【文献】
SCIENTIFIC REPORTS, 19 Sep. 2012, Vol.2:671
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜4のいずれか1項に記載の変異株を培地中で培養し、得られる培養物からクロロソームを回収することを含む、天然のBChl c産生緑色硫黄細菌由来のクロロソームと比較して高級BChl c分子種の組成比が高いクロロソームの製造方法。
【背景技術】
【0002】
緑色硫黄細菌は光合成によってのみ生育する絶対嫌気性の光合成生物である。そのため、これらの細菌は優れた光合成能を持ち合わせており、極めて微弱光に適応した膜外アンテナ系であるクロロソームを有している。クロロソーム内の光捕集部は、タンパク質が関与しない色素のみの自己会合体から形成されている (非特許文献1)。このことは、他の全ての光合成生物のアンテナ系で色素がタンパク質の支持体中で機能していることに対する、唯一の例外である。
クロロソームは生体内から容易に単離精製することができ、また生体外で分解させた後に再構成させることが可能である。さらには、再構成時に光化学反応を誘起する色素を加えておけば、機能を持つ会合体を容易に作り出すことができる (非特許文献2)。よって、色素分子の種類、組成などを緑色硫黄細菌の遺伝子改変で調節することができれば、様々な機能を持つクロロソームを形成させることが可能である。
【0003】
クロロソーム内の自己会合色素としてバクテリオクロロフィル (BChl) c、d及びeが知られている。どの種類の色素を持つかは緑色硫黄細菌の種によって異なる。これらの色素分子は、BChl cを基に構造を比較すると、そのC20位のメチル基を水素原子に置き換えたものがBChl dであり、C7位のメチル基をホルミル基に置き換えたものがBChl eである。尚、天然には未だ見出されていないが、BChl eのC20位脱メチル体がBChl fという名前で予約されている (
図1参照)。
BChl c、d及びeは、C8
2位及びC12
1位上でのメチル化度が異なる同族体の総称であり、これまでC8位にエチル、プロピル、イソブチル又はネオペンチル基を、C12位にメチル又はエチル基を有するものが見出されている。さらに、それぞれの同族体において、3
1位の不斉炭素原子に関して立体異性体 (R体とS体) が存在することも多い。しかし、天然に存在する緑色硫黄細菌が産生するBChl cのほとんどは低級BChl cであり、メチル化度の高い高級BChl c分子種は微量しか含まれない。そのため、相当量の高級BChl c分子種を取得するには大量の菌体が必要となる。しかし、C8位にイソブチル基、C12位にエチル基を有するS[I,E]BChl c等の高級BChl c分子種は、微弱光な培養条件において増量する色素であることから、クロロソームの光エネルギー捕集または伝達を効率化していると考えられており (非特許文献3)、人工光合成などの応用面においても有用な素材となりうると期待される。従って、これらの高級BChl c分子種を高生産する変異株を遺伝子操作により作製する技術の開発が望まれる。
【0004】
これまで、BChl cを有する緑色硫黄細菌としてクロロバキュラム・テピダム (Chlorobaculum (Cba.) tepidum) とBChl dを有する緑色硫黄細菌Cba. パルバム (Chlorobaculum parvum) において、人為的に遺伝子改変を行えることが報告されている (非特許文献4及び5)。そのため、BChl cとBChl dの生合成経路に関する研究が最も進んでおり、全ての合成酵素遺伝子が解明されている。かかる知見に基づき、BChl c産生菌において、クロリン骨格のC8
2位及びC12
1位のメチル化酵素であるBchQ及びBchR、更にはC20位のメチル化酵素であるBchUを欠損させた変異株 (結果として、この変異株のBChl組成は、C8位にエチル基、C12位にメチル基を有する低級BChl d分子種 (R[E,M]BChl d) が95%以上を占める) なども作製されている (非特許文献3)。しかし、高級BChl c分子種を高生産する変異株の作製に関する報告は皆無である。
一方、BChl eを有する細菌ではこれまで遺伝子改変可能な菌株の報告例がなかったが、最近、本発明者らは、BChl eを有するCba. リムナエウム (Chlorobaculum limnaeum) の育種・選抜により、遺伝子改変が可能なRK-j-1株を単離することに成功した。さらに当該菌株において、クロリン骨格のC20位をメチル化する酵素遺伝子を欠損させることにより、天然からは未だ見出されていないBChl fを合成する変異株の作製にも成功した (
図1参照;非特許文献6、特願2012-028919)。
しかしながら、BChl eの生合成経路は未だ明らかではなく、BChl e合成において最も重要なC7位のホルミル化酵素遺伝子は同定されていなかったため、RK-j-1株を用いて、遺伝子改変によりC7位にメチル基を有するBChl cを産生する変異株を作製するには至っていなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の第一の目的は、BChl e合成におけるC7位のホルミル化反応に関与する酵素遺伝子を探索・同定し、遺伝子改変可能なBChl e産生緑色硫黄細菌を用いて該遺伝子を欠損させることにより、BChl c産生変異株を提供することである。当該変異株において、非特許文献6と同様の方法でC20位のメチル化酵素遺伝子をさらに欠損させることにより、BChl d産生変異株を得ることもできる。従って、本発明の第二の目的は、同一のBChl e産生緑色硫黄細菌を親株として、クロリン骨格を有する他の3種のBChl (BChl c/d/f) を産生する変異株シリーズを提供することである。
さらに、本発明の第三の目的は、クロロソームの光エネルギー捕集または伝達を効率化するとの利点を有するものの、天然の緑色硫黄細菌には微量しか含まれない高級なBChl c同族体を高生産する変異株を、遺伝子改変により提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らはまず、上記第一の目的を達成すべく、ゲノム情報が公開されている数種のBChl e産生緑色硫黄細菌株と、他の光合成細菌との間で、比較ゲノム解析を実施し、抽出されたBChl e産生緑色硫黄細菌のみに特有の遺伝子群の中から、ラジカルSAMファミリーに属する酵素をコードすると目される遺伝子に着目し、該遺伝子をbciDと名づけた。一方で、遺伝子改変可能なBChl e産生緑色硫黄細菌Cba. limnaeum RK-j-1株のゲノム解読を行い、該ゲノム配列の中から、bciD遺伝子と相同性のある遺伝子を検索した結果、配列番号1に示されるヌクレオチド配列 (ORF) を有する遺伝子を同定した。
次いで、相同組換えを用いてRK-j-1株のbciD遺伝子を欠損させ、得られたbciD欠損株から色素を抽出して、野生株及びBChl c産生緑色硫黄細菌から抽出した色素と比較した。その結果、該欠損株は、BChl cを合成するがBChl eを産生しないことが明らかとなり、bciDがC7位のホルミル化に関与する遺伝子であることが実証された。さらに、驚くべきことに、bciD欠損株のBChl c同族体の組成は、野生株においてBChl cを合成するCba. tepidumとは異なり、S[I,E]BChl cが主成分であることが判明した。親株であるRK-j-1株において、C8位のイソブチル基、C20位にエチル基を有する高級BChl e同族体は微量成分であることから、本結果は全く予想外であった。J. Harada et al. (2012) Scientific Rep., 2: DOI: 10.1038/srep00671 (非特許文献6) に示されるとおり、RK-j-1株においてC20位のメチル化酵素遺伝子であるbchU遺伝子を欠損させた場合には、欠損株におけるBChl f同族体の組成は、親株におけるBChl e同族体の組成と比較して、S[I,E]体は増加傾向にあるものの、R[E,E]やR[P,E]といった低級BChl f分子種が依然として主成分である。このことから、bciD欠損株においてさらにbchUを欠損させてBChl d産生変異株を作製した場合 (
図1参照)、bciD欠損株と同様に、bciD/bchU二重変異株におけるBChl d同族体の組成は、S[I,E]BChl dが主成分となるものと考えられる。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下のものを提供する。
〔1〕 BChl eを産生する緑色硫黄細菌において、bciD遺伝子が欠損してなる、BChl c産生変異株。
〔2〕 天然のBChl c産生緑色硫黄細菌と比較して、高級BChl c分子種の組成比が高いことを特徴とする、前記〔1〕記載の変異株。
〔3〕 高級BChl c分子種がC8位にイソブチル基を有し、且つC12位にエチル基を有する、前記〔2〕記載の変異株。
〔4〕 BChl eを産生する緑色硫黄細菌がクロロバキュラム・リムナエウム(Chlorobaculum limnaeum) RK-j-1株(受託番号:NITE P-1202)である、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の変異株。
〔5〕 前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の変異株を培地中で培養し、得られる培養物からBChl cを回収することを含む、BChl cの製造方法。
〔6〕 前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の変異株を培地中で培養し、得られる培養物からクロロソームを回収することを含む、天然のBChl c産生緑色硫黄細菌由来のクロロソームと比較して高級BChl c分子種の組成比が高いクロロソームの製造方法。
〔7〕 前記〔6〕に記載の方法により得られるクロロソーム。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、BChl e産生緑色硫黄細菌からBChl c産生変異株を作製することができる。また、該変異株において、さらにC20位のメチル化酵素遺伝子を欠損させることにより、BChl d産生変異株を作製することもできる。
また、本発明によれば、クロロソームの光エネルギー捕集または伝達の効率化に寄与し得る、C8
2位及びC12
1位のメチル化度の高い高級BChl c/dを高生産することができるので、人工光合成、色素増感太陽電池などの応用分野において、光エネルギーの捕獲・変換効率が向上した光デバイス等の生産に利用可能である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、BChl eを産生する緑色硫黄細菌において、bciD遺伝子が欠損してなる、BChl c産生変異株を提供する。
本発明で使用される「BChl eを産生する緑色硫黄細菌」(以下、「BChl e産生菌」と略記する場合がある) は、クロロソーム色素の主成分としてBChl eを産生する緑色硫黄細菌であって、遺伝子改変が可能な菌株であれば特に制限されない。BChl e産生菌としては、例えば、Cba. limnaeum、クロロビウム・ファエオバクテロイデス (Chlorobium (Chl.) phaeobacteroides)、Chl. ファエオビブリオイデス (Chlorobium phaeovibrioides)、ペロディチオン・ファエオクラトラティフォルメ (Pelodictyon (Pld.) phaeoclathratiforme)、が挙げられるが、これらに限定されない。BChl e産生菌は、例えば、ATCC、CAUP、CCAP、CCMP、CCCM、CGC(CC)、CSIRO、DSMZ、香川県水産試験場 赤潮研究所、神戸大学海藻類系統コレクション (KU-MACC)、独立行政法人 国立環境研究所 微生物系統保存施設 (NIES)、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 (NITE) 等の光合成生物のカルチャーコレクションから入手することができる。
遺伝子改変可能なBChl e産生菌としては、これまでにChlorobaculum limnaeum RK-j-1株(「Cba. limnaeum RK-j-1株」、又は単に「RK-j-1株」と略記する場合がある)が報告されているが (J. Harada et al. (2012) Scientific Rep., 2: DOI: 10.1038/srep00671)、これに限定されず、任意のBChl e産生菌を長期間継代培養を繰り返すことにより、自発的な変異を促すか、あるいは変異原 (例えば、アルキル化剤(N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン (NTG)、エチルメタンスルホン酸 (EMS) 等)、ヌクレオチド塩基類似体 (ブロモウラシル等)、ニトロソ化合物、DNAインターカレーター、DNA架橋剤、放射線、紫外線等) 処理により人為的に変異を誘発し、遺伝子改変可能な変異株を選抜することによって作製したものであってもよい。選抜は、固形培地上で生育の早いコロニーを選択し、自体公知の形質転換法、例えば、自然形質転換法やエレクトロポレーション法等により、薬剤耐性遺伝子を導入し、薬剤耐性コロニーの出現を確認することにより行うことができる。
【0012】
Cba. limnaeum RK-j-1株は、久留米大学医学部医化学講座で保存されているChlorobaculum limnaeum 1549株を親株として、約10年間継続培養を行うことにより形質転換可能となったクローンであり、長期継続培養中に生じた自然変異により形質転換能を獲得したものであると考えられる。16S rDNAはGenebankに登録されているChlorobaculum limnaeumの塩基配列(Accession No.: AJ299413。旧名Chlorobium phaeobacteroides strain 1549で登録)と99.99%以上一致している。形態は、親株の1549株とほぼ同様であり、嫌気光合成培養にて、光独立栄養的に生育が可能である。
RK-j-1株は、2012年1月12日付で、独立行政法人製品 評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号NITE P-1202として寄託され
、2012年12月25日付でブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、新たな受託番号NITE BP-1202が付されている。
【0013】
本発明において欠損させるべき「bciD遺伝子」は、Cba. limnaeumゲノムから単離された、配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなるコード領域 (cds) を有する遺伝子 (該cdsにコードされるアミノ酸配列を配列番号2に示す)、並びに他のBChl e産生菌におけるそのオルソログである。全ゲノム配列が解読されているChl. phaeobacteroides BS-1株及びDSM266株、Pld. phaeoclathratiforme BU-1株のbciD遺伝子は、それぞれNCBIデータベースにGene ID:6373925 (NC_010831.1の261683-262900位;locus tag:Cphamn1_0270)、Gene ID:4570577 (NC_008639.1の221628-222833位 (相補鎖);locus tag:Cpha266_0196)、及びGene ID:6462626 (NC_011060.1の2835539-2836744位 (相補鎖);locus tag:Ppha_2747)として登録されており、当業者は当該遺伝子及びその上下流領域のゲノム配列情報を容易に取得することができる。ゲノム配列が解読されていないBChl e産生菌のbciD遺伝子は、常法によりそのゲノム配列を解読し、次いで、配列番号1に示されるヌクレオチド配列をqueryとして、得られたゲノム配列に対してBlast検索をかけることにより同定することができる。Blast検索は、例えば以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて行うことができる。Blast検索の結果、配列番号2に示されるアミノ酸配列と、約70%以上、好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上の相同性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子を、該菌株のbciD遺伝子と推定することができる。ヒットした遺伝子がbciD遺伝子であることの確認は、例えば、後述の方法により当該遺伝子を欠損させた場合に、得られる欠損株がBchl cを産生することを調べることによって行うことができる。あるいは、BChl c産生菌 (例えば、Cba. tepidumなど) に当該遺伝子を含む発現ベクターを導入し、得られる形質転換体がBChl eを産生するか否かを調べることによっても、当該遺伝子がbciD遺伝子であることを確認することができる。
【0014】
BChl e産生菌のbciD遺伝子を欠損させるとは、当該遺伝子を破壊したり、除去したりすることにより完全なmRNAを産生不能にすることを意味する。bciD遺伝子を欠損させる具体的な手段としては、対象BChl e産生菌由来のbciD遺伝子(ゲノムDNA) を常法に従って単離し、例えば、(1) そのコード領域 (cds) やプロモーター領域に他のDNA断片 (例えば、薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子等) を挿入することによりcdsもしくはプロモーターの機能を破壊するか、(2) bciD遺伝子の全部または一部を切り出して該遺伝子を欠失させる (例えば、薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子等で置換する) か、(3) cds内に終止コドンを挿入して完全な蛋白質の翻訳を不能にするか、あるいは (4) 転写領域内部へ遺伝子の転写を終結させるDNA配列 (ターミネーター配列) を挿入して、完全なmRNAの合成を不能にすることによって、結果的に遺伝子を不活性化するように構築したDNA配列を有するDNA鎖 (以下、ターゲッティングベクターと略記する) を、相同組換えにより対象BChl e産生菌のbciD遺伝子座に組み込ませる方法などが用いられ得る。好ましくは、薬剤耐性遺伝子をcds内に挿入してbciD遺伝子を破壊するか、bciD遺伝子の全部もしくは一部を薬剤耐性遺伝子で置換除去する方法が挙げられる。特に好ましくは、後述の実施例に記載のとおり、RK-j-1株のbciD遺伝子の大部分を除去し、pHP46Ω由来のaadA遺伝子で置換する方法が挙げられる。
【0015】
薬剤耐性遺伝子としては、カナマイシン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、ゲンタマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子などを用いることができるが、緑色硫黄細菌の中には、カナマイシン、ストレプトマイシン、スペクチノマイシンに耐性を持ちやすい菌株も存在するので、好ましくはストレプトマイシン及びスペクチノマイシン耐性遺伝子、ゲンタマイシン耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子などが用いられる。例えば、ストレプトマイシン及びスペクチノマイシン耐性遺伝子として、pHP45Ω (Gene, 29: 303-313 (1984))、pSRA2、pSRA81 (以上、Methods Mol. Biol., 274; 325-340 (2004)) に含まれるaadA遺伝子が、ゲンタマイシン耐性遺伝子として、pMS255、pMS266 (Gene, 162: 37-39 (1995)) に含まれるaacC1遺伝子が、エリスロマイシン耐性遺伝子及びクロラムフェニコール耐性遺伝子として、pRL409 (Gene, 68: 119-138 (1988) に含まれるermC遺伝子及びcat遺伝子が、それぞれ挙げられる。これらの遺伝子は、上記プラスミドから適当な制限酵素により切り出すこともできるし、あるいは上記プラスミドを鋳型として、これらの遺伝子の上下流域の配列をプライマーに用い、PCR法により増幅してもよい。
【0016】
薬剤耐性遺伝子をbciD遺伝子のcds内に挿入するか、bciD遺伝子の全部もしくは一部を薬剤耐性遺伝子で置換したターゲッティングベクター構築の詳細については、例えば、Appl. Environ. Microbiol., 67; 2538-2544 (2001) やMethods Mol. Biol., 274; 325-340 (2004) に記載されているが、それらに限定されず、当該技術分野で周知の方法を適宜用いることができる。
【0017】
対象BChl e産生菌に上記ターゲッティングベクターを導入することにより、該ベクターを、相同組換えにより対象BChl e産生菌のbciD遺伝子座に組み込ませることができる。遺伝子導入方法としては、対象BChl e産生菌に適用可能な方法であれば特に制限されず、自体公知のいかなる方法を用いてもよいが、好ましくは自然形質転換法もしくはエレクトロポレーション法が挙げられる (例えば、Appl. Environ. Microbiol., 67; 2538-2544 (2001);Methods Mol. Biol., 274; 325-340 (2004);低温科学, 67: 575-582 (2009)などを参照)。
【0018】
薬剤耐性遺伝子を含むターゲッティングベクターを用いた場合、遺伝子導入処理した菌体を薬剤含有固形培地上で培養して耐性コロニーを選択することにより、形質転換体を取得することができる。ここで用いられる培地としては、対象BChl e産生菌の生育に適した任意の培地を用いることができる。例えば、BChl e産生菌を保存しているカルチャーコレクションが推奨する培地を用いることができる。具体的には、例えば、DSMZが提供するPfenning’s培地II (medium No. 29) やNBRCが提供するGreen Sulfur Bacterium Medium (medium NO. 855) 等が挙げられる。対象BChl e産生菌が電子供与体としてチオ硫酸塩を利用可能な場合は、チオ硫酸塩を培地に添加することが望ましい。例えば、チオ硫酸塩を含む固形培地として、後述の実施例で使用されるCPプレート (Appl. Environ. Microbiol., 67; 2538-2544 (2001)) 等が好ましく用いられる。培地に添加される選択剤の濃度は、抗生物質の種類、菌株の種類によって異なるが、例えばRK-j-1株の場合には、それぞれ50μg/mL ゲンタマイシン、100 μg/mL ストレプトマイシン、150 μg/mL スペクチノマイシンの終濃度となるように、培地に添加することができる。遺伝子導入処理から3-7日間程度非選択培地で培養した後に、菌体を選択培地にプレーティングして薬剤選択を開始するのが望ましい。
【0019】
培養は、通常20-40℃、好ましくは25-30℃の温度で、偏性嫌気条件下、光照射下で行われる。但し、BChl e産生菌が好熱菌の場合など、40-50℃で培養することが好ましい場合もある。Bergey’s Manualなどを参照してその種の至適温度に合わることが望ましい。厳密な嫌気条件の実現には嫌気性チャンバーの使用が理想的であるが、多少とも酸素耐性のある菌株なら、Gas Pack(BD BBL)、アネロパック(三菱ガス化学)などの嫌気ジャーを用いたシステムを利用するか、食品用の脱気密封システムを使ってプレートをエージレスなどの脱酸素剤と共にディスポーザブルの袋に密封して(しばらく暗中に置いて)明条件に置くこともできる。光源としては通常タングステンランプが用いられる。タングステンランプは熱線も強いので、培養は光源から離すか水層を隔てて光照射する必要がある。熱発生の少ない近赤外LEDを光源として使用してもよい。緑色硫黄細菌は本来あまり明るくない環境で生育しているので、微弱な光を照射する方がむしろ好ましい場合が多い。
【0020】
通常、選択開始から約1-2週間程度で耐性コロニーが得られる。得られた耐性クローン (形質転換体) が相同組み換え体 (bciD遺伝子欠損変異体) であることは、bciD遺伝子領域のゲノミックPCR及び/又はシークエンス解析により確認することができる。
得られた変異株は、5% DMSO又は15% グリセロールを含有する培地中で、凍結保存 (-70又は80℃以下) する。
【0021】
このようにして得られたBChl e産生菌由来のbciD遺伝子欠損変異株は、クロリン骨格のC7位をホルミル化する能力を消失しているため、BChl eのC7位にメチル基を有するBChl cを産生する (
図1を参照)。しかも、意外にも、このBChl c産生変異株は、親株であるBChl e産生菌におけるBChl e同族体の組成にかかわらず、C8
2位及びC12
1位のメチル化度の高い、高級BChl c分子種を高生産する。ここで「高級BChl c分子種」とは、C8位にイソブチル基又はネオペンチル基を有し、且つC12位にエチル基を有するBChl c同族体を意味する。尚、高級BChl c分子種はC3
1位におけるいずれの立体異性体 (R型又はS型) も包含される。また、C17位上の長鎖エステル基は、通常ファルネシル基であるが、フィチル基、ゲラニルゲラニル基、ジヒドロゲラニル基又はテトラヒドロゲラニル基であってもよい。
【0022】
好ましくは、本発明のBChl c産生変異株は、C8位にイソブチル基を有し、且つC12位にエチル基を有するBChl c同族体 ([I,E]BChl c)、より好ましくはC3
1位におけるいずれの立体異性がS型である該BChl c同族体(S[I,E]BChl c) を主成分として産生する。本発明のBChl c産生変異株が産生する高級BChl c分子種の、クロロソームを構成するBChl全体に占める割合 (組成比) は、従来公知の天然にBChl cを産生するいずれの緑色硫黄細菌におけるそれよりも顕著に高い。高級BChl c分子種は、微弱光な培養条件において増量する色素であることから、クロロソームの光エネルギー捕集または伝達を効率化していると考えられており、人工光合成などへの応用において有用な素材となりうる。従って、本発明のBChl c産生変異株から高級BChl c分子種を単離することにより、従来よりも極めて効率よく、高級BChl c分子種及びそれらの自己会合体であるクロロソームを提供することができる。
【0023】
従って、本発明はまた、本発明のBChl c産生変異株を培地中で培養し、得られる培養物からBChl cを回収することを含む、BChl cの製造方法、並びに、前記培養物からクロロソームを回収することを含む、天然のBChl c産生緑色硫黄細菌由来のクロロソームと比較して高級BChl c分子種の組成比が高いクロロソームの製造方法を提供する。
【0024】
BChl c産生変異株の培養は、固形培地に代えて液体培地を用いる以外は、上記bciD遺伝子欠損変異株の選抜において用いたのと同様の方法により行うことができる。例えば、チオ硫酸塩を含む液体培地として、後述の実施例で使用されるCL培地 (Appl. Environ. Microbiol., 67; 2538-2544 (2001)) 等が好ましく用いられる。bciD遺伝子欠損変異株の選抜の際に用いた選択剤の添加は必須ではないが、導入された薬剤耐性遺伝子の脱落を防ぐために添加しておくことが望ましい。但し、選択剤の濃度は選択培地で用いたよりも低濃度とすることもできる。
【0025】
本発明のBChl c産生変異株からのBChl cの抽出は、例えば、以下のようにして行うことができるが、当該技術分野で周知のいかなる方法も同様に使用可能である。
まず培養したBChl c産生変異株の菌体を、濾過もしくは遠心分離により回収する。窒素ガスを通気した嫌気的雰囲気下で、菌体にアセトン/メタノール混合溶媒を加えて攪拌した後、液相を回収し、色素が抽出されなくなるまで、残渣に対して同様の抽出操作を繰り返す。得られた抽出液を集め、エーテルと水で分液・洗浄した後、エーテル層を飽和食塩水で脱水・洗浄し、無水硫酸ナトリウムを加えてさらに脱水する。ロータリーエバポレーターで溶媒を留去する。残渣は窒素ガスを封入して冷凍保存したり、ジエチルエーテルやアセトンを溶媒として冷凍保存したりすることができる。いずれの場合も容器は遮光しておく。遮光、温度管理、嫌気状態の維持を徹底すれば、年単位の保存も可能である。
上記抽出操作で得られた色素から、カラムクロマトグラフィーや再結晶等によりカロテノイド色素を分離除去し、BChlを単離精製する。カラムとしてはSepharoseやセルロースを用いることができるが、Sepharoseの方が分離能は高い。BChl cはヘキサン等の無極性溶媒への溶解度が低いので、再結晶により容易に単離精製することができる。
【0026】
上記のようにして単離されたBChl cは、例えば、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)等の分離技術を用いて、同族体の各分子種を分離・同定することができる。まず、抽出・単離したBChl cを,HPLCで使用する移動相溶媒に置換し、フィルター濾過した後、HPLCに注入する。濾過フィルター以外にも多種の前処理カートリッジが市販されており、カロテノイド色素の除去も同時に行うこともできる。移動相溶媒としては、メタノール:水 (90:10, v/v) やアセトニトリル:アセトン:水 (65:15:20, v/v/v) の混合溶媒等が用いられる。例えば、オクタデシルシリル(ODS)カラムを固定相とした逆相HPLCにより、C8
2位及びC12
1位におけるメチル化度の異なる一連のBChl c同族体を分離することができる。メチル化度が高い化合物ほど、その脂溶性が高くなるので、逆相HPLCでは溶出が遅くなる。また、3
1位における光学異性体も分離ができ、R型配置の方が溶出は早い。
【0027】
光合成細菌に含まれるBChlは、それらに固有の吸収帯を有しているので、吸収スペクトルから容易に同定が行える。BChl c/d/eではQy帯の強度が低いので、ソーレー帯による識別が有効である。BChl cにおけるソーレー帯の吸収波長は435 nm前後 (溶媒の種類により多少変動する) であるため、当該波長における吸光度を測定することにより、HPLCで分離した各BChl c同族体を検出することができる。一方、BChl eにおけるソーレー帯の吸収波長は465 nm前後である。
高級BChl c分子種の各ピークに対応するフラクションを回収することにより、単一の高級BChl c分子種を取得することができる。
【0028】
一方、本発明のBChl c産生変異株のクロロソームは、該変異株の培養物から濾過もしくは遠心分離により回収した菌体を、例えば、フレンチプレス、リゾチーム処理、浸透圧ショック、超音波処理等により破砕し、遠心分離により未破砕細胞や大きな膜断片を除去した後、上清をショ糖密度勾配超遠心にかけ (例えば、40,42.5,45,47.5,50% (w/v) の段階勾配に上清をロードし、200,000×gで26-24時間の超遠心処理)、淡緑色の光合成膜画分のすぐ上層にある濃緑色の層を回収することにより、単離することができる (例えば、Arch. Microbiol., 124: 21 (1980) を参照)。
あるいは、上記のようにして単離したBChl c同族体の1種もしくは2種以上の分子種を、インビトロでクロロソームに再構成することができる。クロロソームの生体外の再構成は、BChl cの自己会合能力によって行うことできる。即ち、これらの色素を菌体から抽出した後に、低極性有機溶媒、水-有機溶媒の混合溶液、あるいは界面活性剤を有する水溶性中に置くことで、色素が自己集積してクロロソームが再構築される。
【0029】
既報のとおり、本発明者らは遺伝子改変可能なBChl e産生菌RK-j-1株を親株として、クロリン骨格のC20位のメチル化酵素をコードするbchU遺伝子を欠損させ、天然には見出されていないBChl fを産生する変異株を作製することに成功した。当該変異株は、Chlorobaculum limnaeum dbchU株と命名され、2012年1月12日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号NITE P-1203として寄託されている。
Scientific Rep. (2012) 2: DOI: 10.1038/srep00671に示されるとおり、Cba. limnaeum dbchU株におけるBChl f同族体の組成は、親株であるRK-j-1株におけるBChl e同族体の組成と比較して、S[I,E]体こそ増加傾向にはあるものの、R[E,E]やR[P,E]といった低級BChl f分子種が依然として主成分であり、本発明のbciD遺伝子欠損株で観察されるような、顕著な同族体組成の高級分子種へのシフトは認められない。
図1に示すように、bciD遺伝子とbchU遺伝子とを欠損させた二重欠損変異株を作製すれば (本発明のbciD遺伝子欠損株を親株として、Scientific Rep. (2012) 2: DOI: 10.1038/srep00671に記載の方法に従い、bchU遺伝子を欠損させるか、あるいは、Cba. limnaeum dbchU株を親株として、上記の方法に従ってbciD遺伝子を欠損させることにより作製することができる)、BChl e産生菌を親株として、BChl d産生変異株が得られることになる。即ち、1つのBChl e産生菌株を基にして、BChl c/d/fの各産生変異株を作製することができる。ここで、bchU遺伝子の欠損によっては、BChlの同族体組成は大きく変動しないことから、BChl e産生菌のbciD/bchU二重欠損変異によるBChl d産生変異株もまた、本発明のBChl e産生変異株と同様、高級BChl d分子種が主成分となるように、同族体組成がシフトしていると考えられる。
従って、本発明はまた、天然のBChl d産生緑色硫黄細菌よりも効率よく、高級BChl d分子種を製造する方法、並びに、天然のBChl d産生緑色硫黄細菌由来のクロロソームよりも、高級BChl d分子種の組成比が高いクロロソームの製造方法を提供する。ここで「高級BChl d分子種」の定義は、BChl c同族体におけるそれと同様である。
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はいかなる意味においてもこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0031】
以下の参考例及び実施例において、緑色硫黄細菌の培養は、下記組成のCL培地及びCPプレートを用いて行った。
・CL 培地 (液体培地):
1 Lあたり20 mLの塩類A (0.64 g Na
2EDTA・2H
2O, 10 g MgSO
4・7H
2O, 2.5 g CaCl
2・2H
2O, 20 g NaCl / 1 L)、20 mLの塩類B (25 g CH
3COONH
4, 20 g NH
4Cl, 115 g Na
2S
2O
3・5H
2O / 1 L)、20 mLのCL/CPバッファー (25 g KH
2PO
4, 115 g MOPS[3-{N-モルフォリノ}プロパンスルホン酸]/ 1 L)、1 mLの微量元素溶液(5.2 g 2Na・EDTA, 0.19 g CoCl
2・6H
2O, 0.1 g MnCl
2・4H
2O, 1.5 g FeCl
2・4H
2O, 0.006 g H
3BO
3, 0.017 g CuCl
2・2H
2O, 0.188 g Na
2MoO
4・2H
2O, 0.025 g NiCl
2・6H
2O, 0.07 g ZnCl
2, 0.03 g VOSO
4, 0.002 g Na
2WO
4・2H
2O, 0.002 g Na
2HSeO
3 / 1 L)、50 μLのレサズリン (10 mg/mL)、20 μLのビタミンB
12(1 mg/mL)を加え、蒸留水で1 Lにメスアップする。121℃で約20分間オートクレーブした後、濾過滅菌した50 mLのNa
2S 9H
2O/NaHCO
3溶液 (0.6 g Na
2S 9H
2O, 2.0g NaHCO
3/ 50 mL)を加え、pHを6.9-7.0に調整する。
・CP プレート(固形培地):
1 Lあたり20 mLの塩類A、20 mLの塩類B、1 mLの微量元素溶液、50 μLの10 mg/mL レサズリン、20 μLのビタミンB
12および0.36 gのL-システインを加え、10 M NaOHでpHを7.6に調整し、15gの寒天(Bacto Agar
TM)を加えて121℃で約20分間オートクレーブし、50℃に冷却して培養皿に分注・固化した後、嫌気性チャンバー内に移動させる(L-システインの過剰な酸化を防ぐため、オートクレーブ後60分以内に操作する)。
【0032】
参考例1 Chlorobaculum limnaeum RK-j-1株の作製
BChl eを産生Chlorobaculum limnaeum 1549株(立命館大学薬学部生物有機化学研究室を経由し、久留米大学医学部医化学講座で保存されている株)を約10年間継代培養を繰り返すことで、積極的に自発的な変異を促した。培養はスクリューキャップ付きの試験管中にCL培地を入れ、30℃、光照射下において行った。十分な生育に達した後に、室温暗所に置いた。3-6か月の周期で継代し、1年間ほどの間隔でCPプレート上にて生育させて、コロニーを形成させた。なお、プレート培養は嫌気ジャー内でH
2/CO
2発生ガスパック等を用いて行った。
該継代培養物から、他のコロニーよりも生育が早いものを2種類選抜し、それぞれをRK-j-1株およびRK-j-2株と命名した。これら2つの株に対して、自然形質転換法(natural transformation)を行い、遺伝子操作可能な株の選抜を行った。遺伝子改変領域として、BChl eのC20位にメチル基を転移すると考えられた酵素遺伝子bchUを選んだ。Chlorobaculum limnaeum 1549株からクローニングしたbchUの大部分を、aacC1と入れ替えたプラスミドpUSbchUGm (Scientific Rep. (2012) 2: DOI: 10.1038/srep00671) をRK-j-1株またはRK-j-2株と混合し、薬剤添加なしのCPプレートにスポットして、嫌気ジャー内で30℃で3-7日間生育させた。そのスポットを掻きとってCL液体培地に懸濁し、ゲンタマイシンが添加されたプレート(最終濃度50μg/mL)にスプレッドした。7-14日後プレートを確認したところ、RK-j-1株とplasmidを混ぜたものだけにコロニーの形成が確認された。そのコロニーをゲンタマイシンが添加されたCL液体培地(最終濃度50μg/mL)で培養を行い、ゲノムDNAを抽出してPCR法によってbchU遺伝子を含む周辺遺伝子の増幅を行った。PCR産物のアガロースゲル電気泳動を行った結果、bchU遺伝子領域に、aacC1が挿入されていると考えられるサイズのバンドが検出された。
以上より、Chlorobaculum limnaeum 1549株の長期継代培養により得られたRK-j-1株は、遺伝子改変可能な新菌株であることが確認された。RK-j-1株は、下記の条件にて培養、長期保存が可能である。
(1) 培養条件
嫌気性チャンバー内、30℃の温度で、純窒素置換した偏性嫌気条件下で培養する。
(2) 長期保存条件
5% DMSO又は15% グリセロールを含有する培地中で、凍結保存 (-80℃以下) する。
【0033】
実施例1 BChl e産生菌におけるC7位ホルミル化に関与する遺伝子bciDの同定
ゲノム情報が公開されているBChl eを有する緑色硫黄細菌、Chlorobium phaeobacteroides BS-1、Chlorobium phaeobacteroides DSM266およびPelodictyon phaeoclathratiforme BU-1と、その他の緑色硫黄細菌を含めた光合成細菌の数種類の配列情報をもとに、比較ゲノム解析プログラムCCCT (H. Ito et al. (2008) J. Biol. Chem., 283: 9002-9011) を用いて、BChl eをもつ緑色硫黄細菌にのみ特有の遺伝子の候補をいくつか見出した。その中で、ラジカルSAMファミリーに属する酵素をコードすると目される遺伝子に着目した。この遺伝子をbciDと命名した。一方で、Cba. limnaeum RK-j-1株のゲノムの解読を行い、ドラフト状態のヌクレオチド配列情報を得た。この配列の中から、上記のbciDと相同性のある遺伝子を検索した結果、配列番号1に示されるORFが見出された。
【0034】
実施例2 ターゲッティングプラスミドの作製
Cba. limnaeum RK-j-1株のbciD領域の大部分を、遺伝子改変法による相同組み換えで欠損させるために、変異導入用のプラスミドpTAbciDSmを、以下のように構築した。
最初に、ストレプトマイシンとスペクチノマイシンの耐性遺伝子aadAを含む領域を、pHP45Ωプラスミド (P. Prentki and H.M. Krisch (1984) Gene, 29: 303-313) をテンプレートとしてPCRによって増幅した。この時、aadA-Fプライマー (5’-CTGTTCGGTTCGTAAGCTGT-3’;配列番号3) とaadA-Rプライマー (5’-CGTCGGCTTGAACGAATTGT-3’;配列番号4) を用いた。
次にCba. limnaeum RK-j-1株のゲノムDNAをテンプレートとし、(i) bciD-F (5’-TCACTGTTATGTTGTCGGGTA-3’;配列番号5) と(ii) bciD-R (5’-GGTAAGCACCTATGCCGAAA-3’;配列番号6) のプライマーセットを用いたPCRによって、bciD遺伝子領域を含む1.99 kbpの増幅DNA断片を得た。その断片を、T-ベクターであるpTA2 (TOYOBO, Japan)のTAクローニングサイトにクローニングし、pTA2-bciDプラスミドを得た。このpTA2-bciDプラスミドのbciDの内側の大部分を取り除くため、このプラスミドをテンプレートとしたPCRを、(iii) bciD-inf-Fプライマー (5’-
TCGTTCAAGCCGACGTCTTGCCAAGGATCATCGTC-3’;配列番号7) と、(iv) bciD-inf-Rプライマー (5’-
TTACGAACCGAACAGTTGTTAACCGTCACCTTGGC-3’;配列番号8) とを用いて行った (プライマーの方向は
図2Aを参照)。これらのプライマー配列のアンダーラインは、引き続き行うIn-Fusionクローニングのために、上記のaadA-RプライマーとaadA-Fプライマーの配列とそれぞれオーバーラップするように設計した。よって、結果として増幅されたPCR断片と、上述のaadA-FとaadA-Rにて増幅したaadA遺伝子を含む断片とを、In-Fusion (登録商標) HD Cloning Kit (Clontech, USA)を用いてライゲーションを行い、pTAbciDSmプラスミドを完成させた。
【0035】
Cba. limnaeum RK-j-1株の遺伝子破壊は、Scientific Rep. (2012) 2: DOI: 10.1038/srep00671に記載の方法に従い行った。制限酵素EcoRIにて消化したpTAbciDSmを100 μg用いて自然形質転換法を実施し、相同組み換えによりbciD遺伝子が欠損した株のコロニーを、100 μg/mLのストレプトマイシンと150 μg/mLのスペクチノマイシンを含む選択CPプレート培地を用いて得た。変異導入の確認は、(v) bciD-comf-Fプライマー (5’-CATCATAGGGGGGCAATAGA-3’;配列番号9) と、(vi) bciD-comf-R プライマー (5’-CTTGCCCGGAGAAGGATTAT-3’;配列番号10) とを用いたPCRによって行った。薬剤耐性コロニーをCL培地にて培養し、ゲノムDNAを抽出してPCR法によってbciD遺伝子を含む周辺遺伝子の増幅を行った。PCR産物のアガロースゲル電気泳動を行った結果、野生株では、PCR産物はEcoRVサイトをもつため、切断されて1.36と0.78 kbpのサイズのDNAバンドが検出されたが (
図2B、レーン2)(野生株のPCR産物の未処理のサイズは2.14 kbpである (レーン1))、bciD遺伝子欠損株のものはEcoRVサイトが無いため、消化されずにもとと同じ2.22 kbpのDNAバンドが検出された (レーン3, 4)。従って、形質転換体のbciD遺伝子領域に、aadAが挿入されていることが予想された。さらなる変異導入の確認のために、そのPCR増幅配列を、DNAシークエンサーABI PRISM (登録商標) 3100 Genetic Analyzer (Applied Biosystems, USA) を用いて決定し、aadA遺伝子の挿入を確認した。
【0036】
実施例4 HPLCによるbciD遺伝子欠損株の色素組成分析
実施例3で得られたbciD遺伝子欠損株から常法にて色素を抽出し、HPLCによって分析した。使用したHPLCの装置及び条件は以下の通りである。
カラム:Cosmosil 5C18-AR-II (4.6 f x 150 mm, Nacalai Tesque, Japan)
溶媒:アセトニトリル:アセトン:水 (65:15:20, v/v/v)
流速:1.0 mL/min
検出波長:415及び435 nm (BChl c), 465 nm (BChl e)
機器:SCL-10Avp system controller, LC-10ADvp pump, and SPD-M10Avp photodiode-array detector (Shimadzu, Japan)
その結果、野生株のBChl eとは異なる位置に色素のピーク群が検出された (
図3A、(b)及び(c))。さらに、BChl cを有するCba. tepidumからの抽出色素を分析して比較した結果、欠損株の色素のピーク群はCba. tepidumのBChl c同族体のピーク群 (
図3A、(a))と一致し、R型/C-8位エチル/C-12位エチル(R[E,E]) BChl c (ピーク2)、S型/C-8位エチル/C-12位エチル(S[E,E]) BChl c (ピーク3)、R型/C-8位プロピル/C-12位エチル(R[P,E]) BChl c (ピーク4)、S型/C-8位プロピル/C-12位エチル(S[P,E]) BChl c (ピーク5)、R型/C-8位イソブチル/C-12位エチル(R[I,E]) BChl c (ピーク6) 並びにS型/C-8位イソブチル/C-12位エチル(S[I,E]) BChl c (ピーク7) であるこが分かった (
図3A、(b))。このことから、bciD遺伝子欠損株はBChl cを合成していることが確認されたが、その組成はCba. tepidumとは大きく異なり、Cba. tepidumではR[E,E]BChl c (ピーク2;
図3B左) が主成分であり、S[I,E]BChl c (ピーク7;
図3B右) は微量成分であるのに対して、欠損株はS[I,E]BChl cが主成分であるという特徴を示した。また、bciD欠損株からはBChl eが一切検出されなかった。これらのことから、bciDはBChl eのC7位のホルミル化に関与する遺伝子であることが実証された。