(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6111109
(24)【登録日】2017年3月17日
(45)【発行日】2017年4月5日
(54)【発明の名称】時効硬化特性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20170327BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20170327BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20170327BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-63421(P2013-63421)
(22)【出願日】2013年3月26日
(65)【公開番号】特開2014-189802(P2014-189802A)
(43)【公開日】2014年10月6日
【審査請求日】2016年3月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【弁理士】
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【弁理士】
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100166235
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100179914
【弁理士】
【氏名又は名称】光永 和宏
(74)【代理人】
【識別番号】100179936
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 明日香
(72)【発明者】
【氏名】末次 輝彦
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】中村 定幸
(72)【発明者】
【氏名】広田 龍二
【審査官】
鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−189719(JP,A)
【文献】
特開2009−221553(JP,A)
【文献】
特開2009−221554(JP,A)
【文献】
特開2012−172211(JP,A)
【文献】
特開2003−113449(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 8/00 − 8/04
C21D 9/46 − 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.03〜0.30%
Si:1.50%以下
Mn:2.0〜5.0%
P:0.06%以下
S:0.005%以下
Ni:1.0〜4.0%
Cr:15.0〜19.0%
Cu:1.0〜3.5%
N:0.03〜0.30%
Sn:0.02%以下
B:0.001〜0.010%
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、任意の部位の表面硬さが400HV以上で、加工誘起マルテンサイト量が10%以上であり、ターゲットCoにて40kV,200mAでX線解析をした場合、加工誘起マルテンサイト相の結晶方位(211)での半価幅が1.5°以上であることを特徴とする時効硬化特性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
450℃×60分で時効処理を施した時の時効処理前後の硬さの差が50HV以上であることを特徴とする請求項1に記載の時効硬化特性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1の成分範囲からなる鋼の焼鈍材を冷間圧延率40%以上で圧延し、その後450℃×60分で時効処理を施すことを特徴とする低Niオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NiおよびMnを必要最小限の含有量に抑制しつつ、高強度用300系ステンレス鋼が適用される用途に使用可能な時効硬化能が高い低Niオーステナイト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高強度が求められる用途には加工硬化型や析出硬化型高強度ステンレス鋼があり、加工硬化型高強度ステンレス鋼としては、SUS301の調質圧延材等が使用されている。その後成形加工され強度上昇のため時効処理が施される。また、最近では以下の特許文献1〜3に記されるようなNiに代わるオーステナイト形成元素として5%以上のMnを含有させた200系ステンレス鋼が300系ステンレス鋼の代替材として提供されつつある。また、特許文献4のように多量のMnを含有しないNiを節減したオーステナイト系ステンレス鋼の技術も提示されている。それらSUS301およびSUS304に代表される加工硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、冷間加工により高強度が得られ高強度ステンレスばね用素材として多用されている。
【0003】
特許文献1〜3のような多量のMnを含有する技術では、鋼板の表面品質が低下し、焼鈍酸洗性や光輝焼鈍などの生産性を損ない、Niを低減したにも関わらずこれらの生産性低下によりその効果が総コスト面で相殺されてしまうという問題がある。また、特許文献4は多量のMnを含有しないが、時効硬化能が不足している鋼もあるという問題がある。
【0004】
これまでに、Niを節減した高強度オーステナイト系ステンレス鋼の用途例として、特許文献5〜7に示す技術が提示されている。特許文献5ではリサイクル性、表面品質に起因する生産性、および素材特性面では耐食性と加工性に優れるステンレス鋼、特許文献6は優れた曲げ加工性を発現し、高強度ステンレス製ばねとして必須とされる耐へたり性および耐食性をも兼備するばね用ステンレス鋼を、特許文献7は優れた深絞り性、張出し性を発現し、トラックをはじめとする自動車の車体、構造部材や補強材などが開示されている。
しかし、これらの技術はいずれも時効硬化能が不足している鋼もあるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許4606113号公報
【特許文献2】特許4331731号公報
【特許文献3】特許4116134号公報
【特許文献4】特許4327030号公報
【特許文献5】特許5014915号公報
【特許文献6】特許5091732号公報
【特許文献7】特許5091733号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記特許文献記載の鋼材では解決し得なかった、低Niオーステナイト系ステンレス鋼の時効硬化能を高めることを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、種々の成分範囲の鋼を素材として調質圧延後に時効処理が施される要件について種々検討した結果、成分規定範囲に加えて材料の圧延率を調整し、時効処理条件を制御することにより時効硬化能が高い低Niオーステナイト系ステンレス鋼板が提供できることを見出した。
【0008】
上記課題は、質量%で、C:0.03〜0.30
%、Si:1.50%以下、Mn:2.0〜5.0%、P:0.06%以下、S:0.005%以下、Ni:1.0〜4.0%、Cr:15.0〜19.0%、Cu:1.0〜3.5%、N:0.03〜0.30%、Sn:0.02%以下、B:0.001〜0.010%を含み、残部
がFeおよび不可避的不純物からなり、任意の部位の表面硬さが400HV以上で、加工誘起マルテンサイト量が10%以上であり、ターゲットCoにて40kV,200mAでX線解析をした場合、加工誘起マルテンサイト相の結晶方位(211)での半価幅が1.5°以上であることを特徴とするあるいは、
450℃
×60分
で時効処理を施した時の時効処理前後の硬さの差が50HV以上であることを特徴とする低Niオーステナイト系ステンレス鋼板あるいは、焼鈍材を冷間圧延率40%以上で圧延し、その後
450℃
×60分
で時効処理を施すことを特徴とする低Niオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法により達成される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、Ni含有量を節減しつつもMn含有量の多量添加を回避し、時効硬化特性に優れた低Niオーステナイト系ステンレス鋼板が提供される。この鋼板を用いて製造加工される製品は、素材が300系ステンレス鋼である高強度用途に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】半価幅と時効処理前後のΔHVの関係を示す。
【
図2】冷間圧延率40%の圧延材におけるMn含有量と加工誘起マルテンサイト相の結晶方位(211)の半価幅の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、時効処理前後のΔHVと材料の半価幅が密接に関連しており、成分範囲と材料の圧延率を調整することにより半価幅を増加させ、ΔHVを増大できることを見出した。
【0012】
図1に半価幅と時効処理前後のΔHVの関係を示す。ΔHVとは、時効処理前後の硬度差を示したものである。半価幅は、ターゲットCoにて40kV,200mAでX線解析をし、加工誘起マルテンサイト相の結晶方位(211)で測定し、強度の半分における幅値を測定した。ΔHVは、半価幅の増加にともない増加し、半価幅1.5°以上でΔHV50以上得られることがわかる。
【0013】
半価幅1.5°以上を得るには、成分範囲と冷間圧延率を制御する必要がある。
図2に冷間圧延率40%の圧延材におけるMn含有量と加工誘起マルテンサイト相の結晶方位(211)の半価幅の関係を示す。Mn含有量の増加にともない半価幅が増加し、Mn含有量2.0質量%以上で半価幅が、1.5°以上得られることがわかる。Mnが半価幅を増大させる要因については不明であるが、MnによるN固溶量の増大あるいは、積層欠陥エネルギーの低下が寄与しているものと考えられる。
【0014】
図3に冷間圧延率と半価幅の関係を示す。本発明鋼の実施例A1で、冷間圧延率40%以上でマルテンサイト相の結晶方位(211)での半価幅が1.5°以上得られた。一方、比較鋼の実施例B5では、冷間圧延率40%以上でもマルテンサイト相の結晶方位(211)での半価幅が1.5°以上得られない。
【0015】
以下、本発明鋼に含まれる合金成分ならびに含有範囲限定理由について説明する。
C、Nは、オーステナイト生成元素であり、加工誘起マルテンサイト相を固溶強化するためまた、時効硬化能を発現するために有用な元素である。これらの元素の含有量が少なすぎるとδフェライト相の生成量が増大し、熱間加工性が低下する。C、Nとも0.03質量%を越える含有量を確保することが強度を得るために重要である。一方、C、Nの含有量が多くなりすぎると過度に硬質化し、加工性を阻害する要因となるため、C、N含有量は上限を0.30質量%に規定した。
【0016】
Siは、製鋼での脱酸に有用な元素であるとともに、固溶強化に寄与する元素である。1.5質量%を越えて過剰に含有させると鋼が硬質化し加工性を損なう要因となる。また、Siはフェライト生成元素であるため、過剰添加は高温域でのδフェライト相の多量生成を招き、熱間加工性を阻害する。したがって、Si含有量は1.5質量%以下に規定した。
【0017】
MnはNiに比べて安価で、Niの機能を代替できる有用なオーステナイト形成元素である。また、Nの固溶量を増加させ、時効硬化能を発現させるためにも有能な元素である。上述したように圧延材の加工誘起マルテンサイト相の半価幅を増加させ、時効硬化能を向上させるために2.0%以上のMn含有量を確保する必要がある。一方、Mn含有量が過剰となると、表面性状に起因する生産性の低下ならびにMnSなどの介在物生成に起因する加工性低下や耐食性低下を引き起こす要因となる。このため、Mn含有量は上限を5.0質量%に規定した。
【0018】
PおよびSは不可避的不純物として混入するが、その含有量は低いほど望ましく、加工性その他の材料特性や製造性に多大な悪影響を与えない範囲として、Pについては0.06質量%以下、Sは0.005質量%以下に規定した。
【0019】
Niはオーステナイト系ステンレス鋼に必須の元素である。良好な熱間加工性を得るには、例えば1200℃の加熱温度でγ単相となるようにNi量を含有させる必要があり、その下限は1.0質量%である。本発明ではコスト低減の観点からNi含有量を極力低く抑える成分設計を行っており、上限を4.0質量%に規定した。
【0020】
Crはステンレス鋼の耐食性を担保する不動態皮膜の形成に必須の元素である。本発明では、耐食性を十分に確保する上で、Cr含有量の下限を15.0質量%とした。ただし、Crはフェライト生成元素であるため、過度のCr含有により熱延前加熱温度が(γ+δ)2相域となり、加熱後もδフェライトの多量生成を招き熱間加工性を損なう要因となるため、好ましくない。したがって、Cr含有量は上限を19.0質量%に規定した。
【0021】
Cuはオーステナイト生成元素であることから、Cu含有量の増加に応じてNi含有量の設定自由度が拡大し、Niを抑制した成分設計が容易になる。時効硬化能を向上させるために1.0%以上のCu含有量を確保する必要がある。ただし、3.5質量%を越える多量のCu含有は熱間加工性を阻害しやすい。このため、Cu含有量は1.0〜3.5質量9%に規定した。
【0022】
Snは不可避的不純物として混入する可能性があるが、Cuを含有している鋼では低融点化合物のCu−Sn相を生成して熱間加工性を著しく低下させる。したがって、Sn含有量の上限を0.02質量%に規定した。
【0023】
Bは熱間加工性や軟質化を改善するために添加させる元素であり、0.001質量%以上の添加により安定した効果が得られる。ただし、過剰に添加するとBの化合物が析出し、熱間加工性を劣化させるのでその上限を0.010質量%に規定した。
【0024】
本発明鋼は、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板の製造プロセスにより製造可能である。具体的には、成分調整された溶鋼を連続鋳造またはバッチ式で鋳造し、得られた鋳造スラブを加熱した後抽出して、連続熱間圧延機またはリバース式熱間圧延機にて熱間圧延する手法が採用できる。熱間圧延以降の中間焼鈍あるいは仕上焼鈍は1050〜1100℃の範囲で行うことが望ましい。また、仕上焼鈍後は目標硬さに応じた調質圧延が施され、例えば板厚0.1〜3.0mmの調質圧延鋼板とすることができる。その後、形状矯正や前述の時効温度範囲における連続時効処理が適宜実施されてもよい。
【実施例】
【0025】
表1の組成をもつ各種ステンレス鋼を溶製した。表1において、A1〜A5が本発明で規定する化学成分を有する本発明鋼、B1〜B5が比較鋼である。比較鋼の下線部の化学成分含有量が本発明で規定する範囲を外れる。
【0026】
【表1】
【0027】
本発明鋼A1〜A5および比較鋼B1〜B5について、冷延鋼板の素材作製を行った。各鋼とも100kgの鋼塊を得た後に、抽出温度1230℃で熱間圧延することにより板厚3.0mmの熱間圧延板を製造した。それぞれの鋼の板厚3.0mmの熱間圧延板を1080℃で均熱1分の焼鈍を施した後、冷間圧延率40%以上で圧延することにより、硬さが460±10HV、板厚が1.0mmの調質圧延鋼板を得た。なお、調質圧延後の硬さが460HVとなる調質圧延率をそれぞれの鋼についてあらかじめ調べておき、その調質圧延率をもとに冷延前の板厚を設定し、その板厚にて1080℃で均熱1分の焼鈍を施した後、板厚1.0mmまでの調質圧延を実施した。調質圧延は、板温が70℃となるよう加温した上で行った。
【0028】
上記の板厚1.0mmの調質圧延材を用いて、加工誘起マルテンサイト量の測定を行った。径5mmの円盤を採取後、エッジをリン酸硫酸中にて電解研磨したサンプルを用い、4枚重ね合わせて振動試料型磁力計により測定した。
【0029】
さらに板厚1.0mmの調質圧延材を用いて、時効処理を施した。時効処理条件は450℃で60分施し、時効処理前後のサンプル表面における硬さ測定をJISZ2244に準じ、ビッカース硬さ試験機を用いて10kgの荷重で測定した。また、調質圧延材についてターゲットCoで40kV,200mAでX線解析によるマルテンサイト相の結晶方位(211)の半価幅を測定した。表2に調質圧延材の圧延率、加工誘起マルテンサイト量、半価幅および時効処理前後の硬さを示す。
【0030】
【表2】
【0031】
表2に示されるように、本発明鋼A1〜A5は冷間圧延率40%以上で製造され、加工誘起マルテンサイト量が10%以上で、半価幅が1.5°以上と本発明の範囲内にあるので時効処理後のΔHVが高い。一方、比較鋼B1〜B5は、B2が冷間圧延率40%未満、B3が加工誘起マルテンサイト量10%未満、さらにB1〜B5が半価幅が1.5°未満と本発明の範囲内にないため時効処理後のΔHVが低い。
【0032】
本結果より冷間圧延率40%以上で圧延し、任意の部位の表面硬さが400HV以上で、加工誘起マルテンサイト量が10%以上であり、ターゲットCoにて40kV,200m AでX線解析をした場合、加工誘起マルテンサイト相の結晶方位(211)での半価幅が1.5°以上であることさらに、450℃で60分時効処理を施した時の時効処理前後の硬さの差が50HV以上であることが確認された。以上のように、成分範囲と材料の圧延率を調整することにより半価幅が増加し、時効硬化特性に優れた低Ni系オーステナイト系ステンレス鋼板が得られることを見出した。