【実施例】
【0071】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1>
図1に示すような構成で電気分解反応を行った。グラファイト電極1とグラファイト電極5は、クリップ付き導線によって電源3の正極端子と負極端子にそれぞれ接続した。グラファイト電極1とグラファイト電極5は、これらが電解液2中で対向するように配置し、電解槽に収容された電解液2に浸漬した。
【0072】
グラファイト電極1とグラファイト電極5には、厚さ約1mm、幅約3mmのHOPG熱分解黒鉛の棒状電極を用いた。
【0073】
電解液は、電解質としてNaClを用いて、1.7mol/lの水溶液を用いた。電解液の温度は恒温槽を用いて40℃に調整した。
【0074】
電極電圧を10Vに設定してNaClの電気分解による陰極グラファイトへのNaインターカレーションを行った。電気分解中の電流は約0.7Aであった。その後、さらに電極を反転させて、15V、0.5Aにて電解剥離を行った。
【0075】
電気分解反応の進行によって、グラファイト陽極では塩素が発生し、発生した塩素は水溶液に溶解し、次亜塩素酸が生成され、電気分解中はカルキ臭が発生した。
【0076】
グラファイト陰極ではNa
+がグラファイトにインターカレートして、
図2(b)の写真に示すようにグラファイトの電解液に浸漬した分は扇状に膨潤した。
図2(b)の符号6は電解液中に溶出したグラフェンである。
図1(グライファイト電極1を陰極としている。)にも膨潤したグラフェン(符号4)を模式的に示した。
【0077】
この膨潤した状態では、
図3のTEM像に示すように、グラファイト層間は約10%程度広がっていた。図中の符号7は電子ビームに水平に存在する2層グラフェンである。
【0078】
このように、Na
+がインターカレートして膨潤したグラファイト陰極は、電極を反転して陽極とした後、水酸化ナトリウムと次亜塩素酸によって強いアルカリの中で剥離が進行し、電解液中に溶出した。溶出後の電解液はすでに還元グラフェンの状態で黒色溶液となっており、電気伝導度を示した。
【0079】
この溶出した剥離グラフェン膜は、0.3μmのフィルタを用いたフィルタリングと蒸留水による洗浄を繰り返し、その後乾燥させることによって単離し、粉末状の剥離グラフェン膜を得た。
【0080】
この剥離グラフェン膜のTEM像を
図3に、電子線回折像を
図4に示す。
【0081】
図3に示すグラフェン剥離片のTEM像では、薄片状の剥離グラフェン膜自体がランダムに絡み合った状態を観察するために、たまたま電子線ビームと平行に保持されたグラフェンのみがTEM画像中に観察されることなり、透過像で確認することは難しい。また、1層のみの真のグラフェンもTEM電子ビームと干渉して画像を見出すことは極めてまれである。しかし2層が重なったグラフェンは電子線干渉を起こしやすいため画像中に確認し易くなる。
図3のTEM画像中には2層のグラフェンがたまたま見出されている。
【0082】
さらにこれらのグラフェンの固まりは結晶学的にはランダムなグラフェンの混合体であるため、グラフェン6員環格子に起因するリングが確認されるはずである。実際に
図4にはグラフェンに起因する格子定数をもった電子線回折像リングが見出された。
<実施例2>
陰極にグラファイト、陽極にプラチナを用いて実施例1と同様に電気分解を行った。NaClの10wt%の水溶液10mLを調合し、電解液とした。電極のグラファイト棒の大きさは幅3mm、厚さ1mm、長さ40mmの短冊状とした(
図5(a))。
【0083】
ここで、グラファイト棒に10Vの負電位を与えて0.7Aで電気分解を行うと、おおよそ30秒〜1分の電気分解でNaがグラファイト層間にインターカレートし、溶液に浸した部分が扇型に、体積で20倍程度膨潤した(
図5(b))。
【0084】
その後、グラファイトへの印可電位を正電位に反転して、10〜20Vで電気分解を行った。つまりグラフェンは陽極となる。ここでは20V、0.5Aで電気分解を行った。
【0085】
すると、膨潤グラフェンの周囲で次亜塩素酸が発生しながら、膨潤したグラファイトの崩壊とグラフェンの剥離がおこり、電解溶液の変色(黒〜茶変)とともに効率良く剥離グラフェンを生成することができた。約30分〜1時間で、電解液は茶色から黒色溶液になった(
図5(c))。これは一般的な酸化グラフェンと異なりグラフェンの電気伝導性が残っていることを示している。
【0086】
この溶液を分離カラム抽出し、15000Gの超遠心分離を20分〜30分掛けると、グラファイト片のゴミは沈殿するが、黒茶色の上澄みが残り、この中にグラフェンを抽出できる(
図5(d))。
【0087】
抽出溶液を自然蒸発させて濃縮し、SiO
2基板上で蒸発乾燥した時の表面AFM像を
図6に示す。蒸発乾燥した状態では、まだNaイオンの分離除去を行っていないので、析出したNaClの結晶とグラフェンが混在した状態になっている。これに蒸留水で軽くリンス(数秒)を行うと、NaClが溶解、除去できる。
【0088】
このグラフェンのみの良好な部分を分析した。
図6は、得られたグラフェンのAFM像とその段差プロファイルである。形成されたグラフェンは長さ約20μmの短冊型でAFMでの厚さは1.0nmとなっている。
【0089】
この状態での顕微Ramanスペクトルを
図7に示す。得られたグラフェンはラマン散乱から1〜数層程度のグラフェンであった。スペクトルは場所によって異なるが、単層グラフェンから数層グラフェンの混合体であることがわかる。
<実施例3>
KCl(塩化カリウム)水溶液を電解液とすることで、非常に薄い、ほぼ単層のグラフェンが合成できる。
【0090】
図8はNa
+インターカレート後の電極のSTEM像であり、(a)は明視野像、(b)は暗視野像である。明視野像とは試料を透過した電子のうち、散乱されずに透過した電子を検出して作られた像、暗視野像とは散乱、回折した電子を検出して作った像のことをいう。暗視野では像の強度が原子番号の二乗に比例して観察され、原子番号が大きいほど明るく見える。よってNa
+が数層おきに層間に入っていることが分かる(
図8(b)の矢印)。
【0091】
一方で、
図9は、電解液にKCl水溶液を使用して電解を行った時の膨潤したグラファイト電極のSTEM像で、(a)は明視野像、(b)は暗視野像である。
図8のNa
+をインターカレートさせた時の電極とは異なり、K
+は一層おきにインターカレートすることがわかる。つまり、KCl水溶液を用いることで得られるグラフェンの薄膜化が期待できる。
【0092】
つまり、カリウムは一層置きにインターカレートし、層間のファン・デア・ワールス力を弱め、電解剥離時には薄い、ほぼ単層のグラフェン薄片を得ることができる。
【0093】
例えば、NaClを電解質として電解剥離を行った場合の剥片の典型的な光学顕微鏡像を
図10に示す。数ナノメートルの厚さの(多層)グラフェンは通常はほとんど光学顕微鏡で観察することはできないが、厚さ300nmのシリコン酸化膜の上では、酸化膜をはさんで剥片とシリコン基板との間の光多重干渉でグラフェン剥片がブルーに着色されて見えるようになる。
図10の光学顕微鏡像より、グラフェンの大きさは約10μm×10μmであった。
【0094】
図11はNaClを電解質として得られた剥離グラフェン剥片の平均的なラマンスペクトルである。グラフェンのラマンスペクトルには3つのピークがあり、1350 cm
-1付近がDバンド、1582 cm
-1付近がGバンド、2685cm
-1付近が2Dバンドと呼ばれている。Gバンド、2Dバンドはグラフェンの構造に由来し、I
2D/I
G比はグラフェンの層数を計測する指標となる。
【0095】
I
2D/I
G比はグラフェンが1層の場合は約2、2層の場合は約1、3〜4層の場合は1〜0.5、5層以上の場合は0.5以下となっている。またDバンドは欠陥に由来するピークでI
D/I
G比はグラフェンの品質の評価に用いられる。I
D/I
Gが小さいほど欠陥の少ないグラフェンである。
【0096】
図11より、得られたグラフェンはI
2D/I
Gが小さいので、その膜厚は比較的厚く、5〜10層程度の多層グラフェンであることがわかる。
【0097】
一方で、
図12に示すKClを用いて電解剥離したグラフェンでは、そのラマンスペクトル(
図13)のGピークに対して相対的に2Dピークが強く出ており、2〜3層程度の薄いグラフェンが生成されていることがわかる。
<実施例4>
バイアス電圧を矩形波の交流とし、電解電圧と温度を各種の条件に変更してグラフェンを合成した。
【0098】
電解剥離では、KClやNaClを電解液として最初に陽イオンをインターカレートさせるが、このとき同時に塩素が発生する。この塩素は、一部は大気中に散逸するが、次亜塩素酸となって溶解する。この次亜塩素酸イオン(ClO
−)の衝撃によってグラフェンが剥離する。
【0099】
この次亜塩素酸イオンの衝突エネルギーは電解剥離のバイアス電圧に依存し、また溶液の粘性に、しいては溶液の温度に依存する。ここでは溶液の温度と電解剥離バイアス電圧を変えた場合の実例を示す。
【0100】
図14は、電解電圧を1V、3V、5Vとし、またその時の温度を20度、40度、60度とした場合の生成されたグラフェン剥片のラマンマッピング結果を2D/G比で塗り分けたものである。ここで2D/Gは高い数値ほど、つまり明色に近いほどグラフェン層が薄く単層グラフェンに近づくことを意味する。
【0101】
図14から、電解電圧が高くまた電解温度が高いときは暗色で塗りつぶされる地領域が多く、生成されたグラフェンは厚いことがわかる。一方で電解電圧が低いほど、また電解温度が低いほど明るい色彩となり、単層を意味する明色の塗りつぶしも出てくることからきわめて薄いグラフェンが生成されていることがわかる。
<実施例5>
1V以下の低電圧の矩形交流で、その周波数を変更してグラフェンを合成した。
【0102】
特に1V以下の低電圧の矩形交流で、その周波数を0.1〜1kHz、特に矩形波周期を数秒程度で繰り返すことで剥離すると高品位にグラフェンを得ることができる。
図15には、電解バイアス電圧として±1Vの矩形交流を周期5秒と20分で与えた場合の典型的なラマンスペクトルの例を示す。周期が短いほうが得られる剥離グラフェンの収量が増えるとともに、比較的薄いグラフェンが得られることがわかる。また、中には実際にほぼ単層とみられるグラフェンも多数観測され、
図16に示すような、2D/Gの比率が約2程度に達するグラフェンが得られた。
<実施例6>
電解液をKOHとして、40℃において、±5V、それぞれのインターバルを5秒ずつの矩形交流で電解剥離を行った。
【0103】
図17(a)は、得られたグラフェン薄片のTEM像、(b)は電子線回折像、(c)は(a)の四角部分の拡大像である。電子線回折像はグラフェンに起因する格子定数をもった電子線回折像リングが見出された。グラフェンの6員環の方位が揃っていることを示している。(c)の矢印の方位が主で、(b)の拡大像の向きであると考えられる。非常にきれいな格子像が得られており、欠陥が少ない。
【0104】
図18は得られたグラフェン薄片の光学顕微鏡像である。グラフェン薄片のサイズが数ミクロンから10ミクロン程度のものが非常に多数生成され、いずれも青色に見える。この青色に見える点が非常に重要である。すなわち、基板として300nmの酸化膜基板を用いていることから、この基板の上に張り付いたグラフェンは、たとえ一層の厚さが0.34nmのグラフェンであっても、光の多重干渉で着色して見える。この場合、青色に見えていることから、およそ3〜5層程度のグラフェン薄片であると推定される。そして観察したいずれの薄片も青色であった。つまり、薄片の厚さの均質性が非常に良好であった。
【0105】
図19は、得られたグラフェン薄片のラマンスペクトルである。
図18の光学顕微鏡像でいずれも青色に観察された薄片は、実際にラマン散乱のピークは非常にきれいで、欠陥が少なく、G/2Dピークの比率もおおよそ3〜5層のグラフェンに良く対応していた。
【0106】
このように、KOHを電解液として、矩形交流電流を流した電解剥離において、良好なグラフェン薄片が得られた。良好なグラフェン薄片を得るための電解液の鍵となる点は、K
+イオンと安定なアルカリ環境、さらに矩形の交流による電解であることが示唆された。