特許第6104168号(P6104168)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱瓦斯化学株式会社の特許一覧 ▶ MGCフィルシート株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6104168-芳香族ポリカーボネート製偏光レンズ 図000005
  • 特許6104168-芳香族ポリカーボネート製偏光レンズ 図000006
  • 特許6104168-芳香族ポリカーボネート製偏光レンズ 図000007
  • 特許6104168-芳香族ポリカーボネート製偏光レンズ 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6104168
(24)【登録日】2017年3月10日
(45)【発行日】2017年3月29日
(54)【発明の名称】芳香族ポリカーボネート製偏光レンズ
(51)【国際特許分類】
   G02C 7/12 20060101AFI20170316BHJP
   G02B 1/08 20060101ALI20170316BHJP
   B29C 55/06 20060101ALI20170316BHJP
   B29C 45/14 20060101ALI20170316BHJP
   G02B 5/30 20060101ALI20170316BHJP
   B29K 29/00 20060101ALN20170316BHJP
   B29K 69/00 20060101ALN20170316BHJP
   B29L 7/00 20060101ALN20170316BHJP
   B29L 9/00 20060101ALN20170316BHJP
   B29L 11/00 20060101ALN20170316BHJP
【FI】
   G02C7/12
   G02B1/08
   B29C55/06
   B29C45/14
   G02B5/30
   B29K29:00
   B29K69:00
   B29L7:00
   B29L9:00
   B29L11:00
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-537581(P2013-537581)
(86)(22)【出願日】2012年10月1日
(86)【国際出願番号】JP2012076055
(87)【国際公開番号】WO2013051723
(87)【国際公開日】20130411
【審査請求日】2015年7月23日
(31)【優先権主張番号】特願2011-218919(P2011-218919)
(32)【優先日】2011年10月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】597003516
【氏名又は名称】MGCフィルシート株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100110663
【弁理士】
【氏名又は名称】杉山 共永
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】徳丸 照高
(72)【発明者】
【氏名】木村 英明
(72)【発明者】
【氏名】赤木 雅幸
(72)【発明者】
【氏名】中村 恭介
【審査官】 藤岡 善行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−326872(JP,A)
【文献】 特開平08−313701(JP,A)
【文献】 特開2010−26498(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/12
G02B 5/30
G02C 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二色性色素で染色された延伸ポリビニルアルコールフィルム前記延伸ポリビニルアルコールフィルムの両面に接着層を介して貼り合わせられた芳香族ポリカーボネートシートとを備え、球面あるいは非球面に曲げられた偏光レンズにおいて、
前記二色性色素が染み込んでいる領域が、前記延伸ポリビニルアルコールフィルムの表面から前記延伸ポリビニルアルコールフィルムの厚さの4分の1以内の領域であり、前記延伸ポリビニルアルコールフィルムの厚さ方向での中心部は二色性色素で染色されていないことを特徴とする偏光レンズ。
【請求項2】
二色性色素で染色された延伸ポリビニルアルコールフィルム前記延伸ポリビニルアルコールフィルムの両面に接着層を介して貼り合わせられた芳香族ポリカーボネートシートとを含む偏光シートを備え、球面あるいは非球面に曲げられた偏光レンズにおいて
該偏光シートの一方の面に射出された芳香族ポリカーボネートをさらに有し
前記二色性色素が延伸ポリビニルアルコールフィルムの表面から染み込んでいる領域が、前記延伸ポリビニルアルコールフィルム厚さの4分の1以内であり、前記延伸ポリビニルアルコールフィルムの厚さ方向での中心部は二色性色素で染色されていないことを特徴とする偏光レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偏光シートを曲面形状に曲げ加工した偏光レンズ、あるいは偏光シートを曲面形状に曲げ加工した後に一方の面に芳香族ポリカーボネートを射出して成形した、芳香族ポリカーボネート製偏光レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリカーボネート製の偏光シートは耐衝撃性に優れ軽量であることから液晶ディスプレイをはじめ、建物の窓や自動車のサンルーフ、マリンスポーツ、ウインタースポーツ、釣り等に用いるサングラスやゴーグルに使用されている。
【0003】
ポリビニルアルコールフィルムを延伸して二色性色素で染色した偏光フィルムの両面に保護層として接着層を介して芳香族ポリカーボネートシートを貼った偏光シート(以下、「芳香族ポリカーボネート偏光シート」と記す)は特に耐衝撃性に優れ、加えて高い耐熱性も併せ持つので、曲げ加工や射出成形を施して得られるサングラスやゴーグル用の偏光レンズに使用されている。
【0004】
しかしながら、芳香族ポリカーボネートは光弾性定数が大きいので、サングラスやゴーグルのような球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工を施した際に、リタデーションによる着色干渉縞が生じやすく、この着色干渉縞が外観を損ね、眼精疲労を引き起こす等の問題を抱えている。
【0005】
また、芳香族ポリカーボネート偏光シートを球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工した偏光レンズでは、芳香族ポリカーボネート偏光シートの厚みムラにより像の歪みが生じてしまい、外観を損ね、眼精疲労を引き起こす等の問題も抱えている。
【0006】
曲げ加工を施した際に生じるリタデーションについては、保護層に使用する芳香族ポリカーボネートシートに予め延伸処理を施して大きなリタデーションを生じさせておくことにより、着色干渉縞を見えなくした芳香族ポリカーボネート偏光シート(以下、「延伸ポリカーボネート偏光シート」と記す)が知られており(特許文献1)、これは偏光レンズの中でも外観や眼精疲労に優れた製品に使用されている。
【0007】
一方、前述の延伸ポリカーボネート偏光シートに曲げ加工を施して形成した偏光レンズよりもさらに耐衝撃性を向上させる、あるいは焦点屈折力を持つ矯正用レンズを形成する目的で、球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工した延伸ポリカーボネート偏光シートを金型内にインサートし、芳香族ポリカーボネートを射出して成形した偏光レンズ(以下、「芳香族ポリカーボネート偏光レンズ」と記す)が知られている(特許文献2、3)。
【0008】
芳香族ポリカーボネート偏光レンズは、金型内に芳香族ポリカーボネートを射出して充填するので、インサートした延伸ポリカーボネートシートの厚みムラが見えなくなるという利点もあり、焦点屈折力を持たないレンズにおいても耐衝撃性、外観や眼精疲労に対して特に優れた製品に使用されている。
【0009】
芳香族ポリカーボネート偏光レンズのように金型内に熱硬化性樹脂あるいは熱可塑性樹脂を充填して得られるレンズにおいては、両面それぞれの金型の表面形状と両面の間隔を適宜設定することにより、成形されたレンズの両面それぞれの形状と肉厚を自由に設定出来るので、成形されたレンズの焦点屈折力、プリズム屈折力、および像歪が所望の値になるよう光学設計に基づいて金型の表面形状と両面の間隔が設定される。
【0010】
成形されたレンズの表面形状と成形時に接していた金型の表面形状は多くの場合同一だが、レンズの表面形状に非常に高い精度が要求される場合には、金型内に充填した熱硬化性樹脂あるいは熱可塑性樹脂が固化する際に生じる体積収縮によるレンズ肉厚の減少や表面形状の変化を補償するために、両面それぞれの金型の表面形状と両面の間隔を適宜微調整する場合がある。
【0011】
このように形成された芳香族ポリカーボネート偏光レンズの表面には、適宜、ハードコート、反射防止膜などが形成され、次いで玉摺り、穴あけ、ネジ締め等によりフレームに固定してサングラスやゴーグルになる。
【0012】
ところで、芳香族ポリカーボネート偏光シートを球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工した偏光レンズ、あるいは芳香族ポリカーボネート偏光レンズにおいては、ガラス面や水面等を見たときの眩しさを低減させる目的で水平方向の偏光をカットするだけでなく、さらに視認性を向上させる、あるいは意匠性を向上させる目的で、所望の色調や透過率になるように、例えばグレーやブラウン等に着色した芳香族ポリカーボネート偏光シートが使用される。
【0013】
偏光レンズにおいては、偏光度を高めるために偏光レンズに入射した光の水平方向の偏光成分がほぼ吸収されるような濃度になるように、ポリビニルアルコールフィルムに染着する二色性色素の量を調整するが、さらにポリビニルアルコールフィルムへの二色性色素の染着量を増やしていくと、偏光レンズに入射した光の垂直方向の偏光成分も多く吸収されるようになる。
【0014】
また、ポリビニルアルコールフィルムに染着させる二色性色素は単色ではなく、数色の二色性色素が用いられる。この際に、ポリビニルアルコールフィルムへの二色性色素の染着量を各色で変えることにより、所望の色調や透過率の偏光レンズを得ることが出来る。
【0015】
また、接着層、あるいは保護層の芳香族ポリカーボネートシートに、染料を溶解したものを使用して、あるいは前述の方法と併用して、芳香族ポリカーボネート偏光シートの色調や透過率を調整することも出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開平03−39903号公報
【特許文献2】特開平08−52817号公報
【特許文献3】特開平08−313701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
前述のように、芳香族ポリカーボネート偏光シートを球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工し、あるいは曲げ加工した芳香族ポリカーボネート偏光シートを、さらに金型内にインサートし芳香族ポリカーボネートを射出して、耐衝撃性、外観や眼精疲労に対して優れた偏光レンズが得られる。
【0018】
しかしながら、芳香族ポリカーボネート偏光シートを球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工した芳香族ポリカーボネート偏光レンズ、あるいは、さらに射出成形した芳香族ポリカーボネート偏光レンズにおいて、偏光レンズへの成形前後で芳香族ポリカーボネート偏光シートの色調や透過率が大きく変化してしまい、製品間の差が大きくなってしまうという問題があった。
【0019】
その後の検討によって、射出成形により芳香族ポリカーボネート偏光レンズを成形する際においては、曲げ加工した芳香族ポリカーボネート偏光シートを金型で冷却しながら射出成形するため、芳香族ポリカーボネート偏光シートの色調や透過率の変化が小さく、実質的に変化しないことがわかった。
【0020】
しかしながら、芳香族ポリカーボネート偏光シートを球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工した偏光レンズ、あるいは芳香族ポリカーボネート偏光レンズにおいては、曲げ加工が施される際に偏光シートに使用した芳香族ポリカーボネートのガラス転移点前後の温度にまで加熱されることにより、芳香族ポリカーボネート偏光シートの色調や透過率が大きく変化してしまい、製品間の差が大きくなってしまうということがわかった。
【0021】
特に、染料濃度が高く透過率が低い芳香族ポリカーボネート偏光レンズは、染料濃度が低く透過率が高い芳香族ポリカーボネート偏光レンズと比べて、成形前の芳香族ポリカーボネート偏光シートの色調や透過率に対して、成形後の色調や透過率が大きく変わってしまうという問題があった。
【0022】
さらに、成形前後での色調や透過率の変化が大きいと、色調や透過率が変化する量が一定にならなく、成形した製品間で色調や透過率の差が生じてしまうという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、ポリビニルアルコールフィルムを延伸して二色性色素で染色し、両面に接着層を介して芳香族ポリカーボネートシートを貼り合わせ、球面あるいは非球面に曲げた偏光レンズにおいて、二色性色素が染み込んでいる領域がポリビニルアルコールフィルムの表面からポリビニルアルコールフィルムの厚さの4分の1以内の領域であり、ポリビニルアルコールフィルムの厚さ方向での中心部は二色性色素で染色されていない偏光レンズである。
【0024】
また、本発明は、ポリビニルアルコールフィルムを延伸して二色性色素で染色し、両面に接着層を介して芳香族ポリカーボネートシートを貼り合わせ、球面あるいは非球面に曲げ、該偏光シートの一方の面に芳香族ポリカーボネートを射出して形成した偏光レンズにおいて、二色性色素がポリビニルアルコールフィルムの表面から染み込んでいる領域がポリビニルアルコールフィルム厚さの4分の1以内であり、ポリビニルアルコールフィルムの厚さ方向での中心部は二色性色素で染色されていない偏光レンズである。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、色調や透過率において偏光レンズへの成形前後での変化が小さく製品間の差が少ない芳香族ポリカーボネート偏光レンズを安定して提供できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明による芳香族ポリカーボネート偏光レンズの断面図である。
図2】本発明による芳香族ポリカーボネート偏光レンズに使用される偏光フィルムの断面写真である。断面写真の〔A〕は比較例1のサンプルNo.〔1〕に、〔B〕〜〔E〕は、実施例1のサンプルNo.〔2〕〜〔5〕に相当する。
図3】本発明による芳香族ポリカーボネート偏光レンズに使用される偏光フィルムの断面写真である。断面写真の〔F〕〜〔I〕は、実施例2のサンプルNo.〔6〕〜〔9〕に相当する。
図4】本発明による芳香族ポリカーボネート偏光レンズに使用される偏光フィルムの断面写真である。断面写真の〔J〕〜〔M〕は、実施例3のサンプルNo.〔10〕〜〔13〕に相当する。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の芳香族ポリカーボネート偏光レンズに関して説明する。
まず、偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムを水中で膨潤させた後に、二色性色素などの染料を含有する染色液に、一方向に延伸させつつ含浸することにより、二色性色素を基材樹脂中に配向した状態で分散させて、偏光性を付与した偏光フィルムを得る。
【0028】
このときに用いる偏光フィルムの基材となる樹脂としては、ポリビニルアルコール類が用いられ、このポリビニルアルコール類としては、ポリビニルアルコール(以下、「PVA」と記す)、PVAの酢酸エステル構造を微量残したもの及びPVA誘導体または類縁体であるポリビニルホルマール、ポリビニルアセタール、エチレン−酢酸ビニル共重合体ケン化物等が好ましく、特にPVAが好ましい。
【0029】
さらに、PVAフィルムの分子量については、延伸性とフィルム強度の点から重量平均分子量が50,000から350,000のものが好ましく、特に、重量平均分子量が150,000から300,000のものが好ましい。PVAフィルムを延伸する際の倍率は、延伸後の二色比とフィルム強度の点から2〜8倍が好ましく、特に3〜5倍が好ましい。延伸後のPVAフィルムの厚みは特に制限はないが、薄いと破れやすく、厚いと光透過率が低下するため、20〜50μm程度が好ましい。
【0030】
また、このときに用いる染料としては、PVAフィルムへの染色性と耐熱性の点からスルホン酸基を持つアゾ色素からなる直接染料が好ましく、偏光フィルムが所望の色調と透過率が得られるような濃度で染色液中に各色の直接染料を溶解あるいは分散させる。染色液には直接染料の他に、染色助剤として塩化ナトリウムや硫酸ナトリウム等の無機塩を適宜添加する。
【0031】
本発明者らは、偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムの表面から染料が染み込む領域の深さにより、芳香族ポリカーボネート偏光シートを製造し、偏光フィルムに亀裂が発生しないよう加工性を維持しつつ曲げ加工を施した際の色調や透過率の変化が異なり、偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムの表面から染料が染み込む領域が深くなるほど、偏光フィルムに亀裂が発生しないよう加工性を維持しつつ曲げ加工を施した際の色調や透過率の変化が大きくなることを見出した。
【0032】
すなわち、本発明者らは、偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムの表面から染料が染み込む領域が浅ければ、偏光フィルムに亀裂が発生しないよう加工性を維持しつつ曲げ加工を施した際の色調や透過率の変化が小さくなり、特に、偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムの表面から染料が染み込む領域が樹脂フィルムの厚さの4分の1以内のときに、偏光フィルムに亀裂が発生しないよう加工性を維持しつつ曲げ加工を施した際の色調や透過率の変化が小さくなることを見出した。
【0033】
樹脂フィルムの表面から染料が染み込む領域の深さは、染色液の温度と浸漬する時間で変えることが出来る。
染色液の温度としては、高すぎると偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムが溶解することと、低すぎると染料が染み込む速度が低下しすぎて染色に長時間を要してしまい生産性が低下してしまう、あるいは室温に近すぎて温度制御が難しくなることから、PVAフィルムにおいては20℃から70℃が好ましく、特に30℃から45℃が好ましい。
【0034】
浸漬する時間としては、偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムの表面から染料が染み込む領域の深さが所望の深さになるような時間が選択される。
【0035】
偏光フィルムは、さらに金属化合物およびホウ酸により処理されていると、優れた耐熱性および耐溶剤性を有し、好ましい。
【0036】
具体的には、二色性色素溶液中で染色された前記偏光フィルムを金属化合物およびホウ酸の混合溶液に浸漬中あるいは浸漬後に延伸する方法、または二色性色素溶液中で染色および延伸された前記偏光フィルムを金属化合物およびホウ酸の混合溶液に浸漬する方法を用いて処理することができる。
【0037】
金属化合物としては、第4周期、第5周期、第6周期のいずれの周期に属する遷移金属であってもよい。その金属化合物には、前記耐熱性および耐溶剤性効果の確認されるものが存在するが、価格面からクロム、マンガン、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛などの第4周期遷移金属の酢酸塩、硝酸塩、硫酸塩などの金属塩が好ましい。これらの中でも、ニッケル、マンガン、コバルト、亜鉛および銅の化合物が、安価で前記効果に優れるため、さらに好ましい。
より具体的な例としては、例えば、酢酸マンガン(II)四水和物、酢酸マンガン(III)二水和物、硝酸マンガン(II)六水和物、硫酸マンガン(II)五水和物、酢酸コバルト(II)四水和物、硝酸コバルト(II)六水和物、硫酸コバルト(II)七水和物、酢酸ニッケル(II)四水和物、硝酸ニッケル(II)六水和物、硫酸ニッケル(II)六水和物、酢酸亜鉛(II)、硫酸亜鉛(II)、硝酸クロム(III)九水和物、酢酸銅(II)一水和物、硝酸銅(II)三水和物、硫酸銅(II)五水和物などが挙げられる。これらの金属化合物のうち、いずれか1種を単独で用いてもよく、複数種を組み合わせて用いることもできる。
【0038】
金属化合物およびホウ酸の前記偏光フィルム中の含有率は、前記偏光フィルムに耐熱性および耐溶剤性を与える点から、偏光フィルム1g当たり、金属化合物では金属として0.2〜20mg含有されることが好ましく、1〜5mgがさらに好ましい。ホウ酸の含有率は、ホウ素として0.3〜30mgが好ましく、0.5〜10mgがさらに好ましい。
処理に用いる処理液の組成は以上の含有率を満たすように設定され、一般的には、金属化合物の濃度は0.5〜30g/L、ホウ酸濃度は2〜20g/Lであることが好ましい。
偏光フィルムに含有される金属およびホウ素の含有率の分析は、原子吸光分析法により行うことができる。
【0039】
金属化合物およびホウ酸による浸漬工程における浸漬温度としては、高すぎると偏光フィルムの基材となる樹脂フィルムが溶解することと、低すぎると室温に近すぎて温度制御が難しくなることから、20℃から70℃が好ましく、特に30℃から45℃が好ましい。また、金属化合物およびホウ酸による浸漬工程における浸漬時間としては、0.5〜15分が好ましい。浸漬後の加熱工程の条件は、70℃以上、好ましくは90〜120℃の温度で、1〜120分間、好ましくは3〜40分間加熱する。
【0040】
次に、偏光フィルムの両面に接着層を介して、芳香族ポリカーボネートシートからなる保護層を貼付する。このときに用いる芳香族ポリカーボネートシートの樹脂材料としては、フィルム強度、耐熱性、耐久性あるいは曲げ加工性の点から、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)アルカンや2,2−(4−ヒドロキシ−3,5−ジハロゲノフェニル)アルカンで代表されるビスフェノール化合物から周知の方法で製造された重合体が好ましく、その重合体骨格に脂肪酸ジオールに由来する構造単位やエステル結合を持つ構造単位が含まれても良く、特に、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンから誘導される芳香族ポリカーボネートが好ましい。
【0041】
さらに、芳香族ポリカーボネートシートの分子量については、シート自体の成形における点から粘度平均分子量で12,000〜40,000のものが好ましく、フィルム強度、耐熱性、耐久性あるいは曲げ加工性の点から、特に20,000〜35,000のものが好ましい。また、芳香族ポリカーボネートシートのリタデーション値については、着色干渉縞を抑制する点から、下限は2000nm以上であり、上限は特にないがフィルム製造面から20000nm以下が好ましく、特に4000nm以上20000nm以下が好ましい。リタデーション値が高い方が着色干渉縞を生じ難い反面、リタデーション値が高い方が表面形状の精度が低いというデメリットがある。
【0042】
このリタデーション値が高い芳香族ポリカーボネートシートを偏光フィルムの光入射側、すなわち、人の目の反対側に用いることにより着色干渉縞を生じ難くすることが出来る。
【0043】
偏光フィルムの両面に芳香族ポリカーボネートを貼り合わせるために用いる接着剤としては、アクリル樹脂系材料、ウレタン樹脂系材料、ポリエステル樹脂系材料、メラミン樹脂系材料、エポキシ樹脂系材料、シリコーン系材料等が使用でき、特に、接着層自体あるいは接着した際の透明性と芳香族ポリカーボネートとの接着性の点から、ウレタン樹脂系材料であるポリウレタンプレポリマーと硬化剤からなる2液型の熱硬化性ウレタン樹脂が好ましい。このようにして芳香族ポリカーボネート偏光シートを得る。
【0044】
本発明の芳香族ポリカーボネート偏光レンズに用いられる芳香族ポリカーボネート偏光シートは、前述の芳香族ポリカーボネート偏光シートに限られるものではなく、偏光フィルムと保護層の芳香族ポリカーボネートを接着する接着剤において、調光染料を溶解させた接着剤を用いて作製された調光機能も併せ持つ芳香族ポリカーボネート偏光シートを用いても良い。このように偏光フィルムの保護層に使用する芳香族ポリカーボネートシートに予め延伸処理を施して大きなリタデーションを生じさせた延伸ポリカーボネート偏光シートを球面あるいは非球面の面形状に曲げ加工し、金型内にインサートし芳香族ポリカーボネートを射出して成形した偏光レンズであれば同様な効果が得られる。
【0045】
次いで、延伸ポリカーボネート偏光シートに曲げ加工が施される。
延伸ポリカーボネート偏光シートの曲げ加工条件については、特に制限はないが、射出成形に用いる金型表面に沿うように曲げられている必要がある。また偏光フィルムは曲げ加工において延伸方向に沿った亀裂、いわゆる膜切れが生じやすいのでこれらの点から、延伸ポリカーボネート偏光シートの曲げ加工における金型温度は、延伸ポリカーボネート偏光シートに使用した芳香族ポリカーボネートのガラス転移点前後の温度が好ましい。加えて、予熱処理により曲げ加工直前の延伸ポリカーボネート偏光シート温度が、芳香族ポリカーボネートのガラス転移点より50℃低い温度以上ガラス転移点未満の温度であることが好ましく、特に、ガラス転移点より40℃低い温度以上ガラス転移点より5℃低い温度未満であることが好ましい。
【0046】
次いで、延伸ポリカーボネート偏光シートに芳香族ポリカーボネートを射出してもよい。
射出成形の加工条件については、特に制限はないが、外観に優れている必要があり、この点から、金型温度は延伸ポリカーボネート偏光シートに使用した芳香族ポリカーボネートのガラス転移点より50℃低い温度以上ガラス転移点未満の温度が好ましく、特に、ガラス転移点より40℃低い温度以上ガラス転移点より15℃低い温度未満が好ましい。
【0047】
次いで、ハードコート処理を施してもよい。
ハードコートの材質あるいは加工条件については、特に制限はないが、外観や下地の芳香族ポリカーボネートに対して、あるいは続いてコートされるミラーコートや反射防止コート等の無機層に対する密着性に優れている必要があり、この点から、焼成温度は延伸ポリカーボネート偏光シートに使用した芳香族ポリカーボネートのガラス転移点より50℃低い温度以上ガラス転移点未満の温度が好ましく、特に、ガラス転移点より40℃低い温度以上ガラス転移点より15℃低い温度未満である120℃前後の温度が好ましく、ハードコートの焼成に要する時間は概ね30分から2時間の間である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づき、本発明について詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0049】
一般的に数色の色素を用いた場合の色調は、使用した各色の色素380〜780nmの吸光度の和からXYZ表色系やL*a*b*表色系を用いて算出することができる。
二色性色素を数色使用し、ポリビニルアルコールフィルムへの二色性色素の染着量を各色で変えることにより、所望の色調や透過率を得る偏光フィルムの場合も同様であり、芳香族ポリカーボネート偏光シートの成形前後での色調においても、成形前後の各色の二色性色素の吸光度の和から算出することができる。そこで、本発明の実施例としては単色の二色性色素を使用して成形前後の透過率と色調を測定し、色差を求めた。
【0050】
比較例1
(a)偏光フィルム
ポリビニルアルコール(クラレ株式会社製、商品名:VF−PS#7500)を35℃の水中で270秒間膨潤しつつ、2倍に延伸した。その後、スミライトレッド4B(C.I.28160)及び10g/Lの無水硫酸ナトリウムを含む35℃の水溶液中で染色した。
この染色フィルムを酢酸ニッケル2.3g/Lおよびホウ酸4.4g/Lを含む水溶液中35℃で120秒間浸漬しつつ、4倍に延伸した。そのフィルムを緊張状態が保持された状態で室温で3分乾燥を行った後、110℃で3分間加熱処理し、偏光フィルムを得た。
【0051】
得られた偏光フィルムの厚さと色素が染み込んでいる領域を測定した結果、および使用した色素の最大吸収波長である530nmの偏光フィルムの二色比を表1中のサンプルNo.〔1〕に示す。二色比は次式により求めた。
二色比=Az/Ax
ここで、Axは最大透過方向の直線偏光の吸光度を表し、Azは最大透過方向に直交する方向の直線偏光の吸光度を表す。AxおよびAzは、島津製作所社製の分光光度計(UV−3600)を用いてサンプルに直線偏光を入射させて測定した。
得られた偏光フィルムの断面写真を図2の〔A〕に示す。断面写真は光学顕微鏡を用いて撮影した。
【0052】
(b)芳香族ポリカーボネート偏光シート
(a)で得た偏光フィルムにウレタン系の接着剤をバーコーター#12を用いて塗布し、70℃で10分間乾燥させた後、厚さ0.3mm、リタデーション値5500nmの芳香族ポリカーボネートシート(三菱瓦斯化学社製)の延伸軸と偏光フィルムの延伸軸が共に偏光レンズの水平方向になるようにラミネーターで貼り合わせた。
この積層シートの偏光フィルム側に上記と同様の方法で接着剤を塗布し、もう1枚の芳香族ポリカーボネートシートを同様に貼り合わせ、芳香族ポリカーボネート偏光シートを得た。硬化後の接着剤塗膜の厚みは9〜11μmであった。
【0053】
(c)芳香族ポリカーボネート偏光レンズの吸光度の測定
作製した芳香族ポリカーボネート偏光シートの透過率と色調を島津製作所社製の分光光度計(UV−3600)を用いて測定した。サンプルNo.〔1〕の透過率とL*a*b*表色系から求めた色調を表1に示す。
【0054】
(d)芳香族ポリカーボネート偏光レンズ
(b)で得た芳香族ポリカーボネート偏光シートをベースカーブ7.95(曲率半径66.67mm)の金型を用いて曲げ加工した。曲げ加工においては金型温度137℃、保持時間1200秒の条件にて成形した。ここで言うベースカーブとは、レンズ前面の曲率の意味で用いており、530をミリメータ単位の曲率半径で除した値のことである。
曲げ加工後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズには偏光フィルムの亀裂はなかった。
(c)と同様に測定したサンプルNo.〔1〕の曲げ加工後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズの透過率と色調、および成形前後のCIE1976(L*a*b*)色空間における色差ΔE*abを表1に示す。色差は次式により求めた。
色差:(ΔE*ab=((ΔL*)+(Δa*)+(Δb*)1/2
【0055】
実施例1
染色過程における染料濃度と染色時間を変えた以外は(a)と同様にして、二色性色素の染着量が同じで染み込んでいる領域を変えた偏光フィルムを得た。得られた偏光フィルムの断面写真を図2の〔B〕〜〔E〕に示す。
また、得られた偏光フィルムの厚さと色素が染み込んでいる領域を測定した結果、および偏光フィルムの二色比を表1中のサンプルNo.〔2〕〜〔5〕に示す。
【0056】
次に(b)、(c)、(d)と同様にして曲げ加工前後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズの透過率と色調を測定し、色差を求めた。測定結果を表1中のサンプルNo.〔2〕〜〔5〕に示す。
色素が染み込んでいる領域が3分の1以上であるサンプルNo〔4〕、〔5〕の色差は2.4以上であり、色素が染み込んでいる領域が5分の1以内であるサンプルNo〔2〕、〔3〕の色差は1.9以内であった。
また、曲げ加工後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズには偏光フィルムの亀裂がなく、加工性は比較例1の芳香族ポリカーボネート偏光レンズと比べて遜色なかった。
【0057】
【表1】
【0058】
実施例2
酢酸ニッケルおよびホウ酸を含む水溶液中で4.4倍に延伸した以外は実施例1と同様にして、二色性色素の染着量が同じで染み込んでいる領域を変えた偏光フィルムを得た。得られた偏光フィルムの断面写真を図3の〔F〕〜〔I〕に示す。
また、得られた偏光フィルムの厚さと色素が染み込んでいる領域を測定した結果、および偏光フィルムの二色比を表2中のサンプルNo.〔6〕〜〔9〕に示す。
【0059】
次に(b)、(c)、(d)と同様にして曲げ加工前後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズの透過率と色調を測定し、色差を求めた。測定結果を表2中のサンプルNo.〔6〕〜〔9〕に示す。
色素が染み込んでいる領域が3分の1以上であるサンプルNo〔8〕、〔9〕の色差は1.9であり、色素が染み込んでいる領域が4分の1以内であるサンプルNo〔6〕、〔7〕の色差は1.4であった。
また、曲げ加工後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズには偏光フィルムの亀裂がなく、加工性は比較例1の芳香族ポリカーボネート偏光レンズと比べて遜色なかった。
【0060】
【表2】
【0061】
実施例3
酢酸ニッケルおよびホウ酸を含む水溶液中で4.8倍に延伸した以外は実施例1と同様にして、二色性色素の染着量が同じで染み込んでいる領域を変えた偏光フィルムを得た。得られた偏光フィルムの断面写真を図4の〔J〕〜〔M〕に示す。
また、得られた偏光フィルムの厚さと色素が染み込んでいる領域を測定した結果、および偏光フィルムの二色比を表3中のサンプルNo.〔10〕〜〔13〕に示す。
【0062】
次に(b)、(c)、(d)と同様にして曲げ加工前後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズの透過率と色調を測定し、色差を求めた。測定結果を表3中のサンプルNo.〔10〕〜〔13〕に示す。
色素が染み込んでいる領域が約2分の1であるサンプルNo〔13〕の色差は2.4であり、色素が染み込んでいる領域が3分の1以内であるサンプルNo〔10〕〜〔12〕の色差は1.7以内であった。
また、曲げ加工後の芳香族ポリカーボネート偏光レンズには偏光フィルムの亀裂がなく、加工性は比較例1の芳香族ポリカーボネート偏光レンズと比べて遜色なかった。
【0063】
【表3】
【0064】
本実施例から明らかにわかるように、二色性色素が染み込んでいる領域がポリビニルアルコールフィルムの表面からポリビニルアルコールフィルムの厚さの4分の1以上である従来の偏光フィルムを用いた芳香族ポリカーボネート偏光レンズにおいては、加工前後での色差が大きいのに対して、二色性色素が染み込んでいる領域がポリビニルアルコールフィルムの表面からポリビニルアルコールフィルムの厚さの4分の1以内の領域であり、ポリビニルアルコールフィルムの厚さ方向での中心部は二色性色素で染色されていない本発明である偏光フィルムを用いた芳香族ポリカーボネート偏光レンズにおいては、加工前後での色差が小さく、曲げ加工前後での色調と透過率の変化が小さいことがわかる。
【符号の説明】
【0065】
1 偏光フィルム
2、3 芳香族ポリカーボネートシート
4、5 接着層
6 芳香族ポリカーボネート
7 偏光フィルムの断面
8 色素が染み込んでいる領域
9 色素が染み込んでいない領域
図1
図2
図3
図4