(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の燃料電池用電極について説明する。
本発明の固体高分子形燃料電池用電極は、高分子電解質材料と、カーボンに担持された金属触媒を含む、固体高分子形燃料電池用電極であって、前記高分子電解質材料は下記一般式(1)により表される電解質材料であり、前記電極は、当該電極について小角中性子散乱法により大気雰囲気下で測定することにより得られる散乱ベクトルの大きさ(q)と散乱強度(I)の関係を示すグラフにおいて、q値が1から3nm
−1の範囲に現れる散乱強度を(I
spectrum)、ベースライン強度を(I
baseline)としたときに、個々のq値ごとに算出される散乱強度とベースライン強度の比(I
spectrum/I
baseline)の最大値が1.00を超えて1.42以下である範囲となる親水性ドメインの離散性を有する、ことを特徴とする。
【0011】
【化2】
一般式(1)
(ただし、上記一般式(1)Rf
1は炭素数1から10のパーフルオロアルキル基であり、該パーフルオロアルキル基は分子鎖に酸素原子を有していても良い。Rf
2は、―(CF
2CF(CF
3)O)
h―(CF
2)
i―であり、hは0から3の整数、iは1から10の整数である。上記一般式(1)中x及びyは互いに独立して1以上であり、x/yは0.63から4.2である。また、平均分子量は、5,000から300,0000である。)
【0012】
一般式(1)の高分子電解質材料を用いて電極を作製しても、組み合わせて用いる金属触媒が担持されたカーボンの種類によって燃料電池性能が変化すること、また、この電池性能と前述の電極の小角中性子散乱測定結果との相関性が高いことが、発明者らによって見いだされた。
前述の電極の小角中性子散乱測定結果は親水性ドメインの離散状態と相関することから、親水性ドメインの離散状態が発達することによりガス拡散性能が高まり、燃料電池を高性能化していると考えられる。
【0013】
本発明で使用する高分子電解質材料は、一般式(1)に示すように、主鎖構成部に、非対称の5員環構造を有するパーフルオロモノマーと、親水部であるスルホン酸基を有するパーフルオロ基からなるペンダント構造を有するパーフルオロモノマーとが、任意の配列順序で重合した構造を有する。
主鎖に嵩高く非対称の5員環(1,3‐ジオキソール環)構造を有するため、結晶化しにくくなり、親水性ドメインと疎水性ドメインが相分離しにくく、親水性ドメインの離散性が増す。
Rf
1は1,3‐ジオキソール環の2位の位置にあるパーフルオロアルキル基であり、該パーフルオロアルキル基は分子鎖に酸素原子を有していても良い。即ち、RF1のパーフルオロアルキル基は炭素‐炭素間をエーテル結合する酸素原子を含んでいても良い。Rf
1の炭素数が大きくなるほど非対称性が増し相分離しにくくなるが、大きくなりすぎるとeqivalance weight(EW)が増大しプロトン伝導性が低下するため、炭素数は1以上10以下であり、好ましくは炭素数2以上5以下である。
Rf
2は、―(CF
2CF(CF
3)O)
h―(CF
2)
i―であり、hは0から3の整数、iは1から10の整数である。
―(CF
2CF(CF
3)O)―の繰り返し数hが、大きくなるほど、高分子電解質のガラス転位温度の低下、粘弾性の低下、ガス透過性の低下、或いはプロトン伝導度の低下がおこり、大きくなりすぎると親水性構造を形成するためのモノマの合成が困難となるため、hは0から3の整数であり、好ましくは0から1の整数である。
―(CF
2)―の繰り返し数iも、hと同様の理由から、1から10の整数であり、更に好ましくは2から5の整数である。
上記一般式(1)中x及びyは互いに独立して1以上であり、一般にxが大きくなるほど、ガス透過性が増大し、プロトン伝導性が低下するのに対し、yが大きくなるほど、ガス透過性が低下し、プロトン伝導性が増大するため、x/yは0.63から4.2であり、更に好ましくは0.63から3.0である。
平均分子量は、一般に大きくなるほど、溶解性が下がるのに対し、小さくなるほど、もろくなるため、5,000から300,000であり、好ましくは10,000から100,000である。
【0014】
本発明で使用するカーボンに担持された金属触媒では、電気化学反応の触媒となる金属が導電性のカーボン担体で担持されている。
【0015】
当該金属触媒には、通常、高価な白金等の貴金属が使用される。本発明は電極の高性能化を可能とし、また、電極を高性能化することで、白金等の使用量を低減しても電極性能を維持することも可能とする。
通常、固体高分子形燃料電池用電極では、酸素の還元反応は遅く律速となるため、カソード電極では高性能化が、アノードでは白金等の使用量低減が求められることが多い。従って、カソードでは電極性能向上を目的として本発明を応用し、アノードでは白金使用量の低減を目的として本発明を応用することが好ましい。
【0016】
担体であるカーボンには、通常、カーボンブラック、グラファイト、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、酸化物等が使用される。
担体であるカーボン表面と一般式(1)に記載の高分子電解質材料との相互作用により、高分子電解質中の親水部と疎水部の混合状態が影響を受ける。単独でも親水性ドメインを形成しにくい一般式(1)に記載の高分子電解質は、カーボン担体と共存することにより、さらに親水性ドメインを形成しにくくなる。特に、カーボンAは比表面積が200m
2/g程度で、疎水的表面を有するため、強く親水性ドメインの形成を阻害することから好ましい。
【0017】
本発明では、金属触媒担持カーボン(C)に対する一般式(1)に記載の高分子電解質(I)の混合比率(I/C)が0.7〜1.1の範囲である条件で、高い活性の電極を得ることができるため好ましい。
【0018】
次に、固体高分子形燃料電池用電極について、小角中性子散乱法により大気雰囲気下で測定することにより得られる散乱ベクトルの大きさ(q)と散乱強度(I)の関係を示すグラフについて
図2を参照しながら説明する。
ここで、大気雰囲気下で測定とは、液体中ではなく、空気など気体中で小角中性子散乱の測定を行うことを意味する。
【0019】
小角中性子散乱(small−angle neutron scatting:SANS)とは、中性子を試料(物質)に照射し、散乱された中性子の波の干渉現象を観察することによって、その試料(物質)の構造特性等を明らかにする技術である。
図2は、大気雰囲気下で測定した電極試料の散乱曲線である。
図2の横軸は、散乱ベクトルの大きさq〔nm
−1〕を示しており、縦軸は、散乱強度I(q)[cm
−1]を示している。横軸の散乱ベクトルの大きさqは、入射中性子の波動ベクトルと散乱中性子の波動ベクトルとがなす角である散乱角を2θ、中性子線の波長をλとしたときに、下記の数式(1)により表すことができる。
q=4πsinθ/λ・・・数式(1)
ここでは、中性子線の波長λは一定であるため、散乱ベクトルの大きさqは、散乱角2θに依存する。
【0020】
図2(A)に示すように、大気雰囲気下で測定した場合、散乱ベクトルの大きさqが1〜3nm
−1の範囲に電極中の高分子電解質由来のイオンピークが観測される。
図2(B)にはイオンピークの拡大図を示す。
このイオンピークの強度は、電解質の親水部が自己組織化した親水性ドメインの離散性と相関があり、低いほど親水性ドメインの離散状態が進み、高いほど連続した親水性ドメインの形成が進んでいることを示している。
電極性能との関係では、イオンピークの強度が低いほど、ガスの透過を阻害する親水性ドメインが離散しているため、ガス透過性に優れた高性能な電極であると考えられる。
このイオンピークの強度は、qが1〜3nm
−1の範囲における散乱強度をI
spectrum、ベースライン強度をI
baselineとした場合に、個々のq値ごとに算出される散乱強度とベースライン強度の比(I
spectrum/I
baseline)の最大値として定量的に表すことができる。
ここで、ベースライン強度は、指数が−3から−4のべき関数と指数が0から−2のべき関数を合成した値から得ることができる。
【0021】
得られた散乱強度の実測値を前記ベースライン強度で除算することで、直接、(I
spectrum/I
baseline)の最大値を得ることもできるが、指数が−3から−4のべき関数、指数が0から−2のべき関数、及びローレンツ関数の和を用いてスペクトルフィッティングを行い内挿することによって、(I
spectrum/I
baseline)の最大値を補間することもできる。
具体的には、得られたフィッティングデータから、指数が−3から−4のべき関数と指数が0から−2のべき関数を合成したベースラインのデータを分離することによって得られたローレンツ分布において、最大値を示すq
1を求め、フィッティングデータから内挿したq
1における散乱強度、ベースラインデータから内挿したq
1における散乱強度をそれぞれ求め、(I
spectrum/I
baseline)の最大値を得る。
【0022】
本発明の(I
spectrum/I
baseline)の最大値が1.00を超えて1.42以下である電極は、親水性ドメインの離散性が発達しているため、従来技術の電極より高い性能を示す。例えば、従来技術の電極では、電極面積を13cm
2とした場合、電流密度が2.0A/cm
2の条件では0.5V以上の電圧を維持することができなかったが、本発明の電極を用いた燃料電池では、前記条件でも0.5V以上の電圧を維持することができる。
【実施例】
【0023】
以下に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0024】
[実施例]
1.触媒インクの調製
電極における金属触媒担持カーボンである比表面積が200m
2/g程度で疎水的表面を有するカーボンAと下記式(2)の高分子電解質材料の質量比率が1対1(I/C=1)となり、これらの質量の合計が触媒インク全体の体積の3.0%となるように分散溶媒を添加した。この混合液を、遊星ビーズミル(Retsch PM200)を用いて、300rpmで3時間分散させることで、触媒インクとした。
なお、式(2)の高分子電解質材料は、前記一般式(1)を具体化した高分子電解質材料である。
【0025】
【化3】
式(2)
ここで、式(2)中xは2.2及びyは1.0であった。また、平均分子量は、4.0×10
4であった。
2.電極の作製
電極の単位面積当たりにおけるPt質量が0.1mg/cm
2となるように、1.で調製した触媒インクをテフロン基板上にスプレー塗布して乾燥させ、電極とした。作製した電極をカソード側に配置して電解質膜(Nafion(登録商標))に150℃で熱転写し、電極評価用のMEAを作製した。また、SANS測定には、同条件でアルミ基板上にスプレー塗布して乾燥した電極を用いた。
【0026】
[比較例1]
式(2)の高分子電解質材料を下記式(3)のパーフルオロスルホン酸系高分子(Nafion;登録商標)としたことを除き、実施例と同様に触媒インクの調製と電極の作製を行った。
【0027】
【化4】
式(3)
【0028】
[比較例2]
金属触媒担持カーボンである比表面積が200m
2/g程度で疎水的表面を有するカーボンAを比表面積が800m
2/g程度で親水的表面を有するカーボンBとしたことを除き、実施例と同様に触媒インクの調製と電極の作製を行った。
【0029】
<SANS測定>
大強度陽子加速器施設(J‐PARK)の小角中性子散乱装置(大観)において、300kWの実験用原子炉から取り出された波長λ=0.07から0.76〔nm〕の連続中性子線を用い、カメラ長は試料と透過率モニタ間距離を約5.9mとして小角中性子散乱(SANS)測定を行った。
なお、上記SANS測定用の電極を石英セルに封入し、大気雰囲気下で測定を行った。
【0030】
<電極の評価>
実施例及び比較例で作製したMEAを燃料電池セルに組み込み、電極性能評価試験を行った。電極面積は13cm
2、水素極には水素ガスを1.0L/min、空気極には空気を2.0mL/min、両極共にガス出口圧は150kPa−absとして、80℃、100%RHの条件下で評価を行った。
【0031】
(結果)
例として、
図1に実施例1で作製した電極の小角中性子散乱スペクトルを
図2に比較例1で作製した電極の小角中性子散乱スペクトルを示した。
実施例、比較例1、及び比較例2の全ての電極において、散乱ベクトルの大きさqが1〜3nm
−1の範囲に電極中の親水性ドメイン由来のイオンピークが検出され、その大きさは、実施例がいちばん小さく、比較例2、比較例1の順に大きくなった。
表1に実施例と比較例の(I
spectrum/I
baseline)の最大値と電極の性能評価結果を示した。
なお、前述のように(I
spectrum/I
baseline)の最大値は、指数が−3から−4のべき関数、指数が0から−2のべき関数及びローレンツ関数の和から求めたスペクトルフィッティングデータから、指数が−3から−4のべき関数と指数が0から−2のべき関数を合成したベースラインデータを分離することによって得られたローレンツ分布において、最大値を示すq
1を求め、フィッティングデータからq
1における散乱強度、ベースラインデータからq
1における散乱強度を内挿することで求めた。
【0032】
【表1】
実施例では(I
spectrum/I
baseline)の最大値は1.29と、比較例2の1.47、比較例1の1.67より小さな値となった。
電解質として剛直な非対称の5員環構造を有する式(2)のアイオノマを使用した実施例及び比較例2の電極では、柔軟なテトラフルオロエチレン鎖を有する式(3)に示すアイオノマを使用した比較例1の電極と比較して親水性ドメインが離散していることが明らかとなった。
また、同じ式(2)の高分子電解質材料を使用した場合でも、カーボン担体として比表面積が200m
2/g程度で疎水的表面を有するカーボンAを用いた実施例では、比表面積が800m
2/g程度で親水的表面を有するカーボンBを用いた比較例2の電極より、親水性ドメインが離散していることが明らかとなった。疎水的で200m
2/g程度の比表面積であるカーボンAの表面と高分子電解質との相互作用により、高分子電解質中の親水部と疎水部の混合状態が変化し、親水部が自己組織化した親水性ドメインを形成しにくくなったためと考えられた。
【0033】
表1の結果を、y軸を電池性能、x軸を(I
spectrum/I
baseline)の最大値としてグラフ化し
図4に示した。比較例1、比較例2、及び実施例のプロットをもとに回帰分析を行うと、相関係数(r
2)が0.9989と高い相関を示す、以下の数式(2)で表される回帰直線が得られた。
y=−0.2371x+0.8368・・・数式(2)
前述のように従来技術の電極では、電極面積を13cm
2とした場合、電流密度が2.0A/cm
2の条件で0.5V以上の電圧を維持することはできなかった。この0.5Vを回帰直線のyに代入すると、(I
spectrum/I
baseline)の最大値は1.42となる。即ち、(I
spectrum/I
baseline)の最大値が1.42以下の電極は、0.5V以上の電圧を維持することが可能であるため、従来技術の電極と比較して高い性能を示すといえる。
また、(I
spectrum/I
baseline)の最大値が1.00では、プロトン伝導性が無くなるため電極として使用できないが、(I
spectrum/I
baseline)の最大値が小さいほどガス透過性に優れた高性能な電極になると考えられるため、1.00にきわめて近い範囲まで当該回帰直線を外挿することが可能であると考えられた。
【0034】
以上の結果から、本発明により、(I
spectrum/I
baseline)の最大値が1.00を超えて1.42以下の親水性ドメインの離散性を有する高性能な固体高分子形燃料電池用電極を提供できることが明らかとなった。