(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、少量の有機化合物、ペプチド、タンパク質、及び合成ポリマーなどの様々な分析物に対して、試料を定性的又は定量的に分析する方法として、HPLC法、ガスクロマトグラフィー法、NMR法、又は質量分析法などが知られているが、これらの分析方法は、分析物の前処理を必要とし、簡便な方法であるとは言えなかった。
【0003】
特に分析対象を皮膚とした場合、皮膚状態は、季節又は哺乳動物(例えば、ヒト)の体調若しくは年齢、あるいは皮膚への化粧品の塗布前後等、種々の要因により時々刻々と変化するため、迅速かつ簡便な分析方法が求められている。皮膚状態の改善又は成分(例えば、水分、タンパク質)の保持を目的として、化粧品又は医薬品を塗布し、その効果が達成されたか否かを瞬時に測定することは重要である。これまで、皮膚状態の変化により、角層に含まれるNMF(天然保湿因子)の量が変化することが知られている。NMFの成分としては、アミノ酸、ミネラル、PCA(ピロリドンカルボン酸)、乳酸塩、尿素等が挙げられる。したがって、ある皮膚状態におけるこれらの成分を定性的又は定量的に迅速かつ簡便に分析する手法が望まれる。
【0004】
特許文献1には、皮膚から採取した試料を熱分解マススペクトル法又は熱脱着マススペクトル法を用いて、皮膚表面又は皮膚内部に存在する特定物質の定量を行う皮膚存在物質の分析方法が開示されている。このとき、皮膚から試料を採取する際に粘着性テープを使用する。しかしながら、角層に含まれる成分の分布状態を精度良く定量することができないという問題がある。
【0005】
一方、皮膚から採取した試料に含まれる各成分を分析する方法として質量分析が有効な手段となる。質量分析は、試料をイオン化し、生成したイオンを電界又は磁界の働きによってm/z値に分け、質量スペクトルを得る分析法である。この場合、試料の状態に応じて最適なイオン化法を選択することが重要となってくる。質量分析におけるイオン化法として、種々の方法が知られているが、近年、DESI(Desorption Electrospray Ionization)や、DART(Direct Analysis in Real Time)が注目されている(特許文献2及び3)。DESIは、イオン化した溶媒を試料に付着させてイオンを脱離させる方法である。また、DARTとしては、電子励起状態の原子又は分子を大気中の水に衝突させてペニングイオン化させて生成したプロトンを試料に付加してイオン化させる方法が知られている。
【0006】
さらに、従来のイオン化法において、質量分析用の試料調製が容易な手法として、ペーパースプレーイオン化法が知られている。これは、試料をろ紙に載せ、染み込ませるため、試料の取り扱いが容易であり、固体試料や液体試料のいずれにおいても対応が可能である。また、使用されるろ紙が分離場としても利用できるといった利点を有する(特許文献4)。しかしながら、イオン化のために高電圧をかけることが必要であり、試料測定に危険を伴う。このように、DESI、DART、ペーパースプレーイオン化法は、試料をイオン化するための設備を必要とするため、複雑な構成の装置となる。さらに、ペーパースプレーイオン化法を低電圧(〜3V程度)で安全に行える方法もあるが、カーボンナノチューブ(CNT)を含浸させたろ紙が必要であり、測定コストが嵩む、含浸ろ紙の作製に手間がかかる(非特許文献1)。
【0007】
また、インレットイオン化法も知られ、試料のイオン化に電圧、熱、及びガスは不要であり、(高)電圧、高熱、ガスによる危険性が少ない。装置の小型化が可能であり、初期投資やランニングコストが安いといった利点を有する(非特許文献2、非特許文献3)。しかしながら、インレットイオン化法では、試料をあらかじめ液体に溶解させる必要があるため、固体試料やその表面上の成分を分析することは困難である。また、非特許文献2、非特許文献3に記載の分析装置では、液体に溶解させた試料を装置に注入する際にピペット等の注入具を用いているため、他の試料を分析する際には注入具を交換する必要があり、手間がかかり、簡便な方法ではない。
【0008】
以上のように、試料中の成分を分析する方法では、装置が複雑になることや、たとえ装置を簡便にできたとしても短時間に容易に分析することができない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の従来技術が有する問題に鑑み、試料に含まれる成分、特に角層に含まれる成分及びその分布状態を短時間で容易に分析可能な分析方法及びその分析方法を可能にする分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記したペーパースプレーイオン化法とインレットイオン化法の利点を併せ持った新規な分析方法を見出した。すなわち、本発明者らは、溶媒に溶解させた試料を含む試料溶液を担体(例えば、ろ紙)に含浸させ、該担体と質量分析装置の分析部の吸引口とが接しない状態で、試料溶液を吸引口から吸引させて、電圧、熱及びガスなどを必要せずに数秒以内に質量分析を行うことに成功し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]試料に含まれる成分を定性又は定量分析する方法であって、
溶媒に溶解された試料を含む試料溶液を受ける液受け部
を有し、該液受け部から少なくとも一端に該試料溶液を導く微小空間群が形成された担体
の該液受け部に、該試料溶液を供給する工程と、
質量分析装置の分析部
の吸引口と該担体とが接しない状態で、該担体の一端に到達した該試料溶液を該吸引口から
該分析部に吸引する工程と、
該成分の質量分析を行う工程
を含むことを特徴とする前記分析方法。
【0014】
[2]試料に含まれる成分を定性又は定量分析する方法であって、
該試料を塗布する塗布部から少なくとも一端に至るまでに微小空間群が形成された担体に、該試料を塗布する工程と、
該塗布部に溶媒を供給する工程と、
質量分析装置の分析部
の吸引口と該担体とが接しない状態で、該担体の一端に到達した該試料溶液を、該吸引口から
該分析部に吸引する工程と、
該成分の質量分析を行う工程
を含むことを特徴とする前記分析方法。
【0015】
[3]試料に含まれる成分を定性又は定量分析する方法であって、
該試料が転写される部分から少なくとも一端に至るまでに微小空間群が形成された担体に、該試料を転写する工程と、
該試料が転写された部分に溶媒を供給する工程と、
質量分析装置の分析部
の吸引口と該担体とが接しない状態で、該担体の一端に到達した該試料溶液を、該吸引口から
該分析部に吸引する工程と、
該成分の質量分析を行う工程
を含むことを特徴とする前記分析方法。
【0016】
[4]角層に含まれる成分を定性又は定量分析する方法であって、
表面に粘着層を有するシート体を、該粘着層側が皮膚となるように貼り付け、該皮膚から該シート体を剥がすことにより角層を剥離する工程と、
該シート体に付着した該角層を、該シート体と微小空間群が形成された担体とで挟み込む
ことによって該角層を該担体表面に配置する工程と、
該担体に溶媒を供給
して該角層に含まれる成分を該溶媒に溶解させた試料溶液とする工程と、
質量分析装置の分析部
の吸引口と該担体とが接しない状態で、該担体の一端に到達した該試料溶液を、該吸引口から
該分析部に吸引する工程と、
該成分の質量分析を行う工程
を含むことを特徴とする前記分析方法。
【0017】
[5]角層に含まれる成分を定性又は定量分析する方法であって、
微小空間群が形成され、表面に粘着層を有する担体を、該粘着層側が皮膚となるように貼り付け、該皮膚から該担体を剥がすことにより
、該皮膚から剥離した角層を
該担体表面に配置する工程と、
該担体に溶媒を供給
して該角層に含まれる成分を該溶媒に溶解させた試料溶液とする工程と、
質量分析装置
の分析部の吸引口と該担体とが接しない状態で、該担体の一端に到達した該試料溶液を、該吸引口から
該分析部に吸引する工程と、
該成分の質量分析を行う工程
を含むことを特徴とする前記分析方法。
【0018】
[6]該試料溶液を該担体の一端に導くガイド機構が該担体に取り付けられていることを特徴とする、上記[1]〜[5]に記載の分析方法。
【0019】
[7]該担体の一端の角の角度が少なくとも1つが90°未満でないことを特徴とする、上記[1]〜[6]に記載の分析方法。
【0020】
[8]該担体に溶媒を供給した後に、該試料溶液を供給することを特徴とする、上記[1]、[6]及び[7]に記載の分析方法。
【0021】
[9]該試料
の塗布
の前及び/又は後に、該担体に溶媒を滴下することを特徴とする、上記
[2]に記載の分析方法。
【0022】
[10]該角層
の該担体表面への配置の前又は後に、該担体に溶媒を滴下することを特徴とする、上記[4]
または[5]に記載の分析方法。
【0023】
[11]試料に含まれる成分を定性又は定量分析する分析装置であって、
微小空間群が形成された担体と、
該担体を保持する保持部と、
該担体に溶媒又は試料溶液を供給する供給部と、
吸引口を有し、
該試料溶液中の成分が分析に供せられ、成分の性状に応じて測定シグナルを検出する分析部と
を備え、
ソフトウェアを用いて、該分析部を制御すると共に、該検出された測定シグナルに基づいてデータ分析するようにした分析装置において、
該担体と該吸引口とが接しない状態で該担体が該保持部で保持され、該供給部から供給された該溶媒に溶解された試料を含む該試料溶液が担体の一端に到達し、該到達した試料溶液を該吸引口から
該分析部へ吸引することを特徴とする質量分析装置。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、試料に含まれる成分、具体的には角層に含まれる成分(例えば、NMF、脂質、ペプチド、タンパク質など)の分布状態や組成を短時間で容易に精度良く定量することが可能である。また、本発明によれば、皮膚に経皮吸収した薬剤、合成高分子などを定性的又は定量的に分析するための方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明者らは、試料に含まれる成分を定性的又は定量的に分析するための抽出微小液滴導入質量分析(Extractive micro−Droplet Introduction Mass Spectrometry;EmDI−MS)を新たに開発した。本発明は、該EmDI−MSを用いて、試料に含まれる成分(例えば、角層に含まれる成分を定性又は定量分析する方法に関する。本出願において、本発明の分析方法の概念及び詳細が、固体試料及び液体試料を超高速に直接分析する応用例とともに初めて示される。本明細書では、EmDI−MSが、その有効性が認められているペーパースプレーイオン化法とインレットイオン化法の特徴を併せ持たせることによって、独自の分析方法として確立されたことを示す。EmDI−MSにおいて、担体に積層(載置)された固体試料及び液体試料の成分は、一度に供給される数μlの溶媒によって抽出される。抽出された成分を含む試料溶液は、担体の一端から瞬時に質量分析装置の分析部に導入され、質量分析が数秒以内で完了する。ここで、特記すべきことは、本発明のEmDI−MSは、ペーパースプレーイオン化法とインレットイオン化法の利点を併せ持つことであり、例えば、分析物をイオン化するために高電圧、レーザー、熱又はガスを必要としない点、高速分析であって、かつ試料の取り扱いが容易な点、さらには分離可能である点が挙げられる。このEmDI−MSによって、従来欠点とされた(高)電圧印加(ペーパースプレーイオン化法)と、固体試料のハンドリングの困難性(インレットイオン化法)が解消される。本発明者らは、少量の有機化合物、ペプチド、タンパク質、及び合成ポリマー、角層成分などの様々な分析物に対して、試料を前処理せずに、超高速(例えば、<1秒)であって、定性的及び定量的な分析を可能にした。
【0027】
本発明によれば、試料に含まれる成分を定性又は定量分析する方法であって、溶媒に溶解された試料を含む試料溶液を受ける液受け部から少なくとも一端に該試料溶液を導く微小空間群が形成された担体に、該試料溶液を供給する工程と、質量分析装置の該試料溶液を吸引する吸引口と該担体とが接しない状態で、該担体の一端に到達した該試料溶液を該吸引口から吸引する工程と、該成分の質量分析を行う工程を含むことを特徴とする分析方法等が提供される。
【0028】
1.分析手法(概念)
本発明は、本質的には質量分析装置を用いる分析方法であるが、分析物をイオン化するために電圧、熱及びガスを必要とせず、2〜3秒以内(場合により、1秒未満)に定性的又は定量的な分析を完了させることができる。より具体的には、本発明の分析方法は、従来のペーパースプレーイオン化法とインレットイオン化法のそれぞれの長所を合わせ持つことを特徴とする。典型的には、
図1及び2に示すように、本発明の分析方法は、溶媒に溶解された試料を含む試料溶液310を受ける液受け部120から少なくとも一端に該試料溶液を導く微小空間群が形成された担体100に、該試料溶液310を供給する工程(1)と、質量分析装置1の分析部400の該試料溶液を吸引する吸引口410と該担体100とが接しない状態で、該担体100の一端110に到達した該試料溶液を吸引口410から吸引する工程(2)、及び分析部400において質量スペクトルを得る工程(3)を含む。
【0029】
また、他の態様として、工程(1)では、あらかじめ試料を溶解させた試料溶液に代えて、担体100に試料を直接塗布した後、溶媒320を供給して担体100において目的成分を溶媒320に溶解させて試料溶液としてもよい。
【0030】
別の態様として、工程(1)では、試料を担体100に転写して、試料が転写された部分に溶媒320を供給して、担体100において目的成分を溶媒320に溶解させて試料溶液としてもよい。
【0031】
担体上の試料に数μLの溶媒を供給して得られる試料溶液を用いてもよい。
【0032】
本発明では、他の実施態様として、例えば、
図8に示すように角層に含まれる成分を定性又は定量分析する場合、表面に粘着層を有するシート体600を、粘着層側が皮膚となるように貼り付け、皮膚からシート体600を剥がすことにより角層700を剥離し、シート体600に付着した角層700を、シート体600と微小空間群が形成された担体100とで挟み込み、担体100に溶媒320を供給して角層700に含まれる成分を溶媒320に溶解させて試料溶液としてもよい。
【0033】
また、角層に含まれる成分を定性又は定量分析する場合には、
図9に示すように粘着層800を有する担体100の粘着層800側が皮膚となるように貼り付け、皮膚から担体を剥がすことにより角層700を剥離した後、担体100に溶媒320を供給して、角層700を溶媒320に溶解させて試料溶液としてもよい。
【0034】
工程(2)では、担体100に供給した試料溶液310が吸引口410から分析部400に取り込まれる。
【0035】
工程(3)では、工程(2)において分析部400の真空圧に起因して生じる吸引力によって吸引された試料溶液に含まれる成分の質量を分析部400にて測定する。
【0036】
本発明の分析方法は、あらかじめ試料を溶解させた試料溶液310を分析部400に取り込ませる他に、溶媒320を担体100上の試料に供給して目的成分を抽出した試料溶液とした後、その試料溶液を瞬時に真空下の分析部400に取り込ませることで、目的成分を定性又は定量的に分析することができる。これにより、前処理の操作を減らし、測定時間も瞬時となり、しかも分析装置に一度に取り込める目的成分の量を大幅に上げられるため、絶対感度を高められる。
【0037】
分析部400の内部の真空圧及び温度から、吸引された液滴の気化体積を計算すると、一滴約6μLの水は約12Lもの体積となる。実際に、圧力への影響は軽微であり、しかも瞬時に元の真空圧に戻るため、測定には影響がないことを確認している。分子量の小さい水が最も気化体積が大きくなるが、本発明の分析方法は、溶媒を水とした場合に測定可能であることを実証しているため、他のいずれかの溶媒を使用することができると言える。このように、溶媒種を変更できるということは、担体上の載置した試料から、溶媒の極性を変えることにより粗分画が可能(目的成分を順次分析できる)ことになる。この点、従来のペーパースプレーイオン化法と同様に、妨害成分が多い血液など場合においても迅速に分析できるという利点を有する。
【0038】
2.試料調製
本発明によれば、本発明の分析方法によって測定可能な試料は、限定されないが、固体試料若しくは半固体試料又は液体試料のいずれであってもよく、任意の物体表面上に存在する成分を含む。一態様おいて、試料を溶媒に溶解させた試料溶液310を分析に用いてもよい。別の態様において、担体100に予め塗布した液体又は(半)固体の試料に適切な溶媒320を供給し、試料溶液として使用することができる。更なる態様において、担体100に転写した試料に適切な溶媒320を供給し、試料として使用してもよい。また、他の態様として、
図9に示すように、粘着層800を有する担体100を用いて皮膚から剥離させた角層700を試料として使用することもでき、角層700に適切な溶媒320を供給し、試料溶液として用いることもできる。又は、表面に粘着層を有するシート体(粘着シート体600)を用いて角層から剥離させた角層700を試料とし、さらに適切な溶媒320を供給し、試料溶液とすることができる。上記の通り、いずれの試料も使用することができるが、試料を塗布し、試料溶液を含浸させ、又は剥離した角層を粘着させたシート材を挟むための担体を必要とする。
【0039】
試料調製において使用される溶媒は、試料を溶解させ、試料に含まれる成分を抽出するものであればよく、限定されないが、水、有機溶媒(例えば、エタノール、メタノール、アセトニトリル、ヘキサン)、又はそれらの混合物であってもよい。酸や塩基、微量のイオンペア剤や塩を加えてもよい。供給する量は、1滴でもよく、約2〜20μLに相当する量であってもよい。なお、試料が担体100に含浸している場合には、上記の通り、担体100に溶媒320を供給する態様が好ましいが、別の態様として、試料が目的成分を含む試料溶液である場合、担体100に試料溶液310を直接供給し、試料溶液が分析部400の吸引口410から吸引されて分析され得る。この場合の試料溶液の量は、上記の供給量に準ずる。
【0040】
一態様として、上記担体100に試料溶液310を供給する前に、予備浸潤として、該担体100に上述した溶媒のいずれかを滴下してもよい。別の態様として、試料を塗布又は転写する前及び/又は後に、該担体100に上述した溶媒のいずれかを滴下してもよい。他の態様として、角層700を付着させる前又は後に、該担体100に上述した溶媒のいずれかを滴下してもよい。
【0041】
3.担体
本発明の分析方法は、試料を積層(載置)等するための担体100を使用することを特徴とする。後述するように、典型的には、本発明の分析方法は、本発明の質量分析装置1における分析部400が有する吸引口410と、試料溶液310が供給された担体100とが接しない状態で質量分析を行うものである。ここで、使用され得る担体100は、供給される試料溶液310又は溶媒320を受ける液受け部120から、該担体100の少なくとも一端に試料溶液を分析部400の吸引口410へと導くための微小空間群が形成されていることが好ましい。
【0042】
本明細書で使用するとき、「液受け部」(120)とは、供給される試料溶液310又は溶媒320を受ける担体100上の任意の領域を意味し、液受け部120とそれ以外の領域を明確に区別することを意図しない。試料が、担体100に載置された状態であれば、試料に含まれる成分を溶解させるための溶媒320を供給する部分(又は構造)を意味し、また、試料が液体試料であれば、該試料溶液310を供給する部分(又は構造)を意味する。なお、液受け部は、単に、供給部300から供給された試料溶液310又は溶媒320を一時的に受ける担体100上のいずれかの領域であってよいが、担体100がガイド機構10を具備している場合は、ガイド機構に接するか又はその近傍の領域であることが好ましい。また、一態様において、担体100において試料を溶解又は抽出させる場合には、液受け部120は、吸引口410から遠い、担体100上の一端付近(図示せず)であってもよい。
【0043】
担体100を保持部200(例えば、クリップ)で保持した場合、担体上に液受け部を形成させるための余白を必要とする。このような余白は、例えば、
図2では、S
1及びS
2に相当するが、先端側にある余白部分(S
2)は必ずしも設けなくてもよく、保持部200は、担体の一端110と重なってもよい。一方、保持部200の側面に沿った余白部分(S
1)は、保持部200の両側であってよく、又は片側にあってもよい。
【0044】
本発明において使用される担体100は、微小空間群が形成されていることが好ましい。ここで、本明細書で使用するとき、「微小空間群」とは、毛管現象を生じるような構造を有する物体を意味し、含浸させた試料溶液は微小空間群を通じて、担体100の少なくとも一端110に導く役割を果たす。本発明において使用可能な担体としては、上記の液受け部と微小空間群を有する担体であればよく、限定されないが、例えば、ろ紙、繊維、樹脂、布、薄層クロマトグラフィープレート(ガラス、アルミニウム等の板上にシリカゲル、アルミナ、ポリアミド樹脂などの吸着剤を薄膜状に固定した薄層プレート)であってもよい。
【0045】
本発明の分析方法に使用される担体100の形状は、担体100に含浸した試料溶液が、担体100の少なくとも一端110で、分析部400の吸引口410に吸引され得るのに適した形状であることが好ましい。担体100の形状としては、吸引口410に近いが尖っていないことが好ましく、例えば、このような担体の一端の角の角度は90°未満でない形状であることが好ましい。担体100の形状としては、例えば、正方形、長方形、台形等が挙げられる。好ましい態様として、ろ紙を用いた場合を例にすると、ろ紙としては、例えば、市販の定性ろ紙(GEヘスルケア・ジャパン社製;円形ろ紙:最大500mm径、角型ろ紙:最大600mm)を使用することができる。次に、吸引口410の状態(形状、大きさ等)に合わせて、ろ紙を適切な形状と大きさを有するように切り出したろ紙小片を用いることが好ましい。例えば、ろ紙小片の形状及び大きさは、限定されないが、典型的には、長方形(例えば、短辺2.5mm×長辺10mm)、台形(上底2.5mm×下底10mm)であってもよい。このようなろ紙小片は、切断前のろ紙に試料を積層した後に、ろ紙から切り出してもよい。また、担体100の一端の角の角度は、上記の通り、90°未満でないことが好ましい。このような角度としては、好ましくは90°以上180°未満、より好ましくは90°以上150°未満、さらにより好ましくは90°である。
【0046】
本発明に使用される担体100は、上記の通り、液受け部120と微小空間群が形成されていることが好ましいが、さらに、該担体100には、試料溶液310又は溶媒320を分析部400の吸引口410から吸引させるのを補助するためのガイド機構が設けられてもよい。ここで、「ガイド機構」は、当業者において一般的に使用される用語であって、本発明においては、上記の通り、試料溶液310又は溶媒320を分析部400の吸引口410から吸引させるのを補助するための構造を意味し、材質及び大きさは限定されない。このようなガイド機構の役割を果たすものとして、例えば、
図2に示すように、ろ紙小片を保持することを兼ねた保持部200(例えば、クリップ)の側縁10であってもよい。また、本発明は、試料をイオン化するために高電圧をかける必要がないため、使用される保持部200は、絶縁性のものであってもよい。
【0047】
例えば、クリップを用いてろ紙小片を固定する態様において、ろ紙小片は、クリップでその全体が覆われることなく、ろ紙小片に余白が残るように固定されることが好ましい。この余白のうち、クリップ側面の余白部分は、試料溶液310又は溶媒320を供給する液受け部120に相当する。該余白部分の幅は、限定されないが、約0.5〜2mmであればよい。供給後に、試料溶液310又は溶媒320が、ろ紙の一端110、すなわち、分析部400の吸引口410に向かって含浸しながら流れるように、クリップ側面10は、ガイド機構としての役割を果たす。一方、ろ紙小片に存在する余白のうち、吸引口410に近い側の余白部分(
図2中のS
2)は、上記の通り、必ずしも設けなくてもよいが、余白部分を設ける場合は、試料溶液による微小液滴(液溜め)が形成するに足りる大きさであればよい。このような余白部分の面積は、限定されないが、約0.001〜10mm
2であることが好ましい。
【0048】
なお、当業者に理解されるように、保持部200の側縁をガイド機構10として用いてもよく、又は担体上に設けた溝をガイド機構(10a、10b、10c、10d、10d′)として用いてもよい。例えば、
図3に示した担体では、設けた溝の形状は、断面図に示されるように、傾斜面と曲面を有するものであるが、溝の深度及び位置についても限定されない。したがって、本発明の目的が達成される限り、ガイド機構として利用される担体上の溝の形状、深度、及び位置は限定されず、例えば、
図4に示されるガイド機構(10b、10c、10d、10d′)が例示される。また、
図5に示されるように、担体100″の一側面に段差を設けることによって、この段差をガイド機構10eとして利用することができる(
図5(A))。ガイド機構10eを有する担体100″の断面は、
図5(B)に示される通りである。
【0049】
一方、担体100に溝を設けずに、担体100の表面上に、シート体500を載置させることによってもガイド機構を設置することができる。例えば、
図6のように、担体100上に、2枚のシート体500を互いに間隔を空けて載置することによって、これらの2枚のシート体500の間にガイド機構10fを設置することができる。また、
図7のように、1枚のシート体500′を担体100に載置することによって、
図5の場合と同様に、シート体500′の側縁を利用して担体100上に段差を形成させ、これをガイド機構10gとして利用することができる。ここで、使用可能なシート体500は、特に限定されず、いずれの素材であってもよく、溶媒を吸収しない性質を有するものであってもよい。担体に載置するシート体は、溶媒の蒸発を抑制する効果を有し、担体上で成分を抽出する場合には抽出効率を高める作用を有する。
【0050】
試料が皮膚の角層である場合を例として、試料及び担体の調製について説明する。本明細書で使用するとき、「角層」とは、皮膚の最外層にあって、表皮角化細胞が角化した扁平な角層細胞が重なった層を意味する。細胞−細胞間は角層細胞間脂質で満たされ、角層は角層細胞が約15層重なり、平均して約10〜20μm厚を有する。角層は、部位によってもその層厚が異なり、頬では比較的薄く、一方、踵などでは角層細胞の重なりは約50層に達する。本発明の方法で測定可能な層厚は、特に限定されないが、約5〜15層を分析対象とする。角層を剥離するには、テープストリッピング法が有効である。角層を剥離するために使用可能な、表面に粘着層を有するシート体(粘着シート体600など)には、特に限定されないが、D−Squame(CuDerm社製)、セロテープ(登録商標)(ニチバン社製)、PPSテープ(ニチバン社製)などが挙げられる。例えば、このようなシート材を用いて角層を採取した後、該粘着シート体600と微小空間群が形成された担体100を用いて、該粘着シート体600に付着した角層700を挟み込む(
図8)。角層を挟み込んだ該担体に溶媒を供給し、該角層の成分が溶解した該溶媒試料溶液として用いることができる。また、表面に粘着層800を有し、微小空間群が形成された担体100を用いることも可能である。この場合、担体100上には、剥離された角層700を保持しているため、該担体に溶媒を供給することにより試料溶液とすることができる(
図9)。
【0051】
4.質量分析装置
本発明は、典型的には、溶媒に溶解させた試料を含む試料溶液310を担体100に含浸させ、該担体100と分析部400の吸引口410とが接しない状態で、該試料溶液310を吸引口410から吸引させて、電圧、熱及びガスなどを必要とせずに数秒以内に質量分析を行う(
図1参照)。より具体的には、試料に含まれる成分を定性又は定量分析する分析装置であって、
微小空間群が形成された担体100と、
該担体を保持する保持部200と、
該担体に溶媒320又は試料溶液310を供給する供給部300と、
吸引口410を有し、該成分を定性又は分析する分析部400と
を備え、
該担体100と該吸引口410とが接しない状態で該担体100が該保持部200で保持され、該供給部300から供給された該溶媒に溶解された試料を含む試料溶液310が一端110に到達し、該到達した試料溶液を該吸引口410から吸引することを特徴とする質量分析装置1を提供することができる。
【0052】
本発明で使用される「保持部」(200)とは、分析部400の吸引口410の前で担体100を保持する部分又は手段を意味する(
図1及び2参照)。保持部200は、試料をイオン化するために高電圧を必要としないため、絶縁性の材質であってもよく、担体を保持するに足りる構造を有するものであれば限定されない。保持部200には、限定されないが、絶縁性クリップ、又は導電性クリップ等であってもよい。
【0053】
本発明で使用される「供給部」(300)とは、担体100に試料溶液310又は溶媒320を供給するために、該試料溶液又は溶媒を貯留する空間と該試料溶液等を吐出する手段を有するものであって、例えば、ピペット、シリンジなどが挙げられる。なお、供給部300は、特に限定されず、ピペットの使用のように独立した構造を有するものであってもよく、又は保持部200に具備させてもよく、担体100に固定してあってもよい。
【0054】
本発明で使用される「分析部」(400)とは、試料溶液を吸引するための吸引口410の他に、試料溶液中の成分が分析に供せられる部分であり、成分の性状に応じて発生する測定シグナルを検出する。このような分析部400は、限定されないが、ハイブリッド型タンデム質量分析機器(例えば、LTQ−Orbtrap(登録商標)(Thermo Fisher Scientific,Inc.,San Jose,CA))、6430qTOF(Agilent Technologies,Inc.,CA)、LCMS−8050(島津製作所,京都))、イオンモビリティ-TOF型質量分析計(例えば、Synapt G2 SI(日本ウォーターズKK))、qTOF型質量分析計(例えば、6530qTOF(アジレントテクノロジーズ)、三連四重極型質量分析計(例えば、6430QQQ(アジレントテクノロジーズ))、小型単四重極型質量分析計(例えば、QDa(日本ウォーターズKK))、Q-Orbitrap型質量分析計(QExactive(サーモフィッシャーサイエンティフィック))等を使用することができる。
【0055】
本発明によれば、担体100の一端110と吸引口410とが接しない状態で、試料溶液が担体の一端110から吸引口410に吸引されることを特徴とするが、試料溶液の粘性、分析部400内の真空圧に起因して生じる吸引口410付近での吸引力等の条件に応じて、該担体の一端110に形成された微小液滴を吸引されるよう、該担体の一端110と吸引口410との距離および高さを調整する。該担体の一端110と吸引口410との距離は、限定されないが、0.1〜0.5mmであることが好ましい。また、分析部400内の真空圧は、限定されないが、0.1hPa以下であることが好ましい。
【0056】
本発明の質量分析装置1を用いた試料の分析は、典型的には、以下の通りである。担体100を保持部200に固定し、該担体の一端110を分析部400の吸引口410に接しないように、間隔が0.1〜0.5mmとなるように調整し、固定する。次に、例えば、試料として液体を用いる場合、調製した試料溶液310を供給部300から担体100上の液受け部120に供給する。供給された試料溶液は、担体100に含浸しながら、担体の一端110で貯留し、速やかに分析部400の吸引口410から分析部400に吸引される。吸引された試料溶液は、分析部400で測定され、測定シグナルを得ることができる(実施例1〜4参照)。
【実施例】
【0057】
以下、製造例及び実験例を挙げて本発明の構成及び効果をより明確に説明する。但し、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。
【0058】
本実施例において具体的に使用される材料及び装置を以下に説明する。
【0059】
(1)材料
LC/MSグレードのメタノール(MeOH)及びアセトニトリル(ACN)を和光純薬株式会社(大阪、日本)から購入した。MilliQ水精製システムモデルMQ Advantageを用いて新鮮な水を得た。この装置は、Elix RO/IEX清浄器、SP−TOF清浄器、及びASM自動浄化モジュール(Millipore Inc.)で構成されている。ギ酸(99%)をナカライテスク日本(大阪、日本)から入手した。
【0060】
塩酸リジンを味の素株式会社(東京、日本)から入手した。グリシン(d2)をSigma−Aldrich社から購入した。
【0061】
ろ紙42(55mm径)をWhatman(GE Healthcare Life Sciences,Inc.,UK)から入手した。後述するように、処理せずに使用したが、分析において適切なサイズの小片に切断した。角層成分を分析する場合には、Promotool,Inc.(東京、日本)から入手可能な粘着皮膚ストリッピングテープ(Skinchecker(登録商標))を用いた。
【0062】
実施例1で使用される17個のアミノ酸からなる標準混合物を、0.1M塩酸中の1mM(nmol/μL)として、Agilent Technologies,Inc.(Palo alto,CA)から入手した(品番5061−3330;L−アスパラギン酸、グリシン、L−アラニン、L−バリン、L−ロイシン、L−イソロイシン、L−セリン、L−スレオニン、L−チロシン、L−プロリン、L−アルギニン、L−ヒスチジン、L−グルタミン酸、L−シスチン、L−フェニルアラニン、L−リジン、及びL−メチオニン)。
【0063】
実施例2において使用される試薬グレードのアンジオテンシンII及びインスリンをSigma−Aldrichから入手した。また、化粧品(イプサ メタボライザー モイストホワイトW1)をShiseido Co.,Ltd(東京、日本)から入手した。
【0064】
(2)担体及びその使用
ろ紙(55mm径)(Whatman(GE Healthcare Life Sciences,Inc.,UK)を長方形片(典型的には2.5×10mm)に切断した。形状は、必ずしも長方形ではある必要はなく、微小液滴が質量分析機器のエントランスキャピラリーに面するろ紙一端で吸引される限り、任意の形状であってもよい。同様に、ろ紙小片の大きさは限定されないが、質量分析に供される試料をろ紙に保持するのに十分な大きさであることが必要である。次に、任意の材料(金属、プラスチックなど)で作製されたクリップにろ紙小片を挟む。その後、ろ紙小片の先端部を質量分析機器のエントランスキャピラリーの開口部(吸引口)に近接して配置した。エントランスキャピラリーの位置を基準にして、質量分析機器内への吸引力が、ろ紙小片の一端に形成した微小液滴を吸引するのに十分な高さに固定し、エントランスキャピラリーとろ紙小片間の距離を約0.5mmとした。距離は、抽出溶媒の組成に応じて最適化され、適宜調整し得る。エントランスキャピラリーの中心線とろ紙小片の中心線を一致させることが好ましい。しかしながら、微小液滴がろ紙小片の一端で形成され、首尾よく質量分析機器内に吸引される限り、軸を一致させる必要はない。
【0065】
供給する抽出溶媒の体積は、典型的には5〜20μLであるが、ろ紙小片のサイズに合わせて変化させてもよい。一般に、ろ紙小片のサイズを大きくすると、それに応じて供給すべき抽出溶媒の体積は増やす必要がある。これは、過剰な溶媒によってろ紙小片に「ドーム」を形成させ、ろ紙小片の一端で微小液滴(液溜め)を形成させるためであるが、必要条件ではない。
【0066】
(3)分析部
全ての実施例において、ハイブリッド型タンデム質量分析機器であるLTQ−Orbtrap(登録商標)(Thermo Fisher Scientific,Inc.,San Jose,CA)を用いて、質量分析データを取得した。試料溶液を導入するための三次元操作段階として、ナノスプレーフレックスイオン供給源(登録商標)を質量分析機器のソースマニホールドに取り付けた。EmDI−MS実験では電圧が不要なため、高電圧(典型的には、±2〜5kV)を供給するために使用される接続ケーブルは使用しなかった。ワニ口クリップ付き導電ケーブルを用いて、主要な導電面/非導電面を接続することによって試料領域のアース電位を固定した。
【0067】
特に指示のない限り、各実験において、エントランスキャピラリーの温度を350℃に設定した。出口への意図しない電圧印加を回避するために、キャピラリー電圧を0kVとした。質量分析のほとんどを線形型四重極イオントラップ質量分析器LTQ(登録商標)を用いて行った。機器特有の設定を以下の通りとした;マイクロスキャン数:1、最大射出時間:10ms、スキャン速度:通常又は高速、AGCイオン標的設定(フルスキャン):3.00e+4。Xcalibur 2.1ソフトウェア(Thermo Fisher Scientific,CA)を用いて、質量分析機器を制御し、さらに、データ分析を行った。
【0068】
実施例1:本発明の分析方法の検証
本発明の分析方法の検証は、17個のアミノ酸標準混合物を用いて、(a)再現性、(b)線形性、及び(c)感度の観点から行った。
【0069】
(a)再現性
銅製ワニ口クリップを用いて、同一サイズ及び同一形状の3つのろ紙小片をそれぞれクランプした(具体的には、2.5mm×10mmの長方形のろ紙小片上に10nmolの各アミノ酸を積層した)。ろ紙小片は、室温(約25℃)にて約15分間放置し、乾燥された。中心軸を一致させて、質量分析機器のエントランスキャピラリー前にろ紙小片を配置し、10μLのMeOH−精製水(1:1)の全量を手動で一時に供給した。同時に、質量分析機器を用いてデータ収集を開始するが、取得質量飛程をm/z 50−500に設定しておいた。各試料の実行時間を30秒に設定したが、実際の分析時間はいずれも数秒以内であった。さらに、再現性を評価するために、同じ手法を3つのろ紙小片について繰り返した。平均した質量スペクトルは、各データのTICC(全イオン電流クロマトグラム)から得ることができ、見かけのピーク強度比(y軸の高さ)から定性的に比較した(
図10)。
【0070】
(b)線形性
17個のアミノ酸標準とグリシン(d2)の混合物を用いた内部標準法によって、本発明のEmDI−MS法の線形性について評価した。混合物溶液(後述)を4つの各ろ紙小片に積層した。ここで、17個のアミノ酸量は、ろ紙小片(2.5mm×10mm)あたり1、5、10及び50ngとした(以下、それぞれ「Std1」、「Std2」、「Std3」及び「Std4」と称する)。グリシン(d2)量は、内部標準として機能させるために、一定量(10ng)とした。
【0071】
Std1、Std2及びStd3は、3つのろ紙小片上に3つの標準溶液の分注液を積層させることによって調製した。Std3を調製するために、10mMの標準溶液を含む母液(各1mMのアミノ酸)を積層した。Std1及びStd2について、0.01mMと0.1Mのアミノ酸を含む溶液をそれぞれ用いた(いずれも10mMの内部標準を含む)。これらは、メタノール−精製水(1:1)を用いて、母液を連続希釈さえることによって調製された。Stdの調製について、1mMの内部標準でスパイクされた母液の分注液を別のろ紙小片に積層した。分注液は、積層−乾燥サイクルを繰り返すことによって、ろ紙小片に10回積層された。乾燥プロセスは、室温にて穏やかな空気流下で行われた。
【0072】
Std1〜Std4のろ紙小片は、上述した手順と同様に、EmDI−MS分析に供された。Std1〜Std4較正標準の平均質量スペクトルから、それぞれのアミノ酸と内部標準間のピークの高さを計算し、比較した。次に、ろ紙小片上に積層されたアミノ酸量をx軸にとしてプロットし、較正曲線を作製した。本発明の分析方法における線形性を、最小二乗法によって生じさせた較正線のR
2(決定係数)と切片から評価した(
図11)。
【0073】
(c)感受性
感受性は、Std1の質量スペクトルにおけるアミノ酸シグナルのシグナル対ノイズ(SN)比から推定した(
図12)。検出下限(LLOD)は、SN>3の推定濃度として定義した。
【0074】
実施例2:標準試料を用いた分析方法の検証
ペプチドを用いて、本発明の分析方法の実施可能性について検証した。本実施例においては、ペプチドとしてアンジオテンシンII及びインスリンを使用し、それぞれ、1mMの0.1%ギ酸と2%ACNを含む精製水に溶解した。各溶液の10μLを別々のろ紙小片(2.5mm×10mmの長方形)に積層し、ろ紙小片を室温にて乾燥させた。各ろ紙小片にはペプチドが10nmol積層されたことになる。実施例1の手順に従って、本発明のEmDI−MS分析を行ったが、本実施例では、抽出溶媒を0.1%ギ酸を含有するACN−精製水(1:1)に変更した。さらに、「予備湿潤」によってペプチドの抽出効率を高め、かつ微小液滴の質量分析機器内への吸収を容易にするために、抽出溶媒をろ紙小片に2回適用した。予備湿潤では、0.1ギ酸を含むACN−精製水(1:1)を5μL適用した。抽出及び微小液滴の形成のために、予備湿潤プロセスの直後(約10秒後)に上記溶媒(10μL)を適用した。アンジオテンシンII及びインスリンの分析した結果(質量スペクトル)をそれぞれ
図13及び14に示した。これらの質量スペクトルから明らかなように、アンジオテンシンII及びインスリンのそれぞれ特有の質量スペクトルが観察されたため、本発明の分析方法はペプチドを用いた試料についても分析が可能であることが実証された。
【0075】
実施例3:化粧品を用いた分析方法の検証
次に、化粧品を用いて、本発明の分析方法の実施可能性について検証した。化粧品(プロトタイプの化粧液、前処理なし)の一部(1μL)をろ紙小片(2.5mm×10mmの長方形)に積層した。ろ紙小片を室温にて約10分間乾燥させた後、実施例1の手順に従って、本発明のEmDI−MS分析を行った。結果を
図15に示す。化粧品には、多数の成分を含むが、主に、合成ポリマー、界面活性剤、及び有効成分に明確に分離することができ、半固形物を用いた場合であっても、本発明の分析方法の有効性が実証された。
【0076】
実施例4:ヒト皮膚(角層)を用いた分析方法の検証
ヒト皮膚を用いて、角層に含まれる成分をEmDI−MS法によって分析した。粘着テープストリッピング法によって、試料として、粘着テープデバイス(Skinchecker(登録商標))を用いて、健康な男性ボランティア(48歳)の内側前腕から角層を採取した。典型的な手順を以下に示す。
(1)石鹸で内側前腕を穏やかに洗浄する。
(2)平衡化のために30分間待つ。
(3)Skinchecher(登録商標)を用いたテープストリッピングによって角層(10層)を回収する。
(4)回収した角層をろ紙上に置き、固定させるために接着領域を穏やかに圧をかける。
(5)角層が接着したろ紙を小片(2.5mm×10mmの長方形)に切断する。
(6)ワニ口クリップ(金属、プラスチック他)を用いてろ紙小片をクランプし、質量分析機器のエントランスキャピラリー付近に設置する。
(7)ろ紙に5〜10μLの抽出溶媒を供給させ、速やかにEmDI−MS分析を行う。
(8)1回のEmDI−MS実験は、数秒以内に完了する。
【0077】
角層を用いて分析した結果を
図16に示す。この結果から明らかなように、角層に含まれるNMF(天然保湿因子)の成分としてのアミノ酸、ミネラル、PCA(ピロリドンカルボン酸)、乳酸塩、尿素などの質量スペクトルが出現し、ヒト皮膚を試料とした場合においても、本発明の分析方法の有効性が実証された。
【0078】
図1は、既述した本発明の方法を実施する分析装置を示す。
図1において、分析装置は、分析部410、微小空間群が形成された担体100を保持する保持部200、担体100に試料を供給する供給部300を主要な構成要素として具備している。分析部400は、イオン源としての真空容器、該容器内に真空を形成する真空ポンプ、前記容器内に高電圧を印加する高電圧源、イオン源たる前記真空容器に連通しイオン化された試料を分離する分析部、該分析部において選別されたイオンを増感して検出する検出部等を含むことができ、これらの構成要素は筐体内402内に収納されている。筐体402の一側面には、試料導入部を構成する吸引口410が設けられている。
【0079】
担体100は、吸引口410の近傍において、担体の一端110が吸引口410に接触することなく試料溶液が担体の一端110から吸引可能な位置に保持部200によって保持される。担体100は、例えばろ紙、繊維、樹脂、布、薄層クロマトグラフィープレート(ガラス、アルミニウム等の板上にシリカゲル、アルミナ、ポリアミド樹脂などの吸着剤を薄膜状に固定した薄層プレート)とすることができる。保持部200は、スタンド(図示せず)やフレーム(図示せず)等の固定手段を用いて、吸引口410の前方の所定位置に固定するようにしてもよい。供給部300は、ピペットやシリンジ等によって構成することができる。供給部300は、担体100に溶媒320又は試料溶液310を供給可能な位置に配置される。供給部300は、スタンド(図示せず)やフレーム(図示せず)等の固定手段を用いて、担体100の上方の所定位置に固定するようにしてもよい。
【0080】
本明細書に開示された実施形態を実現する代替方法があることに留意すべきである。従って、本実施形態は、例示であって、制限的なものではないと考えるべきである。さらに、特許請求の範囲は、本明細書に与えられた詳細に限定されるものではなく、その全範囲及び同等物に権利がある。