(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
a) 1乃至複数の成分を含有する液体試料が導入されるESIプローブと、前記ESIプローブの出口付近に配置されたコロナニードルと、前記ESIプローブにESI電圧を供給するESI電圧供給部と、前記コロナニードルにAPCI電圧を供給するAPCI電圧供給部と、を有するイオン化源と、
b) 分析者により設定された、前記液体試料に関する、前記ESI電圧の値又は/及び前記APCI電圧の値が異なる複数のイオン化条件を記憶するイオン化条件記憶部と、
c) 前記複数のイオン化条件を繰り返し用いて前記液体試料から生成したイオンを質量分析する質量分析実行部と、
d) 前記複数のイオン化条件のそれぞれについて得られた質量分析の結果の中から、前記1乃至複数の成分のそれぞれについて、分析に適した強度でイオンが検出されている質量分析結果を選出する質量分析結果選出部と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
1乃至複数の成分を含有する液体試料が導入されるESIプローブにESI電圧を印加して該液体試料をイオン化するESI源と、前記ESIプローブの出口付近に配置されたコロナニードルにAPCI電圧を印加して前記ESIプローブから放出される前記液体試料をイオン化するAPCI源とを有するイオン化源を備えた質量分析装置を用いて、該イオン化源で生成したイオンを質量分析する方法であって、
a) 前記液体試料をイオン化するための、前記ESI電圧の値又は/及び前記APCI電圧の値が異なる複数のイオン化条件を分析者に設定させ、
b) 前記複数のイオン化条件を繰り返し用いて前記液体試料から生成したイオンを質量分析し、
c) 前記複数のイオン化条件のそれぞれについて得た質量分析結果の中から、前記1乃至複数の成分のそれぞれについて、分析に適した強度でイオンが検出されている質量分析結果を選出する
ことを特徴とする質量分析方法。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる各種成分の定性や定量を行うために、それら成分を時間的に分離する液体クロマトグラフ部(LC)と、分離された成分をイオン化して質量分析する質量分析部(MS)とを備えた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)が広く用いられている。質量分析部のイオン化源としては、多くの場合、エレクトロスプレーイオン化(ESI)源や大気圧化学イオン化(APCI)源が用いられる。分析対象成分が高極性の化合物である場合にはESI源が、低極性の化合物である場合にはAPCI源が、それぞれ用いられる。
【0003】
複数の成分が試料に含まれている場合には、高極性の成分と低極性の成分が混在していることが多い。このような試料を質量分析するための装置として、ESI源とAPCI源の両方を備えた、デュアルイオン化源と呼ばれるイオン化源を備えた質量分析装置が提案されている(例えば特許文献1)。デュアルイオン化源は、液体試料が導入されるESIプローブ及び該ESIプローブに高電圧(ESI電圧)を供給するESI電源と、ESIプローブの出口付近に位置し高電圧を供給してコロナ放電を起こさせるためのニードル(コロナニードル)及び該ニードルに高電圧(APCI電圧)を供給するAPCI電源と、を備えている。
【0004】
液体クロマトグラフにおいて成分分離され、ESIプローブに導入された液体試料及び移動相は、ESIプローブに印加されたESI電圧により帯電した液滴となって放出され、試料に含まれる成分のうち高極性の成分がイオン化される。一方、試料に含まれる低極性の成分は、この段階ではイオン化されず、コロナニードルにおけるコロナ放電によりイオン化された移動相との間で電荷を交換することによりイオン化される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
試料中に含まれる各成分の極性や、それらをイオン化するために最適なESI電圧の値やAPCI電圧の値はそれぞれ異なる。そのため、デュアルイオン化源では、ESI電圧やAPCI電圧を平均的な値に設定して使用する。しかし、成分によっては平均的なESI電圧やAPCI電圧を印加した場合のイオン化効率が低く、該成分を定量するために十分な強度で検出可能な量のイオンを生成することができない場合がある、という問題があった。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、試料に含まれる成分の極性等を問わず、各成分について十分な強度で検出可能な量のイオンを生成し、高感度や高精度の質量分析結果を得ることができる質量分析装置及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
a) 1乃至複数の成分を含有する液体試料が導入されるESIプローブと、前記ESIプローブの出口付近に配置されたコロナニードルと、前記ESIプローブにESI電圧を供給するESI電圧供給部と、前記コロナニードルにAPCI電圧を供給するAPCI電圧供給部と、を有するイオン化源と、
b) 分析者により設定された、前記液体試料に関する、前記ESI電圧の値又は/及び前記APCI電圧の値が異なる複数のイオン化条件を記憶するイオン化条件記憶部と、
c) 前記複数のイオン化条件のそれぞれを用いて前記液体試料から生成したイオンを質量分析する質量分析実行部と、
d) 前記複数のイオン化条件のそれぞれについて得られた質量分析の結果の中から、前記1乃至複数の成分のそれぞれについて、分析に適した強度でイオンが検出されている質量分析結果を選出する質量分析結果選出部と、
を備えることを特徴とする。
【0009】
上記「分析に適した強度でイオンが検出されている質量分析結果」とは、典型的にはイオンの検出強度が最大である質量分析結果であるが、必ずしもこれに限らない。例えば、質量分析結果選出部が、イオンの検出強度とノイズ強度の比(S/N比)の値が最大である質量分析結果を選出したり、あるいはイオンの検出強度が検出器のダイナミックレンジの最大値を超える質量分析結果を除いてイオンの検出強度が最大であるものを選択したりするように構成することもできる。
【0010】
本発明に係る質量分析装置では、ESI電圧又は/
及びAPCI電圧の値が異なる複数のイオン
化条件下で液体試料をイオン化して質量分析して得た結果の中から、分析に適した強度でイオンが検出されている質量分析結果が選出される。そのため、試料中に極性が異なる複数の成分が含まれている場合でも、各成分について十分な強度で検出可能な量のイオンを生成し、高精度の質量分析結果を得ることができる。
【0011】
本発明に係る質量分析装置は、LC/MSにおいて好適に用いることができる。LC/MSでは、LCのカラムにおいて分離された成分が溶出する時間が限られており、またその時間の中で溶出量が変化する。このような場合には、前記質量分析実行部が、前記複数のイオン化条件を繰り返し用いて質量分析を行うことが望ましい。
【0012】
本発明に係る質量分析装
置は、液体試料に含まれる成分を定性したり定量したりする質量分析におけるイオン化条件を決定するための予備測定
を行うために用いることができる。試料中の成分の定性や定量は、例えば選択イオンモニタリング(SIM)法や多重反応モニタリング(MRM)法により行われる。
そこで、本発明に係る質量分析装置は、さらに、
e) 前記1乃至複数の成分のそれぞれについて、前記選出された質量分析結果に対応するイオン化条件を最適イオン化条件として決定するイオン化条件決定部
を備えた構成とすることができる。
【0013】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法は、1乃至複数の成分を含有する液体試料が導入されるESIプローブにESI電圧を印加して該液体試料をイオン化するESI源と、前記ESIプローブの出口付近に配置されたコロナニードルにAPCI電圧を印加して前記ESIプローブから放出される前記液体試料をイオン化するAPCI源とを有するイオン化源を備えた質量分析装置を用いて、該イオン化源で生成したイオンを質量分析する方法であって、
a) 前記液体試料をイオン化するための、前記ESI電圧の値又は/及び前記APCI電圧の値が異なる複数のイオン化条件を分析者に設定させ、
b) 前記複数のイオン化条件のそれぞれにより試料から生成したイオンを質量分析し、
c) 前記複数のイオン化条件のそれぞれについて得た質量分析結果の中から、前記1乃至複数の成分のそれぞれについて、分析に適した強度でイオンが検出されている質量分析結果を選出する
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る質量分析装置や質量分析方法を用いることにより、試料に含まれる成分の極性等を問わず、各成分について十分な強度で検出可能な量のイオンを生成し、高感度や高精度の質量分析結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施例の要部構成図。
【
図2】実施例1の質量分析方法について説明するフローチャート。
【
図3】実施例1の質量分析方法において使用する分析条件を説明する表。
【
図4】実施例1の質量分析方法における分析の流れを説明する図。
【
図5】実施例1において取得されるトータルイオンクロマトグラム(TIC)について説明する図。
【
図6】実施例1において作成されるマススペクトルについて説明する図。
【
図7】実施例2の質量分析方法について説明するフローチャート。
【
図8】実施例2の質量分析方法を用いたMRM測定により取得されるマスクロマトグラムについて説明する図。
【
図9】実施例3の質量分析方法において使用する分析条件を説明する表。
【
図10】実施例3の質量分析方法における分析の流れを説明する図。
【
図11】実施例3の質量分析方法におけるS/N比の値とイオン化条件の関係を説明する図。
【
図12】実施例3の質量分析方法においてイオンの検出強度が最大になるイオン化条件で取得されるマスクロマトグラムと、S/N比の値が最大になるイオン化条件で取得されるマスクロマトグラムを比較した図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施例である、タンデム四重極型の構成を有する質量分析装置について、図面を参照して説明する。本実施例の質量分析装置は、
図1に示すように液体クロマトグラフ部1と組み合わせて構成され、液体クロマトグラフ質量分析装置として動作する。
【0017】
本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置において、液体クロマトグラフ部1は、移動相が貯留された移動相容器10と、移動相を吸引して一定流量で送給するポンプ11と、移動相中に予め用意された所定量の試料を注入するインジェクタ12と、試料に含まれる各種化合物を時間方向に分離するカラム13とを備えている。ポンプ11は移動相容器10から移動相を吸引して一定流量で送給する。液体試料は、インジェクタ12から一定量が導入され、移動相の流れに乗ってカラム13に導入される。液体試料中の各成分はカラム13内で時間的に分離され、移動相とともに質量分析部2に導入される。なお、液体試料をフローインジェクション分析する場合はカラム13を使用せず、インジェクタ12から導入された液体試料をそのまま質量分析部2に導入する。
【0018】
質量分析部2は、略大気圧であるイオン化室20と、真空ポンプ(図示なし)により真空排気される高真空の分析室23の間に、段階的に真空度が高められた第1、第2中間真空室21、22を備えた多段差動排気系の構成を有している。
【0019】
本実施例の質量分析装置のイオン化源は、イオン化室20に、液体試料をエレクトロスプレーイオン化(ESI)するプローブ(ESIプローブ)201と、大気圧化学イオン化(APCI)するプローブ(コロナプローブ)の両方を備えた、デュアルイオン化源である。液体試料に含まれる高極性の成分は主としてESIにより、低極性の成分は主としてAPCIにより、それぞれイオン化される。
【0020】
イオン化室20と後段の第1中間真空室21の間は、細径の加熱キャピラリ203を通して連通している。第1中間真空室21と第2中間真空室22との間は頂部に小孔を有するスキマー212で隔てられ、第1中間真空室21と第2中間真空室22にはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンガイド211、221が設置されている。分析室23には、多重極イオンガイド(q2)233が内部に設置されたコリジョンセル232を挟み、イオンを質量電荷比に応じて分離する前段四重極マスフィルタ(Q1)231と、同じくイオンを質量電荷比に応じて分離する後段四重極マスフィルタ(Q3)234、さらにはイオン検出器235が設置されている。
【0021】
電源部24は、ESIプローブ201、コロナニードル202、イオンガイド211、221、233、及び四重極マスフィルタ231、234などにそれぞれ所定の電圧を印加する。なお、四重極マスフィルタ231、234はそれぞれ、メインロッド電極の前段に、入口端での電場の乱れを補正するためのプリロッド電極を有しており、プリロッド電極にはメインロッド電極とは異なる電圧が印加できるようになっている。
【0022】
質量分析部2において、電源部24から高電圧(ESI電圧)が印加されたESIプローブ201に到達した液体試料と移動相は、電荷が付与された液滴(帯電液滴)となってESIプローブ
201の先端から噴霧される。この帯電液滴は付与された電荷による静電気力の作用によって分裂しながら微細化され、液体試料中の高極性の成分がイオン化される。一方、試料に含まれる低極性の成分は、この段階ではイオン化されず、高電圧(APCI電圧)の印加によって生じるコロナニードル202におけるコロナ放電によってイオン化された移動相との間で電荷を交換してイオン化される。
【0023】
こうして生成されたイオンはキャピラリ203を通して第1中間真空室21に送られ、イオンガイド211で収束された後、スキマー212の頂部の小孔を経て第2中間真空室22に送られる。そして、第2中間真空室22内のイオンガイド221で再び収束されて分析室23に送られ、前段四重極マスフィルタ231の長軸方向の空間に導入される。
【0024】
本実施例の質量分析部2では、MS分析と、MS/MS分析の両方を行うことができる。
MS分析では、前段四重極マスフィルタ231と後段四重極マスフィルタ234のいずれか一方において特定の質量電荷比を有するイオンを通過させ、他方では全ての質量電荷比のイオンを通過させるように、電源部24からそれぞれ所定の電圧(高周波電圧と直流電圧とが重畳された電圧)を印加する。そして、後段四重極マスフィルタ234を通過したイオンをイオン検出器235により検出する。イオン検出器235は例えばパルスカウント型検出器であり、入射したイオンの数に応じた個数のパルス信号を検出信号としてデータ処理部4へと出力する。
【0025】
一方、MS/MS分析では、前段四重極マスフィルタ231及び後段四重極マスフィルタ234の両方において特定の質量電荷比を有するイオンを通過させるように、電源部24からそれぞれ所定の電圧(高周波電圧と直流電圧とが重畳された電圧)を印加する。また、コリジョンセル232内には連続的に又は間欠的にCIDガスを供給する。イオン化室20において生成され、前段四重極マスフィルタ231に送り込まれた各種のイオンの中で、前段四重極マスフィルタ231の各ロッド電極に印加されている電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオンのみが該フィルタ231を通過し、プリカーサイオンとしてコリジョンセル232に導入される。コリジョンセル232内でプリカーサイオンはCIDガスに衝突して解離し、各種のプロダクトイオンが生成される。これらのプロダクトイオンは後段四重極マスフィルタ234に導入され、その各ロッド電極に印加されている電圧に応じた特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが該フィルタ234を通過してイオン検出器235で検出される。
【0026】
データ処理部4は、記憶部41を有するとともに、機能ブロックとして、イオン化条件設定部42、質量分析実行部43、質量分析結果選出部44、イオン化条件決定部45、及び質量分析結果表示部46を備えている。また、データ処理部4は、液体クロマトグラフ部1のポンプ11やインジェクタ12、質量分析部2の電源部24やCIDガス供給部(図示せず)などの動作を制御する制御部5との間で適宜に信号を送受信するように構成されている。データ処理部4の実体はパーソナルコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされたデータ処理用ソフトウェアを実行することにより、データ処理部4としての機能を発揮させるようにすることができる。さらに、データ処理部4には、入力部6、表示部7が接続されている。
【0027】
以下、本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置を用いた質量分析方法の実施例1〜3について説明する。
【実施例1】
【0028】
本実施例は、成分A、成分B、及び成分Cを含む液体試料を液体クロマトグラフ部1においてカラム13を用いないフローインジェクションにより導入し、質量分析部2においてMSスキャン分析する質量分析方法の例である。本実施例における成分A、成分B、及び成分Cはそれぞれ、高極性の成分、低極性の成分、及び中極性の成分である。この質量分析方法について、
図2のフローチャートを参照して説明する。
【0029】
はじめに、イオン化条件設定部42は、液体試料の質量分析条件の設定画面を表示部7に表示して(ステップS11)、分析者に設定を促す。分析者に設定させる質量分析条件の項目には、質量分析のモード(Q1scan、Q3scan、SIM、MRM等)、質量電荷比の範囲、スキャン速度(スキャン測定の場合)、及び液体試料のイオン化条件(ESI電圧及びAPCI電圧の値)が含まれており、分析者に、ESI電圧及び/又はAPCI電圧の値が異なる複数のイオン化条件を設定させる。
【0030】
分析者により質量分析条件が設定されると、イオン化条件設定部42は、設定された質量分析条件を記憶部41に保存する(ステップS12)。本実施例では、
図3に示すようにAPCI電圧がそれぞれ異なるイベント1〜3の3種類の質量分析条件を設定する。イベント1〜3では、液体試料をイオン化するために印加するAPCI電圧の大きさが異なる。イベント1ではESIに適した高極性の成分が、イベント3ではAPCIに適した低極性の成分が効率よく生成されるように、ESI電圧とAPCI電圧の相対的な関係それぞれ異なるイオン化条件が設定されている。また、イベント2はイベント1とイベント3の中間的なイオン化条件として設定されている。
【0031】
続いて、質量分析実行部43が設定・保存された条件に従って質量分析を実行する。具体的には、イベント1〜3を1セットとする質量分析を繰り返し実行し(
図4、ステップS13)、各イベントについ
てトータルイオンクロマトグラム(TIC)とマス
スペクトルを取得する(ステップS14)。質量分析結果表示部46は、これらのTICとマス
スペクトルを表示部7に表示する。
【0032】
上記測定により得られたTICを
図5に、マススペクトルを
図6(a)〜(c)に、それぞれ示す。高極性の成分Aはイベント1において、低極性の成分Bはイベント3において、中極性の成分Cはイベント2において、最も大きな強度でイオンが検出されている。イオンの検出強度はイオンが生成された量を反映している。即ち、高極性の成分Aのイオン化にはイベント1の条件が最適であり、低極性の成分Bのイオン化にはイベント3の条件が最適であり、さらに中極性の成分Cのイオン化にはイベント2の条件が最適であることが分かる。
【0033】
最後に、質量分析結果選出部44が、各成分について、それぞれイベント1〜3におけるイオンの検出強度を比較し、最も検出強度が大きいものを抽出してマススペクトルを再構成し(
図6(d))、質量分析結果表示部46に再構成したマススペクトルを表示部7に表示させる。こうして、試料中に含まれている、極性が異なる複数の成分のそれぞれについて十分な強度で検出可能な量のイオンを生成して、高感度かつ高精度の質量分析結果を得ることができる。
【実施例2】
【0034】
実施例2の質量分析方法では、未知の液体試料を多重反応モニタリング(MRM:Multiple Reaction Monitoring)分析するための条件(MRMメソッド)を最適化する。本実施例では、未知の液体試料について、高極性の成分A、低極性の成分B、及び中極性の成分Cを目的成分とするMRM分析を行うための分析条件(MRMメソッド)を最適化する方法を説明する。
【0035】
MRM分析では、目的成分のそれぞれについて、前段四重極マスフィルタ231において特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選択的に通過させ、該プリカーサイオンをコリジョンセル232においてCIDガスと衝突させることにより開裂させて各種のプロダクトイオンを生成させる。そして、後段四重極マスフィルタ234において特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンを選択的に通過させ、イオン検出器235で検出する。従って、MRM分析を行うためには、目的成分のそれぞれについて、前段四重極マスフィルタ231で選択するプリカーサイオンの質量電荷比と、後段四重極マスフィルタ234で選択するプロダクトイオンの質量電荷比を予め決めておく必要がある。なお、以下の説明では、MRM測定におけるプリカーサイオンとプロダクトイオンの組をMRMトランジションと呼ぶ。
【0036】
MRM分析は主に目的成分の定性や定量を目的として行われ、プロダクトイオンの検出強度が大きいほど分析の精度を高めることができる。従って、通常、MRMトランジションに加え、コリジョンセル232においてプリカーサイオンとCIDガスを衝突させる際に付与する衝突エネルギー(CE:Collision Energy)も、プロダクトイオンの生成効率が最も高くなるように最適化される。本実施例ではさらに、イオン化室20における
プリカーサイオンの生成効率が最も高くなるように、イオン化条件も最適化する。
【0037】
以下、MRMメソッドの最適化の手順について
図7のフローチャートを参照して説明する。
まず、イオン化条件設定部42は、液体試料のイオン化条件及びプリカーサイオンを決定するための質量分析条件の設定画面を表示部7に表示し(ステップS21)、分析者に設定を促す。分析者に設定させる質量分析条件の項目も実施例1と同様である。イオン化条件設定部42は、設定された質量分析条件を分析(イベント)の条件として記憶部41に保存する(ステップS22)。本実施例では、
図3に示したイベント1〜3を用いる。
【0038】
次に、質量分析実行部43が設定された条件に従って質量分析(Q1scan)を実行し(ステップS23)、各イベントについてプリカーサイオンのマススペクトルを取得する(ステップS24)。質量分析結果表示部46は、これらのマススペクトルを表示部7に表示する。そして、質量分析結果選出部44は、各イベントについて取得したマススペクトルを比較し、各成分について最も強度が大きいマスピークを抽出する(ステップS25)。そして、イオン化条件決定部45は、そのマスピークが出現したイベントのイオン化条件を当該成分のイオン化条件として決定し、また、該マスピークに対応するイオンをプリカーサイオンに設定する(ステップS26)。この段階で、高極性の成分A、低極性の成分B、及び中極性の成分Cのイオン化条件として、それぞれイベント1、イベント
3、及びイベント
2のイオン化条件がそれぞれ決まる。ここでは、最も強度が大きいマスピークを1つ抽出したが、強度が大きい順に複数のマスピークを抽出して複数のプリカーサイオンを設定してもよい。例えば、MRM分析において定量用のMRMトランジションと確認用のMRMトランジションをそれぞれ使用する場合には複数のプリカーサイオンを設定する。
【0039】
以下の手順は、MRMメソッドを最適化するために従来から用いられているものと同様であるため、簡単に説明する。
各目的成分について、イオン化条件とプリカーサイオンを決定すると、再び質量分析実行部43が、決定したイオン化条件を用い、CEが異なる複数の条件を設定してプロダクトイオンスキャン測定を行う(ステップS27)。つまり、前段四重極マスフィルタ231では先に決定したプリカーサイオンを選択的に通過させ、コリジョンセル232においてプリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成し、後段四重極マスフィルタ234を通過させるイオンの質量電荷比を連続的に変化させてプロダクトイオンスキャンスペクトルを取得する。質量分析結果表示部46は、CE値が異なる複数の条件でそれぞれ取得されたプロダクトイオン表示部7に表示する。そして、質量分析結果選出部44は、各成分についてそれぞれ得た複数のプロダクトイオンスキャンスペクトルを比較し、強度が最も大きいマスピークを抽出し(ステップS28)、該マスピークに対応するプロダクトイオンとCE値を決定する(ステップS29)。こうして決定したイオン化条件、MRMトランジション(プリカーサイオンの質量電荷比及びプロダクトイオンの質量電荷比)、及びCE値を含むMRMメソッドが作成され、記憶部41に保存される(ステップS30)。ところで、プロダクトイオンスキャン測定のスキャン速度が速い場合には、プロダクトイオンスキャン測定時の質量電荷比とMRM分析時の質量電荷比に質量ずれが生じることがある。この場合には、当該質量分析装置について予め作成されている校正テーブルに基づく質量補正を行った後に、MRMメソッドを作成することが望ましい。
【0040】
従来のMRMメソッド作成では、イオン化室20におけるイオン化条件の最適化は行われていなかったため、成分の極性によってはイオンの生成効率が悪く、MRM測定において十分な検出強度が得られない場合があったが(
図8(a))が、MRMメソッドを最適する際に各成分のイオン化条件も最適化しておくことによって、成分の極性を問わず、十分な強度で検出可能な量のイオンを生成し、高感度でMRM測定を行うことができる(
図8(b))。
【実施例3】
【0041】
実施例3では、LC/MSを用いたMRM分析において最適なマスクロマトグラムを取得する例を説明する。本実施例における目的成分は中極性の成分Cである。該成分Cに対するMRMトランジションとCE値は、化合物データベース等を参照して予め決められている。
【0042】
本実施例では、イオン化条件設定部42により表示部7に表示された質量分析設定画面において、分析者がAPCI電圧が異なる複数のMRM分析条件を設定する(イベント11〜15、
図9)。そして、質量分析実行部43が、イベント11〜15を繰り返し実行して各イベントについてマスクロマトグラムを取得する(
図10)。続いて、質量分析結果選出部44が、各イベントのマスクロマトグラムのS/N比の値を計算し、最もS/N比の値が大きいマスクロマトグラムを抽出する。マスクロマトグラムのS/N比の値は、例えば、クロマトグラムにおけるピークの強度と、ピークを除いた領域の強度のRMS値の比を計算することにより求めることができる。
【0043】
図11に示すように、S/N比の値が最大になるイオン化条件(APCI電圧:1kV)と、強度が最大になるイオン化条件(APCI電圧:2kV)が異なる場合がある。こうした場合に、強度が最大になる条件を選択すると、ピーク強度そのものが大きくてもノイズ強度との差が小さく、ピークを判別することが難しい場合がある(図
12)。こうした場合には、本実施例のようにS/N比の値が最大になるイオン化条件を選択することが好ましい。
【0044】
上記の各実施例はいずれも一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施例ではESI電圧を一定としAPCI電圧のみが異なる複数のイオン化条件を設定したが、ESI電圧とAPCI電圧の両方がそれぞれ異なる複数のイオン化条件を設定したり、あるいはESI電圧のみが異なる複数のイオン化条件を設定することもできる。
【0045】
上記実施例では、タンデム四重極型の構成を有する質量分析装置を例に挙げたが、四重極型に限らず飛行時間型の質量分析装置等を用いることができる。また、上記実施例ではMSあるいはMS/MSにおける測定の一例について説明したが、他の測定方法(SIM測定等)やイオントラップを備えた質量分析装置におけるMS
n分析において用いることもできる。