(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、測定対象となる試料からは様々な角度で光電子が放出される。しかしながら、特許文献1の角度分解型電子分光器では、特定の角度の光電子しかアナライザーに取り組むことができず、その他の角度の光電子を取り込むためには試料を傾斜させなければならなかった。そのため、装置の調整や、測定を容易に行うことができないという問題があった。
【0007】
本発明のいくつかの態様に係る目的の1つは、容易に角度分解光電子分光を行うことができる電子分光装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明に係る電子分光装置は、
試料から放出される電子を取り込む電子取込部と、
前記電子取込部で取り込まれた電子をエネルギー選別するエネルギー分光部と、
前記エネルギー分光部で選別された電子を検出する検出部と、
を含み、
前記電子取込部は、
試料から放出される電子を取り込む前段レンズと、
前記前段レンズの後方に配置されたアパーチャーと、
前記アパーチャーの後方に配置された第1後段レンズと、
前記第1後段レンズの後方に配置され、電子を偏向させる後段偏向素子と、
前記後段偏向素子の後方に配置された第2後段レンズと、
前記第2後段レンズの後方に配置された入射スリットと、
を有し、
前記第1後段レンズおよび前記第2後段レンズは、前記入射スリット上に回折面を形成
し、
前記後段偏向素子は、前記第1後段レンズと前記第2後段レンズとの合成レンズの主面よりも後方に配置されている。
【0009】
このような電子分光装置によれば、後段偏向素子が電子を偏向させることにより、入射スリット上の回折面を移動させて、様々な放出角度で試料から放出される光電子のなかから、特定の放出角度の光電子を選択してエネルギー分光部に入射させることができる。したがって、例えば試料を傾斜させる等の機械的な制御を行うことなく、容易に角度分解光電子分光を行うことができる。
【0011】
このような電子分光装置によれば、簡易な構成で第1後段レンズおよび第2後段レンズによって形成される回折面を移動させることができる。
【0012】
(
2)本発明に係る電子分光装置において、
前記アパーチャーと前記合成レンズの主面との間の距離は、前記合成レンズの主面と前記入射スリットとの間の距離と等しくてもよい。
【0013】
このような電子分光装置によれば、第1後段レンズおよび第2後段レンズによって、入射スリット上に回折面を形成することができる。
【0014】
(
3)本発明に係る電子分光装置において、
前記後段偏向素子は、多段に配置されていてもよい。
【0015】
このような電子分光装置によれば、入射スリット上に形成された回折面を、電子取込部を構成する光学系の光軸に対して直交する方向に移動させることができる。したがって、光電子を偏向させて回折面を移動させても、光電子を当該光軸にあった状態で入射スリットに入射させることができる。
【0016】
(
4)本発明に係る電子分光装置において、
前記電子取込部は、前記前段レンズと前記アパーチャーとの間に配置され、電子を偏向させる前段偏向素子を有していてもよい。
【0017】
このような電子分光装置によれば、電子取込部を構成する光学系の光軸外の試料の領域から放出された光電子を偏向させて、当該光軸に合わせることができる。したがって、試料の任意の領域から放出される光電子を測定することができる。また、前段レンズを容易に試料に近づけることができるため、前段レンズにおける電子の取り込み角を大きくすることができる。
【0018】
(
5)本発明に係る電子分光装置において、
前記前段偏向素子は、前記前段レンズの焦点面に偏向中心が位置していてもよい。
【0019】
このような電子分光装置によれば、試料の様々な領域から放出された光電子を、電子取込部を構成する光学系の光軸に合わせることができる。
【0020】
(
6)本発明に係る電子分光装置において、
前記後段偏向素子は、前記第1後段レンズおよび前記第2後段レンズによって形成される回折面を移動させてもよい。
【0021】
(
7)本発明に係る電子分光装置は、
角度分解光電子分光モードと光電子イメージングモードとを備えた電子分光装置であって、
試料から放出される電子を取り込む電子取込部と、
前記電子取込部で取り込まれた電子をエネルギー選別するエネルギー分光部と、
前記エネルギー分光部で選別された電子を検出する検出部と、
を含み、
前記電子取込部は、
試料から放出される電子を取り込む前段レンズと、
前記前段レンズの後方に配置され、電子を偏向させる前段偏向素子と、
前記前段偏向素子の後方に配置されたアパーチャーと、
前記アパーチャーの後方に配置された第1後段レンズと、
前記第1後段レンズの後方に配置され、電子を偏向させる後段偏向素子と、
前記後段偏向素子の後方に配置された第2後段レンズと、
前記第2後段レンズの後方に配置された入射スリットと、
を有し、
前記角度分解光電子分光モードでは、
前記第1後段レンズおよび前記第2後段レンズは、前記入射スリット上に回折面を形成し、
前記後段偏向素子は、前記第1後段レンズおよび前記第2後段レンズによって形成される回折面を移動させ、
前記光電子イメージングモードでは、
前記第1後段レンズおよび前記第2後段レンズは、前記入射スリット上に結像面を形成し、
前記前段偏向素子は、光軸外の試料の領域から放出された電子を偏向させて当該光軸に合わ
せ、
前記後段偏向素子は、前記第1後段レンズと前記第2後段レンズとの合成レンズの主面よりも後方に配置されている。
【0022】
このような電子分光装置によれば、角度分解光電子分光モードでは、後段偏向素子が電子を偏向させることにより、様々な放出角度で試料から放出される光電子のなかから、特定の放出角度の光電子を選択してエネルギー分光部に入射させることができる。したがって、容易に角度分解光電子分光を行うことができる。また、光電子イメージングモードでは、前段偏向素子が試料上の各領域から放出される光電子を取り出すことによって、光電子イメージングを行うことができる。したがって、例えば測定時間の短縮、測定精度の向上を図ることができる。
【0024】
(
8)本発明に係る電子分光装置において、
前記アパーチャーと前記合成レンズの主面との間の距離は、前記合成レンズの主面と前記入射スリットとの間の距離と等しくてもよい。
【0025】
(
9)本発明に係る電子分光装置において、
前記後段偏向素子は、多段に配置されていてもよい。
【0026】
(
10)本発明に係る電子分光装置において、
前記前段偏向素子は、前記前段レンズの焦点面に偏向中心が位置していてもよい。
【0027】
(
11)本発明に係る電子分光装置において、
前記エネルギー分光部は、静電半球型アナライザーを含んでいてもよい。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0030】
1. 電子分光装置
まず、本実施形態に係る電子分光装置について、図面を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態に係る電子分光装置100の構成を示す図である。ここでは、電子分光装置100が、光(例えばX線)を物質に照射することにより放出される電子をエネルギー分光することにより測定を行う光電子分光装置である例について説明する。
【0031】
電子分光装置100は、角度分解光電子モードと、光電子イメージングモードと、を備えている。角度分解光電子モードは、角度分解光電子分光を行うモードである。角度分解光電子分光とは、光電子の放出角度を決めて測定することで、光電子の運動エネルギーの情報を得る方法である。また、光電子イメージングモードは、光電子分光測定を試料の所定の領域ごとに行いマッピングするモードである。
【0032】
電子分光装置100は、
図1に示すように、一次線源2と、電子取込部4と、エネルギー分光部6と、検出部8と、を含んで構成されている。
【0033】
一次線源2は、試料Sに所定のエネルギーの電磁波を照射する。これにより、試料Sから光電効果によって電子(光電子)が放出される。一次線源2が照射する電磁波は、例えば、X線、紫外線等である。以下では、電子分光装置100が試料SにX線を照射して生じる光電子のエネルギーを測定するX線光電子分光装置である例について説明する。
【0034】
電子取込部4は、試料Sから放出された光電子を取り込む。電子取込部4は、試料Sから放出された光電子をエネルギー分光部6に導く。電子取込部4は、光電子を減速させて、エネルギー分光部6に導く。電子取込部4で光電子を減速させることによって、高いエネルギー分解能を得ることができる。
【0035】
電子取込部4は、光学系40を含んで構成されている。光学系40は、試料Sからアパーチャー44までの前段の光学系40aと、アパーチャー44の後方に配置されている後段の光学系40bと、を含んで構成されている。ここで、後方とは、光電子の流れの下流側を意味している。
【0036】
前段の光学系40aは、前段レンズ(第1インプットレンズ)42と、前段偏向素子43と、アパーチャー44と、を含んで構成されている。
【0037】
前段レンズ42は、試料Sから放出された光電子を取り込む。前段レンズ42は、光学系40において、試料Sの最も近くに配置されている。前段レンズ42は、試料Sと前段レンズ42の主面との間の距離aが、前段レンズ42の主面とアパーチャー44との間の距離bよりも小さくなるように配置されている。すなわち、前段の光学系40aは、拡大系である。前段レンズ42は、アパーチャー44上に結像面を形成する。結像面は、実像が形成される面であり、実空間である。
【0038】
前段偏向素子43は、前段レンズ42の後方に配置されている。前段偏向素子43は、前段レンズ42とアパーチャー44との間に配置されている。
【0039】
前段偏向素子43は、電場、磁場、またはこれらの重畳場を用いて、光電子を二次元的に偏向させる。前段偏向素子43は、例えば、4極または8極の偏向電極を有している。前段偏向素子43では、各偏向電極に電圧が印加されることにより、偏向電極間に静電場を発生させて、光電子を偏向させる。
【0040】
前段偏向素子43は、前段レンズ42の焦点面(後側焦点面)f42に偏向中心が位置している。ここで、焦点面とは、レンズの焦点を通り、レンズの光軸に垂直な平面をいう。また、偏向中心とは、偏向される前の光電子における光軸(系全体を通過する光電子の代表となる仮想的な線)と偏向された後の光電子における光軸とが交わる点である。すなわち、光電子は、前段偏向素子43によって、偏向中心を中心として偏向される。図示の例では、前段偏向素子43の偏向中心と前段レンズ42の焦点とが一致している。例えば、前段偏向素子43を構成する偏向電極の中心を、前段レンズ42の焦点距離fの位置に配置することで、前段偏向素子43の偏向中心を前段レンズ42の焦点面f42に一致させることができる。
【0041】
前段偏向素子43は、光学系40の光軸外の試料Sの領域から放出された光電子を偏向させて、当該光軸に合わせることができる(
図5参照)。前段偏向素子43の偏向中心が前段レンズ42の焦点面f42に位置していることにより、試料Sの様々な領域から放出された光電子を、当該光軸に合わせることができる。前段偏向素子43を制御することによって、試料S上の所望の領域から放出される光電子を測定することができる。前段偏向素子43は、例えば、制御部(図示せず)によって制御される。
【0042】
アパーチャー44は、前段偏向素子43の後方に配置されている。アパーチャー44は、前段レンズ42によって結像面が形成される位置に配置されている。アパーチャー44は、前段レンズ42および前段偏向素子43からの不用な光電子をカットする。アパーチャー44は、光学系40の光軸近傍の光電子だけを通して、それ以外の光電子を遮蔽する。
【0043】
後段の光学系40bは、第1後段レンズ(第2インプットレンズ)46と、後段偏向素子47a,47bと、第2後段レンズ(リターディングレンズ)48と、入射スリット49と、を含んで構成されている。
【0044】
第1後段レンズ46は、アパーチャー44の後方に配置されている。
【0045】
後段偏向素子47a,47bは、第1後段レンズ46の後方に配置されている。後段の光学系40bは、複数(図示の例では2つ)の後段偏向素子47a,47bを有している。後段偏向素子47a,47bは、多段(図示の例では2段)に配置されている。第1後
段偏向素子47aは、第1後段レンズ46の後方に配置されている。第2後段偏向素子47bは、第1後段偏向素子47aの後方に配置されている。後段偏向素子47a,47bは、第1後段レンズ46と第2後段レンズ48との合成レンズの主面Pよりも後方に配置されている。
【0046】
後段偏向素子47a,47bは、電場、磁場、またはこれらの重畳場を用いて、光電子を二次元的に偏向させる。後段偏向素子47a,47bは、例えば、4極または8極の偏向電極を有している。
【0047】
後段の光学系40bでは、2段の後段偏向素子47a,47bを用いて、2段偏向を行う。具体的には、1段目の第1後段偏向素子47aで光電子を偏向し、2段目の第2後段偏向素子47bで偏向した光電子を振り戻す(
図3参照)。後段偏向素子47a,47bを制御することによって、後段レンズ46,48によって形成される入射スリット49上の回折面を移動させることができる。後段偏向素子47a,47bは、制御部(図示せず)によって制御される。
【0048】
第2後段レンズ48は、第2後段偏向素子47bの後方に配置されている。第2後段レンズ48は、光電子を減速させる。
【0049】
第1後段レンズ46および第2後段レンズ48は、角度分解光電子モードでは、入射スリット49上に回折面を形成する。回折面は、例えば回折図形が形成される面であり、逆空間である。また、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48は、光電子イメージングモードでは、入射スリット49上に結像面を形成する。
【0050】
光学系40を構成している各レンズ42,46,48は、電子レンズである。各レンズ42,46,48は、電界型の静電レンズであってもよいし、磁界型の電磁レンズであってもよい。各レンズ42,46,48のレンズ作用は、例えば、制御部(図示せず)によって、制御される。
【0051】
角度分解光電子モードにおいて、アパーチャー44と第1後段レンズ46と第2後段レンズ48との合成レンズの主面Pとの間の距離L1は、当該合成レンズの主面Pと入射スリット49との間の距離L2と等しい。電子分光装置100では、角度分解光電子モードにおいて、第1後段レンズ46と第2後段レンズ48との合成レンズの主面Pをアパーチャー44と入射スリット49の中間位置に配置し、入射スリット49上に回折面が形成されるように後段レンズ46,48が設定される。後段偏向素子47a,47bは、この合成レンズの主面Pの後方に配置される。
【0052】
入射スリット49は、第2後段レンズ48の後方に配置されている。入射スリット49は、エネルギー分光部6に入射する光電子を制限する。入射スリット49は、例えば、第2後段レンズ48と等電位である。
【0053】
エネルギー分光部6は、電子取込部4で取り込まれた光電子をエネルギー選別(エネルギー分光)する。エネルギー分光部6は、第2後段レンズ48で減速されて入射スリット49を通過した光電子をエネルギー選別して、特定のエネルギーを有する電子を取り出すことができる。
【0054】
エネルギー分光部6は、例えば、静電半球型アナライザーを含んで構成されている。静電半球型アナライザーは、例えば、外球電極と内球電極に異なった電圧が印加されて、球対称な電場を形成する。そして、球対称な電場の一点から、等しいエネルギーの電子を様々な角度で入射させると、それらは180度旋回した後、ほぼ同一の点に集束する。一方
、それと異なるエネルギーをもつ電子を球対称な電場に入射させると、別の点に集束する。したがって、あるエネルギー幅を持った電子をこのような場に入射させることで、エネルギー分光が可能になる。すなわち、静電半球型アナライザーでは、出射面上で検出される電子の位置が電子のエネルギー(運動エネルギー)に対応している。
【0055】
エネルギー分光部6で取り出された電子は、例えば、加速レンズ7で加速されて検出部8に入射する。
【0056】
検出部8は、エネルギー分光部6で選別された光電子を検出する。検出部8は、例えば、マイクロチャネルプレート(MCP:Micro−Channel Plate)を含んで構成されたマイクロチャネルディテクター(MCP Detector)である。MCPは、入射した電子等を二次元的に検出してチャネル毎に増倍することができ、所定の位置分解能を有している。検出部8は、例えば、MCPと、蛍光スクリーンと、CCDカメラを組み合わせた二次元型検出器を含んで構成されている。
【0057】
電子分光装置100では、例えば、検出部8の検出結果に基づいて、光電子のエネルギースペクトルを生成する。
【0058】
2. 電子分光装置の動作
次に、電子分光装置100の動作について、図面を参照しながら説明する。ここでは、まず、角度分解光電子分光モードについて説明し、次に、光電子イメージングモードについて説明する。
【0059】
2.1. 角度分解光電子分光モード
図2および
図3は、電子分光装置100の角度分解光電子モードにおける光学系40を示す図である。なお、
図2は、後段偏向素子47a,47bを動作させていない状態を示し、
図3は、後段偏向素子47a,47bを動作させた状態を示している。
【0060】
前段レンズ42は、試料Sから放出された光電子を取り込んで、アパーチャー44上に結像面を形成する。アパーチャー44を通過した光電子は、第1後段レンズ46に入射する。
【0061】
第1後段レンズ46および第2後段レンズ48は、入射スリット49上に回折面(逆空間)を形成する。入射スリット49は、特定の角度(方位角および極角)で放出された光電子のみを通過させ、その他の角度で放出された光電子を遮蔽する。このように、入射スリット49は、特定の角度で放出された光電子を取り出して、エネルギー分光部6に入射させることができる。
【0062】
このとき、
図3に示すように、後段偏向素子47a,47bが光電子を偏向させることによって、入射スリット49上に形成される回折面を移動させることができる。これにより、入射スリット49で取り出される光電子の放出角度を選択することができる。すなわち、後段偏向素子47a,47bで光電子の偏向を制御することによって、入射スリット49で取り出される光電子の放出角度を任意に選択することができる。したがって、角度分解光電子分光モードでは、所望の放出角度の光電子をエネルギー分光部6に入射させることができる。
【0063】
例えば、入射スリット49上の回折面に試料Sの回折パターンが形成されたときに、後段偏向素子47a,47bが入射スリット49上に形成された回折面を移動させることによって回折パターンを移動させて、所望の回折波を入射スリット49で選択してエネルギー分光部6に入射させることができる。
【0064】
また、
図3に示すように、後段偏向素子47a,47bは、2段に配置されているため、入射スリット49上に形成される回折面を光学系40の光軸に対して直交する方向に移動させることができる。したがって、光電子を偏向させて回折面を移動させても、光電子を光学系40の光軸にあった状態で入射スリット49に入射させることができる。
【0065】
入射スリット49を通過した光電子は、エネルギー分光部6によってエネルギー選別され、検出部8で検出される。
【0066】
このように、角度分解光電子分光モードでは、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48で入射スリット49上に回折面を形成し、後段偏向素子47a,47bで回折面を移動させることによって、光電子の放出角度を決めて測定することができる。
【0067】
2.2. 光電子イメージングモード
図4および
図5は、電子分光装置100の光電子イメージングモードにおける光学系40を示す図である。
図4は、前段偏向素子43を動作させていない状態を示し、
図5は、前段偏向素子43を動作させた状態を示している。なお、
図4および
図5では、後段偏向素子47a,47bの図示を省略している。
【0068】
前段の光学系40aは、拡大系(a<b)を用いており、試料Sから放出される光電子の取り込み角を大きくしている。前段の光学系40aは、例えば、上述した角度分解光電子分光モードと同じである。
【0069】
前段の光学系40aで拡大系を用いているため、試料Sから放出される光電子の大部分はアパーチャー44でカットされる。そして、アパーチャー44を通過した後の光電子を第1後段レンズ46により入射スリット49上に結像させることで、高分解能の光電子イメージを取得できる。このとき、後段の光学系40bも拡大系を用いることで、さらなる高空間分解能の光電子イメージを取得できる。このように、光電子イメージングモードでは、後段の光学系40bは、入射スリット49上に結像面(実空間)を形成する。
【0070】
図5に示すように、前段偏向素子43は、光学系40の光軸外の試料Sの領域S2から放出された電子を偏向させて、光学系40の光軸に合わせることができる。このとき、試料Sの領域S2以外の領域から放出された光電子は、光学系40の光軸からずれて、アパーチャー44を通過しない。例えば、光学系40の光軸上の領域S1から放出された光電子は、前段偏向素子43で偏向されることによって光学系40の光軸からずれて、アパーチャー44を通過しない。このように、前段偏向素子43で光電子の偏向を制御することによって、試料S上の各領域から放出される光電子を各領域ごとに取り込むことができる。このとき一次線源2は、試料S上の全面を照射していてもよいし、試料S上の各領域ごとに照射してもよい。
【0071】
入射スリット49を通過した光電子は、エネルギー分光部6によってエネルギー選別され、検出部8で検出される。
【0072】
このように、光電子イメージングモードでは、前段偏向素子43で試料S上の各領域から放出される光電子を各領域ごとに取り込むことによって、光電子イメージングを行うことができる。
【0073】
なお、角度分解光電子分光モードにおいても同様に、前段偏向素子43を用いて、試料Sの任意の領域から放出される光電子を取り込んで測定を行ってもよい。
【0074】
3. 電子分光装置の光学系
次に、本実施形態に係る電子分光装置100の光学系40を詳細に説明する。
図6は、電子分光装置100の光学系40における、各軌道Traj1,Traj2の光学状態の一例を示す図である。
【0075】
前段レンズ42の焦点距離fは、光学計算より以下のように表される。
【0077】
第1後段レンズ46の焦点距離をf
2、第2後段レンズ48の焦点距離をf
rとすると、後段レンズ46,48の合成焦点距離f
0は、以下のように表される。
【0079】
第1後段レンズ46と第2後段レンズ48との合成レンズの主面は、アパーチャー44と入射スリット49との中間の位置に配置される。そのため、アパーチャー44における光軸からの距離r
ap、出射角度r´
ap、および入射スリット49における光軸からの距離r
slit、角度r´
slitは、以下のように表される。なお、光電子出射時の試料面における光軸からの距離をr
sample、出射角度をr´
sampleとする。
【0081】
3.1. 角度分解能について
試料面から垂直に出射して、アパーチャー44の端(X=−r
0)を通過する電子の軌道Traj1を上記の式(1)、式(2)を用いて計算する。
【0083】
本来なら、入射スリット49上の回折面において、入射スリット49における光軸からの距離r
slitは0でなければならない。しかしながら、アパーチャー44の面でX=−r
0の位置を通過した電子は、上記のようにr
1_slitは0ではなく、入射スリット49上でずれて結像している。このずれ量をΔhとする。
【0085】
次に、光軸から微小角度Δα傾いて出射して、入射スリット49のΔhの場所に結像する電子の軌道Traj2を上記の式(1)、式(2)を用いて計算する。
【0087】
試料面からの位置ずれによるボケ量(角度α
0で出射し、アパーチャー44の端を通過)とα
0+Δαにおけるボケ量(試料面で光軸上から出射)とが等しいという条件より下記式が導かれる(ただし、ここではα
0=0の場合で計算)。
【0089】
このように、角度分解能Δαは、上記式(4)で定義できる。
【0090】
式(4)より、アパーチャー44の半径r
0を小さくして、前段レンズ42の焦点距離fを大きくするほど角度分解能は向上することがわかる。
【0091】
例えば、アパーチャー44の径が0.6mmφであり、角度分解能0.2degの電子分光装置を得たい場合、上記式(4)は、0.2×(π/180)=0.3/fとなる。したがって、前段レンズ42の焦点距離f=87.5mmとなるように、前段レンズ42の光学設計を行う。
【0092】
3.2. 出射角ごとの入射スリット上での結像位置の関係とその補正方法
次に、光軸から出射される電子の出射角ごとの入射スリット49上での結像位置の関係と、その補正方法について説明する。
【0093】
光軸上の試料面から電子がα
0で出射した場合、入射スリット49における光軸からの距離r
slit、角度r´
slitは、以下のように表される。
【0095】
次に、試料面から電子が角度α
0で出射し、アパーチャー44の端(X=−r
0)を通過して入射スリット49に結像する場合、入射スリット49における光軸からの距離r
slit、角度r´
slitは、以下のように表される。
【0097】
ここで、回折面の大きさと入射スリット49のサイズについて定義する。
【0098】
入射スリット49における回折面の大きさD
diffは、前段レンズ42による取り込み角α
0、アパーチャー44の大きさd
0等で定義される。光軸に対して、±α
0方向への電子の結像を考慮すると、回折面の大きさD
diffは、下記式(5)で表される。
【0100】
入射スリット49の最小サイズD
slit_minについては、角度分解能Δαによる回折面によるボケ量があり、このボケ量はアパーチャー44において±r
0の両方向を通過した電子のズレ量Δhを考慮しなければならない。そのため、入射スリット49の最小サイズD
slit_minは、このズレ量Δhを2倍して下記式(6)で表される。
【0102】
角度分解能Δαは一定のままで、入射スリット49の大きさD
slitを大きくしたい場合には、上記式(6)より、前段レンズ42の光学系を拡大系(aを小さく、bを大きく)して、合成焦点距離f
0を大きくすればよい。なお、合成焦点距離f
0を小さくしすぎると、r´
4_slitより、エネルギー分光部6内への入射時の角度αが大きくなってしまいエネルギー分光部6内での収差の影響を受けるので好ましくない。
【0103】
試料面の光軸上から出射角α
0で発生した光軸中心からのズレ量を後段偏向素子47a,47bにおいて2段偏向し、補正させる。このときの補正量は、以下の通りである。
【0105】
後段偏向素子47a,47bでは、光軸上に水平になるように振り戻すことで、試料面であらゆる角度に放出された電子を、放出角度ごとにエネルギー分光部6内に取り込むことができる。
【0106】
エネルギー分光部6内における軌道による検出部8でのズレ量Δdは、下記式(7)のように表すことができる。
【0108】
ただし、Xは入射スリット49でのX軸での位置であり、Yは入射スリット49でのY軸での位置であり、αはエネルギー分光部6入射時の光軸に対する角度であり、R
hはエネルギー分光部6(静電半球型アナライザー)の半径であり、ΔEはエネルギー分解能であり、E
pは電子のパスエネルギーである。
【0109】
検出部8における収差影響後のボケ量Δdは、入射スリット49の最小サイズD
slit_minよりも小さくなければ、入射時における角度分解能は定義できなくなる。
【0110】
上記式(7)の第3項から、例えば、検出部8における入射角の影響を入射時のボケ量の10分の1にしたい場合、下記式(8)のように表される。
【0112】
例えば、具体例として、a=100mm、b=600mm、r
0=0.3mm、R
h=150mm、Δα=0.2deg(0.0035rad)の時に、入射角による収差で発生する移動量を入射スリット49の最小サイズD
slit_minの10分の1以下にしたい場合、上記式(8)を用いて、f
0>48.7mmにすると入射角によるエネルギー分光部6(静電半球型アナライザー)での開口収差の影響を低減できる。
【0113】
4. 電子分光装置の特徴
本実施形態に係る電子分光装置100は、例えば、以下の特徴を有する。
【0114】
電子分光装置100では、電子取込部4は、前段レンズ42と、前段レンズ42の後方に配置されたアパーチャー44と、アパーチャー44の後方に配置された第1後段レンズ46と、第1後段レンズ46の後方に配置され、電子を偏向させる後段偏向素子47a,47bと、後段偏向素子47a,47bの後方に配置された第2後段レンズ48と、第2後段レンズ48の後方に配置された入射スリット49と、を有し、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48は、入射スリット49上に回折面を形成する。そのため、電子分光装置100では、後段偏向素子47a,47bが電子を偏向させることにより、入射スリット49で取り出される光電子の放出角度を選択することができる。すなわち、電子分光装置100では、後段偏向素子47a,47bが電子を偏向させることによって様々な放出角度で試料Sから放出される光電子のなかから、特定の放出角度の光電子を選択してエネルギー分光部6に入射させることができる。
【0115】
このように電子分光装置100では、後段偏向素子47a,47bによって回折面を任意に移動させて、光電子の放出角度を選択することができる。すなわち、電子分光装置100では、例えば試料ステージの傾斜や回転等の機械的な制御を伴わずに、電気的な制御で角度分解光電子分光を行うことができる。したがって、例えば、装置の調整や、測定を容易化することができ、容易に角度分解光電子分光を行うことができる。
【0116】
電子分光装置100では、後段偏向素子47a,47bは、第1後段レンズ46と第2後段レンズ48との合成レンズの主面Pよりも後方に配置されている。これにより、簡易な構成で第1後段レンズ46および第2後段レンズ48によって形成される回折面を移動させることができる。
【0117】
電子分光装置100では、アパーチャー44と後段レンズ46,48の合成レンズの主面Pとの間の距離L1は、後段レンズ46,48の合成レンズの主面Pと入射スリット49との間の距離L2と等しい。これにより、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48によって、入射スリット49上に回折面を形成することができる。
【0118】
電子分光装置100では、後段偏向素子47a,47bは、多段に配置されている。これにより、入射スリット49上に形成された回折面を光学系40の光軸に対して直交する方向に移動させることができる。したがって、光電子を偏向させて回折面を移動させても、光電子を光学系40の光軸にあった状態で入射スリット49に入射させることができる。
【0119】
電子分光装置100では、電子取込部4は、前段レンズ42とアパーチャー44との間
に配置され、電子を偏向させる前段偏向素子43を有する。これにより、光学系40の光軸外の試料Sの領域から放出された電子を偏向させて、光学系40の光軸に合わせることができる。したがって、試料Sの任意の領域から放出される光電子を測定することができる。
【0120】
また、前段偏向素子43が、前段レンズ42の後方に配置されているため、前段偏向素子43が前段レンズ42の前方(電子の流れの上流側)に配置されている場合と比べて、前段レンズ42を試料Sに容易に近づけることができる。これは、前段レンズ42と試料Sとの間に前段偏向素子43を設けないため、機械的配置に余裕ができるためである。前段レンズ42を試料Sに近づけることにより、前段レンズ42における光電子の取り込み角を大きくすることができ、検出効率を高めることができる。
【0121】
電子分光装置100では、前段偏向素子43は、前段レンズ42の焦点面に偏向中心が位置している。これにより、光学系40の光軸外の試料Sの様々な領域から放出された光電子を、光学系40の光軸に合わせることができる。
【0122】
電子分光装置100は、角度分解光電子分光モードと光電子イメージングモードとを備えており、角度分解光電子分光モードでは、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48は、入射スリット49上に回折面を形成し、後段偏向素子47a,47bは、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48によって形成される回折面を移動させる。また、光電子イメージングモードでは、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48は、入射スリット49上に結像面を形成し、前段偏向素子43は、光学系40の光軸外の試料Sの領域から放出された電子を偏向させて、当該光軸に合わせる。そのため、角度分解光電子分光モードでは、後段偏向素子47a,47bが電子を偏向させることにより、様々な放出角度で試料Sから放出される光電子のなかから、特定の放出角度の光電子を選択してエネルギー分光部6に入射させることができる。したがって、容易に角度分解光電子分光を行うことができる。また、光電子イメージングモードでは、前段偏向素子43が試料S上の各領域から放出される光電子を取り出すことによって、光電子イメージングを行うことができる。そのため、例えば測定時間の短縮、測定精度の向上を図ることができる。
【0123】
このように、電子分光装置100では、角度分解光電子分光モード、および光電子イメージングモードのいずれも、試料ステージの移動や回転、傾斜等の機械的な制御を伴わずに測定を行うことができる。
【0124】
また、電子分光装置100では、角度分解光電子分光モードおよび光電子イメージングモードの違いは、第1後段レンズ46および第2後段レンズ48で入射スリット49上に回折面を形成するか結像面を形成するかの違いである。そのため、後段レンズ46,48のレンズ作用を切り替えることで、2つのモードの切り替えが可能であり、モードの切り替えが容易である。
【0125】
なお、上述した実施形態では、電子分光装置100が試料SにX線を照射して生じる光電子のエネルギーを測定するX線光電子分光装置である例について説明したが、本発明に係る電子分光装置はこれに限定されない。本発明に係る電子分光装置は、例えば、試料Sに照射する光として紫外線を用いた紫外光電子分光装置であってもよい。また、例えば、試料Sに電子線を照射して生じるオージェ電子のエネルギーを測定するオージェ電子分光装置であってもよい。
【0126】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、
実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。