【実施例1】
【0022】
本発明の実施例1に係る病原抵抗性植物体およびその果実およびその葉茎およびその誘導方法について、従来技術と比較しながら詳細に説明する。
まず、実施例1に係る病原抵抗性植物体およびその誘導方法について
図1を参照しながら説明する。
図1(a)−(c)はいずれも本発明の実施例1に係る病原抵抗性植物体が誘導される仕組みを示す概念図である。
実施例1に係る病原抵抗性植物体1を得るには、まず、
図1(a)に示すように、植物体Pの葉2に、例えば、紫色光光源3等を用いて、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11を照射する紫色光照射処理を行えばよい。
この場合、植物体P内において、上述のような紫色光照射処理を行わない同種の植物体Pに比べて、病原防御応答関連遺伝子が発現されて、植物体Pの全身において病原抵抗性が高まり病原抵抗性植物体1となる。
なお、紫色光照射処理により植物体P内で発現される病原防御応答関連遺伝子は、具体的には、サリチル酸合成経路関連遺伝子、又は、サリチル酸によって誘導される遺伝子群であり、より詳細には、サリチル酸合成経路関連遺伝子、又は、酸性PRタンパク質を誘導する遺伝子群である。
【0023】
そして、実施例1に係る病原抵抗性植物体1によれば、植物体Pの全身において病原抵抗性が高められるので、植物体Pにおいて植物病原菌4による病害の発生を少なくすることができる。
この場合、紫色光照射処理を行わない植物体Pを栽培する場合に比べて、紫色光照射処理を行った植物体P(病原抵抗性植物体1)を栽培する場合の方が、植物病原菌4による病害の防除に必要な薬剤(農薬)の使用量を少なくすることができる、又は、無農薬とすることができるので、人体に対して安全性の高い植物体Pを提供することができる。
また、植物体P自体を食用とする、あるいは、植物体Pから収穫された果実や葉茎を食用にする場合は、残留農薬のない、又は、残留農薬の少ない安全な食品を提供することができる。
【0024】
先にも述べたとおり、従来から特定の波長領域にピークを有する光を植物体Pに照射することで植物体Pの病原抵抗性が高められることは知られていた(上述の特許文献1,2及び非特許文献1,2を参照)。
しかしながら、植物体Pに照射する光が紫外線(紫外光)の場合、人体に好ましくない影響を与える恐れがあり、圃場やハウス内等のように恒常的に人が出入りする場所での照射は望ましくなく、実用的な技術とは言えなかった。
これに対して、植物体Pに赤色光を照射する技術の場合は、赤色光が人体に好ましくない影響を及ぼす恐れは少ないものの、通常、赤色光は植物体Pの光合成に欠かせない光であり、また、植物体Pの正常な形態形成や生育に特に関連性が高いとの報告もなされており、商品作物を栽培する場合に確実性の高い技術であるとは言えなかった。
これに対して、植物体Pに緑色光を照射する技術の場合は、赤色光を照射する場合とは異なり、通常、緑色光は植物体Pにおいて光合成に利用されない光であり、また、人体に悪影響を及ぼす恐れも少ないので、上述のような紫外線(紫外光)や赤色光を用いる場合のような不具合は生じないと考えられる。
しかしながら、緑色光は植物病原菌4に対する静菌・殺菌作用を有していないので、植物病原菌4が植物体Pに病害を引き起こそうとする力が、植物体Pの病原抵抗性に勝ってしまった場合には、緑色光の照射のみではもはや対処することができず、結局は病害の防除を薬剤に頼らざるを得なかった。
【0025】
発明者らは、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11が、人体に悪影響を及ぼす病原菌に対して静菌・殺菌作用を有するという知見を得て、この紫色光11により植物病原菌を静菌・殺菌することができないかと考え、まず、植物病原菌4に紫色光11を直接照射することを試みた。この結果、紫色光11が植物病原菌4に対しても静菌・殺菌作用を有することを見出した。
そして、次の段階として発明者らは、薬剤を使用する代わりに紫色光を照射することで、植物病原菌4による病害の発生を抑制できないかと考えて、植物体Pに紫色光11を照射したところ、紫色光11の照射により植物体Pの病原抵抗性が高められて病害の発生を抑制できることを見出した。
【0026】
したがって、実施例1に係る病原抵抗性植物体1では、第1の効果として、
図1(b)に示すように、植物体の少なくとも一部に波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11を照射することにより、植物体Pの全身において病原抵抗性を高めることができ、これにより、紫色光11を照射した後の植物体Pを病気にかかり難くすることができる。なお、
図1(b),(c)において、植物体Pの全体にハッチングが施されているのは、植物体Pの病原抵抗性が誘導されたことを示している。以下、他の実施例においても同様である。
さらに、実施例1に係る病原抵抗性植物体1では、第2の効果として、植物体Pにおいて、特に、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11が直接照射された部位では、紫色光11による植物病原菌4の静菌・殺菌作用が発揮されるので、紫色光11を照射する前に植物体Pに付着又は感染した植物病原菌4が植物体Pに病害を引き起こそうとする力を停滞又は低下させることができる。
より具体的には、
図1(a)に示すように、紫色光11が照射される前に植物体Pの、例えば葉に、既に植物病原菌4が感染又は付着していたとしても、紫色光照射処理を行うことにより、
図1(b)に示すように、紫色光11が直接照射された部位では紫色光11によって植物病原菌4が静菌・殺菌されて、植物病原菌4が植物体Pに病害を引き起こそうとする力が停滞又は弱められるので、
図1(c)に示すように、植物体Pの葉2における病害の発生を抑制又は防止することができる。
つまり、実施例1に係る病原抵抗性植物体1の場合は、植物体Pの病原抵抗性を高めるだけでなく、植物病原菌4が病害を引き起こそうとする力を停滞、低下させることによっても植物体Pに病害が生じるのを抑制することができるのである。
なお、上記2つの効果のうち、後者の効果は、実施例1に係る病原抵抗性植物体1において、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11を使用することによるものであり、本願発明の独自の効果である。
【0027】
本願発明の独自の効果について、病原抵抗性を高める処理を何ら行わない場合、及び、緑色光を照射して病原抵抗性を高めた場合を比較対象としてさらに詳細に説明する。
一般に、植物体Pは、植物病原菌4等による直接的な害を受けることにより誘導される抵抗性も備えているが、本願明細書においては、植物病原菌4等による直接的な加害によって誘導される病原抵抗性と、特定の波長領域を有する光を照射する等により誘導される病原抵抗性とを区別し、前者の抵抗性については無視することにする。
【0028】
まず、植物体Pに病原抵抗性を高めるための処理を何ら行わない場合における病害の進行について
図2を参照しながら説明する。
図2(a)−(c)は植物体Pに病原抵抗性を誘導する処理を何ら行わない場合の病害の進行の様子を示す概念図である。なお、
図1に記載されたものと同一部分については同一符号を付し、その構成についての説明は省略する。
図2(a)に示すように、植物体Pの、例えば、葉2に植物病原菌4が付着又は感染した状態をそのまま放置すると、
図2(a)に示すように、植物病原菌4が付着又は感染した葉2において多数の病斑5が現れて病害が生じた状態になり、さらに、その周囲の葉2や、図示しない他の植物体Pにも植物病原菌4の感染が拡大する。そして、その状態を放置すると、多数の病斑5が現れた葉2は枯死葉7となり、その上の他の葉2において多数の病斑5が生じながらさらに植物病原菌4の感染が拡大していき、最悪の場合、植物体Pは枯死してしまう。
【0029】
次に、先の特許文献1に開示されるような緑色光を照射する場合について
図3を参照しながら詳細に説明する。
図3(a)−(c)は緑色光の照射した際に植物体Pの病原抵抗性が誘導される仕組みを示す概念図である。なお、
図1又は
図2に記載されたものと同一部分については同一符号を付し、その構成についての説明は省略する。
図3(a)に示すように、例えば、葉2に植物病原菌4が付着又は感染した植物体Pに、例えば、緑色光光源6を用いて緑色光12を照射した場合、緑色光12の照射により植物体Pの全身において病原抵抗性が高められる一方で、緑色光12は実施例1に係る病原抵抗性植物体1を誘導する際に用いられる紫色光11のように静菌・殺菌作用を有さないので、植物病原菌4が植物体Pに病害を引き起こそうとする力はそのまま維持されることになる。
この場合、植物体Pの抵抗性が高められたとしても、植物病原菌4が植物体Pに病害を生じさせるのに十分な力を有する状態になってしまった場合には、
図3(c)に示すように、植物体Pの葉2に病斑5が生じたり、他の葉2への感染の拡大が起こってしまう。
【0030】
これに対して、実施例1に係る病原抵抗性植物体1では、先の
図1に示すように、植物体Pにおいて紫色光11が直接照射された部位では、植物病原菌4の静菌・殺菌作用が発揮されるので、植物病原菌4が植物体Pに病害を生じさせようとする力は停滞又は弱められた状態となる。
このため、実施例1に係る病原抵抗性植物体1では、紫色光11が照射された後に、なおも植物病原菌4が植物体Pに病害を生じさせるのに十分な力を有する可能性は大幅に低くなる。
したがって、本発明の実施例1に係る病原抵抗性植物体1の場合は、緑色光12を照射した場合に比べて、植物病原菌4による病害の発生および進行を一層緩慢にすることができるのである。
【0031】
このため、実施例1に係る病原抵抗性植物体1が、圃場やハウス等において栽培する植物体Pの苗である場合には、植物体Pの全身に対して紫色光照射処理を行うことで、苗を圃場やハウス等に移植した際の病害の発生を効率よく抑制することができる。紫色光11を照射する対象が比較的小さい場合にはこの方法が特に有効である。
あるいは、特定の植物体Pにおいて、例えば、特定の部位(例えば、下葉等)において植物病原菌4による病害が生じ易いことが明らかになっている場合は、紫色光照射処理を行う際に、病害が生じ易い特定の部位を選んで重点的に紫色光11を照射することで、植物病原菌4による病害の発生を効率良く抑制することができる。紫色光11を照射する対象が大きい場合にはこの方法が特に有効である。
なお、本実施例においては、紫色光の照射部位を葉としているが、植物体の葉緑素を有する部位(例えば、茎や葉柄など)であれば、紫色光の照射により病原防御応答関連遺伝子を発現させることができる可能性がある。他方、紫色光を植物体に効率よく照射するとともに、紫色光による植物病原菌の静菌・殺菌作用を期待する場合には、紫色光の照射部位を植物体の葉にとすることが好ましい。
【0032】
また、上述のような実施例1に係る病原抵抗性植物体1を誘導するためのプロセスが実施例1に係る病原抵抗性植物体の誘導方法である。
より具体的には、実施例1に係る病原抵抗性植物体の誘導方法は、植物体Pの全葉面積の少なくとも10%の領域に、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11を断続的に照射する紫色光照射処理を行うというものである。
実施例1に係る病原抵抗性植物体の誘導方法によれば、上述のような実施例1に係る病原抵抗性植物体1を誘導することができる。
この結果、圃場やハウス等において病原抵抗性植物体1である植物体Pを栽培して、観賞用として市場に供給する場合や、病原抵抗性植物体1を食用にする場合、あるいは、病原抵抗性植物体1から果実や葉茎等の収穫物を得て食用又は加工用材料とする場合に、残留農薬の少ないものを提供することができる。
また、実施例1に係る病原抵抗性植物体の誘導方法は、従来圃場やハウス等で栽培する苗等を生産するための工程に容易に組み入れることができるので、農業や施設園芸に関する分野においてより実用的な病害防除技術を提供することができる。
【0033】
また、実施例1に係る病原抵抗性植物体1や、この病原抵抗性植物体1を誘導するための病原抵抗性植物体の誘導方法において用いられる波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11は、人体に対して悪影響を及ぼすおそれが極めて小さいので、圃場やハウス内など人が作業を行う場所に紫色光光源3を設置した場合でも圃場やハウス内において作業者は安全に作業を行うことができる。
また、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11は、植物体の光合成量子収率を低下させる可能性をもつ光であるため、植物体Pへの紫色光11の単独照射や、植物体Pへの紫色光11の連続照射は、いずれも植物体Pにとってストレスとなり光合成を阻害する恐れがある。
より詳細に説明すると、植物体Pに紫色光11を長時間にわたり連続照射すると、植物体Pの光合成に負の影響(量子収率の低下)を与える可能性があり、紫色光11を間欠照射すること(紫色光11を照射する時間帯と、紫色光11を照射しない時間帯を交互に設けること)で、光合成における負の影響を緩和できると考えられる。本発明では、植物体Pに対してある程度の光ストレスがかかる(紫色光11が照射される)ことで病害(病原)抵抗性が誘導されると考えられる。従って、植物体Pに対するストレスが大きすぎると(紫色光11が長時間にわたり連続照射されると)、植物体Pにおいて負の影響が顕著になり、逆に、植物体Pに対するストレスが不十分だと(植物体Pへの紫色光11の照射時間が短いと)植物体Pにおいて十分に病害(病原)抵抗性が誘導されない可能性がある。
このため、植物体Pに対して紫色光照射処理を行う場合には、自然光又は人工的に調整された自然光に重畳して紫色光11を植物体Pに照射したり、紫色光11を間欠照射すること(紫色光11を断続的に照射すること)が望ましい。より好ましくは、植物体Pに紫色光11を、光合成に必要な光に付加して照射し、かつ、その際に紫色光11を間欠照射とすることが望ましい。なお、本願明細書においては、秒単位、分単位、あるいは、時間単位で紫色光11の照射と非照射の切替えを行うことを断続照射又は間欠照射と呼ぶ。
また、紫色光11によるストレスを受け易い植物体Pであれば、植物体Pに照射される紫色光11がパルス光であっても病害(病原)抵抗性を誘導できる可能性がある。
【0034】
このように、植物体Pへの静菌・殺菌作用を重視する場合には、植物体Pの全体に紫色光11を照射することが望ましく、植物体Pに対するストレス低減と病原抵抗性の向上を重視する場合には、植物体Pの全葉面積の10−30%の領域に紫色光11を照射するだけで十分な効果が期待できる。
また、被照射対象である植物体Pが大型で、全体に紫色光11を照射することが困難な場合、あるいは、費用対効果の点から大型の紫色光光源3の導入が困難な場合には、植物体Pの全葉面積の少なくとも10%の領域に紫色光11を照射するだけでも、植物体Pの病原抵抗性を高めることができる。そして、この場合、植物病原菌4による病害が特に生じ易い、下葉(植物体Pの根元側に配される数枚の葉)に紫色光11を照射することで、植物体Pにおける病害の発生を効率良く抑制することができる。
【実施例2】
【0035】
本発明の実施例2に係る植物体栽培システムについて
図4及び
図5を参照しながら詳細に説明する。
図4(a)−(c)はいずれも本発明の実施例2に係る植物体栽培システムの概念図である。なお、
図1乃至
図3に記載されたものと同一部分については同一符号を付し、その構成についての説明は省略する。
図4(a)に示すように、実施例2に係る植物体栽培システム10Aは、植物体Pの葉2に屋外の自然光、又は、人工的に調整された自然光を直接又は間接的に照射可能な植物体生育空間8に植物体Pが単数又は複数配置され、この植物体Pの根を収容するとともに、この植物体Pの生育に必要な養分及び水を供給する培地9を備え、さらに、植物体Pの葉の少なくとも一部に、より具体的には、植物体Pの全葉面積の少なくとも10%の領域に、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11を断続的に照射する紫色光光源3を備え、この紫色光光源3は図示しない制御部によりその点灯と消灯とが制御されるものである。
上述のような実施例2に係る植物体栽培システム10Aにおいては、植物体生育空間8を備えることで、植物体Pを配置している空間に植物の生育に必要な自然光(可視光線)Lを供給することができる。なお、この自然光Lは屋外の自然光でもよいし、人工的に調整された自然光Lと同等の作用を有する複数の色の光(異なる波長を有する複数種類の光)の組み合わせでも良い。
また、培地9を備えることで、植物体Pの根を収容するとともに、植物体Pの成育に必要な養分や水を供給することができる。さらに、紫色光光源3及び図示しない制御部を備えることにより、植物体Pの葉に波長390−420nmの間にピークを有する紫色光11を断続的に照射することができる。なお、植物体Pが水耕栽培可能なものである場合には、培地9に代えて培養液を用いることもできる。
【0036】
そして、上述のような実施例2に係る植物体栽培システム10Aによれば、植物体生育空間8において自然光L又は自然光Lと同等な作用を有する人工光を供給することができるので、植物体Pを正常に成育させることができる。
さらに、実施例2に係る植物体栽培システム10Aでは、自然光L又は自然光Lと同等な作用を有する人工光に加えて、植物体Pの葉2に紫色光光源3により紫色光11を重畳して照射することができる。この場合、実施例2に係る植物体栽培システム10Aにおいて栽培される植物体Pは、先の実施例1において述べた病原抵抗性植物体1となるので、植物病原菌4による病害が生じるのを好適に抑制することができる。
加えて、実施例2に係る植物体栽培システム10Aにおいては、植物体Pにおいて紫色光11が直接照射される部位で、先の実施例1において説明したように植物病原菌4の静菌・殺菌作用が発揮されるので、
図4(b),(c)に示すように、紫色光11が直接照射される部位に病斑5が現れるなどの病害が生じるのを防止又は遅延させることができる。
すなわち、実施例2に係る植物体栽培システム10Aによれば、植物体Pが病原抵抗性植物体1となることで病気になりにくくなるだけでなく、植物病原菌4の植物体Pに対する攻撃性も弱められるので、これらの作用が協同して働くことにより、植物体Pに植物病原菌4が付着又は感染したとしても、目に見える形での病害が生じない状態を維持することが容易になる。
つまり、植物体Pに病害が生じるのを防止又は大幅に遅延させることができる。
【0037】
従って、実施例2に係る植物体栽培システム10Aによれば、従来どおりの手法で栽培された苗や植物体P(植物病原菌4の自然感染が起こっていると考えられる苗や植物体P)を、病原抵抗性植物体1に誘導して植物病原菌4による病害の発生を抑制しながら栽培することが可能になる。この場合、植物体P(病原抵抗性植物体1)を栽培する際の薬剤の使用量を大幅に削減することができるので、残留農薬が少ない安全性の高い植物体Pを提供することができる。
また、実施例2に係る植物体栽培システム10Aにおいて栽培された植物体Pから収穫される葉茎や果実についても同様に残留農薬が少ない安全性の高いものにすることができる。
【0038】
なお、実施例2に係る植物体栽培システム10Aでは、特定の植物体Pについて特に病害が生じやすい部位(例えば、下葉など)が知られている場合には、その部位を選んで紫色光11を照射することで、効率的に病害の発生を抑制することができる。また、万が一、紫色光11が照射される部位に病害である病斑が現れたとしても、紫色光11による静菌・殺菌作用が発揮されるので、病害の進行を大幅に遅延させたり、停滞させたり、あるいは、停止させることができ、また、そのことにより、植物体P(病原抵抗性植物体1)の他の部位や隣接する他の植物体Pへの植物病原菌4の感染を好適に抑制することができる。
また、実施例2に係る植物体栽培システム10Aにおいて植物体Pを病原抵抗性植物体1に効率的に誘導するためには、植物体Pに紫色光11を照射する際の紫色光11の強さを、自然光L又は人工的に調整された自然光Lに含まれる紫色光11の強さよりも強くしておくことが望ましい。
なお、屋外の場合、日中の自然光Lにおける紫色光11の光強度は、朝夕のそれに比べて特に強いので、朝夕の時間帯に、より具体的には、例えば、午前7時から午前10時までの午前中と、午後3時から午後6時までの夕方の時間帯に自然光Lに重畳して紫色光11を照射してやることで、自然光Lに含まれる紫色光11よりも強い紫色光11を植物体Pに照射することができる。
また、朝夕の時間帯にのみ紫色光11を自然光Lに重畳して照射することは、紫色光11を間欠照射することにもなるので好ましい。
なお、朝夕の時間帯のいずれかにのみ紫色光11を照射しただけで十分な病原抵抗性の向上効果が発揮される場合には、必ずしも朝夕に紫色光11を照射する必要はない。
あるいは、日照がある時間帯に植物体Pの葉に対して、例えば、1時間毎に紫色光11の照射と非照射を繰り返すことによっても、植物体Pの病害(病原)抵抗性を好適に高めることができる。
【0039】
ここで、
図5を参照しながら本発明の実施例2の変形例に係る植物体栽培システムについて説明する。
実施例2の変形例に係る植物体栽培システムは、
図4に示す植物体栽培システム10Aと同じ構成を有するものであり、特に、紫色光光源3の取付け位置又は取付け個数を変更可能に、あるいは、この両者を変更可能に構成したものである。
図5(a)−(c)はいずれも本発明の実施例2の変形例に係る植物体栽培システムを示す概念図である。なお、
図1乃至
図4に記載されたものと同一部分については同一符号を付し、その構成についての説明は省略する。
たとえば、
図5(a)に示すように、先の
図4(b)と同じ位置に紫色光光源3を配置して植物体Pに対して紫色光11の照射を行いながら栽培していた場合に、紫色光11が照射されていない葉2に植物病原菌4の付着又は感染が起こっており、後に、
図5(b)に示すように、紫色光11が照射されていない葉2において病斑5が生じた際に、実施例2の変形例に係る植物体栽培システム10Bによれば、病斑5が生じていない葉2に紫色光11を照射している紫色光光源3を取外して、病斑5が生じた葉2に紫色光11を照射することができる。あるいは、新たに紫色光光源3を追加して病斑5が生じた葉2に紫色光11を照射することができる。
【0040】
この場合、紫色光光源3から照射される紫色光11の静菌・殺菌作用により、
図5(c)に示すように、病斑5が出現した葉2における病害の進行を遅らせたり、停滞又は停止させることができる。すなわち、実施例2の変形例に係る植物体栽培システム10Bにおいては、紫色光11を殺菌剤等の薬剤と同等の作用を有するものとして利用することができるので、植物体Pに病害が生じた場合にも、薬剤を使用することなく病害の進行や拡大を抑制できる可能性がある。
したがって、植物体Pに病害が発生した場合でも、その植物体Pから残留農薬が無い、又は、残留農薬が少ない安全な果実や葉茎等を収穫できる可能性が極めて高くなる。
従って、実施例2の変形例に係る植物体栽培システム10Bによれば、植物体Pに病害が生じた場合でも、薬剤を用いることなしにその生産性の低下を防止できる可能性が高くなる。この結果、病害が生じた植物体Pから収穫される果実又は葉茎の食品としての安全性が低下するのを最低限度にとどめることができる。
【0041】
通常、植物体Pにおいて病害が発生した場合には、病害の拡大を防止するため病害が発生した部位(主に葉)を除去したり、あるいは、薬剤を散布して植物病原菌4の拡散及び病害の深刻化を防止する必要があるが、前者の場合、収穫物の肥大成長を担う葉の除去は、収穫物の品質やサイズの低下を招く恐れがあるため望ましくない。他方、後者の場合は、収穫物の肥大成長を担う葉を温存できる可能性が高まるものの、残留農薬により収穫物の安全性が低下するという課題がある。
これに対して、実施例2の変形例に係る植物体栽培システム10Bによれば、薬剤を用いることなく紫色光11を照射するだけで植物病原菌4が植物体Pを加害する能力を停滞又は低下させることができるので、病害が発生した場合でも収穫物の肥大成長を担う葉を温存できる可能性が高くなる。しかも、収穫物に薬剤が残存するリスクも低くすることができる。
したがって、実施例2の変形例に係る植物体栽培システム10Bを採用した場合は、圃場やハウス内において病害が発生した場合でも、収穫物の品質の低下を最小限度にすることができる。
よって、圃場やハウス内において作物を栽培する際に、薬剤の使用量を削減するにあたり、より実用的な技術を提供することができる。
【0042】
以下に、本発明の作用・効果を検証する目的で行った試験1乃至13及びその結果について説明する。
まず、本願発明において使用される波長390−420nmの間にピークを有する紫色光の植物病原菌に対する静菌・殺菌作用についての検証結果について説明する。
[1]紫色光照射による植物病原菌の静菌・殺菌作用について
紫色光による植物病原菌の静菌・殺菌作用を確認する目的で、以下に示すような試験1を行った。
(1−i)試験方法
面培地上のトマト灰色かび病菌B.cinereaの菌叢を白金耳で掻き取り、SNA平板培地(組成は以下の表1に示す)に置床し、25℃、暗黒下で4−5日間培養した。その後、内径4mmのコルクボーラーで菌コロニー外縁部を培地ごと抜き取り、その菌体プラグを新しいSNA平板培地の中央に置き、これを菌体プレートとして照射試験に用いた。
【0043】
【表1】
【0044】
SNA平板培地菌体プレートをLED光源を搭載した人工気象器に入れ、405nm、415nm、450nm、および白色光を放射照度60Wm
-2一定で照射しながら25℃で培養し、24時間ごとの生育速度を観察した。また、暗黒下で培養したものをコントロールとして用いた。照射後、菌体プレートを25℃、暗黒下に移して培養し、生育を観察した。
【0045】
(1−ii)試験結果
図6は光量子束密度を一定(95μmolm
-2s
-1一定)にして各波長光を照射した場合の経時変化に伴うコロニー直径の変化を示すグラフである。
図6に示すように、光量子束密度を一定(95μmolm
-2s
-1一定)にして各波長光を照射した場合は、予想通りエネルギーの大きい375nm光照射区で最も顕著な生育抑制が見られたが(データ未記載)、放射照度を一定(60Wm
-2)にした場合は、405nm紫色光照射区で最も顕著な生育抑制がみられ、照射光の波長が長くなるほど静菌・殺菌作用が低下する傾向が認められた。
図7は紫色光(波長405nm)を所定の時間照射した後の全コロニー数に対する回復したコロニー(菌の死滅が生じなかったコロニー数)の割合(回復率)を示す表である。
図7に示すように、(波長405nm)の紫色光を照射した場合は、144時間の照射で全てのコロニーの死滅が確認された。
【0046】
上記試験1により、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光が静菌・殺菌作用を有していることが確認できた。
なお、本願発明において静菌・殺菌作用という場合、紫色光が照射された植物病原菌の全てが静菌又は殺菌されている状態を意味するのではなく、紫色光が照射された植物病原菌のうち一部が活動停止状態となり、また別の一部が死滅し、これらの現象が同時に起こることにより、紫色光が照射された植物病原菌全体の増殖能力が停滞した状態、低下傾向、あるいは、死滅した状態になることを意味している。
【0047】
[2]紫色光照射による植物病原菌の胞子発芽抑制効果について
紫色光による植物病原菌の胞子発芽抑制効果を確認する目的で以下に示すような試験2を行った。
(2−i)試験方法
トマト灰色かび病菌B.cinereaの胞子に対して各波長光(405nm、415nm、450nm、いずれも放射照度60Wm
-2)を照射したものと、暗黒下においたものについて胞子の発芽状況を観察した。
また、各波長光(405nm、415nm、450nm)を照射した後の胞子の生死を確認するために、各波長光をそれぞれ24,48,72,96時間照射した後に培地を暗黒下に移動して、さらに、24時間培養した後再度胞子を観察した。
【0048】
(2−ii)試験結果
図8はB.cinereaの胞子に対して各波長光(405nm,415nm,450nm,いずれも放射照度60Wm
-2)を72時間照射した際の胞子の様子を示す画像と、各波長光を72時間照射した後に暗黒下において24時間培養した際の胞子の様子を示す画像を対比させて示した図である。なお、比較対象として暗黒下において同じ時間だけ培養したものの画像を最下段に示した。
図9はB.cinereaの胞子に対して各波長光(405nm、415nm、450nm、いずれも放射照度60Wm
-2)を照射した場合の胞子の発芽率の経時変化と、暗黒下に72時間置いたものの胞子の発芽率の経時変化を示すグラフである。また、
図9では、各波長光を72時間照射した後に暗黒下において24時間培養した後の胞子の発芽率についても併せて示した。
B.cinereaの胞子に対して各波長光(放射照度60Wm
-2)を照射すると、405nm紫色光照射区では特に高い胞子発芽の抑制効果が認められた(
図8を参照)。胞子の生死(増殖能)を確認するために、405nm紫色光を照射後、培地を暗黒下に移動してさらに24時間培養した胞子を観察したところ、405nm紫色光を72時間照射した場合は、暗黒下へ移動後発芽が見られなかった(
図9を参照)。
これらの結果から、紫色光照射はB.cinereaの胞子に対して発芽を抑制するだけでなく、殺菌することが判明した。
また、
図8,9から明らかなように、本発明において使用する紫色光は、照射光の波長が短いほど(波長の下限値の390nmに近いほど)胞子の発芽抑制効果、及び、殺菌効果は高いと考えられる。
また、本発明において使用される紫色光の波長の上限値に関して、波長450nmの紫色光を照射した場合の胞子の発芽率と、暗黒下の胞子の発芽率に大きな差が認められなかったことから、植物病原菌の胞子の発芽抑制・殺菌効果が期待できる発光波長の上限値の境界は、415nmと波長450nmの間であると推測される。
【0049】
上述の試験1,2により、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光が、植物病原菌に対する静菌・殺菌作用を有することが確認された。また、波長405nmの紫色光を照射した際の植物病原菌に対する静菌・殺菌作用が特に高かったので、以下に示す他の試験においては、本願発明に係る紫色光の一例として、波長405nmの紫色光を使用した。
なお、本願明細書中に示す試験1乃至13において使用した紫色光(波長405nmの紫色光、波長405nm紫色光、405nm紫色光)は、波長405nmにピーク波長を有する光であり、全ての試験において同じ規格のものを使用した。また、試験1乃至13において使用した紫色光(波長405nmの紫色光、波長405nm紫色光、405nm紫色光)光源の波長特性を示すグラフを後段の
図32(a)に示した。
後段の
図32(a)に示すように、試験1乃至13において使用した紫色光は、単波長光ではなく、波長405nmにピークを有しながら波長390−420nm範囲内に特に高い放射を有するものである。従って、波長390−420nm範囲内にピーク波長を有する放射であれば、本願明細書に記載される有利な効果である、植物病原菌4の静菌・殺菌効果、及び、植物体Pにおいて病原防御応答関連遺伝子が発現されることによる病原(病害)抵抗性の向上効果、が同時に発揮される可能性は極めて高いと考えられる。
【0050】
代表的な7種類の植物病原菌に対する静菌・殺菌作用を確認する目的で、以下に示すような試験3を行った。
(3−i)試験方法
供試菌として国立大学法人山口大学にて保存している植物病原菌7種、Aspergillus niger(黒かび病菌)、Botrytis cinerea(灰色かび病菌)、Colletotrichum gloeosporioides(炭そ病菌)、Fusarium proliferatum、Fusarium verticillioides、Magnaporthe grisea(いもち病菌)、およびSclerotium cepivorum(黒腐菌核病菌)(全9菌株)を用いた。斜面培地上の各菌を白金耳で掻き取り、ポテトデキストロース寒天(PDA)平板培地で3日間培養した。その後、直径5mmのコルクボーラーで菌体を培地ごと抜き取り、その菌体プラグを新しいPDA平板培地の中央に置き、これを菌体プレートとして照射試験に用いた。
上記で準備した菌体プレートに、LED光源を搭載した小型人工気象器を用いてそれぞれ375nm(分光積分値:10.9Wm
-2)、405nm(分光積分値:64.7Wm
-2)、470nm(分光積分値:89.0Wm
-2)、640nm(分光積分値:67.9Wm
-2)の単一波長光、および白色光(分光積分値:22.7Wm
-2)を当てながら25℃で144時間培養した。その後、全ての菌体プレートを25℃、暗黒下で培養し、144時間の間、24時間ごとの形態、色、および生育速度を観察した。
【0051】
(3−ii)試験結果
図35は黒かび病菌(A.nig)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図36は灰色かび病菌(B.cin)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図37は炭そ病菌(C.glo)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図38はいもち病菌(F.pro)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図39は別のいもち病菌(F.pro)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図40は別のいもち病菌(F.pro)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図41は別のいもち病菌(F.ver)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図42は別のいもち病菌(M.gri)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図43は黒腐菌核病菌(S.cep)を暗黒下において培養した場合と、同菌に375nmにピーク波長を有する光、405nmにピーク波長を有する光、470nmにピーク波長を有する光(紫色光)、640nmにピーク波長を有する光、白色光をそれぞれ照射しながら培養した場合の144時間経過後の繁殖状態を示す画像である。
図35−43に示すように、紫色光(405nmにピーク波長を有する光)は供試した全ての菌株の成育を強く阻害した。従って、上記試験3により、紫色光の照射は、植物病原菌全般に対して静菌・殺菌効果を有することが確認された。
また、波長470nmにピーク波長を有する光(青色光)を照射した場合に、顕著な植物病原菌の生育抑制効果は認められなかった。従って、それよりもさらに波長が長い緑色光を照射した際に、植物病原菌の生育抑制効果が発揮される可能性は極めて低いと推測される。
さらに、640nmにピーク波長を有する光(赤色光)を照射した場合も、顕著な植物病原菌の生育抑制効果は認められなかった。
【0052】
[3]紫色光の照射による植物病原菌の形態変化について
以下に示すような試験4により紫色光の照射による植物病原菌の形態変化を詳細に調べた。
(4−i)試験方法
波長405nmの紫色光を照射した植物病原菌(B.cinerea)の菌糸の形態を詳しく観察した(下記、
図10を参照)。また、波長405nmの紫色光を24,72,168時間照射した際の胞子の様子についても観察した(下記、
図11を参照)。
【0053】
(4−ii)試験結果
図10は暗黒下において培養した植物病原菌の菌糸先端部の画像と、波長405nmの紫色光を照射しながら培養した同植物病原菌の菌糸先端部の画像を対比させて示した図である。
図10に示すように、405nm紫色光(放射照度60Wm
-2)を24時間照射した後の菌コロニー外縁の菌糸先端部には異常な肥大化が見られた。
図11は波長405nmの紫色光をそれぞれ24,72,168時間照射しながら培養した胞子(B.cinerea)の様子を示す画像と、暗黒下において24,72,168時間培養した同胞子の様子を示す画像とを対比させて示す画像である。
図11に示すように、SNA平板培地(上表1を参照)上のB.cinereaの胞子に405nm紫色光(放射照度60Wm
-2)を各時間(24,72,168時間)照射後に観察すると、照射時間の経過に伴って胞子に同様の肥大化が見られた。
したがって、植物病原菌に紫色光を照射した場合、植物病原菌の形態変化が促され、この変化により植物病原菌の正常な生育が妨げられて静菌・殺菌作用が発揮されると推測される。
よって、本発明において使用する紫色光は、植物病原菌に対して直接作用して形態変化を生じさせることが示された。
【0054】
[4]植物病原菌の静菌に関連した遺伝子の発現変化について
紫色光が照射された植物病原菌(B.cinerea)における菌糸先端部又は胞子の肥大化の原因を明らかにする目的で以下に示す試験5を行った。
紫色光が照射された植物病原菌における菌糸先端部又は胞子が肥大化した部分では、細胞において分裂の制御に異常が生じている可能性が高く、この点について検証した。
(5−i)試験方法
波長405nm紫色光(放射照度60Wm
-2)を照射したB.cinereaについてリアルタイムRT−PCR解析を行った。
【0055】
(5−ii)試験結果
図12は波長405nm紫色光を照射したB.cinereaにおける分裂制御遺伝子の発現変化を示すグラフである。
図12に示すように、波長405nm紫色光を照射したB.cinerea(
図12中の凡例、1h,3h,6hを参照)においては、染色体分離を促進するcdc20遺伝子の発現が減少する一方で、細胞修復を促進するcdc48遺伝子の発現は増大していた。
この結果から、波長405nmの紫色光照射によってB.cinereaに染色体分離阻害と細胞修復が引き起こされ、結果として静菌状態が生じている可能性が示唆された。
【0056】
よって、上記試験1乃至5の結果から、本願発明に用いられる波長390−420nmの間にピークを有する紫色光が、植物病原菌に対して直接作用して静菌・殺菌作用が発揮されることが確認された。
【0057】
次に、植物体に紫色光を照射した場合の病害発生抑制効果に関する検証結果について説明する。
[5]紫色光照射による植物体の発病抑制効果について
上述の試験1乃至5において特に高い静菌・殺菌効果が認められた波長405nmの紫色光を照射することによる植物体の病害発生抑制効果を検証する目的で以下に示すような試験6,7,12,13を行った。なお、ここでは試験6,12,7,13の順で試験方法及びその結果を説明する。
(6−i)試験方法
トマト(品種:マイクロトム)種子を人工培土(バーミキュライト:パーライト=1:1)に播種し、人工気象器内で、25℃、明期/暗期(16h/8h)、PPFD100μmol
-1m
-2s
-1程度の条件下で生育した。本葉5葉期のトマトを、人工気象器内に設置したLED光源搭載デシケータ内に移し、気温25℃、湿度50%、PPFD100μmol
-1m
-2s
-1、明期/暗期(12h/12h)条件下で3日間生育させた。その後、波長405nmの紫色光及び白色光(それぞれ60Wm
-2)を明期(12h)開始に合わせて照射/非照射(15min/45min)の条件で7日間照射した(計12サイクル/day)。コントロール区は白色光のみを照射した。照射処理後のトマトに1/2濃度のポテトデキストロース培地に懸濁したトマト灰色かび病菌胞子液(2×10
7個/ml)を噴霧接種(2.5ml/個体)し、接種前と同一の条件下で生育した。トマト灰色かび病菌の増殖を顕微鏡観察するためにラクトフェノールコトンブルー染色を行った。
別法として、切除葉を用いた接種試験(ペーパーディスク接種試験)トマトの葉を切り取ってシャーレ内の湿ったろ紙上に置き、葉の中央に灰色かび病菌胞子液(1×10
7個/ml)を50μl含んだペーパーディスクをおき、紫色光及び白色光(それぞれ60Wm
-2)を明期(12h)開始に合わせて照射/非照射(15min/45min)の条件で7日間照射した(計12サイクル/day)。コントロール区は白色光のみ照射した。その後、紫色光照射を行わず、2日間白色光下で培養して病徴を観察した。
【0058】
(6−ii)試験結果
図13(a)は波長405nm紫色光を照射した場合のトマトの外観の様子を示す画像であり、(b)はコントロール区のトマトの外観の様子を示す画像である。また、(c)は波長405nm紫色光を照射した場合のトマトの葉組織をラクトフェノールコットンブルーにより染色した場合の菌(灰色かび病菌)染色の様子を示す拡大画像であり、(d)はコントロール区のトマトの葉組織をラクトフェノールコットンブルーにより染色した場合の菌(灰色かび病菌)染色の様子を示す拡大画像である。
図13から明らかなように、コントロール区では、灰色かび病の病徴(水浸状病斑)が葉全体に現れ(
図13(b)を参照)、葉の組織中では灰色かび病菌の菌糸が増殖していた(
図13(d)を参照)。その一方で、波長405nm紫色光照射区では、小さい褐色斑点が生じたのみであった(
図13(a)を参照)。さらに、波長405nm紫色光照射区の葉を拡大してみたところ、灰色かび病の胞子は塊となって葉表面に付着したままで発芽していなかったため(
図13(c)を参照)、葉の小斑点はトマトの抵抗応答(過敏感反応)によって生じたものと思われた。
図14は波長405nm紫色光を照射したトマトの葉と、コントロール区のトマトの葉を用いた切除葉ペーパーディスク接種試験結果を示す画像である。なお、
図14の画像における上段2つのシャーレに収容される切除葉は白色光のみが照射されたものであり、下段2つのシャーレに収容される切除葉は波長405nm紫色光及び白色光が照射されたものである。
図14はモノクロ画像で見づらいが、カラーで見ると上段の2つのシャーレに収容される切除葉は全体が黄緑色に退色し、ペーパーディスクが載置された部分の周辺に褐色の水浸状病斑が生じているのに対し、下段の2つのシャーレにされる切除葉は全体が鮮やかな緑色で、ペーパーディスクの周囲にも病斑らしきものは認められず外観上は健全そのものであった。
したがって、
図14に示す画像からも明らかなように、切除葉ペーパーディスク接種試験においても、波長405nm紫色光照射区において灰色かび病の発病抑制効果が認められた。
【0059】
次に、試験12について試験方法及びその結果について詳細に説明する。
(12−i)試験方法
本葉6葉期のシソ科薬用植物メボウキ(学名:Ocimum basilicum、英名:basil)および本葉3葉期のマメ科野菜インゲンマメ(学名:Phaseolus vulgaris、英名:kidney bean)の市販苗を、空調制御された実験室内の植物生育棚に設置したLED光源搭載デシケータ内に移し、気温25℃、湿度50%、PPFD100μmol
-1m
-2s
-1、明期/暗期(16h/8h)条件下で3日間馴化生育させた。その後、波長405nmの紫色光又は白色光(それぞれ50Wm
-2)を明期(16h)開始に合わせて照射/非照射(15min/45min)の条件で7日間照射(前照射)した(16サイクル/day)。前照射処理後の植物の葉に、1/2濃度のポテトデキストロース培地に懸濁した灰色かび病菌(Botrytis cinerea)胞子液(2×10
6個/ml)を5μl滴下接種した。菌接種後は、紫色光の照射を行わない区(前照射のみ)と、引き続き照射を行う区(前照射+後照射)に分けて、それぞれの効果を比較した。接種3日後に病徴を観察するとともに、病斑直径を計測した。
【0060】
(12−ii)試験結果
図44は波長405nmの紫色光又は白色光の前照射を行った供試植物のメボウキに、灰色かび病菌を接種した後、波長405nmの紫色光又は白色光を引き続き照射した区と、照射しなかった区のそれぞれにおける3日後の植物体の様子を示す画像である。
図45は波長405nmの紫色光又は白色光の前照射を行った供試植物のインゲンマメに、灰色かび病菌を接種した後、波長405nmの紫色光又は白色光を引き続き照射した区と、照射しなかった区のそれぞれにおける3日後の植物体の様子を示す画像である。
なお、
図44,45では、比較対象として灰色かび病菌を接種していない無接種区の植物体の画像も合わせて示した。
また、
図46は波長405nmの紫色光又は白色光の前照射を行った供試植物のメボウキに、灰色かび病菌を接種した後、波長405nmの紫色光又は白色光を引き続き照射した区と、照射しなかった区のそれぞれにおける3日後の植物体の病班の直径を計測した結果を示すグラフである。
さらに、
図47は波長405nmの紫色光又は白色光の前照射を行った供試植物のインゲンマメに、灰色かび病菌を接種した後、波長405nmの紫色光又は白色光を引き続き照射した区と、照射しなかった区のそれぞれにおける3日後の植物体の病班の直径を計測した結果を示すグラフである。
なお、
図46,47のそれぞれのグラフの凡例における「405nm」の記載は波長405nmの紫色光を照射した場合を、「white」は白色光を照射した場合をそれぞれ示している。
図44に示す画像では病班の位置が判別しづらいが、供試植物のメボウキに対して、波長405nmの紫色光又は白色光を前照射しただけの区ではいずれも、病班が葉の約1/3の領域にまで広がっていた。また、白色光を前照射しただけの区の方が、波長405nmの紫色光を前照射しただけの区よりも病班の広がり方が大きかった。
さらに、波長405nmの紫色光又は白色光を前照射及び後照射した区では、前照射しただけの区よりも病班の広がりが小さく、波長405nmの紫色光を前照射及び後照射した区では、白色光を前照射及び後照射した区に比べて、病班の大きさは1/4程度であった。このような結果は、
図46に示すグラフからも明らかである。
図45に示す画像においても病班の位置が判別しづらいが、供試植物のインゲンマメの、波長405nmの紫色光又は白色光を前照射しただけの区ではいずれも、病班が葉の約1/3の領域にまで広がっていた。
また、波長405nmの紫色光又は白色光を前照射及び後照射した区では共通して、それぞれの光を前照射しただけの区よりも病班の広がりは小さく、波長405nmの紫色光を前照射及び後照射した区では、白色光を前照射及び後照射した区に比べて、病班の大きさは1/5程度であった。このような結果は、
図47に示すグラフからも明らかである。
よって、上述の通りメボウキ、インゲンマメのいずれにおいても波長405nmの紫色光を前照射及び後照射した区(前照射+後照射)では、植物体に病原菌を接種した後に病斑の拡大が起こらなかったことから、顕著な病害抑制効果を有することが確認された。
なお、
図46のグラフからも明らかなように、供試植物のメボウキでは、波長405nmの紫色光の前照射のみを行っただけでも有意な病害抑制効果が発揮された。
【0061】
続いて、試験7について試験方法及びその結果について詳細に説明する。
(7−i)試験装置
まず、本試験に使用する紫色光光源(以下、405nmLED補光装置とよぶ)について説明する。
本試験に使用する405nmLED補光装置は、LEDランプ9個または12個を配列した円錐形のユニット(φ25mm×H30mm、以下LEDユニットとよぶ)をライン上に配置したものであり、LEDランプには波長ピークが405nmのもの(45°:SL405AAUE、15°:SL405ADUE、サンオプト)を使用した。また、この405nmLED補光装置では、LEDユニット部分(発光部)および電源部分のシールを強化し、防水性を高めた。さらに、トマト群落の最適な場所に照射できるように、LEDユニットの着脱を可能にし、またLEDユニット間のコードも着脱可能なユニット化することで、LEDユニット間の長さを自在に調節ができるよう構成した。そして、LEDユニットを軽量化し、また取り付け用のクリップのサイズを可変とすることで、トマトの茎や枝にLEDユニットを直接取り付けることができるようになり、トマト個体における茎葉の集合体の内側からの紫色光の照射を可能にした。
【0062】
(7−ii)試験方法
次に、本試験の試験方法について詳細に説明する。
供試植物にはトマト(solanum lycopersicum、品種:桃太郎(Momotaro)および麗夏(Reika))を使用し、栽培は、山口大学農学部附属農場内のビニールハウス内(南北棟)で外部からビニールハウス内の様子を見えないようにするとともに、ビニールハウスへは守秘義務を有する関係者以外の者が立ち入りできないようにして、夏秋と冬春の2度行った。夏秋栽培は、36個体(麗夏:18個体、桃太郎:18個体)栽培し、播種を2010年5月24日に、定植を2010年7月21日に行った。冬春栽培では、48個体(麗夏:24個体、桃太郎:24個体)栽培し、播種を2010年9月24日に、定植を2010年11月19日に行った。種はロックウールキューブに直接播き、定植はロックウールキューブをロックウールスラグ上に設置することで行った。灌水は一定間隔かけ流し方式で、肥料は、夏秋栽培では大塚1号(大塚化学、大塚ハウス1号)を60g/day/全個体、大塚2号(大塚化学、大塚ハウス2号)を40g/day/全個体、与え、冬春栽培では大塚1号のみを15−30g/day/全個体、与えた。ハウス内の気温が30℃以上になると換気扇が稼働するように設定し、換気を行った。また、冬春栽培では、ハウス内の気温が10℃以下になるとボイラーによる暖房が稼働するに設定した。照射期間中のハウス内の気温湿度、PPFD、および紫外線強度を、それぞれ、温湿度センサ(CHINO、MR6661)、PPFDセンサ(Apogee、QSO-S)、UVセンサ(Apogee、SE-UVS))、で測定し記録した。
【0063】
(7−iii)照射方法
続いて、本試験の照射条件について詳細に説明する。
自然光下のビニールハウス内において、405nmLED補光装置を用いて、トマト群落に対し照射実験を3回行った。照射期間(The period of irradiation)、照射区の個体数(Number of Plants irradiated)、対照区の個体数(Number of control plants)、照射時間(Time of 405nmLED irradiation)は下記表2に示す。また、実験1−3の照射個体の配置を、
図15乃至
図18に示す。
図15は実験1におけるビニールハウス内の供試材料の配置を示す平面図である。
図16は実験2におけるビニールハウス内の供試材料の配置を示す平面図である。
図17は実験3(12/7−1/16)におけるビニールハウス内の供試材料の配置を示す平面図である。そして、
図18は実験3(1/17以降)におけるビニールハウス内の供試材料の配置を示す平面図である。なお、
図15乃至
図18中における平面図(試験区図)において四角は照射個体、白丸は対象個体、黒丸は各測定から省いた個体を表す。
【0064】
【表2】
【0065】
405nmLED補光装置による紫色光の照射は、トマト個体の斜め上(Downward)、群落下部(Upward)、側面の3方向から行った。斜め上からの照射はトマト栽培畝間に上部より吊り下げた支柱にLEDユニット(発光部)を取り付けて行い、下部からの照射はトマト群落内に水平方向の支柱を渡しそれにLEDユニットを取り付けるか、トマトの茎に直にLEDユニットを取り付け、行った。また、側面からの照射は、LEDユニットを取り付けた照明用三脚(Velbon,LS-1)をトマト個体側面に立てて行った。各照射方法において、LEDユニットは、照射の強度がLEDユニットから最も近い葉で30Wm
-2程度になるように設置した。実験1−3のそれぞれにおける各照射個体の照射位置と使用LEDユニット数を、表3−8に示す。今回の照射条件では、LEDユニット1つ当たりの消費電力は、約0.7Wで、12個のLEDユニットを1つのトマト個体に設置した場合、トマト1個体あたりの消費電力は、8−9W程度であった。
【0066】
【表3】
【0067】
【表4】
【0068】
【表5】
【0069】
【表6】
【0070】
【表7】
【0071】
【表8】
【0072】
(7−iv)病害評価方法
本試験における病害評価方法について説明する。
(a)病害の同定
今回、ハウス内で農薬を散布しない状態で自然発生した病気は、分生子を解析した結果、すすかび病(Pseudocercospora fuligena)であった。
(b)病害の評価
自然発生したすすかび病に対し、病害の程度を、罹病葉数に基づく発病指数により評価した。病害評価は、各複葉の総葉数に対する罹病葉数が0%=0、50%以下=1、>50%=2、として罹病葉指数を決めて、目視で測定した。各複葉における罹病葉指数を1個体毎に平均化し、その個体の罹病葉数に基づく発病指数とした。なお、実験2では、照射開始以前に出ていた罹病葉を全て切り落とした状態で測定を開始し、1枚の葉につき病斑が3点確認された時点でその葉を切り落としていった。
【0073】
(7−v)病害評価方法
本試験における生育評価方法について説明する。
405nm紫色光照射によるトマトの生育への影響を調べるため、5−7日間隔で、草丈、複葉数、葉緑素量(SPAD値)を測定した。草丈は、先端にクリップをつけたたこ糸をトマト個体の茎頂の高さにある誘引紐に取り付け、トマトの茎にそって根元までの長さを測定した。SPAD値についてはSPAD計(KONIKA MINOLTA、SPAD-502)を用い、トマトの上から2つ目の花房から2つ下と3つ下の複葉の先端から2枚目の葉を5回ずつ計10回計測し、10回の平均値をその個体のSPAD値とした。
【0074】
(7−vi)試験結果
まず、波長405nmの紫色光を照射することによる植物体の生育への影響について述べる。
実験1−3のいずれにおいても、波長405nm紫色光の照射による生育への影響は認められなかった。その一例として、実験2における草丈、複葉数、SPADの経時変化を
図19乃至
図21に示す。
図19は実験2において波長405nmの紫色光を照射した個体群と、コントロール用の個体群における草丈の経時変化を比較したグラフである。
図20は実験2において波長405nmの紫色光を照射した個体群と、コントロール用の個体群における複葉数の経時変化を示すグラフである。
図21は実験2において波長405nmの紫色光を照射した個体群と、コントロール用の個体群におけるSPAD値の経時変化を示すグラフである。なお、
図19乃至
図21に示される各グラフ中におけるBar(誤差棒)は標準誤差を表し、各測定日において試験区間の平均値に関して有意水準5%でt検定を行った結果、有意差がある場合はアスタリスク(*)をつけることにしたが、草丈、複葉数、SPADのいずれにおいても波長405nmの紫色光を照射した個体と、コントロール用個体の間において有意差は認められなかった。
【0075】
次いで、発病指数による評価結果について述べる。
図22は実験1(夏秋栽培)における罹病葉数に基づく発病指数の経時変化を示すグラフである。また、
図23は実験1(夏秋栽培)における罹病葉数に基づく罹病葉数の経時変化を示すグラフである。なお、上述の
図22,23として示すグラフ中におけるbar(誤差棒)は標準誤差を表し、各測定日に有意水準5%でt検定を行った結果、試験区間に有意差があったものにはアスタリスク(*)をつけている。
図22に示すように、実験1においては、照射期間の平均として、両品種全体で約10.8%の病害抑制効果が認められ、8/27−9/2の間には有意差も認められた。なお、ここでは特にデータを示さないが、病害抑制効果の品種間差(供試苗:麗夏、桃太郎)は認められなかった。
また、
図23に示すように、罹病複葉(指数2)数でも平均で約20%の病害抑制効果が認められ、405nm紫色光照射によってすすかび病の発生が抑制されることが明らかになった。さらに、1枚の葉に病斑が発生しても、複葉内の他の葉に病班が広がりにくい傾向が認められた。
【0076】
図24は実験2(夏秋栽培)における発病指数の経時変化を個体全体で計算した場合のグラフであり、
図25は実験2(夏秋栽培)における発病指数の経時変化を照射されている葉位の複葉で計算した場合のグラフである。なお、上述の
図24,25として示すグラフ中におけるbar(誤差棒)は標準誤差を表し、各測定日に有意水準5%でt検定を行った結果、試験区間に有意差があったものにはアスタリスク(*)をつけている。
図24に示すように、実験2においても、有意差はみられなかったものの、照射期間を通じて405nmLED区の発病指数が対照区を下回り、平均12.3%の抑制効果が認められた。また、複葉中の半数以上の葉に病気が広がるまでの期間は、対照区と比較して405nmLED区では9日間(対照区では10/7、照射区では10/16)長かった。さらに、
図25に示されるように、405nm紫色光が照射されていた葉位(27−33番目の複葉)について比較すると、最初のうちは差が認められなかったものの、10/20にLEDユニットを追加した直後から、平均で25%の抑制効果が認められた。
より詳細には、LEDユニットを追加する直前の状態では、複葉数37枚に対して、LEDユニットにより405nm紫色光を照射した複葉数は3−4枚(LEDユニット数:8)であり、全複葉における405nm紫色光照射複葉の割合は、10%以下であった。そして、LEDユニット追加後は、複葉数37−44枚(LEDユニット追加後の生長による)に対して、LEDユニットにより405nm紫色光を照射した複葉数が6−8枚(LEDユニット数:17−18)であり、全複葉における405nm紫色光照射複葉の割合が10%以上であった。
従って、紫色光の照射による、病害発生抑制効果を好適に発揮させるためには、少なくとも全葉面積の10%の領域に紫色光を照射することが望ましいと考えられる。
【0077】
図26は実験3(冬春栽培)における発病指数の変化を示すグラフであり、
図27は実験3(冬春栽培)における罹病葉数の変化を示すグラフである。なお、上述の
図26,27として示すグラフ中におけるbar(誤差棒)は標準誤差を表し、各測定日に有意水準5%でt検定を行った結果、試験区間に有意差があったものにはアスタリスク(*)をつけている。
図26に示されるように、実験3においては、全体の発病指数について、照射期間を通じて平均10.8%の抑制効果が認められた。また、
図27に示されるように、発病指数2の数について全体では1/20ごろから有意差が認められ、最大で1/4程度まで病害が抑制された。
【0078】
続いて、試験13について試験方法及びその結果について詳細に説明する。
(13−i)試験材料及び試験方法
供試植物にはシソ目ムラサキ科の薬用植物であるムラサキ(Lithospermum erythrorhiozon)を使用し、その試験栽培は、山口県にあるビニールハウス内で行った。また、上述の試験7において用いたものと同様の405nmLED補光装置を用いて、1個体あたり、植物が小さいうちは1ユニット、大きくなった後は2ユニットを使用し、朝夕3.5時間照射(計7時間)もしくは1時間ごと計7時間照射を行った。農薬は散布せずに自然発生した病害の程度を、405nmLED補光を行わない区(対照区)と比較した。病害の程度は、各個体における発病評価基準(発病指数)を、1:がく、花に褐変やカビの形成が見られる、2:がく、花だけでなく、葉にも褐変が見られる(1,2枚)、3:がく、花だけでなく、葉にも褐変が見られる(数枚、局部的)、4:植物体全体に褐変が見られ、枯死している、というように定め、目視で判断した。
なお、ビニールハウスでの試験は、外部から内部の様子を見えないようにするとともに、このビニールハウスへは守秘義務を有する関係者以外の者が立ち入りできないようにして行った。
【0079】
(13−ii)試験結果
図48は供試植物であるムラサキに405nm紫色光を照射した場合と照射しない場合の発病指数の推移を示すグラフである。なお、
図48中の凡例において「LED」と記載される方は405nmLED補光区を、「Control」記載される方は対照区をそれぞれ示している。
図48には特に示されていないが、平成23年7月上旬(照射開始から50−60日後)より、405nmLED補光区、対照区ともに、灰色かび病の症状が認められ始めた。さらに、
図48に示す、同年8月12日(照射開始から90日後)から、同年9月1日(照射開始から110日後)までの期間では、405nmLED補光区で発病の程度が抑えられていた。
同年8月12日の時点で、下記数1により計算される、405nmLED補光区の対照区に対する発病抑制率は24%、同年9月1日の時点での同発病抑制率は13%であった。
よって、この試験13により波長405nmの紫色光の照射が、シソ目ムラサキ科の植物に対して有意な発病抑制効果を有することが確認された。
【0080】
【数1】
【0081】
ここで、試験6,7,12,13の結果についてのまとめを述べる。
上記試験6の結果から、植物体の葉に紫色光を照射することにより植物病原菌による病害の発生を好適に抑制できることが確認された。
また、試験7の結果から、植物体を栽培する際に紫色光を照射することにより、病害の発生を抑制できること、及び、病害発生後に植物体に紫色光を照射した場合に、病害の拡大を抑制できることが確認された。さらに、上記試験7の結果から、植物体への紫色光の間欠照射が、植物体の生育に影響を及ぼさないことも確認された。
なお、ここでは詳細な試験結果等については示さないが、発明者らは、紫色光の照射が、うどんこ病菌による病害に対しても抑制効果を有し、それが、病原防御応答関連遺伝子の発現によることを確認した(供試材料:トマト)。
より具体的には、発明者らは、405nm紫色光事前照射葉にうどんこ病菌を接種したトマトにおける病原防御応答関連遺伝子の発現について調査した。405nm紫色光事前照射を行ったトマトでは、うどんこ病斑数の減少傾向が認められた。特に、405nm紫色光を事前照射した葉において病斑数が減少した。また、405nm紫色光を照射したうどんこ病菌無接種トマトへの自然感染は、405nm紫色光非照射・うどんこ病菌無接種トマトへの自然感染に比べて著しく抑制された。さらに、これらのトマトの葉を用いて、405nm紫色光照射およびうどんこ病菌接種の有無に基づいて、病原防御応答関連遺伝子の発現量を定量した結果、PR1a1、phospholipase D、PR1a1、acidic chitinase、acidic glucanase、PAL2、PAL4、ICS(isochorismate synthase)、およびomega 3FAD(omega-3 fatty acid desaturase)の遺伝子発現が5倍以上増加していた。
従って、植物体への紫色光照射は、植物体の生きた細胞に病害を生じさせる植物病原菌に対しても、植物体の死んだ細胞に病害を生じさせる植物病原菌に対しても病害抑制効果を発揮することが確認された。
すなわち、植物体への紫色光照射は、生体栄養性病原菌(うどんこ病菌やべと病菌など)による病害だけでなく、死物栄養性病原菌(灰色かび病菌や炭そ病菌など)による病害に対しても抑制効果がある可能性が極めて高い。
【0082】
さらに、試験6,7,12,13の結果を総括すると、波長405nm紫色光を照射することで、ナス科植物、シソ科植物、マメ科植物、及び、ムラサキ科植物に対して病害抑制効果が発揮されることが確認された。また、以下に詳細に示す試験9の結果も併せると、上記植物に加えて、アブラナ科植物に対しても病害抑制効果が発揮されると考えられる。
従って、これらの試験結果から、波長405nmの紫色光の照射による病害抑制効果は、植物の科に関係なく多くの植物種で発揮されることが示唆された。
さらに、本願明細書に記載される試験において取り扱われていない、例えば、バラ科植物(例えば、イチゴ等)、ウリ科植物(例えば、メロン等)、サクラソウ科植物(例えば、シクラメン等)などの食用や観賞用に栽培される様々な植物に対しても同様の効果が期待できる。
なお、波長405nm紫色光の照射による病害発生抑制効果が期待できる植物としては、例えば、以下に示すようなものが挙げられる。
ナス科:ナス、トマト、ピーマン、トウガラシ、ジャガイモ、タバコ、ペチュニア、ヒヨス、ハシリドコロ、マンドレイクなど。
シソ科:シソ、バジル、ミント、ローズマリー、セージ、マジョラム、オレガノ、タイム、レモンバームなど。
マメ科:ダイズ、エンドウ、カンゾウ、カワラケツメイ、エビスグサ、ハブソウ、タガヤサン、ナンバンサイカチ、オウギなど。
ムラサキ科:ムラサキ、ワスレナグサ、ヘリオトロープ、コンフリーなど。
アブラナ科:コマツナ、ミズナ、ワサビ、クレソン、チンゲンサイ、ブロッコリー、力リフラワー、キャベツ、ハクサイ、ケール、カラシナ、アブラナ、マカなど。
【0083】
続いて、植物体に紫色光を照射した際に植物体内において発現される遺伝子についての検証結果について説明する。
一般に、防御応答関連遺伝子とは、植物がもつ「外敵(病原体、害虫)の攻撃を認識してこれを排除する応答機構」において、必須の役割を果たす遺伝子群の総称であり、具体的には、外敵(病原体、害虫)の攻撃を認識する受容体(たとえばイネの免疫受容体として働くCERK1タンパク質)、病原体を認識したことを細胞内に伝える経路(信号伝達経路)で働く因子(MAPキナーゼやCキナーゼ)、ファイトアレキシンに代表される低分子防御物質合成経路で働く酵素(フェニルアラニンアンモニアリアーゼやカルコン合成酵素)、およびPRタンパク質群などをコードする遺伝子が知られている。
そして、本願発明における病原抵抗性植物体においては、紫色光照射処理を行うことで、植物病原菌に対する抵抗性が高められることが確認された。
この点について発明者らは、本願発明における病原抵抗性植物体では、波長390−420nmの間にピークを有する紫色光が照射されることにより、植物体において、病原体の攻撃を認識してこれを排除する応答機構において必須の役割を示す遺伝子群である「病原防御応答関連遺伝子」が発現されることを明らかにした。
また、本願発明における病原抵抗性植物体において発現される「病原防御応答関連遺伝子」は、サリチル酸合成経路関連遺伝子、又は、サリチル酸によって誘導される遺伝子群であることが確認された。さらに、本願発明における病原抵抗性植物体において発現される「サリチル酸によって誘導される遺伝子群」は、より具体的には、「酸性PRタンパク質を誘導する遺伝子群」であることも明らかになった。
これらの点についての検証結果を以下に詳細に説明する。
【0084】
[6]紫色光照射処理により植物体において発現される遺伝子について
ナス科植物であるトマトに紫色光照射処理を行った際の病原防御応答関連遺伝子の発現の様子を調べる目的で以下に示すような試験8を行った。
(8−i)試験方法
トマト(品種:マイクロトム)種子を人工培土(バーミキュライト:パーライト=1:1)に播種し、人工気象器内で、25℃、明期/暗期(16h/8h)、PPFD 100μmol
-1m
-2s
-1程度の条件下で生育した。本葉5葉期のトマトを、人工気象器内に設置したLED光源搭載デシケータ内に移し、気温25℃、湿度50%、PPFD100μmol
-1m
-2s
-1、明期/暗期(12h/12h)条件下で数日間生育させた。その後、405nm紫色光及び白色光(それぞれ60Wm
-2)を明期(12h)開始に合わせて照射/非照射(15min/45min)の条件で照射した(計12サイクル/day)。コントロール区は白色光のみ照射した。1日および3日後、十分に展開した上位葉をサンプルとして回収し、液体窒素を用いて凍結後、−80℃で保存した。凍結保存葉を液体窒素で冷却した乳鉢中で磨砕し、1mlのセパゾール(ナカライテスク)を加え、さらに磨砕した。磨砕液を1.5ml容チューブに移した後、クロロホルム200μlを加え、転倒混和した。室温で3分間静置した後、12,000×gで10分間遠心した。フェノール相と水相のうち水相500μlを別の1.5ml容チューブに移し、水相と等量のイソプロパノールを加え混和した。室温で10分間静置し、12,000×gで10分間遠心した後、上清を除去した。ペレットに80%エタノール1mlを加え攪拌した後、12,000×gで5分間遠心した。上清を除去し、ペレットを30分間風乾した後、RNase free water 50μlを加えた。ReverTra Ace(登録商標)qPCR RT Kit(東洋紡)を用いて、以下の表9において示す組成の反応液中で1本鎖cDNAの合成を行った。
【0085】
【表9】
【0086】
上記の溶液を37℃で15分間インキュベートした後、98℃で5分間インキュベートした。反応液は−20℃で保存した。
合成したcDNAを鋳型として、THUNDERBIRD(登録商標)SYBR(登録商標)qPCR Mix(東洋紡)を用いてリアルタイムPCRを行った。使用したプライマー配列は、以下の表10および表11に示すとおりである。
【0087】
【表10】
【0088】
【表11】
【0089】
(8−ii)試験結果
図28乃至
図30はいずれも供試材料としてトマトを用いた場合のコントロール区と405nm紫色光照射区における病原防御応答関連遺伝子の発現量を比較したグラフである。なお、
図28乃至
図30に示される、Ctrl区は、コントロール(白色光のみを照射したもの)を、処理区1は、405nm紫色光を1日処理したものを、処理区2は、405nm紫色光3日処理したもの、をそれぞれ意味している。
図28乃至
図30に示されるように、405nm紫色光照射区では、ERF5(ethylene responsive element binding factor 5)(
図28を参照)、PR1a1、PR-1a(P4)、acidic chitinase、acidic glucanase、basic chitinase、basic glucanase(
図29を参照)、およびPAL4(phenylalanine ammonia lyase 4)(
図30を参照)の各遺伝子の発現が、白色光照射区に比べて5倍以上増加していた。
したがって、紫色光照射処理を行うことにより、ナス科植物のトマトにおいては、サリチル酸合成経路関連遺伝子(
図30を参照)、および、サリチル酸によって誘導される防御応答関連遺伝子(
図28,29を参照)が発現されることが確認された。
【0090】
アブラナ科植物であるシロイヌナズナに紫色光照射処理を行った場合の病原防御応答関連遺伝子の発現の様子を調べる目的で以下に示すような試験9を行った。
(9−i)試験方法
アブラナ科のシロイヌナズナ(エコタイプ:コロンビア)種子を人工培土(バーミキュライト:パーライト=1:1)に播種し、人工気象器内で、25℃、明期/暗期(16h/8h)、PPFD100μmol
-1m
-2s
-1程度の条件下で生育した。本葉5葉期のシロイヌナズナを、人工気象器内に設置したLED光源搭載デシケータ内に移し、気温25℃、湿度50%、PPFD100μmol
-1m
-2s
-1、明期/暗期(12h/12h)条件下で数日間生育させた。その後、405nm紫色光及び白色光(それぞれ50Wm
-2)を明期(12h)開始に合わせて照射/非照射(15min/45min)の条件で9日間照射した(計12サイクル/day)。その後、葉をサンプルとして回収し、液体窒素を用いて凍結後、−80℃で保存した。その後、上記試験8の場合と同様にして全RNA抽出を抽出しリアルタイムPCRを行った。リアルタイムPCRに用いたプライマーを表12に示す。
【0091】
【表12】
【0092】
(9−ii)試験結果
図31は供試材料としてシロイヌナズナを用いた場合のコントロール区と405nm紫色光照射区における病原防御応答関連遺伝子の発現量を比較したグラフである。なお、
図31に示すグラフ中において、「白色」は、白色光の照射のみを行ったコントロール区のデータを、「405nm」は、405nmの紫色光照射区のデータをそれぞれ意味している。
図31に示されるように、シロイヌナズナにおいても、405nm紫色光を照射したシロイヌナズナにおいて、全身誘導抵抗性が生じていることを示す遺伝子(PR1、PR2、PR4、PRB1)の発現が確認された。この結果は、アブラナ科植物においても、405nm紫色光照射が植物体の抵抗性を誘導することを示している。
すなわち、405nm紫色光を照射したシロイヌナズナにおいても、サリチル酸によって誘導される防御応答関連遺伝子が発現されることが確認された。
【0093】
上記試験8,9により、ナス科の植物においても、アブラナ科の植物においても、紫色光を照射することで病原防御応答関連遺伝子が発現されることが確認された。したがって、紫色光を照射することにより病原防御応答関連遺伝子が発現されるという現象は、特定の科に属する植物体における特有の現象でないことが確認された。
一般に、病原防御応答関連遺伝子は、特定の科に属する植物体だけが有する特異な遺伝子ではなく、植物体が普遍的に有する遺伝子であるため、この度の検証試験において取り上げられなかった他の科に属する植物体においても、紫色光を照射することで病原防御応答関連遺伝子を発現させることができる可能性は極めて高いと考えられる。
【0094】
さらに、植物体に紫色光を照射することにより、全身獲得抵抗性の成立に関与する遺伝子群が発現されていることを確認する目的で以下に示すような試験10を行った。
(10−i)試験方法
トマト(品種:桃太郎)を、6×6cmのロックウールに播種し、ガラス温室内で本葉8葉期まで生育した。アルミニウム製円筒(直径1.9cm)を用いて、十分に展開した葉の葉脈(主脈部)を含むようにくり抜き、トマトリーフディスクを作製した。このリーフディスクを1mg/ml 3, 3’-diaminobenzidine (DAB)(pH4)溶液に浮かべ3時間静置した。その後、リーフディスクを脱イオン水に浮かべLED光源搭載デシケータ(405nm紫色光および白色光)(それぞれ60Wm
-2)に入れ、それぞれ1時間照射処理を行った。照射処理後、リーフディスクを熱エタノール(70℃)に入れ30分間脱色を行い、これを観察サンプルとした。光学顕微鏡(オリンパス、BHS-323N)に付属した光学顕微鏡デジタルカメラ(オリンパス、DP25)を用いて観察サンプルの撮影を行った。
【0095】
(10−ii)試験結果
H
2O
2検出出試薬(DAB)を吸収させたトマト葉に405nm紫色光を照射すると葉組織の褐変が見られた。他方、白色光照射区、非照射区においては褐変が見られなかった。
この結果から、405nm紫色光を照射したトマトの葉において、全身獲得抵抗性(全身性誘導抵抗性)の出発物質であるH
2O
2が生産されていることが明らかになった。
【0096】
上述以外の、紫色光の照射が植物体の遺伝子発現に与える影響についての検証結果について説明する。
一般に、植物体において獲得される全身獲得抵抗性には、サリチル酸で誘導される抵抗性と、ジャスモン酸で誘導される抵抗性の2種類があり、これらは互いに拮抗する関係にあることが知られている。
そして、供試材料としてトマトを用いた試験(データ等は記載せず)では、紫色光を照射した植物体において、ジャスモン酸によって誘導される抵抗性に関与する酵素(例えば、リポキシゲナーゼA)が低下もしくは発現しなくなった。また、また、MYB転写因子やNADPHオキシダーゼの遺伝子発現が大きく低下した。
したがって、これらの事実から、紫色光が照射された植物体において誘導される抵抗性は、ジャスモン酸により誘導される抵抗性ではなく、サリチル酸により誘導される抵抗性であるといえる。
【0097】
[7]紫色光が植物体の光合成に与える影響について
上述の[1]乃至[6]においては、紫色光の植物病原菌に対する静菌・殺菌効果、植物体への紫色光照射により植物体において病原抵抗性の向上効果、植物体に紫色光を照射した際の病原防御応答関連遺伝子の発現について検証結果を説明してきたが、本願発明である病原抵抗性植物体を、作物栽培時における病害防除手段の1つとして活用するためには、紫色光を照射した場合に植物体に与える影響、より具体的には、植物体の光合成に紫色光が与える影響についても知っておく必要がある。
ここでは、紫色光が植物体の光合成に与える影響についての検証結果である試験11及びその結果について説明する。なお、ここでも紫色光の一例として、先の試験1において特に高い静菌・殺菌作用が認められた波長405nmの紫色光を使用した。
【0098】
試験11では、405nm紫色光が光合成にどの程度利用されうるのかを調べるために、405nm紫色光の単一照射時のPSII実量子収率ΔF/Fm’を、クロロフィル蛍光測定により調査した。
試験11では、トマトをモデル植物に、405nm紫色光の単一照射がPSII実量子収率および最大量子収率に与える影響、遠赤色光付加照射の影響、間欠照射の影響を調査した。そして、405nm紫色光照射による病害防除の実現に向けて、ストレスを抑える(光合成系に悪影響を与えない)照射法の可能性を検討した。ここで、単一照射とは405nmLEDのみの光を照射することを意味する。
【0099】
(11−i)材料および方法
(1)実験1
材料には2010年9月28日にロックウールに播種し、発芽後30−50日程度で室内に移し、白色蛍光灯がそれぞれ5つ並行して取り付けられたステンレス製植物栽培棚で育てられた播種後33日、36日のトマト(Solanum lycopersicum L.‘桃太郎’)を4個体用いた。測定時の草丈は17.5cm−20.5cm、複葉数は5、SPAD値は35.9−39.7であった。なお、SPAD値の測定には葉緑素計(MINOLTA、SPAD-502)を用い、クロロフィル蛍光測定葉を3回測定し平均した値を示している。栽培棚におけるPPFDは、上位葉面で約200μmolm
-2s
-1であり、明期12時間、暗期12時間に設定した。室内の気温および湿度はエアコンで管理され、栽培棚の明期の気温21.0℃、湿度30.0%、暗期の気温19.0℃、湿度30.3%の条件下でトマトの育成を行った。栽培棚で育成中は、ほぼ毎日水道水の水で底面に潅水を行い、施肥は約1週間毎に500倍希釈した液体肥料(ハイポネックスジャパン、ハイポネックス液6-10-5)を水道水の代わりに与えた。
(2)実験2
材料には2010年11月22日にロックウールに播種し、発芽後ステンレス製植物栽培棚で育てられた播種後48日のトマト(桃太郎)を6個体用いた。測定時の草丈は17.5cm−20.0cm、複葉数は7−8、SPAD値は30.5−43.0であった。
【0100】
(11−ii)照射方法およびクロロフィル蛍光測定
(1)実験1
光源には光源A:405nmLED(サンオプト、SL405AAUE)、光源B:ハロゲンランプ(HOYA-SCHOTT、JCR15V150WM)を用いた。クロロフィル蛍光の測定には携帯用クロロフィル蛍光測定装置(Walz,MINI-PAM、以下MINI-PAM)を用い、測定ファイバーに取り付けたリーフクリップホルダー(Walz,Leaf Clip Folder)で測定葉を挟んだ状態で固定し、光源毎に測定を行った。はじめに測定葉をアルミ箔で覆い30分暗処理をした。その後各光源の光強度を5分間隔あるいは15分間隔で段階的に強くしていき、そのつどΔF/Fm’を測定した。クロロフィル蛍光測定時の光強度の測定はリーフクリップホルダーのマイクロ光量子センサーを用いた。測定葉は、第2複葉の先端から2枚目の葉を選んだ。
(2)実験2
光源には光源A:405nmLED、光源B:ハロゲンランプ、光源C:白色蛍光灯(TOSHIBA、FL20SSEDC/18LL)を用いた。測定用のトマト苗6個体を暗室に移し30分暗処理をした後、2個体ずつそれぞれの光源(光源A−C)で光照射をし、30分照射後ΔF/Fm’を、各個体の十分に展開した葉を8−9枚において測定した。なおその際、第1複葉および頂端の複葉は測定対象から除いた。光強度の測定はリーフクリップホルダーのマイクロ光量子センサーを用いた。測定時の平均気温は21.3℃、平均湿度は30.3%であった。試験11において使用した各光源(光源A−C)の波長特性を
図32に示す。
図32(a)は光源Aの波長特性を示すグラフであり、(b)は光源Bの波長特性を示すグラフであり、(c)は光源Cの波長特性を示すグラフである。
なお、本願明細書に示す他の試験1乃至10において使用される紫色光源の波長特性は、
図32(a)に示される光源Aの波長特性と同じである。
【0101】
(11−iii)試験結果
1)実験1
図33は同一葉に対し徐々に光強度を上げていった際のPPFDとΔF/Fm’の関係を示すグラフである。なお、ここでは、PPFDはLI-CORの光量子センサ(LI-190)を基準にした値を示す。
図33に示されるように、光強度が高くなるほど全試験区においてΔF/Fm’は低下し、光強度が低いとき(約50μmolm
-2s
-1)は試験区毎にΔF/Fm’に差は見られず、光強度が高くなると(約200μmolm
-2s
-1)、試験区間に差が認められるようになり、405nmLEDを15分間隔で照射した葉のΔF/Fm’が最も低く示された。表13にPPFDとΔF/Fm’の関係の回帰直線の式(切片は0.8に統一)を示す。
回帰直線の傾きの絶対値はハロゲンランプ光よりも405nmLED光の方で大きく、405nmLED15分間照射の傾きが−0.0011と最も絶対値が大きかった。つまり、同じPPFDで比較したとき、405nm紫色光を単一で照射すると、ハロゲンランプの光を単一で照射したときより、ΔF/Fm’の低下が見られ、光強度が高くなるほど差が広がることが示された。
【0102】
【表13】
【0103】
2)実験2
図34は同一葉に対し徐々に光強度を上げていった際のPPFDとΔF/Fm’の関係を示すグラフである。また、以下の表14にPPFDとΔF/Fm’の関係の回帰直線の式(切片は0.76に統一)を示す。
図34に示されるように、各光源の光を約150μmolm
-2s
-1で照射したとき、405nm紫色光下のΔF/Fm’はハロゲンランプより15%減少、白色蛍光灯より13%減少した。同じPPFDでは、405nm紫色光照射がハロゲンランプ、白色蛍光灯よりもΔF/Fm’が低くなり、PPFDが高いほど他の光源との差がより広がった。つまり、トマト苗の十分に展開した様々な葉位の葉においても、405nm紫色光の単一照射時には、ハロンゲンランプや蛍光灯の白色光時と比較して、量子収率が低下することが示された。
【0104】
【表14】
【0105】
以上より、405nm紫色光を単一で照射すると、ハロゲンランプ光や白色蛍光灯光と比較してPSIの実量子収率が低下し、PSIIに吸収された光量子のうち光合成の電子伝達に利用できない光量子の割合が増加することが示唆された。
【0106】
また、発明者らは、405nm紫色光を単一照射した際のPSII量子収率の低下が、光ストレスとして働いているかどうかについて調べるため、PSII最大量子収率Fv/Fmおよび酸化ストレス指標であるマロンジアルデヒド(以下、MDAとする)を測定する試験を行った。この試験では、実験を2回行い(実験1,2)、実験1では、
図32に示すような光源A−Cからの光をそれぞれ12時間照射した後に1時間暗期を設け、さらにその後に、光源A−Cからの光をそれぞれ12時間照射(計24時間)した。また、実験2では光源A−Cからの光をそれぞれ24時間連続照射した。
ここでは、上記試験結果に関するデータ等については特に示さないが、上記試験結果によると、Fv/Fmは405nmLED区(光源A)の方がハロゲンランプ区(光源B)より低く示された。植物の葉は光合成に必要な光を超える過剰な光を受けると光阻害を起こし、光合成の量子収率が低下する。つまり、Fv/Fmの低下が見られたということは、ハロゲンランプ光よりも、405nm紫色単一光照射によって光阻害を引き起こすことが示唆された。すなわち、被照射体は、405nm紫色光照射によってハロゲンランプ光よりも酸化ストレスを受けていたことが示された。
【0107】
一般に、光照射により植物体に生じるストレスは、「光強度が強い」、「長く照射されている」という要因が強く影響していることが知られている。
したがって、本願発明において植物体に紫色光を照射する際には、植物体の生育に必要な光(例えば、自然光又は人工的に調整された自然光)に付加するかたちで紫色光を照射したり、植物体に対して紫色光を間欠照射することが望ましく、さらに望ましくは、これらを同時に行うことが望ましい(自然光又は人工的に調整された自然光に付加する形で紫色光の照射を行い、かつ、紫色光の照射は間欠照射(断続的に照射)することが望ましい)。
なお、自然光又は人工的に調整された自然光に付加するかたちで紫色光を照射する場合には、紫色光照射による病原防御応答関連遺伝子の発現を好適に誘導するために、自然光又は人工的に調整された自然光に含まれる紫色光よりも光強度が強くなるよう、付加する紫色光の高強度を調整するとよい。