【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム「小型高速18F−標識PETプローブ合成装置の実用化開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
瀧真清他,NEXT-A反応によるペプチドおよび蛋白質のN末端特異的PETプローブ標識,第5回バイオ関連化学シンポジウム 講演予稿集,2011年 9月12日,p. 14,1A-12, 全文
【文献】
瀧真清他,NEXT-A反応によるペプチドおよび蛋白質のN末端特異的18F標識,日本化学会第91春季年会(2011)講演予稿集III,2011年 3月11日,p. 772,3 B6-03, 全文
【文献】
川口淳他,NEXT-A反応に最適な基質ペプチドの探索,日本化学会第93春季年会(2013)講演予稿集III,2013年 3月 8日,p. 895,1 D5-13, 第1−6行
【文献】
黒岩浩行他,L/F-転移酵素によるポジトロン断層法(PET)利用可能なアミノ酸のペプチドN末端への転移速度,第4回バイオ関連化学シンポジウム 講演要旨集,2010年 9月24日,p. 60,2P-40
【文献】
TAKI, Masumi et al.,The NEXT-A (N-terminal EXtension with Transferase and ARS) reaction,Nucleic Acids Symp. Ser.,2009年,No. 53,p. 37-38
【文献】
EBISU, Keitaro et al.,N-terminal specific point-immobilization of active proteins by the one-pot NEXT-A method,ChemBioChem,2009年,Vol. 10,p. 2460-2464
【文献】
生化学,2009年,第81巻, 第4号,p. 294-298
【文献】
Nature,2007年,Vol. 449,p. 867-871
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質と、アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素とを混合し、前記ペプチド又はタンパク質と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を形成する工程と、
前記複合体と、導入すべきフッ素含有アミノ酸、tRNA、及びアミノアシルtRNA合成酵素を含む試薬溶液とを混合して、前記ペプチド又はタンパク質に前記フッ素含有アミノ酸を導入する工程とを含む、ペプチド又はタンパク質にフッ素含有アミノ酸を導入する方法。
前記複合体の形成工程において、前記ペプチド又はタンパク質を、前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素に対して、モル比で表して、2/1〜10,000/1の量で用いる、請求項1又は2に記載の方法。
前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素が、ロイシル/フェニルアラニルtRNAタンパク質転移酵素(L/F−T)である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
前記フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質のN末端残基が塩基性アミノ酸残基であり、前記フッ素含有アミノ酸が前記ペプチド又はタンパク質のN末端に導入される、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
糖代謝活性を利用する
18F標識診断薬は臨床的に使用されているが、がん診断によっては適用できないものもある。一方で、がん以外の疾病診断におけるPETの利用も大いに期待されている。このため、がんの超早期診断、脳神経疾患及び循環器系疾患診断に用いる、[
18F]FDG以外の放射性診断薬のためのプローブが多数提案されてきた。しかし、それらの多種の新規プローブの合成のために、従来の自動合成装置をプローブごとに設計及び製作しなければならず、著しく非効率であった。この非効率さは、新規プローブの開発を妨げる原因となっていた。
【0007】
なお、従来から[
18F]SFB(N−スクシンイミジル−4−[
18F] フルオロベンゾエート)が、ペプチド、タンパク質その他の高分子を
18F標識する試薬として広く用いられてきた。しかしながら、[
18F] SFBを用いてバッチ合成する場合、合成時間に1〜1.5時間もの長い時間を必要とする。また、操作も煩雑である。このため、[
18F] SFBを用いた合成が可能な施設は一部に限られていた。さらに
18F標識部位を選択的に指定できず、ペプチドやタンパク質の活性を損なう可能性があるため、
18F標識可能なペプチド、タンパク質が限られていた。
【0008】
一方、
18F標識アミノ酸をペプチドやタンパク質に導入する方法は、標識されるペプチドやタンパク質の機能を損なわない点で好ましい。
18F標識アミノ酸の導入手法としては、ペプチド合成法、遺伝子工学的方法及び酵素化学的方法が挙げられる。しかしながら、ペプチド合成法ではアミノ酸1分子の導入に1日以上の時間がかかり、遺伝子工学的方法では手間が煩雑であり、酵素化学的方法では導入効率があまり良くないという問題があった。
【0009】
例えば、特開2009−106268号公報に開示のNexta法(酵素化学的方法)によれば、1)目的ペプチド又はタンパク質、2)導入すべきフッ素含有アミノ酸、3)tRNA、4)アミノアシルtRNA合成酵素、及び5)アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素を含む混合溶液を用いて、前記目的ペプチド又はタンパク質に前記フッ素含有アミノ酸が導入される(請求項1)。tRNAのアミノアシル化、アミノ酸の目的ペプチド又はタンパク質への転移反応が引き続いて起こり、アミノアシルtRNAは系中で自発的に作製され、また、tRNAは、触媒として働き再利用される([0010])。この方法では、20分間で反応が完了する旨が開示されている([0031])。
【0010】
しかしながら、導入すべきフッ素含有アミノ酸が[
18F]含有アミノ酸の場合には、従来のNexta法を用いることには問題があった。すなわち、まず、[
18F]含有アミノ酸を調製(合成、精製、放射化学的純度の検査など)するために、20〜30分間程度は要する。続いて、調製された[
18F]含有アミノ酸を従来のNexta法に供すると、Nexta法自体で20分間を要するので、
18F標識アミノ酸をペプチドやタンパク質に導入するには、トータル時間として40〜50分間程度は要する。そうすると、放射性同位体
18Fの半減期が110分であることから判断して、Nexta法の時間短縮が必要である。
【0011】
そこで、本発明の目的は、酵素化学的方法を用いて従来の方法より短時間でフッ素含有アミノ酸をペプチドやタンパク質に導入することのできる方法を提供することにある。とりわけ、本発明の目的は、酵素化学的方法を用いて従来の方法より短時間で[
18F]含有アミノ酸をペプチドやタンパク質に導入することのできる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討の結果、フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質とアミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を予め形成しておき、その後、Nexta法類似反応を行わせることによって、フッ素含有アミノ酸の導入反応の時間を大幅に短縮できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は、以下の発明を含む。
【0014】
(1) フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質と、アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素とを混合し、前記ペプチド又はタンパク質と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を形成する工程と、
前記複合体と、導入すべきフッ素含有アミノ酸、tRNA、及びアミノアシルtRNA合成酵素を含む試薬溶液とを混合して、前記ペプチド又はタンパク質に前記フッ素含有アミノ酸を導入する工程とを含む、ペプチド又はタンパク質にフッ素含有アミノ酸を導入する方法。
【0015】
(2) 前記複合体の形成工程において、前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素に対して、過剰モル量の前記ペプチド又はタンパク質を用いる、上記(1)に記載の方法。
【0016】
(3) 前記複合体の形成工程において、前記ペプチド又はタンパク質を、前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素に対して、モル比で表して、2/1〜10,000/1の量で用いる、上記(1)又は(2)に記載の方法。
【0017】
(4) 前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素が、ロイシル/フェニルアラニルtRNAタンパク質転移酵素(L/F−T)である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【0018】
(5) 前記フッ素含有アミノ酸は、[
18F]を含む、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
【0019】
(6) 前記フッ素含有アミノ酸が、2−アミノ−3−(4−[
18F]フルオロメトキシフェニル)プロピオン酸([
18F]FMT)及び2−アミノ−3−[4−(2−[
18F]フルオロエトキシ)フェニル]プロピオン酸([
18F]FET)からなる群から選ばれる、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
【0020】
(7) 前記フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質のN末端残基が塩基性アミノ酸残基であり、前記フッ素含有アミノ酸が前記ペプチド又はタンパク質のN末端に導入される、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
【0021】
本発明において「ペプチド」とは、2個以上のアミノ酸を含有するアミノ酸配列を有するものをいう。また、本発明において「タンパク質」とは、分子量5,000以上のペプチドをいう。さらに、本発明におけるタンパク質は、例えば生体内で産生されたものである場合には、生体内で何らかの機能・活性を示し得るペプチドである。
【0022】
本発明における「アミノ酸」には、α−、β−、γ−アミノ酸が含まれる。
【0023】
本発明においては、「フッ素を導入する」ことはフッ素含有アミノ酸を導入することによって行うため、本明細書において、「フッ素導入」はフッ素含有アミノ酸の導入と同じ意味で用いる。
【0024】
さらに、本発明において、酵素化学的方法を用いてフッ素含有アミノ酸をペプチド又はタンパク質に、より効率よく導入するために、以下の(2−1)〜(2−10)のようにしてもよい。すなわち、上記の方法において、
18F標識アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質に、あらかじめ特定の配列を付加して活性化ペプチド又はタンパク質としておくことで、
18F標識アミノ酸の導入効率が向上する。活性化配列の導入は、任意工程である。
【0025】
(2−1)
N末端アミノ酸残基として塩基性アミノ酸残基と、前記N末端アミノ酸残基に隣接するアミノ酸残基として、側鎖に水酸基を有するアミノ酸残基、側鎖に正電荷を有する親水性アミノ酸残基、若しくは側鎖が−H、−CH
3又は−C(CH
3)C
2H
5であるアミノ酸残基とを少なくとも有する活性化配列を、フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質に付加し、活性化ペプチド又はタンパク質を得る工程と、
得られた活性化ペプチド又はタンパク質と、アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素とを混合し、前記ペプチド又はタンパク質と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を形成する工程と、
前記複合体と、導入すべきフッ素含有アミノ酸、tRNA、及びアミノアシルtRNA合成酵素を含む試薬溶液とを混合して、前記ペプチド又はタンパク質に前記フッ素含有アミノ酸を導入する工程とを含む、ペプチド又はタンパク質にフッ素含有アミノ酸を導入する方法。
【0026】
(2−2)
前記フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質のN末端残基が塩基性アミノ酸残基でない、上記(2−1)の方法。
【0027】
(2−3)
前記フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基が、側鎖に水酸基を有するアミノ酸残基、側鎖に正電荷を有する親水性アミノ酸残基、及び側鎖が−H、−CH
3、−C(CH
3)C
2H
5及び−CH
2CONH
2であるアミノ酸残基のいずれでもない、上記(2−2)の方法。
【0028】
(2−4)
前記活性化配列における前記水酸基を有するアミノ酸が、セリン又はトレオニンである、上記(2−1)〜(2−3)のいずれかの方法。
【0029】
(2−5)
前記活性化配列における前記正電荷を有する親水性アミノ酸残基が、リジン又はアルギニンである、上記(2−1)〜(2−4)のいずれかの方法。
【0030】
(2−6)
前記活性化配列における前記2番目のアミノ酸残基が、グリシン、アラニン、イソロイシン、チロシン又はアスパラギンである、上記(2−1)〜(2−3)のいずれかの方法。
【0031】
(2−7)
前記活性化配列が、スペーサ基を含む、上記(2−1)〜(2−6)のいずれかの方法。
【0032】
(2−8)
前記スペーサ基がペプチドである、上記(2−7)の方法。
【0033】
(2−9)
前記スペーサ基が炭素数2〜6のアルキレンオキシド含有基である、上記(2−7)の方法。
【0034】
(2−10)
前記塩基性アミノ酸残基がリジン残基又はアルギニン残基である、上記(2−1)〜(2−9)のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0035】
本発明において、フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質とアミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を予め形成しておき、その後、Nexta法類似反応を行わせることによって、フッ素含有アミノ酸の導入反応の時間を大幅に短縮(例えば、1分以下の時間)できる。このため、本発明の方法は、放射性同位体
18Fの半減期が110分であることから判断して、[
18F]含有アミノ酸をペプチド又はタンパク質に導入するために非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
[1.フッ素を導入すべきタンパク質又はペプチド]
フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質は、天然のアミノ酸配列を有するもの及び非天然のアミノ酸配列を有するものを問わない。天然のアミノ酸配列を有するペプチド又はタンパク質は、例えば種々の生物の生体内からの単離により得られるものでありうる。あるいは、遺伝子工学的手法や有機合成などの公知の手法を用いて人工的に産生されたものでありうる。非天然のアミノ酸配列を有するペプチド又はタンパク質も、遺伝子工学的手法や有機合成などの公知の手法を用いて人工的に産生されたものでありうる。
【0038】
フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質の配列に特に制限はないが、Nexta法進行のために、N末端残基は塩基性アミノ酸残基(例えばリジン残基やアルギニン残基)である。
【0039】
ただし、[2.活性化配列]に説明するように、前記ペプチド又はタンパク質とアミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体形成の前に、予め、フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質に活性化配列を付加して、活性化ペプチド又はタンパク質としてもよい。
【0040】
[2.活性化配列]
フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質は、任意に、複合体形成の前(フッ素導入前)に、活性化配列が付加されることによって、活性化ペプチド又はタンパク質に変換される。
【0041】
活性化配列は、特定の2アミノ酸残基からなるペプチド配列を少なくとも含む。特定の2アミノ酸残基は、それぞれ、天然アミノ酸に由来する残基であってもよいし、非天然アミノ酸に由来する残基であってもよい。
【0042】
活性化配列のN末端アミノ酸残基は、塩基性アミノ酸である。具体的には、リジン残基やアルギニン残基が挙げられる。
【0043】
また、活性化配列のN末端アミノ酸残基に隣接するアミノ酸残基(すなわちN末端から2番目のアミノ酸残基)としては、以下が挙げられる。
・側鎖に水酸基を有するアミノ酸残基(水酸基は、通常の水酸基及びフェノール性水酸基を含む)
・側鎖に正電荷を有する親水性アミノ酸残基
・側鎖が−H、−CH
3、−C(CH
3)C
2H
5又は−CH
2CONH
2であるアミノ酸残基
【0044】
これらのアミノ酸残基のうち、フッ素導入反応の活性化効率の高さに鑑みると、側鎖に(フェノール性水酸基でない)通常の水酸基を有するアミノ酸残基、及び側鎖に正電荷を有する親水性アミノ酸残基がより好ましい。
【0045】
側鎖に水酸基を有するアミノ酸の例としては、セリン、トレオニン及びチロシン等が挙げられる。側鎖に正電荷を有する親水性アミノ酸の例としては、リジン及びアルギニン等が挙げられる。側鎖が−Hであるアミノ酸の例としてはグリシン、側鎖が−CH
3であるアミノ酸の例としてはアラニン、側鎖が−C(CH
3)C
2H
5であるアミノ酸の例としてはイソロイシン、側鎖が−CH
2CONH
2であるアミノ酸の例としてはアスパラギンが挙げられる。
【0046】
2番目のアミノ残基が天然のα−アミノ酸のものである場合、活性化効率の高さは、おおよそ、セリン、アルギニン、トレオニン、リジン、グリシン、アラニン、イソロイシン、チロシン及びアスパラギンの順であることが本発明者らによって確認されている。
【0047】
活性化配列は、2番目のアミノ酸残基に結合したスペーサ基を含むことができる。スペーサ基は、後述のフッ素含有アミノ酸導入工程で用いられる酵素の基質結合ポケットに好ましく適合する構造を活性化配列に与えることができる。
【0048】
スペーサ基は、ペプチド鎖であってもよいし、それ以外の構造であってもよい。ペプチド以外の構造の一例としては2価の有機基が挙げられる。2価の有機基としては、アルキレンオキシド含有基が挙げられる。アルキレンオキシド含有基におけるアルキレンオキシドとしては、炭素数2〜6のアルキレンオキシドであってよく、好ましくは、エチレンオキシドやプロピレンオキシドである。2価の有機基は、これらを繰り返し単位とするポリアルキレンオキシド含有基であってよい。また、スペーサ基には、本発明と組み合わされる種々の測定法や検出法等に応じて、当業者によって適宜、同位体標識や蛍光標識等がなされていてもよい。
【0049】
[3.活性化配列の付加]
活性化配列は、任意に、フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質に付加される。好ましくは、活性化配列は、フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質のN末端に付加される。これにより、活性化されたペプチド又はタンパク質を得る。
【0050】
活性化配列がN末端アミノ酸残基及びそれに隣接するアミノ酸残基(N末端から2番目のアミノ酸残基)のみからなる場合は、当該2番目のアミノ酸残基が、フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質に結合する。活性化配列がスペーサ基を有する場合は、スペーサ基が、フッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質に結合する。
【0051】
活性化配列を付加する手法は、活性化配列とフッ素を導入すべきペプチド又はタンパク質との結合様式に応じ、当業者が適宜選択することができる。
【0052】
例えば、当該結合様式がペプチド結合である場合は、通常のペプチド合成法を用いることができる。より具体的には、ペプチド固相合成法などがある。表面をアミノ基で修飾した直径0.1mm程度のポリスチレン高分子ゲルのビーズなどを固相として用い、ここから脱水反応によって1つずつアミノ酸鎖を伸長していく。目的とするペプチドの配列が出来上がったら固相表面から切り出し、目的の物質を得る。また、タンパク質のN末を任意の配列にするためには、大腸菌を用いたタンパク合成の段階で、操作した遺伝子を使用し任意の配列に組み替えることが可能である。
【0053】
結合様式がペプチド結合でない場合(PEG鎖の場合等)は、対象となるリンカーの末端に活性エステル基(コハク酸イミド)等を用い、ペプチド・タンパク質のN末端のアミノ酸と反応させる方法で導入する。
【0054】
[4.複合体の形成]
フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチド又はタンパク質と、アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素とを混合し、前記ペプチド又はタンパク質と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を形成する。活性化配列を任意に導入した場合には、得られた活性化ペプチド又はタンパク質と、アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素とを混合し、前記ペプチド又はタンパク質と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体を形成する。
【0055】
アミノアシルtRNAタンパク質合成転移酵素は、tRNAの3‘末端に付加されたアミノ酸をタンパク質のアミノ末端(N末端)へ転移し、遺伝暗号を介することなくペプチド結合形成反応を触媒する酵素である。アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素としては、野生型であってもよいし、野生型と同様の機能を有する変異型であってもよい。アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素は、公知の方法(例えば遺伝子工学的手法)に従って当業者が適宜合成することにより、あるいは、市販のものを購入することにより用意することができる。
【0056】
アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素の具体例として、ロイシル/フェニルアラニルtRNAタンパク質転移酵素(L/F転移酵素)を用いることができる。L/F転移酵素は大腸菌由来であり、tRNAに結合しているフェニルアラニンや、ロイシン、メチオニンなどの疎水性アミノ酸を、N末端にリジンやアルギニンを有するペプチド又はタンパク質に転移させる反応を触媒する酵素である。
【0057】
前記複合体の形成工程において、前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素に対して、過剰モル量の前記ペプチド又はタンパク質を用いる。例えば、前記ペプチド又はタンパク質(P)を、前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素(T)に対して、モル比(P/T)で表して、例えば、2/1〜10,000/1の量で、好ましくは10/1〜2,000/1の量で、より好ましくは50/1〜500/1の量で用いるとよい。前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素に対して、過剰モル量の前記ペプチド又はタンパク質を用いることにより、ほぼ全ての前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素が、前記ペプチド又はタンパク質との複合体に変換される。予め複合体を形成しておき、その後、Nexta法類似反応を行わせることによって、反応サイクルが効率よく行われ、複合体へのフッ素含有アミノ酸の導入反応の時間を大幅に短縮(例えば、1分以下の時間)できる。前記フッ素含有アミノ酸が[
18F] 含有アミノ酸の場合に大きな利点がある。
【0058】
[5.フッ素を有するアミノ酸]
フッ素を有するアミノ酸は、アミノ酸の基本骨格(同一分子内にアミノ基とカルボキシル基とを有する構造)にフッ素が導入された分子である。例えば、基本骨格としての天然又は非天然アミノ酸に、フッ素置換によって、あるいはフッ素含有基による標識によってフッ素が導入された分子が挙げられる。フッ素の核種は問わないが、特に放射性同位体
18Fは、PETプローブへの用途において有用である点で好ましい。
【0059】
フッ素を有するアミノ酸は、適宜、フッ素以外の標識や修飾をさらに有していることを許容する。標識の例としては、安定同位体標識や蛍光標識等が挙げられる。この場合、安定同位体による質量値や蛍光標識によるシグナルに基づいて測定や検出を行うことができる。修飾の例としては、酵素基質、抗原性物質による修飾等が挙げられる。この場合、酵素化学的手法又は酵素免疫科学的手法に基づいて検出や精製を行うことができる。
【0060】
フッ素を有するアミノ酸の具体例としては、以下が挙げられる。
・2−アミノ−3−(2,3,4,5,6−ペンタフルオロフェニル)プロピオン酸
(すなわちペンタフルオロフェニルアラニン)
・2−アミノ−3−(4−フルオロメトキシフェニル)プロピオン酸
(すなわちフルオロメチルチロシン)
・2−アミノ−3−[4−(2−フルオロエトキシ)フェニル]プロピオン酸
(すなわちフルオロエチルチロシン)
【0061】
この中でも、本発明においては、2−アミノ−3−(4−フルオロメトキシフェニル)プロピオン酸、及び2−アミノ−3−[4−(2−フルオロエトキシ)フェニル]プロピオン酸が好ましく、それらの放射性同位体標識体である2−アミノ−3−(4−[
18F]フルオロメトキシフェニル)プロピオン酸、2−アミノ−3−[4−(2−[
18F]フルオロエトキシ)フェニル]プロピオン酸がより好ましい。フッ素を有するアミノ酸は、後述のアミノアシルtRNA合成酵素及びアミノアシルtRNAタンパク質転移酵素に応じて適宜選択される。
【0062】
[6.フッ素を有するアミノ酸の導入]
前記ペプチド又はタンパク質(あるいは、任意に活性化されたペプチド又はタンパク質)と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体に、フッ素を有するアミノ酸が導入される。この際、tRNA、及びアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)を含む試薬溶液が用いられる。
【0063】
tRNAは、アミノアシルtRNA合成酵素によるアミノアシル化でアミノアシルtRNAへ変換されることができ、且つアミノアシルtRNAのアミノアシル基がアミノアシルtRNAタンパク質転移酵素(本発明においては、前記複合体となっている)によりペプチド又はタンパク質に転移されることができるものであればよく、天然物及び非天然物を問わない。従って、tRNAの構造としてクローバーリーフ二次構造を有しているか否かは限定されず、その大きさも限定されない。tRNAは、公知の方法に従って当業者が適宜合成することにより、あるいは、市販のものを購入することにより用意することができる。具体的なtRNAの例としては、tRNA
PheやtRNA
Leu等が挙げられる。
【0064】
アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)は、一般的にはリボソームでの遺伝暗号の翻訳における基質となるアミノアシルtRNAの合成を担う酵素である。aaRSとしては、野生型及び変異型を問わない。aaRSは、公知の方法(例えば遺伝子工学的手法)に従って当業者が適宜合成することにより、あるいは、市販のものを購入することにより用意することができる。
【0065】
野生型aaRSとしては、タンパク質を合成するのに使われる20種のアミノ酸それぞれに対する基質特異性を有する20種が存在し、例えば、リジンに対応するaaRSはリジルtRNA合成酵素と呼ばれる。本発明においては、導入すべきフッ素含有アミノ酸におけるアミノ酸基本骨格に対応する(すなわちアミノ酸基本骨格に対し基質特異性を有する)aaRSを用いることができる。
【0066】
変異型aaRSとしては、フッ素不含アミノ酸に対する基質特異性よりも、フッ素含有アミノ酸に対する基質特異性の方が高くなるような変異が生じているaaRS変異体が用いられる。例えば、フェニルアラニンに対する基質特異性よりも、フルオロメチルチロシンやフルオロエチルチロシンに対する基質特異性の方が高い、大腸菌由来フェニルアラニルtRNA合成酵素変異体(Ala294→Gly)(Chembiochem, 2002, 02-03, 235-237)を用いることができる。
【0067】
試薬溶液中には、フッ素含有アミノ酸の導入反応に好適な緩衝液、塩類、還元剤、ポリアミン、及びエネルギー源等を適宜含ませることができる。緩衝液としては、例えばHepes緩衝液、Tris−酢酸等が挙げられる。塩類としては、マグネシウム塩、カリウム塩等が挙げられる。還元剤としては、DTT(ジチオトレイトール)等が挙げられる。ポリアミンとしては、スペルミジン等が挙げられる。エネルギー源としては、アデノシン三リン酸等が挙げられる。より具体的な例を挙げると、終濃度での組成が、10mM MgCl
2、1mM Spermidine、50mM Hepes緩衝液(pH7.6)であるA液と、終濃度での組成が2.5mM ATP、20mM KCl、2mM DTTであるB液とを混合して用いることができる。
【0068】
前記ペプチド又はタンパク質(あるいは、任意に活性化されたペプチド又はタンパク質)と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体と、試薬溶液との混合液中における各成分の濃度は、任意に設定することができる。
例えば、混合液中における前記ペプチド又はタンパク質の複合体とtRNAとのモル比は、30:1〜1:1、さらに好ましくは10:1〜4:1である。本発明においては、tRNAは系中で再利用されるため、使用量は少量でよい。混合液中における前記ペプチド又はタンパク質の複合体とアミノアシルtRNA合成酵素とのモル比は、100:1〜2:1、さらに好ましくは50:1〜20:1である。混合液中における前記ペプチド又はタンパク質の複合体とフッ素含有アミノ酸とのモル比は、100:1〜1:1000、より好ましくは25:1〜1:400、さらに好ましくは1:1〜1:120である。フッ素含有アミノ酸は、前記ペプチド又はタンパク質の複合体に比べて少量でも導入されることが可能である一方、前記ペプチド又はタンパク質の複合体に比べて過剰量であっても反応系を阻害することはないと考えられる。従って、放射性同位体フッ素含有アミノ酸のように貴重なフッ素含有アミノ酸を使用する場合は、前記ペプチド又はタンパク質の複合体に対してフッ素含有アミノ酸の使用量を少量に抑えることができ、反対に活性化ペプチド又はタンパク質の複合体の方がより貴重である場合は、フッ素含有アミノ酸に対して活性化ペプチド又はタンパク質の複合体の使用量を少量に抑えることができる。前記ペプチド又はタンパク質(任意に活性化されたペプチド又はタンパク質)と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体が予め形成されているので、複合体に対してフッ素含有アミノ酸の導入反応は非常に早い。
【0069】
温度およびpHなどの反応条件は、使用する酵素などに応じて任意の条件を選択できる。反応温度は、好ましくは0℃〜50℃、さらに好ましくは4℃〜37℃である。反応pHは、好ましくは6〜9、さらに好ましくは7〜8である。反応時間は、10分程度あれば十分であり、1分程度までで反応が完了する。前記フッ素含有アミノ酸が[
18F] 含有アミノ酸の場合に大きな利点がある。
【0070】
フッ素を有するアミノ酸の導入においては、前記ペプチド又はタンパク質(あるいは、任意に活性化されたペプチド又はタンパク質)と前記アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素との複合体と、導入すべきフッ素含有アミノ酸、tRNA、及びアミノアシルtRNA合成酵素を含む試薬溶液とが混合された反応液を調製する。各成分は一度に混合されてもよいし、任意の順番で混合されてもよい。また、フッ素含有アミノ酸は1種又は複数種を用いることができる。
【0071】
反応液がインキュベーション(例えば37℃、60分間)に供されることよりフッ素含有アミノ酸導入反応が進行する。前記フッ素含有アミノ酸が[
18F] 含有アミノ酸の場合には、インキュベーションは短い時間、例えば10分程度以下、好ましくは5分程度、より好ましくは1分程度までの時間とすべきである。
【0072】
反応の停止は、例えばTFA(トリフルオロ酢酸)水溶液を混合することにより行うことができる。
【0073】
反応停止後は、濃縮脱塩処理によりフッ素含有アミノ酸が導入されたペプチド又はタンパク質を目的物として回収する。例えばZipTip処理により濃縮脱塩処理することにより、精製された目的物を精製することができる。
【0074】
[7.ペプチド又はタンパク質のフッ素導入キット]
本発明において、上述のペプチド又はタンパク質にフッ素を導入する方法に使用することができるキットが提供される。アイテムとして、少なくとも、tRNA、アミノアシルtRNA合成酵素、及びアミノアシルtRNAタンパク質転移酵素を含む。各アイテムは、それぞれ別々の容器中に存在する状態で提供されてもよいし、例えば、tRNA、及びアミノアシルtRNA合成酵素が1個の容器中に共存する状態で提供されてもよい。アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素はそれ単独で容器に存在する。好ましくは、フッ素含有アミノ酸(例えば、フェニルアラニン及びその誘導体)が1種又は複数種含まれる。また、上述の緩衝液、塩類、還元剤、ポリアミン、及びエネルギー源等が含まれていてもよい。
【実施例】
【0075】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0076】
[実施例1]
フッ素含有アミノ酸を導入すべきペプチドとして、Lys-Bradykinin を用いた。
フッ素含有アミノ酸として、コールド体の2−アミノ−3−[4−(2−フルオロエトキシ)フェニル]プロピオン酸(フルオロエチルチロシン:FET)を用いた。
アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素として、ロイシル/フェニルアラニルtRNAタンパク質転移酵素(L/F−T)を用いた。
【0077】
アミノ酸導入工程における終濃度での組成が、
MgCl
2 10mM
Spermidine 1mM
Hepes緩衝液(pH 7.6) 50mM
L/F−T 2μM ea
Lys-Bradykinin 0.17mM ea
となるようにして、37℃、5分間インキュベートして、全てのL/F−T分子を、L/F−T/Lys-Bradykinin複合体とした(複合体溶液A)。
【0078】
別途、アミノ酸導入工程における終濃度での組成が、
MgCl
2 10mM
Spermidine 1mM
Hepes緩衝液(pH 7.6) 50mM
tRNA 6μM
FET 2μM
ARS 2μM
となるようにして、37℃、10分間インキュベートして、アミノアシルtRNAを形成した(試薬溶液B)。
【0079】
L/F−T:ARS:FETのモル比は、1:1:1とした。
【0080】
複合体溶液Aに、試薬溶液Bを加え、37℃、10分間インキュベートして、Lys-BradykininにFETを導入した。
【0081】
反応初期(0分、複合体溶液Aと試薬溶液Bの混合時)、反応1分、反応10分の各時点で、蛍光検出HPLC(日本分光社製、PU2085)により、反応効率を算出した。
【0082】
・蛍光検出条件:ex.274nm em.300nm
(時間経過に伴うFETの減少量を蛍光検出することで、反応効率を算出した)
・展開条件:0.1% TFA(0−2min)
0.1% TFA−AN(0−100%;2−12min)
【0083】
初期0分、インキュベート1分、インキュベート10分の各時点での蛍光検出HPLCの測定結果を
図1に示す。横軸:保持時間(Retention Time [min]),縦軸:強度 (Intensity)。
【0084】
図1から、インキュベート1分でFET由来のピークは消失し、Lys-Bradykininと結合したFETのピークが検出された。さらに、インキュベート10分においても反応効率に変化は見られなかった。このことから、Lys-BradykininへのFET導入の反応時間は1分以下であると推測される。