(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Mgを0.03質量%以上1.5質量%以下、Siを0.02質量%以上2.0質量%以下、Feを0.1質量%以上0.6質量%以下含有し、残部がAlおよび不純物からなり、Mg2Si析出物がアスペクト比2.0〜6.0の針状であり、伸びが5%以上であることを特徴とするアルミニウム合金線。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のアルミニウム合金線は、例えば線径0.5mm以下といった極細線とした場合に、十分な強度を有していなかった。また、端子金具を接続したときの衝撃強度が十分ではなかった。
【0005】
本発明の解決しようとする課題は、端子金具を接続したときの衝撃強度に優れるアルミニウム合金線、アルミニウム合金撚線、被覆電線およびワイヤーハーネスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため本発明に係るアルミニウム合金線は、Mgを0.03質量%以上1.5質量%以下、Siを0.02質量%以上2.0質量%以下、Feを0.1質量%以上0.6質量%以下含有し、残部がAlおよび不純物からなり、Mg
2Si析出物がアスペクト比2.0〜6.0の針状であることを要旨とするものである。
【0007】
本発明に係るアルミニウム合金線は、さらにZrを0.01質量%以上含有することが好ましい。また、さらにTiを0.08質量%以下含有することが好ましい。また、さらにBを0.016質量%以下含有することが好ましい。
【0008】
本発明に係るアルミニウム合金線は、転位密度が5.0×10
9cm
−2以下であることが好ましい。また、径方向断面の350×425nmの範囲内における、粒径5〜50nmの前記Mg
2Si析出物の量が100個以上であることが好ましい。また、前記Mg
2Si析出物の長さが40nm未満であることが好ましい。また、前記Mg
2Si析出物が軸方向に沿って配向していることが好ましい。
【0009】
本発明に係るアルミニウム合金線は、引張強さが150MPa以上、伸びが5%以上、導電率が40%IACS以上であることが好ましい。本発明に係るアルミニウム合金線は、線径が0.5mm以下であってもよい。
【0010】
そして、本発明に係るアルミニウム合金撚線は、本発明に係るアルミニウム合金線を複数本撚り合わせてなることを要旨とするものである。
【0011】
本発明に係るアルミニウム合金撚線は、径方向に圧縮成形されていてもよい。
【0012】
そして、本発明に係る被覆電線は、本発明に係るアルミニウム合金線を含む導体の外周を絶縁被覆で覆ってなることを要旨とするものである。
【0013】
また、本発明に係るワイヤーハーネスは、本発明に係る被覆電線の導体に端子金具が取り付けられてなることを要旨とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るアルミニウム合金線によれば、Mgを0.03質量%以上1.5質量%以下、Siを0.02質量%以上2.0質量%以下、Feを0.1質量%以上0.6質量%以下含有し、残部がAlおよび不純物からなり、Mg
2Si析出物がアスペクト比2.0〜6.0の針状であることで、高導電率で強度と伸びに優れるとともに、加工硬化による強度向上により、端子金具を接続したときの衝撃強度に優れる。
【0015】
この際、さらにZrを0.01質量%以上含有すると、伸びが向上する。また、さらにTiを0.08質量%以下含有すると、結晶組織を微細にし、伸びが向上する。TiとともにBを0.016質量%以下含有すると、結晶組織の微細化効果がさらに向上する。
【0016】
また、転位密度が5.0×10
9cm
−2以下であると、加工硬化にすぐれ、端子金具を接続したときの衝撃強度が向上する。そして、Mg
2Si析出物の量が所定量以上であると、析出強化による強度向上に優れる。また、Mg
2Si析出物の長さが40nm未満であると、高強度と高伸びが両立でき、衝撃強度に優れる。また、Mg
2Si析出物が軸方向に沿って配向していると、安定した衝撃強度を得ることができる。
【0017】
そして、引張強さが150MPa以上、伸びが5%以上、導電率が40%IACS以上であると、高導電率で強度と伸びに優れる。
【0018】
そして、本発明に係るアルミニウム合金撚線、被覆電線、ワイヤーハーネスによれば、高導電率で強度と伸びに優れるとともに、加工硬化による強度向上により、端子金具を接続したときの衝撃強度に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0021】
本発明に係るアルミニウム合金線において、アルミニウム合金は、添加元素としてMgおよびSiを必須の元素とするAl−Mg−Si系合金である。いわゆる6000系アルミニウム合金であり、Mg
2Siを析出物とする析出強化型のアルミニウム合金である。本発明に係るアルミニウム合金線において、Mg,Si,Feは必須の添加成分であり、Zr,Ti,Bは任意の添加成分である。
【0022】
Mgは、Alに固溶または析出して存在することで、強度向上に貢献する。Mgは、強度の向上効果が高い元素であり、特に、Siと同時に特定の範囲で含有することで、時効硬化による強度の向上を効果的に図ることができる。Mgの含有量は、強度向上の観点から、0.03質量%以上である。好ましくは0.2質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上である。一方、Mgの添加による導電率や伸びの低下を抑える観点から、Mgの含有量は1.5質量%以下である。好ましくは0.9質量%以下、より好ましくは0.8質量%以下である。
【0023】
Siは、Alに固溶または析出して存在することで、強度向上に貢献する。Mgと同時に特定の範囲で含有することで、時効硬化による強度の向上を効果的に図ることができる。Siの含有量は、強度向上の観点から、0.02質量%以上である。好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上である。一方、Siの添加による導電率や伸びの低下を抑える観点から、Siの含有量は2.0質量%以下である。好ましくは1.5質量%以下、より好ましくは0.8質量%以下である。
【0024】
Feは、Al合金の結晶を微細化し、伸びの向上に貢献する。また、強度の向上にも効果がある。伸び、強度の向上の観点から、Feの含有量は0.1質量%以上である。好ましくは0.15質量%以上である。一方、導電率の低下を抑える観点から、Feの含有量は0.6質量%以下である。好ましくは0.3質量%以下である。
【0025】
Zrは、Al合金の結晶を微細化し、伸びの向上に貢献する。Zrは、微細化効果や伸びの向上効果が大きく、極微量でも伸びを向上することができる。また、製造時や使用時の熱履歴を受けても、結晶粒を成長し難くし、結晶粒を微細な状態に維持し易くする。つまり、高温強度や耐熱性といった高温特性にも貢献する。Zrの含有量は、伸びの向上効果に優れるなどの観点から、0.01質量%以上が好ましい。より好ましくは0.02質量%以上である。一方、導電率の低下や鋳造時の割れを抑えるなどの観点から、Zrの含有量は0.4質量%以下が好ましい。より好ましくは0.2質量%以下、さらに好ましくは0.1質量%以下である。
【0026】
Tiは、鋳造時のAl合金の結晶組織を微細にする効果がある。微細化効果の観点から、Tiの含有量は0.005質量%以上が好ましい。一方、導電率の低下を抑えるなどの観点から、Tiの含有量は0.08質量%以下が好ましい。より好ましくは0.05質量%以下、さらに好ましくは0.02質量%以下である。
【0027】
Bは、鋳造時のAl合金の結晶組織を微細にする効果がある。TiとともにではなくB単独で用いてもよいが、Tiとともに用いるほうが、Ti単独あるいはB単独で用いるよりも微細化効果に優れる。微細化効果の観点から、Bの含有量は0.0005質量%以上が好ましい。より好ましくは0.001質量%以上である。一方、導電率の低下を抑えるなどの観点から、Bの含有量は0.016質量%以下が好ましい。より好ましくは0.01質量%以下である。
【0028】
本発明に係るアルミニウム合金線において、Mg
2Si析出物は針状である。そのアスペクト比は2.0〜6.0の範囲内である。これにより、加工硬化に優れるようになり、端子金具を接続する際の加工硬化によって強度が向上し、衝撃強度に優れるようになる。端子金具を接続する際には、アルミニウム合金線は圧着により圧縮され、断面欠損により強度が低下する。圧縮時に加工硬化することで、この強度低下を補い、衝撃強度に優れるようになる。本発明に係るアルミニウム合金線において、例えば熱処理条件を細かく設定することで、Mg
2Si析出物を針状とし、さらにそのアスペクト比を特定範囲内にすることができる。
【0029】
上記アスペクト比は、Mg
2Si析出物の長さおよび幅を計測し、その比で表すことができる。Mg
2Si析出物の長さは、Mg
2Si析出物の粒子における最大長さ(長軸)である。Mg
2Si析出物の幅は、長軸に直交する方向における最大長さ(短軸)である。
【0030】
本発明に係るアルミニウム合金線において、結晶粒内のMg
2Si析出物の長軸は、40nm未満であることが好ましい。より好ましくは35nm以下、さらに好ましくは30nm以下である。Mg
2Si析出物の長軸が40nm未満であると、結晶粒内でのピンニング効果で強度上昇が起こり、さらに転位が蓄積しにくいため、伸びも両立できる。一方、Mg
2Si析出物の長軸は、2nm以上であることが好ましい。より好ましくは3nm以上、さらに好ましくは5nm以上である。Mg
2Si析出物の長軸が2nm以上であると、アルミニウム合金線の変形時にMg
2Si析出物が破損(折れ等)による強度低下の恐れがなくなる。本発明に係るアルミニウム合金線において、例えば熱処理条件を細かく設定することで、Mg
2Si析出物の長軸を特定範囲内にすることができる。
【0031】
本発明に係るアルミニウム合金線において、Mg
2Si析出物は、強度向上に貢献する。強度向上などの観点から、Mg
2Si析出物の量は、径方向断面の350×425nmの範囲内において100個以上であることが好ましい。より好ましくは150個以上である。一方、析出物が多くなると強度は向上するが、伸びが低下することや加工硬化しにくくなるなどの観点から、Mg
2Si析出物の量は、径方向断面の350×425nmの範囲内において1000個以下であることが好ましい。より好ましくは800個以下である。Mg
2Si析出物の量は、添加元素の添加量、製造条件(軟化条件、時効条件、工程順など)により特定範囲内にすることができる。
【0032】
Mg
2Si析出物の長さ、幅、アスペクト比、量(個数)は、粒径5〜50nmのMg
2Si析出物について計測する。粒径は、長軸の長さで表される。これらの計測は、アルミニウム合金線の径方向断面の350×425nmの範囲を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することにより行うことができる。TEM観察は、同一試料においてMg
2Si析出物が確認できる場所の5視野以上で行う。Mg
2Si析出物の長さ、幅、アスペクト比は、観測される粒径5〜50nmのMg
2Si析出物のすべてについて計測し、その平均値で表す。Mg
2Si析出物の量(個数)は、観察する5視野以上の視野の平均値で表す。なお、粒径50nm超のMg
2Si析出物は、粗大で、強度に効かないMg
2Si析出物である。粒径50nm超のMg
2Si析出物は、視野16μm×6.8μmの範囲でTEMで観察することにより計測することができる。TEM観察は、同一試料において粗大なMg
2Si析出物が確認できる場所の5視野以上で行うことができる。粒径50nm超の粗大なMg
2Si析出物は、50個以下が好ましい。
【0033】
本発明に係るアルミニウム合金線において、Mg
2Si析出物は、アルミニウム合金線の軸方向に沿って配向していることが好ましい。これにより、強度が向上する。
【0034】
本発明に係るアルミニウム合金線において、アルミニウム合金は、転位が少ないことが好ましい。転位が少ないと、加工硬化に優れる。転位密度としては、5.0×10
9cm
−2以下であることが好ましい。より好ましくは1.0×10
9cm
−2以下である。転位は、熱処理により少なくすることができる。転位密度は、アルミニウム合金線から作製した薄膜を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、Hamの式によって算出することができる。
【0035】
本発明に係るアルミニウム合金線は、導電性、強度、伸びに優れ、引張強さ(室温)150MPa以上、導電率40%IACS以上、伸び(室温)5%以上を満たす。引張強さおよび導電率は高いほどよいが、伸びとのバランスを考慮すると、引張強さ(室温)の上限は400MPa程度であり、導電率の上限は60%IACS程度である。引張強さおよび伸びは、JIS Z 2241(金属材料引張試験方法、1998)に準拠して、汎用の引張試験機を用いて測定することができる。伸びは、破断時の伸びである。導電率(%IACS)は、ブリッジ法により測定することができる。引張強さ、伸び、導電率は、添加元素の種類、添加量、製造条件(軟化条件、時効条件、工程順など)により特定範囲内にすることができる。
【0036】
本発明に係るアルミニウム合金線は、線径0.5mm以下の極細線とすることができる。例えば自動車用電線の導体に利用する場合、線径は0.1mm以上0.4mm以下とすることができる。
【0037】
本発明に係るアルミニウム合金線は、複数本を撚り合わせた撚線(本発明に係るアルミニウム合金撚線)とすることができる。このような撚線にすると、より屈曲性に優れる。また、屈曲性を高めたまま、高強度、高い衝撃特性を確保することができる。また、線径0.5mm以下の極細線とした場合にも、高強度、高い衝撃特性を確保することができる。撚り合わせ本数は特に限定されるものではない。例えば7,11,19,37,49,133本などが挙げられる。
【0038】
本発明に係るアルミニウム合金撚線は、径方向に圧縮成形(円形圧縮成形)することができる。これにより、アルミニウム合金線間の隙間を小さくし、撚線全体の線径を小さくして、導体の小径化に寄与することができる。
【0039】
図1には、本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金撚線の斜視図(a)およびそのA−A線断面図(b)を示す。
図2には、
図1(b)に示す導体を圧縮成形したアルミニウム合金撚線の断面図を示す。
【0040】
図1に示すように、アルミニウム合金撚線12は、複数本(
図1では、7本)のアルミニウム合金線16を撚り合わせてなる。
図2に示すように、アルミニウム合金撚線12は、径方向に圧縮成形(円形圧縮成形)することができる。
【0041】
本発明に係るアルミニウム合金線は、1本のみで電線の導体を構成することができる。また、2本以上により電線の導体を構成することができる。また、他の金属線と組み合わせて電線の導体を構成することができる。また、本発明に係るアルミニウム合金線を含む、本発明に係るアルミニウム合金撚線を電線の導体とすることができる。このように、本発明に係るアルミニウム合金線を含む導体を電線の導体とすることができる。そして、本発明に係るアルミニウム合金線を含む導体の外周を絶縁被覆で覆うことで、本発明に係る被覆電線が得られる。
【0042】
本発明に係る被覆電線において、絶縁被覆としては、特に限定されるものではない。塩化ビニル樹脂(PVC)、オレフィン系樹脂などの絶縁材料が挙げられる。絶縁材料中には、水酸化マグネシウム、臭素系難燃剤などの難燃剤が配合されていてもよい。
【0043】
図1には、本発明の一実施形態に係る被覆電線の斜視図(a)およびそのA−A線断面図(b)を示す。
図2には、
図1(b)に示す導体を圧縮成形した被覆電線の断面図を示す。
【0044】
図1、2に示すように、本発明の一実施形態に係る被覆電線10は、アルミニウム合金撚線12からなる導体の外周を絶縁被覆14で覆ってなる。
【0045】
本発明に係る被覆電線の導体に端子金具を接続して、本発明に係るワイヤーハーネスを構成することができる。端子金具は、導体端末に取り付けられる。端子金具は、圧着、溶接などの各種接続方法により、導体に接続される。端子金具は、相手側端子金具と接続される。
【0046】
本発明に係るアルミニウム合金線は、熱処理によって析出させる析出物により強度を高める熱処理型のアルミニウム合金からなり、アルミニウム合金材を用いて、少なくとも、溶体化工程と、伸線工程と、時効工程と、を有する製造方法により製造することができる。
【0047】
アルミニウム合金材は、所定の組成の合金溶湯を鋳造・圧延することにより得られる。鋳造後のアルミニウム合金の結晶組織には、粗大な金属化合物が析出しており、粗大粒を起点とする破断が起こりやすく、強度が低い。
【0048】
溶体化工程は、鋳造・圧延により得られたアルミニウム合金材に溶体化処理を行う。溶体化処理は、アルミニウム合金材を固溶限温度以上の温度に加熱し、合金成分(固溶元素、析出強化元素)を十分に固溶させた後、冷却して過飽和固溶状態にする。溶体化処理は、合金成分を十分に固溶できる温度で行う。溶体化処理の温度は、450℃以上にするとよい。溶体化処理の温度は、600℃以下が好ましく、550℃以下がより好ましい。保持時間は、合金成分を十分に固溶できるように、30分以上であることが好ましい。また、生産性の観点から、5時間以内であることが好ましい。より好ましくは3時間以内である。
【0049】
溶体化処理の加熱過程後の冷却過程は急冷過程であることが好ましい。急冷とすることで、固溶元素の過度な析出を防止することができる。冷却速度は、溶体化処理の温度から100℃以下にするまでの時間が10秒以内であることが好ましい。このような急冷は、水などの液体に浸漬する、送風するなどの強制冷却により行うことができる。
【0050】
溶体化処理は、大気雰囲気、非酸化性雰囲気のいずれで行ってもよい。非酸化性雰囲気は、真空雰囲気(減圧雰囲気)、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気、水素含有ガス雰囲気、炭酸ガス含有雰囲気などが挙げられる。非酸化性雰囲気で行うと、アルミニウム合金材の表面に酸化被膜が形成されにくい。
【0051】
溶体化処理は、連続処理およびバッチ処理(非連続処理)のいずれで行ってもよい。連続処理であると、長尺な線材の全長にわたって均一な条件で熱処理を行いやすいため、特性のばらつきを小さくできる。加熱方法は特に限定されるものではなく、通電加熱、誘導加熱、加熱炉を用いた加熱のいずれであってもよい。加熱方法が通電加熱や誘導加熱であると、急加熱・急冷却しやすいため、短時間で溶体化処理を行いやすい。加熱方法が誘導加熱であると、非接触方式であるため、アルミニウム合金材の傷付きを防止できる。
【0052】
伸線工程は、アルミニウム合金材に伸線加工を行って、鋳造・圧延材から電線素線を形成する。電線素線は、電線導体を構成する線材であり、単線あるいは撚線を構成する。伸線加工は、溶体化処理を行ったアルミニウム合金材に行う。したがって、伸線工程は、溶体化工程の後の工程である。得られた伸線材は、所望の本数を撚り合わせることにより、撚線とすることができる。得られた伸線材は、通常、単線のまま、あるいは、撚線とした状態で、ドラムに巻きつけられ、次の処理が行われる。伸線工程が溶体化工程の前にあると、溶体化工程において素線同士が融着するため、製造性が満足しない。
【0053】
時効工程は、アルミニウム合金材に時効処理を行う。時効処理は、溶体化処理したアルミニウム合金の合金成分(固溶元素、析出強化元素)を加熱することにより化合物として析出させる。したがって、時効工程は、溶体化工程の後の工程である。また、伸線加工しやすさから、時効工程は、伸線工程の後の工程とするのがよい。
【0054】
時効処理は、化合物の析出が可能な温度以上で行われるが、析出強化させる処理であり、軟化しない条件で行われる。したがって、時効処理の温度は、0〜200℃の範囲内であることが好ましい。時効処理の温度が200℃超では、アルミニウム合金材が軟化されやすくなる。
【0055】
時効処理は、低温で長時間行うほうが、析出物が微細分散され、強度が得られやすくなる。高温で行うと、析出物が粗大に不均一に析出し、強度が低下する。したがって、時効処理は、0〜200℃の範囲内で、1〜100時間の範囲内で行うことが好ましい。これにより、析出物が微細分散され、強度と導電性のバランスが良好となる。また、生産性の観点から、100〜200℃の範囲内で、1〜24時間の範囲内で行うことがより好ましい。
【0056】
時効処理は、大気雰囲気、非酸化性雰囲気のいずれで行ってもよい。非酸化性雰囲気で行うと、アルミニウム合金材の表面に酸化被膜が形成されにくい。時効処理は、連続処理およびバッチ処理(非連続処理)のいずれで行ってもよい。連続処理であると、長尺な線材の全長にわたって均一な条件で熱処理を行いやすいため、特性のばらつきを小さくできる。加熱方法は特に限定されるものではなく、通電加熱、誘導加熱、加熱炉を用いた加熱のいずれであってもよい。加熱方法が誘導加熱であると、非接触方式であるため、アルミニウム合金材の傷付きを防止できる。
【0057】
時効工程の前には、軟化工程を設けてもよい。つまり、軟化処理を行ったアルミニウム合金材に時効処理を行ってもよい。軟化工程は、アルミニウム合金材に軟化処理を行う。軟化処理は、伸線加工などの加工により生じた加工歪みの除去のために行われる。したがって、軟化工程は、伸線工程の後の工程である。伸線加工を行ったアルミニウム合金材に軟化処理を行う。軟化処理を行うことにより、熱処理型のアルミニウム合金材の一般的な調質方法では得られない伸びが得られ、その結果、電線特性として屈曲性やワイヤーハーネスへの加工性(柔軟性の向上)、衝撃特性が得られる。
【0058】
軟化処理は、軟化に必要な温度以上の温度で行う。したがって、軟化処理の温度は、250℃以上であることが好ましい。より好ましくは300℃以上である。軟化処理の温度が250℃未満では、アルミニウム合金材が十分に軟化されにくい。一方、生産性の観点から、軟化処理の温度は600℃以下であることが好ましい。より好ましくは550℃以下である。
【0059】
軟化処理は、10秒以内の短時間で行う。軟化処理の温度は、時効析出が起こる温度であり、粗大な析出物が生じる温度であるため、溶体化処理された熱処理型のアルミニウム合金材において軟化処理の時間が長くなると、時効析出により強度が低下する。このため、粗大な析出物が生じない(時効析出が起こらない)ように、極短時間で軟化処理を行う必要があるからである。また、この観点から、軟化処理は、5秒以内の短時間であることがより好ましい。
【0060】
軟化処理は、バッチ加熱方式により行うと、加熱時間が長くなるため、短時間で行うことが難しい。そうすると、軟化と同時に時効析出が進行する。したがって、軟化処理は、連続加熱方式により行うことが好ましい。また、連続加熱方式にすれば、長尺な線材の全長にわたって均一な条件で熱処理を行いやすいため、特性のばらつきを小さくできる。連続加熱方式としては、通電加熱方式、誘導加熱方式、炉加熱方式などが挙げられる。通電加熱方式や誘導加熱方式であると、急加熱・急冷却しやすいため、短時間で溶体化処理を行いやすい。誘導加熱方式であると、非接触方式であるため、アルミニウム合金材の傷付きを防止できる。
【0061】
軟化処理の加熱過程後の冷却過程は急冷過程であることが好ましい。急冷とすることで、固溶元素の過度な析出を防止することができる。冷却速度は、軟化処理の温度から100℃以下にするまでの時間が10秒以内であることが好ましい。このような急冷は、水などの液体に浸漬する、送風するなどの強制冷却により行うことができる。
【0062】
軟化処理は、大気雰囲気、非酸化性雰囲気のいずれで行ってもよい。非酸化性雰囲気は、真空雰囲気(減圧雰囲気)、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気、水素含有ガス雰囲気、炭酸ガス含有雰囲気などが挙げられる。非酸化性雰囲気で行うと、アルミニウム合金材の表面に酸化被膜が形成されにくい。
【0063】
以上に示すアルミニウム合金線の製造方法によれば、細径電線においても高強度で高導電率を有しながら、伸びにも優れ、製造性も満足するアルミニウム電線が得られる。熱処理型のアルミニウム合金材は金属化合物の析出強化によって優れた強度を発揮できるため、添加元素による導電性の低下を抑えつつ強度向上を図ることができる。つまり、強度と導電性を両立できる。そして、軟化処理を行うため、優れた伸びも確保できる。この軟化処理は10秒以内の短時間で行うため、軟化処理において粗大な金属化合物の析出が抑えられ、強度低下が抑えられる。つまり、伸線加工による歪みを除去しつつ強度低下を抑える。そして、伸線加工は溶体化処理を行った後に行うため、素線同士の融着は発生しにくく、製造性も満足する。この伸線加工が溶体化処理の後であるため、溶体化処理とは別の、加工歪みを除去するための熱処理として軟化処理を伸線加工後に行う。
【実施例】
【0064】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0065】
表1に記載の合金組成からなる合金溶湯に鋳造および圧延を行い、φ9.5mmのワイヤーロッドとしてアルミニウム合金材を得た。得られたアルミニウム合金材を用い、溶体化処理、伸線加工、軟化処理、時効処理を経て、所定の線径のアルミニウム合金線を作製した。
【0066】
(実施例1)
線径0.155mmのアルミニウム合金線を19本束ねて撚りピッチ16mmで撚線とし、円形圧縮成形を行わないで、
図1のような形態のアルミニウム合金撚線を作製した。得られたアルミニウム合金撚線に被覆厚0.2mmで塩化ビニル樹脂を押出被覆し、被覆電線を作製した。得られた被覆電線の導体に端子金具を圧着して、ワイヤーハーネスを作製した。
【0067】
(実施例2〜
7、比較例1〜2)
表1に記載の線径、本数、撚りピッチで、実施例1と同様にアルミニウム合金撚線を作製した。実施例3、6
、7では、円形圧縮成形を行い、
図2のような形態のアルミニウム合金撚線とした。また、実施例1と同様にして、被覆電線およびワイヤーハーネスを作製した。
【0068】
得られたアルミニウム合金線について、引張強さ、伸び、導電率、転位密度、Mg
2Si析出物の量、Mg
2Si析出物のアスペクト比、Mg
2Si析出物の長軸、短軸を測定した。また、得られたワイヤーハーネスについて、端子圧着部における耐衝撃性を評価した。
【0069】
(引張強さ、伸び)
JIS Z2241(金属材料引張試験方法、1998)に準拠して、汎用の引張試験機を用いて測定した。
【0070】
(導電率)
ブリッジ法により測定した。
【0071】
(転位密度)
得られたアルミニウム合金線からFIB法で厚さ0.15μmの金属薄膜を形成し、透過型電子顕微鏡(TEM)でこの金属薄膜を観察し、最も転位が確認できる箇所の700×850nmの範囲を撮影した。この写真上に、縦横10本ずつ平行線を引き、その平行線の合計長さをL、平行線と転位との交点の数をN、試料の厚さをtとし、転位密度ρを、計算式ρ=2N/(L×t)より算出した。
【0072】
(Mg
2Si析出物の量)
得られたアルミニウム合金線の径方向断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、700×850nmの範囲を撮影し、350×425nmのエリア12カ所で針状のMg
2Si析出物の長軸が5〜50nmの析出物の個数を計測し、12カ所の平均値をMg
2Si析出物の量として算出した。
【0073】
(Mg
2Si析出物のアスペクト比、長軸、短軸)
得られたアルミニウム合金線の径方向断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で700×850nmの範囲を撮影し、350×425nmのエリア12カ所で針状のMg
2Si析出物の長軸が5〜50nmの析出物各40個について、長軸、短軸、アスペクト比を計測し、40個および12カ所の平均値をMg
2Si析出物のアスペクト比、長軸、短軸として算出した。
【0074】
(耐衝撃性)
図3に示すように、長さ500mmの被覆電線1の導体(アルミニウム合金撚線)の一端に端子金具2を圧着してなるワイヤーハーネス3の端子金具2を治具4で固定するとともに、ワイヤーハーネス3の他端に取り付けられた錘5を端子金具2の固定位置の高さまで引き上げ、錘5を自由落下させた。この落下試験により端子金具2の圧着部で被覆電線1の導体(アルミニウム合金撚線)に断線が生じない最大荷重(g)を耐衝撃性の指標とした。最大荷重が100g以上であった場合を耐衝撃性に優れるとし、最大荷重が300g以上であった場合を耐衝撃性に特に優れるとした。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
実施例1〜
7のアルミニウム合金線は、Mg
2Si析出物が針状であり、そのアスペクト比が特定範囲にあるため、耐衝撃性に優れる。一方、比較例1〜2のアルミニウム合金線は、Mg
2Si析出物は針状であるが、そのアスペクト比が特定範囲から外れるため、耐衝撃性に劣る。
【0078】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。