(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下であることを特徴とする請求項1あるいは請求項2に記載されるステンレス鋼板を加工した加工品。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1〜3の技術では、オーステナイト安定度が不安定で加工度が大きい場合時期割れが発生することがある。時期割れとは、金属材料を絞り加工等の成形をした場合、素材の脆化や引張残留応力により、室温で放置されているうちに材料中に亀裂が生じて割れる現象のことをいう。本発明の課題は、加工性および耐時期割れ性に優れた低Niオ−ステナイト系ステンレス鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題は、質量%で、C:0.03〜0.30
%、Si:1.50%以下、Mn:2.0〜7.0
%、P:0.06%以下、S:0.005%以下、Ni:1.0〜4.9
%、Cr:15.0〜19.0
%、Cu:1.0〜3.5
%、N:0.03〜0.30
%、Sn:0.02%以下、B:0.001〜0.010
%を含み、残部
がFeおよび不可避的不純物からなり、C+N≦0.30%かつ下記(1)式で示されるオ−ステナイト安定度指標Md
30を用いてC+N≦−0.0025Md
30+0.30を満足する低Niオーステナイト系ステンレス鋼板による達成される。
Md30=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr・・・(1)
【0006】
また、質量%で、C:0.03〜0.15
%、Si:1.50%以下、Mn:2.0〜5.0
%、P:0.06%以下、S:0.005%以下、Ni:1.0〜4.0
%、Cr:15.0〜17.0
%、Cu:1.0〜3.5
%、N:0.03〜0.15
%、Sn:0.02%以下、B:0.001〜0.010
%、を含み、残部
がFeおよび不可避的不純物からなり、C+N≦0.30%かつ下記(1)式で示されるオ−ステナイト安定度指標Md
30を用いてC+N≦−0.0025Md
30+0.30を満足する低Niオ−ステナイト系ステンレス鋼板としても良い。
【0007】
また、第3の発明は、加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下である、上記2種のステンレス鋼板を加工した加工品である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、Ni含有量を節減しつつもMn含有量の多量添加を回避し、加工性に優れた低Niオ−ステナイト系ステンレス鋼板が提供される。この鋼板を加工した加工品は、素材が300系ステンレス鋼である器物等の用途に使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、種々の成分を有する鋼を深絞り加工し、Md
30およびC+N含有量を制御することにより耐時期割れ性が良好な鋼が得られ、かつその鋼板を加工した加工品にて加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下の場合に時期割れが防止できることを見出した。Md
30とは、30%の変形を加えて加工誘起マルテンサイト量が50%となる温度のことをいい、加工誘起マルテンサイトの生成のしやすさを表す指標である。
【0011】
図1にパンチ径φ40mm,ダイス径φ42mm,パンチ速度20mm/分,しわ押え力10kNの条件にて深絞りした加工品の外観を示す。絞り比は、試験片のブランク径をパンチ径で割った値で、鋼板Aが本発明鋼、鋼板Bが比較鋼である。鋼板Bはカップ縁から割れが発生していることがわかる。これは絞り加工後、1日で発生した割れである。
【0012】
図2に耐時期割れ限界絞り比が1.7以上を得られるMd
30とC+N含有量の範囲を示す。
図2中の●は耐時期割れ限界絞り比1.7以上、×は耐時期割れ限界絞り比1.7未満、▲は絞り加工ができないことを表す。この結果から、C+N≦0.30質量%かつ、C+N≦−0.0025Md
30+0.30を満足する範囲で耐時期割れ性が良好な鋼板が得られることがわかる。この範囲で耐時期割れ性が改善される理由について以下に説明する。
【0013】
図3にMd
30と絞り比1.7で深絞りした加工品のカップ縁における加工誘起マルテンサイト量の関係を示す。
図3中の●が時期割れ発生なし、×が時期割れ発生ありである。加工誘起マルテンサイト量は、カップ縁で径5mmの円盤を採取後、エッジをリン酸硫酸中にて電解研磨したサンプルを用い、4枚重ね合わせて振動試料型磁力計により測定した。Md
30が増加するにともない加工誘起マルテンサイト量が増加している。ここで、Md
30が0以下で耐時期割れ性が良好であるのは、加工誘起マルテンサイトの生成量が少ないことが要因と考えられる、但し、Md
30が0以下でもC+N含有量が0.30質量%以上であると加工性そのものが低下し、絞り比1.7で絞り加工ができない。それを示したのが、
図2のプロット▲である。一方、Md
30が高いと加工誘起マルテンサイト量が多くなるが、同等のマルテンサイト量でも耐時期割れ性に差異が見られる。図中()内にC+N含有量を示しているが、C+N含有量が低いと●になる傾向があることがわかる。
図2,3中の1,2は同等のMd
30、加工誘起マルテンサイト量であるが、耐時期割れ性に差異が見られる。1,2の鋼板を加工したカップ縁の加工誘起マルテンサイト相の硬さの比較を
図4に示す。硬さ測定はマイクロビッカ−ス硬さ試験機を用いて5gの荷重で測定した。鋼板2の方が鋼板1に比べ、加工誘起マルテンサイト相の硬さが低いことがわかる。すなわち、加工誘起マルテンサイトが生成してもその硬さを低減させることにより時期割れを抑制できるものと考えられる。C+N含有量の低減は、加工誘起マルテンサイト相の硬さ低減に寄与する。
【0014】
図5に加工誘起マルテンサイト相の硬さと絞り比1.7で加工した時の時期割れ発生有無の関係を示す。図中のプロットはMd
30が25〜30の範囲で、加工誘起マルテンサイト量は25〜45%であり、()内はC+N含有量を示している。加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下で時期割れが発生していない。したがって、少なくとも絞り比1.7で時期割れを発生させないためには、加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下である必要がある。
【0015】
一方、
図6に加工誘起マルテンサイト量と絞り比1.7で加工した時の時期割れ発生有無の関係を示す。C+N含有量は約0.15質量%、加工誘起マルテンサイト相の硬さは約440HVであり、()内はMd
30を示している。加工誘起マルテンサイト量が60%以下で時期割れが発生していない。したがって、少なくとも絞り比1.7で時期割れを発生させないためには、加工誘起マルテンサイト量が60%以下である必要がある。以上の検討結果から、成分範囲を調整し、加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下で耐時期割れ性が改善されることがわかった。
【0016】
以下、本発明鋼に含まれる合金成分ならびに含有範囲限定理由について説明する。
C、Nは、オ−ステナイト生成元素であり、オ−ステナイト相を安定化させるのに必要な元素である。これらの元素の含有量が少なすぎるとδフェライト相の生成量が増大し、熱間加工性が低下するため0.03質量%以上確保する必要がある。一方、C、Nの含有量が多くなりすぎると過度に硬質化し、加工性を阻害する要因となるため、C,N含有量の上限は0.30質量%となる。加工性、熱間加工性を考慮すると望ましくは、0.03〜0.15質量%の範囲となる。
【0017】
Siは、製鋼での脱酸に有用な元素である。1.5質量%を越えて過剰に含有させると鋼が硬質化し加工性を損なう要因となる。また、Siはフェライト生成元素であるため、過剰添加は高温域でのδフェライト相の多量生成を招き、熱間加工性を阻害する。したがって、Si含有量は1.5質量%以下に規定した。
【0018】
MnはNiに比べて安価で、Niの機能を代替できる有用なオ−ステナイト形成元素である。オ−ステナイト相を安定化させるために2.0%以上のMn含有量を確保する必要がある。一方、Mn含有量が過剰となると、表面性状に起因する生産性の低下ならびにMnSなどの介在物生成に起因する加工性低下や耐食性低下を引き起こす要因となる。このため、Mn含有量は上限を7.0質量%に規定した。耐食性の観点から望ましくは、2.0〜5.0質量%の範囲となる。
【0019】
PおよびSは不可避的不純物として混入するが、その含有量は低いほど望ましく、加工性その他の材料特性や製造性に多大な悪影響を与えない範囲として、Pについては0.06質量%以下、Sは0.005質量%以下に規定した。
【0020】
Niはオ−ステナイト系ステンレス鋼に必須の元素である。良好な熱間加工性を得るには、例えば1200℃の加熱温度でγ単相となるようにNi量を含有させる必要があり、その下限は1.0質量%である。本発明ではコスト低減の観点からNi含有量を極力低く抑える成分設計を行っており、上限を4.9質量%に規定した。コスト面を考慮すると、Ni含有量は4.0質量%以下が望ましい。
【0021】
Crはステンレス鋼の耐食性を担保する不動態皮膜の形成に必須の元素である。本発明では、耐食性を十分に確保する上で、Cr含有量の下限を15.0質量%とした。ただし、Crはフェライト生成元素であるため、過度のCr含有により熱延前加熱温度が(γ+δ)2相域となり、加熱後もδフェライトの多量生成を招き熱間加工性を損なう要因となるため、好ましくない。したがって、Cr含有量は上限を19.0質量%に規定した。熱間加工性の観点から、Cr含有量は17.0質量%以下が望ましい。
【0022】
Cuはオ−ステナイト生成元素であることから、Cu含有量の増加に応じてNi含有量の設定自由度が拡大し、Niを抑制した成分設計が容易になる。オ−ステナイト相を安定化させるために1.0%以上のCu含有量を確保する必要がある。ただし、3.5質量%を越える多量のCu含有は熱間加工性を阻害しやすい。このため、Cu含有量は1.0〜3.5質量%に規定した。
【0023】
Snは不可避的不純物として混入する可能性があるが、Cuを含有している鋼では低融点化合物のCu−Sn相を生成して熱間加工性を著しく低下させる。したがって、Sn含有量の上限を0.02質量%に規定した。
【0024】
Bは熱間加工性や軟質化を改善するために添加させる元素であり、0.001質量%以上の添加により安定した効果が得られる。ただし、過剰に添加するとBの化合物が析出し、熱間加工性を劣化させるのでその上限を0.010質量%に規定した。
【0025】
本発明鋼は、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板の製造プロセスにより製造可能である。具体的には、成分調整された溶鋼を連続鋳造またはバッチ式で鋳造し、得られた鋳造スラブを加熱した後抽出して、連続熱間圧延機またはリバース式熱間圧延機にて熱間圧延する手法が採用できる。熱間圧延以降の中間焼鈍あるいは仕上焼鈍は1050〜1100℃の範囲で行うことが望ましく、例えば板厚0.1〜3.0mmの焼鈍鋼板とすることが望ましい。
【0026】
上記の鋼成分と製造条件にて得られた鋼板を加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下とした加工品とすることにより、時期割れのない加工品を得ることが出来る。
(※実施の形態としても記述した方が良いので、記載しています。)
【実施例】
【0027】
表1の組成をもつ各種ステンレス鋼を溶製した。表1において、A1〜A11が本発明で規定する化学成分を有する本発明鋼、B1〜B7が比較鋼である。比較鋼の下線部の化学成分含有量が本発明で規定する範囲を外れる。
【0028】
【表1】
【0029】
本発明鋼A1〜A11および比較鋼B1〜B7について、冷延鋼板の素材作製を行った。各鋼とも100kgの鋼塊を得た後に、抽出温度1230℃で熱間圧延することにより板厚3.0mmの熱間圧延板を製造した。それぞれの鋼の板厚3.0mmの熱間圧延板を1080℃で均熱1分の焼鈍を施した後、冷間圧延、焼鈍を繰り返すことにより、板厚が1.0mmの焼鈍鋼板を得た。
【0030】
上記の板厚1.0mmの焼鈍鋼板を用いて、パンチ径φ40mm,ダイス径φ42mm,パンチ速度20mm/min,しわ押え力10kNの条件にて成形性試験機で深絞り加工を行った。
【0031】
また、上記の加工品を用いて、加工誘起マルテンサイト量の測定および加工誘起マルテンサイト相の硬さの測定を行った。加工誘起マルテンサイト量は、絞り比1.7のカップ縁から径5mmの円盤を採取後、エッジをリン酸硫酸中にて電解研磨したサンプルを用い、4枚重ね合わせて振動試料型磁力計により測定した。加工誘起マルテンサイト相の硬さは、カップ縁からサンプルを採取し断面がサンプルの圧延方向と平行になるように熱間埋め込み樹脂に埋め込み、しゅう酸溶液中で電解研磨した後、マイクロビッカ−ス硬さ試験機を用いて5gの荷重で測定した。表2に絞り比1.7の加工品での時期割れ発生の有無、深絞り加工品カップ縁のマルテンサイト量および加工誘起マルテンサイト相の硬さを示す。表中の0が時期割れ発生なし、×が時期割れ発生ありを示している。
【0032】
表2に示されるように、本発明鋼A1〜A11の絞り加工品は加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下で時期割れが発生しなかった。一方、比較鋼B1〜B5の絞り加工品は加工誘起マルテンサイト量が60%以下であるが、加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以上であり時期割れが発生した。また、比較鋼B6の絞り加工品は加工誘起マルテンサイト量が60%以上で、加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以上あり時期割れが発生した。比較鋼B7の絞り加工品は加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下であるが、加工誘起マルテンサイト量が60%以上あり時期割れが発生した。これらの結果より本発明鋼は比較鋼に比べ耐時期割れ性に優れることが確認された。
【0033】
【表2】
【0034】
また、上述したとおりC+N≦0.30質量%かつ、C+N≦−0.0025Md
30+0.30を満足する範囲で耐時期割れ性が良好な鋼板が得られることが確認された。以上のように、成分範囲を調整し、Md
30およびC+N含有量を制御することにより加工性に優れる鋼板を提供し、かつその鋼板を加工した加工品にて加工誘起マルテンサイト量が60%以下かつ加工誘起マルテンサイト相の硬さが450HV以下の場合に時期割れが防止できることを見出した。