(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6099124
(24)【登録日】2017年3月3日
(45)【発行日】2017年3月22日
(54)【発明の名称】セシウム汚染土壌粒子を含む土壌または水系の処理方法
(51)【国際特許分類】
B09C 1/10 20060101AFI20170313BHJP
B09C 1/00 20060101ALI20170313BHJP
B09B 5/00 20060101ALI20170313BHJP
B03B 13/04 20060101ALI20170313BHJP
C02F 3/32 20060101ALI20170313BHJP
C02F 3/00 20060101ALI20170313BHJP
G21F 9/28 20060101ALI20170313BHJP
G21F 9/18 20060101ALI20170313BHJP
C12N 1/10 20060101ALI20170313BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20170313BHJP
A01K 63/04 20060101ALI20170313BHJP
C12R 1/90 20060101ALN20170313BHJP
【FI】
B09B3/00 EZAB
B09B5/00 S
B09B5/00 Z
B03B13/04
C02F3/32
C02F3/00 G
G21F9/28 Z
G21F9/18
C12N1/10
C12N1/00 P
A01K63/04 F
C12N1/10
C12R1:90
【請求項の数】12
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-252102(P2012-252102)
(22)【出願日】2012年11月16日
(65)【公開番号】特開2014-100619(P2014-100619A)
(43)【公開日】2014年6月5日
【審査請求日】2015年11月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100152319
【弁理士】
【氏名又は名称】曽我 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】洲▲崎▼敏伸
(72)【発明者】
【氏名】吉村知里
【審査官】
井上 典之
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−279445(JP,A)
【文献】
特許第4932054(JP,B2)
【文献】
特許第5018989(JP,B2)
【文献】
特開2007−241072(JP,A)
【文献】
特開2013−215637(JP,A)
【文献】
特開2013−022561(JP,A)
【文献】
特開2013−019820(JP,A)
【文献】
特開2007−289897(JP,A)
【文献】
特開平08−047388(JP,A)
【文献】
特開平06−340288(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09B
C02F 3/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セシウムによって汚染された土壌と水の懸濁液中で、ミドリゾウリムシを培養する工程を含む、セシウムが吸着した土壌粒子を含む土壌、または、該土壌粒子が懸濁されている水系の処理方法であって、前記ミドリゾウリムシに、セシウムが吸着した土壌粒子を取り込ませて、前記土壌からセシウムを除去する、処理方法。
【請求項2】
前記ミドリゾウリムシに、前記懸濁液に溶解しているセシウムを取り込ませて、前記土壌または前記水系からセシウムを除去する、請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
前記懸濁液が、放射性セシウムによって汚染された土壌を分取し、分取された土壌と水を混合して調製された懸濁液である、請求項1又は2に記載の処理方法。
【請求項4】
前記懸濁液が、放射性セシウムによって汚染された土壌に水を導入し、表面土壌を掘返して懸濁化して調製された懸濁液である、請求項1に記載の処理方法。
【請求項5】
前記懸濁液が、放射性セシウムが吸着した土壌粒子が懸濁されている水系である、請求項1に記載の処理方法。
【請求項6】
前記水系が、河川、池、湖、沼、地下水、水田、または、水たまりである、請求項1〜5のいずれか一に記載の処理方法。
【請求項7】
前記土壌1kgに対して、ミドリゾウリムシを1×104〜1×1011個体を添加して培養する、請求項1〜6のいずれか一に記載の処理方法。
【請求項8】
イーストエキストラクト、酢酸ナトリウムおよび水からなる培養液で前培養したミドリゾウリムシを前記懸濁液に添加する、請求項1〜7のいずれか一に記載の処理方法。
【請求項9】
前記懸濁液中でミドリゾウリムシを3〜5日間培養する、請求項1〜8のいずれか一に記載の処理方法。
【請求項10】
前記培養後に、ミドリゾウリムシを含む懸濁液に直流電場処理を行い、ミドリゾウリムシを集積させて回収する工程を含む、請求項1〜9のいずれか一に記載の処理方法。
【請求項11】
0.1〜0.5V/cmの直流電場を印加する、請求項10に記載の処理方法。
【請求項12】
ミドリゾウリムシを回収し、乾燥および固形化する工程を含む、請求項1〜11のいずれか一に記載の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミドリゾウリムシを利用したセシウム汚染土壌粒子を含む土壌または水系からセシウムを除去する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
福島第一原発の事故は、放射性物質による広範囲な環境汚染を引き起こした。特に、放射性セシウムによる土壌汚染は、重大な問題である。現在まで、さまざまな汚染土壌の処理法が研究され、一部は実用化されてきている。その主たる方法は、汚染土壌を回収し、処理施設へ運搬した後に化学的処理により汚染物質の分離・濃縮を行うというものである。広範囲に汚染された土壌を運び出し改良するのは時間と費用が膨大になる。今後は、汚染土壌を現場で処理することのできる簡便な技術の開発が望まれる。
【0003】
一方で、生物を用いた処理法も盛んに研究されてきた。たとえば、セシウムを吸収・蓄積する能力の高い植物や、培養の容易な小型藻類を用いるという方法である。しかし、生物を用いたこれらの方法は、残念ながら実用的な方法とは言えないことが判明してきた。その理由は、植物や藻類には、確かにセシウムを吸収する能力が高い種が存在するが、それらの生物が吸収できるのは水中に溶解している可溶性セシウムイオンに限定されるからである。不溶化したセシウムはまったく吸収することができない。原発事故から一年以上が経過した現在では、ほとんどのセシウムは土壌中の粘土粒子に強く結合し、不溶性のものになっている。このために、植物や藻類では放射性セシウムの除去ができないのである。さらに、山林から農地に流入する潅水中にも、土壌の微粒子に結合している放射性セシウムが含まれており、土壌の除染をさらに困難にしている。
【0004】
ミドリゾウリムシ(学名 Paramecium bursaria)は、広く日本及び各国で、近辺で入手可能な原生動物であり、細胞内に数百の単細胞緑藻類(クロレラ(Chlorella)の近縁種:以下クロレラと称する)を共生させているゾウリムシである。他のゾウリムシに比べ比較的小型で、扁平で足形の姿をしている、長さ100μm程の単細胞生物である。細胞内にクロレラを共生させているために緑色に見える。明るいところで培養すると共生しているクロレラが光合成をして、その産物をゾウリムシに供給するので、えさを与えなくても長期間飼育培養が可能である。また、暗いところで培養したり薬物処理を施すと、クロレラを欠如した白化ゾウリムシが得られる。ミドリゾウリムシよりクロレラを分離して培養することができ、それらを再感染させることも可能である。また、ミドリゾウリムシは走光性や走電性を有しており、適度な光や負電極に集まる性質を有する。
【0005】
ミドリゾウリムシは、明るい場所で、室温で簡単に培養できる。例えば、管びんに再沸騰水を入れ、冷えたらドライイーストを少量(水50mlに約30粒)加え、1日放置する。培養液にミドリゾウリムシを入れ、直射日光の当たらないところに置いて培養することができる。特定の細菌や藻類のエサを与えると増殖が速くなる。
【0006】
クロレラなどの単細胞藻類は、可溶化されたセシウムなどの金属を細胞内に効率よく蓄積する能力を持っている。しかし、土壌粒子に結合したセシウムを取り込むことはできない。
【0007】
先行特許文献1には、ミドリゾウリムシ等が、廃液中のクロム(Cr),ニッケル(Ni)等の重金属イオンを吸収できることが記載されているが、セシウム(Cs)についての記載はない。また、土壌中で不溶化した重金属についての記載もない。非特許文献1は、本願発明者による文献であり、ミドリゾウリムシの培養技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−279445号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Omura et al., Jpn. J. Protozool. Vol.37, No.2(2004)139“A bacteria-free monoxenic culture of Paramecium bursaria”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
放射性セシウム汚染土壌粒子を含む土壌および水系から効率的にセシウムを除去するための処理方法を提供し、広い範囲に大量に存在する汚染土壌および汚染土壌を含む水系の除染を可能にする。特に土壌中で不溶化したセシウムを除去できる処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、課題を解決するために鋭意研究した結果、捕食性原生動物であるミドリゾウリムシを用いて、土壌懸濁液中のセシウムを効率よく除去する新たな方法を見出して本発明を完成した。さらに本発明者等は、ミドリゾウリムシを土壌懸濁液と混合した後に、ミドリゾウリムシのみを効率よく回収する方法も見出した。
【0012】
即ち、本発明は以下からなる。
1.セシウムによって汚染された土壌と水の懸濁液中で、ミドリゾウリムシを培養する工程を含む、セシウムが吸着した土壌粒子を含む土壌、または、該土壌粒子が懸濁されている水系の処理方法。
2.前記ミドリゾウリムシに、セシウムが吸着した土壌粒子を取り込ませて、前記土壌または前記水系からセシウムを除去する、前項1に記載の処理方法。
3.前記ミドリゾウリムシに、前記懸濁液に溶解しているセシウムを取り込ませて、前記土壌または前記水系からセシウムを除去する、前項1または2に記載の処理方法。
4.前記懸濁液が、放射性セシウムによって汚染された土壌を分取し、分取された土壌と水を混合して調製された懸濁液である、前項1〜3のいずれか一に記載の処理方法。
5.前記懸濁液が、放射性セシウムによって汚染された土壌に水を導入し、表面土壌を掘返して懸濁化して調製された懸濁液である、前項1〜3のいずれか一に記載の処理方法。
6.前記懸濁液が、放射性セシウムが吸着した土壌粒子が懸濁されている水系である、前項1〜3のいずれか一に記載の処理方法。
7.前記水系が、河川、池、湖、沼、地下水、水田、または、水たまりである、前項1〜6のいずれか一に記載の処理方法。
8.前記土壌1kgに対して、ミドリゾウリムシを1×10
4〜1×10
11個体を添加して培養する、前項1〜7のいずれか一に記載の処理方法。
9.イーストエキストラクト、酢酸ナトリウムおよび水からなる培養液で前培養したミドリゾウリムシを前記懸濁液に添加する、前項1〜8のいずれか一に記載の処理方法。
10.前記懸濁液中でミドリゾウリムシを3〜5日間培養する、前項1〜9のいずれか一に記載の処理方法。
11.前記培養後に、ミドリゾウリムシを含む懸濁液に直流電場処理を行い、ミドリゾウリムシを集積させて回収する工程を含む、前項1〜10のいずれか一に記載の処理方法。
12.0.1〜0.5V/cmの直流電場を印加する、前項11に記載の処理方法。
13.ミドリゾウリムシを回収し、乾燥および固形化する工程を含む、前項1〜12のいずれか一に記載の処理方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の処理方法により、水中に溶解しているセシウムは、ミドリゾウリムシに取り込まれ、ミドリゾウリムシ細胞内で5〜6倍の濃度に濃縮される。さらに、土壌粒子に強く結合した不溶性のセシウムも土壌粒子と共にミドリゾウリムシに取り込まれ、ミドリゾウリムシ細胞内にセシウムが大量に蓄積される。よって本発明により、効率的に土壌中または土壌粒子が懸濁されている水系中のセシウムを除去することが可能になる。そして、本発明の処理方法は、セシウム汚染土壌およびそれを含む水系の現場における処理が比較的簡単に実現でき、処理に要する費用や時間を従来法と比較して大幅に軽減・短縮することが可能である。
【0014】
本願発明では、ミドリゾウリムシが、セシウムが吸着している土壌粒子を取り込み(捕食して)、取り込まれた土壌粒子は高酸性の食胞中に送り込まれることが見出された。食胞は直径約5μmであり、取り込まれた土壌粒子の直径は、0.5〜1μmであった。土壌に吸着しているセシウムなどの金属は、高酸性の食胞中で、その一部が可溶化されると考えられる。
【0015】
一方、クロレラなどの単細胞藻類は、可溶化されたセシウムなどの金属を細胞内に効率よく蓄積する能力を持っている。ミドリゾウリムシの細胞内にはもともとクロレラが多数共生しているので、この二種類の生物の持つ特性がうまく働き、ミドリゾウリムシが環境中の不溶性セシウムを吸収・蓄積できたと考えられる。ミドリゾウリムシは、10mM以上の塩化セシウム溶液中で死滅するが、不溶性のセシウムを細胞内に、可溶化した場合には30.4mMの濃度に匹敵するセシウム量を蓄積できた。これは、細胞外液中の可溶性セシウム溶液の耐性限界を超える高濃度であり、このような高濃度のセシウムを無害な状態で細胞内に蓄積できることは、予想外の結果であった。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は可溶性セシウムのミドリゾウリムシ細胞内への取り込みを示すグラフである。共生藻(共生クロレラ)を有する通常のミドリゾウリムシと、共生藻を人為的に除去したミドリゾウリムシを1mM塩化セシウム溶液中で4日間培養し、ミドリゾウリムシの細胞内に含まれるセシウムの濃度を測定した。データは表1のものと同じである。
【
図2】
図2はカオリン粘土粒子を取り込ませて5分後のミドリゾウリムシの写真である。食胞は直径約5ミクロンの大きさで、その中には0.5〜1ミクロン程度のサイズのカオリン粘土粒子が入っていることがわかる(矢印)。
【
図3】
図3はさまざまな塩化セシウム溶液中で24時間処理されたミドリゾウリムシの写真である。10mM以上では細胞が損傷し、死んだ細胞から細胞内の共生クロレラが漏出している(小さな点として写真に写っている)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、セシウムによって汚染された土壌と水の懸濁液中で、ミドリゾウリムシを培養する工程を含む、セシウムが吸着した土壌粒子を含む土壌、または、該土壌粒子が懸濁されている水系の処理方法である。
【0018】
本発明において、セシウムとは、セシウムの同位体すべてを含み、放射能のないセシウム133および放射性セシウム(セシウム137、セシウム135、セシウム134等)を含む。ウランの代表的な核分裂生成物として、ストロンチウム90と共にセシウム135、セシウム137が、また原子炉内の反応によってセシウム134が生成される。この中でセシウム137は比較的多量に発生しベータ線を出し半減期も約30年と長く、放射性降下物として特に環境中の存在や残留が問題となっている。
【0019】
セシウムによって汚染された土壌とは、原子力発電所の事故や核兵器の使用(実験)により環境中に放出された放射性セシウムによって汚染された土壌である。本発明の処理対象とする土壌のセシウムの汚染量は限定されず、セシウム量が多い土壌でも処理可能である。
【0020】
セシウムによって汚染された土壌中のセシウムのほとんどは、土壌粒子に強く結合し不溶性になっている。本発明において、セシウムが吸着した土壌粒子とは、セシウムによって汚染された土壌中に存在する、セシウムが不溶性になって結合している土壌粒子である。
【0021】
セシウムが吸着した土壌粒子が懸濁されている水系とは、放射性セシウムが吸着した土壌粒子が、自然に浮遊または懸濁されている河川や水たまり等であり、農業用に貯留された水を含む。例えば、河川、池、湖、沼、地下水、水田、水たまり等が挙げられる。
【0022】
土壌と水の懸濁液は、放射性セシウムによって汚染された土壌を分取し、分取された土壌と水を混合して調製される。土壌の分取は、例えば、土壌の表面を機械等で剥ぎ取ることにより行われる。分取された土壌は、例えばタンクやプールで水と十分混合して調製される。懸濁液が循環状態であることが好ましい。水は、川の水、池の水、地下水等が使用可能である。
【0023】
あるいは、土壌と水の懸濁液は、放射性セシウムによって汚染された土壌に水を導入し、表面土壌を掘返して懸濁化して調製される。田畑等の耕作地や、水を貯めることのできる山林等の土地に、本調製方法は適している。水は、川の水、池の水、地下水等が使用可能である。土壌に水を導入した後、耕運機等により表面を耕して水と十分に混合して懸濁液を調製できる。
【0024】
あるいは、土壌と水の懸濁液は、放射性セシウムが吸着した土壌粒子が懸濁されている水系である。放射性セシウムが吸着した土壌粒子が自然に浮遊または懸濁されている河川や水たまり等であり、農業用に貯留された水を含む。例えば、河川、池、湖、沼、地下水、水田、水たまり等が挙げられる。
【0025】
土壌は、水と混合前に粉砕処理をして、土壌粒子を小さくしてもよい。好ましい土壌粒子の大きさは、0.1〜2μm、さらに好ましくは0.5〜1μmである。また、懸濁液を調製する際に、ミドリゾウリムシのエサとなるバクテリアや藻類等を添加してもよい。
【0026】
懸濁液中の土壌の量は特に限定されないが、ミドリゾウリムシが動き回り、土壌粒子を取り込むことができる水の量が必要である。例えば、土壌1kgあたり10〜2000L、好ましくは20〜1000L、さらに好ましくは50〜500Lの水量が挙げられる。
【0027】
本発明に用いられるミドリゾウリムシは特に限定されるものではない。ミドリゾウリムシは、世界どこでも入手可能であり、例えば、株式会社科学クラブ(滋賀県高島市マキノ町知内1884−7)、岩国市立ミクロ生物館(山口県岩国市由宇町潮風公園みなとオアシスゆう交流館内)から購入可能である。また、非特許文献1に培養法が記載されている。
【0028】
本発明に用いられるミドリゾウリムシは、土壌懸濁液に添加する前に前培養される。前培養は、非特許文献1に記載の培養方法、または公知の培養方法により行うことができる。前培養に好適に使用できる培養液として、イーストエキストラクトと酢酸ナトリウムと水からなる培養液が挙げられる。イーストエキストラクトの濃度は0.05〜0.5%、好ましくは0.1〜0.3%である。酢酸ナトリウムの濃度は、0.01〜0.07%、好ましくは、0.03〜0.05%である。水はミネラル水が好ましい。組成が極めて単純であり、簡易で安価に調製可能であるが、ミドリゾウリムシの増殖に好適であり、この培養液を用いて3〜5日で約1500個体/mlのミドリゾウリムシを得ることができる。
【0029】
前培養したミドリゾウリムシを、土壌懸濁液と混合して、一定期間培養する。例えば、前培養したミドリゾウリムシを、前培養液から回収し水に懸濁してから、土壌懸濁液に添加して混合する。または、前培養液をそのまま土壌懸濁液に添加して混合する。土壌の量に対するミドリゾウリムシの添加量は、特に限定されるものではない。好適には、土壌1kgに対して1×10
4〜1×10
11個体、さらに好適には、1×10
5〜1×10
10個体、より好適には1×10
6〜1×10
9個体のミドリゾウリムシを添加する。
【0030】
土壌懸濁液中でのミドリゾウリムシの培養は、ミドリゾウリムシの増殖に適した条件がよい。例えば、温度は15〜30℃が好適であり、より好ましくは、18〜26℃、さらに好ましくは20〜24℃である。土壌懸濁液のpHは特に限定はなく、pH6〜7.5において、好適にミドリゾウリムシは増殖する。共生しているクロレラが光合成をして、その産物をゾウリムシに供給するので、光があれば、増殖が促進される。例えばミネラルウォーター中で好適に培養可能である。エサを与えた方が増殖が速くなり好適である。好ましいエサは、単細胞藻類クロロゴニウム等である。
【0031】
培養時間は、1〜7日、好適には2〜6日、さらに好適には3〜5日である。約5日で、ミドリゾウリムシは、飽和状態まで、セシウムを細胞内に取り込むことができる。好適には、ミドリゾウリムシの個体数が、1×10
3〜1×10
6個体/mlになるまで、さらに好ましくは、1×10
4〜1×10
5個体/mlになるまで培養する。
【0032】
土壌懸濁液中でミドリゾウリムシを培養し、ミドリゾウリムシにセシウムを吸収させた後、ミドリゾウリムシを単離・回収することが好適である。例えば、遠心分離等の比重差による分離は好適である。また、直流電場処理も好適である。直流電場処理は、直流の電場を与えると、負電極にミドリゾウリムシが集積する性質を利用するものである。土壌懸濁液に直流電場を印加すると効率的にミドリゾウリムシが負電極に集積され、セシウムを取り込んだミドリゾウリムシを土壌懸濁液から単離・回収できる。直流電場の電圧は、好適には、0.1〜0.5V/cm、より好ましくは、0.2〜0.4V/cm、最適には、0.3V/cmである。
【0033】
直流電圧処理の具体例として次のような方法が挙げられる。タンク、プールまたは田畑や山林等に貯留された土壌懸濁液に直接直流電圧を印加して、ミドリゾウリムシを単離・回収することができる。また、田畑や山林等に貯留された土壌懸濁液は、吸引ポンプ等でタンク、プール等に保管してからミドリゾウリムシを単離・回収することもできる。また、土壌懸濁液を、直流電圧を印加した水路に流してミドリゾウリムシを単離・回収してもよい。
【0034】
回収されたセシウムを取り込んだミドリゾウリムシは、乾燥し、固形化されて廃棄される。処理量が減量されているため、取扱いが容易で、処理に要する費用や時間を従来法と比較して大幅に軽減・短縮することが可能である。また、ミドリゾウリムシをいったん分解処理し、セシウムの可溶化処理を行った後、セシウム沈殿剤で固化し、乾燥、固形化して廃棄することもできる。
【0035】
本発明の一連の工程の具体例として、次のような工程が挙げられる。汚染土壌を含む農地に水を張り、表面土壌を耕運機で懸濁した後、あらかじめ培養しておいたミドリゾウリムシを必要量投入する。一定時間後に、土壌懸濁液を回収し、直流電圧が印加された水路に流し、負電極に集まるミドリゾウリムシを回収する。回収したミドリゾウリムシは、そのまま乾燥・固形化して廃棄する。
【実施例】
【0036】
(実験材料・前培養)
実験に用いた日本産ミドリゾウリムシ Paramecium bursaria(Kb-1株)は、岩国市立ミクロ生物館から入手したものを、非特許文献1の方法に準じて無菌的に培養した。培養液としては、0.2%イーストエキストラクトと0.04%酢酸ナトリウムを市販のミネラル水に加えたものを用いた。培養開始5日後に、約1,500個体/mlとなったものを集め、ミネラル水で洗った後、実験に用いた。ミドリゾウリムシには約1000個体の共生藻類(クロレラ類)が共生しているが、これを人為的に取り除いた株を、非特許文献1に記載されている方法で作製した。共生藻類を有する株を「共生藻あり」の株、共生藻類を持たない株を「共生藻なし」の株と呼ぶ。実験に用いた溶液は、すべてミネラル水に溶解あるいは懸濁したものを使用した。
【0037】
(ミドリゾウリムシによる可溶性セシウムの取り込み)
方法:「共生藻あり」と「共生藻なし」の株を、直径9cmのプラスチックシャーレ中で20mlの1mM CsCl溶液に懸濁した。2日おきに1日で食べ尽くす量のエサ(クロロゴニウム)を与え、4日間培養した。その後遠心操作(x50g,10min)で細胞を集め、セシウムを含まないミネラル水で3回洗浄した後、全体の半量を1mlのミネラル水に再懸濁したものを測定試料としてセシウムの含有量を原子吸光法により測定した。細胞の個体密度は、1mlのミネラル水に懸濁したものを一部採取し、その中に含まれる細胞の個体数を顕微鏡で数えて推定した。ミドリゾウリムシの細胞体積は約2.2×10
5μm
3と見積もられるので、細胞の個体数と細胞体積から細胞内のセシウム濃度を推定した。1mM CsCl処理直後の「共生藻あり」のミドリゾウリムシの細胞中に取り込まれたセシウムの量を100%とした。
【0038】
結果:本実験の結果を表1および
図1に示す。これにより、1)ミドリゾウリムシには外液のセシウムを吸収し、それを5倍以上の濃度に濃縮して細胞内に蓄積する能力があることがわかった。さらに、2)セシウムの蓄積には、ミドリゾウリムシの細胞内に共生している共生藻(クロレラ)が必要であることも判明した。
【0039】
【表1】
【0040】
(ミドリゾウリムシによる土壌粒子に吸着したセシウムの取り込み)
方法:土壌の代用として、カオリン粘土(Nacalai社製)を用いた。カオリン粘土100mgを蒸留水(DDW)1mlと混合後、遠心操作(7,740×g,5min)により沈殿させ、上清を捨てた後、DDWを加えて再懸濁した。その後、遠心操作で同様にDDWで再度洗浄した後、沈殿に0.2N HClを加えて再懸濁し、ローテーターで10分間撹拌した。その後DDWで2回洗浄した後、100mM CsCl in DDWを1ml加えて10分撹拌した。その後、DDWで2回洗浄後、20mlのミドリゾウリムシ細胞懸濁液(1,500cells/ml)中に加えた。カオリン粘土粒子に結合したセシウムを定量したところ、1.29mg Cs/g kaolinの量のセシウムが結合していることがわかった。セシウム結合カオリン粘土粒子と混合したミドリゾウリムシは、2日おきに1日で食べ尽くす量のエサ(クロロゴニウム)を与え、4日間培養した。その後、シャーレの両端に3Vの電圧の直流電流を通電し、負電極に集まる細胞をピペットで吸い集めた。集めたミドリゾウリムシは、セシウムを含まないミネラル水の入った新しいシャーレに入れ、ふたたびシャーレの両端に3Vの電圧の直流電流を通電し、集めた。この操作を3回繰り返し、カオリン粘土粒子を除去した。集めた細胞は、1mlのミネラル水に再懸濁し、測定試料としてセシウム含量を定量した。
【0041】
結果:ミドリゾウリムシは、直径0.5〜1μmのカオリン粘土粒子を取り込むことがわかった(
図2)。4日間のセシウム吸着土壌処理により、ミドリゾウリムシの細胞内には、それが可溶化した場合には30.4mMの濃度に匹敵するセシウムが蓄積していた。この濃度は、下記参考例によりわかった細胞外液中の可溶性セシウム溶液の耐性限界を超える高濃度である。従って、ミドリゾウリムシは高濃度のセシウムを無害な状態で細胞内に蓄積する能力があることが示唆された。
【0042】
(参考例:ミドリゾウリムシの可溶性セシウム耐性)
方法:「共生藻あり」の株をさまざまな濃度の塩化セシウム(CsCl)溶液に懸濁し、24時間後の様子を観察した。用いたセシウム濃度は、0.1mM〜50mMである。
結果:
図3に示すように、1mM以下の濃度ではミドリゾウリムシはセシウムなしの状態(control)と変わらず、細胞の形状・運動性・増殖の度合いは正常であった。一方、10mM以上の濃度では、細胞は死に、細胞内部にある共生藻が外液中に拡散していた。これより、ミドリゾウリムシの塩化セシウムに対する耐性は1mMであることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
放射性セシウムも、非放射性セシウムと同様にミドリゾウリムシに取り込まれるので、放射性セシウムで汚染された土壌、あるいは放射性セシウムで汚染された土壌粒子を含む河川水等の水系からのセシウム除去に本発明は有効に利用できる。本発明により、水中に溶解しているセシウム、および粘度等の土壌に強く結合した不溶性のセシウムが、ミドリゾウリムシに取り込まれ、ミドリゾウリムシ細胞内にセシウムが大量に蓄積されるので、効率的に土壌中のセシウムを除去することが可能になる。そして、本発明の処理方法は、セシウム汚染土壌またはその土壌を含む水系の現場における処理が比較的簡単に実現でき、処理に要する費用や時間を従来法と比較して大幅に軽減・短縮することが可能である。したがって、本発明は、広い範囲に大量に存在する汚染土壌の除染を可能にする。