【実施例】
【0031】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
(実施例1)表皮由来細胞集団からのメラノサイトの分離
(1)皮膚組織からの細胞の調製
C57BL/6マウス(生後1日齢)の皮膚組織を摘出し、PBS(-)で洗浄した。皮膚組織を1cm角程度に切断し、0.25%トリプシン溶液に浸し、4℃で一昼夜インキュベートした。その後、ピンセットで剥がした表皮組織を再び0.25%トリプシン溶液に浸し、37℃で10分間インキュベートした。この溶液を、50mL容の遠沈管にセルストレーナー(BD社製)を通しながら移し、表皮由来細胞を濾過した。5分間遠心後、上清を除去し、PBS(-)を加えて細胞を分散させ、洗浄した。この洗浄操作を2回繰り返した。一般的に表皮組織には、高い構成比率(約95%)でケラチノサイトが存在し、残り僅かな構成比率でメラノサイトを含むその他の細胞が含まれる。このため、上記の操作によりケラチノサイト及びメラノサイトを含む細胞集団が得られる。
【0033】
(2)細胞内金属の蛍光染色
(1)で調製した細胞を、1%BSAを含むPBS(-)中でマグネシウム検出用蛍光指示薬KMG-20(最大励起波長λex:440nm、最大蛍光波長λem:500〜530nm、和光純薬工業社製)または亜鉛検出用蛍光指示薬FluoZin-3(最大励起波長λex:494nm、最大蛍光波長λem:516nm、Molecular Probes社製)で1時間反応させた(各2μM濃度)。反応後、細胞をPBS(-)で細胞を洗浄し、1%BSAを含むPBS(-)中で1時間静置した後、さらにPBS(-)で洗浄して未反応の指示薬を除去し、最終的にPBS(-)に懸濁した。
【0034】
(3)フローサイトメトリーによる解析
(2)で蛍光染色した細胞を含む懸濁液をフローサイトメーター(FACS Aria:BD社製)を用いて解析した。蛍光強度を横軸に対数で、細胞数を縦軸に線形でプロットした(
図1)。
図1に示すように、金属(マグネウシム、亜鉛)検出用蛍光指示薬で染色することにより、様々な蛍光強度を示す細胞が現れた。
【0035】
次に、各種金属指示薬で染色した細胞を蛍光強度に基づいて、蛍光強度が相対的に低い細胞集団(P1)と蛍光強度が相対的に高い細胞集団(P2)に1:1に分け、分取した (
図1参照)。
【0036】
(4) メラノサイトマーカー遺伝子の発現解析
各細胞集団(P1、P2)の細胞を、PBS(-)にて2回洗浄し、Trizol Reagent(Invitrogen社製)によって細胞からRNAを抽出した。次に、2-STEPリアルタイムPCRキット(Applied Biosystems社製)を用いて、RNAをcDNAに逆転写後、ABI7300(Applied Biosystems社製)により、下記の各プライマーセットを用いてリアルタイムPCR(95℃:15秒間、60℃:30秒間、40cycles)を実施し、メラノサイトに特異的に発現するマーカー遺伝子(Tyrosinase:Tyr、dopachrome tautomerase:Dct、tyrosinase-related protein 1:Tyrp1)の発現を確認した。その他の操作は定められた方法に従って実施した。
【0037】
Tyr用プライマーセット:
ACGACCTCTTTGTATGGATGCA(配列番号1)
TTTCAGAGCCCCCAAGCA(配列番号2)
Dct用プライマーセット:
CCGGCCCCGACTGTAATC(配列番号3)
GGGCAGTCAGGGAATGGATAT(配列番号4)
Tyrp1用プライマーセット:
CAACGCTATGCTGAGGACTATGA(配列番号5)
GCGGCTATCAGACCATGGA(配列番号6)
Gapdh(内部標準)用プライマーセット:
CCGTGTTCCTACCCCCAAT(配列番号7)
TGCCTGCTTCACCACCTTCT(配列番号8)
【0038】
各マーカー遺伝子の発現については、KMG-20及びFluoZin-3で染色した細胞において、蛍光強度が高い細胞集団(P2)における各遺伝子mRNAの発現量を内部標準であるGapdh mRNAの発現量に対する割合として算出した相対発現量(各遺伝子の発現量/Gapdh発現量)の値を1.0とし、これに対し、蛍光強度が低い細胞集団(P1)における各遺伝子相対発現量の値を算出し、評価した。その結果を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
表1に示されるように、蛍光指示薬KMG-20及びFluoZin-3で染色した細胞の蛍光強度に基づいて細胞をP1分画とP2分画に分けた場合、各メラノサイトマーカー遺伝子の発現量はP2分画に比較してP1分画において高いことが分かった。特にKMG-20を用いた場合にその差が顕著であった。以上の結果から、各金属検出用蛍光指示薬の蛍光強度が低い細胞分画には、メラノサイトが高い構成比率で含まれることが分かった。したがって、表皮由来細胞を各金属検出用蛍光指示薬で染色し、その蛍光強度を指標にすることにより、メラノサイトを高い構成比率で含む細胞集団と含まない細胞集団とに分離できることが明らかとなった。
【0041】
また、蛍光強度が相対的に低い細胞集団と蛍光強度が相対的に高い細胞集団に1:3に分けた場合にも、同様の結果が得られ、各メラノサイトマーカー遺伝子の発現量は各金属検出用蛍光指示薬の蛍光強度が低い細胞分画において高いことが確認できた。
【0042】
(5) 金属検出用蛍光試薬とc-kit抗体との共染色によるフローサイトメトリー解析
(1)と同様にして皮膚組織から調製した細胞を、各濃度のKMG-20(1.0μM,2.0μM、4.0μM,8.0μM)とメラノサイト特異的マーカー遺伝子であるc-kit抗体(Inoue Y, Hasegawa S, Yamada T, Date Y, Mizutani H, Nakata S, Matsunaga K, Akamatsu H. Pigment Cell Melanoma Res. 2012 May;25(3):299-311. Bimodal effect of retinoic acid on melanocyte differentiation identified by time-dependent analysis.)を用いて共染色(二重染色)した。具体的には、1%BSAを含むPBS(-)中で、各濃度のKMG-20及びc-kit抗体(200倍,Rat Anti-Mouse c-kit, Bio Legend社製)で1時間反応させた。反応後、細胞をPBS(-)で洗浄し、1%BSAを含むPBS(-)中で、c-kitの二次抗体(1000倍,Alexa Fluor 647 chicken anti-rat IgG, Molecular Probes社製)と1時間反応させた後、さらにPBS(-)で洗浄して未反応の指示薬を除去し、最終的にPBS(-)に懸濁した。
【0043】
共染色した細胞を含む懸濁液をフローサイトメトリーにより二次元に展開し、フローサイトメーターを用いて解析した。
図2に細胞分布図を示す。
図2に示されるように、c-kit陽性細胞(メラノサイト)は、c-kit陰性細胞(主にケラチノサイト)に比較してKMG-20の蛍光強度が低い傾向があった。また、下記表2に細胞分布図の各分画における細胞の割合を示す。
【0044】
【表2】
【0045】
表2に示した通り、KMG-20陰性細胞集団(Q1+Q3)におけるメラノサイトの割合(Q1/Q1+Q3)は、KMG-20陽性細胞集団(Q2+Q4)におけるメラノサイトの割合(Q2/Q2+Q4)に比較して顕著に高かった。また、その差はKMG-20を4.0μMで反応させた場合に最も大きく、KMG-20陰性細胞集団はKMG-20陽性細胞集団に比較してメラノサイトを約40倍含んでいた。また、皮膚組織におけるメラノサイトの構成比率はそもそも約2.6%と低いが、KMG-20陰性細胞集団を分取することにより、約8倍まで増加させることができることが明らかとなった。
【0046】
(実施例2)ヒト培養細胞を用いた細胞内金属を指標としたメラノサイト分離の評価
別々のシャーレ上で培養したヒト表皮メラノサイト(東洋紡社製)とヒト表皮ケラチノサイト(東洋紡社製)をトリプシン処理によりシャーレから解離させ、同一の細胞数で混合した。次に、混合した細胞を、KMG-20とc-kit抗体を用いて共染色した。具体的には、1%BSAを含むPBS(-)中で、4μMのKMG-20及びc-kit抗体(200倍,Rat anti-human c-kit, Bio Legend社製)で1時間反応させた。反応後、細胞をPBS(-)で洗浄し、1%BSAを含むPBS(-)中で、c-kitの二次抗体(1000倍,Alexa Fluor 647 chicken anti-rat IgG, Molecular Probes社製)と1時間反応させた後、さらにPBS(-)で洗浄して未反応の指示薬を除去し、最終的にPBS(-)に懸濁した。
【0047】
共染色した細胞を含む懸濁液をフローサイトメトリーにより二次元に展開し、フローサイトメーターを用いて解析した。
図3に細胞分布図を示す。
図3に示されるように、c-kit陽性細胞(メラノサイト)は、c-kit陰性細胞(ケラチノサイト)に比較してKMG-20の蛍光強度が低く、大部分がKMG-20陰性細胞集団に存在していた。具体的には、KMG-20陰性細胞集団(Q1+Q3)におけるメラノサイトの割合(Q1/Q1+Q3)は、85%であり、KMG-20陽性細胞集団(Q2+Q4)におけるメラノサイトの割合(Q2/Q2+Q4)は15%であった。以上の結果から、ヒト培養細胞においても、マウスの生体由来細胞と同様にKMG-20で染色することにより、メラノサイトとケラチノサイトを分離できることが確認された。
【0048】
(実施例3) 幹細胞の分化誘導細胞からのメラノサイトの分離
マウスES細胞からメラノサイトを分化誘導する系が確立されている(Yamane T, Hayashi S, Mizoguchi M, Yamazaki H, Kunisada T., Dev Dyn. 1999 Dec;216 (4-5):450-8. Derivation of melanocytes from embryonic stem cells in culture.)。本分化誘導系では、メラノサイト以外にも、ケラチノサイトを含む様々な細胞が分化してくる。本分化誘導系によりES細胞から分化誘導した細胞を用いて、KMG-20及びFluoZin-3の利用によりメラノサイトを高い構成比率で含む細胞集団の分離が可能かどうかを確認した。
【0049】
まず、マウス未分化ES細胞を、60mm細胞培養用シャーレでコンフルエントまで培養したST2細胞(フィーダー細胞)上に5000個播種し、α-MEMに10% FBS(Fetal bovine serum、Sigma社製)、100nM DEX(DEXAMETHASONE、Sigma社製)、20pM bFGF(basic Fibroblast Growth Factor、PeproTech社製)、10pM CT(Cholera toxin、Bio Academia社製)及び100ng/mL EDN3(Endothelin-3、和光純薬工業社製)を添加した分化誘導培地で培養し、ES細胞をメラノサイトへ分化誘導した。顕微鏡観察により、誘導後6日目にはST2細胞上に形成されたES細胞のコロニーが広がり始め、18日目前後でコロニーの周りにメラノサイトが出現した。また、誘導後24日目までに、メラノサイトがさらに成熟する様子が観察された。ES細胞から分化誘導24日後の細胞(メラノサイト及びその他の細胞を含む)をトリプシン処理によりシャーレから解離させ、実施例1(2)に記載の方法と同様の方法を用いて細胞をKMG-20、FluoZin-3により蛍光染色した。
【0050】
これら蛍光染色した細胞を、フローサイトメーターを用いて解析し、各種金属指示薬で染色した細胞を蛍光強度に基づいて、蛍光強度が相対的に低い細胞集団(P1)と蛍光強度が相対的に高い細胞集団(P2)に1:1に分けた。次に、実施例1(4)に記載の方法と同様の方法を用いて各細胞集団の細胞からRNAを抽出し、cDNAに逆転写後、リアルタイムPCRを実施し、各メラノサイトマーカー遺伝子の発現を確認した。その結果を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3に示されるように、蛍光指示薬KMG-20及びFluoZin-3で染色した細胞の蛍光強度に基づいて細胞をP1分画とP2分画に分けた場合、各メラノサイトマーカー遺伝子の発現量はP2分画に比較してP1分画において高いことが分かった。
【0053】
また、蛍光強度が相対的に低い細胞集団と蛍光強度が相対的に高い細胞集団に1:3に分けた場合にも、同様の結果が得られ、各メラノサイトマーカー遺伝子の発現量は各金属検出用蛍光指示薬の蛍光強度が低い細胞分画において高いことが確認できた。
【0054】
以上の結果から、マウスES細胞から分化誘導後の細胞をKMG-20及びFluoZin-3で染色し、その蛍光強度を指標にすることにより、メラノサイトを高い構成比率で含む細胞集団と含まない細胞集団とに分離できることが分かった。また、ヒトiPS細胞からメラノサイトを分化誘導する系において同様の試験を行ったところ、上記の結果と同様の結果が得られた。