特許第6100689号(P6100689)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6100689抗ウイルス性を有するアルミニウム部材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6100689
(24)【登録日】2017年3月3日
(45)【発行日】2017年3月22日
(54)【発明の名称】抗ウイルス性を有するアルミニウム部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/20 20060101AFI20170313BHJP
   C25D 11/18 20060101ALI20170313BHJP
   C25D 11/04 20060101ALI20170313BHJP
   A01N 59/20 20060101ALI20170313BHJP
   A61L 9/14 20060101ALI20170313BHJP
   C01G 3/02 20060101ALI20170313BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20170313BHJP
   B01J 21/06 20060101ALI20170313BHJP
【FI】
   C25D11/20 302
   C25D11/18 312
   C25D11/18 308
   C25D11/04 E
   A01N59/20 Z
   A61L9/14
   C01G3/02
   B01J35/02 J
   B01J21/06 M
【請求項の数】9
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-532458(P2013-532458)
(86)(22)【出願日】2012年9月7日
(86)【国際出願番号】JP2012005695
(87)【国際公開番号】WO2013035343
(87)【国際公開日】20130314
【審査請求日】2015年8月12日
(31)【優先権主張番号】特願2011-195123(P2011-195123)
(32)【優先日】2011年9月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】391018341
【氏名又は名称】株式会社NBCメッシュテック
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100067541
【弁理士】
【氏名又は名称】岸田 正行
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(72)【発明者】
【氏名】福井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】中山 鶴雄
(72)【発明者】
【氏名】藤森 良枝
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−245696(JP,A)
【文献】 特開2005−298390(JP,A)
【文献】 特開2011−057855(JP,A)
【文献】 特開2010−239897(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/073738(WO,A1)
【文献】 特開平11−323597(JP,A)
【文献】 特開平09−157550(JP,A)
【文献】 特開2003−221304(JP,A)
【文献】 特開平06−261914(JP,A)
【文献】 特開2005−262154(JP,A)
【文献】 特開2011−026254(JP,A)
【文献】 特開2008−179555(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/026730(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00
A01N 25/00
A01N 59/00
A01P 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
付着したウイルスを不活化できる部材であって、
アルミニウムまたはアルミニウム合金を陽極酸化して得られる、多数の細孔を備える陽極酸化被膜の前記細孔内に、抗ウイルス性を有する無機化合物である一価の銅化合物のCuが存在することを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項2】
前記細孔内に前記抗ウイルス性を有する無機化合物が存在する陽極酸化被膜の表面に、抗ウイルス性を有する無機化合物とバインダー樹脂とを含む表面被膜が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項3】
前記表面被膜に、前記抗ウイルス性を有する無機化合物とは異なる無機微粒子をさらに含むことを特徴とする請求項2に記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項4】
前記表面被膜に含まれる前記無機微粒子が光触媒物質であることを特徴とする請求項3に記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項5】
前記光触媒物質が可視光応答性光触媒物質であることを特徴とする請求項4に記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項6】
前記表面被膜に含まれる前記無機微粒子の表面がシランモノマーで被覆されていることを特徴とする請求項3から5のいずれか1つに記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項7】
前記バインダー樹脂がシラン化合物であることを特徴とする請求項2から6のいずれか1つに記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材。
【請求項8】
アルミニウムまたはアルミニウム合金のアルミニウム材に対して陽極酸化処理を行って表面に細孔を形成し、
前記細孔が形成された前記アルミニウム材の前記細孔内に、電気化学的処理により抗ウイルス性を有する無機化合物である一価の銅化合物を析出させる製造方法であって、
前記一価の銅化合物が、塩化物、酢酸化合物、硫化物、ヨウ素化合物、臭化物、過酸化物、酸化物、およびチオシアン化物のうち少なくともいずれかであることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の製造方法。
【請求項9】
前記細孔内に電気化学的処理により少なくともCuを析出させ、
前記細孔内に少なくともCuを析出させたアルミニウム材をヨウ素イオンを含む電解液に浸漬し、浸漬したアルミニウム材に対する電気化学的処理により前記細孔内に抗ウイルス性を有する無機化合物であるCuIを析出させることを特徴とする請求項に記載の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はウイルスを吸着して短時間に不活化する、陽極酸化により多孔質の陽極酸化皮膜を形成した抗ウイルス性を有するアルミニウム部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、SARS(重症急性呼吸器症候群)やノロウイルス、鳥インフルエンザなどウイルス感染による死者が報告されている。特に、2009年、交通の発達やウイルスの突然変異によって、世界中にウイルス感染が広がる「パンデミック(感染爆発)」の危機に直面し、さらに口蹄疫などのウイルスによる大きな被害も出てきており、緊急の対策が必要とされている。このような事態に対応するために、ワクチンによる抗ウイルス剤の開発も急がれているが、ワクチンの場合、その特異性により、感染を防ぐことができるのは特定のウイルスに限定される。また、非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種であるノロウイルスは、カキなどの貝類による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や嘔吐物、あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染することが知られており、ドアノブや手すり、壁あるいはエアコンなどの設備を含む環境を介して、患者・医療従事者に接触感染を生じることから、社会的にも大きな問題になってきている。したがって、様々なウイルスに対して吸着性を示し、且つ、吸着したウイルスを効率よく不活化することができる抗ウイルス性を有する材料の開発が強く望まれている。
【0003】
抗ウイルス性を有する材料としては、銀イオン、銅イオンなどの抗ウイルス性金属イオンが担持された無機多孔結晶を樹脂の内部に含有する複合体を用いたウイルス不活化シートや(特許文献1)、抗ウイルス効果を持つ無機微粒子を基材に担持させたウイルス不活化シートなどがある(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−30984号公報
【特許文献2】WO2011/040048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし樹脂の内部に無機多孔結晶を含有する方法では、繊維状の布帛には適用できるものの、ドアノブや手すり、あるいはエアコンのフィン材には適用できない。さらに、抗ウイルス効果のある無機微粒子を用いた方法では、汎用性、効果共に高いものの、無機微粒子の粒径を小さくする場合、無機微粒子同士が凝集するため効率が悪くなったり、凝集体と基材との密着性が低下し剥離したりするなどの問題がある。
【0006】
ここで、ウイルスは、ノロウイルスなどのエンベロープを持たないウイルスと、インフルエンザウイルスなどのエンベロープを持つウイルスに分類でき、エンベロープを持つウイルスを不活化できる薬剤であっても、エンベロープを持たないウイルスには作用しない場合がある。さらに、ドアノブや手すり、あるいはエアコンのフィン材などの場合は、感染者に付着しているウイルスや咳により飛散した飛沫が空中を浮遊し、これらの表面に付着するため、汗や唾液などの体液に含まれる脂質やタンパク質が付着する場合もある。したがって、脂質やタンパク質の存在する環境下でもウイルスを不活化できることが好ましい。
【0007】
そこで本発明は、上記課題を解決するために、ウイルスのエンベロープの有無に関係なく、これらのウイルスが付着してもウイルスを短時間で不活性化して二次感染を抑制できる、ドアノブや手すり、車椅子やベッド部材、パイプいす、窓のサッシ、自転車のフレーム、建装材、あるいはエアコンのフィン材などに使用して、有用な抗ウイルス性を有するアルミニウム部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち第1の発明は、付着したウイルスを不活化できる部材であって、アルミニウムまたはアルミニウム合金を陽極酸化して得られる、多数の細孔を備える陽極酸化皮膜の前記細孔内に、抗ウイルス性を有する無機化合物が存在することを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0009】
さらに第2の発明は、上記第1の発明において、前記細孔内に前記抗ウイルス性を有する無機化合物が存在する陽極酸化皮膜の表面に、抗ウイルス性を有する無機化合物とバインダー樹脂を含む表面皮膜が形成されてなることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0010】
さらにまた第3の発明は、上記第2の発明において、前記表面皮膜に、前記抗ウイルス性を有する無機化合物とは異なる無機微粒子をさらに含むことを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0011】
さらにまた第4の発明は、第3の発明において、前記表面皮膜に含まれる無機微粒子が光触媒物質であることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0012】
さらにまた第5の発明は、第4の発明において、前記光触媒物質が可視光応答性光触媒物質であることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0013】
さらにまた第6の発明は、第3から第5のいずれかの発明において、前記表面皮膜に含まれる無機微粒子の表面がシランモノマーで被覆されていることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0014】
さらにまた第7の発明は、上記第2から第6のいずれかの発明において、前記バインダー樹脂がシラン化合物であることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0015】
さらにまた第8の発明は、第1から第7のいずれかの発明において、前記抗ウイルス性を有する無機化合物が、一価の銅化合物およびヨウ素化合物の少なくともいずれかであることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0016】
さらにまた第9の発明は、第8の発明において、前記一価の銅化合物が、塩化物、酢酸化合物、硫化物、ヨウ素化合物、臭化物、過酸化物、酸化物、およびチオシアン化物のうち少なくともいずれかであることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0017】
さらにまた第10の発明は、第9の発明において、前記一価の銅化物が、CuCl、CuBr、Cu(CH3COO)、CuSCN、Cu2S、Cu2O、およびCuIのうち少なくともいずれかであることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0018】
さらにまた第11の発明は、第8から第10のいずれかの発明において、前記ヨウ素化合物が、CuI、AgI、SbI3、IrI4、GeI4、GeI2、SnI2、SnI4、TlI、PtI2、PtI4、PdI2、BiI3、AuI、AuI3、FeI2、CoI2、NiI2、ZnI2、HgIおよびInI3のうち少なくともいずれかであることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材である。
【0019】
さらにまた第12の発明は、アルミニウムまたはアルミニウム合金のアルミニウム材に対して陽極酸化処理を行って表面に細孔を形成し、前記細孔が形成された前記アルミニウム材の前記細孔内に、電気化学的処理により抗ウイルス性を有する無機化合物を析出させることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の製造方法である。
【0020】
さらにまた第13の発明は、第12の発明において、前記細孔内に電気化学的処理により少なくともCuとAgのいずれかを析出させ、前記細孔内に少なくともCuとAgのいずれかを析出させたアルミニウム材をヨウ素イオンを含む電解液に浸漬し、浸漬したアルミニウム材に対する電気化学的処理により前記細孔内に抗ウイルス性を有する無機化合物であるCuIまたはAgIを析出させることを特徴とする抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の製造方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ドアノブや手すり、あるいはエアコンのフィン材に用いても、抗ウイルス性を長期間維持することができる、耐久性に優れたアルミニウム部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の第1実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の断面図である。
図2】本発明の第2実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の断面図である。
図3】本発明の第3実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の断面図である。
図4】本発明の第4実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について図を用いて詳述する。
【0024】
(第1の実施形態)
図1は本発明の第1実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材100の断面の一部を模式的に拡大した図である。アルミニウム部材100は、アルミニウムまたはアルミニウム合金を陽極酸化することにより、表面部分に陽極酸化皮膜2が形成されたものである。そして、陽極酸化皮膜2はいわゆるポーラスアルミナであり、表面に開口部を有する多数の細孔3が形成されている。細孔3の底部側(アルミニウム部材100の開口部がある面とは反対側)には、陽極酸化されていない元のアルミニウムまたはアルミニウム合金の金属層1が存在する。そして本発明の実施形態では、図1に示すように、陽極酸化皮膜2の細孔3に抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4が析出されて充填されている。なお、図1では理解をしやすくするために細孔3に析出させた析出物4が完全に充填した図で示しているが、細孔3に析出させた析出物4は、少なくとも細孔3の底部もしくは一部に析出していればよい。
【0025】
アルミニウムまたはアルミニウム合金としては、JISH4000に規定されているアルミニウムおよびアルミニウム合金や、鉄鋼板上にアルミニウムを積層したクラッド材や、樹脂表面にイオンプレーティングやスパッタリングなどの物理的な方法によりアルミニウムの薄膜を形成した材料が用いられる。これらのアルミニウムまたはアルミニウム合金の表面に、公知の陽極酸化処理の方法により、細孔3を有する陽極酸化皮膜2を形成する。細孔3を有する陽極酸化皮膜2は、たとえば、硫酸や、リン酸や、クロム酸や、シュウ酸などの酸を含む水溶液や、スルホサリチル酸や、スルホフタル酸や、スルホマレイン酸や、スルホイタコン酸などの芳香族及び脂肪族のスルホン酸に少量の硫酸を添加した水溶液中で、アルミニウムまたはアルミニウム合金を陽極として直流や交流の電圧を印加することで形成される。細孔3を有する陽極酸化皮膜2の厚さは特に限定されないが、好ましくは1μmから50μm程度あればよい。
【0026】
本発明の陽極酸化皮膜2の細孔3には、抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4が析出されて充填されており、析出物4は、好ましくは一価の銅化合物およびヨウ素化合物の少なくともいずれかが挙げられる。
【0027】
一価の銅化合物としては、Cu2O、CuOH、Cu2S、CuSCN、CuBr、Cu(CH3COO)、CuIなどが挙げられる。例えば、陽極酸化皮膜2の細孔3にCu2O、CuOHを充填する場合には、銅イオンを含む水溶液中で、陽極酸化皮膜2が形成されたアルミニウム部材を浸漬し、白金電極やカーボン電極を対極として、交流や直流の電圧を印加することにより、Cu2OやCuOHを細孔3に電気化学的に析出させて充填することができる。
【0028】
別の例として、Cu2S、CuSCN、CuBr、CuIなどの一価の銅化合物を陽極酸化皮膜2の細孔3に充填する場合は、まず、これらの微粒子を懸濁させた水溶液に細孔3を有する陽極酸化被膜2が形成されたアルミニウム部材を浸漬する。その後、白金電極やカーボン電極を対極として、交流や直流の電圧を印加することで、陽極酸化被膜2の細孔3に目的の化合物を電気泳動により充填することができる。この場合、一価の銅化合物微粒子の平均粒子径は、陽極酸化被膜2の細孔3の直径の約1/5以下が好ましい。なお本明細書において、平均粒子径とは体積平均粒子径をいう。
【0029】
また、ヨウ素化合物としては、CuI、AgI、SbI3、IrI4、GeI4、GeI2、SnI2、SnI4、TlI、PtI2、PtI4、PdI2、BiI3、AuI、AuI3、FeI2、CoI2、NiI2、ZnI2、HgIおよびInI3が用いられる。これらの化合物を陽極酸化皮膜2の細孔3内に析出させる方法としては、これらのヨウ素化合物のナノ粒子の分散液に細孔3を有する陽極酸化皮膜2を形成したアルミニウム部材を浸漬し、対極に白金やカーボンを電極として交流または直流の電圧を印加して電気泳動により充填させることで得られる。
【0030】
また、細孔3を有する陽極酸化皮膜2を形成したアルミニウム部材にヨウ素化合物を析出する別の例として、AgIで説明する。まず、Agを化学的および電気化学的に陽極酸化皮膜2の細孔3内に析出させたのち、ヨウ素イオンを含む溶液中で白金電極やカーボン電極を対極として直流の電圧を印加する。その結果、陽極酸化皮膜2の細孔3に析出したAgとヨウ素イオンとが反応し、陽極酸化皮膜2の細孔3にAgIが合成され、最終的に細孔3にAgIが充填された陽極酸化皮膜2を得ることができる。
【0031】
さらに別の例として、CuIで説明する。まず陽極酸化皮膜2の細孔3に電気化学的処理により金属銅を含むCu2OやCuOHをアルミニウム部材に析出させる。その後、ヨウ素イオンを含む水溶液に浸漬し、白金電極やカーボン電極を対極として、アルミニウム部材と対極との間に直流の電圧を印加する。その結果、析出した金属銅およびCu2OやCuOHの一部がヨウ素イオンと反応するので、陽極酸化皮膜2の細孔3にCuIを合成して充填することができる。また、他のヨウ素化合物についても同様の方法にて析出すればよい。
【0032】
以上の第1実施形態によれば、細孔3に抗ウイルス性を有する析出物4が析出充填されているので、アルミニウム部材100に付着したウイルスをすみやかに不活化できる。さらに析出物4は、水に難溶性であり、かつ、析出によって陽極酸化皮膜2の細孔3内に物理的にあるいは機械的に結合して密着している。そのため、抗ウイルス成分を固定するための特別な処理を行わなくても、析出物4が細孔3から脱離してしまうことはなく、長期間、確実に陽極酸化皮膜2の細孔3内に固定された状態が維持される。従って、本実施形態によれば、長期間安定して抗ウイルス効果を発揮できるアルミニウム部材を提供することができる。
【0033】
なお、本実施形態のアルミニウム部材100の陽極酸化皮膜2側の表面には、表面電位(負の電荷)をプラス方向に制御することができる電位制御剤が存在していることが好ましい。これは、ウイルスは、ゲノムの種類やエンベロープの有無などに関わらず、その表面電位がマイナスであるため、アルミニウム部材100の抗ウイルス性を有する析出物4が露出している陽極酸化皮膜2側の表面に、電位をプラス側に制御する電位制御剤が存在することで、表面電位がウイルスに対してプラスになって、ウイルスを引きつけることができるからである。ウイルスを陽極酸化皮膜2側に引きつけることができれば、ウイルスが抗ウイルス性を有する析出物4に接触しやすくなり、抗ウイルス効果をより高めることができる。
【0034】
この電位制御剤としては、アルミニウム部材100の表面電位をプラス方向に制御できるものであれば特に限定されない。例えば、ノニオン系、アニオン系、カチオン系の界面活性剤が好ましく、中でも特にカチオン系界面活性剤が好ましい。
【0035】
(第2の実施形態)
続いて本発明の第2実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材200について図2を用いて詳述する。
【0036】
図2は本発明の第2実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材200の断面の一部を模式的に拡大した図である。第1の実施形態と同様に、アルミニウムまたはその合金の金属層1の表面に、陽極酸化により形成された細孔3を有する陽極酸化皮膜2が形成され、その細孔3に、抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4が析出されて充填されている。そして、さらに、その陽極酸化皮膜2の表面には、抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5と樹脂バインダー6からなる表面被膜10が形成されている。
【0037】
樹脂バインダー6としては公知のバインダーを用いることができる。具体例として、ポリエステル樹脂、アミノ樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、水溶性樹脂、ビニル系樹脂、フッ素樹脂、シリコン樹脂、繊維素系樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、トルエン樹脂、天然樹脂としては、ひまし油、亜麻仁油、桐油などの乾性油等が挙げられる。
【0038】
そして、樹脂バインダー6には、抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5が分散している。無機微粒子5としては、一価の銅化合物およびヨウ素化合物の少なくともいずれかを用いることができる。
【0039】
無機微粒子5として用いる一価の銅化合物としては、塩化物、酢酸化合物、硫化物、ヨウ化物、臭化物、過酸化物、酸化物、およびチオシアン化物および一価のヨウ素化合物が挙げられえる。塩化物、酢酸化合物、硫化物、ヨウ化物、臭化物、過酸化物、酸化物、およびチオシアン化物としては、例えば、CuCl、Cu(CH3COO)、Cu2S、CuI、CuBr、Cu2O、およびCuSCNを用いてよい。
【0040】
また、無機微粒子5として用いるヨウ素化合物としては、CuI、AgI、SbI3、IrI4、GeI4、GeI2、SnI2、SnI4、TlI、PtI2、PtI4、PdI2、BiI3、AuI、AuI3、FeI2、CoI2、NiI2、ZnI2、HgIおよびInI3を用いてよい。
【0041】
これらの抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5の粒子径は1nm以上5μm以下が好ましい。1nm未満では、経持的に抗ウイルス効果が不安定となり、また、5μmより大きいと、樹脂バインダー6による保持力が低下して、被膜の強度が低下することから好ましくない。
【0042】
また、無機微粒子5は、樹脂バインダー6からなる表面被膜10中に0.1質量%以上80質量%以下分散されていることが好ましく、より好ましくは0.1質量%以上60.0質量%以下である。無機微粒子5が0.1質量%に満たない場合は、範囲内にある場合と比較して、ウイルスを不活化する作用が低下する。また、80.0質量%より多くしても範囲内にある場合と比較してウイルス不活化作用に大差はないほか、樹脂バインダー6のバインディング性(保持できる作用)が低下し、範囲内にある場合よりも、無機微粒子5と樹脂バインダー6からなる表面被膜10が、陽極酸化被膜2から離脱し易くなる。
【0043】
さらに、第2実施形態の樹脂バインダー6および無機微粒子5からなる表面被膜10には、無機微粒子5の分散性を高めるためにノニオン系、アニオン系、カチオン系の界面活性剤が含まれることが好ましい。界面活性剤としては、樹脂バインダー6に含有されることで表面被膜10の表面電位(負の電荷)をプラス方向に制御することができるものであれば特に限定されないが、特にカチオン系界面活性剤が好ましい。樹脂の表面電位は一般的にマイナスである。そして、上述の通り、ゲノムの種類や、エンベロープの有無等に係ることなくウイルスの表面電位もマイナスである。そのため、抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5とともに、界面活性剤を表面被膜10に含有させることで、表面被膜10の表面電位がプラス方向に制御され、結果、ウイルスがアルミニウム部材200の表面に吸着しやすくなり、抗ウイルス性を有する無機微粒子5による抗ウイルス効果をより効率よく発現することができる。
【0044】
さらにまた、第2実施形態の表面被膜10には必要に応じて、他の抗ウイルス組成物、抗菌組成物、防黴組成物、抗アレルゲン組成物、触媒、反射防止材料、遮熱特性を持つ材料などの機能性微粒子を加えてもよい。
【0045】
本実施形態のアルミニウム部材200の製造方法について説明する。まず、第1の実施形態で説明した方法により、アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面に多数の細孔3が形成された陽極酸化皮膜2を形成する。その後、陽極酸化皮膜2の細孔3に抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4を析出させる。そして、ジェットミルなどで粉砕した上記抗ウイルス性を有する無機微粒子5や、機能性微粒子を任意の樹脂バインダー6を混合し、スラリーとした後、アルミニウム部材200の表面に塗布、乾燥することで製造される。
【0046】
以上の第2の実施形態によれば、本実施形態のアルミニウム部材200を建材やアルミサッシなどに用いた場合、使用環境によっては表面が摩耗して抗ウイルス効果が低下するような場合でも、陽極酸化皮膜2中に析出させた析出物4から一価の銅イオンが放出されるため、長期にわたり抗ウイルス性が持続できる。
【0047】
(第3の実施形態)
続いて本発明の第3実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材300について図3を用いて詳述する。
【0048】
図3は本発明の第3実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材300の断面の一部を模式的に拡大した図である。第3実施形態では、第1の実施形態と同様の、抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4が析出されて充填された細孔3を有する陽極酸化皮膜2の表面に、抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5と、抗ウイルス性以外の機能を付与するための機能性微粒子7と、シラン化合物からなるバインダー8と、を含む表面被膜30が形成されている。また使用環境により、表面被膜30の強度をさらに向上させるために公知のハードコート剤などを添加してもよい。
【0049】
本発明の第3実施形態に用いられる機能性微粒子7としては、無機酸化物を用いることができる。無機酸化物としては、例えば、SiO2、Al2O3、TiO2、ZrO2、SnO2、Fe2O3、Sb2O3、WO3、CeO2などの単一の無機酸化物が挙げられる。また、複合酸化物を用いてもよく、例えば、SiO2・Al2O3、SiO2・B2O3、SiO2・P2O5、SiO2・TiO2、SiO2・ZrO2、Al2O3・TiO2、Al2O3・ZrO2、Al2O3・CaO、Al2O3・B2O3、Al2O3・P2O5、Al2O3・CeO2、Al2O3・Fe2O3、TiO2・CeO2、TiO2・ZrO2、SiO2・TiO2・ZrO2、Al2O3・TiO2・ZrO2、SiO2・Al2O3・TiO2、SiO2・TiO2・CeO2などが挙げられる。これらの機能性微粒子7は、平均粒子径が1nmから5μm程度のものが用いられ、表面被膜30中に1質量%から80質量%程度充填されて用いられる。これら無機酸化物を用いる事により、表面被膜30の膜強度が向上するため、耐摩耗性が向上し、その結果、長期に渡り安定して抗ウイルス効果を発揮できる部材を提供することができる。
【0050】
また、機能性微粒子7として、光触媒物質を用いてもよい。光触媒物質とは、その物質のバンドギャップ以上のエネルギーを持つ波長の光を照射することで、光触媒機能を発現する粒子のことである。光触媒物質としては、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化タングステン、酸化鉄、チタン酸ストロンチウム、硫化カドミウム、セレン化カドミウムなどの公知の金属化合物半導体を、単一または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0051】
これらの光触媒物質の中でも、酸化チタンや、酸化亜鉛や、酸化タングステンは毒性が低く安全性に優れていることから、本発明の第3実施形態に用いられる機能性微粒子7として特に好ましい。光触媒物質の酸化チタンの結晶構造はルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型、その他、無定形であっても本発明では問わない。
【0052】
また、酸化チタンの一部の酸素原子がアニオンである窒素原子で置換されたTiO2-XNXや、酸素原子が欠落し化学量論比から著しく外れたTiO2-X(Xは1.0以下)や、銅化合物や鉄化合物のナノ粒子を担持させた酸化チタンや、金や銀のナノ粒子を担持させた酸化タングステンや、鉄イオンや銅イオンをドーピングした酸化タングステンや、酸化亜鉛に金や、鉄や、カリウムをドープさせた、可視光下でも光触媒活性を有する光触媒物質などを用いてもよい
【0053】
また、これらの光触媒物質の内部やその表面には、光触媒機能を増す目的で、バナジウム、銅、ニッケル、コバルト、クロム、などの金属やその化合物、あるいは、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、銀、白金、金などの貴金属およびそれらの金属化合物や、CuCl、CuBr、Cu(CH3COO)、CuSCN、Cu2S、Cu2O、およびCuIなどの一価の銅化合物を含有させても良い。
【0054】
さらに、発明の第3実施形態に用いられるシラン化合物からなるバインダー8の一例としては、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、N−β−(N−ビニルベンジルアミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(ビニルベンジル)−2−アミノエチル−3−アミノプロピルトリメトキシシランの塩酸塩、2−(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、p−スチリルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3−アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−トリエトキシシリル−N−(1、3−ジメチル−ブチリデン)プロピルアミン、N−フェニル−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、N−フェニル−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、特殊アミノシラン、3−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、3−クロロプロピルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン、ヘキシルトリメトキシシラン、デシルトリメトキシシラン、加水分解性基含有シロキサン、フロロアルキル基含有オリゴマー、メチルハイドロジェンシロキサン、シリコン第四級アンモニウム塩などが挙げられる。
【0055】
また、シラン系オリゴマーとしては、市販されている信越化学工業株式会社製のKC−89S、KR−500、X−40−9225、KR−217、KR−9218、KR−213、KR−510などが挙げられ、これらのシラン系オリゴマーは単独、或いは2種類以上混合して用いられ、さらに、シラン化合物からなるバインダー8の1種または2種以上と混合して用いてもよい。これらのシラン化合物からなるバインダー8は表面被膜30中に1から50質量%程度充填されて用いられる。
【0056】
本実施形態のアルミニウム部材300の製造方法について説明する。まず、第1の実施形態で説明した方法により、アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面に多数の細孔3が形成された陽極酸化皮膜2を形成し、細孔3に抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4を析出させる。次に抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5をジェットミルやハンマーミルなどにより、ナノオーダー、サブミクロンオーダー、ミクロンオーダーの粒子に粉砕する。粉砕に関しては特に限定されず、乾式、湿式の両方が利用可能である。粉砕した抗ウイルス性を有する無機化合物からなる無機微粒子5を、必要な機能に応じて選択される無機微粒子からなる機能性微粒子7と共に、水、メタノール、エタノール、トルエンなどの溶媒に分散させ、さらにジェットミルやハンマーミルなどで粉砕する。このようにして得られたスラリーを、浸漬法やスプレー法、スクリーン印刷法など公知の方法にてアルミニウム部材300の表面に塗布し、必要に応じて加熱乾燥などで溶剤を除去したのち、再加熱によるグラフト重合や、赤外線、紫外線、電子線、γ線などの放射線照射によるグラフト重合により、シラン化合物からなるバインダー8や公知のハードコート剤をアルミニウム部材300の表面に化学結合させる。
【0057】
以上の第3の実施形態によれば、陽極酸化皮膜2の表面に無機微粒子同士がシラン化合物からなるバインダー8や公知のハードコート剤を介して化学結合することで、3次元の架橋構造を形成している。そのため、細孔3中に析出した析出物4から放出される一価の銅イオンなどの抗ウイルス成分が、この架橋構造のミクロな隙間を通過し、表面に出てくるため、表面被膜30の抗ウイルス性を有する無機微粒子5と、析出物4との両方の抗ウイルス剤がウイルスに対して作用することになり、よりウイルス不活化性能の高いアルミニウム部材を提供することができる。また、さまざまな無機化合物から選択される機能性微粒子によって、表面被膜30の強度を向上させたり、光触媒機能を付与したりと、抗ウイルス性以外の効果を得ることもできる。なお、表面被膜30に含まれる機能性微粒子7については、膜強度や耐食性が不要であるような環境下で本発明の抗ウイルス性アルミニウム部材300を用いる場合などは添加しなくてもよい。
【0058】
(第4の実施形態)
続いて本発明の第4実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材400について図4を用いて詳述する。
【0059】
図4は本発明の第4実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材400の断面の一部を模式的に拡大した図である。第4実施形態では、第1の実施形態と同様の抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4が充填された多孔質の陽極酸化皮膜2の表面に、無機化合物からなる抗ウイルス性を有する無機微粒子5と、化学結合可能な官能基を有するシランモノマー9で被覆された機能性微粒子7を含む表面被膜40が形成されている。
【0060】
本発明の第4の実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材400で用いられる化学結合可能な官能基を有するシランモノマー9としては、X−Si(OR)(nは1〜3の整数)の一般式で示されるシランモノマーが挙げられる。尚、Xは例えば有機物と反応する官能基でビニル基、エポキシ基、スチリル基、メタクリロ基、アクリロキシ基、イソシアネート基、ポリスルフィド基、アミノ基、メルカプト基、クロル基などである。また、ORは加水分解可能なメトキシ基、エトキシ基などのアルコキシ基であり、シランモノマー9に係る3つの当該官能基は同一でも異なっていてもよい。これらのメトキシ基やエトキシ基からなるアルコキシ基は加水分解してシラノール基を生ずる。このシラノール基やビニル基やエポキシ基、スチリル基、メタクリロ基、アクリロキシ基、イソシアネート基、また不飽和結合などを有する官能基などは反応性が高いことが知られている。すなわち、本発明の第4の実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材400は、このような反応性に優れたシランモノマー9を介して無機微粒子7が化学結合してマトリックスを形成すると同時に、細孔3を有する陽極酸化皮膜2に強固に結合することで、強度に優れた抗ウイルス性を有するアルミニウム部材400を提供することができる。
【0061】
本実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材400の製造方法について説明する。まず、第1の実施形態で説明した方法により、アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面に多数の細孔3が形成された陽極酸化皮膜2を形成し、細孔3に抗ウイルス性を有する無機化合物を含む析出物4を析出させる。次に、機能性微粒子7を溶媒に分散させた分散液に上述の化学結合可能な官能基を有するシランモノマー9を加え、還流下で加熱させながら、機能性微粒子7の表面に脱水縮合反応により、シランモノマー9を化学結合させる。この場合、シランモノマー9の量は、機能性微粒子7の平均粒子径にもよるが、機能性微粒子7の質量に対して0.01質量%から40.0質量%であればよい。このようにして得られた表面をシランモノマーで被覆された機能性微粒子7と、第3の実施形態で説明した方法により粉砕された無機化合物からなる抗ウイルス性を有する無機微粒子5を溶媒に分散させて得られた分散液を、さらにジェットミルやハンマーミルなどで粉砕し、スラリーを得る。このようにして得られたスラリーを、浸漬法やスプレー法、スクリーン印刷法など公知の方法にてアルミニウム部材400の表面に塗布し、必要に応じて加熱乾燥などで溶剤を除去したのち、再加熱によるグラフト重合や、赤外線、紫外線、電子線、γ線などの放射線照射によるグラフト重合(放射線グラフト重合)により、シランモノマー9の化学結合可能な官能基をアルミニウム部材400の表面(陽極酸化皮膜2)に化学結合させる。
【0062】
以上の第4の実施形態によれば、無機化合物からなる抗ウイルス性を有する無機微粒子5は、機能性微粒子7の表面に結合したシランモノマー9同士が化学結合することで構成された3次元架橋構造の網目の中に、嵌った状態で保持されているため、表面をバインダーなどで覆われることがない。そのため、無機微粒子5のほぼ全体がウイルスと接触することができ、ウイルスとの接触確率も増え、したがって少量でも効率よくウイルスを不活化することができる。
【0063】
以上説明した第1から第4の実施形態の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材によれば、ゲノムの種類や、エンベロープの有無等に係ることなく、様々なウイルスを不活化することができる。例えば、ライノウイルス・ポリオウイルス・口蹄疫ウイルス・ロタウイルス・ノロウイルス・エンテロウイルス・ヘパトウイルス・アストロウイルス・サポウイルス・E型肝炎ウイルス・A型、B型、C型インフルエンザウイルス・パラインフルエンザウイルス・ムンプスウイルス(おたふくかぜ)・麻疹ウイルス・ヒトメタニューモウイルス・RSウイルス・ニパウイルス・ヘンドラウイルス・黄熱ウイルス・デングウイルス・日本脳炎ウイルス・ウエストナイルウイルス・B型、C型肝炎ウイルス・東部および西部馬脳炎ウイルス・オニョンニョンウイルス・風疹ウイルス・ラッサウイルス・フニンウイルス・マチュポウイルス・グアナリトウイルス・サビアウイルス・クリミアコンゴ出血熱ウイルス・スナバエ熱・ハンタウイルス・シンノンブレウイルス・狂犬病ウイルス・エボラウイルス・マーブルグウイルス・リッサウイルス・ヒトT細胞白血病ウイルス・ヒト免疫不全ウイルス・ヒトコロナウイルス・SARSコロナウイルス・ヒトポルボウイルス・ポリオーマウイルス・ヒトパピローマウイルス・アデノウイルス・ヘルペスウイルス・水痘・帯状発疹ウイルス・EBウイルス・サイトメガロウイルス・天然痘ウイルス・サル痘ウイルス・牛痘ウイルス・モラシポックスウイルス・パラポックスウイルスなどを挙げることができる。
【0064】
このようにして得られた抗ウイルス性を有するアルミニウム部材は、フィルム(箔)状、板状、線状、筒状、その他様々な形状で用いられることができる。具体的には、ドアノブや、手すり、玄関ドア、窓枠などのサッシ、エアコン用フィルター、空気清浄機用フィルター、掃除機用フィルター、換気扇用フィルター、車両用フィルター、空調用フィルター、網戸用ネット、鶏舎用ネット、エアコン用フィン材、手術室や浴室の壁材や天井材、車椅子、ベッド部材、ウイルス試験用安全キャビネットなど、様々な分野に応用することができる。
【0065】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0066】
(抗ウイルスを有するアルミニウム部材の作製)
(実施例1)
まず前処理としてアルミニウム板材(JISH1050材)を50℃に加温した5%水酸化ナトリウム水溶液に60秒浸漬した後、5%硝酸水溶液に浸漬してアルカリ分を中和し除去した。次に、1.5molの硫酸を含む20℃の電解液中で、前処理したアルミニウム板材を陽極とし、対極(陰極)に白金電極を用い、1.5A/dm2の電流密度で20分間陽極酸化することで、アルミニウム板材表面に厚さ約8μmの多孔質の陽極酸化皮膜を形成した。
【0067】
次に、厚さ約8μmの多孔質の陽極酸化皮膜を形成したアルミニウム板材を、硫酸銅40g/L、ホウ酸10g/Lを含む水溶液に浸漬し、対極に白金電極を用いて10Vの交流電圧を印加することにより一価の銅化合物を含む析出物を陽極酸化皮膜の細孔に析出させて、抗ウイルス性を有するアルミニウム部材を作製した。なお、実施例1として処理時間(電圧印加時間)を1分間、5分間、10分間とした3種類のアルミニウム部材を作製した。処理時間が1分間の実施例を実施例1−1とし、5分間の実施例を実施例1−2とし、10分間の実施例を実施例1−3とする。
【0068】
(実施例2)
実施例2は、実施例1のアルミニウム部材の表面に抗ウイルス性を有する無機微粒子を含む樹脂を塗布したものである。まず、抗ウイルス性を有する無機微粒子として、ヨウ化銅(I)粉末(日本化学産業社製)を乾式粉砕装置ナノジェットマイザー(株式会社アイシンナノテクノロジーズ製、NJ-100B)にて平均粒子径140nmに粉砕し、二液反応型のシリコンアクリル樹脂塗料(ナトコ株式会社製、アルコSP)に対して、乾燥後の塗膜中における含有量が5質量%になるように添加し、ボールミルにて分散した。また、界面活性剤としてオクタデシルアミン酢酸塩(日油株式会社製、ニッサンカチオンSA)を塗料の固形分に対して0.2質量%添加した。次に、実施例1−3で作製した、陽極酸化皮膜の細孔に処理時間10分間の条件で一価の銅化合物を含む析出物を析出させたアルミニウム板の表面に、上記のヨウ化銅(I)微粒子と界面活性剤を分散したシリコンアクリル樹脂塗料をスプレーにて塗布し、160℃、20分間乾燥することで、実施例2の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0069】
(実施例3)
実施例2で用いた抗ウイルス性を有する無機微粒子であるヨウ化銅粉末の代わりにヨウ化銀の粉末(和光純薬工業株式会社製)を乾式粉砕装置ナノジェットマイザー(株式会社アイシンナノテクノロジーズ製、NJ-100B)にて平均粒子径800nmに解砕した以外は実施例2と同様の方法及び条件で実施例3の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0070】
(実施例4)
実施例4は、実施例1のアルミニウム部材の表面に抗ウイルス性を有する無機微粒子と、機能性微粒子である光触媒微粒子を固定したものである。実施例2で用いたヨウ化銅粉末と、可視光応答型光触媒物質である鉄イオンをドーピングしたアナターゼ型酸化チタン微粒子(石原産業株式会社製、MPT-625)をメタノールにプレ分散後、ビーズミルにて解砕・分散し、平均粒子径45nmのヨウ化銅(I)と、平均粒子径82nmの可視光応答型光触媒物質である鉄イオンをドーピングしたアナターゼ型酸化チタン微粒子とのそれぞれの微粒子を含むスラリーを得た。得られたスラリーの固形分に対してバインダーとしてテトラメトキシシラン(信越化学工業株式会社製、KBM-04)を40質量%添加し、固形分濃度が5質量%になるようにメタノールを加えて調整した。また、ヨウ化銅(I)の微粒子の添加量は、基体表面(陽極酸化皮膜上)で乾燥して溶剤を除去した後に、基体上における固形分、すなわちヨウ化銅(I)微粒子および可視光応答型光触媒物質である鉄イオンをドーピングしたアナターゼ型酸化チタン微粒子の合計に対し1.0質量%になるように調整した。
【0071】
次に、実施例1−3で作製した、陽極酸化皮膜の細孔に処理時間10分間の条件で一価の銅化合物を含む析出物を析出させたアルミニウム板の表面に、ヨウ化銅(I)微粒子、酸化チタン微粒子およびテトラメトキシシランを含みメタノールを加えて調整した上記スラリーをスプレーにて塗布し、180℃、20分間乾燥することで、実施例4の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0072】
(実施例5)
実施例5は、実施例1の抗ウイルス性を有するアルミニウム部材の表面に、抗ウイルス性を有する無機微粒子と、シランモノマーで被覆された機能性微粒子と、を固定したものである。まず、実施例2で用いたヨウ化銅粉末と、不飽和結合部を有するシランモノマーであるメタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業株式会社製、KBM-503)を通常の方法により脱水縮合させ表面に共有結合させた酸化ジルコニウム粒子(日本電工株式会社製、PCS)と、をメタノールにプレ分散後、ビーズミルにて解砕・分散し、平均粒子径45nmのヨウ化銅(I)粒子と、メタクリロキシプロピルトリメトキシシランで被覆した平均粒子径37nmの酸化ジルコニウム粒子とを含むスラリーを得た。得られたスラリーの固形分に対してバインダーとしてテトラメトキシシラン(信越化学工業株式会社製、KBM-04)を20質量%添加し、固形分濃度が5質量%になるようにメタノールを加えて調整した。また、ヨウ化銅(I)の微粒子の添加量は、基体表面(陽極酸化被膜上)で乾燥して溶剤を除去した後に、基体上における固形分、すなわちヨウ化銅(I)微粒子およびメタクリロキシプロピルトリメトキシシランが結合した酸化ジルコニウム微粒子の合計に対し1.0質量%になるように調整した。
【0073】
次に、実施例1−3で作製した、陽極酸化皮膜の細孔に処理時間10分間の条件で一価の銅化合物を含む析出物を析出させたアルミニウム板の表面に、ヨウ化銅(I)微粒子、酸化ジルコニウム粒子およびテトラメトキシシランを含みメタノールを加えて調整した上記スラリーをスプレーにて塗布し、180℃、20分間乾燥することで、実施例5の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0074】
(実施例6)
実施例5のメタクリロキシプロピルトリメトキシシランが結合した酸化ジルコニウム微粒子のうち30質量%分を、メタクリロキシプロピルトリメトキシシランが結合した、光触媒物質であるアナターゼ型酸化チタン微粒子(テイカ株式会社製、AMT-100)に変えた以外は、実施例5と同様の方法及び条件で実施例6の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0075】
(実施例7)
実施例5のメタクリロキシプロピルトリメトキシシランが結合した酸化ジルコニウム微粒子のうち30質量%分を、可視光応答型光触媒物質である鉄イオンをドーピングしたアナターゼ型酸化チタン微粒子(石原産業株式会社製、MPT-625)に変えた以外は、実施例5と同様の方法及び条件で実施例7の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0076】
(実施例8)
実施例5で用いたヨウ化銅粉末の代わりに市販のヨウ化銀(和光純薬工業株式会社製)を用いた以外は、実施例5と同様の方法及び条件で実施例8の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0077】
(実施例9)
実施例9は、実施例1と同様の条件でアルミニウム板材の表面に細孔を有する陽極酸化皮膜を形成した後、実施例1と同様の条件で硫酸銅を含む水溶液中で10Vの交流電圧を2分間印加し、次に、ヨウ化カリウム0.05mol/Lを含む水溶液に浸漬して、対極に白金電極を用いて0.1A/dm2の電流密度で直流の電圧を3分間印加することにより、ヨウ化銅(I)を含む析出物を陽極酸化皮膜の細孔内に合成して析出させ、抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0078】
(実施例10)
実施例10は、実施例1と同様の条件でアルミニウム板材の表面に細孔を有する陽極酸化皮膜を形成した後、硝酸銀5g/Lを含む水溶液に浸漬し、対極に白金電極を用いて8Vの交流電圧を10分間印加することにより銀を含む析出物を陽極酸化皮膜の細孔に析出させた。次に、陽極酸化皮膜の細孔に銀を含む析出物を充填させたアルミニウム板材を、ヨウ化カリウム0.05mol/Lを含む水溶液に浸漬し、対極に白金電極を用いて0.17A/dm2の電流密度で直流の電圧を3分間印加することにより、ヨウ化銀を含む析出物を陽極酸化皮膜の細孔内に合成して析出させ、抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0079】
(実施例11)
実施例11は、実施例1と同様の条件でアルミニウム板材の表面に細孔を有する陽極酸化皮膜を形成した後、硝酸銀とヨウ化カリウムを混合することにより作成した平均粒子径2nmのヨウ化銀含有水溶液中で、対極に白金電極を用いて0.1A/dm2の電流密度を10分間印加することによりヨウ化銀を含む析出物を陽極酸化皮膜の細孔に析出させ、抗ウイルス性を有するアルミニウム板を作製した。
【0080】
(比較例1)
実施例1において作製した陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム板(細孔内に銅化合物を析出させる処理を行っていないもの)を比較例1とした。
【0081】
(比較例2)
市販の純銅の板(株式会社ユーコウ商会製JISH3100材)をメタノールに室温で1分間浸漬して銅板表面の自然酸化皮膜を除去後、室温で乾燥し、比較例2とした。
【0082】
実施例1〜11および比較例1、2の構成を表1に示す。
【0083】
【表1】
【0084】
(広角X線回折によるアルミニウム陽極酸化皮膜の分析)
実施例1、実施例9および実施例10の抗ウイルス性を有するアルミニウム板を広角X線回折装置(リカグ株式会社製)により表面より深度6μm付近の物質について分析した。実施例1で得られた抗ウイルス性を有するアルミニウム板では、Cu2Oの(111)面に由来する2θ=36.5°のピークと、(200)面に由来する2θ=42.4°のピークと、(220)面に由来する2θ=61.6°のピークとを有する回折パターンが得られた。実施例9ではCuIの(111)面に由来する2θ=25.3°のピークと、(220)面に由来する2θ=41.8°のピークと、(311)面に由来する2θ=49.5°のピークとを有する回折パターンが得られた。実施例10ではAgIの(100)面に由来する2θ=22.3°のピークと、(101)面に由来する2θ=25.3°のピークと、(103)面に由来する2θ=42.6°のピークとを有する回折パターンが得られた。以上より、一価の銅化合物又は、ヨウ素化合物がそれぞれの陽極酸化皮膜の細孔に析出していることが確認された。
【0085】
(ウイルス不活性化の評価)
抗ウイルス性を有するアルミニウム部材のウイルス不活化性の測定は、エンベロープウイルスとしてインフルエンザウイルス(influenza A/北九州/159/93(H3N2))を、非エンベロープウイルスとしてノロウイルスの代替として一般的に使用されているネコカリシウイルス(feline calicivirus(F9株))を用いて実施した。用いた対象ウイルスは、インフルエンザウイルス((influenza A/北九州/159/93(H3N2))には、MDCK細胞を用いて培養し、ネコカリシウイルス(feline calicivirus(F9株))には、CRFK細胞を用いて培養した。各実施例および比較例の4cm×4cmのサンプルをプラスチックシャーレにいれ、ウイルス液0.1 mLを滴下し、室温で30分間作用させた。このときサンプルの上面をPETフィルム(4cm×4cm)で覆うことで、ウイルス液とサンプルの接触面積を一定にした。30分間作用させた後、SCDLP培地を1900μl添加し、ピペッティングによりウイルスを洗い出した。その後、各反応サンプルが10-2〜10-5になるまでMEM希釈液にて希釈を行った(10倍段階希釈)。シャーレに培養したMDCK細胞又は、CRFK細胞にサンプル液100μLを接種した。60分間静置しウイルスを細胞へ吸着させた後、0.7%寒天培地を重層し、48時間、34℃、5%CO2インキュベータにて培養後、ホルマリン固定、メチレンブルー染色を行い形成されたプラーク数をカウントして、ウイルスの感染価(PFU/0.1mL,Log10);(PFU:plaque-forming units)を算出した。コントロールには実施例のサンプルを用いずウイルス液を加えた場合の値を用いた。その結果を表2に示す。
【0086】
【表2】
【0087】
上記の結果より、実施例1〜11ではいずれもウイルスのエンベロープの有無に関わらず、感染価が低下していることが確認された。特に、実施例1〜2、及び実施例4〜7では、ウイルス感作時間30分で99.999%以上の非常に効果の高い不活性化率であった。
【符号の説明】
【0088】
1 金属層
2 陽極酸化皮膜
3 細孔
4 析出物
5 無機微粒子
6 樹脂バインダー
7 機能性微粒子
8 バインダー(シラン化合物)
9 シランモノマー
10、30、40 表面被膜
100、200、300、400 アルミニウム部材
図1
図2
図3
図4