特許第6096907号(P6096907)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6096907
(24)【登録日】2017年2月24日
(45)【発行日】2017年3月15日
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170306BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20170306BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
【請求項の数】12
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-533650(P2015-533650)
(86)(22)【出願日】2013年9月26日
(65)【公表番号】特表2015-532364(P2015-532364A)
(43)【公表日】2015年11月9日
(86)【国際出願番号】FI2013050940
(87)【国際公開番号】WO2014049209
(87)【国際公開日】20140403
【審査請求日】2015年8月12日
(31)【優先権主張番号】20120319
(32)【優先日】2012年9月27日
(33)【優先権主張国】FI
(73)【特許権者】
【識別番号】591064047
【氏名又は名称】オウトクンプ オサケイティオ ユルキネン
【氏名又は名称原語表記】OUTOKUMPU OYJ
(74)【代理人】
【識別番号】100079991
【弁理士】
【氏名又は名称】香取 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】コスケンニスカ、 ヤンネ
【審査官】 静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−060610(JP,A)
【文献】 特開平05−271767(JP,A)
【文献】 特開昭59−127991(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/082501(WO,A1)
【文献】 特開昭63−053244(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐孔食性が向上し、強度も高まったオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は重量%で、0.03%未満の炭素(C)と、0.2〜0.6%のケイ素(Si)と、1.0〜2.0%のマンガン(Mn)と、19.0〜21.0%のクロム(Cr)と、7.5〜9.5%のニッケル(Ni)と、0.4〜1.4%のモリブデン(Mo)と、0.2〜1.0%の銅(Cu)と、0.10〜0.25%の窒素(N)と、任意で1.0%未満のコバルト(Co)と、任意で0.006%未満のホウ素(B)とを含有し、残部が鉄(Fe)および不可避的不純物からなり、該鋼の耐力Rp0.2は320〜450MPa、耐力Rp1.0は370〜500MPa、引っ張り強さRmは630〜800MPaであり、耐孔食係数(PREN)値は、式
PREN=%Cr+3.3x%Mo+30x%N
で計算して、24より大きいことを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は0.25〜0.55重量%のケイ素を含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は1.6〜2.0重量%のマンガンを含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
求項1ないし3のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は19.5〜20.5重量%のクロムを含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
求項1ないし4のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は8.0〜9.0重量%のニッケルを含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
求項1ないし5のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は0.5〜1.0重量%のモリブデンを含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
求項1ないし6のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は0.3〜0.6重量%の銅を含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項8】
求項1ないし7のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は0.13〜0.20重量%の窒素を含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項9】
求項1ないし8のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は0.4重量%未満のコバルトを含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項10】
求項1ないし9のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼は0.004重量%未満のホウ素を含有することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項11】
求項1ないし10のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼のCreq/Nieq比は、式
Creq=%Cr+%Mo+1.5x%Si+2.0%Ti+0.5x%Nb
Nieq=%Ni+0.5x%Mn+30x(%C+%N)+0.5%Cu+0.5%Co
で計算して、1.60未満であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項12】
求項1ないし11のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼において、該鋼のMd30温度は、予測値が、式
Md30=551−462x(%C+%N)−9.2x%Si−8.1x%Mn−13.7x%Cr
−29x(%Ni+%Cu)−18.5x%Mo−68x%Nb
で計算して、-80℃未満であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【詳細な説明】
【0001】
本発明は、標準的な316L/1.4404タイプのオーステナイト系ステンレス鋼に比べ耐孔食性が改善され、強度が向上し、製造費用が安いオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。
【0002】
標準的な316L/1.4404オーステナイト系ステンレス鋼は、通常、重量%で、0.01〜0.03%の炭素、0.25〜0.75%のケイ素、1〜2%のマンガン、16.8〜17.8%のクロム、10〜10.5%のニッケル、2.0〜2.3%のモリブデン、0.2〜0.64%の銅、0.10〜0.40%のコバルト、0.03〜0.07%の窒素、および0.002〜0.0035%のホウ素を含有し、残部は鉄および不可避的不純物である。通常、標準的な316L/1.4404オーステナイト系ステンレス鋼の耐力は、0.2%耐力Rp0.2の場合は220〜230MPa、1.0%耐力Rp1.0の場合には260〜270MPaであり、これに対し引っ張り強さRmは520〜530MPaである。仕上げ面粗さ2Bのコイル状製品およびシート状製品の標準値は、Rp0.2が290MPa、Rp1.0が330MPa、そしてRmは600MPaである。ニッケルおよびモリブデンは高価な元素であり、少なくともニッケルの価格が変動しやすいため、316L/1.4404タイプのオーステナイト系ステンレス鋼の製造はコスト高である。
【0003】
中国特許出願第101724789号に記載のオーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、0.04%未満の炭素、0.3〜0.9%のケイ素、1〜2%のマンガン、16〜22%のクロム、8〜14%のニッケル、4%未満のモリブデン、0.04〜0.3%の窒素、0.001〜0.003%のホウ素、ならびに、0.3%未満のセリウム(Ce)、ジスプロシウム(Dy)、イットリウム(Y)、ネオジウム(Nd)などの希土類元素を1種類以上含有し、残部は鉄および不可避的不純物である。当該中国特許出願第101724789号による合金は、316Lステンレス鋼に比べ、成形靱性に優れ、降伏強さが向上するうえ、可塑性および耐孔食性が同程度に維持される。しかしながら、中国特許出願第101724789号は、製造費用については一切述べていない。
【0004】
特開2006-291296号公報はオーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、当該ステンレス鋼は、重量%で、0.03%未満の炭素、1.0%未満のケイ素、5%未満のマンガン、15〜20%のクロム、5〜15%のニッケル、3%未満のモリブデン、0.03%未満の窒素、0.0001〜0.01%のホウ素を含有し、Md30温度は−60℃〜−10℃、SFI(積層欠陥難易度指数)値≧30を満たし、SFI値は式Md30=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Moおよび式SFI=2.2Ni+6Cu−1.1Cr−13Si−1.2Mn+32を用いて算出される。特開2006-291296号には、ニッケルが高価な元素であり、その最大含有量は好適には13重量%であると記載されている。
【0005】
国際公開WO 2009/082501号公報に記載のオーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、0.08%以下のC、3.0〜6.0%のMn、2.0%以下のSi、17.0〜23.0%のCr、5.0〜7.0%のNi、0.5〜3.0%のMo、1.0%以下のCu、0.14〜0.35%のN、4.0%以下のW、0.008%以下のB、1.0%以下のCo、ならびに残部として鉄および不可避的不純物を含有する。国際公開WO 2011/053460号公報は同様のオーステナイト系ステンレス鋼について述べ、ステンレス鋼は重量%で、0.20%以下のC、2.0〜9.0%のMn、2.0%以下のSi、15.0〜23.0%のCr、1.0〜9.5%のNi、3.0%以下のMo、3.0%以下のCu、0.05〜0.35%のN、(7.5(%C)<(%Nb+%Ti+%V+%Ta+%Zr)<1.5、ならびに残部として鉄および不可避的不純物を含有する。これらのオーステナイト系ステンレス鋼は2重量%を超えるマンガンを含有しているが、300シリーズのオーステナイト系ステンレス鋼としては一般的でない。流通しているマンガン含有量の高い鋼は原材料の価格設定において価格を維持できないため、マンガンの含有量が高いと鋼屑の流通面で問題が生じる。
【0006】
英国特許第1,365,773号は、高温下で高い支持荷重に耐え得るオーステナイト系ステンレス鋼、すなわち、クリープ強度特性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼に関する。バナジウムおよび窒素を所定の比率でホウ素とともに鋼に添加することにより、クリープ強度特性が大幅に向上する。バナジウム(V)含有量は、重量%で、窒素(N)含有量の3〜4倍である。さらに、微細分散させた窒化物相を、主に純粋な窒化バナジウム(VN)で構成されるオーステナイト系母材に析出させる。この窒化物相は、オーステナイト粒子のクリープ強度をかなり大幅に高めることが分かっている。また英国特許第1,365,773号は、ニッケルと、できればマンガンとがステンレス鋼に存在すべきであると述べ、これにより、両元素によって母材のオーステナイトの単一組織を確保できる。これに基づき、マンガン含有量が3重量%を下回る場合、ニッケル含有量を増加させて母材のオーステナイト組織の安定性を確保する必要がある。よって、ニッケル含有量は少なくとも8重量%、適切には少なくとも12重量%にしなくてはならない。
【0007】
本発明は、従来技術における諸問題を解消し、高価な元素の一部を安価な元素で代用することにより製造費用が安く、耐孔食性や強度などの特性を低下させずにむしろ向上させた、改良型オーステナイト系ステンレス鋼を実現することを目的とする。本発明の基本的な特徴は本願請求項に記載する。
【0008】
本発明はオーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、ステンレス鋼は、重量%で、0.03%未満の炭素(C)、0.2〜0.6%のケイ素(Si)、1.0〜2.0%のマンガン(Mn)、19.0〜21.0%のクロム(Cr)、7.5〜9.5%のニッケル(Ni)、0.4〜1.4%のモリブデン(Mo)、1.0%未満の銅(Cu)、0.10〜0.25%の窒素(N)、任意で1.0%未満のコバルト、任意で0.006%未満のホウ素(B)を含有し、残部は鉄(Fe)および不可避的不純物である。
【0009】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼を316L/1.4404タイプのオーステナイト系ステンレス鋼と比較すると、本発明におけるクロム含有量は、少なくとも一部をモリブデンの代わりに使用するために高くなり、また、窒素含有量も、少なくとも一部をモリブデンならびにニッケルの代わりに使用するために高くなる。このような代用を行っても、クロム当量とニッケル当量のCreq/Nieq比は、基準となる316L/1.4404タイプのオーステナイト系ステンレス鋼におけるCreq/Nieq比に比べ、実質的に同等または低く維持される。高温焼鈍および急速冷却を行った場合のデルタフェライト(δフェライト)含有量は、溶接後の凝固組織における場合と同様、2〜9%に維持される。この特徴は、熱間加工および溶接に関連する問題、すなわち高温割れを低減できる。本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼の耐力Rp0.2およびRp1.0は典型的にはそれぞれ320〜450MPaおよび370〜500MPaであり、これに対して引っ張り強さRmは630〜800MPaである。よって、その強度値は、316L/1.4404タイプのオーステナイト系ステンレス鋼の強度値よりも、約70〜170MPa高い。また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、PREN値が24を超え、鋼のCreq/Nieq比が1.60未満であるうえに、Md30値は-80℃未満である。
【0010】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼に用いられる各元素がもたらす効果および重量%での各含有量を以下に述べる。
【0011】
炭素(C)は、オーステナイトの形成およびオーステナイトの安定に有益な元素である。炭素は最大0.03%まで添加でき、それ以上の量では耐食性に好ましからざる影響を及ぼす。炭素含有量を0.01%未満にしてはならない。炭素の含有量を低く抑えてしまうと、他の高価なオーステナイト形成材およびオーステナイト安定剤の必要性が高まってしまう。
【0012】
ケイ素(Si)は、溶解工場で脱酸素処理を行うためにステンレス鋼に添加されるものであり、含有量は0.2%を下回らないようにし、少なくとも0.25%とするのが望ましい。ケイ素はフェライト形成元素であるが、マルテンサイト形成に対するオーステナイトの安定性に強力な安定効果をもたらす。ケイ素含有量は、0.6%未満に抑えるべきであり、好適には0.55%未満とする。
【0013】
マンガン(Mn)は、オーステナイトの結晶構造を確実に安定させる重要な添加物であり、またマルテンサイト変形に対する抵抗も示す。また、マンガンは窒素の鋼への溶解性を高める。ただし、マンガンの含有量が高いと、耐食性および熱間加工性が低減する恐れがある。よって、マンガンの含有量は、1.0〜2.0%、好適には1.6〜2.0%の範囲にするものとする。
【0014】
クロム(Cr)は、ステンレス鋼の耐食性を確保する働きをもつ。クロムはフェライト形成元素であるが、オーステナイトとフェライト間に適切な位相平衡をもたらす主要添加物でもある。クロム含有量を増やすと、高価なオーステナイト形成元素であるニッケルやマンガンの必要量が高くなるか、または炭素および窒素の含有量を非実用的なほど高くしなければならない。また、クロムの含有量が高いと、窒素のオーステナイト相への溶解性がより高まる。よって、クロム含有量は19〜21%、好適には19.5〜20.5%の範囲にするものとする。
【0015】
ニッケル(Ni)は、強力なオーステナイト安定剤であり、成形性および靭性を高める。しかし、ニッケルは高価な元素のため、本発明の鋼の費用効果を維持するにはニッケルの合金化の上限を9.5%にすべきであり、好適には9.0%とする。マルテンサイト形成に対するオーステナイトの安定性に大きな影響をもたらすには、ニッケルが存在する範囲を狭くすべきである。よって、ニッケルの含有量の下限は7.5%、好適には8.0%とする。
【0016】
銅(Cu)は、オーステナイト形成材およびオーステナイト安定剤として、割安なニッケル代替物として使用できる。銅はオーステナイト相の安定剤としては働きが弱いものの、マルテンサイト形成に対する抵抗に大きな効果を発揮する。銅は、積層欠陥エネルギーを減少させて成形性を向上させ、また、特定の環境における耐食性を向上させる。銅の含有量が3.0%より多いと、熱間加工性が低減する。本発明では、銅の含有量は0.2〜1.0%、好適には0.3〜0.6%である。
【0017】
コバルト(Co)はオーステナイトを安定させるものであり、ニッケルの代替物である。また、コバルトは強度を高める。コバルトは非常に高価なため、使用に制限がある。コバルトを添加する場合、最大限度量は1.0%で、好適には0.4%未満であるが、もともと再生スクラップから得られ、そして/またはニッケル合金を含むコバルトの場合、限度範囲は好適には0.1〜0.3%である。
【0018】
窒素(N)は、強力なオーステナイトの形成材および安定剤である。そのため、窒素合金化によって、ニッケル、銅、およびマンガンの使用を少なくできるため、本発明の鋼の費用効果が向上する。窒素は、とくにモリブデンとともに合金化させると、耐孔食性が非常に効果的に向上する。前述の合金化元素の使用量を確実に適度に少なくするためには、窒素の含有量は少なくとも0.1%とすべきである。窒素含有量が高いと鋼の強度が高くなるため、成形作業がより難しくなる。また、窒素の含有量が増加することで、窒化物が析出する危険性が高まる。こういった理由から、窒素の含有量は0.25%を超えるべきでなく、好適な含有量は0.13〜0.20%の範囲である。
【0019】
モリブデン(Mo)は、不動態膜を調整することで鋼の耐食性を向上させる元素である。モリブデンは、マルテンサイトの形成に対する抵抗を増大させる。モリブデン含有量が少ないと、鋼が高温にさらされる際にシグマ相などの金属間層が形成される可能性が低くなる。Moレベルが高いと(3.0%より大きいと)、熱間加工性が低下し、デルタフェライト(δフェライト)の凝固が好ましからざる度合いまで進む。しかしながら、モリブデンは高価なので、鋼に含有される量は0.4〜1.4%の範囲とし、好適には0.5〜1.0%とする。
【0020】
ホウ素(B)は、熱間加工性を向上させ、表面品質を良好にするために使用できる。ホウ素の添加量が0.01%を超えると、鋼の加工性および耐食性に悪影響を及ぼす可能性がある。本発明が提示するオーステナイト系ステンレス鋼は、任意で0.006%未満の、好適には0.004%未満のホウ素を含む。
【0021】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の特性を、表1に示す合金A、B、C、D、E、F、G、H、I、およびJの各化学組成で試験した。合金鋼A〜Iは、65kgの鋳造スラブを圧延して5mm厚の熱延板にし、さらに冷延して最終的に2.2または1.5mmの厚さの実験室規模に作製した。合金鋼Jは、EAF(電気アーク炉)−AOD(アルゴン酸素脱炭転炉)−取鍋処理−連続鋳造−熱延および冷延からなる公知のステンレス鋼製造手順を経て本格的に作製された。熱延片の厚さは5mmで、最終的な冷延厚は1.5mmであった。また、表1は、参考用に用いた316L/1.4404タイプのオーステナイト系ステンレス鋼(316L)の化学組成も含む。
【0022】
【表1】
【0023】
表1に示すA、B、C、D、E、F、G、H、I、Jならびに316Lの化学組成に関し、以下の式(1)および式(2)を用いてクロム当量(Creq)およびニッケル当量(Nieq)を計算した。
【0024】
(数1)
Creq=%Cr+%Mo+1.5x%Si+2.0%Ti+0.5x%Nb (1)
【0025】
(数2)
Nieq=%Ni+0.5x%Mn+30x(%C+%N)+0.5%Cu+0.5%Co (2)
【0026】
表1の各鋼の予測Md30温度(Md30)は、野原の式(3)を用いて計算した。
【0027】
(数3)
Md30=551−462x(%C+%N)−9.2x%Si−8.1x%Mn−13.7x%Cr
−29x(%Ni+%Cu)−18.5x%Mo−68x%Nb (3)
【0028】
上述の式は、温度1050℃で焼鈍した場合のオーステナイト系ステンレス鋼に関し確立されたものである。Md30温度は、真歪み0.3でオーステナイトに50%のマルテンサイト変態を誘起させる温度と規定されている。
【0029】
耐孔食係数(PREN)は式(4)を用いて計算した。
【0030】
(数4)
PREN=%Cr+3.3x%Mo+30x%N (4)
【0031】
クロム当量(Creq)、ニッケル当量(Nieq)、Creq/Nieq比、Md30温度(Md30)、および耐孔食係数(PREN)の結果を表2に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
表2の結果は、本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼の耐孔食係数(PREN)が27.0〜29.5と、参考用のステンレス鋼316Lの指数25.1よりも高いことを示している。本発明による鋼A〜JのCreq/Nieq比1.20〜1.45は、参考用ステンレス鋼316Lの比1.50よりも小さく、ニッケル当量中の窒素の率が位相平衡に大きく影響し、手ごろな合金に有効であることを示している。Md30温度は、表2に示す本発明の各オーステナイト系ステンレス鋼とも−100.1℃以下であり、参考用鋼316LのMd30温度よりも低いため、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼におけるマルテンサイト変態に対するオーステナイトの安定性が向上する。
【0034】
鋼A〜Jの冷延・焼鈍状態におけるフェライト含有量の測定値を表3に示す。表3は、本発明によるステンレス鋼および参考用316Lオーステナイト系ステンレス鋼の最終的な微細構造に実質的に同量のフェライトが含まれていることを示している。
【0035】
【表3】
【0036】
本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼A〜Jの耐力Rp0.2およびRp1.0、ならびに引っ張り強さRmを測定し、標準的な316Lオーステナイト系ステンレス鋼の各値を基準値として、併せて表4に提示する。
【0037】
【表4】
【0038】
図4に示すように、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の測定強度は、参考用の316Lオーステナイト系ステンレス鋼の各強度よりも約70〜170MPa高い。また、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、調質圧延条件にて実質的に簡単に圧延できる。
【0039】
本発明が提示するオーステナイト系ステンレス鋼は、強度がきわめて高いにも関わらず、参考材料の316Lと同程度の成形性を有する。成形性の試験結果を表5に示す。表にはLDR(限界絞り比)およびエリクセン指数も含まれる。限界絞り比は、突縁を形成することなく安全にカップ状に絞ることのできる最大ブランク直径とポンチ径の比として規定される。LDRは、50mmの平頭ポンチを使用して、25kNの保持力で測定する。エリクセンカッピング試験は延性試験であり、金属製シートおよび金属片の張出加工処理における塑性変形耐性を評価するのに用いられる。この試験では、ブランクホルダと金型の間に挟持された試験片に、球形の端部を有するポンチを貫通亀裂が生じるまで押し付けてへこみを形成する。そしてカップの深さを測定する。エリクセン指数は5回の試験の平均値である。
【0040】
【表5】
【0041】
本発明が提示するオーステナイト系ステンレス鋼における、クロム含有量が高く、且つ、モリブデン含有量を低減させた窒素合金化は、参考材料の316Lに比べ、きわめて高い耐孔食性をもたらす。試験結果を表6に示す。孔食試験は、Avesta Cell(フラッシュポートセル)を使用して、温度35℃の1MのNaCl溶液中で研磨資料の表面にて行った。
【0042】
【表6】
【0043】
表6の結果は、破壊電位、すなわち、孔食が発生する際の最低電位が、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼(鋼A〜J)のほうが参考材料の316Lよりもはるかに高いことを示している。