(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6105993
(24)【登録日】2017年3月10日
(45)【発行日】2017年3月29日
(54)【発明の名称】抵抗熱により接合されたステンレス鋼箔製成型品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20170316BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20170316BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20170316BHJP
B23K 11/16 20060101ALI20170316BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/50
B23K11/16
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-61458(P2013-61458)
(22)【出願日】2013年3月25日
(65)【公開番号】特開2014-185369(P2014-185369A)
(43)【公開日】2014年10月2日
【審査請求日】2016年3月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【弁理士】
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【弁理士】
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100166235
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100179914
【弁理士】
【氏名又は名称】光永 和宏
(74)【代理人】
【識別番号】100179936
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 明日香
(72)【発明者】
【氏名】奥 学
(72)【発明者】
【氏名】須釜 淳史
(72)【発明者】
【氏名】景岡 一幸
(72)【発明者】
【氏名】山本 修
【審査官】
鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭55−149787(JP,A)
【文献】
特開2004−243410(JP,A)
【文献】
特許第5850763(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
B23K 11/00 − 11/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被接合素材の少なくとも一部の板厚が0.30mm未満のステンレス鋼板同士を直接接触させて通電で発生する抵抗熱により一体化した成型品であって、接合前の接触界面(以下「接合前界面」という)に垂直な断面において、(1)接合時の結晶粒界移動によって接合前界面を跨いで相手側の鋼材中へと侵入し接合前界面より相手側の位置に粒界三重点を形成した結晶粒をA、接合前界面に接する結晶粒のうちAを除くものをBとするとき、Aの個数をAとBの個数の和で除した値が0.20未満であること、(2)接合前界面位置上に占めるボイド存在箇所の長さ割合(ボイド線長)が5%以下であり且つナゲットの割合(ナゲット線長)が5%以下であること、を満足する抵抗熱により接合されたステンレス鋼箔製成型品。
【請求項2】
被接合素材の少なくとも一部が、質量%で9〜40%のCrを含み、平均結晶粒径が50μm以下、表面粗さRaが0.2μm以下のフェライト系またはマルテンサイト系ステンレス鋼である請求項1に記載の抵抗熱により接合されたステンレス鋼箔製成型品。
【請求項3】
被接合素材の少なくとも一部が、質量%で、C:0.0001〜0.10%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0.001〜0.04%、S:0.0005〜0.03%、Ni:0〜2.0%、Cr:11.5〜32.0%、Mo:0〜2.5%、Cu:0〜1.5%、Nb:0〜0.8%、Ti:0〜0.4%、Al:0〜6.0%、N:0〜0.05%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、不純物として含有されるPb、Sn、Znの合計:0〜0.03%、残部がFeおよび不可避的不純物である、請求項2に記載の抵抗熱により接合されたステンレス鋼箔製成型品。
【請求項4】
被接合素材の少なくとも一部が、質量%で9〜40%のCrと3〜30%のNiを含む平均結晶粒径50μm以下,表面粗さRaが0.2μm以下のオーステナイト系ステンレス鋼またはオーステナイト+フェライト2相系ステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1記載の抵抗熱により接合されたステンレス鋼箔製成型品。
【請求項5】
被接合素材が質量%で、C:0.0001〜0.10%、Si:0.001〜4.0%、Mn:0.001〜2.5%、P:0.001〜0.045%、S:0.0005〜0.03%、Ni:6.0〜28.0%、Cr:15.0〜26.0%、Mo:0〜7.0%、Cu:0〜3.5%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜6.0%、N:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、不純物として含有されるPb、Sn、Znの合計:0〜0.03%、残部がFeおよび不可避的不純物である、請求項4に記載の抵抗熱により接合されたステンレス鋼箔製成型品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱交換器、機械部品、燃料電池部品、家電製品部品、プラント部品、装飾品構成部材、建材、その他種々のステンレス鋼板およびステンレス箔(以下、ステンレス鋼という)が使用される部品において、インサート材なしに継手部に電流を流し、そこに発生する抵抗熱によって加熱し、圧力を加えて接合する方法(以下、「抵抗発熱法」という)にて接合を施したステンレス鋼製抵抗熱接合成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼の接合方法として、抵抗溶接による接合は、スポット溶接、シーム溶接、プロジェクション溶接などの手法により、様々な分野で使用されてきた。重ね抵抗溶接では、一般にはJISZ3001−1:08(溶接用語)の番号15201の図で示されるように、ナゲット、コロナボンド、熱影響部、散り、くぼみと呼ばれる部位で構成されており、JISZ3140:89(スポット溶接部の検査方法)では十分なナゲット径を有する状態が健全な成型品であるとされてきた。
【0003】
ナゲットは、抵抗溶接時における鋼板への入熱を規制することにより適正量に調整することが可能である。例えば、入熱過小であれば接合強度不足、入熱過大であれば溶融部の溶け落ちが発生するため、これらを避けるための入熱選定が重要となる。しかし、板厚0.30mm未満の鋼板を含む抵抗溶接は、ナゲットが大きくなり過ぎて溶け落ちしやすく、また相手材が1.0mm程度の板厚になるとナゲットの位置が鋼板どうしの接合界面から離れた位置に形成されやすいなどの短所があった。また、ステンレス鋼の抵抗溶接は、鋼表面に存在する不動態皮膜により、散り(スパッタ)が発生しやすく、鋼板を美麗に保つための研磨や酸洗などの後処理が必要であるといった生産性を阻害する要因もあった。
【0004】
薄板の接合は、TIG溶接やMIG溶接などのアーク溶接法でも同様に入熱管理を精度よく行う必要があり、抵抗溶接の代替手段としては容易ではない。一方、拡散接合に代表される固相接合法や、ろう付けに代表される液相接合法は、薄板でも比較的容易に接合可能であるが、一般には炉中で面圧を付与しながら接合されるため、生産性に劣るとともに、炉内の露点と鋼成分によっては着色を避けがたく、また接合後の冷却速度が緩慢なため、鋭敏化、σ相析出、475℃脆化などの感受性が高い鋼種には適用が困難であるとの短所があった。以上述べたように、板厚0.30mm未満のステンレス鋼薄板の接合において、溶融溶接、抵抗溶接、拡散接合、ろう付けなどの方法が各々の用途に対し検討されてきていたが、接合面の信頼性、外観、生産性という点では必ずしも十分とは言えない場合があった。
【0005】
特許文献1では、組電池の極間を接続する金属板のアークスポット溶接方法において、板厚に対する溶け込み深さを制限することで良好な溶接品質を得るものである。
特許文献2では、溶接部の変色や耐食性劣化を防止するために不活性ガスを供給した状態で溶接を行なう方法が開示されている。
特許文献3,4では、鋼板中の炭窒化物や各合金成分を制限することにより、溶接熱影響部の結晶粒粗大化を抑制し、継手強度を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−210730号公報
【特許文献2】特開平6−246659号公報
【特許文献3】特開2008−81758号公報
【特許文献4】特開2010−100909号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
抵抗溶接を薄板に適用する場合、適切なナゲット径が形成されるように入熱を調整するとともに、鋼板を上下から加熱しつつ所定の時間通電するため、一般には、ナゲットを形成する部分の板厚減少、すなわちくぼみ(インデンテーション)が、重ねた板の厚さに対して大きくなりやすく、その結果、接合部の強度低下や応力集中が課題の1つとして挙げられる。本発明が解決しようとする課題は、板厚0.30mm未満の被接合箇所を含む抵抗溶接において、上述した接合不足やくぼみによる強度低下、散りや着色による意匠性低下を抑制させるため、抵抗発熱法のうち、抵抗溶接の定義では良品と扱われない方法によって、ステンレス鋼製の接合成型品を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、被接合素材の少なくとも一部の板厚が0.30mm未満のステンレス鋼板同士を直接接触させて通電で発生する抵抗熱により一体化した成型品であって、接合前の接触界面(以下「接合前界面」という)に垂直な断面において、(1)接合時の結晶粒界移動によって接合前界面を跨いで相手側の鋼材中へと侵入し接合前界面より相手側の位置に粒界三重点を形成した結晶粒をA、接合前界面に接する結晶粒のうちAを除くものをBとするとき、Aの個数をAとBの個数の和で除した値が0.20未満であること、(2)接合前界面位置上に占めるボイド存在箇所の長さ割合
(ボイド線長)が5%以下であ
り且つナゲットの割合(ナゲット線長)が5%以下であることを満足する抵抗熱により接合されたステンレス鋼
箔製成型品によって達成される。
【0009】
ここで、接合前界面に垂直な断面において、接合界面の位置上に長さLの断面を想定し、結晶粒内に当該ラインの長さLの部分の少なくとも一部分を含む結晶粒をAとする。また、結晶粒の少なくとも一部が当該ラインの長さLに接しているライン両側の結晶粒の数を求め、そのうちAにカウントしたものを除いたものをBとする。Lを200μm以上とし、AとBの個数を求め、A/(A+B)<0.2を満足するものを本発明の範囲内とする。接合前界面の結晶粒は、接合前界面に垂直な断面をバフ研磨後、フッ酸−硝酸−グリセリン混合液中でエッチングしたのち、光学顕微鏡で組織観察すれば判定が可能である。
【0010】
また、「接合前界面位置上に占めるボイド存在箇所の割合」は、接合前界面の位置上に上述の長さLのラインを想定し、そのライン上に存在するボイド(未接合部)の合計長さをLで除することにより算出できる。このときのLは200μm以上とし、走査電子顕微鏡により1000〜5000倍で観察すれば、ボイドの判定が可能である。このときのボイドは、未接合部を形成している空隙と接合前界面に残存した酸化物を含む。
【0011】
「ステンレス鋼」は、JISG0203:09(鉄鋼用語(製品及び品質))の番号3801に示されているように、Cr含有量を十分に確保して耐食性を向上させた合金鋼である。ここでは、Cr量を9.0質量%以上の鋼を対象とすることができるが、Cr含有量10.5質量%以上を確保した鋼がより好適な対象となる。
【0012】
接合に供するステンレス鋼は、JISB0601:01(表面粗さ−定義及び表示)で規定される算術平均粗さRaが0.2μm以下に調整されたものである。Raは、接合面となる鋼板表面を圧延方向と垂直方向に測定した値が採用される。また、当該ステンレス鋼は、平均結晶粒径が50μm以下に調整されたものである。平均結晶粒径は、JISG0551:05(鋼−結晶粒度の顕微鏡試験方法)の附属書2(規定)(フェライト結晶粒の切断法よる評価方法)により粒度番号を求め、附属書C表1(結晶粒の各変数の関係)により結晶粒の平均直径を算出した値が採用される。
【0013】
被接合素材の少なくとも一部のステンレス鋼材をフェライト系またはマルテンサイト系ステンレス鋼とする場合、Cr含有量が9〜40質量%、好ましくは10.5〜40質量%である鋼種を対象とすることができる。より好ましい成分組成範囲を例示すると、質量%で、C:0.0001〜0.10%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0.001〜0.04%、S:0.0005〜0.03%、Ni:0〜2.0%、Cr:11.5〜32.0%、Mo:0〜2.5%、Cu:0〜1.5%、Nb:0〜0.8%、Ti:0〜0.4%、Al:0〜6.0%、N:0〜0.05%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、不純物として含有されるPb、Sn、Znの合計:0〜0.03%、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系またはマルテンサイト系ステンレス鋼種を挙げることができる。
【0014】
被接合素材の少なくとも一部のステンレス鋼材をオーステナイト系ステンレス鋼またはオーステナイト+フェライト2相系ステンレス鋼とする場合、Cr含有量が9〜40質量%、好ましくは10.5〜40質量%、Ni含有量が3〜30質量%である鋼種を対象とすることができる。より好ましい成分組成範囲を例示すると、質量%で、C:0.0001〜0.10%、Si:0.001〜4.0%、Mn:0.001〜2.5%、P:0.001〜0.045%、S:0.0005〜0.03%、Ni:6.0〜28.0%、Cr:15.0〜26.0%、Mo:0〜7.0%、Cu:0〜3.5%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜6.0%、N:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、不純物として含有されるPb、Sn、Znの合計:0〜0.03%、残部がFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼またはオーステナイト+フェライト2相系ステンレス鋼種を挙げることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によって、接合不足やくぼみによる強度低下、散りや着色による意匠性低下の少ない、板厚0.30mm未満の被接合箇所を含むステンレス鋼製の接合成型品を得ることが可能となる。また、ナゲット(溶融部)をほとんど含まないため、適用するステンレス鋼種本来の耐食性を活かすことができる。さらに、散りや着色の発生による接合部の手直しも不要となるため、ステンレス鋼を用いた抵抗溶接接合製品の普及に貢献しうる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】加熱時に相互の粒が拡散せずに接している状態の接合部断面組織の模式図(a)、および本発明における接合部断面組織の模式図(b)、並びに加熱時にナゲット(溶融部)を形成している状態の接合部断面組織の模式図(c)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
一般的に抵抗熱による接合では、(1)接合面の凹凸が変形して密着し、接合した箇所の接合面積が増加する過程、(2)密着した箇所で上下方向に加圧しながら通電させ、界面が高温に加熱されると同時に密着した箇所の接合面積がさらに増加する過程、(3)界面が溶融し接合されると同時に接触面積の少ない部分は高電流により散りが発生するか、溶融をともなわない圧接状態で接合される(コロナボンドを形成する)過程、が順に進行することで接合される。しかし、従来のこのメカニズムで抵抗溶接を行った場合、(3)の過程が存在することにより、上述したくぼみや散りの課題を解決することが非常に困難となる。一方で減肉を解決するために電極加圧力を下げたり、散りや着色を防止するために、接合時の入熱(溶接電流、通電時間)を下げたりすると、未接合部分が増加し接合強度そのものが低下するという、致命的な欠点が顕在化してしまう。
【0018】
発明者らは、板厚0.30mm未満のステンレス鋼の抵抗発熱法による接合を行うにあたり、部分的な板厚減少による応力集中がなく、かつ汎用的で確実に接合が行えるよう、各種ステンレス鋼に共通の支配的阻害要因について検討すべく、抵抗発熱法が適用可能なJISC9305:11(抵抗溶接装置)に記載のスポット溶接機を用いて種々のステンレス鋼の抵抗発熱法による接合を行った。
【0019】
その結果、接合時に素材の溶融によるナゲット形成を極力抑制し、圧接状態(メカニズムはコロナボンドを形成する際の拡散接合に類似すると推定される)とした上で、上記課題を解決し、本発明に至った。すなわち、圧接状態で散りや着色を生成させないためには、表面の仕上げ状態と鋼素地の成分が重要な役割を果たすこと、くぼみを抑制するためには抵抗発熱法による接合時の入熱ではなく、接合界面の金属組織の規制が重要であること、さらに十分な接合強度を得るためには接合界面の状態と鋼素地の結晶粒を厳密に調整する必要があること、これらを同時に満足する条件が存在することが明らかとなった。
【0020】
接合界面の形態は、
図1を用いて説明する。
図1の(a)は、加熱時に接合界面が溶融せず、なおかつ相互の粒が拡散せずに接合面が接している状態の接合部断面組織の模式図である。通常の抵抗溶接の場合、この状態からさらに溶接電流を増加させることにより、接合部が溶融してナゲットを形成する。
図1の(c)には加熱時にナゲット(溶融部)を形成している状態の接合部断面組織の模式図を示す。通常のスポット溶接条件では、このように溶融部を形成し完全接合する。
【0021】
[結晶粒の侵入により形成された固相接合界面の割合]
図1の(b)は本発明における接合部断面組織の模式図である。後述する鋼の表面状態、結晶粒径、鋼種成分を調整することにより、接合強度と意匠性を兼ね備えた接合成型品を得ることが可能となる。十分な接合強度を得るためには、接合界面の形態は、結晶粒の侵入により形成された固相接合界面が多く、残存酸化物(ボイド)が少ないことが必要となる。結晶粒の侵入により形成された固相接合界面は、2枚板の片方から反対側に向けて結晶粒が界面を跨ぐようにして侵入したものであり、外力に対しアンカー効果が働くことにより接合強度を確保することが可能となる。より高い接合強度を確保するためには全接合面の5%以上存在することが好ましい。この結晶粒の侵入により形成された固相接合界面は、多いほど好ましいが、多くするために抵抗発熱の電流を上昇させると、
図1の(c)のようにナゲットが多く形成され、くぼみによる板厚減少を招く。このため、接合面に接している結晶粒界のうち、反対側の結晶粒が侵入することにより形成された結晶粒界の数は、接合面に接する結晶粒界の総数の20%未満とする。これにともない、ナゲットの接合面に対する割合は5%
以下となり、結果として、粒界侵入を伴わない固相接合界面は、接合面(未接合部分を除く)に対し、70%以上となる。なお、粒界侵入を伴わない固相接合界面は、接合強度を向上させるという観点では、粒界侵入を伴う固相接合界面よりも有効とは言えないが、ガス成分が接合部分を出入りしないという密封性の点では十分に寄与すると言える。
【0022】
[接合前界面位置上に占めるボイドの存在箇所の長さ割合]
接合界面を横断するボイドの横断率は、
図1の(b)でボイドの径を求め、界面の線長で除して求めることができる。なおボイドは、板厚0.1mm程度の鋼鈑の接合であれば、接合部断面を結晶粒界が現出する程度にエッチングして、走査電子顕微鏡(SEM)にて観察し、接合界面の黒点(ボイドまたは粒状酸化物)をカウントすることで判定可能である。ボイドは、接合強度を低下させるため、少ないほうが好ましく、界面の線長に対し5%以下とした。なお、ボイドや粒界侵入を伴わない固相接合界面は、未接合界面との識別に留意する必要がある。すなわち、ボイドと未接合界面は、エッチングを行わずに断面検鏡を行うと、欠陥部分が研磨により埋まる場合には、固相接合界面との識別が困難となる。このため、上述したエッチングにより欠陥部分に埋まった研磨粉等を除去して判別する必要がある。ただしエッチングを行った場合でも、未接合界面と粒界侵入を伴わない固相接合界面の識別は困難であるため、後述する接合強度によって、接合状態を把握する必要がある。このため、本発明では、粒界侵入を伴わない固相接合界面の接合前界面位置上に占める割合を規定しなかった。
【0023】
[ステンレス鋼種]
素材として用いるステンレス鋼は基本的にはその種類を問わないが、抵抗発熱法による接合に対しては、使用される環境によって、例えば質量%で9〜40%のCrを含むフェライトまたはマルテンサイト系、もしくは質量%で9〜40%のCrと3〜30%のNiを含むオーステナイト系またはオーステナイト+フェライト2相系ステンレス鋼が用いることが可能である。これらの鋼種の具体的な成分組成範囲は前述のとおりである。
【0024】
[結晶粒径および粗さ]
接合部分にナゲットおよびボイドを形成させずに、粒界侵入を伴う固相接合界面や粒界侵入を伴わない固相接合界面を多く形成させるためには、固相接合の駆動力を上げておく必要がある。すなわち、高入熱側で生成しやすいナゲットと低入熱側で生成しやすいボイドを抑制し、抵抗発熱で固相接合が可能な入熱範囲を広くしておく必要がある。そこで、これらを達成するために種々の検討を行ったところ、粒界侵入を伴う固相接合界面を確保するには接合前の平均結晶粒が、粒界侵入を伴わない固相接合界面を確保するには接合前の鋼材のミクロ的な接触表面積を確保しておくことが、それぞれ重要であることを明らかにした。平均結晶粒径が50μmを超える場合は結晶粒接合界面を乗り越えるだけの駆動力を得ることが困難になること、表面粗さRaが0.2μmを超えると接合界面にできる隙間が大きくなってしまいボイドが消失しなくなるため、同じく粒界が接合界面を乗り越えることが困難になる。このため、接合前の鋼材の平均結晶粒径は50μm以下、表面粗さはRaが0.20μm以下に調整されたものとした。
【0025】
抵抗発熱法による接合は、スポット溶接機、シーム溶接機、プロジェクション溶接機などの装置によって実施することが可能である。実際の操業に際しては、接合前の鋼材の成分組成、平均結晶粒、表面粗さなどに応じて予備実験により適切な抵抗発熱パターンを予め把握しておけばよい。例えば、スポット溶接機を用いて、板厚0.25mmのフェライト系ステンレス鋼BA仕上材(SUS430J1L、Raで0.15μm程度)を接合する場合、電極径10mm、電極加圧力1000〜2000N、溶接電流4000〜8000A、スクイズ時間0.5〜1.5秒、通電時間0.5〜1.5秒の範囲内に適切なパターンを見つけることができる。なお、ここで用いた条件の用語は、JISZ3001−1:08(溶接用語)の番号15310の図に記されたものである。
【実施例】
【0026】
表1に示す成分のステンレス鋼を溶製し、熱間圧延で板厚3〜4mmの熱延板とし、焼鈍、酸洗、冷間圧延を2回繰り返し板厚0.25mmの冷延焼鈍板とした。その後、必要に応じて酸洗を施し、供試鋼板とした。F1〜F3はフェライト単相系、M1とM2はマルテンサイト系(一部フェライトも存在する)、A1〜A3はオーステナイト系、D1はオーステナイト+フェライト2相系のステンレス鋼である。
【0027】
【表1】
【0028】
供試鋼板の表面粗さRaの調整は、必要に応じて#180〜#2000のエメリー紙で鋼板表面を湿式研磨する工程を冷間圧延後または仕上焼鈍後の酸洗前に挿入することにより行った。供試鋼板の平均結晶粒径は、仕上焼鈍温度を900〜1200℃の範囲で変えることにより種々のサイズに調整した。これらは接合前に、上述した方法にて表面粗さRaと平均結晶粒径を求めた。表面粗さRaは、0.2μm以下のものを○、それ以外を×と表記した。また、平均結晶粒径は、50μm以下のものを○、それ以外を×と表記した。
【0029】
各供試鋼板から切削加工により20mm×50mmの平板材を作製した。同一の製造条件で作製した2枚の板を1組とし、長手方向を圧延方向として、スポット溶接機にて同一条件で5組の接合体を作製した。このときの抵抗発熱の条件は、電極にφ10mmのCuを用い、電極加圧力1500N、スクイズ時間1秒、通電時間1秒に固定し、溶接電流は6000Aを中心とし、3000〜9000Aの間で種々変動させた。そのうち3組を組織観察に、残りの2組を接合強度評価と接合外内面評価に用いた。
【0030】
組織観察では、接合体を圧延方向に平行に切り出し、上述した方法で、3箇所の接合部分について、各接合前界面上に長さL=300μmのラインを想定して、上述したAとBの個数を求め、粒界侵入の結晶粒の個数割合としてA/(A+B)を求めた。また、同様に接合前界面位置上に占めるボイド存在箇所の長さ割合を求めた。なお、抵抗発熱量が大きい条件の場合、ボイドが生成せずにナゲットが生成するため、この場合にはナゲットの線長を求めた。侵入結晶粒の生成程度は、A/(A+B)の値が0.20未満であるものを○(良好)、それ以外を×(不良)と評価した。ボイドの生成頻度は、ボイド線長が5%以下かつナゲット線長が5%以下のものを○(良好)、それ以外を×(不良)と評価した。
【0031】
接合強度は、JISZ3001−1:08(溶接用語)の番号12315(はく離試験(ピール試験))の図に記載の方法にて評価した。はく離試験を行った後、JISZ3137:99(抵抗スポット及びプロジェクション溶接継手の十字引張試験に対する試験片寸法及び試験方法)の
図1(十字引張試験の場合の主な破壊形態と溶接径)にてb)界面破断の場合とc)部分プラグ破断の場合を○(良好)、それ以外を×(不良)と評価した。
【0032】
接合外内面は、はく離試験後の外観で評価した。目視にて、JISZ3001−1:08(溶接用語)の番号15201(ナゲット)の図に記載の表散りまたは中散りが認められないものを○、それ以外を×と評価した。以上の結果を表2にまとめて記す。
【0033】
【表2】
【0034】
本発明例はNo.1〜No.11である。表2からもわかるように、本発明例のものは粒界侵入粒の個数割合は0.20未満、かつボイドの存在割合が5%である抵抗熱接合部が形成され、その接合部は、接合強度の信頼性が高いとともに、散りがないため意匠性にも優れていた。
【0035】
No.12〜No.18は比較例である。比較例No.12およびNo.13は、抵抗発熱電流が低く、接合に十分な入熱がなかったため、粒界侵入の個数割合は満足していたが、ボイドの生成割合が多く接合強度に劣っていた。比較例No.14およびNo.15は、抵抗発熱電流が高く、粒界侵入の個数割合が0.20以上となるとともに、ボイド率が、ナゲットの形成によって×と判定された。このため、接合強度が高く、散りが発生するという、いわゆる一般的なスポット溶接のような接合状態となり、本発明の目的とする接合状態を得ることができなかった。比較例No.16およびNo.17は、供試鋼の表面粗さRaが大きすぎたため、接合界面のボイド率が多くなり、結果として接合強度に劣った。比較例No.18は、接合前の平均結晶粒径が大きすぎたため、接合界面を乗り越える駆動力が小さくなった結果、ボイド率が大きくなり、接合強度に劣った。