【文献】
ITO結晶化に及ぼす下地層の効果 Study of influence of under layer On ITO orystallization,第68回応用物理学会学術講演会講演予稿集 Vol.2,2007年 9月 4日,p.621
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
透明フィルム基材の少なくとも一方の面に、結晶質の透明電極層を有する透明電極付き基板の長尺シートの巻回体を製造する方法であって、前記透明電極層は、抵抗率が3.5×10−4Ω・cm以下、結晶化度が80%以上であり、
透明フィルムの少なくとも一方の面に、酸化物を主成分とする透明誘電体層を有する透明フィルム基材を準備する基材準備工程;
巻取式スパッタリング装置を用いて、前記透明フィルム基材の透明誘電体層上に、膜厚が15nm〜40nm、酸化インジウムの含有量が87.5%〜95.5%である非晶質透明電極層が形成されることで、非晶質透明電極層が形成された透明フィルム基材の長尺シートの巻回体が得られる製膜工程;および
前記非晶質透明電極層が結晶化され結晶質透明電極層が得られる結晶化工程、を有し、
前記製膜工程において、不活性ガスおよび酸素ガスを含むキャリアガスが導入されながら、製膜室内の酸素分圧1×10−3Pa〜5×10−3Paで製膜が行われ、
前記結晶化工程において、前記透明フィルム基材および前記透明電極層が、120℃以上に加熱されることがない、透明電極付き基板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[透明電極付き基板の構成]
以下、本発明の好ましい実施の形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、透明フィルム基材10上に、透明電極層20を有する透明電極付き基板100を示している。
【0021】
透明フィルム基材10を構成する透明フィルム11は、少なくとも可視光領域で無色透明であるものが好ましい。透明フィルム11上には、酸化物を主成分とする透明誘電体層12が形成されている。透明誘電体層12を構成する酸化物としては、少なくとも可視光領域で無色透明であり、抵抗率が10Ω・cm以上であるものが好ましい。なお、本明細書において、ある物質を「主成分とする」とは、当該物質の含有量が51重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは90重量%であることを指す。本発明の機能を損なわない限りにおいて、各層には、主成分以外の成分が含まれていてもよい。
【0022】
本発明の透明電極付き基板100は、前記透明フィルム基材10の透明誘電体層12上に、透明電極層20を備える。低抵抗化のためには、この透明電極層20は、透明フィルム基材10の透明誘電体層12上に直接形成されていることが好ましい。
【0023】
透明電極層20は、酸化インジウムを87.5重量%〜95.5重量%含有することが好ましい。酸化インジウムの含有量は、90重量%〜95重量%であることがより好ましい。透明電極層は、膜中にキャリア密度を持たせて導電性を付与するためのドープ不純物を含有する。このようなドープ不純物としては、酸化スズまたは酸化亜鉛が好ましい。ドープ不純物が酸化スズである場合の透明電極層は酸化インジウム・スズ(ITO)であり、ドープ不純物が酸化亜鉛である場合の透明電極層は酸化インジウム・亜鉛(IZO)である。透明電極層中の前記ドープ不純物の含有量は、4.5重量%〜12.5重量%であることが好ましく、5重量%〜10重量%であることがより好ましい。酸化インジウムおよびドープ不純物の含有量を前記範囲とすることで、透明電極層が低抵抗化されることに加えて、非晶質の透明電極層を120℃以下の低温加熱あるいは室温で結晶質膜に転化することができる。
【0024】
透明電極層を低抵抗かつ高透過率とする観点から、透明電極層20の膜厚は、15nm〜40nmが好ましく、20nm〜35nmがより好ましく、22nm〜32nmがさらに好ましい。さらに、本発明においては、透明電極層を、低温加熱あるいは室温で結晶質膜に転化され得るものとする観点からも、透明電極層の厚みが前記範囲であることが好ましい。
【0025】
本発明の一実施形態において、透明電極層20は、結晶化度が80%以上の結晶質透明電極層である。結晶質透明電極層の結晶化度は、90%以上がより好ましい。結晶化度が前記範囲であれば、透明電極層による光吸収を小さくできるとともに、環境変化等による抵抗値の変化が抑制される。なお、結晶化度は、顕微鏡観察時に観察視野内で結晶粒が占める面積の割合から求められる。
【0026】
結晶質透明電極層は、抵抗率が3.5×10
−4Ω・cm以下であることが好ましい。また、結晶質透明電極層の表面抵抗は、150Ω/□以下であることが好ましく、130Ω/□以下であることがより好ましい。透明電極層が低抵抗であれば、静電容量方式タッチパネルの応答速度向上や、有機EL照明の面内輝度の均一性向上、各種光学デバイスの省消費電力化等に寄与し得る。
【0027】
結晶質透明電極層のキャリア密度は、4×10
20/cm
3〜9×10
20/cm
3であることが好ましく、6×10
20/cm
3〜8×10
20/cm
3であることがより好ましい。キャリア密度が前記範囲であれば、結晶質透明電極層を低抵抗化できる。また、本発明においては、非晶質の透明電極層を低温加熱あるいは室温で結晶化することにより、酸化スズや酸化亜鉛等のドープ不純物の含有量が比較的小さい場合でも、結晶化後の透明電極層のキャリア密度を前記範囲に高めることができる。
【0028】
本発明の透明電極付き基板100は、熱収縮開始温度が、75℃〜120℃であることが好ましく、78℃〜110℃であることがより好ましく、80℃〜100℃であることがさらに好ましい。熱収縮開始温度は、熱機械分析(TMA)により、所定の荷重および昇温速度で昇温を行った際の変位量の極大値から求めることができる。
【0029】
[透明電極付き基板の製造方法]
以下、本発明の好ましい実施の形態について、透明電極付き基板の製造方法に沿って説明する。本発明の製造方法では、透明フィルム11上に透明誘電体層12を備える透明フィルム基材10が用いられる(基材準備工程)。透明フィルム基材10の透明誘電体層12上にスパッタリング法により透明電極層20が形成される(製膜工程)。製膜直後の段階では、透明電極層20は、結晶化度が80%未満の非晶質の状態である。製膜直後の結晶化度は、70%以下が好ましく、50%以下がより好ましく、30%以下がさらに好ましく、10%以下が特に好ましい。後述するように、製膜直後の結晶化度が小さい透明電極層は、低温あるいは短時間の加熱で結晶化される傾向がある。
【0030】
透明電極層製膜後に、結晶化が行われる(結晶化工程)。一般に、酸化インジウムを主成分とする非晶質の透明電極層を結晶化するためには、150℃程度の高温での加熱が必要である。これに対して、本発明の製造方法は、低温加熱あるいは室温で結晶化が行われる(あるいは自発的に結晶化が進行する)ことを特徴としている。
【0031】
(基材準備工程)
透明フィルム基材10を構成する透明フィルム11は、少なくとも可視光領域で無色透明であり、透明電極層形成温度における耐熱性を有していれば、その材料は特に限定されない。透明フィルムの材料としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフテレート(PBT)、ポリエチレンナフタレート(PEN)等のポリエステル系樹脂、シクロオレフィン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリイミド樹脂、セルロース系樹脂等が挙げられる。中でも、ポリエステル系樹脂が好ましく、ポリエチレンテレフタレートが特に好ましく用いられる。
【0032】
透明フィルム11の厚みは特に限定されないが、10μm〜400μmが好ましく、50μm〜300μmがより好ましい。厚みが上記範囲内であれば、透明フィルム11が耐久性と適度な柔軟性とを有し得るため、その上に各透明誘電体層および透明電極層をロール・トゥー・ロール方式により生産性高く製膜することが可能である。
【0033】
透明フィルム11としては、二軸延伸により分子を配向させることで、ヤング率などの機械的特性や耐熱性を向上させたものが好ましく用いられる。透明電極層が製膜される前の透明フィルム基材10の150℃30分間加熱時の熱収縮率は、0.4%以上が好ましく、0.5%以上がより好ましい。熱収縮率が方向により異なる場合(例えば、MD方向とTD方向で異なる場合)、いずれか一方向の熱収縮率が前記範囲であればよい。基材の熱収縮率が前記範囲であれば、その上に形成される非晶質透明電極層が、低温加熱あるいは室温で結晶質に転化され得る膜となりやすい。
【0034】
以下、特に断りが無い場合、本明細書における「熱収縮率」は、150℃で30分加熱時の収縮率を表す。熱収縮率は、加熱前の2点間距離(L
0)と加熱後の2点間距離(L)から、
式: 熱収縮率(%)=100×(L
0−L)/L
0
により計算される。
【0035】
一般に、延伸フィルムは、延伸による歪が分子鎖に残留するため、加熱された場合に熱収縮する性質を有している。このような熱収縮を低減させるために、延伸の条件調整や延伸後の加熱によって応力を緩和し、熱収縮率を0.2%程度あるいはそれ以下に低減させるとともに、熱収縮開始温度が高められた二軸延伸フィルム(低熱収縮フィルム)が知られている。透明電極付き基板の製造工程における基材の熱収縮による不具合を抑止する観点から、このような低熱収縮フィルムを基材として用いることも提案されている。
【0036】
これに対して、本発明においては、上記のような低熱収縮処理がなされておらず、0.4%以上の熱収縮率を有する二軸延伸フィルムが好適に用いられる。本発明では、透明電極層の製膜および結晶化が低温で行われるため、熱収縮率が大きい基材が用いられた場合でも、製造工程における基材の大幅な寸法変化が抑止される。一方、基材の熱収縮率が過度に大きいと、製膜工程やその後のタッチパネル製造工程等におけるフィルムのハンドリングが困難となる場合がある。そのため、透明電極層が製膜される前の透明フィルム基材10の熱収縮率は、1.5%以下が好ましく、1.2%以下がより好ましい。
【0037】
基材が0.4%以上の熱収縮率を有する場合に、透明電極層が結晶化されやすくなる理由は定かではないが、透明電極層製膜時の基材と製膜界面での応力が、非晶質透明電極内の導電性酸化物の分子構造に摂動を与えていることが関連していると推定される。
【0038】
透明電極層が製膜される前の透明フィルム基材10は、熱収縮開始温度が、75℃〜120℃であることが好ましく、78℃〜110℃であることがより好ましい。一般に、低熱収縮処理フィルムの熱収縮開始温度は、120℃を超えるのに対して、低熱収縮処理されていない二軸延伸フィルムは、上記範囲の熱収縮開始温度を有している。
【0039】
透明フィルム11上に形成される透明誘電体層12を構成する酸化物としては、Si,Nb,Ta,Ti,Zn,ZrおよびHfからなる群から選択される1以上の元素の酸化物が好適に用いられる。中でも、酸化シリコン(SiO
2)や酸化チタン(TiO
2)のように酸素との結合が強い誘電体が好ましく、酸化シリコンが特に好ましい。
【0040】
透明誘電体層12は、その上に透明電極層20が形成される際に、透明フィルム11から水分や有機物質が揮発することを抑制するガスバリア層や、透明フィルムに対するプラズマダメージを低減する保護層として作用し得るとともに、膜成長の下地層としても作用し得る。特に、本発明においては、誘電体層が酸素ガスバリア層として機能することが、低温加熱あるいは室温での結晶化が可能な透明電極層の形成に寄与していると考えられる。透明誘電体層にこれらの機能を持たせる観点からは、透明誘電体層12の膜厚は、10nm〜100nmであることが好ましく、15nm〜75nmであることがより好ましく、20nm〜60nmであることがさらに好ましい。
【0041】
透明誘電体層12は、1層のみからなるものでもよく、2層以上からなるものであってもよい。透明誘電体層12が2層以上からなる場合、各層の厚みや屈折率を調整することにより、透明電極付き基板の透過率や反射率を調整して、表示装置の視認性を高めることができる。また、静電容量方式タッチパネル用の透明電極付き基板においては、透明電極層20の面内の一部がエッチング等によりパターニングされて用いられる。この場合、透明誘電体層の厚みや屈折率を調整することにより、電極層がエッチングされずに残存している電極形成部と、電極層がエッチングにより除去された電極非形成部との、透過率差、反射率差および色差等を低減して、電極パターンの視認を抑止することができる。
【0042】
透明フィルム基材10は、上記透明誘電体層12以外に、透明フィルム11の片面または両面にハードコート層等の機能性層(不図示)が形成されたものであってもよい。透明フィルム基材に適度な耐久性と柔軟性を持たせるためには、ハードコート層の厚みは3〜10μmが好ましく、3〜8μmがより好ましく、5〜8μmがさらに好ましい。ハードコート層の材料は特に制限されず、ウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、シリコーン系樹脂等を、塗布・硬化させたもの等を適宜に用いることができる。なお、ハードコート層等の機能性層が、透明フィルム11の透明電極層20形成面側に形成される場合、当該機能性層は、透明フィルム11と透明誘電体層12との間に形成されることが好ましい。
【0043】
透明フィルム基材10の透明電極層形成面側表面、すなわち透明誘電体層12表面の算術平均粗さRaは、0.4nm〜5nmが好ましく、0.5nm〜3nmがより好ましい。透明電極層20の製膜(着膜)状態は、製膜界面となる誘電体層表面の形状に影響を受け易く、表面を平滑としてRaを小さくすることで、低温でも結晶化可能な非晶質膜が得られ易い。透明誘電体層12の表面形状は、透明フィルム11の表面形状にも影響されるため、一般にはRaは0.4nm以上となる。算術平均粗さRaは、走査プローブ顕微鏡を用いた非接触法により測定された表面形状(粗さ曲線)に基づいて、JIS B0601:2001(ISO1302:2002)に準拠して算出される。
【0044】
透明フィルム11上への透明誘電体層12への形成方法は、均一な薄膜が形成される方法であれば特に限定されない。製膜方法としては、スパッタリング法、蒸着法等のPVD法、各種CVD法等のドライコーティング法や、スピンコート法、ロールコート法、スプレー塗布やディッピング塗布等のウェットコーティング法が挙げられる。上記製膜方法の中でも、ナノメートルレベルの薄膜を形成しやすいという観点からドライコーティング法が好ましい。特に、光学特性を調整する等の観点から数ナノメートル単位で層厚みを制御する必要がある場合は、スパッタリング法が好ましい。透明フィルム11と透明誘電体層12との密着性を高める観点から、透明誘電体層の形成に先立って、透明フィルム11の表面に、コロナ放電処理やプラズマ処理等の表面処理が行われてもよい。
【0045】
(製膜工程)
透明フィルム基材10の透明誘電体層12上に、スパッタリング法により透明電極層20が形成される。透明電極層20は、製膜直後は非晶質の膜である。透明電極層を低抵抗化するとともに、非晶質膜を低温加熱あるいは室温で結晶化させるためには、この透明電極層20は、透明フィルム基材10の透明誘電体層12上に直接形成されていることが好ましい。
【0046】
スパッタ電源としては、DC,RF,MF電源等が使用できる。スパッタ製膜に用いられるターゲットとしては金属、金属酸化物等が用いられる。特に、酸化インジウムと酸化スズまたは酸化亜鉛を含有する酸化物ターゲットが好適に用いられる。酸化物ターゲットは、酸化インジウムを87.5重量%〜95.5重量%含有するものが好ましく、90重量%〜95重量%含有するものがより好ましい。また、酸化物ターゲットは、酸化インジウム以外に、酸化スズまたは酸化亜鉛を4.5重量%〜12.5重量%含有するものが好ましく、5重量%〜10重量%含有するものがより好ましい。
【0047】
スパッタ製膜は、製膜室内に、アルゴンや窒素等の不活性ガスおよび酸素ガスを含むキャリアガスが導入されながら行われる。導入ガスは、アルゴンと酸素の混合ガスが好ましい。混合ガスは、酸素を0.4体積%〜2.0体積%含むことが好ましく、0.7体積%〜1.5体積%含むことがより好ましい。上記体積の酸素を供給することで、透明電極層の透明性および導電性を向上させることができる。なお、混合ガスには、本発明の機能を損なわない限りにおいて、その他のガスが含まれていてもよい。製膜室内の圧力(全圧)は、0.1Pa〜1.0Paが好ましく、0.25Pa〜0.8Paがより好ましい。
【0048】
本発明において、製膜時の製膜室内の酸素分圧は、1×10
−3Pa〜5×10
−3Paであることが好ましく、2.3×10
−3Pa〜4.3×10
−3Paであることがより好ましい。上記酸素分圧範囲は、一般的なスパッタ製膜における酸素分圧よりも低い値である。すなわち、本発明においては、酸素供給量が少ない状態で製膜がおこなわれる。そのため、製膜後の非晶質膜中には、酸素欠損が多く存在していると考えられる。
【0049】
製膜時の基板温度は、透明フィルム基材が耐熱性を有する範囲であればよく、60℃以下であることが好ましい。基板温度は、−20℃〜40℃であることがより好ましく、−10℃〜20℃であることがさらに好ましい。基板温度を60℃以下とすることで、透明フィルム基材からの水分や有機物質(例えばオリゴマー成分)の揮発等が起こり難くなり、酸化インジウムの結晶化が起こりやすくなるとともに、非晶質膜が結晶化された後の結晶質透明電極層の抵抗率の上昇を抑制することができる。また、基板温度を前記範囲とすることで、透明電極層の透過率の低下や、透明フィルム基材の脆化が抑制されるとともに、製膜工程においてフィルム基材が大幅な寸法変化を生じることがない。
【0050】
透明電極層の製膜前後でフィルム基材が大幅な寸法変化を生じないことから、透明電極層が製膜された後の非晶質透明電極層付き基板の熱収縮率や熱収縮開始温度は、透明電極層が製膜される前の透明フィルム基材の熱収縮率や熱収縮開始温度が概ね保持されていることが好ましい。すなわち、非晶質透明電極層付き基板は、0.4%以上の熱収縮率を有することが好ましい。また、非晶質透明電極層付き基板の熱収縮率は、1.5%以下が好ましく、1.2%以下がより好ましい。さらに、非晶質透明電極層付き基板の熱収縮開始温度は、75℃〜120℃であることが好ましく、78℃〜110℃であることがより好ましく、80℃〜100℃であることがさらに好ましい。
【0051】
透明電極層は、15nm〜40nmの膜厚で製膜されることが好ましい。製膜厚みは、20nm〜35nmがより好ましく、22nm〜32nmがさらに好ましい。製膜厚みを前記範囲とすることで、透明電極層を、低温加熱あるいは室温で結晶質膜に転化され得るものとすることができる。
【0052】
本発明においては、巻取式スパッタリング装置を用いて、ロール・トゥー・ロール法により製膜が行われることが好ましい。ロール・トゥー・ロール法により製膜が行われることで、非晶質の透明電極層が形成された透明フィルム基材の長尺シートのロール状巻回体が得られる。透明フィルム11上への透明誘電体層12の形成が巻取式スパッタリング装置を用いて行われる場合、透明誘電体層12と透明電極層20とが、連続して製膜されてもよい。
【0053】
一般には、非晶質の透明電極層を結晶化するためには、高温・長時間の加熱を要するため、透明電極層の製膜がロール・トゥー・ロール法により行われる場合でも、その後の結晶化は、フィルムを所定サイズのシートに切り出して行われていた。これに対して、本発明では、低温加熱あるいは室温で結晶化が行われるため、長尺シートのロール状巻回体からフィルムを切り出すことなく、ロール状のままで結晶化を行うことができ、透明電極付き基板の生産性を高めることができる。
【0054】
上記のように、低温加熱あるいは室温での結晶化を可能とする観点から、透明フィルム基材上に形成された非晶質透明電極層は、結晶化される際の活性化エネルギーΔEが、1.3eV以下であることが好ましく、1.1eV以下であることがより好ましく、1.0eV以下であることがさらに好ましい。活性化エネルギーΔEは小さいほど好ましく、特に好ましくは0.9eV以下、さらに好ましくは0.8eV以下、よりさらに好ましくは0.7eV以下、最も好ましくは0.6eV以下である。後の実施例で示されるように、スパッタ製膜時の酸素分圧を小さくすると、活性化エネルギーが大きくなる傾向がある。活性化エネルギーは、非晶質透明電極層が結晶化される際の反応速度定数kの温度依存性から、Arrheniusプロットを用いて算出することができる。活性化エネルギーの算出方法の詳細は後述する。
【0055】
(結晶化工程)
非晶質の透明電極層が形成された基材は、結晶化工程に供される。本発明の製造方法では、結晶化工程において、当該基材が120℃以上に加熱されないことが好ましい。すなわち、結晶化工程は、基材を加熱することなく常温で行われるか、あるいは加熱が行われる場合は120℃未満の温度で行われることが好ましい。結晶化工程における加熱温度は、100℃未満であることが好ましく、80℃未満であることがより好ましく、60℃未満であることがさらに好ましい。また、加熱温度は、透明電極層製膜後の基材の熱収縮開始温度T
s未満であることが好ましく、T
s−10℃未満であることがより好ましく、T
s−20℃未満であることがさらに好ましい。加熱が行われることなく、常温・常圧下で自発的に結晶化が行われることが最も好ましい。
【0056】
結晶化時間は特に限定されないが、常温での結晶化の場合は、1日〜10日程度である。加熱が行われる場合は、より短時間で結晶化が行われることが好ましい。本発明では、前述の所定条件で透明電極層が製膜されるために、上記のような低温でも結晶化が可能である。また、膜中に酸素を十分に取り込み、結晶化時間を短縮するためには、結晶化は大気中等の酸素含有雰囲気下で行われることが好ましい。真空中や不活性ガス雰囲気下でも結晶化は進行するが、低酸素濃度雰囲気下では、酸素雰囲気下に比べて結晶化に長時間を要する傾向がある。
【0057】
長尺シートのロール状巻回体が結晶化工程に供される場合、巻回体のままで結晶化が行われてもよく、ロール・トゥー・ロールでフィルムが搬送されながら結晶化が行われてもよく、フィルムが所定サイズに切り出されて結晶化が行われてもよい。本発明においては、低温加熱あるいは常温での結晶化が行われるため、フィルムが切り出されることなく、巻回体のまま、あるいはロール・トゥー・ロールで結晶化が行われることが好ましい。
【0058】
巻回体のまま結晶化が行われる場合、透明電極層形成後の基材をそのまま常温・常圧環境に置くか、加熱室等で養生(静置)すればよい。ロール・トゥー・ロールで結晶化が行われる場合、基材が搬送されながら加熱炉内に導入されて加熱が行われた後、再びロール状に巻回される。なお、室温で結晶化が行われる場合も、透明電極層を酸素と接触させて結晶化を促進させる等の目的で、ロール・トゥー・ロール法が採用されてもよい。
【0059】
このようにして透明電極層が結晶化された後の透明電極付き基板は、その製造過程において、120℃以上の高温での加熱が行われないため、透明電極層が製膜される前と透明電極層が製膜され結晶化された後の基材の熱履歴に大きな差がなく、熱収縮開始温度の変化や加熱収縮率の変化が小さい。そのため、本発明の透明電極付き基板は、熱収縮開始温度が75℃〜120℃の範囲となり得る。また、低温で結晶化が行われた場合は、結晶化によりキャリア密度が上昇する傾向があり、4×10
20/cm
3以上のキャリア密度およびが3.5×10
−4Ω・cm以下の抵抗率を有する結晶質透明電極層が得られる。
【0060】
[推定原理]
本発明において、室温、あるいは低温加熱での結晶化が可能となるのは、製膜後の非晶質膜の状態が特異的であることに起因していると考えられる。特に、本発明では、製膜時の酸素分圧が小さいため、非晶質膜中に、酸素欠損が多く存在していると考えられる。本発明の電極付き基板は、透明電極層中のキャリア密度が高いことからも、酸素欠損が多いと推定される。
【0061】
酸素欠損を多く含む非晶質状態は、分子構造が不安定であるため、ポテンシャルエネルギーが高く、結晶化のための活性化エネルギーΔEが小さくなったことが、低温での結晶化に寄与していると推定される。Arrheniusの式によれば、反応速度定数kは、exp(−ΔE/RT)に比例することから、活性化エネルギーΔEが小さくなると、温度Tが低い場合でも結晶化が進行する。
【0062】
従来より、非晶質の金属酸化物を低温あるいは短時間の加熱により結晶化する試みが多数行われているが、そのほとんどは、製膜時の非晶質膜中の結晶化度(結晶分率)を高めたり、結晶核を発生させることにより、その後の加熱による結晶化を促進させるものであった。これに対して、膜中の酸素欠損が多い結晶は構造が不安定であるため、本発明における製膜直後の非晶質透明電極層は、略完全に非晶質であると考えられる。製膜直後の結晶化度が低いにも拘わらず、低温加熱あるいは室温でも容易に結晶化が可能となることは、従来には無かった知見であるといえる。
【0063】
本発明者の検討によれば、非晶質膜の製膜条件が同一であっても、透明フィルム基材が透明誘電体層を有していない場合は、低温での結晶化が起こらなかった。このことから、透明電極層の製膜界面の状態も、低温での結晶化を可能とする一因であると考えられる。例えば、シリコン酸化物等の酸素との結合性が強い誘電体層は、製膜時のプラズマダメージが基材に及ぶことを抑止するとともに、プラズマダメージにより基材から発生した酸素ガスが膜中に取り込まれるのを抑止するガスバリア層として作用すると考えられる。そのため、透明誘電体層を有することで、非晶質膜中の酸素欠損が増加することも考えられる。
【0064】
本発明者の検討によれば、非晶質膜の製膜条件が同一であっても、透明電極層の膜厚が15nm未満の場合、あるいは40nmを超える場合は、低温での結晶化は生じなかった。一般に、膜厚が数nm〜数百nmの薄膜は、膜厚が小さいもの(製膜初期)は基材の影響を強く受け、膜厚が大きくなるにつれてバルク的な特性を有しており、膜厚によって特性が異なることが知られている。本発明の製造方法では、透明電極層の膜厚が15〜40nmの領域において、非晶質状態、あるいは非晶質状態から結晶化される際の遷移状態が特異的であるために、活性化エネルギーΔEが低下して、室温での結晶化が可能になっていることも考えられる。
【0065】
本発明者の検討によれば、製膜工程に供する透明フィルムとして、熱収縮処理された二軸延伸フィルムが用いられた場合も低温での結晶化が生じ難かった。このことから、透明電極層製膜時の基材と製膜界面での応力も、非晶質状態、あるいは非晶質状態から結晶化される際の遷移状態に摂動を与えていると考えられる。
【0066】
[透明電極付き基板の用途]
本発明の透明電極付き基板は、ディスプレイや発光素子、光電変換素子等の透明電極として用いることができ、タッチパネル用の透明電極として好適に用いられる。中でも、透明電極層が低抵抗であることから、静電容量方式タッチパネルに好ましく用いられる。
【0067】
タッチパネルの形成においては、透明電極付き基板上に、導電性インクやペーストが塗布されて、熱処理されることで、引き廻し回路用配線としての集電極が形成される。加熱処理の方法は特に限定されず、オーブンやIRヒータ等による加熱方法が挙げられる。加熱処理の温度・時間は、導電性ペーストが透明電極に付着する温度・時間を考慮して適宜に設定される。例えば、オーブンによる加熱であれば120〜150℃で30〜60分、IRヒータによる加熱であれば150℃で5分等の例が挙げられる。なお、引き廻し回路用配線の形成方法は、上記に限定されず、ドライコーティング法によって形成されてもよい。また、フォトリソグラフィによって引き廻し回路用配線が形成されることで、配線の細線化が可能である。
【実施例】
【0068】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0069】
各透明誘電体層および透明電極層の膜厚は、透明電極付き基板の断面の透過型電子顕微鏡(TEM)観察により求めた値を使用した。透明電極層の表面抵抗は、低抵抗率計ロレスタGP(MCP‐T710、三菱化学社製)を用いて四探針圧接測定により測定した。透明電極層の抵抗率は、前記表面抵抗の値と膜厚との積により算出した。
【0070】
透明電極層のキャリア密度の測定は、van der pauw法により行った。試料を1cm四方に切り出し、その4つの角に金属インジウムを電極として融着した。磁力3500ガウスで、基板の対角方向に1mAの電流を流した際の電位差を基にホール移動度を測定し、キャリア密度を算出した。
【0071】
透明電極層の結晶化度は、走査透過電子顕微鏡(STEM)による透明電極層の平面観察写真に基づいて、視野内における結晶粒の占める面積比から求めた。
【0072】
熱収縮開始温度は、熱機械分析により測定した。幅5mmに切り出した試料を、荷重0.1g/mm、初期長さ20mm、昇温速度10℃/分の条件で、熱機械分析(TMA)分析を行い、変位量が極大となる温度を熱収縮開始温度とした。熱収縮率は、試料に10mm間隔で2点の穴を開け、150℃で30分間の加熱を行う前の2点間の距離L
0および加熱後の2点間の距離Lを三次元測長器により測定することで求めた。
【0073】
<活性化エネルギーの算出>
非晶質透明電極層を結晶化する際の活性化エネルギーΔEは、非晶質透明電極層付き基板を所定温度で加熱して結晶化した際の反応速度定数kの温度依存性から算出した。各加熱温度について、横軸に加熱時間、縦軸に透明電極層の表面抵抗をプロットし、表面抵抗値が、初期値(測定開始時)と終端値(結晶化が完全に進行し、結晶化度がほぼ100%となった状態)との平均値となった時間tを求めた。この時間tにおいて反応率が50%であるとみなして、式: 反応率=1−exp(kt) に、反応率=0.5を代入し、各加熱温度における反応速度定数kを算出した。
【0074】
加熱温度:130℃、140℃、150℃のそれぞれにおける反応速度定数kと加熱温度から、Arrheniusプロット(横軸:1/RT、縦軸:log
e(1/k))を行い、直線の傾きを活性化エネルギーΔEとした。ここで、Rは気体定数、Tは絶対温度、eは自然対数の底である。
【0075】
[実施例1]
(透明フィルム基材の作製)
透明フィルムとして、ウレタン系樹脂からなるハードコート層が両面に形成された厚み188μmの2軸延伸PETフィルム(熱収縮開始温度85℃、150℃30分加熱時の熱収縮率0.6%)が用いられた。このPETフィルムの一方の面上に、スパッタリング法により、シリコン酸化物(SiO
2)からなる膜厚40nmの透明誘電体層が形成された。
【0076】
(非晶質透明電極層の製膜)
酸化インジウム・スズ(酸化スズ含量5重量%)をターゲットとして用い、酸素とアルゴンの混合ガスを装置内に導入しながら、酸素分圧5×10
−3Pa、製膜室内圧力0.5Pa、基板温度0℃、パワー密度4W/cm
2の条件で、スパッタリングが行われた。得られたITO層の膜厚は25nmであった。
【0077】
この透明電極付き基板は、ITO製膜直後の透明電極層の抵抗率は4.0×10
−4Ω・cm、キャリア密度は3.0×10
20/cm
3であり、顕微鏡観察によっても結晶粒の存在はほとんど確認されなかった(結晶化度0%)。
【0078】
(結晶化)
この透明電極付き基板を、室温(25℃)で24時間静置後の抵抗率は3.2×10
−4Ω・cm、表面抵抗は128Ω/□、キャリア密度は6.3×10
20/cm
3であり、顕微鏡観察によってほぼ完全に結晶化されていることが確認された(結晶化度100%)。この透明電極付き基板の熱収縮開始温度は85℃、熱収縮率は0.6%であり、透明電極層製膜前から変化していなかった。
【0079】
[実施例2〜5および比較例1、2]
上記実施例1において、非晶質透明電極層の製膜時のターゲットの種類(酸化スズ含有量)および酸素分圧(導入ガス量比)、ならびに結晶化条件(温度および時間)を、表1に示すように変更して、製膜および結晶化が行われた。
【0080】
上記各実施例および比較例の条件および測定結果の一覧を表1に示す。また、実施例1および比較例1の製膜直後からの常温・常圧下での抵抗率の経時変化を
図2に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
透明電極層製膜時の酸素分圧が1.2×10
−2Paまで高められた比較例1では、製膜直後に、顕微鏡観察によって局所的な結晶粒の存在が確認された(結晶化度<15%)。比較例1では、製膜後室温で24時間静置後に、結晶化度が若干増加していたものの(結晶化度<20%)、完全結晶化には至っておらず、実施例1に比して抵抗率も十分に低下していなかった。
図2を参照すると、比較例1でも常温でゆるやかに結晶化が進行し、時間とともに抵抗率が低下していると考えられる。しかしながら、反応速度を勘案すると常温での結晶化には、数か月〜1年程度の時間を要するため、実用上は常温での結晶化は不可能であるといえる。
【0083】
比較例1と同条件で製膜が行われた後に、150℃で30分の加熱により結晶化が行われた比較例2では、加熱後にほぼ完全に結晶化されていた。比較例2では、加熱前に比して熱収縮開始温度が高くなり、熱収縮率は減少していた。このことから、比較例2では、結晶化時の加熱により、基材に寸法変化(熱収縮)が生じていることがわかる。これに対して、各実施例では、結晶化の際に加熱が行われていないため、熱収縮開始温度は結晶化の前後で変化していなかった。
【0084】
比較例1,2に比して、低酸素分圧で製膜が行われた各実施例では、非晶質から結晶化される際の活性化エネルギーΔEが小さく、常温でも結晶化が可能であることがわかる。
【0085】
実施例1に比して透明電極層の膜厚が大きい実施例3では、キャリア密度が高められるとともに、より抵抗率の低い透明電極層が得られている。製膜厚みを大きくすることにより、膜成長が安定化されることや製膜時のプラズマ輻射熱の影響により、製膜直後の非晶質状態に変化が生じていると考えられる。例えば、製膜厚みが大きい場合は、非晶質ながらも短距離秩序を有する膜となり、結晶化が生じやすいこと等が考えられる。
【0086】
また、実施例1,2に比して酸化スズの含有量が大きい実施例4,5でも、製膜後に常温下で結晶化され、低抵抗の結晶質透明電極層が得られることが分かる。
【0087】
実施例1と実施例2とを対比すると、製膜時の酸素分圧を低くすることで、キャリア密度が増加し、室温での結晶化後の抵抗率が低くなっている。また、実施例4と実施例5との対比からも同様の傾向がみられる。さらに、実施例1と実施例2との対比、および実施例4と実施例5との対比によれば、製膜時の酸素分圧を低くすることにより、結晶化の際の活性化エネルギーΔEが小さくなっており、より結晶化が進行し易くなっていることがわかる。以上の結果から、低酸素分圧で製膜が行われることにより、膜中の酸素欠損が増加し、製膜直後の非晶質状態におけるポテンシャルエネルギーが高いために、結晶化のための活性化エネルギーΔEが小さくなっていることが、低温での結晶化に寄与していると推定される。