(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.20%を超え0.39%以下、Mn:0.50%以上1.70%以下、B:0.0005%以上0.003%以下を含むマンガンボロン鋼からなる棒鋼材に曲げ加工を施して製品形状に成形する成形工程と、
曲げ加工が施された前記棒鋼材に水焼入れ、水溶液焼入れ又は塩水焼入れを施す焼入れ工程とを含み、
前記焼入れが施された前記棒鋼材に焼戻しを施すこと無く、焼入れしたままのマルテンサイト組織を有するスタビライザを製造する
ことを特徴とするスタビライザの製造方法。
前記棒鋼材は、質量%で、C:0.20%を超え0.39%以下、Si:0.05%以上0.40%以下、Mn:0.50%以上1.70%以下、B:0.0005%以上0.003%以下、Ti:0.05質量%以下を含有し、P:0.040%以下、S:0.040%以下であり、残部が、Feと不可避的不純物からなる
ことを特徴とする請求項1に記載のスタビライザの製造方法。
質量%で、C:0.20%を超え0.39%以下、Mn:0.50%以上1.70%以下、B:0.0005%以上0.003%以下を含むマンガンボロン鋼からなる棒鋼材に曲げ加工を施して製品形状に成形する成形工程と、
曲げ加工が施された前記棒鋼材をオーステナイト化後、下部臨界冷却速度以上で焼入れを施す焼入れ工程とを含み、
前記焼入れが施された前記棒鋼材に焼戻しを施すこと無く、焼入れしたままのマルテンサイト組織を有するスタビライザを製造する
ことを特徴とするスタビライザの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係るスタビライザの製造方法について説明する。なお、各図において共通する構成要素については、同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0017】
本実施形態に係るスタビライザの製造方法は、車体のロールを抑制する車両用スタビライザ(スタビライザバー又はアンチロールバー)であって、中実構造を有する中実スタビライザの製造方法に関する。この製造方法は、詳細には、穴開け等された所定形状の棒鋼材に曲げ加工を施して製品形状に成形する成形工程と、曲げ加工が施された棒鋼材に水と同等以上又は水に近い熱伝達率を有する媒体による焼入れを施す焼入れ工程とを含んでおり、焼入れされた棒鋼材に焼戻しを施さずスタビライザを製造する方法である。
【0018】
本実施形態に係るスタビライザの製造方法は、鋼材の熱処理方法として水と同等以上又は水に近い熱伝達率を有する媒体による焼入れが採用されている点と、焼き入れ後に焼戻しを施さない点とに工程上の大きな特徴を有している。また、良好な機械的強度と靭性とを兼ね備え、耐衝撃性や疲労耐久性に優れたスタビライザを製造するために、スタビライザの材料として、低炭素量のマンガンボロン鋼を採用している点にも特徴を有している。
【0019】
はじめに、本実施形態に係るスタビライザの製造方法によって製造されるスタビライザについて説明する。
【0020】
図1は、本発明の実施形態に係るスタビライザの製造方法によって製造されるスタビライザを例示する斜視図である。
【0021】
図1に示すように、本実施形態に係るスタビライザの製造方法によって製造されるスタビライザ1は、車幅方向に延びるトーション部1aと、車両の前後方向に延びる左右一対のアーム部1b,1bとを備えている。トーション部1aとアーム部1b,1bとを有するスタビライザ1の棒体は、車幅方向に対称的に位置する曲げ部1c,1cにおいてそれぞれ屈曲され左右一対のアーム部1b,1bに連なる略コ字状の形状を有している。
【0022】
各アーム部1b,1bの先端には、鍛造等によって取り付け孔を有する平板状の連結部(目玉部)がそれぞれ形成されている。各連結部は、スタビライザリンク2,2を介して、車両に備えられる左右一対の懸架装置3,3にそれぞれ連結される。なお、これら各懸架装置3の車軸部3aには、不図示の車輪が取り付けられる。また、トーション部1aは、不図示のクロスメンバ等に固定されたブッシュ4に挿通されて、左右の懸架装置3,3の間に懸架される。そのため、左右の車輪の上下により左右の懸架装置3,3にストローク差が生じると、各懸架装置3,3から各アーム部1b,1bに変位による荷重が伝達され、トーション部1aがねじり変形し、該ねじり変形を復元する弾性力が生じる。スタビライザ1は、このねじり変形に抗する弾性力によって、車体のロール剛性を高めて車両の走行を安定化させる。
【0023】
トーション部1aとアーム部1b,1bとを有するスタビライザ1の棒体は、中実構造を有する棒鋼を原材として製造される。本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、この棒鋼の材料として、特に、低炭素量のマンガンボロン鋼(Mn−B鋼)を使用している。具体的には、炭素(C):0.15質量%以上0.39質量%以下、マンガン(Mn)、ホウ素(ボロン;B)及び鉄(Fe)を少なくとも含む低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材を被加工材とし、熱間圧延加工或いは冷間引抜加工を行うことによって製造される棒鋼材をスタビライザ1の原材として用いている。後に詳述するように、炭素量は、製造されるスタビライザ1の硬度、疲労強度、靭性等の観点から設定される。Mn、Bは、焼き入れ性(強度)を確保する観点から選択されたものである。
【0024】
低炭素量のマンガンボロン鋼からなる棒鋼材は、詳細には、質量%で、C:0.15%以上0.39%以下、Si:0.05%以上0.40%以下、Mn:0.50%以上1.70%以下、B:0.0005%以上0.003%以下を必須元素として含有し、P:0.040%以下、S:0.040%以下であり、任意添加元素として、Ni、Cr、Cu、Mo、V、Ti、Nb、Al、N、Ca及びPbからなる群より選択される少なくとも一種以上の元素をそれぞれ1.20%以下の範囲で含有し得ると共に、残部が、Feと不可避的不純物とからなる化学組成を有することが好ましい。具体的には、Standard American Engineering 規格の15B23相当鋼又は15B26相当鋼が好ましい。
【0025】
一般に、マンガンボロン鋼は、焼入れ性に優れ、機械的強度の確保にも適した材料であるとされている。本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、このようなマンガンボロン鋼の中でも低炭素量の鋼を採用する。これにより、引張強さ、硬さ、破壊衝撃値、靭性等が高い水準にあるスタビライザを実現する。加えて、スタビライザ1の圧縮残留応力の残存や靭性により、焼割れの防止または抑制、置割れの防止、マルテンサイト組織の単相の形成により局部電池化を抑えて耐食性の向上等をも図っている。
【0026】
低炭素量のマンガンボロン鋼の棒鋼材は、必須元素(C、Si、Mn、B)と、不可避的不純物として位置づけられるP、Sと、残部を組成するFe及びその他の不可避的不純物とからなる化学組成としてよいし、或いは、これらの元素に加えて任意添加元素を含有する化学組成としてもよい。任意添加元素である、Ni、Cr、Cu、Mo、V、Ti、Nb、Al、N、Ca及びPbは、これらのうち一種を含有させてよいし、複数種を含有させてもよい。任意添加元素の含有量は、添加される各元素あたり1.20質量%以下の範囲である。
【0027】
スタビライザ1の原材となる棒鋼材を任意添加元素を含有しない化学組成とすると、良好な焼入れ性を有する棒鋼材を低廉な材料費で得ることができるため、強度と靭性とが両立するスタビライザ1を生産性良く製造することができる。一方、任意添加元素を含有する化学組成とすると、元素種類に応じて棒鋼材の諸特性を改質することが可能になる。任意添加元素を含有する化学組成では、必須元素と、任意添加元素と、不可避的不純物として位置づけられるP及びSとに対する残部が、Feとその他の不可避的不純物とで占められることになる。以下、スタビライザ1の原材となる棒鋼材の各成分元素について説明する。
【0028】
炭素(C)は、機械的強度や硬さの向上等に寄与する成分である。Cを0.15質量%以上とすることで、良好な機械的強度や硬さを確保することができ、従来のばね鋼よりも優れた焼入れ硬さとすることが可能になる。一方で、Cを0.39質量%以下とすることによって、焼入れ後に機械的強度と共に所定の靭性を確保することが可能になる。また、変態応力等に起因する焼割れや残留オーステイナイトに起因する置割れを阻止し、炭化物の析出による耐食性の低下を抑制することができる。Cの含有量は、より好ましくは0.18質量%以上0.35質量%以下、さらに好ましくは0.20質量%以上0.26質量%以下である。これにより、上述のスタビライザ1の特性をより高めることが可能となる。
【0029】
ケイ素(Si)は、機械的強度や硬さの向上等に寄与する成分である。また、鋼材の製鋼時に脱酸の目的で添加される成分でもある。Siを0.05質量%以上とすることで、良好な機械的強度や硬さや耐食性や耐へたり性を確保することができる。一方で、Siを0.40質量%以下とすることで、靭性や加工性の低下を抑えることができる。Siの含有量は、好ましくは0.15質量%以上0.30質量%以下である。
【0030】
マンガン(Mn)は、焼入れ性や機械的強度の向上等に寄与する成分である。また、鋼材の製鋼時に脱酸の目的で添加される成分でもある。Mnを0.50質量%以上とすることで、良好な機械的強度と共に焼入れ性を確保することができる。一方で、Mnを1.70質量%以下とすることで、ミクロ偏析による靭性や耐食性の低下や、加工性の低下を抑制することができる。Mnの含有量は、より好ましくは0.60質量%以上1.50質量%以下、さらに好ましくは0.80質量%以上1.50質量%以下である。
【0031】
ホウ素(B;Boron)は、焼入れ性や機械的強度の向上等に寄与する成分である。Bを0.0005質量%以上0.003質量%以下とすることで、良好な焼入れ性を確保することができる。また、粒界強化によって靭性や耐食性を向上させることができる。その一方で、Bを0.003質量%を超える含有量としても、焼入れ性の向上の効果は飽和し、機械的性質は悪化してしまうため、含有量の上限を制限する。
【0032】
リン(P)は、鋼材の製鋼時から残留する不可避的不純物である。Pを0.040質量%以下とすることで、偏析による靭性や耐食性の低下を抑えることができる。Pの含有量は、より好ましくは0.030質量%以下である。
【0033】
硫黄(S)は、鋼材の製鋼時から残留する不可避的不純物である。Sを0.040質量%以下とすることで、偏析やMnS系介在物の析出による靭性や耐食性の低下を抑えることができる。Sの含有量は、より好ましくは0.030質量%以下である。
【0034】
ニッケル(Ni)は、耐食性や焼入れ性の向上等に寄与する成分である。Niを添加することで、良好な耐食性や焼入れ性を確保することができ、腐食劣化や焼割れの低減を図ることが可能である。その一方で、Niを過剰に含有させても、焼入れ性の向上の効果は飽和し、材料コストも増大してしまうため、0.30質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0035】
クロム(Cr)は、強度や耐食性や焼入れ性の向上等に寄与する成分である。Crを添加することで、強度や耐食性や焼入れ性を向上させることができる。その一方で、Crを過剰に含有させると、炭化物の偏析による靭性や耐食性の低下が生じたり、加工性が低下したり、材料コストも増大してしまうため、1.20質量%以下とすることが好ましく、0.60質量%以下としてもよく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0036】
銅(Cu)は、焼入れ性や耐食性の向上等に寄与する成分である。Cuを添加することで、焼入れ性や耐食性を向上させることができる。但し、Cuを過剰に含有させると、熱間での表面脆化が生じる場合があるため、0.30質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0037】
モリブデン(Mo)は、焼入れ性や靭性や耐食性の向上等に寄与する成分である。Moを添加することで、焼入れ性や靭性や耐食性を向上させることができる。但し、Moを過剰に含有させると、材料コストが増大するため、0.08質量%以下とすることが好ましく、0.02質量%以下とすることがより好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0038】
バナジウム(V)は、靭性や硬さの向上等に寄与するすると共に、窒素(N)と結合してNによるホウ素(B)の固定を防止する成分である。Vを添加することで、靭性や硬さやを向上させたり、ホウ素(B)による効果を有効に発現させたりすることができる。その一方で、Vを過剰に含有させると、炭窒化物の析出による靭性や耐食性の低下が生じ、材料コストも増大してしまうため、0.30質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0039】
チタン(Ti)は、強度や耐食性の向上等に寄与すると共に、窒素(N)と結合してNによるホウ素(B)の固定を防止する成分である。Tiを添加することで、強度や耐食性を向上させたり、ホウ素(B)による効果を有効に発現させたりすることができる。その一方で、Tiを過剰に含有させると、炭窒化物の析出による靭性や耐食性の低下が生じる場合があるため、0.05質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0040】
ニオブ(Nb)は、強度や靭性の向上等に寄与すると共に、窒素(N)と結合してNによるホウ素(B)の固定を防止する成分である。Nb添加することで、結晶粒の微小化により強度や靭性を向上させたり、ホウ素(B)による効果を有効に発現させたりすることができる。その一方で、Nbを過剰に含有させると、炭窒化物の析出による靭性や耐食性の低下が生じる場合があるため、0.06質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0041】
アルミニウム(Al)は、靭性の向上等に寄与すると共に、窒素(N)と結合してNによるホウ素(B)の固定を防止する成分である。また、鋼材の製鋼時に脱酸の目的で添加される成分でもある。Alを添加することで、結晶粒の微小化により強度や靭性を向上させたり、ホウ素(B)による効果を有効に発現させたりすることができる。その一方で、Alを過剰に含有させると、窒化物や酸化物の析出による靭性や耐食性の低下が生じる場合があるため、0.30質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。このAlとは、Soluble Alを意味する。
【0042】
窒素(N)は、鋼材の製鋼時から残留する不可避的不純物であるが、強度の向上等に寄与する成分である。Nを所定含有量の範囲で含有させることで、窒化物の析出による靭性や耐食性の低下を避けつつ、強度を向上させることができる。Nの含有量は、0.02質量%以下とすることが好ましい。
【0043】
カルシウム(Ca)は、被削性の向上等に寄与する成分である。Caを添加することで、鋼材の被削性をより向上させることができる。Alの含有量は、0.40質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0044】
鉛(Pb)は、被削性の向上等に寄与する成分である。Pbを添加することで、鋼材の被削性をより向上させることができる。Pbの含有量は、0.40質量%以下とすることが好ましく、或いは、意図的に添加しない組成とすることもできる。
【0045】
低炭素量のマンガンボロン鋼の棒鋼材としては、熱間圧延鋼材を適用することができる。この熱間圧延鋼材は、必要に応じて、熱間圧延後に冷間圧延や球状化焼鈍等の焼鈍処理が施されていてもよい。また、熱間圧延鋼材に代えて、冷間圧延鋼材を適用することも妨げられない。熱間圧延を行う場合には、スラブの加熱温度は、1150℃以上1350℃以下程度が好ましく、仕上温度は、800℃以上1000℃以下とすることが好ましい。仕上温度を800℃以上とすることによって、成分元素を適切に固溶させることができ、固溶ホウ素による焼入れ性の向上の効果を有効に得ることができるようになる。また、仕上温度を1000℃以下とすることによって、オーステナイト結晶粒の粗大化を防止することができ、残留オーステイナイトによる硬さの低下や置割れを阻止することができる。巻取温度は、例えば、400℃以上650℃以下等とすることができる。
【0046】
次に、本実施形態に係るスタビライザの製造方法の一例について各製造工程に沿って説明する。
【0047】
図2は、本発明の実施形態に係るスタビライザの製造方法の製造工程を示す流れ図である。
【0048】
図2に示すスタビライザの製造方法は、加工工程S10と、加熱工程S20と、成形工程S30と、焼入れ工程S40と、表面加工工程S50と、前処理工程S60と、予加熱工程S70と、塗装工程S80と、後加熱工程S90とを順次含むものとすることができる。なお、この製造方法において、表面加工工程S50及び予加熱工程S70は、必須の工程ではなく、後記するように実施を省略することも可能である。
【0049】
加工工程S10は、スタビライザの材料である棒鋼材の両端部に加工を施して、スタビライザリンク2(
図1参照)に連結される連結部を形成する工程である。スタビライザの材料としては、前記の低炭素量のマンガンボロン鋼の棒鋼材が使用される。棒鋼材の長さ及び径は、所望の製品形状に応じて適宜の寸法とすることが可能である。但し、径については、10mm以上32mm以下の範囲にすることが好ましい。また、連結部の形態や形成方法は、特に制限されるものではなく、例えば、棒鋼材の末端を扁平状に鍛造してプレス加工等で孔開け加工を施すことによって連結部を形成することが可能である。
【0050】
加熱工程S20は、熱間曲げ加工を施すために棒鋼材を加熱処理する工程である。加熱方法としては、加熱炉による加熱、通電加熱、高周波誘導加熱等の適宜の方法を用いることができるが、高周波誘導加熱によることが好ましい。本実施形態に係るスタビライザ1の製造方法では、良好な焼入れ性を有するマンガンボロン鋼鋼材が材料として使用されることで、高周波誘導加熱を利用した急速加熱を適用することが可能となっている。そのため、急速加熱によって脱炭や脱ホウ素を抑制しつつ棒鋼材を加熱処理することができるようになっている。
【0051】
成形工程S30は、加熱処理された棒鋼材に熱間(温間)曲げ加工を施して製品形状に成形する工程である。すなわち、棒鋼材に曲げ加工を施すことによって、棒鋼材にトーション部1a及びアーム部1bを形成し、棒鋼材の形状を所望のスタビライザの形状に賦形する。なお、曲げ加工は、所望の製品形状に応じて、複数の曲げ部1cが形成されるように複数箇所に施すことが可能であり、多段曲げによってトーション部1a及びアーム部1bを形成することもできる。
【0052】
焼入れ工程S40は、曲げ加工が施された棒鋼材をオーステナイト化後、下部臨界冷却速度以上で焼入れを施す工程である。詳細には、曲げ加工が施された棒鋼材に水と同等以上又は水に近い熱伝達率を有する媒体による焼入れを施す。媒体の熱伝達率は、棒鋼材に対する静止した水ないし流れを有する水の熱伝達率値に対して±10%以内の範囲であることが好ましい。焼入れ温度、加熱速度及び焼入れ保持時間は、適宜の範囲で行うことが可能である。例えば、焼入れ温度は、850℃以上1100℃以下等とすることができる。但し、焼入れ温度は、オーステナイト結晶粒が過度に粗大化したり、焼割れが発生したりするのを避ける観点から、オーステナイト化温度(AC3)+100℃以下とすることが好ましい。このような加熱を行った後、冷却剤を用いて棒鋼材の冷却を行い、棒鋼材の金属組織をマルテンサイト化させる。
【0053】
焼入れ処理としては、具体的には、水焼入れ、水溶液焼入れ又は塩水焼入れを施すことが好ましい。水焼入れは、冷却剤として、水を用いる焼入れ処理である。水温は、0℃以上100℃以下程度、好ましくは5℃以上40℃以下の温度範囲とすることができる。水溶液焼入れ(ポリマー焼入れ)は、冷却剤として、高分子を添加した水溶液を用いる焼入れ処理である。高分子としては、例えば、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン等の各種の高分子を用いることができる。高分子濃度は、前記の所定熱伝達率を示す限り特に制限されるものではなく、高分子の種類や処理に供する棒鋼材の焼入れ目標等に応じて調節することができる。塩水焼入れは、冷却剤として、塩化ナトリウム等の塩類を添加した水溶液を用いる焼入れ処理である。塩濃度は、前記の所定熱伝達率を示す限り特に制限されるものではなく、処理に供する棒鋼材の焼入れの程度に応じて調節することができる。これらの焼入れ処理において、冷却剤は、攪拌してよいし、攪拌しなくてもよい。また、これらの焼入れ処理を、拘束焼入れ、噴霧焼入れ、噴射焼入れ等の形態で行ってもよい。本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、このようにして焼入れが施された棒鋼材(以下、スタビライザの半製品ということがある。)を、焼戻しを施すこと無く、表面加工工程S50又は前処理工程S60に供するものとする。
【0054】
表面加工工程S50は、焼入れが施された棒鋼材にショットピーニングを施す工程である。ショットピーニングは、温間及び冷間のいずれで行ってもよく、粒子径や投射速度等の条件を変えて複数回繰り返し行ってもよい。ショットピーニングを施すことによって、棒鋼材の表面に圧縮残留応力が付加され、疲労強度や耐摩耗性の向上と共に、置割れや応力腐食割れ等の防止が図られる。なお、焼入れが施された棒鋼材は、後記する理由により、ショットピーニングを施さないものとすることもできる。すなわち、
図2に示すように、焼入れ工程S40の後に、表面加工工程S50を行うこと無く、前処理工程S60を実施することも可能である。
【0055】
前処理工程S60は、棒鋼材に塗装処理を行うために表面洗浄や表面処理を行う工程である。具体的には、棒鋼材の表面に、油脂分や異物等を除去する除去処理や下地処理等の各種の前処理を施す工程である。下地処理としては、例えば、リン酸亜鉛、リン酸鉄等の被膜を形成することができる。除去処理や下地処理等の各処理後には、棒鋼材を水洗し、水洗後に後段の各種処理に順次供する。水洗された棒鋼材の水切りの方法としては、例えば、水切りローラー等を使用した吸水乾燥や、ブロー乾燥や、加熱乾燥や、これらの組み合わせ等による適宜の方法を利用することが可能である。このようにして前処理された棒鋼材は、
図2に示すように、予加熱工程S70又は塗装工程S80に供することができる。
【0056】
予加熱工程S70は、棒鋼材に予加熱を施す工程である。塗装される棒鋼材にあらかじめ予加熱を施すことによって、後加熱による塗料の焼付時間を短縮させることができ、塗装処理効率を向上させることができる。また、塗料の温度上昇が表面側に偏らないようにすることが可能であるため、塗膜の密着性を向上させることができる。加熱方法としては、加熱炉による加熱、通電加熱、高周波誘導加熱等の適宜の方法を用いることができるが、加熱速度が速く設備が簡易な点で、通電加熱によることが好ましい。予加熱温度は、例えば、塗料の塗着が可能な180℃以上200℃以下の範囲とすることが好ましい。このような温度の予加熱であれば、低温焼鈍による効果を得ることが可能であるし、また、低温焼鈍後に塗料の塗着温度に再冷却する処理も不要にすることができる。なお、前処理工程S60において加熱乾燥による水切りを実施する場合には、加熱乾燥後の余熱を塗料の塗着に利用することもできる。そのため、水切りにおける加熱乾燥温度が十分に高い場合には、前処理工程S60の後に、予加熱工程S70を行うこと無く、塗装工程S80を実施することも可能である。
【0057】
塗装工程S80は、棒鋼材に塗料を塗装する工程である。塗料としては、粉体塗料が好ましく用いられ、例えば、エポキシ樹脂製の粉体塗料を好適に用いることができる。塗装方法としては、例えば、棒鋼材の表面に厚さ50μm以上程度の塗膜が形成されるように塗料の噴射を行う方法や、塗料への浸漬を行う方法を用いることができる。
【0058】
後加熱工程S90は、塗装された塗料を加熱して焼き付ける工程である。加熱方法としては、加熱炉による加熱が好ましい。後加熱温度は、例えば、180℃以上200℃以下の範囲とすることが好ましい。具体的には、例えば、180℃で5分間の後加熱、ないしは200℃で5分間の後加熱を塗料が塗装された棒鋼材に施すことが許容される。このような加熱条件であれば、スタビライザの半製品について加熱による強度や硬さの低下が生じるのを避けることができるためである。なお、これら予加熱工程S70、塗装工程S80及び後加熱工程S90に代えて、塗装処理として、電着塗装、溶剤塗装等を実施してもよい。
【0059】
以上説明した工程を経て、スタビライザ1を製造することができる。製造されるスタビライザ1は、低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材を材料とし、水と同等以上又は水に近い熱伝達率を有する媒体による焼入れを行うため、圧縮残留応力が残存し、良好な機械的強度と靭性とが兼ね備えられている。この圧縮残留応力や靭性により、置割れが発生せず、低炭素量のマルテンサイト組織の形成により耐食性も向上したスタビライザ1となっている。加えて、本実施形態に係るスタビライザの製造方法は、低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材が採用されることによって、従来の製造方法と比較して以下に説明する利点を有している。
【0060】
図3は、比較例に係るスタビライザの製造方法の工程を示す流れ図である。
【0061】
図3に示すように、従来のスタビライザの製造方法(比較例に係るスタビライザの製造方法)では、加工工程S10と、加熱工程S20と、成形工程S30とを経た後、曲げ加工が施された棒鋼材に油焼入れを施す焼入れ工程S140が実施されている。比較例に係るスタビライザの製造方法では、鉱油等を冷却剤として使用する油焼入れを採用することによって、焼入れ温度に加熱された鋼材の冷却速度を緩速化し、歪や焼割れの発生を低減させている。そして、油焼入れ後には、焼戻しが実施されて、機械的強度と靭性との調整が行われている。比較例に係るスタビライザの製造方法においてこのような工程が採用されているのは、従来スタビライザの材料として使用されているばね鋼鋼材は、焼入れ後の靭性や焼入れ性が、スタビライザ製品の要求性能に対して必ずしも十分に備わっていないためである。
【0062】
これに対して、本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、高強度を維持しつつ良好な靭性をも示すことができる低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材が採用されている。そのため、焼入れの後に焼戻しを施すこと無く、良好な機械的強度と靭性とを兼ね備えるスタビライザ1を製造することができる。そのため、スタビライザの製造ライン上には、長大な焼戻し炉を設置する必要が無く、スタビライザの製造に関わる設備規模を縮小させたり、焼戻し処理に関わる工数や焼戻し加熱に伴う加熱経費等の操業経費を低減させたりすることが可能になっている。
【0063】
また、本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、良好な焼入れ性を有する低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材が採用されているため、焼入れの不良に起因する歪みや焼割れが生じ難くなっている。そのため、従来実施されている油焼入れと比較して冷却速度が速い焼入れ条件を採用したとしても、焼割れや熱変形によって被加工材(棒鋼材)が損なわれることが少なく、従来行われている油焼入れと比較して冷却速度が速い焼入れを製造工程上において採用することが許容されるようになっている。そして、冷却速度が速い焼入れ方法が採用されることで、残留オーステナイトの生成が抑制され、置割れが阻止されている。また、油焼入れに代えて水焼入れ、水溶液焼入れ又は塩水焼入れが採用されることで、鉱油等の油性冷却剤の管理保安や廃棄経費が不要となってスタビライザ1の効率的な生産が可能になっている。さらには、次のとおり、スタビライザ1の表層(少なくとも表面から0.8mmの深さまで)に圧縮残留応力(例えば、150MPa以上)を付与する効果を得ることができる。
【0064】
図4は、熱応力による残留応力の生成の機序を示す概念図である。(a)は、冷却に伴う変形の過程を示す図であり、(b)は、塑性変形後の残留応力を示す図である。また、
図5は、変態応力による残留応力の生成の機序を示す概念図である。(a)は、マルテンサイト変態に伴う変形の過程を示す図であり、(b)は、塑性変形後の残留応力を示す図である。
【0065】
図4及び
図5においては、鋼材の表面近傍の組織体積変化が模式的に示されている。符号110は、鋼材の表面側に存在する表面組織、符号120は、内部側に存在する内部組織である。
【0066】
焼入れにおいて生成する熱応力は、冷却された鋼材の熱収縮が、鋼材の深さ方向の冷却速度差により深さ方向の分布を示す。通常、焼入れでは、鋼材の内部側までが変態温度以上に加熱され、
図4(a)の上段に示すように、表面組織110及び内部組織120において応力や歪が実質的には認められない状態となっている。この状態から鋼材が焼入れされると、鋼材の冷却は時間経過とともに表面組織110側から内部組織120へ進行し、表面側と内部側との間に冷却速度差が生じる。そのため、表面組織110側は、熱伝導が遅れる内部組織120側よりも大きく熱収縮し、熱伝導が遅れる内部組織120側は、表面組織110側の収縮変形に引きずられて塑性変形して収縮する(
図4(a)の中段参照)。
【0067】
ところが、さらに冷却が進行すると、
図4(a)の下段に示すように、表面組織110側においては、金属組織の凝固が納まり寸法変化が無くなるのに対して、熱伝導が遅れる内部組織120側においては、依然として冷却され熱収縮が進行する。そして、熱収縮を続ける内部組織120は、表面組織110を収縮方向に拘束しながら塑性変形の収縮を終える。その結果、
図4(b)に示すように、残留応力は、表面組織110側が内部組織120よる収縮力を受けて圧縮残留応力が優位になる深さ方向の分布を示す。一方、内部組織120は、表面組織110から伸長力を受けることから、引張残留応力が優位になる深さ方向の分布を示すことになる。
【0068】
これに対し、焼入れにおいて生成する変態応力は、冷却された鋼材のマルテンサイト変態による膨張が、鋼材の深さ方向の冷却速度差によって拘束され膨張し、熱応力とは逆向きの分布を示す。
図5(a)の上段に示す表面組織110及び内部組織120において応力や歪が実質的には認められない状態から鋼材が焼入れされると、鋼材の冷却は表面組織110側から進行し、表面側と内部側との間に冷却速度差が生じる。そのため、表面組織110側は、熱伝導が遅れる内部組織120側よりも先にマルテンサイト変態開始温度(Ms)を下回り、マルテンサイト変態に伴って大きく膨張するのに対し、熱伝導が遅れる内部組織120側は、表面組織110側に引きずられて塑性変形する(
図5(a)の中段参照)。
【0069】
さらに冷却が進行すると、
図5(a)の下段に示すように、表面組織110側は、熱伝導が遅れる内部組織120側よりも先にマルテンサイト変態終了温度(Mf)を下回り、金属組織の体積変化が治まる。これに対して、熱伝導が遅れる内部組織120側は、マルテンサイト変態開始温度(Ms)以上マルテンサイト変態終了温度(Mf)以下の温度域で依然としてマルテンサイト変態に伴う膨張を生じる。そして、膨張を続ける内部組織120は、表面組織110を引張方向に拘束しながら塑性変形を終える。その結果、
図5(b)に示すように、生成する残留応力は、表面組織110が内部組織120の膨張に引張られて、表面組織110側ほど引張残留応力が優位になる。一方、内部組織120は表面組織110から圧縮する力を受けて内部組織120側ほど圧縮残留応力が優位になる。以上より、熱応力とは逆向きの分布を示すことになる。
【0070】
焼入れされる鋼材においては、実際には、このような熱応力に起因する残留応力と変態応力に起因する残留応力との兼ね合いにしたがって、表面残留応力の深さ方向の分布が顕れる。よって、スタビライザ1の表面に、疲労強度や耐摩耗性の向上に有効な圧縮残留応力を付与する上では、熱応力が変態応力よりも優位に発生する熱処理を施すことが有効である。
【0071】
この点について、本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、高強度・高靭性な低炭素マルテンサイト組織に着目し、従来使用されているばね鋼鋼材と比較して炭素量が少ないマンガンボロン鋼鋼材を使用する。加えて、水と同等以上又は水に近い熱伝達率を有する媒体による、従来の油焼入れと比較して冷却速度が速い焼入れを採用する。これによって、マルテンサイト変態に伴う体積変化を抑制して変態応力の発生を低減させ、急冷により大きな熱応力を発生させる。その結果、熱応力に起因する残留応力は変態応力に起因する残留応力よりも優位になり、焼入れが施された棒鋼材の表面に、スタビライザ1に好適な圧縮残留応力が付与される。これは、水の熱伝達率が、油の熱伝達率より大きいため、鋼材から熱を早く奪えることに起因するものと考えられる。また、冷却速度が速い焼き入れを採用した焼入れ工程S40では、棒鋼材に焼入れしたままで、深く大きい圧縮残留応力を付与することが可能である(
図9(a)参照)。そのため、水焼入れが施された棒鋼材にショットピーニング(表面加工工程S50)を施すこと無く、圧縮残留応力が表層に付与されたスタビライザ1の製作が可能である。つまり、本実施形態(本発明)では、焼き戻し工程、ショットピーニング工程を行うことなく、スタビライザ1の製品化が可能である。
【0072】
また、従来(比較例)のスタビライザの製造方法では、
図3に示すように、表面加工工程S50の後工程として、前処理工程S60、常温の棒鋼材に粉体塗料を塗装する塗装工程S80、塗装された粉体塗料を焼き付ける加熱工程S190が実施されている。これに対して、本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、焼入れ工程S40において、ショットピーニングよりも深い圧縮残留応力が付与されているため(
図9(a)、
図10(a)参照)、予加熱工程S70や後加熱工程S90における加熱処理によって、残留応力が過度に緩和されることが少なく、予加熱工程S70や後加熱工程S90における加熱条件の許容条件範囲が拡大される点においても有利である。
【0073】
以上の本実施形態に係るスタビライザの製造方法によって製造されるスタビライザ1は、実質的に略単相のマルテンサイト組織の金属組織にすることができる。より具体的には、スタビライザ1の半製品について、横断面の中心部分の90%以上がマルテンサイト組織を有するものとすることが可能である。通常、従来のばね鋼鋼材を使用し、油焼入れ及び焼戻しを施して得られる金属組織は、フェライトとセメンタイトとの二相組織となり、二相間に局部電池が形成され易い状態となってしまう。これに対し、本実施形態に係るスタビライザの製造方法では、低炭素量のマンガンボロン鋼を材料として使用しているため、単相のマルテンサイト組織を形成することができ、電離しづらく、炭化物の析出を少なくすることができる。そのため、金属組織中に局部電池が形成され難く、従来のばね鋼鋼材を使用したスタビライザと比較して耐食性に優れたスタビライザ1を製造することができるようになっている。
【0074】
本実施形態に係るスタビライザの製造方法によって製造されるスタビライザ1は、旧オーステナイト結晶粒界の結晶粒度について粒度番号Gが8を超えるようにすることが好ましく、9以上にすることがより好ましい。旧オーステナイト結晶粒界の結晶粒度をこのように微細化しておくことで、靭性を損なわず機械的強度をより向上させることができる。結晶粒度の微細化は、例えば、焼入れ温度を低下させたり、Mnや、任意添加元素の含有量を高めたりすることによって実現することが可能である。なお、旧オーステナイト結晶粒界の結晶粒度は、JIS G 0551の規定に準じて測定することができる。粒度番号Gは、焼き入れままの金属組織の顕微鏡観察像に基いて判定することができ、望ましくは5〜10視野の粒度番号の平均値として求められる。
【0075】
また、本実施形態に係るスタビライザの製造方法によって製造されるスタビライザ1は、ロックウェル硬さ(HRC)が、44.5を超え55.5以下の範囲となるようにすることが好ましい。このような硬さは、炭素量が0.15%以上0.39質量%以下の範囲であれば、必要な靭性を有して実現させることが可能である。製造されるスタビライザ1は、このような硬さにおいても、従来のばね鋼鋼材を材料とし同等の硬さに調質したスタビライザと比較して、良好な靭性(例えば、HRC44.5において室温のシャルピー衝撃値が30J/cm
2以上)を兼ね備えるものとすることができる。
【実施例】
【0076】
以下、本発明の実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0077】
はじめに、次の表1に示す化学成分組成を有する鋼材(供試材1〜供試材9)について、硬さ及び炭素量と衝撃値との相関を評価した。なお、供試材1〜供試材8は、マンガンボロン鋼鋼材であり、供試材9は、従来のばね鋼鋼材(SUP9A(「SUP9N」))である。
【0078】
【表1】
【0079】
衝撃試験では、各供試材から採取したJIS3号片(Uノッチ2mm深さ)を使用し、衝撃値uE20(J/cm
2)を求めた。なお、供試材は、表1に示す各組成の鋼を溶製して鋼塊とし、角ビレットに溶接して熱間圧延材を得た後、この熱間圧延材から採取した棒鋼材について、水焼入れを施したものを試験片の採取に用いた。
【0080】
図6は、マンガンボロン鋼鋼材のロックウェル硬さと衝撃値との相関を示す図である。また、
図7は、マンガンボロン鋼鋼材の炭素量と衝撃値との相関を示す図である。
【0081】
図6に示すように、従来のばね鋼鋼材である供試材9では、スタビライザにおける実用上の硬さ上限(HRC44.5)で、衝撃値が約30J/cm
2に留まっている(図中に破線で示す)。これに対して、マンガンボロン鋼鋼材である供試材1〜供試材8では、HRC44.5以上56以下の範囲において、供試材9のスタビライザにおける実用上の硬さ上限(HRC44.5)で、衝撃値が約30J/cm
2を上回っており、機械的強度と靭性とを両立し得ることが分かる。また、
図7に示すように、マンガンボロン鋼鋼材における衝撃値は、各供試材の炭素量(質量%)に対して負の相関を示しており、靭性が主として炭素量に依存していることが分かる。そして、マンガンボロン鋼鋼材である供試材1〜供試材8の衝撃値は、供試材9において認められた衝撃値(30J/cm
2)の値を、炭素量が0.39質量%以下の範囲で上回っている(図中に破線で示す)。よって、スタビライザの材料としては、炭素量が0.39質量%以下のマンガンボロン鋼が好適であると認められる。
【0082】
次に、実施例1−1〜実施例1−3に係るスタビライザを製造し、耐久性について評価を行った。また、対照として、比較例1に係るスタビライザを製造し、併せて評価を行った。
【0083】
[実施例1−1]
実施例1−1に係るスタビライザは、表1に示す供試材1を材料とし、冷間曲げ加工を施す成形工程S30と、水焼入れを施す焼入れ工程S40とを経て、焼戻しを施すこと無く製造した。なお、スタビライザの径は23mmとした。
【0084】
[実施例1−2]
実施例1−2に係るスタビライザは、材料を表1に示す供試材4に代えた点を除いて、実施例1−1と同様にして製造した。
【0085】
[実施例1−3]
実施例1−3に係るスタビライザは、成形工程S30を熱間曲げ加工に代えた点を除いて、実施例1−1と同様にして製造した。
【0086】
[比較例1]
比較例1に係るスタビライザは、表1に示す供試材9を材料とし、油焼入れ後に焼戻しを施して製造した。なお、スタビライザの径は23mmとした。
【0087】
そして、製造した各スタビライザについて耐久試験を行った。耐久試験では、スタビライザの両端を固定し、所定繰返し応力を負荷して、両振りの疲労限度を求めた。
【0088】
図8は、実施例に係るスタビライザのS−N線図である。
【0089】
図8に示すように、実施例1−1〜実施例1−3に係るスタビライザでは、実線で示す比較例1に係るスタビライザと比較して、いずれも耐久性が向上していることが分かる。また、実施例1−1に係るスタビライザと実施例1−3に係るスタビライザとでは、疲労限度が同等となっており、熱間曲げ成形及び冷間曲げ成形のいずれも採用し得ることが認められる。
【0090】
次に、実施例2−1〜実施例2−4に係るスタビライザを製造し、表面残留応力について評価を行った。また、対照として、比較例2−1〜比較例2−2に係るスタビライザを製造し、併せて評価を行った。
【0091】
[実施例2−1]
実施例2−1に係るスタビライザは、表1に示す供試材1を材料とし、成形工程S30と、水焼入れを施す焼入れ工程S40とを経て、ショットピーニング(表面加工工程S50)を施すこと無く製造した。
【0092】
[実施例2−2]
実施例2−2に係るスタビライザは、材料を表1に示す供試材4に代えた点を除いて、実施例2−1と同様にして製造した。
【0093】
[実施例2−3]
実施例2−3に係るスタビライザは、表1に示す供試材1を材料とし、成形工程S30と、水焼入れを施す焼入れ工程S40と、ショットピーニングを施す表面加工工程S50とを経て製造した。
【0094】
[実施例2−4]
実施例2−4に係るスタビライザは、材料を表1に示す供試材4に代えた点を除いて、実施例2−3と同様にして製造した。
【0095】
[比較例2−1]
比較例2−1に係るスタビライザは、表1に示す供試材9を材料とし、油焼入れ後に焼戻し及びショットピーニングを施すこと無く製造した。
【0096】
[比較例2−2]
比較例2−2に係るスタビライザは、表1に示す供試材9を材料とし、油焼入れ後に焼戻しとショットピーニングとを施して製造した。
【0097】
図9は、ショットピーニングを施すこと無く製造したスタビライザにおける表面残留応力の測定結果を示す図である。(a)は、実施例に係るスタビライザの結果を示す図であり、(b)は、比較例に係るスタビライザの結果を示す図である。また、
図10は、ショットピーニングを施して製造したスタビライザにおける表面残留応力の測定結果を示す図である。(a)は、実施例に係るスタビライザの結果を示す図であり、(b)は、比較例に係るスタビライザの結果を示す図である。
【0098】
図9及び
図10において、縦軸は、残留応力(MPa)を示す。(−)側が圧縮応力、(+)側が引張応力である。
図9(a)に示すように、実施例2−1及び実施例2−2では、比較例の
図9(b)に比べ、焼戻しとショットピーニングとを施していないにも関わらず、深い分布をもって圧縮残留応力が生成していることが分かる。詳細には、圧縮残留応力が引張残留応力に変わるクロッシングポイントが、表面から少なくとも0.8mm以上の深さになっており、表面から0.8mmの深さにおいて150MPa以上の圧縮残留応力(無負荷時における圧縮残留応力)が認められる。
【0099】
また、実施例2−1及び実施例2−2では、残留応力が比較的大きくなっており、冷却速度が速い焼入れを施してさえいれば、
図10(b)の比較例のショットピーニングを施したスタビライザの表面残留応力を参照して、ショットピーニングの実施を省略したとしても有効な圧縮残留応力を付与し得ることが分かる。詳細には、表面から0.42mmの深さにおける圧縮残留応力(無負荷時における圧縮残留応力)が約200MPa以上、表面から0.8mmの深さにおける圧縮残留応力(無負荷時における圧縮残留応力)が150MPa以上、表面から1.0mmの深さにおける圧縮残留応力(無負荷時における圧縮残留応力)が100MPa以上に及んでおり、表面から少なくとも0.8mmの深さまでにわたって150MPa以上の圧縮残留応力が分布している。これに対して、比較例2−1(
図9(b)参照)では、引張残留応力が分布しており、油焼入れでは、熱応力による表面残留応力の生成が優位になり難いと認められる。
【0100】
他方、
図10に示すように、ショットピーニングを施した実施例2−3及び実施例2−4(
図10(a)参照)では、実施例2−1及び実施例2−2(
図9(a)参照)と比較して、表面側の圧縮残留応力が更に増強されていることが分かる。これに対して、比較例2−2(
図10(b)参照)では、油焼戻し及びショットピーニングが施されることによって、表面側の圧縮残留応力が増強されていることは認められるものの、圧縮残留応力の分布は表面側(
図10(b)に示す表面から0.42mm以下)に留まっている。そのため、比較例のスタビライザでは、成長した腐食ピットの底部近傍を起点とした割れが伝播し易く、十分な疲労強度や耐食性が得られない可能性がある。
【0101】
次に、表面残留応力とマンガンボロン鋼鋼材の炭素量及び径との相関の解析を行った。
【0102】
マンガンボロン鋼鋼材の表面残留応力は、炭素量が互いに異なる供試材1、2、6、7、8を材料としてそれぞれ使用し、成形工程S30と、水焼入れを施す焼入れ工程S40とを経て、焼戻しを施すこと無く製造したスタビライザ半製品について計測した。なお、各半製品の径は、21mm〜25mmの範囲に揃えた。また、表面残留応力と径との相関は、各径(直径)において発生し得る表面残留応力を、水焼入れを施して製造した場合(水冷)と、油焼入れを施して製造した場合(油冷)とについてシミュレーションによって推定した。
【0103】
図11は、実施例に係るスタビライザにおける表面残留応力を解析した結果を示す図である。(a)は、表面残留応力と鋼材の炭素量との関係を示す図であり、(b)は、表面残留応力と鋼材の径との関係を示す図である。
【0104】
図11(a)に示すように、水焼入れを施すことによって表面に付与される圧縮残留応力は、炭素量が低いほど大きく、炭素量が高いほど低下することが分かる。よって、炭素量が低いマンガンボロン鋼鋼材を使用してスタビライザを製造する場合には、ショットピーニングの実施を省略しても、高い疲労強度や耐食性を有するスタビライザを製造し得るといえる。また、
図11(b)に示すように、油焼入れでは引張残留応力が生成されるのに対して、水焼入れでは圧縮残留応力が生成されており、その応力値は、径20mm〜30mmの範囲においては、十分な大きさ(最大値で300MPa程度以上)に達することが確認できる。
【0105】
次に、低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材を材料とし、水焼入れを施して製造されるスタビライザの耐食性を評価した。
【0106】
耐食性試験の試料としては、供試材1を材料として使用し、成形工程S30と、水焼入れを施す焼入れ工程S40とを経て、焼戻しを施すこと無く製造したスタビライザ半製品(試料1−1)を供した。また、対照として、従来のばね鋼鋼材である供試材9を材料とし、油焼入れを施した後、焼戻しを施したスタビライザ半製品(試料1−2)を供した。なお、径は、いずれも14mmとした。耐食性試験は、サイクル試験(CCTI)とし、直径10mm×長さ50mmの範囲を被腐食面として残してマスキングした各試料を使用して、35℃で4時間の塩水噴霧(NaCl濃度5%)、60℃で2時間の乾燥処理、50℃且つ95%RHで2時間の湿潤処理からなるサイクルを繰り返して腐食減量の測定を行った。なお、腐食減量は、試験前重量と試験後重量との差分を被腐食面の面積で除算して求めた。
【0107】
図12は、耐食性試験の結果を示す図である。
【0108】
図12に示すように、低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材を材料とし、水焼入れを施した試料1−2では、従来のばね鋼鋼材を材料とし、油焼入れを施した後、焼戻しを施した試料1−2と比較して、耐食性が向上していることが分かる。試料1−2では、焼戻しにより、トルースタイトないしソルバイトが生成しているために、低炭素量のマルテンサイト組織を有する試料1−1と比較して、腐食速度が増大しているものと認められる。
【0109】
次に、低炭素量のマンガンボロン鋼鋼材を材料とし、水焼入れを施して製造されるスタビライザの疲労き裂の進展性を評価した。
【0110】
破壊靭性試験の試料としては、従来のばね鋼鋼材である供試材9を材料とし、油焼入れを施した後、焼戻しを施したスタビライザ半製品(試料2−1)と、供試材1を材料として使用し、成形工程S30と、水焼入れを施す焼入れ工程S40とを経て、焼戻しを施すこと無く製造したスタビライザ半製品(試料2−2)とを供した。なお、試料2−1の硬さは42.7(HRC)、試料2−2の硬さは45.8(HRC)とした。
【0111】
図13は、疲労き裂の進展性を解析した結果を示す図である。
【0112】
図13において、縦軸は、疲労き裂伝播速度da/dN(mm/cycle)、横軸は、応力拡大係数範囲ΔK(kgf/mm
3/2)を示す。×のプロットは試料2−1、▲のプロットは試料2−2、◆のプロットは参考例1(SUP7(HRC46.5)の既報値)、■のプロットは参考例2(SUP7(HRC61.0)の既報値)である。
【0113】
図13に示すように、試料2−2の疲労き裂伝播速度は、試料2−1の1/10〜1/100程度であり、従来のばね鋼鋼材である参考例1や参考例2等と比較しても、靭性が良好であることが分かる。また、破壊靭性値(Kc)を求めたところ、試料2−2のKcは、試料2−1の約1.6倍に達しており、疲労耐久性も良好であることが認められた。
【0114】
<<その他の実施形態>>
1.前記実施形態では、水と同等以上又は水に近い熱伝達率を有する水性の冷却剤を用いる場合を例示して説明したが、焼入れ対象を急冷でき、説明した機械的強度、強靭性等の所定の性能がスタビライザ1に得られれば、媒体の種類は特に制限されない。例えば、氷、有機溶剤、熱伝達率が大きい液体や固体などを含む水や油であってよい。なお、媒体とは液体、固体を含む液体などその相は特に限定されない。すなわち、スタビライザ1の要求性能によっては、C:0.15質量%以上0.39質量%以下、Mn、B及びFeを少なくとも含む棒鋼材に曲げ加工を施して製品形状に成形する成形工程と、曲げ加工が施された前記棒鋼材をオーステナイト化後、下部臨界冷却速度以上で焼入れを施す焼入れ工程とを含み、前記焼入れが施された前記棒鋼材に焼戻しを施すこと無くスタビライザを製造することも可能である。
【0115】
2.前記実施形態では、スタビライザ1の原材として、質量%で、C:0.15%以上0.39%以下、Si:0.05%以上0.40%以下、Mn:0.50%以上1.70%以下、B:0.0005%以上0.003%以下を必須元素として含有し、P:0.040%以下、S:0.040%以下であり、任意添加元素として、Ni、Cr、Cu、Mo、V、Ti、Nb、Al、N、Ca及びPbからなる群より選択される少なくとも一種以上の元素をそれぞれ1.20%以下の範囲で含有し得ると共に、残部が、Feと不可避的不純物である棒鋼材を用いる場合を例示して説明したが、スタビライザ1に説明した機械的強度、強靭性等の所定の性能が得られれば、スタビライザ1の原材として、C:0.15質量%以上0.39質量%以下、Mn、B、およびFeを少なくとも含む棒鋼材でもよい。または、質量%で、C:0.15%以上0.39%以下、Mn:0.50%以上1.70%以下、B:0.0005%以上0.003%以下、およびFeを少なくとも含む棒鋼材を用いてもよい。
【0116】
3.前記実施形態では、中実のスタビライザ1を用いる場合を例示して説明したが、パイプ状の中空のスタビライザを製作する場合に本発明を適用してもよい。
【0117】
4.前記実施形態では、様々な構成を説明したが、各構成を選択したり、各構成を適宜選択して組み合わせて構成してもよい。
【0118】
5.前記実施形態は、本発明の一例を説明したものであり、本発明は、特許請求の範囲内または実施形態で説明した範囲において、様々な具体的な変形形態が可能である。