(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記チェーンは、一対の外リンクプレートの両端部をピンで連結した外リンクと、一対の内リンクプレートの両端部をブシュで連結する内リンクと、を前記ブシュに前記ピンを嵌挿することにより交互に連結してなり、
前記一部の摺動部材は、前記ピン及び前記ブシュである、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のチェーン。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1のオーステナイト系ステンレス鋼を用いたステンレスチェーンでは、通常の鉄鋼を用いたチェーンに比べて、硬度(強度)が劣るという課題があった。
【0005】
これを解決するために、ステンレスチェーンとして析出硬化型ステンレス鋼を用いれば、オーステナイト系ステンレス鋼を用いるよりも、硬度が優れたステンレスチェーンを得ることができる。しかし、析出硬化型ステンレス鋼を用いたステンレスチェーンでは、オーステナイト系ステンレス鋼を用いたステンレスチェーンに比べて、熱処理工程が複雑で、材料価格が高いという課題があった。
【0006】
そこで、本発明は、硬度、耐食性、成形性に優れ、熱処理加工が簡便で、かつ安価であり、もって上述した課題を解決したチェーン及びその表面熱処理方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、相対移動する摺動部材を有するチェーン(1)において、
前記摺動部材の少なくとも一部は、マルテンサイト系ステンレス鋼を母材とし、
前記母材の表層に、単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有すると共に、炭化物及び窒化物の析出量は合計0.05[質量%]以下である、
ことを特徴とするチェーン(1)にある。
【0008】
尚、上記一部の摺動部材は、例えば
図1を参照して、例えばローラチェーン(1)の場合、ピン(41)、ブシュ(31)及びローラ(32)の少なくとも一個であり、ブシュチェーンの場合、ピン及びブシュの少なくとも一個であり、サイレントチェーンの場合、ピン及び該ピンに摺接するピン孔を有するリンクプレートの少なくとも一個である。
【0009】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、例えば、炭素量が0.02〜0.3[質量%]の低炭素鋼であることが好ましい。
【0010】
例えば
図1を参照して、前記チェーン(1)は、多数のリンクプレート(30,40)及びこれらリンクプレート(30,40)を屈曲自在に連結するピン(41)を含む前記摺動部材がステンレス鋼からなるステンレスチェーンである。
【0011】
更に、例えば
図1を参照して、前記チェーン(1)は、一対の外リンクプレート(40)の両端部をピン(41)で連結した外リンク(4)と、一対の内リンクプレート(30)の両端部をブシュ(31)で連結する内リンク(3)と、を前記ブシュ(31)に前記ピン(41)を嵌挿することにより交互に連結してなり、
前記一部の摺動部材は、前記ピン(41)及び前記ブシュ(31)である。
【0012】
例えば
図1を参照して、前記チェーン(1)は、前記ブシュ(31)に被嵌したローラ(32)を備えるローラチェーン(1)であり、
前記一部の摺動部材は、前記ピン(41)、前記ブシュ(31)、前記ローラ(32)である。
【0013】
本発明は、例えば
図2及び
図3を参照して、チェーン(1)を構成する摺動部材の少なくとも一部にマルテンサイト系ステンレス鋼を母材として用い、
該母材の周囲を真空にする第1の減圧工程(S1)と、
前記第1の減圧工程の後に、前記母材を950〜1050[℃]まで昇温する第1の昇温工程(S3)と、
前記第1の昇温工程の後に、前記母材を950〜1050[℃]に1〜3[時間]維持する第1の均熱工程(S4)と、
前記第1の減圧工程の終了から前記第1の均熱工程の開始までの間に、前記母材の周囲に窒化処理ガスを充填する第1の窒素導入工程(S2)と、
前記第1の均熱工程の後に、前記母材を常温まで窒化処理ガスにより冷却する第1の冷却工程(S5)と、
前記第1の冷却工程の後に、前記母材の周囲を真空にする第2の減圧工程(S6)と、
前記第2の減圧工程の後に、前記母材を150〜200[℃]まで昇温する第2の昇温工程(S8)と、
前記第2の昇温工程の後に、前記母材を150〜200[℃]に1〜3[時間]維持する第2の均熱工程(S9)と、
前記第2の減圧工程の終了から前記第2の均熱工程の開始までの間に、前記母材の周囲に窒化処理ガスを充填する第2の窒素導入工程(S7)と、
前記第2の均熱工程の後に、前記母材を常温まで徐冷する第2の冷却工程(S10)と、を有する表面熱処理を前記母材に施す、
ことを特徴とするチェーンの表面熱処理方法にある。
【0014】
例えば
図3を参照して、前記第1の減圧工程及び前記第2の減圧工程では、前記母材の周囲を高真空にすることが好ましい。尚、高真空とは、真空度が0.1〜10
−5[Pa]の範囲である。
【0015】
尚、上記カッコ内の符号は、図面と対照するためのものであるが、これにより請求項の構成に何等影響を及ぼすものではない。
【発明の効果】
【0016】
請求項1に係る本発明によると、チェーンの少なくとも一部の摺動部材がマルテンサイト系ステンレス鋼を母材としているので、安価でありながら成形性を良好にすることができる。しかも、当該摺動部材の表層に、単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有することから表層の硬度を高くできると共に、炭化物及び窒化物の析出量は合計0.05[質量%]以下であることからクロム化合物量を減少させて単体のクロムを増加させ、耐食性を高くできるので、表層の硬度及び耐食性を両立することができる。
【0017】
請求項2に係る本発明によると、マルテンサイト系ステンレス鋼の炭素含有量を0.02〜0.3[質量%]の低炭素鋼としたので、摺動部材の表層に、より確実に所定量の単体の炭素及び窒素を含有させることができる。これにより、摺動部材の表層の硬度及び耐食性を、より高度に両立することができる。
【0018】
請求項3に係る本発明によると、例えばローラチェーン、ブシュチェーン、サイレントチェーン、リーフチェーン等のリンクプレートを含めて、摺動部材に限らず全てのチェーン構成部材をステンレス鋼としたので、電位差による腐食を阻止して、耐食性の優れたステンレスチェーンの摺動部材の表面硬度を高めて、チェーンの長寿命化を図ることができる。
【0019】
請求項4に係る本発明によると、例えばローラチェーンやブシュチェーンのように、ピン及びブシュを有するチェーンのピン及びブシュが上述の摺動部材であるので、ピン及びブシュの硬度及び耐食性が向上することから、チェーンの長寿命化を図ることができる。
【0020】
請求項5に係る本発明によると、ローラチェーンのピン、ブシュ、ローラの全てが上述の摺動部材であるので、ピン、ブシュ、ローラの硬度及び耐食性が向上することから、ローラチェーンの長寿命化を図ることができる。
【0021】
請求項6に係る本発明によると、当該摺動部材がマルテンサイト系ステンレス鋼を母材とすることから、安価で成形性を良好にすることができるものでありながら、簡便な熱処理方法によって、摺動部材の表層に、単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有すると共に、炭化物及び窒化物の析出量は合計0.05[質量%]以下にできるので、表層の硬度及び耐食性を両立することができる。
【0022】
請求項7に係る本発明によると、高真空による真空熱処理を行うことで、ステンレス鋼からの脱炭を抑えると共に、ステンレス鋼の表層での窒素の拡散量を上げることができる。これにより、より確実に、摺動部材の表層に単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有すると共に、炭化物及び窒化物の析出量は合計0.05[質量%]以下にできるので、表層の硬度及び耐食性を両立することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明のチェーンをローラチェーンに適用した実施の形態について説明する。
【0025】
図1に示すように、ローラチェーン1は、多数のリンク2が回り対隅により連続して無端状に連結されて形成されている。各リンク2は、内リンク3及び外リンク4を備えている。
【0026】
内リンク3は、2枚の同形状のリンクプレートとしての内リンクプレート30の両端部を、ブシュ31にて圧入により連結し、該ブシュ31にローラ32を被嵌してなる。外リンク4は、2枚のリンクプレートとしての外リンクプレート40の両端部を、ピン41にて圧入により連結してなる。そして、ブシュ31にピン41が嵌挿して、内リンク3と外リンク4とを交互に連結して無端状に構成されている。内リンクプレート30及び外リンクプレート40は、オーステナイト系ステンレス鋼、例えばSUS304により形成されている。
【0027】
ローラチェーン1は、ローラ32が図示しないスプロケットと噛合することにより動力伝達が行なわれる。各リンク2の屈曲時には、ローラ32の内周面とブシュ31の外周面とが相対回転し、またブシュ31の内周面とピン41の外周面とが相対回転するので、これらの面は摺動により摩耗を生じやすくなっている。
【0028】
摺動部材としてのピン41、ブシュ31及びローラ32は、マルテンサイト系ステンレス鋼、例えばSUS403(成分[質量%]:炭素0.15以下、ケイ素0.50以下、マンガン1.00以下、リン0.040以下、硫黄0.030以下、クロム11.50〜13.00、ニッケル0.60以下)を母材として形成されている。本実施の形態では、摺動部材の母材としてマルテンサイト系ステンレス鋼のSUS403を用いているが、これには限られず、他のマルテンサイト系ステンレス鋼でもよく、例えばSUS410(成分組成は、上述したSUS403と同様)を用いてもよい。
【0029】
以下、これらの摺動部材の高硬度化及び高耐食性を図るための表面熱処理方法の手順について、
図2に示すフローチャート及び
図3に示すタイムチャートに沿って説明する。
【0030】
摺動部材は、炭素量が0.02〜0.3[質量%]の低炭素鋼のマルテンサイト系ステンレス鋼を母材としている。摺動部材を炉に入れ、炉を高真空(例えば、0.01[Pa])に減圧し(ステップS1、第1の減圧工程)、炉が高真空になってから炉に窒素ガスを導入する(ステップS2、第1の窒素導入工程)。
【0031】
そして、炉を常温から1050[℃]まで昇温し(ステップS3、第1の昇温工程)、1050[℃]をほぼ均熱に例えば2時間程度維持する(ステップS4、第1の均熱工程)。この昇温及び均熱維持により、摺動部材の母材であるステンレス鋼はオーステナイト相となり、また窒素が母材表面(表面からの深さ0.1〜0.2[mm]程度)から浸透、拡散され、固溶状態になる。
【0032】
2時間の均熱維持後、窒素ガスを供給することにより、摺動部材は1050[℃]から常温まで、例えば2時間程度で常温まで冷却する(ステップS5、第1の冷却工程)。これにより、摺動部材は焼き入れされ、マルテンサイト変態を起こす。
【0033】
次に、炉を高真空(例えば、0.01[Pa])に減圧し(ステップS6、第2の減圧工程)、炉が高真空になってから炉に窒素ガスを導入する(ステップS7、第2の窒素導入工程)。そして、焼き入れされた摺動部材を、常温から150[℃]に昇温し(ステップS8、第2の昇温工程)、150[℃]をほぼ均熱に例えば2時間程度維持する(ステップS9、第2の均熱工程)。これにより、窒素が母材表面から浸透、拡散され、固溶状態になる。
【0034】
2時間の均熱維持後、摺動部材は150[℃]から常温まで炉内で徐冷され(ステップS10、第2の冷却工程)、焼き戻しされる。
【0035】
以上の工程により、摺動部材の表層(表面からの深さ0.1〜0.2[mm]程度)には、単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有すると共に、炭化物及び窒化物の析出量は合計0.05[質量%]以下であるようになる。
【0036】
ここで、第1の昇温工程及び第1の均熱工程における温度は1050[℃]としたが、これには限られず、例えば950〜1050[℃]程度であればよい。また、第1の均熱工程における維持時間は2時間としたが、これには限られず、例えば1〜3時間程度であればよい。また、第1の冷却工程における冷却時間は2時間としたが、これには限られず、2時間以下であってもよい。
【0037】
さらに、第2の昇温工程及び第1の均熱工程における温度は150[℃]としたが、これには限られず、例えば150〜200[℃]程度であればよい。また、第2の均熱工程における維持時間は2時間としたが、これには限られず、例えば1〜3時間程度であればよい。これら温度や時間は、いずれも一般的な焼き入れ及び焼き戻しと同様に、摺動部材の大きさや材質によって適宜変更することができる。
【0038】
上述した手順により得られた摺動部材の表層の組成について、以下に説明する。
【0039】
摺動部材は、炭素量が0.02〜0.3[質量%]の低炭素鋼のマルテンサイト系ステンレス鋼からなり、表層は、単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有すると共に、炭化物及び窒化物は合計0.05[質量%]以下である。ここで、表層に含有される単体の炭素及び窒素とは、化合物を形成していない単体の炭素及び単体の窒素を意味する。
【0040】
単体の炭素及び窒素の合計の濃度が0.17[質量%]未満であると、所望の硬度(例えば、500[HV])を満たすことができない(
図4(a)参照)。これは、単体の炭素及び窒素の表層への固溶量が多い程、表層の硬度が高くなる性質により、表層への固溶量が0.17[質量%]未満では硬度の上昇が不十分だからである。尚、本実施の形態では、所望の硬度を500[HV]としているが、これには限られず、ローラチェーン1の使用条件に応じて適宜設定することができる。
【0041】
また、単体の炭素及び窒素の合計の濃度が0.17[質量%]未満であると、所望の耐食性(キャス試験の結果に基づく相対値)を満たすことができない(
図4(b)参照)。これは、単体の炭素及び窒素が例えば約0.3[質量%]以下の場合は、表面熱処理により表層において母材中のクロム化合物量が減少して単体のクロムが増加して耐食性が向上する性質により、表層への固溶量が0.17[質量%]未満では単体のクロムの増加が不十分だからである。尚、本実施の形態では、所望の耐食性をキャス試験の結果に基づく相対値で判定しているが、これには限られず、ローラチェーン1の使用条件に応じて適宜設定することができる。
【0042】
更に、単体の炭素及び窒素の合計の濃度が0.5[質量%]を超える場合は、所望の耐食性を得ることができない(
図4(b)参照)。これは、単体の炭素及び窒素が例えば約0.3[質量%]以上の場合は、単体の炭素及び窒素の表層への固溶量が多い程、表層において母材中のクロム化合物が増加して単体のクロムが減少して耐食性が低下する性質により、表層への固溶量が0.5[質量%]を超えると単体のクロムが必要以上に減少してしまうからである。
【0043】
従って、所望の硬度及び耐食性を得るためには、表層に含有される単体の炭素及び窒素の合計の濃度は、0.17〜0.50[質量%]とし、好ましくは約0.3[質量%]である。これにより、部材に窒素を適度に固溶させ、高真空による真空熱処理をしたことで窒素とクロムとの反応を抑え、クロムを単体で残すことができるので、所望の硬度及び耐食性を得ることができる。
【0044】
本実施の形態では、マルテンサイト系ステンレス鋼は炭素量が0.02〜0.3[質量%]の低炭素鋼としている。このため、表面熱処理によって窒素が0.2[質量%]程度侵入しても、単体の炭素及び窒素の合計の濃度を最大でも0.5[質量%]程度に抑えることができるので、所望の硬度及び耐食性を得ることができる。
【0045】
また、表層に含有される析出した炭化物及び窒化物の合計の濃度が0.05[質量%]を超える場合は、所望の耐食性を得ることができない。これは、炭化物及び窒化物の析出量が多い程、表層においてクロム化合物が増加して単体のクロムが減少して耐食性が低下する性質により、表層への析出量が0.05[質量%]を超えると単体のクロムが必要以上に減少してしまうからである。
【0046】
また、析出した炭化物及び窒化物の合計の濃度が0[質量%]であっても、単体の炭素及び窒素が含有されていることから、所望の硬度を得ることができる。しかも、析出した炭化物及び窒化物の合計の濃度が0[質量%]である場合は、クロム化合物が最も少なくなるので、単体のクロムが増加して耐食性が向上して好ましい。
【0047】
従って、所望の耐食性を得るためには、表層に含有される析出した炭化物及び窒化物の合計の濃度は、0〜0.05[質量%]とし、好ましくは0[質量%]である。
【0048】
従って、ピン41、ブシュ31及びローラ32のいずれの表層も、単体の炭素及び窒素を合計0.17〜0.50[質量%]含有すると共に、炭化物及び窒化物の析出量が合計0.05[質量%]以下である組成になっているので、高い硬度及び耐食性を得ることができる。
【0049】
上述したローラチェーン1を使用する際は、図示しないスプロケットに巻き掛けられて、例えば動力伝達用に使用される。ローラチェーン1の使用時には、ピン41とブシュ31との摩擦面、ブシュ31とローラ32との摩擦面、ローラ32とスプロケットとの摩擦面において摺動により摩擦が発生するが、ピン41、ブシュ31、ローラ32には上述の表面熱処理が施されて高い硬度及び耐食性を得ているので、ローラチェーン1は高い耐久性を得ることができる。
【0050】
以上説明したように、本実施の形態のローラチェーン1によると、ピン41、ブシュ31、ローラ32を、マルテンサイト系ステンレス鋼により形成しているので、オーステナイト系ステンレス鋼により形成する場合に比べて、安価でありながら成形性に優れている。しかも、これらの摺動部材は、上述した表面熱処理が施されているので、硬度と耐食性を高度に両立することができる。また、更に、表面熱処理方法は所定の条件で、焼き入れ及び焼き戻しと同様の熱処理を行うだけの簡便なものであり、処理の煩雑化を抑制できる。
【0051】
また、本実施の形態のローラチェーン1によると、ローラチェーン1を構成する部材のうち、ピン41、ブシュ31及びローラ32のみをマルテンサイト系ステンレス鋼により形成し、上述した表面熱処理を施し、内リンクプレート30及び外リンクプレート40はオーステナイト系ステンレス鋼により形成し、上述した表面熱処理を施していない。これにより、ピン41を外リンクプレート40に圧入する際、これらの部材間に硬度差があることから外リンクプレート40が変形するので、ピン41及び外リンクプレート40の両方を傷めてしまうことを抑制できる。同様に、ブシュ31を内リンクプレート30に圧入する際にも、内リンクプレート30が変形するので、ブシュ31及び内リンクプレート30の両方を傷めてしまうことを抑制できる。
【0052】
尚、以上説明した本実施の形態のローラチェーン1においては、ローラチェーン1を構成する部材のうち、摺動部材であるピン41、ブシュ31、ローラ32のみをマルテンサイト系ステンレス鋼により形成し、上述した表面熱処理を施した場合について説明した。しかしながら、本発明に係るチェーンは、これに限られず、例えば、内リンクプレート30及び外リンクプレート40についても、マルテンサイト系ステンレス鋼により形成し、上述した表面熱処理を施してもよい。あるいは、ピン41、ブシュ31、ローラ32の全てではなく、例えば、ピン41及びブシュ31のみ、あるいはピン41のみ等、いずれか1つあるいは2つに表面熱処理を施すようにしてもよい。
【0053】
また、本実施の形態のチェーン1においては、チェーン1がローラチェーンである場合について説明した。しかしながら、本発明に係るチェーンは、これに限られず、例えば、多数のリンクプレート及びこれらリンクプレートを屈曲自在に連結するピンを含むチェーンに適用することができ、具体的には、ブシュチェーンやサイレントチェーン等、他の一般産業用全般のチェーンに適用することができる。
【0054】
例えば、ブシュチェーンに適用した場合、チェーン1は、一対の外リンクプレートの両端部をピンで連結した外リンクと、一対の内リンクプレートの両端部をブシュで連結する内リンクと、をブシュにピンを嵌挿することにより交互に連結してなり、表面熱処理を施す一部の摺動部材はピン及びブシュの少なくとも一個となる。また、例えば、サイレントチェーンやリーフチェーンに適用した場合、チェーン1は、多数のプレートをピンにより交互に連結してなり、表面熱処理を施す一部の摺動部材はピン及び該ピンに摺接するピン孔を有するリンクプレートの少なくとも一個となる。尚、リンクプレートがステンレス鋼でない一般鋼からなるチェーンにも適用可能である。
【0055】
また、本実施の形態のローラチェーン1においては、真空熱処理及び窒素ガスの雰囲気熱処理による表面熱処理を施した場合について説明した。しかしながら、本発明に係るチェーンは、これに限られず、例えば、他の表面熱処理方法を採用してもよい。あるいは、例えば、レーザを利用した方法等を採用してもよい。
【0056】
また、本実施の形態のチェーン1の表面熱処理方法では、第1の減圧工程を行ってから第1の窒素導入工程を実行し、その後に第1の昇温工程を実行しているが、これには限られず、第1の窒素導入工程は、第1の減圧工程の終了から第1の均熱工程の開始までの間に実行されればよい。従って、例えば、第1の減圧工程を行ってから第1の昇温工程を実行し、その後に第1の窒素導入工程を実行するようにしたり、あるいは第1の減圧工程を行ってから第1の昇温工程を実行中に第1の窒素導入工程を実行するようにしてもよい。
【0057】
同様に、本実施の形態では、第2の減圧工程を行ってから第2の窒素導入工程を実行し、その後に第2の昇温工程を実行しているが、これには限られず、第2の窒素導入工程は、第2の減圧工程の終了から第2の均熱工程の開始までの間に実行されればよい。従って、例えば、第2の減圧工程を行ってから第2の昇温工程を実行し、その後に第2の窒素導入工程を実行したり、あるいは第2の減圧工程を行ってから第2の昇温工程を実行中に第2の窒素導入工程を実行するようにしてもよい。
【0058】
例えば、第1の減圧工程を行ってから第1の昇温工程を実行し、その後に第1の窒素導入工程を実行し、また第2の減圧工程を行ってから第2の昇温工程を実行し、その後に第2の窒素導入工程を実行する場合の表面熱処理方法の手順について、
図5に示すフローチャートに沿って説明する。
【0059】
摺動部材を炉に入れ、炉を高真空(例えば、0.01[Pa])に減圧し(ステップS11、第1の減圧工程)、炉を常温から1050[℃]まで昇温する(ステップS12、第1の昇温工程)。炉が1050[℃]に達してから、炉に窒素ガスを導入し(ステップS13、第1の窒素導入工程)、1050[℃]をほぼ均熱に例えば2時間程度維持する(ステップS14、第1の均熱工程)。この時、窒素が、母材表面から浸透、拡散され固溶状態となる。
【0060】
2時間の均熱維持後、窒素ガスを供給することにより、摺動部材は1050[℃]から常温まで、例えば2時間程度で常温まで冷却する(ステップS15、第1の冷却工程)。これにより、摺動部材は焼き入れされ、マルテンサイト変態を起こす。
【0061】
次に、炉を高真空(例えば、0.01[Pa])に減圧し(ステップS16、第2の減圧工程)、常温から150[℃]に昇温する(ステップS17、第2の昇温工程)。炉が150[℃]に達してから、炉に窒素ガスを導入し(ステップS18、第2の窒素導入工程)、150[℃]をほぼ均熱に例えば2時間程度維持する(ステップS19、第2の均熱工程)。この時、窒素が、母材表面から浸透、拡散され固溶状態となる。2時間の均熱維持後、摺動部材は150[℃]から常温まで炉内で徐冷され(ステップS20、第2の冷却工程)、焼き戻しされる。
【実施例】
【0062】
マルテンサイト系ステンレス鋼であるSUS403からなる試料について、
図3に示す温度パターンで、上述した第1の減圧工程、第1の窒素導入工程、第2の減圧工程、第2の窒素導入工程における条件を変更して表面熱処理を施した。
【0063】
そして、各試料について、単体の炭素及び窒素の含有量(質量%)と、表面硬度(HV)との関係を測定した。その結果を、
図4(a)に示す。ここでは、表面硬度が500[HV]以上の場合に、試料の表層は十分な硬度を有すると判定した。尚、ここでは、十分な硬度の有無の閾値を500[HV]としているが、本閾値はチェーン1の使用条件に応じて適宜設定することができる。
【0064】
また、各試料について、単体の炭素及び窒素の含有量(質量%)と、耐食性との関係を測定した。その結果を、
図4(b)に示す。ここでの耐食性は、キャス試験(銅イオン添加酢酸酸性塩水噴霧試験)を行い、十分な耐食性が得られたものは1以上の値とし、十分な耐食性が得られなかったものは1未満の値とする相対的な評価とした。また、炭化物及び窒化物の析出量(化合物析出量)(質量%)を測定した。尚、ここでは、十分な耐食性の有無の閾値をキャス試験の結果に基づく相対値で判定しているが、本閾値はチェーン1の使用条件に応じて適宜設定することができる。
【0065】
[実施例]
試料に対して、第1の減圧工程及び第2の減圧工程において高真空(0.01[Pa])に減圧し、第1の窒素導入工程及び第2の窒素導入工程において窒素ガス導入を行うことで、雰囲気熱処理による表面熱処理を行った。その結果、単体の炭素及び窒素の含有量は0.321[質量%]、表面硬度は676[HV]、耐食性は1を超え、化合物析出量は0.013[質量%]であった。従って、表面硬度及び耐食性共に、十分な値を得ることができた。本実施例は、高真空にしてから熱処理を行ったことで、脱炭を抑えると共に窒素の拡散量を上げて試料に適量を固溶させることができ、しかも窒素とクロムとの反応を抑えることができた。
【0066】
[比較例1]
試料に対して、第1の減圧工程及び第2の減圧工程において中真空(20[Pa])に減圧し、第1の窒素導入工程及び第2の窒素導入工程において窒素ガス導入を行うことで、雰囲気熱処理による表面熱処理を行った。その結果、単体の炭素及び窒素の含有量は0.166[質量%]、表面硬度は526[HV]、耐食性は1未満、化合物析出量は0.010[質量%]であった。本比較例は、実施例に比べて、真空度が低いために脱炭による母材炭素濃度の低下が生じ、また窒素侵入量が少なかった。従って、単体の炭素及び窒素の含有量は0.166[質量%]に留まり、表面硬度は十分な値であったが、耐食性は不十分な値になった。
【0067】
[比較例2]
試料に対して、第1の減圧工程及び第2の減圧工程において高真空(0.01[Pa])に減圧し、第1の窒素導入工程及び第2の窒素導入工程においては窒素ガスを導入せず、真空熱処理のみの表面熱処理を行った。その結果、単体の炭素及び窒素の含有量は0.132[質量%]、表面硬度は450[HV]、耐食性は1未満、化合物析出量は0.005[質量%]であった。本比較例は、実施例と同等の高真空度であるため、脱炭はみられなかったが、窒素ガスが無いことから窒素の侵入が殆ど無かった。従って、単体の炭素及び窒素の含有量は0.132[質量%]に留まり、表面硬度及び耐食性共に、不十分な値であった。
【0068】
[比較例3]
試料に対して、第1の減圧工程及び第2の減圧工程において減圧をせず、第1の窒素導入工程及び第2の窒素導入工程において吸熱型変性ガス(組成比率は、一酸化炭素:18〜25[容量%]、水素:28〜40[容量%]、窒素:44[容量%]、その他、二酸化炭素等)(平衡炭素濃度0.1[%])導入による雰囲気熱処理で、表面熱処理を行った。その結果、単体の炭素及び窒素の含有量は0.125[質量%]、表面硬度は423[HV]、耐食性は1未満、化合物析出量は0.010[質量%]であった。窒素ガスが殆ど無いことから窒素の侵入が殆ど無く、単体の炭素及び窒素の含有量は0.125[質量%]に留まり、また雰囲気熱処理による酸化スケールの生成による母材表層のクロム濃度の低下により、表面硬度及び耐食性共に、不十分な値であった。
【0069】
[比較例4]
試料に対して、第1の減圧工程及び第2の減圧工程において減圧をせず、第1の窒素導入工程及び第2の窒素導入工程において吸熱型変性ガス(平衡炭素濃度1.0[%])導入による雰囲気熱処理で、表面熱処理を行った。その結果、単体の炭素及び窒素の含有量は1.010[質量%]、表面硬度は740[HV]、耐食性は1未満、化合物析出量は0.880[質量%]であった。窒素ガスが殆ど無いことから窒素の侵入が殆ど無かったが、吸熱型変性ガスにより浸炭が促進され、単体の炭素及び窒素の含有量は1.010[質量%]に増加し、非常に高い硬度を得た。しかし、単体の炭素及び窒素の含有量が0.50[質量%]を超えたため、主に炭化物の化合物析出量が0.880[質量%]にもなり、固溶クロム濃度が大幅に低下して耐食性が不十分な値であった。
【0070】
従って、本実施の形態の表面熱処理法により、表面硬度及び耐食性共に所望の要件を満たす部材を得られることが確認された。