特許第6106667号(P6106667)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6106667
(24)【登録日】2017年3月10日
(45)【発行日】2017年4月5日
(54)【発明の名称】カーボンブラシ
(51)【国際特許分類】
   H02K 13/00 20060101AFI20170327BHJP
   H01R 39/26 20060101ALI20170327BHJP
【FI】
   H02K13/00 P
   H01R39/26
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-518694(P2014-518694)
(86)(22)【出願日】2013年5月29日
(86)【国際出願番号】JP2013064860
(87)【国際公開番号】WO2013180156
(87)【国際公開日】20131205
【審査請求日】2015年11月11日
(31)【優先権主張番号】特願2012-125673(P2012-125673)
(32)【優先日】2012年6月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000222842
【氏名又は名称】東洋炭素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126963
【弁理士】
【氏名又は名称】来代 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100131864
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 正憲
(72)【発明者】
【氏名】詫間 政幸
【審査官】 服部 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−067702(JP,A)
【文献】 特開平09−201014(JP,A)
【文献】 特開昭63−152680(JP,A)
【文献】 特開昭59−211983(JP,A)
【文献】 特開2007−049894(JP,A)
【文献】 特開2004−173486(JP,A)
【文献】 実開昭57−090370(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 13/00
H01R 39/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面及び内部に気孔を有するカーボンブロック基材を備え、モータに設けられた整流子と接触して摺動するカーボンブラシであって、
上記モータの作動時におけるカーボンブラシの温度よりも沸点が高い石油系溶剤と油脂とから成る懸濁液が、上記気孔内に存在することを特徴とするカーボンブラシ。
【請求項2】
上記カーボンブロック基材に対する上記懸濁液の割合が、0.5重量%以上6重量%以下である、請求項1に記載のカーボンブラシ。
【請求項3】
上記懸濁液の総量に対する上記油脂の割合が、3重量%以上60重量%以下である、請求項1又は2に記載のカーボンブラシ。
【請求項4】
上記石油系溶剤の沸点が、140℃以上250℃以下である、請求項1〜3の何れか1項に記載のカーボンブラシ。
【請求項5】
上記石油系溶剤の20℃での蒸気圧が、1kPa以下である、請求項1〜4の何れか1項に記載のカーボンブラシ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、洗濯機用整流子モータや電動工具モータ等に用いられるカーボンブラシに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、電動工具や洗濯機では、整流子モータが多く使用されている。当該モータでは、複数に分割された整流子の接触部がブラシと摺動することにより、コイルを巻回した電機子に電源から電流が供給され、電機子が回転する構造となっている。
【0003】
ここで、上記モータでは、モータ駆動時にはブラシと整流子とが摺動することから、摺動音が大きくなるという問題があった。また、カーボンブラシの火花放電等に起因して、整流子被膜が過剰に生成されて、通電時にブラシ(モータ)の温度上昇を招くという問題もあった。
【0004】
従来、カーボンブラシの火花抑制を目的として、モータの昇温に応じて気化する液体(沸点60〜130℃のアルコール)と潤滑性合成油とを懸濁したものを含浸し、温度に応じて気化した液体の圧力により摺動面に合成油が染み出るブラシが提案されている(下記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−49894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、上記特許文献1に記載の提案であれば、摺動面に合成油のみ染み出てくる構成であるが、当該構成では、カーボンブラシの火花抑制を十分に達成することができない。このため、整流子被膜が過剰に生成されて、通電時の温度上昇を招いたり、ブラシと整流子との摩擦が増大するため、摺動音が大きくなるという課題を有していた。
【0007】
そこで本発明は、整流子被膜が過剰に生成することに起因する、温度上昇と摺動音の増大とを十分に抑制することができるカーボンブラシの提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、表面及び内部に気孔を有するカーボンブロック基材を備え、モータに設けられた整流子と接触して摺動するカーボンブラシであって、上記モータの作動時におけるカーボンブラシの温度よりも沸点が高い石油系溶剤と油脂とから成る懸濁液が、上記気孔内に存在することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、温度上昇を抑制でき、且つ、摺動音が大きくなることも抑制できるといった優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】カーボンブラシを用いたモータの騒音レベルを測定する方法を示す説明図である。
図2】カーボンブラシのブラシ温度を測定する方法を示す説明図である。
図3】本発明ブラシA及び比較ブラシZにおける、サイクル数と騒音レベルとの関係を示すグラフである。
図4】本発明ブラシA及び比較ブラシZにおける、サイクル数とブラシ温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、表面及び内部に気孔を有するカーボンブロック基材を備え、モータに設けられた整流子と接触して摺動するカーボンブラシであって、上記モータの作動時におけるカーボンブラシの温度よりも沸点が高い石油系溶剤と油脂とから成る懸濁液が、上記気孔内に存在することを特徴とする。
【0012】
上記懸濁液は、油脂の粒子が石油系溶剤中に分散し、流動性を保持した状態で存在する。また、カーボンブラシ作製当初は、カーボンブロック基材の表面及び内部に形成された気孔内に懸濁液が存在する一方、モータ作動後は、気孔内から、カーボンブラシと整流子との接触部に、懸濁液が徐々に排出される。そして、気孔内から懸濁液が排出されると、油脂は、カーボンブラシと整流子との接触部において、カーボンブラシの潤滑性を改善し、摺動音を低減するという役割を果たす。但し、カーボンブラシと整流子との接触部に、油脂のみが存在すると、上述の如く、ブラシの火花によって、整流子被膜が過剰に生成されるため、通電時にブラシの温度が大きく上昇したり、摺動音が十分に低減できないという問題がある。
【0013】
しかしながら、上記構成の如く、懸濁液に石油系溶剤が含まれていれば、この石油系溶剤は、整流子表面の油脂を適度にクリーニングして、整流子被膜が過剰に生成するのを防止する。したがって、通電時にブラシが温度上昇するのを抑制でき、しかも、摺動音が小さくなる。また、石油系溶剤の沸点は、モータの作動時におけるカーボンブラシの温度よりも高いので、モータ作動時に、石油系溶剤が急激に蒸発して上記作用効果が発揮できなくなる、といった事態が発生するのを抑制できる。即ち、上記作用効果が長期間に亘って発揮される。
【0014】
また、カーボンブロック基材の気孔中に充填された懸濁液は、流動性が保持されていることで、外圧(回転速度の増減による加速度や、遠心力に起因して発生)によって狭い空隙を動く。したがって、ダッシュポット効果によって、振動吸収作用が発揮される。この結果、ブラシの振動が抑制されて、整流子との接触が安定化するので、摺動音が一層低減される。
尚、上記油脂には、固形状のものや、半固形状のものを用いることができる。
【0015】
上記カーボンブロック基材に対する上記懸濁液の割合が、0.5重量%以上6重量%以下であることが望ましい。
カーボンブロック基材に対する懸濁液の割合が0.5%重量%未満では、整流子被膜が過剰に生成するのを十分に抑制できず、ブラシの温度上昇を抑制したり、摺動音を十分に低減するという作用効果が十分に発揮されないことがある。また、ダッシュポット効果による振動抑止効果が小さくなるため、この点からも、摺動音を十分に低減できないことがある。一方、当該割合が6重量%を超えると、モータ運転時の温度上昇によって懸濁液の体積が大きく増加し、懸濁液が吹き出すために、整流子やブラシ周りを汚損したり発煙することがある。
【0016】
上記懸濁液の総量に対する上記油脂の割合が、3重量%以上60重量%以下であることが望ましい。
懸濁液の総量に対する油脂の割合が3重量%未満では、カーボンブラシの潤滑性が十分に発揮されず、摺動音の低減を十分に達成できないことがある。一方、当該割合が60重量%を超えると、石油系溶剤が少な過ぎて、整流子の表面の油脂を適度にクリーニングできず、整流子被膜が過剰に生成することがある。
【0017】
上記石油系溶剤の沸点が、140℃以上250℃以下であることが望ましい。
石油系溶剤の沸点が140℃未満の場合には、モータの作動温度よりも石油系溶剤の沸点が低くなることがあり、当該沸点が250℃を超える有機溶剤はモータの動作温度において流動性が乏しく、油脂の滲出が不十分になったり、クリーニング効果が低下するからである。
【0018】
上記石油系溶剤の20℃での蒸気圧は、1kPa以下であることが望ましい。
常温での蒸気圧が1kPaを上回ると、溶剤が速やかに揮発してしまうことで、基材に残らなくなる恐れが生じる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明のカーボンブラシは下記実施例の内容によって制限されるものではない。
〔実施例〕
本発明のカーボンブラシを、以下のようにして作製した。
【0020】
先ず、黒鉛粉の総量に対する割合が50重量%となるように、バインダーとしてのピッチを加えた。次に、上記ピッチの融点より高い温度で混捏した後、冷却して粉砕し40メッシュパスの成形原料を得た。次いで、この成形原料をプレス装置により加圧成形し、非酸化雰囲気の下で高温焼成することによりバインダーを炭化させて、カーボンブロック基材を得た。この後、このカーボンブロック基材を所定の寸法に切削加工した後、カーボンブロック基材にリード線を取り付けた。
【0021】
しかる後、カーボンブロック基材の表面及び内部に形成された気孔内に懸濁液を含浸させることにより、洗濯機用モータに使用されるカーボンブラシを作製した。
懸濁液の含浸は、以下のようにして行った。先ず、油脂と石油系溶剤とから成る含浸液に上記カーボンブロック基材を20分浸漬して、カーボンブロック基材の気孔内に含浸液を含浸させた。尚、上記油脂としては、耐熱グリース(潤滑性改良剤としての二硫化モリブデンが3重量%添加され、粘稠剤としてベントナイト粘土が7重量%添加されたもの)を用いた。上記石油系溶剤としては、工業用の炭化水素系溶剤(イソパラフィン系のもの〔ミネラルスピリット〕であって、沸点は190℃、20℃での蒸気圧は0.1〜0.2kPa)を用いた。また、石油系溶剤に対する油脂の割合は5重量%とした。次いで、余分な含侵液を脂ぎりした後、50℃で通風乾燥することにより、余分な石油系溶剤を除去した。このような工程を経て、気孔内に懸濁液(含浸液中の余分な石油系溶剤を除去した液)を含浸できる。尚、含浸前後における重量変化から算出すると、カーボンブロック基材に対する上記懸濁液の割合は、1.5重量%であった。
このようにして作製したカーボンブラシを、以下、本発明ブラシAと称する。
【0022】
〔比較例〕
カーボンブロック基材の表面及び内部に形成された気孔内に、懸濁液を含浸させないこと以外は、上記実施例と同様にしてカーボンブラシを作製した。
このようにして作製したカーボンブラシを、以下、比較ブラシZと称する。
【0023】
〔実験〕
上記本発明ブラシA及び比較ブラシZを、各々、ドラム洗濯機用の整流子モータにセットし、洗濯時における実際の運転状況を再現した試験台で、下記条件で運転した。そして、この運転時におけるモータの騒音レベルとブラシの温度とを測定したので、それらの結果を、各々図3及び図4に示す。
【0024】
・実験条件整流子の種類:銅整流子
回転数:洗濯時730rpm(1サイクル中の時間:60分)
脱水時16000rpm(1サイクル中の時間:10分)
1サイクル:80分
ブラシ圧:58KPa
測定時間:19時間(14サイクル)
【0025】
・騒音レベルの測定方法
図1に示すように、カーボンブラシ3と騒音計4との距離L1は50cmとなるようにして、騒音レベルを測定した。尚、図1において、1はモータ、2は整流子である。
・ブラシ温度の測定方法
図2に示すように、ブラシ本体6とブラシホルダー7との境界位置から熱電対8までの距離L3は2mmとなるようにして測定した。尚、ブラシ本体6の露出長さL2は2mmとした。
【0026】
図3から明らかなように、本発明ブラシAは比較ブラシZに比べて、騒音レベルが約5dB低下していることが認められる。また、図4から明らかなように、本発明ブラシAは比較ブラシZに比べて、ブラシ温度が10〜20℃低下していることが認められる。
【0027】
(その他の事項)
(1)上記実施例では、含浸液において、石油系溶剤に対する油脂の割合を5重量%としたが、これに限定するものではない。但し、当該割合は、1重量%以上30重量%以下であることが望ましい。このように限定するのが好ましいのは、当該割合が1重量%未満であると、油脂の割合が少な過ぎて、潤滑性が十分に向上しないことがある。一方、当該割合が30重量%を超えると、含浸液の粘度が高くなって、十分な量の含浸液を気孔内に含浸できないことがあるという理由による。
【0028】
尚、含浸液がこのような割合に規制されていれば、カーボンブロック基材の気孔内に含浸液を含浸させた後、余分な石油系溶剤を除去して気孔内に懸濁液を含浸させる際、カーボンブロック基材に対する懸濁液の割合が、0.5重量%以上6重量%以下となるように、容易に規制できる。
【0029】
(2)石油系溶剤としては上述したものに限定するものではなく、90℃以上の沸点を有するイソブチルアルコール、イソペンチルアルコール、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、クロルベンゼン、酢酸イソブチル、酢酸ノルマル−ブチル、酢酸ノルマル−プロピル、1,4−ジオキサン、テトラクロロエチレン、トルエン、1−ブタノール、メチルイソブチルケトン、メチル−ノルマル−ブチルケトン等であっても良く、好ましくは140℃以上の沸点を有するエチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノ−ノルマル−ブチルエーテル、オルト−ジクロロベンゼン、クレゾール、酢酸イソペンチル、酢酸ノルマル−ペンチル、シクロヘキサノール、シクロヘキサノン、N・N−ジメチルホルムアミド、スチレン、メチルシクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノン、石油ナフサ、ミネラルスピリット等であっても良い。但し、石油系溶剤は、沸点が90℃以上250℃以下(特に、140℃以上250℃以下)で、油脂の洗浄、溶解能力を有し、しかも、臭気の小さいものが望ましい。したがって、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノ−ノルマル−ブチルエーテル、石油ナフサ、ミネラルスピリット等であることが一層好ましい。その中でも、20℃での蒸気圧が1kPa以下であるものがより一層好ましく、上記4種の溶剤は概ね1kPa以下であるが、品種によってバラツキのあるものは、1kPaの品種を選定するのが好ましい。
【0030】
(3)油脂としてはワックスや粘稠剤を加えた油脂を使用する。また、これに潤滑性を改良する添加剤が加えられていても良い。
油脂としては、グリース類を好適に用いることができ、特にベントナイト粘土などを粘凋剤に用いた高温適性型のグリースが適している。ワックスとしては、モンタンワックス等の鉱物系ワックス、パラフィンワックス等の石油系ワックス、合成ワックス、ポリエチレン系ワックス、ステアリン酸等を適宜用いることが出来る。
また粘稠剤としては、上述のベントナイト粘土の他に、カオリナイト、ハロイサイト等を用いることが出来る。
更にまた、潤滑を改良する添加剤としては、上述の二硫化モリブデンの他に、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化黒鉛、酸化ビスマス、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化マンガン、酸化クロム、酸化アンチモン、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化スズ等を用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は洗濯機用整流子モータや電動工具モータ等に用いることができる。
【符号の説明】
【0032】
1:モータ
2:整流子
3:カーボンブラシ
4:騒音計
6:ブラシ本体
7:ブラシホルダー
8:熱電対
図1
図2
図3
図4