭を動かしたときに感じる「ゆれ」が重要である。非点収差分布や等価球面度数分布がほとんど同じであっても、ゆれに関して差が発生することがある。ゆれの評価方法については「3.ゆれの評価方法」の項で説明し、その評価方法を用いて本願の実施例と従来例とを比較した結果を「4.実施例」の項で示す。
【0033】
レンズセット100に含まれている第1レンズ10aは、主注視線14(又はフィッティングポイントPeを通る垂直基準線(以下では「垂直基準線」と称する))に沿った物体側の面19Aの遠用部11の水平方向の面屈折力をOHPf1、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの遠用部11の垂直方向の面屈折力をOVPf1、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの近用部12の水平方向の面屈折力をOHPn1、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの近用部12の垂直方向の面屈折力をOVPn1としたときに、OVPn1がOVPf1よりも小さく、OHPf1がOVPf1よりも大きく、かつ、OHPn1がOVPn1よりも大きいトーリック面の要素を含み、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った眼球側の面19Bは、トーリック面の要素をキャンセルする要素を含む。
【0034】
レンズセット100に含まれている第2レンズ10bは、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの遠用部11の水平方向の面屈折力をOHPf2、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの遠用部11の垂直方向の面屈折力をOVPf2、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの近用部12の水平方向の面屈折力をOHPn2、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った物体側の面19Aの近用部12の垂直方向の面屈折力をOVPn2としたときに、OVPn2がOVPf2よりも小さく、OHPf2がOVPf2よりも大きく、かつ、OHPn2がOVPn2よりも大きいトーリック面の要素を含み、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った眼球側の面19Bは、トーリック面の要素をキャンセルする要素を含む。
【0035】
すなわち、第1レンズ10a及び第2レンズ10bは以下の条件を満たす。
【0036】
OHPf1>OVPf1、OHPf2>OVPf2・・・(1)
OHPn1>OVPn1、OHPn2>OVPn2・・・(2)
OVPf1>OVPn1、OVPf2>OVPn2・・・(3)
【0037】
第1レンズ10a及び第2レンズ10bは、物体側の面19Aの主注視線14(又はフィッティングポイントPeを通る垂直基準線)に沿ったトーリック面(トロイダル面とも呼ばれる。)の要素を含む両面累進レンズである。物体側の面19Aのトーリック面の要素は、遠用部11及び近用部12とも、水平方向の面屈折力OHPf1(OHPf2)及び面屈折力OHPn1(OHPn2)の方が、垂直方向の面屈折力OVPf1(OVPf2)及び面屈折力OVPn1(OVPn2)より大きい(条件(1)及び(2))。そのため、中間部13も同様のトーリック面の要素を含む。すなわち、遠用部11及び近用部12とも、物体側の面19Aの縦方向(垂直方向)の曲率に対して横方向(水平方向)の曲率の方が大きい。これによって、ゆれの小さな累進屈折力レンズを提供できる。なお、中間部13も遠用部11及び近用部12と同様のトーリック面の要素を含んでいてもよい。
【0038】
第1レンズ10a又は第2レンズ10bを通して得られる像にゆれが発生する際の視線(眼)の動きの典型的なものは、頭部の動きを補償する前庭動眼反射によって頭部に対して眼球(視線)が動くことによるものである。前庭動眼反射によって視線の動く範囲は垂直方向(縦方向)よりも水平方向(横方向)の方が一般的に広い。したがって、物体側の面19Aに、水平方向の面屈折力が垂直方向の面屈折力よりも大きなトーリック面の要素を導入することによって、視線が水平方向に動く際に、視線が第1レンズ10a又は第2レンズ10bの物体側の面19Aを通過する角度の変動を抑制できる。このため、視線を動かした際に第1レンズ10a又は第2レンズ10bを通して得る像の諸収差を低減でき、第1レンズ10a又は第2レンズ10bを通して得られる像のゆれの少ない第1レンズ10a及び第2レンズ10bを提供できる。
【0039】
第1レンズ10a及び第2レンズ10bは、物体側の面19Aの近用部12の面屈折力を、加入度とは逆に、遠用部11の面屈折力に対して小さくする逆累進の要素を入れること(条件(3))によって、遠用部11を通して得る像と近用部12を通して得る像との倍率差を縮小できる。
【0040】
物体側の面19Aの逆累進の要素は、垂直方向の面屈折力及び水平方向の面屈折力の両方によって導入してもよい。しかしながら、物体側の面19Aの構造が複雑になる。一般に、眼鏡レンズは片面(通常は外面)が完成されたレンズ(セミフィニッシュトレンズ)を予め製造しておき、設計にしたがって他方の面(通常は内面)を切削研磨することで、装用者の処方に合ったレンズを製造する。物体側の面19Aの構造が複雑であると、セミフィニッシュトレンズの加工精度を確保するために多くの工数を必要とするのでコストが抑制しにくい。このため、加工がし易く、精度を確保しやすい、面屈折力の小さい垂直方向の面屈折力によって物体側の面19Aに逆累進の要素を導入することが望ましい。これによって、低コストで、像のゆれの少ない累進屈折力レンズを提供できる。
【0041】
また、第1レンズ10a及び第2レンズ10bの加入度数は、眼球側の面19Bの遠用部11の面屈折力と近用部12の面屈折力との差を、物体側の面19Aの遠用部11の面屈折力と近用部12の面屈折力との差よりも大きくすることによって確保できる。すなわち、第1レンズ10aの主注視線14(又は垂直基準線)に沿った眼球側の面19Bの遠用部11の垂直方向の面屈折力をIVPf1とし、近用部12の垂直方向の面屈折力をIVPn1とし、第2レンズ10bの主注視線14(又は垂直基準線)に沿った眼球側の面19Bの遠用部11の垂直方向の面屈折力をIVPf2とし、近用部12の垂直方向の面屈折力をIVPn2としたときに、以下の条件を満たす。
【0042】
IVPf1−IVPn1>OVPf1−OVPn1、IVPf2−IVPn2>OVPf2−OVPn2・・・(4)
【0043】
ただし、条件(4)における面屈折力IVPf1、IVPf2、IVPn1、及びIVPn2は絶対値である。
【0044】
また、本実施形態における第1レンズ10a及び第2レンズ10bにおいては、第1レンズ10aの面屈折力OVPf1と面屈折力OVPn1との差と、第2レンズ10bの面屈折力OVPf2と面屈折力OVPn2との差とが同一である。
【0045】
図4は、本実施形態のレンズセットを説明する図である。縦軸はレンズ10の遠用部の球面度数(Sph)、横軸は処方加入度数(Add)である。一般に、累進屈折力レンズは、処方(少なくとも遠用部の球面度数及び加入度数数)に基づいて、非点収差等の光学性能及び厚み等の機械的性能について許容できる範囲で複数のグループに区分けされる。各レンズセットに含まれるレンズは、共通のセミフィニッシュトレンズから加工される。本実施形態においては、G4〜G11はそれぞれ、共通の(同一の形状の)セミフィニッシュトレンズから製造されるレンズセットを表す。すなわち、各レンズセットに含まれる第1レンズ10a及び第2レンズ10bの逆累進の要素(条件(3))の要素は同一である。例えば、レンズセットG5は、Sphが+2.50D、Addが1.00Dの第1レンズ10aと、Sphが+1.00D、Addが2.00Dの第2レンズ10bを含み、OVPf1とOVPn1との差と、OVPf2とOVPn2との差が同一である。
【0046】
ここで、第1レンズ10aの加入度数が第2レンズ10bの加入度数よりも小さいとする。本実施形態のレンズ10において、第2レンズ10bの逆累進の要素の大きさを第1レンズ10aの逆累進の要素の大きさよりも大きくすると、第1レンズ10a及び第2レンズ10bにおける像のゆれを、ある程度の範囲に抑制できる。一方、本実施形態のレンズ10において、第2レンズ10bの逆累進の要素の大きさを第1レンズ10aの逆累進の要素の大きさよりも小さくすると、第2レンズ10bの物体側の面19Aの曲率が相対的に大きくなることを抑制できる。すなわち、第2レンズ10bの物体側の面19Aが突出する程度を軽減できるので、眼鏡としての外観を改善できる。すなわち、加入度数に応じて異なる大きさの逆累進の要素を含ませることで、ゆれ又はレンズの外観を改善できる。
【0047】
ところが、加入度数に応じて逆累進の要素を変化させると、加入度数に応じて物体側の面19Aの曲率が変化し、共通のセミフィニッシュトレンズを使用できなくなる。したがって、
図4におけるレンズセットを、所定の加入度数(Add)毎にさらに細かく区分する必要が生じる。
【0048】
一方、本実施形態のレンズセットにおいては、レンズの加入度数によらず、第1レンズ10aの面屈折力OVPf1と面屈折力OVPn1との差と、第2レンズ10bの面屈折力OVPf2と面屈折力OVPn2との差とが同一であるので、物体側の面19Aの形状を容易に共通化できる。これによって、例えば物体側の面19Aが球面の内面累進レンズと同程度の種類数のセミフィニッシュトレンズから加入度数及び球面度数の異なる複数種類のレンズを製造することができるので、製造コストを従来のレンズと同程度に抑制できる。
【0049】
また、レンズセットG4〜G11の全体において、逆累進の要素が同一であってもよい。この場合は、
図4の全体を1つのレンズセットとみなすことができ、当該レンズセットは処方に基づいてG4〜G11のグループ(セミフィニッシュトレンズが異なる)に区分される。例えば、Sphが+2.50D、Addが1.00Dの第1レンズ10a(レンズセットG5に含まれる)とSphが+2.50D、Addが1.25Dの第2レンズ10b(レンズセットG6に含まれる)が1つのレンズセットを構成してもよい。これによって、逆累進の要素の違いをレンズ10の設計及び製造において考慮する必要がなくなるので、設計ミスや製造時の加工計算ミス、冶具の選択ミス等によって不良品が発生することを抑制できる。したがって、製造コストを抑制できる。
【0050】
2.レンズ設計方法及びレンズ製造方法
図5は、本実施形態にかかるレンズ設計方法及びレンズ製造方法を説明するためのフローチャートである。本実施形態においては、「1.レンズセット」の項で説明した第1レンズ10a及び第2レンズ10bを設計及び製造する例について説明する。
【0051】
本実施形態にかかるレンズ設計方法は、第1レンズ10aについて、面屈折力OVPn1が面屈折力OVPf1よりも小さくすること(ステップS100)と、面屈折力OHPf1が面屈折力OVPf1よりも大きく、かつ、面屈折力OHPn1が面屈折力OVPn1よりも大きいトーリック面の要素を含ませること(ステップS102)と、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った眼球側の面19Bに、トーリック面の要素をキャンセルする要素を含ませること(ステップS104)と、を含む。また、第2レンズ10bについて、面屈折力OVPn2が面屈折力OVPf2よりも小さくすること(ステップS106)と、面屈折力OHPf2が面屈折力OVPf2よりも大きく、かつ、面屈折力OHPn2が面屈折力OVPn2よりも大きいトーリック面の要素を含ませること(ステップS108)と、主注視線14(又は垂直基準線)に沿った眼球側の面19Bに、トーリック面の要素をキャンセルする要素を含ませること(ステップS110)と、を含む。さらに、面屈折力OVPf1と面屈折力OVPn1との差と、面屈折力OVPf2と面屈折力OVPn2との差とを同一とすること(ステップS112)を含む。なお、ステップS100〜ステップ112までの各工程の順序は任意である。
【0052】
この方法で設計された第1レンズ10a及び第2レンズ10bによれば、物体側の面19Aに、水平方向の面屈折力が垂直方向の面屈折力よりも大きなトーリック面の要素を導入することによって、視線が水平方向に動く際に、視線が第1レンズ10a又は第2レンズ10bの物体側の面19Aを通過する角度の変動を抑制できる。したがって、視線を動かした際に第1レンズ10a又は第2レンズ10bを通して得る像の諸収差を低減でき、第1レンズ10a又は第2レンズ10bを通して得られる像のゆれの少ない第1レンズ10a及び第2レンズ10bを設計できる。
【0053】
また、レンズの加入度数によらず、第1レンズ10aの面屈折力OVPf1と面屈折力OVPn1との差と、第2レンズ10bの面屈折力OVPf2と面屈折力OVPn2との差とが同一であるので、物体側の面19Aの形状を容易に共通化できる。したがって、共通のセミフィニッシュトレンズから加入度数の異なる複数種類のレンズを製造することができるようになるので、製造コストを抑制できるレンズを設計できる。
【0054】
本実施形態にかかるレンズ製造方法は、上述のレンズ設計方法(ステップS100〜ステップS112)によって設計された累進屈折力レンズを製造すること(ステップS102)を含む。
【0055】
これによって、共通のセミフィニッシュトレンズから加入度数の異なる複数種類のレンズを製造することができるので、製造コストを抑制できる。
【0056】
3.ゆれの評価方法
図6(a)は、典型的な累進屈折力レンズ(レンズ10)の等価球面度数分布(単位はディオプトリ(D))を示す図、
図6(b)は、非点収差分布(単位はディオプトリ(D))を示す図、
図6(c)は、このレンズ10によって正方格子を見たときの歪曲の状態を示す図である。レンズ10においては、主注視線14に沿って所定の度数が加入される。度数の加入によって、中間部13の側方には大きな非点収差が発生するので、中間部13の側方では物がぼやけて見えてしまう。等価球面度数分布は近用部12では所定の量だけ度数がアップし、中間部13、遠用部11へと順次度数が減少する。
図6(a)及び
図6(b)に示されるレンズ10においては、遠用部11の度数(遠用度数、Sph)は0.00D(ディオプトリ)であり、加入度数(Add)は2.00Dである。
【0057】
レンズ10上の位置による度数の違いによって、度数の大きな近用部12では遠用部11に比べ像の倍率が大きくなり、中間部13から近用部12の側方では、正方格子像はひずんで見える。これが頭を動かしたときの像のゆれ(ユレ)の原因となる。
【0058】
図7は、前庭動眼反射(VOR)の概要を示す図である。人は対象物9を見ているとき頭部が動くと視界も動く。このとき、網膜上の像も動く。その頭部の動き(顔の回旋(回転)、頭部の回旋)8を相殺するような眼球3の動き(眼の回旋(回転))7があれば視線2は安定し(動かず)、網膜像は動かない。このような網膜像を安定化させる機能をもつ、反射的な眼球運動を代償性眼球運動という。代償性眼球運動の一つが前庭動眼反射であり、頭部の回旋が刺激となり反射を生じる。水平回旋(水平回転)による前庭動眼反射の神経機構はある程度解明されており、頭部の回旋8を水平半規管が検知し、水平半規管からの入力が外眼筋に抑制性と興奮性の作用を与え、眼球3を動かすと考えられている。
【0059】
頭部が回旋したとき、前庭動眼反射によって眼球3が回旋すると網膜像は動かないが、
図7に破線及び一点鎖線で示したように頭部の回旋に連動して眼鏡1に設けられたレンズ10が回旋する。このため、前庭動眼反射によってレンズ10を通過する視線2は相対的にレンズ10上を動く。したがって、前庭動眼反射によって眼球3が動く範囲、すなわち、前庭動眼反射によって視線2が通過する範囲でレンズ10の結像性能に差があると、網膜像がゆれることがある。
【0060】
図8は、対象物探索時の頭位(眼位)運動を観察した一例を示すグラフである。横軸は被験者の正面方向と注視点(対象物)とがなす水平方向の角度、縦軸は頭部回転角を示す。
図8に示されるグラフは、注視点より水平方向にある角度だけ移動した対象物9を認識するために、頭部がどの程度回旋するかを示している。対象物9を注目させる注視の状態においては、グラフ41に示すように頭部は対象物9とともに回旋する。これに対して、対象物を単に認識する程度の弁別視の状態においては、グラフ42に示すように、頭部の動きは対象物9の角度(移動)に対して10度程度小さく(少なく)なる。この観察結果によって、眼球3の動きによって対象物9を認識できる範囲の限界を約10度程度に設定できる。したがって、自然な状態で人間が頭部を動かしながら前庭動眼反射によって対象物9を見るときの水平方向の頭部の回旋角度は左右にそれぞれ最大10度程度(前庭動眼反射によって眼球3が動く最大水平角度θxm)と考えられる。
【0061】
一方、前庭動眼反射によって対象物9を見るときの垂直方向の頭部の最大回旋角は、累進屈折力レンズの場合は、中間部13では度数の変化があるため、大きく動くと対象物9の距離に対して度が合わなくなり、像がぼけてしまうことから、水平方向の最大回旋角よりも小さくなることが考えられる。以上から、ゆれのシミュレーションを行う場合のパラメーターとなる頭部回旋角は水平方向で左右に約10度程度、垂直方向では水平方向の最大回旋角より小さく、例えば上下に5度程度を用いるのが好ましい。また、前庭動眼反射によって視線2が動く範囲の典型的な値は、水平方向では、主注視線14の左右±10度程度であることが分かる。
【0062】
図9は、仮想空間の仮想面59に配置された対象物9に対して頭部を回旋させたときの前庭動眼反射を加味した視覚のシミュレーションを行う様子を示す図である。
図9に示される例では、対象物9は矩形模様50である(図には対象物9の符号は示していない)。仮想空間に眼球3の回旋中心Rcを原点として、水平正面方向にz軸を設定し、水平方向にx軸、垂直方向にy軸を設定する。x軸、y軸、z軸は互いに直交している。y−z平面に対して角度θx、x−z平面に対して角度θyをなす方向に、距離dを隔てた仮想面59に矩形模様50を配置する。
【0063】
図9に示される例においては、矩形模様50は縦横に2等分された正方格子であり、幾何学中心55を通る中心の垂直格子線51及び中心の垂直格子線51に対して左右対称な左右の垂直格子線52と、幾何学中心55を通る中心の水平格子線53及び中心の水平格子線53に対し上下対称な上下の水平格子線54とを含む。この正方格子の矩形模様50を、以下に示すようにピッチ(隣り合う垂直格子線51(水平格子線53)同士の間隔)がレンズ10の上に視野角に対応するように仮想面59と眼球3との距離dを調整する。なお、ピッチは、回旋中心Rcと幾何学中心55を結ぶ直線を基準として水平方向又は垂直方向の角度(単位[°])で表される。
【0064】
図9に示される例では、レンズ10を実際の眼鏡装用時と同じ位置・姿勢で眼球3の前に配置し、注視点に対して前庭動眼反射によって眼球3が動く最大水平角度θxmの近傍、すなわち、注視点に対して±10度に左右の垂直格子線52及び上下の水平格子線54がそれぞれ見えるように仮想面59を設定する。
【0065】
正方格子の矩形模様50のサイズは視野角で規定することができ、見る対象物に合わせて設定することが可能である。例えばモバイルパソコンの画面などでは格子のピッチは小さく、デスクトップパソコンの画面のような対象物では格子のピッチは大きくとることができる。
【0066】
一方、仮想面59までの距離dについては、レンズ10の場合は、遠用部11、中間部13、近用部12によって想定される対象物9の距離が変わるので、使用する視野部を考慮して遠用部11では数m以上の遠距離、近用では40cmから30cm程度の近距離、中間部13は1mから50cm程度の中間距離にすることが妥当である。ただし、例えば歩行時には中間部13、近用部12でも2mから3mの距離のものが観察対象となるので、あまり厳密にレンズ上の遠・中・近の領域に合わせて距離dを設定する必要はない。
【0067】
レンズ10のレンズ屈折作用によって矩形模様50は視野方向(θx、θy)からずれた視野角方向に観察される。この場合の矩形模様50の観察像は通常の光線追跡法によって求めることができる。この状態を基準として、水平方向に+α°頭部を回旋させると顔と一緒にレンズ10も+α°回旋する。このとき前庭動眼反射によって眼球3は逆方向にα°、即ち−α°回旋するので、レンズ10の上では視線2は−α°移動した位置を使って矩形模様50の幾何学中心55を見ることになる。したがって、レンズ10の視線2の透過箇所や視線2のレンズ10への入射角度が変わるので、矩形模様50は実際の形とは違った形で観察される。この形状のずれが像のゆれの要因となる。
【0068】
したがって、本項で説明するゆれの評価方法においては、頭部を左右又は上下に反復回旋したときの、最大又は所定の回旋角度θx1の両端位置における対象物9(矩形模様50)の画像を矩形模様50の幾何学中心55で重ね合わせ、両者の形状のずれを幾何学的に計算する。回旋角度θx1の一例は前庭動眼反射によって眼球3が動く最大水平角度(約10度)である。
【0069】
本項で説明するゆれの評価方法において、ゆれの評価に用いられる指数は、ゆれ指数IDsである。ゆれ指数IDsは、垂直格子線51、垂直格子線52、水平格子線53及び水平格子線54の移動面積を表す指数である。
【0070】
図10は、注視点に対して第1の水平角度(振り角)θx1で左右に眼球3及び矩形模様50を動かしたときの矩形模様50の像の一例を示す図である。
図10に示される状態は、水平角度(振り角)θx1を10度として、レンズ10を装用して頭部を左右に動かしたときに、矩形模様50を動かさず視線2が矩形模様50の幾何学中心55から動かないように矩形模様50を見ている状態に相当する。矩形模様50a(破線)は、振り角10°で光線追跡法によってレンズ10を介して観察される像(右回旋画像)であり、矩形模様50b(実線)は同様に振り角−10°で観察される像(左回旋画像)である。
図10においては、矩形模様50a及び矩形模様50bを幾何学中心55が一致するように重ねて示している。なお、振り角0°で観察される矩形模様50の像はこれらのほぼ中間に位置する(図示せず)。振り角を上下に設定した場合に観察される像(上回旋画像及び下回旋画像)も同様に求めることができる。
【0071】
矩形模様50a及び50bは、矩形模様50を、レンズ10を通して見ながら、頭を振ったときにユーザーが実際に得られる矩形模様50の像に相当し、矩形模様50a及び50bの差は、頭を振ったときにユーザーが実際に得られる像の動きに相当する。
【0072】
図11及び
図12は、ゆれ指数IDsを説明するための図である。ゆれ指数IDsは、垂直格子線51、垂直格子線52、水平格子線53及び水平格子線54の移動面積を表す指数である。すなわち、ゆれ指数IDsは、矩形模様50の全体形状の変形の大きさに相当する指数である。ゆれ指数IDsは、
図11及び
図12に示すように矩形模様50の垂直格子線51、垂直格子線52、水平格子線53及び水平格子線54のそれぞれの移動量を面積として幾何学的に計算することによって、12個の数値を得ることができる。
図11は水平格子線53及び54の移動量(斜線塗りつぶし部分)を表し、
図12は垂直格子線51及び52の移動量(斜線塗りつぶし部分)を表した図である。このうち垂直格子線51及び垂直格子線52の移動量は「揺らぎ」を表し、水平格子線53及び水平格子線54の移動量は「波打ち(うねり)」を表していると考えられる。したがって、垂直格子線51及び垂直格子線52の移動量を合算すると「揺らぎ感」としてゆれを定量評価できる。また、水平格子線53及び水平格子線54の移動量を合算すると「波打ち(うねり)感」としてゆれを定量評価できる。また、ゆれ指数IDsは、レンズ10がゆれ評価位置付近で大きな倍率変化を持っていた場合、例えば水平方向に伸び縮みが生ずるような変形がある場合は、それらの要素も包含した指標となる。
【0073】
ゆれ指数IDsの単位は、視野角座標上での面積であるので、度(°)の二乗である。なお、ゆれ指数IDsとして、垂直格子線51、垂直格子線52、水平格子線53及び水平格子線54の移動面積を頭部の回旋を加える前(0度)における矩形模様50の面積で割って、比率(例えば、パーセント)表示にしたものをゆれの指標とすることも可能である。
【0074】
ゆれ指数IDsについては、垂直格子線51及び垂直格子線52の変動面積の合計を「垂直L」、水平格子線53及び水平格子線54の変動面積の合計を「水平L」、「垂直L」と「水平L」の合計を「全L」として指標化してもよい。
【0075】
「水平L」、「垂直L」は、実際に人(ユーザー)がゆれを感じているときには、形として捉えている対象物のアウトラインの変動が同時に知覚されているという事実からすると、ユーザーの感覚に近い指標であると言える。さらに、ユーザーにおいては水平方向も垂直方向も同時に知覚されるので、それらを合算した「全L」が一番妥当な指標となるものと考えられる。しかしながら、ユーザーによって「波打ち(うねり)」と「揺らぎ」に対する感受性が異なる可能性や、個人の生活環境による視線の使い方が水平方向での視線移動が多く「波打ち(うねり)」を問題としたり、その逆に「揺らぎ」を問題にしたりするケースが考えられる。したがって、各方向成分によって、ゆれを指標化し、評価することも有用である。ゆれ指数IDsのメリットは、倍率の変化が加味される点である。特に累進屈折力レンズの場合は垂直方向に度数の加入がされる。このため、首を縦方向に振ってものを見た場合、度数の変化によって像が拡大・縮小されたり、前後に揺動して見えたりする現象がある。また、加入度数が大きい場合にも近用部12の側方で倍率が低下する現象が顕著になる。このため、像の横方向での伸び縮みが発生する。ゆれ指数IDsはこれらの変化を数値化できるので、評価方法として有用である。
【0076】
4.実施例
図13は、以下で説明する実施例及び比較例におけるパラメーターを示す表である。
図13における数値の単位はディオプトリ(D)である。左から順に、度数Sph[D]、加入度数Add[D]、実施例番号(No.)、垂直方向のベースカーブ(BC(垂直))[D]、水平方向のベースカーブ(BC(水平))[D]、トーリック面の要素(トーリック要素)[D]、逆累進の要素(逆累進)[D]の値をそれぞれ示している。なお、垂直方向のベースカーブは面屈折力OVPfに相当する。水平方向のベースカーブは面屈折力OHPfに相当する。
【0077】
以下に示される実施例及び比較例の累進屈折力レンズは、セイコーオプティカルプロダクツ株式会社製累進屈折力レンズ「セイコーP−1シナジー1.67AS(屈折率1.67)」に眼鏡仕様として累進帯長14mmを適用して設計されたものである。なお、レンズ(玉型加工されていないフィニッシュトレンズ)の直径は65mmであり、乱視度数は含まれていない。度数Sphと加入度数Addとの組み合わせごとに、逆累進要素を変化させて実施例及び比較例の累進屈折力レンズを作成した。
【0078】
4.1.実施例1−1〜実施例1−3及び比較例1の構成
実施例1−1〜実施例1−3及び比較例1は、度数Sphが4.00(D)、加入度数Addが2.00(D)である場合の実施例及び比較例である。以下においては、物体側の面19Aの面屈折力を外面面屈折力と称し、眼球側の面19Bの面屈折力を内面面屈折力と称する。内面面屈折力は、本来負の値になるが、本明細書においては絶対値を示す。
【0079】
図14(A)は、実施例1−1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図14(B)は、実施例1−1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。
図15(A)は、実施例1−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図15(B)は、実施例1−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。
図16(A)は、実施例1−3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図16(B)は、実施例1−3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。
図17(A)は、比較例1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図17(B)は、比較例1の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。いずれも横軸は主注視線上における座標に相当する。
【0080】
実施例1−1〜実施例1−3の累進屈折力レンズは、上述の条件(1)〜(4)を備えている。すなわち、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfは、垂直方向の面屈折力OVPfより大きい(条件(1))。また、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の近用部12の水平方向の面屈折力OHPnは、垂直方向の面屈折力OVPnより大きい(条件(2))。さらに、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfは、近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnより大きく、逆累進になっている(条件(3))。なお、実施例1−1〜実施例1−3の累進屈折力レンズは、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の中間部13の水平方向の面屈折力OHPmも、垂直方向の面屈折力OVPmより大きい。
【0081】
また、眼球側の面19Bは、条件(1)及び条件(2)によって物体側の面19Aに含まれるトーリック面の要素をキャンセルする要素を含む。すなわち、眼球側の面19Bの主注視線14に沿った領域の遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfは、垂直方向の面屈折力IVPfより大きい。また、眼球側の面19Bの主注視線14に沿った領域の近用部12の水平方向の面屈折力IHPnは、垂直方向の面屈折力IVPnより大きい。
【0082】
また、眼球側の面19Bの主注視線14に沿った領域の遠用部11の垂直方向の面屈折力IVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力IVPnとの差は、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnとの差より大きく、物体側の面19Aの逆累進に対して眼球側の面19Bにおいて加入度が実現できるようになっている(条件(4))。
【0083】
一方、比較例1の累進屈折力レンズは、上述の条件(1)〜(4)を備えていない従来の内面累進レンズである。
【0084】
なお、
図14〜
図17に示した面屈折力の変化は、あくまでも基本構成を理解するために簡略して示したものある。実際の設計においては、レンズ周辺視における収差を補正するための意図した非球面補正がこれに加わり、遠用部11の上方や近用部12においては垂直方向と水平方向で多少の屈折力の変動が生じてくる。
【0085】
4.2.実施例1−1〜実施例1−3と比較例1との比較
図18(A)は、実施例1−1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して(レンズの外面及び内面を透過して、以下同じ)観察したときの非点収差分布を示す図、
図18(B)は、実施例1−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図18(C)は、実施例1−3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図18(D)は、比較例1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図である。
図18(A)〜
図18(D)に示されるように、実施例1−1〜実施例1−3の累進屈折力レンズの非点収差分布は、比較例1の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。
【0086】
なお、
図18(A)〜
図18(D)に示される縦横の直線は、円形のレンズの幾何学中心を通る垂直基準線及び水平基準線を示す。また、垂直基準線と水平基準線との交点である幾何学中心をフィッティングポイントPeとした眼鏡フレームへの枠入れ時の形状イメージもあわせて示されている。後述される
図19(A)〜
図19(D)、
図23(A)〜
図23(B)、
図24(A)〜
図24(B)、
図28(A)〜
図28(B)、
図29(A)〜
図29(B)においても同様である。
【0087】
図19(A)は、実施例1−1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図19(B)は、実施例1−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図19(C)は、実施例1−3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図19(D)は、比較例1の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図である。
図19(A)〜
図19(D)に示されるように、実施例1−1〜実施例1−3の累進屈折力レンズの等価球面度数分布は、比較例1の累進屈折力レンズの等価球面度数分布とほぼ同等である。
【0088】
したがって、実施例1−1〜実施例1−3の累進屈折力レンズは、非球面補正を効果的に使用することによって、非点収差分布及び等価球面度数分布において比較例1の累進屈折力レンズとほとんど同じ性能の累進屈折力レンズが得られることがわかる。
【0089】
図20は、実施例1−1〜実施例1−3及び比較例1のゆれ指数IDsを示すグラフである。横軸は主注視線上の座標に相当する垂直視野角、縦軸は上述のゆれ指数IDsにおける「全L」に相当する値を表す。矩形模様50のピッチは10度、頭部の振りは水平方向の左右に各10度とした。
【0090】
それぞれのレンズにおいて、フィッティングポイントPeは第一眼位、すなわち、垂直視野角及び水平視野角が0度の水平正面視における装用者の視線とレンズの外面との交点である。遠用部11は、フィッティングポイントPeから上方に20度まで、中間部13は、フィッティングポイントPeから下方に−28度付近まで、近用部12は、中間部13よりも下方に相当する。
【0091】
図20に示されるように、実施例1−1〜実施例1−3のいずれも、比較例1と比較して、遠用部11から近用部12に亘ってゆれ指数IDsが小さくなっている。したがって、実施例1−1〜実施例1−3の累進屈折力レンズは、比較例1の累進屈折力レンズと比較して、レンズを通して見える像のゆれが少ないレンズであることが分かった。
【0092】
4.3.実施例2−1〜実施例2−3及び比較例2の構成
実施例2−1〜実施例2−3及び比較例2は、度数Sphが4.00(D)、加入度数Addが1.00(D)である場合の実施例及び比較例である。以下においては、実施例2−1〜実施例2−3を代表して実施例2−2について図示する。
【0093】
図21(A)は、実施例2−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図21(B)は、実施例2−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。
図22(A)は、比較例2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図22(B)は、比較例2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。いずれも横軸は主注視線上における座標に相当する。
【0094】
実施例2−1〜実施例2−3の累進屈折力レンズは、上述の条件(1)〜(4)を備えている。すなわち、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfは、垂直方向の面屈折力OVPfより大きい(条件(1))。また、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の近用部12の水平方向の面屈折力OHPnは、垂直方向の面屈折力OVPnより大きい(条件(2))。さらに、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfは、近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnより大きく、逆累進になっている(条件(3))。なお、実施例2−1〜実施例2−3の累進屈折力レンズは、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の中間部13の水平方向の面屈折力OHPmも、垂直方向の面屈折力OVPmより大きい。
【0095】
また、眼球側の面19Bの主注視線14に沿った領域の遠用部11の垂直方向の面屈折力IVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力IVPnとの差は、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnとの差より大きく、物体側の面19Aの逆累進に対して眼球側の面19Bにおいて加入度が実現できるようになっている(条件(4))。
【0096】
一方、比較例2の累進屈折力レンズは、上述の条件(1)〜(4)を備えていない従来の内面累進レンズである。
【0097】
なお、
図21〜
図22に示した面屈折力の変化は、あくまでも基本構成を理解するために簡略して示したものある。実際の設計においては、レンズ周辺視における収差を補正するための意図した非球面補正がこれに加わり、遠用部11の上方や近用部12においては垂直方向と水平方向で多少の屈折力の変動が生じてくる。
【0098】
4.4.実施例2−1〜実施例2−3と比較例2との比較
図23(A)は、実施例2−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図23(B)は、比較例2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図である。
図23(A)〜
図23(B)に示されるように、実施例2−2の累進屈折力レンズの非点収差分布は、比較例2の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。また、
図18(A)〜
図18(D)及び
図23(A)〜
図23(B)に示される結果から類推できるように、実施例2−1及び実施例2−3の累進屈折力レンズの非点収差分布も、比較例2の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。
【0099】
図24(A)は、実施例2−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図24(B)は、比較例2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図である。
図24(A)〜
図24(B)に示されるように、実施例2−2の累進屈折力レンズの等価球面度数分布は、比較例2の累進屈折力レンズの等価球面度数分布とほぼ同等である。また、
図19(A)〜
図19(D)及び
図24(A)〜
図24(B)に示される結果から類推できるように、実施例2−1及び実施例2−3の累進屈折力レンズの等価球面度数分布も、比較例2の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。
【0100】
したがって、実施例2−1〜実施例2−3の累進屈折力レンズは、非球面補正を効果的に使用することによって、非点収差分布及び等価球面度数分布において比較例2の累進屈折力レンズとほとんど同じ性能の累進屈折力レンズが得られることがわかる。
【0101】
図25は、実施例2−1〜実施例2−3及び比較例2のゆれ指数IDsを示すグラフである。横軸は主注視線上の座標に相当する垂直視野角、縦軸は上述のゆれ指数IDsにおける「全L」に相当する値を表す。矩形模様50のピッチは10度、頭部の振りは水平方向の左右に各10度とした。
【0102】
図25に示されるように、実施例2−1〜実施例2−3のいずれも、比較例2と比較して、遠用部11から近用部12に亘ってゆれ指数IDsが小さくなっている。したがって、実施例2−1〜実施例2−3の累進屈折力レンズは、比較例2の累進屈折力レンズと比較して、レンズを通して見える像のゆれが少ないレンズであることが分かった。
【0103】
4.5.実施例3−1〜実施例3−3及び比較例3の構成
実施例3−1〜実施例3−3及び比較例3は、度数Sphが4.00(D)、加入度数Addが3.00(D)である場合の実施例及び比較例である。以下においては、実施例3−1〜実施例3−3を代表して実施例3−2について図示する。
【0104】
図26(A)は、実施例3−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図26(B)は、実施例3−2の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。
図27(A)は、比較例3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における外面面屈折力を示すグラフ、
図27(B)は、比較例3の主注視線上での垂直方向及び水平方向における内面面屈折力を示すグラフである。いずれも横軸は主注視線上における座標に相当する。
【0105】
実施例3−1〜実施例3−3の累進屈折力レンズは、上述の条件(1)〜(4)を備えている。すなわち、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfは、垂直方向の面屈折力OVPfより大きい(条件(1))。また、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の近用部12の水平方向の面屈折力OHPnは、垂直方向の面屈折力OVPnより大きい(条件(2))。さらに、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfは、近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnより大きく、逆累進になっている(条件(3))。なお、実施例2−1〜実施例2−3の累進屈折力レンズは、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の中間部13の水平方向の面屈折力OHPmも、垂直方向の面屈折力OVPmより大きい。
【0106】
また、眼球側の面19Bの主注視線14に沿った領域の遠用部11の垂直方向の面屈折力IVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力IVPnとの差は、物体側の面19Aの主注視線14に沿った領域の遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnとの差より大きく、物体側の面19Aの逆累進に対して眼球側の面19Bにおいて加入度が実現できるようになっている(条件(4))。
【0107】
一方、比較例3の累進屈折力レンズは、上述の条件(1)〜(4)を備えていない従来の内面累進レンズである。
【0108】
なお、
図26〜
図27に示した面屈折力の変化は、あくまでも基本構成を理解するために簡略して示したものある。実際の設計においては、レンズ周辺視における収差を補正するための意図した非球面補正がこれに加わり、遠用部11の上方や近用部12においては垂直方向と水平方向で多少の屈折力の変動が生じてくる。
【0109】
4.6.実施例3−1〜実施例3−3と比較例3との比較
図28(A)は、実施例3−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図、
図28(B)は、比較例3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示す図である。
図28(A)〜
図28(B)に示されるように、実施例3−2の累進屈折力レンズの非点収差分布は、比較例3の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。また、
図18(A)〜
図18(D)及び
図28(A)〜
図28(B)に示される結果から類推できるように、実施例3−1及び実施例3−3の累進屈折力レンズの非点収差分布も、比較例3の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。
【0110】
図29(A)は、実施例3−2の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図、
図29(B)は、比較例3の累進屈折力レンズのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示す図である。
図29(A)〜
図29(B)に示されるように、実施例3−2の累進屈折力レンズの等価球面度数分布は、比較例3の累進屈折力レンズの等価球面度数分布とほぼ同等である。また、
図19(A)〜
図19(D)及び
図29(A)〜
図29(B)に示される結果から類推できるように、実施例3−1及び実施例3−3の累進屈折力レンズの等価球面度数分布も、比較例3の累進屈折力レンズの非点収差分布とほぼ同等である。
【0111】
したがって、実施例3−1〜実施例3−3の累進屈折力レンズは、非球面補正を効果的に使用することによって、非点収差分布及び等価球面度数分布において比較例3の累進屈折力レンズとほとんど同じ性能の累進屈折力レンズが得られることがわかる。
【0112】
図30は、実施例3−1〜実施例3−3及び比較例3のゆれ指数IDsを示すグラフである。横軸は主注視線上の座標に相当する垂直視野角、縦軸は上述のゆれ指数IDsにおける「全L」に相当する値を表す。矩形模様50のピッチは10度、頭部の振りは水平方向の左右に各10度とした。
【0113】
図30に示されるように、実施例3−1〜実施例3−3のいずれも、比較例3と比較して、遠用部11から近用部12に亘ってゆれ指数IDsが小さくなっている。したがって、実施例3−1〜実施例3−3の累進屈折力レンズは、比較例3の累進屈折力レンズと比較して、レンズを通して見える像のゆれが少ないレンズであることが分かった。
【0114】
4.7.まとめ
上述の結果から、加入度数Addの大きさによらず、また、逆累進の要素の大きさによらず、各実施例は対応する比較例と比較してレンズを通して見える像のゆれが少ないレンズであることが分かった。
【0115】
なお、上述した実施形態及び変形例は一例であって、これらに限定されるわけではない。例えば各実施形態及び各変形例は、複数を適宜組み合わせることが可能である。
【0116】
本発明は、上述した実施形態及び使用例に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【0117】
例えば、上述の実施形態及び実施例では、乱視処方の無い例を示したが、乱視処方のあるレンズにも適用可能である。例えば、特許文献1の方法によって、眼球側の面にさらに乱視矯正のためのトーリック面(トロイダル面)を合成してもよい。これによって、本発明の効果を維持したまま、乱視矯正を含んだレンズが実現可能である。