【実施例】
【0056】
以下、実施例および参考例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されない。
【0057】
≪実験手法≫
<1.ヒト脳毛細血管内皮細胞の条件的不死化クローンβ(HBMEC/ciβ)の作製>
文献(Kamiichi A et al., Brain Res 2012:1488;113-122)に記載された方法に従って、temperature-sensitive simian virus 40 large T antigen(tsSV40T)遺伝子およびhuman telomerase catalytic subunit(hTERT)遺伝子を、レンチウイルスベクターを用いて正常ヒト脳毛細血管内皮細胞(ロット番号RI-376、DSファーマバイオメディカル株式会社、大阪)に導入することにより、HBMEC/ciβを作製した。HBMEC/ciβの培養培地には、CSC-Complete Recombinant Medium(Cell systems corporation, Kirkland, WA, USA)に2% (v/v) Defined CultureBoost-R(Cell systems corporation)および50 units/mL penicillin-50 μg/mL streptomycin(和光純薬工業株式会社、大阪)を加えたもの(CSC Mediumとする)を用い、ここにBlasticidin S HClを4 μg/mLの濃度で添加して使用した。細胞の培養は、5% CO
2/95%空気を気相とした33℃または37℃のCO
2インキュベーター中でおこなった。培養ディッシュおよびインサートは、collagen type-I(SIGMA, St. Louis, MO, USA)を用いてコートした。
【0058】
<2.細胞単層培養法>
HBMEC/ciβを培養ディッシュおよび24-wellプレート用インサート(ポリエチレンテレフタレート製、0.4 μm高密度ポア、細胞培養有効面積0.33 cm
2)(BD Falcon
TM, Franklin Lakes, NJ, USA)にそれぞれ細胞密度1.0×10
5 cells/mLおよび4.0×10
5 cells/mLで播種した。インサートを用いた培養法は、in vitro血液脳関門モデル作製に汎用される方法であり、これに従い培養したHBMEC/ciβは血液脳関門機能を有することがこれまでに明らかとなっている(Kamiichi A et al., Brain Res 2012:1488;113-122)。これら細胞について、2種の培養法(33℃のみで12日間培養する33℃法、および33℃で9日間培養した後37℃に切り替えて3日間培養する37℃法)により培養をおこなった。培地交換はまず播種後3日目におこない、以後は1日おきにおこなった。培養最終日に細胞の回収またはアッセイをおこなった。
【0059】
<3.
Cypridina noctiluca Luciferase (C-Luc)の透過性試験>
3−1.C-Luc溶液の調製
293FT細胞をInvitrogen(Carlsbad, CA, USA)より入手し、D-MEMを用いて5% CO
2/95%空気を気相とした37℃のCO
2インキュベーターにて培養した。293FT細胞溶液(8.0 ×10
5 cells)を調製して250 ngのpCL-sv vector(アトー株式会社、東京)と混合し、Multifectam(Promega, Madison, WI, USA)を用いてリバーストランスフェクションをおこなった。
図1のAは、ベクター購入元のアトー製品情報(http://ns.atto.co.jp/pdf/Cluc.pdf)を基に作成したpCL-sv vectorの構造を説明するための説明図である。トランスフェクションの24時間後に培地をCSC Defined Medium(Cell systems corporation)に2% (v/v) Defined CultureBoost-Rおよび50 units/mL penicillin-50 μg/ml streptomycinを加えた培地(CSC Serum Free Mediumとする)へ交換し、さらに48時間培養をおこなった。この培地を回収し、C-Luc活性をC-Luc reporter kit(アトー)およびGloMax(登録商標)20/20n Luminometer(Promega)により解析した。なお、結果解析ではC-Luc活性による蛍光強度10,000 RLUを1ユニットと定義した。
【0060】
3−2.C-Luc透過性実験
HBMEC/ciβを24-wellプレート用インサートに播種し、上記「2.細胞単層培養法」に示す方法に従い培養した。アッセイ前に培地をCSC Serum Free Mediumに交換し、37℃で30分以上のプレインキュベーションをおこなった。インサートのapical側にC-Luc溶液を50,000 ユニット添加し、37℃で上部(apical側)から下部(basolateral側)への輸送実験をおこなった。阻害実験では、アプロチニン(200 μg/mL, Sigma)、またはヒトトランスフェリン(6 μg/mL, 和光純薬工業)をC-Luc溶液添加の30分前にapical側に添加した。C-Luc添加時を0分(T=0)とし、T=0, 15, 30, 45, 60, 75, 90[分]において、インサートを予め培地を入れた隣のウェルに順次移した。それぞれのbasolateral側の培地を用いて、C-Luc活性をC-Luc reporter kit(アトー)およびGloMax(登録商標)20/20n Luminometerにより解析した。T=0から各時間までのbasolateral側C-Luc活性の和を、各時間におけるC-Luc透過量とし、添加ユニット数で補正した。これにより得られた値を用いてapical側へのC-Luc添加量に対するC-Luc透過量の割合(%)を算出し、経時的にプロットした。統計計算は、Statcel第3版(OMS、東京)を用い、Studentのt検定によりおこなった。
【0061】
3−3.Na
+-フルオレセイン透過性実験
HBMEC/ciβを、上述のとおりインサートに播種して培養し、プレインキュベーションをおこなった。インサートのapical側に最終濃度500 ng/mLとなるようにNa
+-フルオレセイン(SIGMA)水溶液を添加し、37℃でアッセイを開始した。Na
+-フルオレセイン添加時を0分(T=0)とした。T=40[分]においてインサートのbasolateral側から20 μL培地を回収し、回収した培地中のフルオレセインの蛍光をARVO-SX(PerkinElmer, Waltham, MA, USA)を用いて、励起波長485 nm、蛍光波長535 nmで測定した。そして、Na
+-フルオレセインのapical側からbasolateral側への透過性を示すP
app値を、以下の式を用いて求めた。
【0062】
【数1】
【0063】
<4.LDLR mRNAおよびLRP-1 mRNA発現量の測定>
4−1.Total RNA抽出およびcDNA合成
上記33℃法および37℃法で培養したHBMEC/ciβから、FastPure
TM RNA Isolation Kit(タカラバイオ株式会社)を用いて全RNAを抽出した。ゲノムDNAはDNase I(Roche, Basal, Switzerland)にて除去した。cDNAの合成は、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kits(Applied Biosystems, Foster City, USA) を用いておこなった。
【0064】
4−2.定量的リアルタイムPCR法
Δ 上記4−1で合成したcDNAを鋳型とし、下記の表1に示すプライマーを用いてプローブ法またはSyber green法を用いて、LDLR mRNA、LRP-1 mRNA、Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)mRNAの発現量を解析した。プローブ法では、下記の表1に示すとおりアッセイ特異的なUniversal Probe(Roche)およびEagle Taq Master Mix with ROX(Roche)を用い、Syber green法ではKAPA
TM SYBR(登録商標)FAST qPCR Kit(KAPA BIOSYSTEMS, Boston, MA, USA)を用いた。LDLR mRNAおよびLRP-1 mRNAの発現量は、GAPDH mRNAの発現量を用いてΔΔCt法により解析した。
【0065】
【表1】
【0066】
<5.細胞画分の調製>
HBMEC/ciβを培養ディッシュに細胞密度3.2×10
5cells/mLで播種し、33℃法および37℃法で培養をおこなった。Phosphate-buffered saline(PBS)(-)で細胞層をリンスし、0.5% Protease Inhibitor Cocktail(Calbiochem, Nottingham, UK)と最終濃度1 mM phenylmethanesulfonylfluorideを加えたlysis buffer(1% Nonidet P-40, 20 mM Tris, 150 mM NaCl, 5 mM EDTA, pH7.5)で溶解し、全細胞溶解液とした。全細胞溶解液のタンパク質濃度はD
C protein assay kit II(Bio-Rad laboratories, Hercules, CA, USA)を用いて測定した。
【0067】
<6.ウエスタンブロッティング法>
上記33℃法および37℃法で培養したHBMEC/ciβにおけるLDLRおよびLRP-1のタンパク質発現を、ウエスタンブロッティング法により解析した。この際、β-actinの発現をコントロールとして用いた。全細胞溶解液30 μgを、8.5% SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により分離した後、Immobilon-P Transfer Membrane(Millipore, Billerica, MA, USA)に転写した。転写後の膜を、5%スキムミルクを加えた0.05% Tween20含有Tris-Buffered Saline(SM/TBS/t)を用いてブロッキングした。一次抗体としては、LDL Receptor (C-term) Rabbit Monoclonal Antibody(EPITOMICS, Burlingame, CA, USA)または LRP-1 Rabbit Monoclonal Antibody(EPITOMICS)をCan Get Signal Solution 1(東洋紡株式会社、大阪)でそれぞれ5,000倍、40,000倍に希釈したもの、およびanti-β-actin produced in rabbit(SIGMA)を1% BSA含有TBS/t(BSA/TBS/t)で5,000倍に希釈したものを用いた。二次抗体としては、anti-Rabbit IgG (whole molecule)-peroxidase antibody produced in goat(SIGMA)をCan Get Signal Solution 2(東洋紡)またはBSA/TBS/tで100,000倍希釈したものを用いた。蛍光検出はECL
TM Western Blotting Detection Reagents(GE Healthcare Life Sciences)またはImmunoStar(登録商標)LD(和光純薬工業)およびLAS-1000(富士フイルム)によりおこなった。
【0068】
<7.データベース解析>
C-Lucとヒトタンパク質とのアミノ酸配列相同性の解析を、National Center for Biotechnology InformationのBLAST解析(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/)によりおこなった。また、C-Lucの機能ドメインをProsite(http://prosite.expasy.org/)により解析した。
【0069】
≪結果および考察≫
<1.C-Lucのin vitroヒト血液脳関門透過性>
上記「3−2.C-Luc透過性実験」では、HBMEC/ciβを用いて33℃法によりin vitroヒト血液脳関門モデルを作製し、C-Lucを血管側インサートウェルに添加して、その血液脳関門透過性を解析した。その結果を
図2のAに示す。ここで、
図2のA(および後述する
図2のB)には、添加後90分における透過量を数値で示しており、アプロチニンまたはトランスフェリンの存在下・非存在下における差の検定結果もあわせて示す。データは3回の独立した実験(n=3)より得られた平均値および標準偏差である。
図2のAに示すように、C-Lucは経時的に脳側ウェルに移行し、添加後90分においてその透過量は添加量の1.43±0.06(%)であった。さらに、C-Lucの透過はアプロチニンの存在下において有意に阻害され、透過量は1.16±0.05(%)(P=0.004)にまで低下した。一方、同時点におけるトランスフェリン存在下でのC-Luc透過量は、1.46±0.02(%)(P=0.59)であり、C-Lucの透過はトランスフェリンにより阻害されなかった。
【0070】
HBMEC/ciβは、37℃で培養することによりその分化形質が向上することが知られている。そこで、上記「3−2.C-Luc透過性実験」では、37℃法によりin vitroヒト血液脳関門モデルを作製して同様の実験をおこなった。その結果を
図2のBに示す。
図2のBに示すように、添加後90分におけるC-Lucの透過量は3.2倍増大し、添加量の4.53±0.78(%)(P=0.003)となった。また、33℃法(
図2のA)と同様、この透過量はアプロチニン存在下で有意に低下して2.88±0.70(%)(P=0.02)となったが、トランスフェリン存在下ではほとんど変化しなかった(4.12±0.96(%)、P=0.61)。
【0071】
続いて、これら透過性実験時におけるin vitro血液脳関門モデルの密着結合能を、細胞間隙透過の指標となるNa
+-フルオレセイン透過性(P
app)を用いて解析した(上記「3−3.Na
+-フルオレセイン透過性実験」)。その結果を
図3に示す。ここで、
図3に示すデータは3回の独立した実験(n=3)より得られた平均値および標準偏差であり、平均値を各グラフの上に示す。また、
図3における+および−はそれぞれアプロチニンまたはトランスフェリンの存在下、非存在下を示す。
図3に示すように、33℃法および37℃法いずれのin vitro血液脳関門モデルにおいてもNa
+-フルオレセインP
appは既報のin vitro血液脳関門モデルと同等の値であり、アプロチニンまたはトランスフェリン添加によるNa
+-フルオレセイン透過への影響は認められなかった。したがって、C-Luc透過に対するアプロチニンの抑制効果は、密着結合能の増強を介したものではないと考えられる。また、37℃法のNa
+-フルオレセインP
appは、33℃法のP
appと比較して約1.3倍上昇していたが、これは37oC法におけるC-Lucの透過性増大量(3.2倍)よりも小さい。したがって、37℃法におけるC-Lucの透過量上昇には密着結合能の減弱が関与する可能性も否定できないものの、その寄与は小さいと考えられる。
【0072】
以上のことから、C-Lucはトランスフェリン感受性ではなく、主にアプロチニン感受性の経路により血液脳関門を透過すると考えられる。これまでにアプロチニンおよびトランスフェリンはそれぞれ血液脳関門に発現する細胞膜受容体LRP-1およびトランスフェリン受容体によりトランスサイトーシスされて血管側から脳側へ移行することが報告されている。したがって、C-Lucの血液脳関門透過にはトランスフェリン受容体ではなく、LRP-1を介したトランスサイトーシスが関与すると考えられた。
【0073】
<2.HBMEC/ciβにおけるLRP-1の発現とその温度依存性発現上昇>
培養温度を33℃から37℃へ上昇させることによりC-Lucの血液脳関門透過量が増大した(
図2のAおよびB)ことから、33℃法および37℃法培養時のHBMEC/ciβにおけるLRP-1の発現量を解析した(上記「4.LDLR mRNAおよびLRP-1 mRNA発現量の測定」並びに「6.ウエスタンブロッティング法」)。その結果を
図4のA(定量的リアルタイムPCR法によるmRNA発現量の測定結果)およびB(ウエスタンブロッティング法によるタンパク質発現量の測定結果)にそれぞれ示す。ここで、
図4のAおよびBに示すデータは、それぞれ3回および2回の細胞培養実験(n=3、n=2)より得られたデータの平均値および標準偏差を用いたものである。
図4のAおよびBに示すように、LRP-1 mRNAおよびタンパク質の発現は33℃培養下のHBMEC/ciβにおいても認められ、さらにそれらの発現レベルは37℃培養下において著しく上昇することが明らかとなった。一方、トランスサイトーシス能を有する別の細胞膜受容体LDLRでは、その発現は認められたものの、発現レベルに温度依存性は認められなかった。
【0074】
したがって、HBMEC/ciβの培養温度上昇に伴うLRP-1発現レベル上昇が、37℃法におけるC-Lucの血液脳関門透過量増大に関与すると考えられた。
【0075】
<3.C-Lucアミノ酸配列とヒト遺伝子アミノ酸配列の相同性解析>
C-Lucは
Cypridina noctiluca由来であり、元来ヒトには存在しない。また、C-Lucはアプロチニン(ウシ遺伝子)とも相同性を持たない。したがって、C-Lucはなんらかのヒトタンパク質との相同領域を介してLRP-1に認識されると考えられる。そこで、上記「7.データベース解析」に示すようにデータベース解析をおこない、ヒトタンパク質との相同領域の探索をおこなった。その結果、C-Lucは以下の8種のヒトタンパク質と相同性を有する領域を持つことが明らかとなった:
・IgGFc-binding protein precursor [NP_003881.2]
・mucin glycoprotein [AAQ82434.1]
・zonadhesin [AAC78790.1]
・kielin/chordin-like protein isoform 1 precursor [NP_001129386.1]
・alpha-tectorin [AAC26019.1]
・von Willebrand factor (vWF) [AAH22258.1]
・BMP-binding endothelial regulator protein precursor [NP_597725.1]
・otogelin-like protein precursor [NP_775862.3])
これら8種の遺伝子のうち、vWFはLRP-1により認識されうることが従来報告されているものの、その認識配列は明らかとなっていない。また、vWF以外の上記遺伝子とLRP-1との相互作用は報告されていない。したがって、C-Lucが内在するLRP-1認識配列は既報のLRP-1リガンドとは異なるアミノ酸配列を有する可能性が考えられる。
【0076】
さらにProsite(http://prosite.expasy.org/)によるデータ解析を進めたところ、C-LucはvWF Dドメイン(配列番号:3)と相同性の高い領域を2つ有しており、これら領域が上記タンパク質と相同性を示すことが明らかとなった。
図1のBに示すC-Lucのアミノ酸配列(配列番号:1)におけるこの2つの領域を下線で示す。また、上記2つの領域のうち、vWF Dドメインとの相同性がより高い後半領域について、上記8種の遺伝子のアミノ酸配列との相同性を解析した結果を
図5に示す。なお、
図5において「−(ハイフン)」はギャップを示す。
【0077】
以上に示す結果から、C-Lucはin vitroにおいてヒト血液脳関門透過性を示し、その血液脳関門透過にはLRP-1を介したトランスサイトーシスが関与すると考えられた。LRP-1によるC-Lucの認識機構は明らかになっていないものの、C-Lucは新規アミノ酸配列を介してLRP-1に認識される可能性が考えられた。そして、当該新規アミノ酸配列は、vWF Dドメインとの間で高い相同性を示す領域である可能性も考えられた。