【実施例】
【0052】
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、下記実施例は本発明について具体的な認識を得る一助としてのみ挙げたものであり、これによって本発明の範囲が何ら制限されるものではない。
【0053】
実施例1;標準溶液の調製
(1)材料
バソプレシン(AVP)、デスモプレシン(dDAVP)は、それぞれ、株式会社ペプチド研究所、SIGMA−ALDRICHから購入したものを使用した。また、NH
2−
CY(F)
*QNCP−(D−Arg)−G−CONH
2(bio SYNTHESIS社製、以下「
3H
10−AVP」と略す)をAVPの、mercaptopropionyl
−Y(F)
*QNCP−(D−Arg)−G−CONH
2(bio SYNTHESIS社製、以下「
3H
10−dDAVP」と略す)をdDAVPの内部標準物質とした。
【0054】
(2)溶媒の調製
分離用溶媒の調製には、酢酸(関東化学社製、特級)、ギ酸(関東化学社製、特級)、メタノール(和光純薬工業社製、LC/MS用)、アセトニトリル(和光純薬工業社製、LC/MS用)を使用した。
(i)0.01%酢酸水溶液の調製
1000mLのメスフラスコにMilli−Q水を適当量入れ、これに酢酸を0.1mL加えた後、Milli−Q水で定容した。
(ii)1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液の調製
アセトニトリルの5mLにMilli−Q水を95mL加え、5%アセトニトリル水溶液を100mL調製した。100mLのメスフラスコに1mLの酢酸を量り取り、5%アセトニトリル水溶液で定容した。
(iii)1%ギ酸含有75%アセトニトリル水溶液の調製
アセトニトリルの75mLにMilli−Q水を25mL加え、75%アセトニトリル水溶液を100mL調製した。100mLのメスフラスコに1mLのギ酸を量り取り、75%アセトニトリル水溶液で定容した。
【0055】
(3)標準溶液の調製
AVP、dDAVP、および内部標準物質は、1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液に溶解した。この溶媒組成は、これらの化合物のポリプロピレンへの吸着を防止するために好ましい。
【0056】
AVPをインティジェンス電天秤(ME215S,ザルトリウス、読取限界0.01mg)で正確に0.5mg量り取り、これに1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液を0.92mL加えて完全に溶解し、500μmol/Lの濃度に調製し、これをAVP標準溶液とした。dDAVPについても同様に500μmol/L濃度に調製し、これをdDAVP標準溶液とした。
【0057】
上記各標準溶液を、1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液で5倍に希釈し、イオン化
の最適条件の設定および測定するイオンの選択に使用するチューニング溶液とした。
【0058】
上記各標準溶液を、1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液で希釈し、500nmol/L AVP希釈液および1000nmol/L dDAVP希釈液を調製した。AVP希釈液10μLとdDAVP希釈液50μLを合わせ、1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液を940μL加えて、5nmol/L AVPおよび50nmol/L dDAVPを含有するAVP・dDAVP混合液を調製した。この混合液を順次段階希釈し、AVPの濃度がそれぞれ800、400、200、40、20、4、2pmol/Lであり、且つ、dDAVPの濃度がそれぞれ8000、4000、2000、400、200、40、20pmol/Lである、検量線用混合標準溶液を調製した。
【0059】
実施例2;質量分析条件の決定(感度の調整)
上記各標準溶液を用いて、高感度にAVP及びdDAVPを測定可能な質量分析条件を、以下の手順で決定した。
【0060】
図1のコネクターを二方から三方に切り替え、シリンジポンプを用いて標準溶液をイオン源に導入した。その際、HPLCポンプ(Prominence LC−20A、島津製作所社製)を用いて混合した移動相を標準溶液と共にイオン源に導入した。
【0061】
定量に使用するプリカーサーイオン(親イオン)を確認しながら、このイオン強度が最高となるように質量分析計(QTRAP 5500、AB SCIEX)のイオン源(ESI、Turbo V Spray、AB SCIEX)の噴霧位置を調整した。
【0062】
噴霧位置の調整完了後、デクラスタリングポテンシャル(オリフィス電圧;DP)、イオンを引き込む電圧(EP)、印加する高電圧(イオンスプレー電圧;IS)、GS1及びGS2のガス圧力(GS1、GS2)、ならびに温度(TEM)を調整した。
【0063】
次いでプリカーサーイオン(親イオン)からプロダクトイオン(娘イオン)を検索し、そのイオン強度が最大となるように分析管を調整した。調整したパラメーターは、衝突開裂に関与するエネルギー電圧(CE、AF2)と衝突するガス量(CAD)である。
【0064】
LC−MS/MS測定(MRM)を行う場合の分析条件の設定は、以上で完了とした。
【0065】
LC−MS/MS/MS測定を行う場合は、さらに、選択したプロダクトイオンをプリカーサーイオン(親イオン)として設定し、イオントラップの条件設定を行った。設定したイオントラップの条件は、イオンをトラップフィールド内に留める電圧と時間、およびトラップ内で衝突開裂するためのイオン振幅に関わる電圧である。
【0066】
以上の操作を選択するイオンのそれぞれについて行い、決定した条件を各イオンの測定条件として質量分析計の制御PCに保存した。このような分析条件の決定は、AVP及びdDAVPの分析に限られず、インクレチン等の他の蛋白質の分析の際にも同様に行うことができる。
【0067】
また、内部標準物質は一定量が添加されるものであり測定結果が大きく変化することが無いため、LC−MS/MS(MRM)モードでの測定用に測定条件の設定を行った。
【0068】
上記方法により決定した、質量分析条件を表1〜5に示す。AVPおよびdDAVPに共通のイオン化条件を表1に示す。AVP測定の際の、LC−MS/MS/MSの分析条件を表2に、内部標準物質をLC−MS/MS(MRM)で測定する条件を表3に示した。dDAVP測定の際の、LC−MS/MS/MSの分析条件を表4に、内部標準物質を
LC−MS/MS(MRM)で測定する条件を表5に示した。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
【表5】
【0074】
実施例3;HPLC条件の設定
実施例1において作製した検量線用混合標準溶液を用いて、AVPとdDAVPを分離できるHPLC条件を検討した。
【0075】
HPLC装置としては、Prominence LC−20A(株式会社島津製作所社製)を使用し、HPLCカラムとしては、XBridge(商標) BEH300 C18 column(粒子径3.5μm、内径2.1mm x長さ50mm;Waters社製)を使用した。
【0076】
分離溶液としては、水系移動相として0.01%酢酸水溶液を、有機溶媒系移動相とし
てメタノールを、ポンプで混合して使用した。
【0077】
AVPとdDAVPを分離できるHPLC条件の一例を表6に示した。このようにしてAVPとdDAVPを分離することにより、質量分析計においてAVPとdDAVPとを区別して測定することができる。
【0078】
【表6】
【0079】
実施例4;抽出条件の設定
質量分析計による分析を実施する前に、生体試料を固相抽出による前処理に供した。
【0080】
検量線用サンプルとしては、コンセーラ(精度管理用凍結乾燥プール血清、日水製薬株式会社)350μLに、検量線用混合標準溶液を35μL、内部標準混合溶液(1400pmol/L
3H
5−AVPと14000pmol/L
3H
5−dDAVPの混合液)を15μL添加したものを使用した。対照サンプルとしては、コンセーラ350μLに、1%酢酸含有5%アセトニトリル溶液を35μL、内部標準混合溶液を15μL添加したものを使用した。
【0081】
次いで、各サンプルに、4%リン酸水溶液を350μL加え、毎分10,000回転で10分間、4℃に設定して遠心分離(CF16RXII、日立工機)を行った。
【0082】
次いで、以下の手順で固相抽出を行った。固相抽出にはOASIS(登録商標) WCX μElution Plate (Waters社製)を使用した。OASIS(登録商標) WCX μElution Plateは、500μLのアセトニトリルで洗浄後、同量のMilli Q水(MilliQ Synthesis、日本ミリポア社製)で平衡化を行った。平衡化後の固相に遠心分離した各サンプルの上清を全量添加した後、500μLの5%アンモニア水と500μLの75%アセトニトリル水溶液で洗浄した。洗浄後、200μLの1%ギ酸含有75%アセトニトリル水溶液を用いて固相からAVPおよびdDAVPを溶出した。
【0083】
溶出液は、遠心エバポレータを用いて、50℃、90分間の乾燥を行い、残渣に1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液を100μL加えて溶解し、測定用サンプルとした。
【0084】
実施例5;検出下限および定量下限の検討
実施例2〜4に従って決定した生体試料の前処理法、HPLCの条件、質量分析の条件に従って、本願発明の分析法によるAVP及びdDAVPの検出および定量可能な下限値の検討を行った。
【0085】
AVPを1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液に溶解し、0.200、0.400、2.00、4.00、20.0、40.0、80.0pmol/LのAVP溶液を調製した。なお、0.200、0.400、2.00、4.00、20.0、40.0、80.0pmol/Lは、それぞれ、0.217、0.434、2.17、4.34、21.7、43.4、86.7pg/mLに相当する。
【0086】
dDAVPを1%酢酸含有5%アセトニトリル水溶液に溶解し、2.00、4.00、20.0、40.0、200、400、800pmol/LのdDAVP溶液を調製した。
【0087】
調製した各溶液をサンプルとして前記条件で3回測定し、得られた定量値から検出及び定量可能な下限値を検討した。測定結果を表7及び8に示す。表に示した通り、AVPは0.200〜80.0pmol/Lの全範囲で、dDAVPは2.00〜800pmol/Lの全範囲で直線性が保たれ、定量可能であることが示された。また、AVPの検出および定量下限は0.200pmol/L、dDAVPの検出および定量下限は2.00pmol/Lであった。
【0088】
一方、分離溶液の成分として、酢酸に代えてギ酸を用いて同様の実験を行ったところ、酢酸を用いた場合と比較して、検出感度の著しい低下が認められた。また、分離溶液の成分として、メタノールに代えてアセトニトリルを用いて同様の実験を行ったところ、メタノールを用いた場合と比較して、検出感度の著しい低下が認められた。
【0089】
一般的に、ギ酸は酢酸よりもイオン化し易く、アセトニトリルはメタノールよりも溶解性が高いことが知られている。よって、液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせた分析方法の分離溶媒として、酢酸とメタノールの組み合わせの方が効果が高いことは意外であった。
【0090】
【表7】
【0091】
【表8】
【0092】
実施例6;実検体を使用したAVPおよびdDAVPの測定
実施例1〜4によって決定した生体試料の前処理法、HPLCの条件、質量分析の条件を使用して、実検体25件の血漿中のAVP及びdDAVPの測定を実施した。測定結果を表9に示した。なお、表中、「BLQ」の表記は、定量範囲以下(Below LLOQ;below lower limit of quantitation)であることを示す。
【0093】
【表9】
【0094】
比較例1;抗体を使用したAVPの免疫学的測定
比較例として、従来AVPの測定に使用されている放射免疫測定(RIA)法によるAVPの測定を行った。測定キットとしてアルギニンバソプレッシンキットAVP RIA「ミツビシ」(三菱化学メディエンス社製)を使用した。実施例6において使用した実検体25件を使用し、前記測定キットに同梱されている説明書に従って血漿中のAVPの測定を実施した。測定結果を表10に示す。
【0095】
【表10】
【0096】
また、実施例6において測定された質量分析計によるAVP測定結果と比較例1において測定されたRIA法によるAVP測定結果との相関図を
図2に示した。質量分析計によるAVP測定結果とRIA法によるAVP測定結果は強く相関しており、質量分析計によりAVPが正確に測定できることが明らかとなった。
【0097】
以上の通り、本発明の方法によれば、生体試料中に含まれるAVPとdDAVPを同時に且つ高感度に測定することが可能であり、測定に要する時間を大幅に短縮することが可能である。
【0098】
実施例7;インクレチン関連ペプチドの測定
本実施例では、インクレチン関連ペプチドであるGLP−1(1−37)、GLP−1(7−37)、GLP−1(7−36)、GLP−1(7−36)Amideについて、質量分析計による測定を試みた。
【0099】
HPLC装置及びHPLCカラムには、実施例2〜5と同じものを使用した。分離溶液には、水系移動相として0.01%酢酸水溶液、有機溶媒系移動相としてメタノールを使用し、実施例3と同様に分離条件を設定した。また、質量分析条件の検討も実施例2〜4と同様にして行った。その結果、本発明の方法によれば、互いに類似した4種類のインクレチン関連ペプチドを分別して同時に測定可能であることが示された。
【0100】
一方、分離溶液の成分として、酢酸に代えてギ酸を用いて同様の実験を行ったところ、酢酸を用いた場合と比較して、検出感度の著しい低下が認められた。また、分離溶液の成分として、メタノールに代えてアセトニトリルを用いて同様の実験を行ったところ、メタノールを用いた場合と比較して、検出感度の著しい低下が認められた。