特許第6110318号(P6110318)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヒューマンザイム インコーポレーテッドの特許一覧

<>
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000006
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000007
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000008
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000009
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000010
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000011
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000012
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000013
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000014
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000015
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000016
  • 特許6110318-線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体 図000017
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6110318
(24)【登録日】2017年3月17日
(45)【発行日】2017年4月5日
(54)【発明の名称】線維芽細胞増殖因子の熱安定性変異体
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20170327BHJP
   C07K 14/50 20060101ALI20170327BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20170327BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C07K14/50
   C12N5/0735
【請求項の数】15
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-556867(P2013-556867)
(86)(22)【出願日】2012年3月1日
(65)【公表番号】特表2014-507951(P2014-507951A)
(43)【公表日】2014年4月3日
(86)【国際出願番号】US2012027310
(87)【国際公開番号】WO2012158244
(87)【国際公開日】20121122
【審査請求日】2015年2月9日
(31)【優先権主張番号】61/448,107
(32)【優先日】2011年3月1日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513218466
【氏名又は名称】ヒューマンザイム インコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100122389
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 栄一
(74)【代理人】
【識別番号】100111741
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 夏夫
(74)【代理人】
【識別番号】100171505
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 由美
(72)【発明者】
【氏名】チョン,スン,ソグ
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第03/094835(WO,A2)
【文献】 特開平04−330097(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C07K 14/50
UniProt/GeneSeq
DDBJ/GeneSeq
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下:
(i) Q65およびN111の位置にアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体、または該アミノ酸置換を含むその断片であって、Q65の位置のアミノ酸置換がQ65L、Q65I、およびQ65Vからなる群より選択され、N111の位置のアミノ酸置換がN111AおよびN111Gからなる群より選択され、配列番号2で示される野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する、上記変異体、またはその断片;
(ii) 配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有する(i)の変異体、またはその断片であって、配列番号2で示される野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する、上記変異体、またはその断片
からなる群より選択されるポリペプチドをコードする、単離されたポリヌクレオチド。
【請求項2】
コードされるポリペプチドがアミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む、請求項1に記載の単離されたポリヌクレオチド。
【請求項3】
コードされるポリペプチドが配列番号8を含む、請求項1に記載の単離されたポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項1に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項5】
請求項2に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項6】
以下:
(i) Q65およびN111の位置にアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体、または該アミノ酸置換を含むその断片であって、Q65の位置のアミノ酸置換がQ65L、Q65I、およびQ65Vからなる群より選択され、N111の位置のアミノ酸置換がN111AおよびN111Gからなる群より選択され、配列番号2で示される野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する、上記変異体、またはその断片;
(ii) 配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有する(i)の変異体、またはその断片であって、配列番号2で示される野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する、上記変異体、またはその断片
からなる群より選択される単離されたポリペプチド。
【請求項7】
アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む、請求項6に記載の単離されたポリペプチド。
【請求項8】
配列番号8を含む、請求項6に記載の単離されたポリペプチド。
【請求項9】
有効量の請求項6記載のポリペプチドを含むフィーダー非依存的培養培地中で胚性幹細胞を培養するステップを含む、胚性幹細胞を培養する方法であって、該有効量は、少なくとも5回の継代の間、未分化形態を有する細胞を維持するために必要な量を含む、上記方法。
【請求項10】
フィーダー非依存的培地が、hESF9、mTeSR1、またはSTEMPRO(登録商標)である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
胚性幹細胞が、ヒトES細胞、マウスES細胞、ウシES細胞、またはネコES細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
配列番号8、およびアミノ酸置換Q56I、N102G、およびC87Sを含む配列番号4の変異体からなる群より選択される有効量のポリペプチドと、ヒト胚性幹細胞とを接触させるステップを含む、ヒト胚性幹細胞を未分化状態で維持する方法であって、該ポリペプチドが配列番号2で示される野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する、上記方法。
【請求項13】
ポリペプチドの有効量が、1.0ng/μL培養培地〜100ng/μL培養培地である、請求項9または12に記載の方法。
【請求項14】
コードされるポリペプチドがアミノ酸置換C78Sを更に含む、請求項2に記載の単離されたポリヌクレオチド。
【請求項15】
アミノ酸置換C78Sを更に含む、請求項6に記載の単離されたポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2011年3月1日出願の米国仮出願第61/448,107号に基づく優先権を主張し、該出願の全内容は参照により本明細書中に組み入れられる。
【0002】
発明の分野
本発明の技術は、増大した熱安定性を有する遺伝子操作された線維芽細胞増殖因子-2(FGF2)、および胚性幹細胞を培養するためのその使用に関する。
【背景技術】
【0003】
ヒト胚性幹細胞は典型的には、塩基性線維芽細胞増殖因子タンパク質を含有する培地中で培養される。増殖因子は通常、線維芽細胞フィーダー層の形で、または線維芽細胞馴化培地の使用により供給される。組み換え増殖因子およびサイトカインを用いたそのような培地の栄養補完は、胚性幹細胞および誘導された多能性(pluripotent)幹細胞の両方の自己再生ならびに分化の促進を助ける。
【0004】
これに関して、線維芽細胞増殖因子-2(FGF2)は、細胞を未分化状態で維持するのを助けるので、ヒト胚性幹細胞培養培地の重要な成分である。つまり、FGF2の一つの機能は、細胞の多能性期(pluripotency period)を長引かせ、結果として、種々の異なる細胞タイプに分化するその能力を長引かせることである。Xu C, et al. (2005) Stem Cells 23:315-323を参照されたい。十分に高濃度のFGF2は、線維芽細胞を含有しない線維芽細胞非馴化培地中でのヒト胚性幹細胞の培養を可能にする。Levenstein ME, et al. (2006) Stem Cells 24:568-574を参照されたい。
【0005】
しかしながら、FGF2は、37℃にて長期間、胚性幹細胞と共にインキュベートした場合に、線維芽細胞馴化培地中よりも線維芽細胞非馴化培地中の方がより速く分解される。Levenstein ME, et al. (2006) Stem Cells 24:568-574を参照されたい。結果として、培養物中で有効な濃度を維持するために、毎日のように新鮮なFGF2を非馴化培地に添加することが通常必要である。培養中のFGF2の短い半減期は、幹細胞に基づく治療薬を製造するために大規模細胞培養を用いる製造スキームの文脈では特に、コストの観点から産業上の懸念事項である。
【発明の概要】
【0006】
本開示は、一般的には、胚性幹(「ES」)細胞の培養のための組成物および方法を提供する。具体的には、本開示は、野生型FGF2と比較して増大した熱安定性を有するFGF2変異体を提供する。
【0007】
一部の実施形態では、組成物は、以下のものからなる群より選択されるポリペプチドをコードする単離されたポリヌクレオチドを含む:(i) Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体、またはその断片;ならびに(ii) Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチド、またはその断片。
【0008】
一部の実施形態では、コードされるポリペプチドは、アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む。一部の実施形態では、コードされるポリペプチドが配列番号8を含む、請求項1に記載の単離されたポリヌクレオチドである。
【0009】
別の態様では、本開示は、以下のものからなる群より選択されるポリペプチドをコードする単離されたポリヌクレオチドを含む発現ベクターを提供する:(i) Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体、またはその断片;ならびに(ii) Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチド、またはその断片。一部の実施形態では、コードされるポリペプチドは、アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む。一部の実施形態では、発現ベクターは、配列番号8のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む。
【0010】
別の態様では、本開示は、以下のものからなる群より選択される単離されたポリペプチドを提供する:(i) Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体、またはその断片;ならびに(ii) Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチド、またはその断片。一部の実施形態では、ポリペプチドは、アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む。一部の実施形態では、ポリペプチドは、配列番号8を含む。
【0011】
別の態様では、本開示は、請求項6に記載の有効量のポリペプチドを含むフィーダー非依存的培養培地中で胚性幹細胞を培養するステップを含む、胚性幹細胞の培養方法を提供し、ここで、有効量は、少なくとも5回の継代の間、未分化形態を有する細胞を維持するために必要な量を含む。一部の実施形態では、フィーダー非依存的培地は、hESF9、mTeSR1、またはSTEMPRO(登録商標)である。一部の実施形態では、ポリペプチドの有効量は、約1.0ng/μL培養培地〜約100ng/μL培養培地である。一部の実施形態では、胚性幹細胞は、ヒトES細胞、マウスES細胞、ウシES細胞、またはネコES細胞である。
【0012】
別の態様では、本開示は、有効量の配列番号8を含むポリペプチドまたはアミノ酸置換Q56I、N102G、およびC87Sを含む配列番号4の変異体と、ヒト胚性幹細胞とを接触させるステップを含む、ヒト胚性幹細胞を未分化状態で維持するための方法を提供する。一部の実施形態では、ポリペプチドの有効量は、約1.0ng/μL培養培地〜約100ng/μL培養培地である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1-1】ヒトFGF2(塩基性FGF)を示す図である。N末端プロペプチドには下線を引き、その後に146アミノ酸の成熟分泌ペプチドが続く。4個のシステインを太下線で示す。
図1-2】図1−1の続きである。
図1-3】図1−2の続きである。
図2】ヒト細胞での野生型FGF2発現のSDS-PAGEクマシー染色およびウエスタンブロットを示す図である。
図3】共通の構造を有するヒトFGF1(3FJF;左)およびFGF2(1EV2;右)のX線結晶構造を示す図である。
図4】ヒトFGF1およびFGF2のペアワイズ配列アライメントを示す図である。4個の遺伝子操作標的残基は黒四角で囲っている。
図5】(a)受容体に結合したヒトFGF2のX線結晶構造を示す図である。可溶性を改善するために、4個のシステインすべてをセリンに突然変異させた。遺伝子操作標的残基の位置は、(b) Q65、(c) N111、(d) C78、および(e) C96である。
図6】ヒト細胞由来の3種類の遺伝子操作型FGF2の発現解析を示す図である。
図7】SDS-PAGEクマシー染色を介して可視化したQNCm FGF2培養上清(左パネル)および精製タンパク質(右パネル)を示す図である。精製タンパク質の抗FGF2ウエスタンブロット(中央パネル)を示す。
図8】細胞増殖ベースのアッセイで、FGF2 QNCmは、野生型FGF2と比較して増大した熱安定性を示す。
図9】細胞増殖ベースのアッセイで、FGF2 QNCm(黒丸により示す)は市販の野生型FGF2(黒四角で示す)と比較して増大した活性を示す。
図10】(a)形のよいヒトES細胞コロニーを示す図である;(b) Nanogプロモーター(多能性(pluripotency)関連遺伝子、すなわち幹細胞遺伝子)にmCherryレポーターを連結してある。分化細胞では、Nanogの欠失またはダウンレギュレーションが見出される;(c)「ドーナツ」を示す分化した幹細胞コロニーである;(d) CのmCherry染色である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
一般論
本発明の一部の態様、様式、実施形態、変形および特徴は、本発明の実質的な理解をもたらすために、種々の詳細さのレベルで以下に説明されることが理解されるべきである。
【0015】
本開示は、野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する遺伝子操作されたFGF2分子に関する。遺伝子操作された分子は、野生型タンパク質と比較してヒト細胞培養中で長い半減期を有し、ヒト細胞での組み換えタンパク質の大規模生成に対してより貢献する。
【0016】
本発明の1以上の実施形態の詳細を、以下の添付の説明の中で示す。本明細書中に記載されたものに類似かまたはこれと同等のいかなる方法および材料でも本発明の実施または試験で用いることができるが、好適な方法および材料をここで説明する。本発明の他の特徴、対象、および利点は、説明および特許請求の範囲から明らかであろう。一般的に、酵素反応および精製ステップは、製造業者の説明書に従って行なう。
【0017】
本明細書中に記載された技術および手順は、一般的に、当技術分野の従来法および本明細書全体にわたって提供されているさまざまな一般的参考文献に従って行なわれる。一般に、以下の文献をそれぞれ参照されたい:Current Protocols in Molecular Biology, Vols. I-III, Ausubel, Ed. (1997);Sambrook et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Second Ed. (Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY, 1989);DNA Cloning: A Practical Approach, Vols. I and II, Glover, Ed. (1985);Oligonucleotide Synthesis, Gait, Ed. (1984);Nucleic Acid Hybridization, Hames & Higgins, Eds. (1985);Transcription and Translation, Hames & Higgins, Eds. (1984);Animal Cell Culture, Freshney, Ed. (1986);Immobilized Cells and Enzymes (IRL Press, 1986); Perbal, A Practical Guide to Molecular Cloning;the series, Meth. Enzymol., (Academic Press, Inc., 1984);Gene Transfer Vectors for Mammalian Cells, Miller & Calos, Eds. (Cold Spring Harbor Laboratory, NY, 1987);およびMeth. Enzymol., Vols. 154 and 155, Wu & Grossman, and Wu, Eds.。一般的に、本明細書中で用いられる命名法ならびに以下に記載される細胞培養、分子遺伝学、有機化学、分析化学および核酸化学およびハイブリダイゼーションでの実験室手順は、当技術分野で周知であり、かつ通常用いられるものである。核酸およびペプチド合成のために、標準的技術を用いる。化学合成および化学分析のために、標準的技術(またはその改変)を用いる。本明細書中で引用されるすべての参考文献は、個々の刊行物、特許、または特許出願が、すべての目的のためにその全体で参照により具体的かつ個別に組み入れられるのと同程度に、すべての目的のためにその全体で参照により本明細書中に組み入れられる。
【0018】
定義
本明細書中で用いる場合の一部の用語の定義を、以下に示す。特に定義しない限り、本明細書中で用いられるすべての技術用語および科学用語は、一般的に、本発明が属する技術分野の当業者により通常理解されるのと同じ意味を有する。
【0019】
本明細書および添付の特許請求の範囲で用いる場合、単数形「a」、「an」および「the」は、文脈により特に明らかに指図されない限り、複数の指示対象を含む。例えば、「細胞(a cell)」に対する言及は、2以上の細胞の組み合わせなどを含む。
【0020】
本明細書中で用いる場合、「約(about)」は当業者により理解されるであろうし、またそれが用いられる文脈に依ってある程度変化するであろう。用いられる文脈を考慮して当業者にとって明瞭でなくこの用語が用いられている場合、「約(about)」は、特定の用語のプラスマイナス10%までを意味するであろう。
【0021】
本明細書中で用いる場合、「FGF2」とは、ヒト線維芽細胞増殖因子-2を意味する。ヒトFGF2は、146アミノ酸長を有する16kDaのタンパク質である。図1ならびに配列番号1および2を参照されたい。増殖因子は様々な種で高度に保存された4個のシステイン残基を含むが、該残基は、タンパク質の構造的安定性に寄与する分子間ジスルフィド結合を形成しない。FGF2は、このタンパク質がグリコシル化されないことおよび従来のER/ゴルジ経路を介して分泌されない点で、増殖因子の中では通常と異なる。例えば、Engling A, et al. (2002) J Cell Sci 115:3619-3631を参照されたい。
【0022】
本明細書中で用いる場合、「発現ベクター」とは、機能的プロモーターの指示の下でポリヌクレオチドの発現を行なわせることが可能なプラスミドまたは環状DNAを意味する。限定するものではないが、細菌細胞、哺乳動物細胞、ヒト細胞、昆虫細胞、または植物細胞をはじめとする種々の細胞系での発現に、ベクターを最適化することができる。同様に、ベクターは、当技術分野で公知の方法を用いるポリヌクレオチドの無細胞発現に最適化することができる。ベクターは、いずれかの機能的プロモーター、エンハンサー、イントロン、または用いている特定の細胞系と相性のよい、組み換えタンパク質の産生に関連する他の配列を含むことができる。一部の実施形態では、ベクターは、ヒトCMV前初期エンハンサーを含む。一部の実施形態では、ベクターは、ヒトβ-アクチンプロモーターを含む。一部の実施形態では、ベクターは、ヒトβ-グロビンイントロンを含む。一部の実施形態では、ベクターは、抗生物質耐性マーカー遺伝子を含む。
【0023】
本明細書中で用いる場合、FGF2または遺伝子操作型FGF2タンパク質の「断片」とは、親アミノ酸配列の一部分を意味し、ここで、該一部分は連続アミノ酸を含み、かつ少なくとも部分的なFGF2活性を有する。本明細書中に記載された遺伝子操作型FGF2変異体の「断片」はまた、野生型FGF2タンパク質の対応する断片と比較して増大した熱安定性を示すであろう。一部の実施形態では、断片は、少なくとも約10個、少なくとも約15個、少なくとも約20個、少なくとも約25個、少なくとも約30個、少なくとも約35個、少なくとも約40個、少なくとも約45個、少なくとも約50個、少なくとも約55個、少なくとも約60個、少なくとも約65個、少なくとも約70個、少なくとも約75個、少なくとも約80個、少なくとも約85個、少なくとも約90個、少なくとも約95個、少なくとも約100個、少なくとも約105個、少なくとも約110個、少なくとも約115個、少なくとも約120個、少なくとも約125個、少なくとも約130個、少なくとも約135個、少なくとも約140個、少なくとも約145個の連続アミノ酸を含む。一部の実施形態では、本開示は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体断片をコードする単離されたポリヌクレオチドを提供する。一部の実施形態では、本開示は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチド、またはその断片をコードするポリヌクレオチドを提供する。一部の実施形態では、本開示は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む配列番号2の変異体、またはその断片を含む単離されたポリペプチドを提供する。一部の実施形態では、本開示は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有する単離されたポリペプチド、またはその断片を提供する。本明細書中で用いる場合、「変異体(variant)」との用語は、「突然変異体(mutant)」と同義であり、野生型配列と比較して異なる核酸もしくはアミノ酸配列を有するポリヌクレオチドまたはポリペプチド配列を意味する。例示的な差異としては、限定するものではないが、置換、欠失、挿入および転位が挙げられる。ヌクレオチドまたはアミノ酸の数は、変化し得る;例えば、一部の実施形態では、ポリペプチド変異体は、1、2、3、4個またはそれ以上のアミノ酸置換を含む。一部の実施形態では、配列番号2の変異体、または配列番号2の断片は、以下のアミノ酸置換のうち1種類以上を含む:Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96T。一部の実施形態では、配列番号2の変異体、または配列番号2の断片は、以下のアミノ酸置換を含む:Q65I、N111G、およびC96S。一部の実施形態では、配列番号4の変異体は、以下のアミノ酸置換を含む:Q56I、N102G、およびC87S。
【0024】
本明細書中で用いる場合、「胚性幹(ES)細胞」とは、初期胚である胚盤胞(blastocyst)の内部細胞塊由来の多能性幹細胞を意味する。定義によれば、ES細胞は、3種類の主要な胚葉:外胚葉、内胚葉、および中胚葉のすべての派生物に分化する可能性を有する。一部の実施形態では、ES細胞はヒトES細胞である。一部の実施形態では、ES細胞はウシES細胞である。一部の実施形態では、ES細胞はマウスES細胞である。一部の実施形態では、ES細胞はネコES細胞である。本明細書中で用いる場合、「幹細胞」とは、一般的には、天然の多能性(pluripotentまたはmultipotent)細胞、および誘導された多能性細胞を含むいずれかの自己再生する細胞タイプを意味する。本発明の方法に適している幹細胞の例としては、限定するものではないが、胚性幹細胞、成体幹細胞、および組織特異的幹細胞が挙げられる。したがって、本発明の方法は、増殖または改善された増殖のために培養でのFGF2添加を必要とするか、またはこれを利用することができる、いずれかの幹細胞を用いて実施することができる。一部の実施形態では、幹細胞は胚性幹細胞である。一部の実施形態では、幹細胞は成体幹細胞である。一部の実施形態では、幹細胞は組織特異的幹細胞である。一部の実施形態では、幹細胞は天然に多能性である。一部の実施形態では、細胞の多能性(pluripotencyまたはmultipotency)は、誘導される。
【0025】
本明細書中で用いる場合、「有効量」とは、所望の効果を達成するために必要とされる量を意味する。例えば、所望の効果は、ES細胞を未分化状態で維持することであり得る。当業者は、有効量を構成するものが、用いられる具体的な条件および所望の結果によって変わるであろうことを理解するであろう。一部の実施形態では、有効量は、約0.20ng/μL FGF2またはFGF2変異体〜約500ng/μL FGF2またはFGF2変異体である。一部の実施形態では、有効量は0.25ng/μL FGF2またはFGF2変異体である。一部の実施形態では、有効量は1.0ng/μL FGF2またはFGF2変異体〜100ng/μL FGF2またはFGF2変異体である。
【0026】
本明細書中で用いる場合、「未分化形態」または「未分化状態」で幹細胞を維持することとは、細胞を多能性状態で維持することである。細胞の多能性は、限定するものではないが、mCherry Nanogレポーター遺伝子などの多能性マーカーを含む、当技術分野で公知の方法を用いて評価することができる。さらに、またはあるいは、多能性は、用いている特定の細胞タイプに関して当技術分野で公知のことに従って、細胞の一般的な形態により評価することができる。
【0027】
組成物
本開示は、野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する遺伝子操作されたFGF2分子に関する。本開示は、遺伝子操作型分子の特性決定、タンパク質の熱安定性に対する遺伝子操作された突然変異の効果の実証、および胚性幹(ES)細胞の培養での該タンパク質の使用方法を提供する。
【0028】
FGF2は非常に低レベルで天然に発現されているので、動物組織から顕著な量を単離するのは非常に困難である。したがって、大部分の市販のFGF2は大腸菌で発現された組み換えタンパク質であり、これは、典型的には1リットルの大腸菌細胞培養物当たり約1〜10mgのFGF2を生じる。しかしながら、大腸菌および他の細菌系で発現されるFGF2は封入体に局在し、精製後にタンパク質の復元(renaturation)を必要とする。Gasparian ME, et al. (2009) Biochemistry (Moscow) 74:221-225を参照されたい。しかしながら、大腸菌発現FGF2の可溶性および活性は、78位および96位のシステイン残基をセリン残基で置換することにより改善され、これは、タンパク質の構造的安定性を損なわない。Wang J, et al. (2006) J Biotechnol 121:442-447を参照されたい。チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞では、組み換え的に発現されたFGF2は可溶性タンパク質として分泌され、適切なコンホメーションを取り、該タンパク質が細胞膜に移行するのを可能にする。
【0029】
本開示は、野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する突然変異FGF2タンパク質および胚性幹(ES)細胞の培養での該タンパク質の使用方法を記載する。真性(authentic)ヒトタンパク質の組み換え産生のためのシステムを記載する関連出願、PCT/US2009/036975が、参照により本明細書中に組み入れられる。
【0030】
本明細書中に記載された一連の実験の間に、組み換えヒトFGF2の産生のための既存のヒト細胞発現系が、細胞培養物1リットル当たり数mgの桁での収量をもたらすことが見出された。乏しい収量は、無血清培地中でヒト細胞を培養するために最適な温度(37℃)でのFGF2の熱不安定性の結果であると考えられる。本技術は、FGF2の新規熱安定性突然変異体を包含し、該突然変異体はそのような温度で生物学的に活性なままであり、それにより、ヒト細胞で発現させた際の高収量および野生型タンパク質と比較してヒト細胞培養での長い半減期を可能にする。
【0031】
ヒトFGF2は、他の哺乳動物FGF2タンパク質と90%超のアミノ酸配列同一性を共有する。その熱安定性を改善するための標的残基を特定するために、ヒト線維芽細胞増殖因子メンバーの複数配列アライメントを、Clustralアルゴリズムを用いて研究した。解析により、部位特異的突然変異導入のための考えられる標的である、線維芽細胞増殖因子アミノ酸配列中の複数の保存領域が特定された。
【0032】
タンパク質配列での類似性および同一性に従って、FGF2をFGF1、FGF4、FGF5、およびFGF6と一緒に下位グループ分けした。本明細書中に開示したように、タンパク質の配列および細胞内輸送での類似性を理由として、FGF2およびヒト酸性線維芽細胞増殖因子-1(FGF1)の既知のX線結晶構造の比較を行なった。FGF1とFGF2の両方が、N末端プロペプチドを有し、非定型経路(unconventional pathway)により分泌される。また、図2に示されるように、これらのタンパク質は類似の結晶構造を有する。対照的に、FGF4、FGF5、およびFGF6はシグナルペプチドを有し、定型的に分泌される。
【0033】
Zakrzewskaらは、増加した半減期、タンパク質分解に対する強い耐性および強化されたマイトジェン活性を示す安定型FGF1突然変異体の組み換え発現を報告した。Zakrzewska M, et al. (2005) J Mol Biol 352:860-875。そのようなFGF1突然変異体の1種であるQ55P/S62I/H108Gは熱安定性であり、野生型タンパク質よりもプロテアーゼ分解に対して感受性が低かった。
【0034】
FGF1のQ55、S62、およびH108に対応するFGF2のアミノ酸を特定するために、これら2種類のタンパク質間のアミノ酸配列アライメントを、Clustral Wを用いて行なった。FGF2での対応する残基は、以下の通りに特定された:プロリン58、グルタミン65、およびアスパラギン111。FGF2タンパク質配列では、58位は天然にプロリンであり、したがってこの位置での突然変異は作製する必要がなかった。
【0035】
本開示は、以下の位置でアミノ酸置換を有する遺伝子操作型FGF2に関する:Q65、N111、C78、およびC96。FGF2の結晶構造(1EV2)によれば、これらの残基はタンパク質の表面に局在する。FGF2の3種類の遺伝子操作型を作製し、野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性に関して試験した:(1) Q65(極性)から脂肪族疎水性残基(L、I、V)へのアミノ酸置換とN111から小型残基(A、G)へのアミノ酸置換との組み合わせ;(2)組み合わせ(1)+C96からさらに極性の残基(S、T)へのアミノ酸置換(FGF2でのシステインに対してFGF1はトレオニンであるので);および(3)組み合わせ(1)+C78およびC96からさらに極性の残基(S、T)へのアミノ酸置換。
【0036】
遺伝子操作されていないタンパク質とは異なるアミノ酸の発現をもたらす点突然変異、または突然変異をコードするポリヌクレオチドを設計および作製することは、遺伝学者の専門の範囲内である。これに関して、カノニカルまたは「標準的」アミノ酸とは、64種類の三塩基コドンによりコードされる20種類の天然に存在するアミノ酸を意味する。それらのコドンのうち3種類を除いてすべてが「センス」アミノ酸をコードし、3種類の「ナンセンス」コドンは停止または終結シグナルを表す。これらの20種類のアミノ酸は、中性電荷、正電荷、および負電荷を有するものに分けられる。
【0037】
「中性」アミノ酸を、それぞれの三文字コードおよび一文字コード、極性、ならびに三塩基のコードDNAコドンと共に、以下に示す:
アラニン:(Ala、A)非極性、中性(GCT、GCC、GCA、GCG);
アスパラギン:(Asn、N)極性、中性(AAT、AAC);
システイン:(Cys、C)非極性、中性(TGT、TGC);
グルタミン:(Gln、Q)極性、中性(CAA、CAG);
グリシン:(Gly、G)非極性、中性(GGT、GGC、GGA、GGG);
イソロイシン:(Ile、I)非極性、中性(ATT、ATC、ATA);
ロイシン:(Leu、L)非極性、中性(TTA、TTG、CTT、CTC、CTA、CTG);
メチオニン:(Met、M)非極性、中性(ATG);
フェニルアラニン:(Phe、F)非極性、中性(TTT、TTC);
プロリン:(Pro、P)非極性、中性(CCT、CCC、CCA、CCG);
セリン:(Ser、S)極性、中性(TCT、TCC、TCA、TCG、AGT、AGC);
トレオニン:(Thr、T)極性、中性(ACT、ACC、ACA、ACG);
トリプトファン:(Trp、W)非極性、中性(TGG);
チロシン:(Tyr、Y)極性、中性(TAT、TAC);
バリン:(Val、V)非極性、中性(GTT、GTC、GTA、GTG);および
ヒスチジン:(His、H)極性、正電荷(10%)、中性(90%)(CAT、CAC)。
【0038】
「正に」荷電したアミノ酸は以下のものである:
アルギニン:(Arg、R)極性、正電荷(CGT、CGC、CGA、CGG、AGA、AGG);および
リシン:(Lys、K)極性、正電荷(AAA、AAG)。
【0039】
「負に」荷電したアミノ酸は以下のものである:
アスパラギン酸:(Asp、D)極性、負電荷(GAT、GAC);および
グルタミン酸:(Glu、E)極性、負電荷(GAA、GAG)。
【0040】
したがって、これらの中性アミノ酸、正に荷電したアミノ酸、および負に荷電したアミノ酸をコードする三塩基は、新規熱安定性FGF2突然変異体を作製するために、本明細書中で開示した通りにFGF2コードポリヌクレオチドへと遺伝子操作することができる。
【0041】
つまり、上記の突然変異の3種類の例示的グループ、すなわち、(1) Q65I+N111G、(2) Q65I+N111G+C96S、および(3) Q65I+N111G+C78S+C96Sの文脈では、さらに大きいコードポリヌクレオチド中に選択されるアミノ酸の所望の置換を生じさせる適切な三塩基コドンをつくり出すことが可能である。例えば、65位で、コード配列中に適切なヌクレオチド変化を生じさせることにより、当業者は、グルタミン(Q)コドン(CAAまたはCAG)をイソロイシン(I)コドン(ATT、ATC、またはATA)に容易に変えることができる。したがって、当業者であれば、上述の突然変異およびアミノ酸置換を容易に作製することができる。しかしながら、本発明の技術は、FGF2アミノ酸置換のこれらの特定の組み合わせのみには限定されない。他のアミノ酸置換をつくり出すことにより、他のFGF2突然変異体を作製するために、いずれかの他の点突然変異をFGF2コード配列中に生じさせることができる。
【0042】
これに関して、突然変異型FGF2ポリヌクレオチドコード配列を含む遺伝子操作されたプラスミドをヒト細胞に容易にトランスフェクションし、無血清懸濁培養での増殖に適合しているかまたは適合していない細胞で発現させることができる。例えば、PCT/US2009/036975(参照により本明細書中に組み入れられる)に記載された方法および材料を参照されたい。一実施形態では、FGF2発現ヒト細胞を、精製のために回収する前に7日間、無血清培地中で培養することができる。細胞培養からタンパク質を精製する方法は周知であり、例えば、培養物の種々の画分をロードし、続いて溶出させる、適切に平衡化されたDEAEカラムを用いることによる。組み換えFGF2突然変異タンパク質の発現レベルは、SDS-PAGEクマシー染色およびウエスタンブロッティングによるなどして、容易に分析することができる。下記の実施例で詳述する通り、Q65I+N111G+C96S(QNCm)突然変異の組み合わせは、野生型タンパク質および他の遺伝子操作型タンパク質と比較して、タンパク質の発現レベルを予想外に増大させた。ヒト細胞発現由来の真性FGF2の安定性は、FGF1遺伝子操作を模倣した場合に既存のP58に加えてQ65I+N111G(QNm)を導入するか、または大腸菌発現タンパク質での場合に両方のシステインをセリンで置換すること(Q65I+N111G+C78S+C96S(QNCCm))によって改善しなかったので、この結果は予期せぬものであった。
【0043】
組み換え的に発現させたFGF2突然変異体の熱安定性を試験するために、一つの方法は、大腸菌発現野生型FGF2およびヒト細胞発現FGF2突然変異体を、無血清培養培地中で、-80℃、37℃、および種々の期間にわたって37℃で保存するステップを伴うことができる。その後、3T3細胞の増殖を刺激する能力をモニタリングすることにより、その安定性についてFGF2タンパク質をアッセイすることができる。3T3細胞増殖安定性アッセイを行なうための例示的方法および材料については、下記の実施例を参照されたい。
【0044】
アッセイ結果により、Q65I+N111G+C96S FGF2突然変異体は、保存された温度および期間に関わりなく、同じ生物活性を保持していることが明らかになった。対照的に、野生型FGF2は、37℃にて2時間保存した場合にその活性の半分を失い、37℃にて24時間後にその活性の90%を失った。Q65I+N111G+C96S FGF2突然変異体は、反復実施した細胞ベースアッセイで、10倍の熱安定性の改善を有した。
【0045】
一部の実施形態では、本組成物は、野生型タンパク質と比較してその熱安定性を増大させるアミノ酸置換を有する全長FGF2を含む。アミノ酸置換は、PCR媒介突然変異導入によるものなどの当技術分野で公知の分子生物学的技術を通してタンパク質に導入することができる。組み換えタンパク質は、限定するものではないが細菌および哺乳動物系を含む様々な細胞系で、細胞タイプに対して適切な発現ベクターおよび培養条件を用いて発現させることができる。これらの細胞で発現された組み換えタンパク質は、当技術分野で公知の方法に従って精製および特性決定することができる。
【0046】
一部の実施形態では、本組成物は、少なくとも1個のアミノ酸置換を有する全長FGF2を含む。一部の実施形態では、置換は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される。
【0047】
一部の実施形態では、組成物は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2の変異体のポリペプチドまたはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む。一部の実施形態では、組成物は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチドまたはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む。一部の実施形態では、コードされるポリペプチドは、アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む。一部の実施形態では、コードされるポリペプチドは、配列番号8を含む。
【0048】
一部の実施形態では、本組成物は、遺伝子操作型FGF2タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを含む。一部の実施形態では、ベクターは、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2のポリペプチド変異体またはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む。一部の実施形態では、ベクターは、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチドまたはその断片をコードするポリヌクレオチドを含む。一部の実施形態では、ベクターから発現されるポリペプチドは、アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む。一部の実施形態では、コードされるポリペプチドは、配列番号8を含む。
【0049】
一部の実施形態では、組成物は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2のポリペプチド変異体またはその断片を含む。一部の実施形態では、組成物は、Q65L、Q65I、Q65V、N111A、N111G、C96S、およびC96Tからなる群より選択される少なくとも1個のアミノ酸置換を含む、配列番号2に対して少なくとも85%の配列同一性を有するポリペプチドまたはその断片を含む。一部の実施形態では、ポリペプチドは、アミノ酸置換Q65I、N111G、およびC96Sを含む。一部の実施形態では、ポリペプチドは、配列番号8を含む。
【0050】
方法
本開示は、ES細胞の培養での、野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有する遺伝子操作型FGF2タンパク質の使用方法を提供する。Q65I+N111G+C96S FGF2突然変異体の優れた熱安定性および生物活性は、野生型FGF2に曝露されたES細胞と比較して、未分化状態でのヒト胚性幹細胞の多能性期の延長につながる。
【0051】
本明細書中に開示された結果は、フィーダー非依存的培養に65I+N111G+C96S置換FGF2を添加した場合よりも、野生型FGF2を添加した培養で、明らかにより大きな分化を示す。したがって、Q65I+N111G+C96S FGF2を用いる幹細胞培養は、野生型タンパク質を添加した培養よりも、必要とするFGF2添加が少なく、これはコスト削減をもたらす。さらに、置換型FGF2の使用は、培養の人的ハンドリングおよび操作の必要性を減少させることにより、不注意による細胞培養の汚染の可能性を減らす。例示的なQ65I+N111G+C96S FGF2突然変異体の商業的価値は、労力、コスト、および時間の低減につながる、培養プロセス中でのより少ないFGF2タンパク質の必要量ならびにハンドリングおよび人的介入の観点から、容易に明らかになる。
【0052】
したがって、本発明の技術は、細胞培養でのQ65I+N111G+C96S FGF2などの熱安定性FGF2突然変異体の使用方法およびヒト胚性幹細胞を未分化状態で維持する方法を包含する。一部の実施形態では、方法は、請求項6に記載の有効量のポリペプチドを含むフィーダー非依存的培養培地中で胚性幹細胞を培養するステップを含み、ここで、有効量は、少なくとも5回の継代の間、未分化形態を有する細胞を維持するために必要な量を含む。一部の実施形態では、フィーダー非依存的培地は、hESF9、mTeSR1、またはSTEMPRO(登録商標)である。一部の実施形態では、ポリペプチドの有効量は、約1.0ng/μL培養培地〜約100ng/μL培養培地である。一部の実施形態では、胚性幹細胞は、ヒトES細胞、マウスES細胞、ウシES細胞、またはネコES細胞である。
【0053】
本開示はまた、有効量の配列番号8またはアミノ酸置換Q56I、N102G、およびC87Sを含む配列番号4を含むポリペプチドとヒト胚性幹細胞とを接触させるステップを含む、ヒト胚性幹細胞を未分化状態で維持する方法も提供する。一部の実施形態では、ポリペプチドの有効量は、約1.0ng/μL培養培地〜約100ng/μL培養培地である。
【実施例】
【0054】
以下の実施例は、本発明の技術の実施形態をさらに完全に説明するために示される。これらの実施例は、いかなる場合にも、添付の特許請求の範囲により規定される本発明の範囲を限定するものと解釈されるべきではない。
【0055】
実施例1:ヒト細胞発現
3種類の遺伝子操作型ヒトFGF2遺伝子を作製し、HumanZyme pHZhagベクターにクローニングした。このベクターは、ヒトCMV前初期エンハンサー、ヒトβ-アクチンプロモーター、およびヒトβ-グロビンイントロンを含む。3種類の遺伝子操作型配列は以下の通りであり、アミノ酸置換は太字下線で示してある:
(1) FGF2-QNm:Q65I、N111G
(2) FGF2-QNCm:Q65I、N111G、C96S
(3) FGF2-QNCCm:Q65I、N111G、C78S、C96S
ヒト細胞は、PCT/US2009/036975(参照により本明細書中に組み入れられる)に記載された通りに調製およびトランスフェクションした。細胞を無血清懸濁培養に順応させ、遺伝子操作された分子の発現をクマシー染色SDS-PAGEおよびウエスタンブロッティングにより分析した。結果を図6に示す。
【0056】
QNCmの発現レベルは、QNmおよびQNCCmのものの約2倍高く、上清中および界面活性剤洗浄済みペレットの両方でほぼ野生型と同じであった。FGF2に対するFGF1の対応する突然変異体アミノ酸の置換は発現レベルの増大をもたらさなかったので、この結果は予期せぬものである。
【0057】
実施例2:精製
QNCm FGF2を7日間、無血清培地中で大規模培養し、馴化培地を精製のために回収した。回収した培養培地を、10mM MES(pH6.0)を用いて平衡化したDEAEカラムにロードし、FGF2 QNCm画分を10mM MES(pH6.0)/600mM NaClを用いて溶出した。DEAEからのFGF2 QNCm画分を、次に、10mM MES(pH6.0)を用いて平衡化したヘパリンカラムにロードし、精製されたFGF2 QNCm画分を10mM MES(pH6.0)/2.0M NaClを用いて溶出した。培養上清および精製タンパク質を、FGF2に対して生起したポリクローナル抗体を用いるウエスタンブロッティングにより分析した(図7)。
【0058】
実施例3:熱安定性に関する細胞ベースアッセイ
FGF2変異体の安定性および機能を、細胞培養ベースのアッセイを用いて試験した。大腸菌から精製した組み換え野生型FGF2およびヒト細胞から精製したFGF2 QNCmを、-80℃にて24時間、37℃にて2時間、または37℃にて24時間、無血清培地中に置いた。続いて、3T3細胞増殖を促進する能力についてタンパク質をアッセイした。
【0059】
簡潔に述べると、3T3細胞を、10%ウシ血清を含有するアッセイ培地中に再懸濁し、5,000細胞/100mL培養物の密度で播種した(第3継代)。一晩インキュベートした後、培地を、0.5%ウシ血清を含有する培地に2回交換した。FGF2またはFGF2 QNCmを、1ng/mL〜100ng/mLの最終濃度で培養に添加し、細胞をさらに45時間培養した。製造業者の取扱説明書に従って、各ウェルに20μLのPromega Substrate Cell Titer 96 Aqueous One Solution Reagentを添加し、490nmでの吸収を測定することにより、細胞増殖を測定した。アッセイは二重で行なった。結果を図8に示す。
【0060】
FGF2 QNCmは、-80℃での保存、あるいは37℃にて2時間または24時間のプレインキュベーション後に、3T3細胞増殖を促進する同等の能力を示した(図8)。対照的に、野生型FGF2の活性は、37℃にて2時間および24時間のプレインキュベーションによって、それぞれ野生型の50%および10%まで低下した。37℃での2時間または24時間のプレインキュベーション後、FGF2 QNCmは野生型タンパク質よりも10倍も高い細胞増殖を誘導し、FGF2 QNCmが野生型タンパク質と比較して増大した熱安定性を有することを示す。FGF2 QNCmはまた、同じアッセイで、市販の野生型FGF2タンパク質と比較しても増大した熱安定性を示した(図9)。
【0061】
本実施例は、本開示の方法および組成物が、ES細胞の培養において有用であることを実証する。該方法および組成物は、ES細胞の培養でのコストおよび労力の低減という技術的利点を提供する。
【0062】
実施例4:フィーダー非依存的培養でのヒト胚性幹細胞増殖への遺伝子操作型QNCm FGF2の適用
ヒト胚性幹細胞HUES-6を、Ludwig TE et al. (2006) Nature Methods 3:637のプロトコールに従って調製したmTeSR1培地中でフィーダー非依存的に培養した。FGF2を推奨量の25%まで添加し、FGF2の追加は推奨の24時間毎ではなく48時間毎に行なった。mTeSR1は、ヒト多能性幹細胞培養培地であると報告され、Stem Cell Technologies社から市販もされている。mCherry Nanogレポーターを用いて測定して、FGF2添加のレベルおよび頻度の低減は、細胞分化および細胞死を促進した(図10)。これらの条件は、コロニーの中央領域での幹細胞の特性欠失を促進し(いわゆる「ドーナツ」効果;図10C図10D)、これは増殖中の細胞では見られない(図10A図10B)。対照的に、同じプロトコールに従ってFGF2 QNCmを添加した細胞は、よりわずかな「ドーナツ」コロニーしか示さなかった(表1)。
【表1】
【0063】
これらの結果は、FGF2 QNCmが、野生型タンパク質と比較して未分化状態で幹細胞を維持する増大した能力を有することを実証している。本実施例は、本開示の方法および組成物が、培養中に未分化状態でES細胞を維持するために有用であることを実証している。
【0064】
等価物
本発明は、本出願に記載された特定の実施形態に鑑みて限定されるものではなく、これらの実施形態は本発明の個々の態様の単なる例示であると意図される。当業者には明らかであろう通り、本発明の多数の改変および変形を、その精神および範囲から逸脱することなく行なうことができる。本明細書中に列挙されたものに加えて、本発明の範囲内に入る機能的に等価な方法および装置は、先行する説明から当業者には明らかであろう。そのような改変および変形は、添付の特許請求の範囲内に入ることが意図される。本発明は、添付の特許請求の範囲に権利が与えられる等価物の完全な範囲を有して、添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるべきである。本発明は、特定の方法、試薬、化合物、組成物または生物系に限定されず、当然のことながら変化し得ることが理解されるべきである。また、本明細書中で用いた用語体系は、特定の実施形態を説明する目的のみのためのものであり、限定的であると意図するものではないことも、理解されるべきである。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]