特許第6095497号(P6095497)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6095497セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6095497
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08L 1/02 20060101AFI20170306BHJP
   C08B 15/04 20060101ALI20170306BHJP
   C08L 33/08 20060101ALI20170306BHJP
   C08L 33/10 20060101ALI20170306BHJP
【FI】
   C08L1/02
   C08B15/04
   C08L33/08
   C08L33/10
【請求項の数】8
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2013-125906(P2013-125906)
(22)【出願日】2013年6月14日
(65)【公開番号】特開2015-935(P2015-935A)
(43)【公開日】2015年1月5日
【審査請求日】2016年3月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100101292
【弁理士】
【氏名又は名称】松嶋 善之
(72)【発明者】
【氏名】向井 健太
【審査官】 岡▲崎▼ 忠
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−188654(JP,A)
【文献】 特開2013−082796(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/022025(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/073652(WO,A1)
【文献】 特開2011−047084(JP,A)
【文献】 特開2011−016995(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00−1/32
33/00−33/26
C08B 15/00−15/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースナノファイバーと、アクリル樹脂又はメタクリル樹脂とを含有する樹脂組成物の製造方法であって、
(A)天然セルロース繊維をN−オキシル化合物存在下で酸化して得られたセルロースナノファイバーと、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとの混合物を得る工程、
(B)前記混合物から分散媒を除去してゲル状体を得る工程、及び
(C)前記ゲル状体中のアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーを重合反応に付す工程、を有するセルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法。
【請求項2】
前記セルロースナノファイバーからセルロースナノファイバー複合体を得た後に、該セルロースナノファイバー複合体と、前記分散媒と、前記アクリル酸系モノマー又は前記メタクリル酸系モノマーとの混合物を得る請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記セルロースナノファイバーに、アミド結合を介して炭化水素基を結合させて、前記セルロースナノファイバー複合体を得る請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記セルロースナノファイバーに、イオン結合を介して炭化水素基を結合させて、前記セルロースナノファイバー複合体を得る請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記分散媒として水を用いる請求項1ないし4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記分散媒として有機溶媒を用いる請求項1ないし4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
得られる樹脂組成物に占める前記セルロースナノファイバーの割合を、0.1質量%以上50質量%以下とする請求項1ないし6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記重合反応としてラジカル重合反応を用い、
前記(A)ないし(C)のいずれかの工程において熱重合開始剤又は活性エネルギー線重合開始剤を添加する請求項1ないし7のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス代替の透明プラスチック基板として、柔軟性と透明性をもち、かつ耐熱性、高ガラス転移点、低線熱膨張係数を併せ持つ透明耐熱樹脂が求められている。そのような材料としては、例えば透明ポリイミドやポリエーテルスルホンなどのスーパーエンジニアリングプラスチックが知られている。しかし、それら材料は線熱膨張係数が高く、ガラス代替の材料としては十分とは言えない。また、価格が高く、工業製品として経済的に見合わない。
【0003】
ところで、天然セルロース繊維をN−オキシル化合物存在下で酸化して得られたセルロースナノファイバーを樹脂と混合して樹脂組成物となし、該樹脂の特性を高める試みが種々なされている。例えば本出願人は先に、セルロースナノファイバーと、天然樹脂又は合成樹脂のエマルジョンとを含む樹脂組成物を提案した(特許文献1参照)。特許文献2には、低線膨張係数及び高透明性を有するセルロース複合材料を得ることを目的として、平均繊維径が100nm以下であり、芳香環含有置換基で修飾されたセルロースI型結晶構造を有する修飾セルロース繊維と樹脂とを複合化することが記載されている。特許文献3には、低線膨張係数及び高透明性を有する樹脂組成物を得ることを目的として、直径が4〜1000nmであるセルロースナノファイバーと有機性カチオン化合物とからなる有機化繊維を、疎水性の樹脂に含有させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−197122号公報
【特許文献2】特開2011−16995号公報
【特許文献3】特開2011−47084号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来知られている方法ではセルロースナノファイバーを樹脂中に十分に分散させることが容易でない。また、樹脂の特性を向上させるためには、比較的多量のセルロースナノファイバーが必要である。
【0006】
したがって本発明の課題は、前述した従来技術が有する欠点を解消し得る、セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、セルロースナノファイバーと、アクリル樹脂又はメタクリル樹脂とを含有する樹脂組成物の製造方法であって、
(A)天然セルロース繊維をN−オキシル化合物存在下で酸化して得られたセルロースナノファイバーと、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとの混合物を得る工程、
(B)前記混合物から分散媒を除去してゲル状体を得る工程、及び
(C)前記ゲル状体中のアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーを重合反応に付す工程、を有するセルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、低線熱膨張係数、高光透過率及び高耐熱性を有する、セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物を容易に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の製造方法は、以下の(A)ないし(C)の工程に大別される。
(A)天然セルロース繊維をN−オキシル化合物存在下で酸化して得られたセルロースナノファイバーと、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとの混合物を得る工程。
(B)前記混合物から分散媒を除去してゲル状体を得る工程。
(C)前記ゲル状体中のアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーを重合反応に付す工程。
以下、それぞれの工程について説明する。
【0010】
(A)の工程で用いるセルロースナノファイバーは、平均繊維径が好ましくは200nm以下のものである。セルロースナノファイバーの平均繊維径は、好ましくは1nm以上、そして、好ましくは200nm以下、更に好ましくは100nm以下、特に好ましくは50nm以下である。より具体的には、好ましくは1nm以上200nm以下、更に好ましくは1nm以上100nm以下、特に好ましくは1nm以上50nm以下である。平均繊維径は下記測定方法により測定される。
【0011】
<平均繊維径の測定方法>
固形分濃度0.0001質量%のセルロースナノファイバー水分散液を調製し、該分散液を、マイカ(雲母)上に滴下して乾燥したものを観察試料とし、原子間力顕微鏡(NanoNaVi II, SPA400,エスアイアイナノテクノロジー(株)製、プローブは同社製のSI−DF40Alを使用)を用いて、該観察試料中のセルロースナノファイバーの繊維高さを測定する。そして、セルロースナノファイバーが確認できる顕微鏡画像において、セルロースナノファイバーを5本以上抽出し、それらの繊維高さから平均繊維径を算出する。一般に高等植物から調製されるセルロースナノファイバーの最小単位は6本×6本の分子鎖がほぼ正方形の形でパッキングされていることから、AFMによる画像で分析できる高さを繊維の幅と見なすことができる。
【0012】
(A)の工程で用いるセルロースナノファイバーは、微細であること(平均繊維径が好ましくは200nm以下であること)に加え、セルロースのカルボキシル基含有量が所定の範囲にあることが好ましい。具体的には、(A)の工程で用いるセルロースナノファイバーを構成するセルロースのカルボキシル基含有量は、好ましくは0.1mmol/g以上、更に好ましくは0.4mmol/g以上、特に好ましくは0.6mmol/g以上であり、そして、好ましくは3mmol/g以下、更に好ましくは2mmol/g以下、特に好ましくは1.8mmol/g以下である。より具体的には、好ましくは0.1mmol/g以上3mmol/g以下、更に好ましくは0.4mmol/g以上2mmol/g以下、特に好ましくは0.6mmol/g以上1.8mmol/g以下である。
【0013】
セルロースナノファイバーを構成するセルロースのカルボキシル基含有量が0.1mmol/g以上3mmol/g以下であることは、好ましくは平均繊維径200nm以下の微小な平均繊維径をもつセルロースナノファイバーを安定的に得る上で重要な要素である。すなわち、天然セルロースの生合成の過程においては、通常、ミクロフィブリルと呼ばれるセルロースナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構築しているところ、(A)の工程で用いるセルロースナノファイバーは、後述するように、これを原理的に利用して得られるものであり、天然由来のセルロース固体原料においてミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めるために、その一部を酸化し、カルボキシル基に変換することによって得られる。したがって、セルロースに存在するカルボキシル基の量の総和(カルボキシル基含有量)が多いほうが、より微小な繊維径として安定に存在することができ、また水中においては、電気的な反発力が生じることにより、ミクロフィブリルが凝集を維持せずにばらばらになろうとする傾向が高まり、セルロースナノファイバーの分散安定性がより増大する。セルロースナノファイバーのカルボキシル基含有量は下記測定方法により測定される。
【0014】
<カルボキシル基含有量の測定方法>
乾燥質量0.5gのセルロースナノファイバーを100mlビーカーにとり、イオン交換水を加えて全体で55mlとし、そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mlを加えて分散液を調製し、セルロースナノファイバーが十分に分散するまで該分散液を攪拌する。この分散液に0.1M塩酸を加えてpHを2.5〜3に調整し、自動滴定装置(AUT−50、東亜ディーケーケー(株)製)を用い、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を待ち時間60秒の条件で該分散液に滴下し、1分ごとの電導度及びpHの値を測定する。pH11になるまで測定を続け、電導度曲線を得る。この電導度曲線から、水酸化ナトリウム滴定量を求め、次式により、セルロースナノファイバーのカルボキシル基含有量を算出する。
カルボキシル基含有量(mmol/g)=水酸化ナトリウム滴定量×水酸化ナトリウム水溶液濃度(0.05M)/セルロースナノファイバーの質量(0.5g)
【0015】
(A)の工程において用いるセルロースナノファイバーは、例えば天然セルロース繊維を酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、及び該反応物繊維を微細化処理する微細化工程を含む製造方法によって得ることができる。以下に各工程について詳細に説明する。
【0016】
前記酸化反応工程では、まず、水中に天然セルロース繊維を分散させたスラリーを調製する。スラリーは、原料となる天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約10倍量以上約1000倍量以下(質量基準)の水を加え、ミキサー等で処理することにより得られる。天然セルロース繊維としては、例えば、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ等の木材パルプ;コットンリンター、コットンリントのような綿系パルプ;麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプ;バクテリアセルロース等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。天然セルロース繊維は、叩解等の表面積を高める処理が施されていても良い。
【0017】
次に、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒として天然セルロース繊維を酸化処理して反応物繊維を得る。セルロースの酸化触媒として使用可能なN−オキシル化合物としては、例えば、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(以下、TEMPOとも表記する)、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、4−フォスフォノオキシ−TEMPO等を用いることができる。これらN−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して0.1質量%以上10質量%以下となる範囲である。
【0018】
前記天然セルロース繊維の酸化処理においては、酸化剤(例えば、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩、過ハロゲン酸又はその塩、過酸化水素、過有機酸等)と、共酸化剤(例えば、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属)とを併用する。酸化剤としては、特に、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩が好ましい。酸化剤の使用量は、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約1質量%以上約100質量%以下となる範囲である。また、共酸化剤の使用量は、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約1質量%以上約30質量%以下となる範囲である。
【0019】
また、前記天然セルロース繊維の酸化処理においては、酸化反応を効率良く進行させる観点から、反応液(前記スラリー)のpHは9以上12以下の範囲で維持されることが望ましい。また、酸化処理の温度(前記スラリーの温度)は、1℃以上50℃以下において任意であるが、室温で反応可能であり、特に温度制御は必要としない。また、反応時間は1分間以上240分間以下が望ましい。
【0020】
前記酸化反応工程後、前記微細化工程前に精製工程を実施し、未反応の酸化剤や各種副生成物等の、前記スラリー中に含まれる反応物繊維及び水以外の不純物を除去することが好ましい。反応物繊維は通常、この段階ではセルロースナノファイバー単位までばらばらに分散していないため、精製工程では、例えば水洗とろ過を繰り返す精製法を行うことができ、その際に用いる精製装置は特に制限されない。こうして得られる精製処理された酸化セルロース繊維(若しくはカルボキシル基含有セルロース繊維と呼ぶ)は、通常、適量の水を含浸させた状態で次工程(微細化工程)に送られるが、必要に応じ、乾燥処理した繊維状や粉末状としても良い。
【0021】
前記微細化工程では、前記精製工程を経た反応物繊維を水等の溶媒中に分散させ微細化処理を施す。この微細化工程を経ることにより、平均繊維径及びカルボキシル基含有量がそれぞれ前記範囲にあるセルロースナノファイバーが得られる。
【0022】
前記微細化処理において、分散媒としての溶媒は通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて水に可溶な有機溶媒(アルコール類、エーテル類、ケトン類等)を使用しても良く、これらの混合物も好適に使用できる。また、微細化処理で使用する分散機としては、例えば、離解機、叩解機、低圧ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、グラインダー、カッターミル、ボールミル、ジェットミル、短軸押出機、二軸押出機、超音波攪拌機、家庭用ジューサーミキサー等を用いることができる。また、微細化処理における酸化セルロース繊維の固形分濃度は50質量%以下が好ましい。固形分濃度を50質量%以下にすることで、分散に要するエネルギーが過度に高くならないので好ましい。
【0023】
このような天然セルロース繊維の酸化処理及び微細化処理により、セルロース構成単位のC6位の水酸基がアルデヒド基を経由してカルボキシル基へと選択的に酸化され、平均繊維径が好ましくは200nm以下にまで微細化された高結晶性セルロース繊維を得ることができる。この高結晶性セルロース繊維は、セルロースI型結晶構造を有している。これは、(A)の工程において用いるセルロースナノファイバーが、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース固体原料が表面酸化され微細化された繊維であることを意味する。すなわち、天然セルロース繊維は、その生合成の過程において生産されるミクロフィブリルと呼ばれる微細な繊維が多束化して高次な固体構造を構築しており、そのミクロフィブリル間の強い凝集力(表面間の水素結合)を、前記酸化処理によるアルデヒド基あるいはカルボキシル基の導入によって弱め、更に前記微細化処理を経ることで、セルロースナノファイバーが得られる。そして、前記酸化処理の条件を調整することにより、前記カルボキシル基含有量を所定範囲内にて増減させ、極性を変化させたり、該カルボキシル基の静電反発や前記微細化処理により、セルロースナノファイバーの平均繊維径、平均繊維長、平均アスペクト比等を制御することができる。
【0024】
このようにして得られたセルロースナノファイバーの形態は、セルロースナノファイバーが分散液中に分散した状態である。必要に応じ、固形分濃度を調整した懸濁液状(目視的に無色透明又は不透明な液)、あるいは乾燥処理した粉末状(ただし、セルロースナノファイバーが凝集した粉末状であり、セルロース粒子を意味するものではない)とすることもできる。懸濁液状にする場合、分散媒として水のみを使用しても良く、水と他の有機溶媒(例えば、エタノール等のアルコール類)や界面活性剤、酸、塩基等との混合溶媒を使用しても良い。
【0025】
セルロースナノファイバーのカルボキシル基はナトリウム塩として存在しても良いし、プロトン化したカルボン酸として存在していても良い。本発明においては、カルボキシル基がカルボン酸として存在しているセルロースナノファイバーのことを「酸型セルロースナノファイバー」と呼ぶこともある。
【0026】
(A)の工程においては、このようにして得られたセルロースナノファイバーを用いても良く、あるいは該セルロースナノファイバーにおけるカルボキシル基を炭化水素基で修飾したセルロースナノファイバー(以下、「セルロースナノファイバー複合体」とも言う。)を用いることもできる。以下、このセルロースナノファイバー複合体について説明する。
【0027】
(A)の工程において用いられるセルロースナノファイバー複合体は、セルロース主鎖の側鎖として炭化水素基を有している。炭化水素基は前記セルロースナノファイバーのカルボキシル基に対してアミド結合を介してセルロース主鎖に結合しているか、イオン結合を介してセルロース主鎖に結合している。
【0028】
以下、炭化水素基がアミド結合を介してセルロース主鎖に結合しているセルロースナノファイバー複合体(以下、「アミド結合セルロースナノファイバー複合体」とも言う。)について説明する。炭化水素基としては、例えば、炭素数1の炭化水素基、又は炭素数2〜30の飽和若しくは不飽和の、直鎖状若しくは分岐状の炭化水素基が挙げられる。これらの炭化水素基は、後述するように、セルロースナノファイバー複合体の製造時に原料として用いられる第1級アミン、第2級アミン若しくは第3級アミン又は第4級アンモニウム化合物由来のものである。
具体例として以下の炭化水素基が挙げられる。
・炭素数1の炭化水素基:メチル基。
・炭素数2〜30の飽和の、直鎖状の炭化水素基:エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、オクタデシル基、ドコシル基、オクタコサニル基。
・炭素数2〜30の不飽和の、直鎖状の炭化水素基:オレイル基、ミリストレイル基、パルミトレイル基、リノレイル基、リノレニル基、エイコサニル基。
・炭素数2〜30の飽和の、分岐状の炭化水素基:イソプロピル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソペンチル基、t−ペンチル基、イソへキシル基、2−ヘキシル基、ジメチルブチル基、エチルブチル基。
【0029】
また前記炭化水素基の他にも、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などの脂環式炭化水素基や、ベンジル基、フェニル基などの芳香族炭化水素基も、本発明で用いるセルロースナノファイバー複合体においてアミド結合を介して結合する炭化水素基として、好適に用いられる。
【0030】
また前記炭化水素基の他にも、ヒドロキシエチル基及びヒドロキシプロピル基など親水基を有する炭化水素基や、エチレングリコール及びプロピレングリコールなどのポリエーテル鎖や、ラクチド及びカプロラクトンなどのポリエステル鎖を有する炭化水素基も、本発明で用いるセルロースナノファイバー複合体においてアミド結合を介して結合する炭化水素基として、好適に用いられる。
【0031】
アミド結合セルロースナノファイバー複合体中の炭化水素基の平均結合量(アミド結合セルロースナノファイバー複合体の単位質量当たりの平均結合量)は、好ましくは0.1mmol/g以上、更に好ましくは0.5mmol/g以上、そして、好ましくは3mmol/g以下、更に好ましくは2mmol/g以下、特に好ましくは1mmol/g以下である。より具体的には、好ましくは0.1mmol/g以上3mmol/g以下、更に好ましくは0.1mmol/g以上2mmol/g以下、特に好ましくは0.5mmol/g以上1mmol/g以下である。炭化水素基の平均結合量は、次式により算出される。次式において、「炭化水素基導入前のセルロースナノファイバーのカルボキシル基含有量」は、前記<セルロースナノファイバーのカルボキシル基含有量の測定方法>により測定され、「炭化水素基導入後のセルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量」は、後述する<セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量の測定方法>により測定される。
炭化水素基の結合量(mmol/g)=炭化水素基導入前のセルロースナノファイバーのカルボキシル基含有量(mmol/g)−炭化水素基導入後のセルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量(mmol/g)
【0032】
アミド結合セルロースナノファイバー複合体は、好ましくは、カルボキシル基を有するセルロースナノファイバーの該カルボキシル基をアミド化することで得られる。この場合、セルロースナノファイバー複合体中のカルボキシル基のすべてがアミド化されていても良く、あるいはカルボキシル基がアミド化されずに残存していても良い。更にカルボキシル基が第1〜3級アミン塩化又は第4級アンモニウム塩化された状態で残存していても良い。本発明で用いるセルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量は、好ましくは0mmol/g以上、更に好ましくは0.2mmol/g以上、そして、好ましくは2.9mmol/g以下、更に好ましくは1mmol/g以下、特に好ましくは0.8mmol/g以下である。より具体的には、好ましくは0mmol/g以上2.9mmol/g以下、更に好ましくは0mmol/g以上1mmol/g以下、特に好ましくは0.2mmol/g以上0.8mmol/g以下である。セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量は、次のようにして測定される。
【0033】
<セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量の測定方法>
乾燥質量0.5gのセルロースナノファイバー複合体を100mLビーカーにとり、イオン交換水又はメタノール/水=2/1の混合溶媒を加えて全体で55mLとし、そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mLを加えて分散液を調製し、セルロースナノファイバー複合体が十分に分散するまで該分散液を攪拌する。この分散液に0.1M塩酸を加えてpHを2.5〜3に調整し、自動滴定装置(東亜ディーケーケー社製、商品名「AUT−50」)を用い、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を待ち時間60秒の条件で該分散液に滴下し、1分ごとの電導度及びpHの値を測定し、pH11になるまで測定を続け、電導度曲線を得る。この電導度曲線から、水酸化ナトリウム滴定量を求め、次式により、セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量を算出する。
セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量(mmol/g)=水酸化ナトリウム滴定量×水酸化ナトリウム水溶液濃度(0.05M)/セルロースナノファイバー複合体の質量(0.5g)
【0034】
(A)の工程で用いるアミド結合セルロースナノファイバー複合体は、好ましくは、セルロースナノファイバーに、炭化水素基を有する第1級アミン化合物又は第2級アミン化合物(以下、これらを総称して「アミン化合物」とも言う。)を、アミド結合を介して結合させることで得ることができる。
【0035】
使用されるアミン化合物は、製造目的物であるセルロースナノファイバー複合体において、アミド結合を介して結合する炭化水素基を構成するものである。第1級アミンとしては、例えば、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ブチルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、デシルアミン、ドデシルアミン、オクタデシルアミン、オレイルアミン等のモノアルキルアミンが挙げられる。第2級アミンとしては、例えば、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、ジオクタデシルアミン等のジアルキルアミンが挙げられる。
【0036】
アミン化合物を用いて炭化水素基をセルロースナノファイバーに導入する場合、該アミン化合物とセルロースナノファイバーとのアミド化反応を効率良く進行させる観点から、反応系に縮合剤を添加しても良い。縮合剤の添加は、セルロースナノファイバーの分散液中にアミン化合物を添加した後が好ましい。縮合剤としては、カルボジイミド系縮合剤、トリアジン系縮合剤、ホスホニウム型縮合剤、ベンゾトリアゾール型縮合剤、イミダゾール系縮合剤、極性基含有ハロゲン化カルボン酸等が使用できる。具体的には、例えば、DMT−MM(4−(4,4−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルフォリニウムクロライド)、EDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドヒドロクロライド)、BOP(ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロホスフェイト)、PYBOP(ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロホスフェイト)、HBTU(o−(ベンゾトリアゾール−1−イル)−N,N,N',N'−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェイト)、1,2−ベンゾイソチアゾリン−3−オン等が挙げられる。
【0037】
アミン化合物とセルロースナノファイバーとのアミド化反応において、反応系の温度(アミド化反応の反応温度)は、好ましくは20℃以上80℃以下であり、反応時間は好ましくは1時間以上24時間以下である。アミド化反応の終了後、常法に従って反応系を洗浄・ろ過して、未反応物や各種副生成物等の不純物を除去する。こうして、セルロースナノファイバーに炭化水素基がアミド結合を介して結合してなるセルロースナノファイバー複合体が得られる。セルロースナノファイバー複合体は、洗浄時に使用した溶媒(例えばアセトン)を含浸させた膨潤ゲルであっても良く、あるいは乾燥した繊維状や粉末状等であっても良い。
【0038】
次に、炭化水素基がイオン結合を介してセルロース主鎖に結合しているセルロースナノファイバー複合体(以下、「イオン結合セルロースナノファイバー複合体」とも言う。)について説明する。イオン結合とは、カルボキシル基によって負に帯電したセルロースナノファイバーが、正に帯電した炭化水素基を有する分子と静電引力によって結合した状態を意味する。炭化水素基としては、例えば、炭素数1の炭化水素基、又は炭素数2〜30の飽和若しくは不飽和の、直鎖状若しくは分岐状の炭化水素基が挙げられる。これらの炭化水素基は、後述するように、セルロースナノファイバー複合体の製造時に原料として用いられる第1級アミン、第2級アミン若しくは第3級アミン又は第4級アンモニウム化合物由来のものである。したがって、イオン結合とは実質的に、セルロースナノファイバーのカルボキシル基が第1〜3級アミン塩又は第4級アンモニウム塩の構造になることを意味する。炭化水素基の具体例としては、先に述べた第1級アミン及び第2級アミンを用いたアミド結合セルロースナノファイバー複合体における炭化水素基と同様のものが挙げられる。また、第3級アミン、例えば、トリエチルアミン、トリメチルアミン、トリブチルアミン、ジメチルオクチルアミン、ジメチルデシルアミン、ジメチルラウリルアミン、ジメチルミリスチルアミン、ジメチルパルミチルアミン、ジメチルステアリルアミン、ジラウリルモノメチルアミン等のトリアルキルアミンに含まれる炭化水素基が挙げられる。更に、第4級アンモニウム化合物、例えば、ヘキシルアンモニウムイオン、オクチルアンモニウムイオン、2−エチルヘキシルアンモニウムイオン、ドデシルアンモニウムイオン、ラウリルアンモニウムイオン、オクタデシルアンモニウムイオン、ステアリルアンモニウムイオン等のモノアルキルアンモニウムイオン、トリオクチルアンモニウムイオン等のトリアルキルアンモニウムイオン、ジオクチルジメチルアンモニウムイオン、ジステアリルジメチルアンモニウムイオン、トリメチルステアリルアンモニウムイオン等のトリアルキルアンモニウムイオン、ラウリルジメチルベンジルアンモニウムイオン、ステアリルジメチルベンジルアンモニウムイオン、テトラデシルジメチルベンジルアンモニウムイオン等のトリアルキルアリールアンモニウムイオンなどの第4級アンモニウムイオンを含む化合物に含まれる炭化水素基が挙げられる。
【0039】
また前記炭化水素基の他にも、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などの脂環式炭化水素基や、ベンジル基、フェニル基などの芳香族炭化水素基も、本発明で用いるセルロースナノファイバー複合体においてイオン結合を介して結合する炭化水素基として、好適に用いられる。
【0040】
また前記炭化水素基の他にも、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基など親水基を有する炭化水素基や、エチレングリコール、プロピレングリコールなどのポリエーテル鎖や、ラクチド、カプロラクトンなどのポリエステル鎖を有する炭化水素基も、本発明で用いるセルロースナノファイバー複合体においてイオン結合を介して結合する炭化水素基として、好適に用いられる。
【0041】
セルロースナノファイバー複合体中の炭化水素基の平均結合量(セルロースナノファイバー複合体の単位質量当たりの平均結合量)は、好ましくは0.1mmol/g以上、更に好ましくは0.5mmol/g以上、そして、好ましくは3mmol/g以下、更に好ましくは2mmol/g以下、特に好ましくは1mmol/g以下である。より具体的には、好ましくは0.1mmol/g以上3mmol/g以下、更に好ましくは0.1mmol/g以上2mmol/g以下、特に好ましくは0.5mmol/g以上1mmol/g以下である。
【0042】
イオン結合セルロースナノファイバー複合体はセルロースナノファイバーに対して、アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物を反応させることで得られる。セルロースナノファイバーのカルボキシル基に対して、前記アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物は等モル量反応する。したがって、炭化水素基の平均結合量は次式により算出される。次式において、「反応に供するセルロースナノファイバー質量」、「反応に供するアミン化合物又は第4級アンモニウム化合物質量」とは、後述するセルロースナノファイバーに炭化水素基を導入する方法において、両者を混合するときの質量を意味する。ただし、炭化水素基の平均結合量の値は炭化水素基導入前のセルロースナノファイバーのカルボキシル基含有量以上の値にはならない。
炭化水素基の結合量(mmol/g)=反応に供するアミン化合物又は第4級アンモニウム化合物質量(g)/アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物の分子量(g/mol)/ 反応に供するセルロースナノファイバー質量(g)×10
【0043】
イオン結合セルロースナノファイバー複合体は、好ましくは、カルボキシル基を有するセルロースナノファイバーの該カルボキシル基をアミン塩化又は第4級アンモニウム塩化することで得られる。この場合、セルロースナノファイバー複合体中のカルボキシル基のすべてがアミン塩化又は第4級アンモニウム塩化されていても良く、あるいはカルボキシル基がアミン塩化又は第4級アンモニウム塩化されずに残存していても構わない。本発明で用いるセルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量は、好ましくは0mmol/g以上、更に好ましくは0.2mmol/g以上、そして、好ましくは2.9mmol/g以下、更に好ましくは1mmol/g以下、特に好ましくは0.8mmol/g以下である。より具体的には、好ましくは0mmol/g以上2.9mmol/g以下、更に好ましくは0mmol/g以上1mmol/g以下、特に好ましくは0.2mmol/g以上0.8mmol/g以下である。セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量は、次のようにして測定される。
【0044】
<セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量の測定方法>
乾燥質量0.5gのセルロースナノファイバー複合体を100mLビーカーにとり、イオン交換水又はメタノール/水=2/1の混合溶媒を加えて全体で55mLとし、そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mLを加えて分散液を調製し、セルロースナノファイバー複合体が十分に分散するまで該分散液を攪拌する。この分散液に0.1M塩酸を加えてpHを2.5〜3に調整し、自動滴定装置(東亜ディーケーケー社製、商品名「AUT−50」)を用い、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を待ち時間60秒の条件で該分散液に滴下し、1分ごとの電導度及びpHの値を測定し、pH11になるまで測定を続け、電導度曲線を得る。この電導度曲線から、水酸化ナトリウム滴定量を求め、次式により、セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量を算出する。
セルロースナノファイバー複合体のカルボキシル基含有量(mmol/g)=水酸化ナトリウム滴定量×水酸化ナトリウム水溶液濃度(0.05M)/セルロースナノファイバー複合体の質量(0.5g)
【0045】
イオン結合セルロースナノファイバー複合体は、好ましくは、セルロースナノファイバーに、炭化水素基を有する第1級、第2級若しくは第3級アミン化合物(以下、これらを総称して「アミン化合物」とも言う。)又は第4級アンモニウム化合物を、イオン結合を介して結合させることで得ることができる。
【0046】
使用されるアミン化合物又は第4級アンモニウム化合物は、製造目的物であるセルロースナノファイバー複合体において、イオン結合を介して結合する炭化水素基を構成するものである。アミン化合物及び第4級アンモニウム化合物としては、アミド結合セルロースナノファイバー複合体の製造に用いられるものと同様のものを用いることができる。
【0047】
アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物を用いて炭化水素基をセルロースナノファイバーに導入する方法としては、溶媒中にセルロースナノファイバーとアミン化合物を混合し、任意の時間攪拌する方法が挙げられる。該アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物とセルロースナノファイバーとの反応を効率良く進行させる観点から、溶媒は水又は水とアルコールの混合溶媒が好ましい。前記セルロースナノファイバーのカルボキシル基がナトリウム塩型であった場合、アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物と混合することで、ナトリウムとアミン化合物の陽イオン交換反応が進行し、アミン塩化物又はアンモニウム塩化物として炭化水素基がイオン結合を介して結合したセルロースナノファイバーが得られる。また前記セルロースナノファイバーのカルボキシル基が酸型であった場合、アミン化合物又は第4級アンモニウム化合物と混合することで、酸性のカルボキシル基と塩基性のアミン化合物又は第4級アンモニウム化合物で中和反応が進行し、アミン塩化物又はアンモニウム塩化物として炭化水素基がイオン結合を介して結合したセルロースナノファイバーが得られる。こうして、セルロースナノファイバーに炭化水素基がイオン結合を介して結合してなるセルロースナノファイバー複合体が得られる。セルロースナノファイバー複合体は、洗浄時に使用した溶媒(例えばアセトン)を含浸させた膨潤ゲルであっても良く、あるいは乾燥した繊維状や粉末状等であっても良い。
【0048】
(A)工程においては、先に述べたとおり、セルロースナノファイバー又はアミド結合若しくはイオン結合セルロースナノファイバー複合体と、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとを混合して混合物を得る。分散媒としては、セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体を分散させることが可能であり、かつアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーの溶解が可能な液体が用いられる。そのような分散媒としては、例えば水や、水溶性有機溶媒、非水溶性有機溶媒などが挙げられる。水溶性有機溶媒としては、例えばイソプロパノール、エタノール、t―ブチルアルコール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、アセトン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等が挙げられる。非水溶性有機溶媒としては、例えばクロロホルム、トルエン、キシレン、ヘキサン、ベンゼン、酢酸エチル、ベンゼン等が挙げられる。
【0049】
例えば分散媒にイソプロパノールを用いた場合、イソプロパノールに均一に分散することができるセルロースナノファイバー複合体を用いれば良く、特に炭素数が10〜14の飽和、直鎖状の炭化水素基がアミド結合又はイオン結合を介して結合したセルロースナノファイバー複合体を用いることが好ましい。
【0050】
アクリル酸系モノマーとしては、アクリル酸及びその誘導体が挙げられる。一方、メタクリル酸系モノマーとしては、メタクリル酸及び誘導体が挙げられる。これらアクリル酸系モノマー及びメタクリル酸系モノマーは、重合可能なものが用いられる。アクリル酸の誘導体としては、例えばCH-=CHCOORで表されるアクリル酸のアルカリ金属塩やアクリル酸のエステルが挙げられる。メタクリル酸の誘導体としては、例えばCH-=C(CH)COORで表されるメタクリル酸のアルカリ金属塩やメタクリル酸のエステルが挙げられる。これらの式中、Rは、アルカリ金属又はアルコール残基を示す。またアクリル酸系モノマー及びメタクリル酸系モノマーとしては、1分子中に1個のC=C二重結合を有する単官能性モノマーや、1分子中に2個以上のC=C二重結合を有する多官能性モノマーが用いられる。
【0051】
前記の各式中、Rがアルカリ金属である場合、該アルカリ金属としては、例えばナトリウムが挙げられる。Rがアルコール残基である場合、アルコールとしては、炭素数1以上50以下の脂肪族アルコールや、炭素数6以上50以下の芳香族アルコールが挙げられる。また、R−(OR−OHで表されるポリアルキレングリコールが挙げられる。
【0052】
脂肪族アルコールとしては、飽和脂肪族アルコール及び不飽和脂肪族アルコールが挙げられる。これら飽和脂肪族アルコール及び不飽和脂肪族アルコールは、水酸基、エーテル基、エステル基、アミノ基、カルボキシル基等の官能基が修飾されていても良い。
【0053】
ポリアルキレングリコールにおけるRとしては、例えば炭素数1以上50以下のアルキル基が挙げられる。Rとしては、例えば炭素数1以上18以下のアルキレン基が挙げられる。nは、例えば1以上30以下の整数が好ましい。
【0054】
(A)の工程において、炭化水素基が結合しているセルロースナノファイバー複合体を用いる場合には、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとして、疎水性のものを用いることが、該モノマー中でのセルロースナノファイバー複合体の分散性が良好になる点から好ましい。そのような疎水性のモノマーとしては、例えばアクリル酸メチル、メタクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、メタクリル酸ブチル、アクリル酸n―へキシル、メタクリル酸n―へキシル、アクリル酸2−エチルヘキシル、メタアクリル酸2−エチルヘキシル、ノナンジオールジアクリレート、フェノキシエチルアクリレート等が挙げられる。
【0055】
セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体と、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとの混合物においては、セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体の占める割合を、0.1質量%以上50質量%以下、特に0.5質量%以上10質量%以下にすることが、セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体の分散性や、後述する分散媒を除去する際の乾燥効率の点から好ましい。また、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーの占める割合を、0.1質量%以上80質量%以下、特に1質量%以上50質量%以下にすることが、後述する方法で製造される樹脂組成物において透明性や柔軟性など好適な諸物性が得られる点から好ましい。なお、前記混合物においては、セルロースナノファイバー及びセルロースナノファイバー複合体を併用しても良い。同様に、前記混合物においては、アクリル酸系モノマー及びメタクリル酸系モノマーを併用しても良い。
【0056】
また、前記アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーの20℃における蒸気圧は、前記分散媒の20℃における蒸気圧よりも小さいことが好ましい。すなわち、後述する工程(B)において分散媒の除去する方法として揮発を採用した場合、分散媒がモノマーよりも揮発しやすいことが必要だからである。モノマーの20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP1、分散媒の20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP2とした場合、P1/P2は、好ましくは0.001以上0.9以下、更に好ましくは0.001以上0.5以下である。
【0057】
前記混合物には、上述した成分以外に、重合性モノマー、連鎖移動剤、着色剤、重合禁止剤、香料、粘土鉱物、架橋剤、発泡剤、界面活性剤などを、必要に応じて添加しても良い。
【0058】
セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体と、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとの混合物は、これを攪拌して十分に混合させた後に、(B)の工程に付される。(B)の工程においては、前記混合物から分散媒を除去してゲル状体を得る。分散媒の除去は、前記混合物中に該分散媒が実質的に存在しなくなるように行うことが好ましい。例えば前記混合物中に占める分散媒の割合が10質量%以下になるように、分散媒を除去することが好ましい。
【0059】
分散媒の除去手段としては、分散媒の種類に応じて適切なものが選択される。例えば、前記混合物を室温下で放置するだけの自然乾燥でも良く、あるいは加熱乾燥、真空乾燥、凍結乾燥、噴霧乾燥等の公知の乾燥方法でも良い。噴霧乾燥は、前記混合物をノズルから噴出させて微細な液滴となし、次いで対流空気中で該液滴を加熱乾燥することによりなされる。特に、自然乾燥や加熱乾燥を用いる場合には、前記混合物をキャスト(流延)する等して膜状あるいはシート状に成形してからその成形体を乾燥させることが、乾燥効率の点から好ましい。
【0060】
(B)の工程において得られるゲル状体の形態は特に制限されず、例えば、立体状、膜状、シート状、粉末状又は粒状等とすることができる。ゲル状体の形態は、前述した製造方法において、前記混合物からの分散媒の除去方法を適宜選択することによって調整することができる。例えば、前記混合物をキャスト(流延)して乾燥させることで膜状やシート状のゲル状体を得ることができ、また、前記混合物を噴霧乾燥することで粉末状や粒状のゲル状体を得ることができる。また、前記混合物を任意の形状の型に流し込んで乾燥することで、立体形状のゲル状体を製造することもできる。
【0061】
このようにしてゲル状体が得られたら、該ゲル状体を(C)の重合反応に付す。重合反応としては、ゲル状体中のアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーの重合が生起する反応であれば良い。そのような重合反応として、例えばラジカル重合反応を用いることができる。
【0062】
ラジカル重合反応によってアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーの重合を行う場合には、これまでに説明した(A)ないし(C)の工程のうちの少なくとも1つの工程において、重合開始剤を添加することが好ましい。重合開始剤としては、ラジカル重合の重合開始剤として知られている各種の化合物を用いることが好ましい。例えば熱の付与や紫外線等の活性エネルギー線の照射によってラジカルを発生し得る化合物を用いることができる。具体的には、アゾビスイソブチロニトリル、アゾビス−4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル、アゾビスシクロヘキサノン−1−カルボニトリル、アゾジベンゾイル、2,2−アゾビス(1−アセトキシ−1−フェニルエタン)等のアゾ化合物、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウロイル、ジ−t−ブチルパーオキシヘキサヒドロテレフタレート、t−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、ジ−α−クミルパーオキサイド、t−ブチルペルオキシイソプロピルカーボネート、ジ−t−ブチルペルオキシド、2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルペルオキシ)ヘキサン、1,1−t−ブチルパーオキシ−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン、2,5,−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルペルオキシ)ヘキシン−3、1,1,3,3−テトラメチルブチルヒドロペルオキシド、t−ブチルヒドロペルオキシド等の有機過酸化物、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム等の水溶性触媒及び過酸化物あるいは過硫酸塩と還元剤の組み合わせによるレドックス触媒等の熱重合開始剤や、ベンゾフェノン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインプロピルエーテル、ジエトキシアセトフェノン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2,6−ジメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホシフィンオキシド、2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノン、4−フェノキシジクロロアセトフェノン、4−t−ブチル−ジクロロアセトフェノン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−(4−イソプロピレンフェニル)−2−ヒドロキシ−2−メチルプロパン−1−オン、1−(4−ドデシルフェニル)−2−ヒドロキシ−2−メチルプロパン−1−オン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)−フェニル(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルホリノプロパン−1−オン、ベンゾイン、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、ベンジルジメチルケタール、α−アシロキシムエステル、アシルホスフィンオキサイド、メチルフェニルグリオキシレート、4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル−(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、4−ベンゾイル−4′−メチルジフェニルサルファイド、ベンゾイル安息香酸、ベンゾイル安息香酸メチル、4−フェニルベンゾフェノン、ヒドロキシベンゾフェノン、3,3′−ジメチル−4−メトキシベンゾフェノン、2,4,6−トリメチルベンゾフェノン、4−メチルベンゾフェノン、チオキサンソン、2−クロルチオキサンソン、2−メチルチオキサンソン、2,4−ジメチルチオキサンソン、イソプロピルチオキサンソン、カンファーキノン、ジベンゾスベロン、2−エチルアンスラキノン、3,3′,4,4′−テトラ(t−ブチルパーオキシカルボニル)ベンゾフェノン、ベンジル、9,10−フェナンスレンキノン等の活性エネルギー線重合開始剤を用いることができる。
【0063】
前記重合開始剤を添加する方法や順序は特に限定されないが、セルロースナノファイバーを均一な分散状態にする観点から、工程(C)の重合反応の直前に重合開始剤溶液を浸透させる方法が好ましい。具体的には、工程(B)でセルロースナノファイバーとモノマーからなるゲル状体を作製後、溶媒に溶解した重合開始剤を該ゲル状体に滴下し、そして該溶媒を揮発させた後に重合反応に付することができる。
【0064】
前記ゲル状体を重合反応に付すことによって、アクリル酸系モノマー又はメタクリル系モノマーの重合が生起し、アクリル樹脂又はメタクリル樹脂が生成する。このとき、前記ゲル状体中にはセルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体が均一に分散した状態になっているので、得られるアクリル樹脂又はメタクリル樹脂中においても、セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体の均一な分散が維持される。このようにして、目的とする樹脂組成物が得られる。
【0065】
得られた樹脂組成物においては、該樹脂組成物中にセルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体が均一に分散した状態になっているので、該樹脂組成物に占めるセルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体の割合を過度に高くしなくても、該樹脂組成物の特性の向上を図ることができる。例えば樹脂組成物に占めるセルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体の割合は、0.1質量%、特に1質量%以上、とりわけ5質量%以上とすることが好ましく、50質量%以下、特に20質量%以下、とりわけ15質量%以下とすることが好ましい。具体的には、0.1質量%以上50質量%以下、特に1質量%以上20質量%以下、とりわけ5質量%以上15質量%以下とすることが好ましい。
【0066】
このようにして得られた樹脂組成物は、セルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体が均一に分散した状態になっているので、アクリル樹脂又はメタクリル樹脂が本来有している特性と相まって、低線熱膨張係数、高光透過率及び高耐熱性を有するものとなる。しかも、この樹脂組成物に含まれる樹脂は汎用のものなので、経済的に有利である。したがって、この樹脂組成物は、ガラス代替の材料として、例えば光学レンズ、太陽電池の表面材、表示素子の基板などの原料として好適に用いられる。
【0067】
例えば本発明の製造方法で得られた樹脂組成物は、後述する実施例で説明する方法で測定された全光線透過率が好ましくは80%以上という高い値を示し、20℃から200℃までの昇温過程での線熱膨張係数が50ppm/K以下という低い値を示し、20℃から200℃までの昇温過程での耐熱性が0.2以上という低い値を示す。
【0068】
前述した本発明の実施態様に関し、更に以下の付記を開示する。
<1>
セルロースナノファイバーと、アクリル樹脂又はメタクリル樹脂とを含有する樹脂組成物の製造方法であって、
(A)天然セルロース繊維をN−オキシル化合物存在下で酸化して得られたセルロースナノファイバーと、分散媒と、アクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーとの混合物を得る工程、
(B)前記混合物から分散媒を除去してゲル状体を得る工程、及び
(C)前記ゲル状体中のアクリル酸系モノマー又はメタクリル酸系モノマーを重合反応に付す工程、を有するセルロースナノファイバーを含む樹脂組成物の製造方法。
【0069】
<2>
前記セルロースナノファイバーからセルロースナノファイバー複合体を得た後に、該セルロースナノファイバー複合体と、前記分散媒と、前記アクリル酸系モノマー又は前記メタクリル酸系モノマーとの混合物を得る<1>に記載の製造方法。
<3>
前記セルロースナノファイバーに、アミド結合を介して炭化水素基を結合させて、前記セルロースナノファイバー複合体を得る<2>に記載の製造方法。
<4>
前記セルロースナノファイバーに、イオン結合を介して炭化水素基を結合させて、前記セルロースナノファイバー複合体を得る<2>に記載の製造方法。
<5>
前記アクリル酸系モノマー又は前記メタクリル酸系モノマーの蒸気圧は、前記分散媒の蒸気圧よりも小さい<1>ないし<4>のいずれか1に記載の製造方法。
<6>
前記アクリル酸系モノマー又は前記メタクリル酸系モノマーの20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP1、分散媒の20℃における蒸気圧(mmHg、20℃)をP2とした場合、P1/P2が、好ましくは0.001〜0.9、更に好ましくは0.001〜0.5である<1>ないし<5>のいずれか1に記載の製造方法。
【0070】
<7>
前記分散媒として水を用いる<1>ないし<6>のいずれか1に記載の製造方法。
<8>
前記分散媒として有機溶媒を用いる<1>ないし<6>のいずれか1に記載の製造方法。
<9>
得られる樹脂組成物に占める前記セルロースナノファイバーの割合を、0.1質量%以上50質量%以下とする<1>ないし<8>のいずれか1に記載の製造方法。
<10>
前記重合反応としてラジカル重合反応を用い、
前記(A)ないし(C)のいずれかの工程において熱重合開始剤又は活性エネルギー線重合開始剤を添加する<1>ないし<9>のいずれか1に記載の製造方法。
<11>
前記(C)の工程の直前に、前記熱重合開始剤又は前記活性エネルギー線重合開始剤を添加する<1>ないし<10>のいずれか1に記載の製造方法。
<12>
前記分散媒にイソプロパノールを用いた場合、炭素数が10〜14の飽和直鎖状の炭化水素基がアミド結合又はイオン結合を介して結合したセルロースナノファイバー複合体を用いる<1>ないし<11>のいずれか1に記載の製造方法。
【実施例】
【0071】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」及び「部」はそれぞれ「質量%」及び「質量部」を意味する。
【0072】
〔実施例1〕
(1)セルロースナノファイバーの製造
針葉樹の漂白クラフトパルプ(製造会社:フレッチャー チャレンジ カナダ、商品名「Machenzie」、CSF650ml)を天然セルロース繊維として用いた。TEMPOとしては、市販品(製造会社:ALDRICH、Free radical、98%)を用いた。次亜塩素酸ナトリウムとしては、市販品(製造会社:和光純薬工業(株))を用いた。臭化ナトリウムとしては、市販品(製造会社:和光純薬工業(株))を用いた。まず、針葉樹の漂白クラフトパルプ繊維100gを9900gのイオン交換水で十分に攪拌した後、パルプ質量100gに対し、TEMPO1.25%、臭化ナトリウム12.5%、次亜塩素酸ナトリウム28.4%をこの順で添加した。pHスタットを用い、0.5M水酸化ナトリウムを滴下してpHを10.5に保持し、酸化反応を行った。酸化を120分行った後に滴下を停止し、カルボキシル基含有セルロース繊維を得た。イオン交換水を用いてカルボキシル基含有セルロース繊維を十分に洗浄し、次いで脱水処理を行った。その後、得られたカルボキシル基含有セルロース繊維100gをイオン交換水9900gに分散させ、高圧ホモジナイザー(HJP−25005、(株)スギノマシン製)を用いて、吐出圧力245MPaの条件で2回処理を行った。その操作によって繊維の微細化処理を行い、セルロースナノファイバーの分散液を得た。分散液の固形分濃度は1.0%であった。このセルロースナノファイバーの平均繊維径は3.3nmであり、カルボキシル基含有量は1.2mmol/gであった。
【0073】
(2)混合物の調製
(1)で得られたセルロースナノファイバー分散液100質量部(セルロースナノファイバーとして1部、分散媒としてのイオン交換水99部)に対して、メタクリル酸系モノマーとしての2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA、和光純薬工業(株))を混合して混合物を得た。混合の割合は、以下の表1に示すとおりとした。
【0074】
(3)ゲル状体の調製
(2)で得られた混合物30gをPFA(フッ素樹脂)製のシャーレ(直径75mm)に注ぎ、その後イオン交換水を除去してゲル状体を調製した。イオン交換水の除去は、シャーレを23℃50%RH環境下に7日間静置して、イオン交換水を揮発させることで行った。得られたゲル状体に含まれるイオン交換水の割合は5%以下になっていた。
【0075】
(4)樹脂組成物の調製
熱重合開始剤としてのアゾビスイソブチロニトリル(AIBN、シグマアルドリッチ社)のメタノール溶液(3.6%)を調製し、シャーレに入った状態の(3)で得られたゲル状体に満遍なく注ぎ、次いでAIBNの浸透とメタノールの乾燥のために23℃50%RH環境下に2時間静置した。その後、該ゲル状体をシャーレから取り出し、剥離フィルム(X−44B#50、三井化学東セロ(株)製)で挟み、更にガラス板で挟んだ状態で、窒素パージされた恒温槽に入れ、60℃、24時間加熱することでラジカル重合を行った。熱重合開始剤の配合量(モノマー質量に対する割合)は,表1に示すとおりになるようにした。このようにして、セルロースナノファイバーを含むメタクリル樹脂組成物を得た。
【0076】
〔実施例2ないし4〕
以下の表1に示す条件を採用する以外は実施例1と同様にして、セルロースナノファイバーを含むメタクリル樹脂組成物を得た。
【0077】
〔実施例5〕
実施例1で用いたメタクリル酸系モノマーに代えて、ポリ(エチレングリコール)メチルエーテルアクリレート(分子量480、シグマアルドリッチ社)を用いた。また実施例1で用いた熱重合開始剤に代えて、活性エネルギー線重合開始剤である2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノン(東京化成工業(株))を用いた。更に実施例1で行った加熱に代えて、紫外線(UV)の照射を行い、ラジカル重合を行った。ラジカル重合はゲル状体に対して約50mmの距離に波長365nmの光源を配置し、放射照度が約500mW/cmとなる状態で、3分間紫外線を照射することで行った。これら以外は実施例1と同様にして、セルロースナノファイバーを含むアクリル樹脂組成物を得た。
【0078】
〔実施例6ないし8〕
以下の表1に示す条件を採用する以外は実施例5と同様にして、セルロースナノファイバーを含むアクリル樹脂組成物を得た。
【0079】
〔比較例1〕
本比較例は、実施例1において、セルロースナノファイバー及び分散媒を用いなかった例である。それ以外は実施例1と同様にしてメタクリル樹脂を得た。
【0080】
〔比較例2〕
本比較例は、実施例5において、ゲル状体を調製しなかった例である。詳細には、実施例1と同様にして得られたセルロースナノファイバー分散液10gをPFA(フッ素樹脂)製のシャーレ(直径75mm)に注ぎ、自然乾燥することで、坪量0.1g/mのキャストフィルムを製造した。このキャストフィルムをポリ(エチレングリコール)メチルエーテルアクリレート及び2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノン混合液中に浸漬して、該キャストフィルムにポリ(エチレングリコール)メチルエーテルアクリレートを含浸させた。この含浸シートについて、表1に示す条件でラジカル重合を行い、セルロースナノファイバーを含むメタクリル樹脂組成物を得た。なおキャストフィルムと重合後の樹脂組成物と質量変化から、セルロースナノファイバー含有率を算出した。
【0081】
〔比較例3〕
本比較例は、実施例5において、セルロースナノファイバー及び分散媒を用いなかった例である。それ以外は実施例5と同様にしてアクリル樹脂を得た。
【0082】
〔実施例9〕
本実施例は、酸型のカルボキシル基を有する酸型セルロースナノファイバーを用いた例である。詳細には、以下の操作を行った。
(1)酸型セルロースナノファイバーの製造
実施例1で得られた1.0質量%セルロースナノファイバー分散液1000gにイオン交換水を1000g加えて、0.5質量%のセルロースナノファイバー分散液とした。該分散液に1M塩酸水溶液を加えて、pHを2に調整し、120分間攪拌した後、ガラスろ過器を用いて該分散液を吸引ろ過した。次いで、ろ紙上に形成されたセルロースナノファイバーのマット上に、0.01M塩酸800gを加えて、再度吸引ろ過を行った。0.01M塩酸による吸引ろ過の処理を2回繰り返した後、同様にイオン交換水800gを加えて吸引ろ過を行った。イオン交換水による吸引ろ過の処理を2回繰り返すことで、酸型のカルボキシル基を有する、酸型セルロースナノファイバーが製造された。カルボキシル基の状態はFTIR等の分析によって確認できる。
【0083】
(2)混合物の調製
(1)で得られた酸型セルロースナノファイバー10gと分散媒としてのジメチルホルムアミド(DMF、和光純薬工業(株))1990gを混合し、高圧ホモジナイザー(NM2−2000AR−D10−S、吉田機械興業(株)製)を用いて、吐出圧力200MPaの条件で2回処理を行った。このようにして酸型セルロースナノファイバー分散液を得た。分散液の固形分濃度は0.5%であった。
【0084】
前記酸型セルロースナノファイバー分散液100質量部(セルロースナノファイバーとして0.5部、分散媒としてのDMF99.5部)と、モノマーとして1,9―Bis(acryloyloxy)nonane(東京化成工業(株))を混合して混合物を得た。混合の割合は、表1に示すとおりとした。
【0085】
(3)ゲル状体の調製
(2)で得られた混合物30gをPFA(フッ素樹脂)製のシャーレ(直径75mm)に注ぎ、その後DMFを除去してゲル状体を調製した。DMFの除去は、シャーレを23℃50%RH環境下に7日間静置して、DMFを揮発させることで行った。得られたゲル状体に含まれるDMFの割合は5%以下になっていた。
【0086】
(4)樹脂組成物の調製
活性エネルギー線重合開始剤としての2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノンのメタノール溶液(3.6%)を調製し、シャーレに入った状態の(3)で得られたゲル状体に満遍なく注ぎ、次いで2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノンの浸透とメタノールを乾燥するために23℃50%RH環境下に2時間静置した。その後、該ゲル状体をシャーレから取り出し、剥離フィルム(X−44B#50、三井化学東セロ(株)製)で挟み、更にガラス板で挟んだ状態で、紫外線の照射を行い、ラジカル重合を行った。ラジカル重合はゲル状体に対して約50mmの距離に波長365nmの光源を配置し、放射照度が約500mW/cmとなる状態で、3分間紫外線を照射することで行った。このようにして、酸型セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物を得た。
【0087】
〔実施例10〕
本実施例は、セルロースナノファイバーに、イオン結合を介して炭化水素基を結合させてなるセルロースナノファイバー複合体を用いた例である。詳細には、以下の操作を行った。
(1)セルロースナノファイバー複合体の製造
実施例9で得られた酸型セルロースナノファイバー10gにイオン交換水とイソプロピルアルコール(IPA、和光純薬工業(株))の混合溶媒(混合比50:50)2000gを加えた。次いでアミン化合物としてデシルアミン(和光純薬工業(株))0.19gを加えて、60分間攪拌した後、イオン交換水を4000g加えた。この処理によって発生するセルロースナノファイバー複合体の凝集物を、ガラスろ過器を用いて吸引ろ過した。次いで、ろ紙上に形成されたセルロースナノファイバーのマット上に、IPA400gを加えて、再度吸引ろ過を行った。IPAによる吸引ろ過の処理を3回繰り返すことで、炭素数10の炭化水素基がイオン結合を介して結合してなるセルロースナノファイバー複合体が製造された。
【0088】
(2)混合物の調製
(1)で得られたセルロースナノファイバー複合体10gと分散媒としてのIPA1990gを混合し、高圧ホモジナイザー(NM2−2000AR−D10−S、吉田機械興業(株)製)を用いて、吐出圧力200MPaの条件で2回処理を行った。このようにしてセルロースナノファイバー複合体分散液を得た。分散液の固形分濃度は0.5%であった。
【0089】
前記セルロースナノファイバー複合体分散液100質量部(セルロースナノファイバー複合体として0.5部、分散媒としてのIPA99.5部)と、モノマーとして1,9―Bis(acryloyloxy)nonaneを混合して混合物を得た。混合の割合は、表2に示すとおりとした。
【0090】
(3)ゲル状体の調製
(2)で得られた混合物30gをPFA(フッ素樹脂)製のシャーレ(直径75mm)に注ぎ、その後IPAを除去してゲル状体を調製した。IPAの除去は、シャーレを23℃50%RH環境下に7日間静置して、IPAを揮発させることで行った。得られたゲル状体に含まれるIPAの割合は5%以下になっていた。
【0091】
(4)樹脂組成物の調製
(3)で得られたゲル状体に、実施例9と同様にしてラジカル重合を行った。活性エネルギー線重合開始剤の使用量は表2に示すとおりとした。このようにして、セルロースナノファイバー複合体を含む樹脂組成物を得た。
【0092】
〔実施例11〕
実施例10において、アミン化合物として、ドデシルアミン(和光純薬工業(株))0.22gを用いた。これ以外は実施例10と同様にして、セルロースナノファイバー複合体を含む樹脂組成物を得た。
【0093】
〔実施例12〕
実施例10において、アミン化合物として、オクタデシルアミン(和光純薬工業(株))0.32gを用いた。これら以外は実施例10と同様にして、セルロースナノファイバー複合体を含む樹脂組成物を得た。
【0094】
〔実施例13〕
本実施例は、セルロースナノファイバーに、アミド結合を介して炭化水素基を結合させてなるセルロースナノファイバー複合体を用いた例である。詳細には、以下の操作を行った。
(1)セルロースナノファイバー複合体の製造
ビーカーに実施例1で用いたセルロースナノファイバー分散液1000gにイオン交換水1000gを加え0.5質量%の分散液とし、メカニカルスターラーにて室温下、3時間攪拌した。続いて1M塩酸水溶液を加えてpH2に調整し、2時間攪拌した。その後、アセトンで再沈し、ろ過、その後、アセトン/イオン交換水にて洗浄を行い、塩酸及び塩を除去した。最後にアセトンを加えろ過し、アセトンにセルロースナノファイバーが膨潤した状態のアセトン含有酸型セルロースナノファイバーを得た。
【0095】
次いでメカニカルスターラー、還流管を備えた4口丸底フラスコに、前記アセトン含有酸型セルロースナノファイバーを仕込み、IPA2000gを加えて0.5質量%分散液とし、マグネティックスターラーにて室温下、1時間攪拌した。続いて、プロピルアミン5.45g(セルロースナノファイバーのカルボキシル基1molに対してアミン基3molに相当)、4−(4,4−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルフォリニウムクロライド(DMT−MM)26.38gを仕込んで溶解させた後、室温下で12時間反応を行った。反応終了後、ろ過し、その後、メタノール/イオン交換水にて洗浄を行い、未反応のプロピルアミン及びDMT−MMを除去した。最後にアセトンを加えろ過し、炭素数3の炭化水素基がアミド結合を介して結合したセルロースナノファイバー複合体を調製した。
【0096】
(2)混合物の調製
(1)で得られたセルロースナノファイバー複合体10gと分散媒としてのジメチルホルムアミド(DMF)1990gを混合し、高圧ホモジナイザー(NM2−2000AR−D10−S、吉田機械興業(株)製)を用いて、吐出圧力200MPaの条件で2回処理を行った。このようにしてセルロースナノファイバー複合体分散液を得た。分散液の固形分濃度は0.5%であった。
【0097】
前記セルロースナノファイバー複合体分散液100質量部(セルロースナノファイバーとして0.5部、分散媒としてのDMF99.5部)と、モノマーとして1,9―Bis(acryloyloxy)nonaneとを混合して混合物を得た。混合の割合は、表2に示すとおりとした。
【0098】
(3)ゲル状体の調製
(2)で得られた混合物30gをPFA(フッ素樹脂)製のシャーレ(直径75mm)に注ぎ、その後DMFを除去してゲル状体を調製した。DMFの除去は、シャーレを23℃50%RH環境下に7日間静置して、DMFを揮発させることで行った。得られたゲル状体に含まれるDMFの割合は5%以下になっていた。
【0099】
(4)樹脂組成物の調製
(3)で得られたゲル状体に、実施例9と同様にしてラジカル重合を行った。活性エネルギー線重合開始剤の使用量は表2に示すとおりとした。このようにして、セルロースナノファイバー複合体を含む樹脂組成物を得た。
【0100】
〔比較例4〕
本比較例は、実施例9において、セルロースナノファイバー及び分散媒を用いなかった例である。それ以外は実施例9と同様にして樹脂を得た。
【0101】
〔比較例5〕
本比較例は、背景技術の項で述べた特許文献3に記載の方法に対応するものである。本比較例では分散媒を用いておらず、ゲル状体を調製していない。詳細には、実施例10で用いたセルロースナノファイバー複合体と、表2に示すモノマーとを、同表に示す割合で混合した。混合によって得られた混合物に、同表に示す活性エネルギー線重合開始剤としての2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノンを添加し、次いで該ゲル状体に、実施例10と同様の条件で紫外線の照射を行い、ラジカル重合を行った。活性エネルギー線重合開始剤の使用量は同表に示すとおりとした。このようにして、セルロースナノファイバー複合体を含む樹脂組成物を得た。
【0102】
〔評価〕
各実施例及び各比較例で得られた樹脂組成物及び樹脂について、以下に述べる方法で全光線透過率、線熱膨張係数及び耐熱性を測定した。その結果を以下の表1及び表2に示す。また樹脂組成物について、それに含まれるセルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー複合体の割合を以下の表1及び2に示す。
【0103】
〔全光線透過率の測定〕
全光線透過率は、JIS K7361−1に準拠して測定する。これらの測定にはヘイズメーター(NDH5000、日本電色工業(株)製)を用いた。また表1,2に記載の全光線透過率は厚みが0.1mmの値として補正している。補正については、以下の式で導入される。補正後の透過率をT(%)、補正前の実測の透過率をT(%)、実測の厚みa(mm)とする。
T=100×10[log(T1/100)/ 10a]
【0104】
〔線熱膨張係数の測定〕
線熱膨張係数は熱機械的分析装置TMA/SS6100(セイコーインスツルメンツ(株)製)の引張モードを用いて測定した。0℃から300℃まで昇温速度5℃/分、荷重7mN、窒素雰囲気下で昇温し、20℃から200℃までのサンプル伸びから線熱膨張係数を算出した。
【0105】
〔耐熱性の測定〕
粘弾性測定装置EXSTAR TMA6100(エスアイアイナノテクノロジー(株)製)の引張モードを用いて、樹脂組成物の粘弾性を測定した。測定条件は以下のとおりである。
・温度範囲:−20〜300℃
・昇温速度:2℃/分
・周波数:1Hz
・窒素雰囲気下
この測定により、各温度における貯蔵弾性率の値が測定される。20℃での貯蔵弾性率をA、200℃での貯蔵弾性率をBとしたとき、耐熱性は以下の式で定義した。
耐熱性=B/A
一般に貯蔵弾性率は温度と共に低下していくため、A>Bとなり、耐熱性は1以下の値を示す。AからBの低下が少ないほど、耐熱性は1に近い値を示す。この値が1に近いほど熱に対する強度安定性が高いことを意味する。
【0106】
【表1】
【0107】
【表2】
【0108】
表1及び表2に示す結果から明らかなとおり、実施例で得られた樹脂組成物は、比較例で得られた樹脂組成物又は樹脂に比べて、高全光線透過率を維持し、低線熱膨張係数を有し、かつ高耐熱性を有することが判る。