(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記真空ポンプと前記真空チャンバーとは接続部材により接続されているとともに、前記真空ポンプにおける前記接続部材との接合部分には、樹脂材料を含んでなる真空シール材が介挿されており、
前記酸化防止剤は前記真空シール材に含有されている、
請求項8に記載の有機EL素子の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
≪本発明の一態様の概要≫
本発明の一態様に係る酸化防止剤は、有機膜材料を真空状態下に維持するための真空装置に用いられる酸化防止剤であって、真空ポンプとこれに接続された真空チャンバーを備える前記真空装置の、前記真空ポンプにおける前記真空チャンバーと連通する箇所に用いられ、下記一般式(1)
【0017】
で表される芳香族第2級アミン誘導体を含む。但し、R
1〜R
10のうち少なくとも1つは下記一般式(2)で表され、その他は主鎖の原子の数が3以下の置換基とする。
【0019】
(式(2)中、Aは原子の数が3以下の鎖式構造を示し、主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。R
11は5員環以上8員環以下の環構造を有し、R
11が複数の環構造を有する場合には各環構造を結ぶ結合鎖における原子の数は3以下とし、各環構造は主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。)。
また、本発明の一態様に係る酸化防止剤の特定の局面では、前記有機膜材料は、アルキル鎖を有するホスト分子と、デンドリマー構造を有するドーパント分子と、を含有する。
【0020】
また、本発明の一態様に係る酸化防止剤の特定の局面では、前記アルキル鎖の炭素数をn(但し、6≦n≦9)とした場合、前記鎖式構造に含まれる原子の数mは、n−6以下である。
また、本発明の一態様に係る酸化防止剤の特定の局面では、前記アルキル鎖の炭素数をn(但し、6≦n≦9)とし、前記鎖式構造に含まれる原子の数をmとした場合において、前記nと前記mの和は9以下である。
【0021】
また、本発明の一態様に係る酸化防止剤の特定の局面では、前記真空ポンプの駆動部には、潤滑成分を含んでなる潤滑剤が塗布されており、前記酸化防止剤は前記潤滑剤に含有されている。
また、本発明の一態様に係る酸化防止剤の特定の局面では、前記真空ポンプと前記真空チャンバーとは接続部材により接続されているとともに、前記真空ポンプにおける前記接続部材との接合部分には、樹脂材料を含んでなる真空シール材が介挿されており、前記酸化防止剤は前記真空シール材に含有されている。
【0022】
また、本発明の一態様に係る酸化防止剤の特定の局面では、ジフェニルアミンを含有しない。
本発明の一態様に係る酸化防止剤組成物は、下記一般式(3)
【0024】
で表される芳香族第2級アミン誘導体を含む。但し、R
1〜R
10のうち少なくとも1つは下記一般式(4)で表され、その他は主鎖の原子の数が3以下の置換基とする。
【0026】
(式(4)中、Aは原子の数が3以下の鎖式構造を示し、主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。R
11は5員環以上8員環以下の環構造を有し、R
11が複数の環構造を有する場合には各環構造を結ぶ結合鎖における原子の数は3以下とし、各環構造は主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。)
本発明の一態様に係る真空装置用酸化防止剤は、下記一般式(5)
【0028】
で表される芳香族第2級アミン誘導体を含む。但し、R
1〜R
10のうち少なくとも1つは下記一般式(6)で表され、その他は主鎖の原子の数が3以下の置換基とする。
【0030】
(式(6)中、Aは原子の数が3以下の鎖式構造を示し、主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。R
11は5員環以上8員環以下の環構造を有し、R
11が複数の環構造を有する場合には各環構造を結ぶ結合鎖における原子の数は3以下とし、各環構造は主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。)。
本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法は、有機発光層材料が形成された基板を真空ポンプにより減圧された真空チャンバー内に載置することで、前記有機発光層材料を真空状態下に維持する減圧工程を含む、有機EL素子の製造方法であって、前記有機発光層材料は、アルキル鎖を有するホスト分子と、デンドリマー構造を有するドーパント分子と、を含有し、前記真空ポンプにおける前記真空チャンバーと連通する箇所には、下記一般式(7)
【0032】
で表される芳香族第2級アミン誘導体を含む酸化防止剤が用いられている。但し、R
1〜R
10のうち少なくとも1つは下記一般式(8)で表され、その他は主鎖の原子の数が3以下の置換基とする。
【0034】
(式(8)中、Aは原子の数が3以下の鎖式構造を示し、主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。R
11は5員環以上8員環以下の環構造を有し、R
11が複数の環構造を有する場合には各環構造を結ぶ結合鎖における原子の数は3以下とし、各環構造は主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。)。
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法の特定の局面では、前記アルキル鎖の炭素数をn(但し、6≦n≦9)とした場合、前記鎖式構造に含まれる原子の数mは、n−6以下である。
【0035】
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法の特定の局面では、前記アルキル鎖の炭素数をn(但し、6≦n≦9)とし、前記鎖式構造に含まれる原子の数をmとした場合において、前記nと前記mの和は9以下である。
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法の特定の局面では、前記真空ポンプの駆動部には、潤滑成分を含んでなる潤滑剤が塗布されており、前記酸化防止剤は前記潤滑剤に含有されている。
【0036】
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法の特定の局面では、前記真空ポンプと前記真空チャンバーとは接続部材により接続されているとともに、前記真空ポンプにおける前記接続部材との接合部分には、樹脂材料を含んでなる真空シール材が介挿されており、前記酸化防止剤は前記真空シール材に含有されている。
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法の特定の局面では、前記酸化防止剤にジフェニルアミンが含有されていない。
【0037】
本発明の一態様に係る有機EL表示パネルは、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法により製造された有機EL素子を用いる。
本発明の一態様に係る有機EL表示装置は、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法により製造された有機EL素子を用いる。
本発明の一態様に係る有機EL発光装置は、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法により製造された有機EL素子を用いる。
【0038】
≪実施の態様1≫
[真空装置の構成]
本実施形態では、本発明の一態様に係る酸化防止剤を用いた真空装置について説明する。
図1(a)は、本発明の一態様に係る酸化防止剤を用いた真空装置の構成を示す図である。本実施の態様に係る真空装置は、真空チャンバー1、真空ポンプ2、接続部材3、酸化防止剤4を備える。本真空装置は、有機膜材料を真空状態下に維持するために用いられるものである。
【0039】
<真空チャンバー1>
真空チャンバー1は被乾燥物5を収容するものであり、本実施形態における被乾燥物5は有機EL素子半製品である。真空チャンバー1は、その内部の大きさが例えば、500[mm]×500[mm]×150[mm]程度である。また、真空チャンバー1は真空ポンプ2による減圧に耐え得るような頑丈な材料で構成されており、このような材料としては、例えば、ステンレス等が挙げられる。
【0040】
図1(b)は被乾燥物5の模式的な部分拡大図であり、
図1(a)において破線で示す部分の拡大図となっている。
被乾燥物5は、基板上に有機膜材料としての有機発光層材料が形成されてなる。有機発光層材料は有機発光層を構成する材料と溶媒とを含むインクであり、バンクは有機発光層の形成領域となる開口部を区画するためのものである。真空装置により有機発光層材料を真空状態下に維持することで有機発光層材料が減圧乾燥され、
図1(c)に示すように有機発光層が形成される。なお、有機EL素子の詳細な構造および製造方法については、ここでの説明を省略し、実施の態様2で述べることとする。
【0041】
<真空ポンプ2、接続部材3>
真空ポンプ2は、真空チャンバー1の内部圧力を例えば約1[Pa]以下に減圧するために用いられるものである。真空ポンプ2としては、例えば、メカニカルブースターポンプ、ロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ等の機械式の真空ポンプを用いることができる。これらの中でも、特に、いわゆるポンプ油を使用しないドライポンプを用いることがより望ましい。ドライポンプは、例えば、有機EL素子や半導体薄膜製造等のように、真空チャンバー内をクリーンに保つ必要がある場合に使用される。
【0042】
接続部材3は、真空チャンバー1と真空ポンプ2とを接続するものであり、この接続部材3により、真空チャンバー1の内部と真空ポンプ2とが連通される。接続部材3の内径は、例えば、100[mm]程度である。
上記の真空ポンプを使用し、真空チャンバー1内を大気圧から減圧した場合、5[min]程度で真空チャンバー1の内部圧力を1[Pa]以下まで排気することが可能である。なお、この排気速度は、接続部材3の長さ(真空チャンバー1から真空ポンプ2までの距離)や接続部材3の屈曲具合によって変化し得る。
【0043】
真空ポンプ2は、単一の真空ポンプで構成されていることとしてもよいし、直列接続または並列接続された複数の真空ポンプで構成されることとしてもよい。複数の真空ポンプを用いる場合とは、例えば、大気圧から中真空までの減圧(粗引き)をドライポンプで行い、中真空から高真空、または超高真空までの減圧(主排気)を、メカニカルブースターポンプを用いて行うような場合である。具体的には、まずドライポンプにより大気圧から100[Pa]程度まで減圧し、その後、メカニカルブースターポンプにより約1[Pa]以下まで減圧する。
【0044】
真空ポンプ2は真空チャンバー1内の減圧を行うときにのみ動作させても良いが、真空ポンプ2の動作および停止を頻繁に行うと、真空ポンプ2に負担がかかるおそれがある。真空ポンプ2に負担がかかる場合は、真空チャンバー1と真空ポンプ2とを連通させる開放状態と、真空チャンバー1と真空ポンプ2とを連通させない閉鎖状態とを切替可能にするバルブ(電磁弁)を接続部材3に設けることとしてもよい。
【0045】
バルブを開状態とすることで接続部材3が開放状態となり、真空チャンバー1内の減圧が開始される。また、バルブを閉状態とすることで接続部材3が閉鎖状態となり、真空チャンバー1内の減圧は停止される。なお、バルブは通常、スロー排気用バルブとラフ排気用バルブからなる。真空チャンバー1の内部圧力が高い間はスロー排気用バルブを開状態、スロー排気用バルブ閉状態とする。真空チャンバー1の内部圧力が所定圧力以下になった場合には、スロー排気用バルブを閉状態、ラフ排気用バルブを開状態とする。このように、接続部材3にバルブを設けることで真空ポンプ2を動作状態のままとすることができるので、動作および停止を頻繁に行うことによる負荷が低減される。
【0046】
<酸化防止剤4>
本発明の一態様に係る酸化防止剤4は、真空ポンプ2における真空チャンバー1と連通する箇所に用いられているものである。酸化防止剤4は、具体的には、例えば真空ポンプ2の駆動部に塗布されている潤滑剤や、真空ポンプ2における接続部材3との接合部分に介挿されている真空シール材の含有成分である。酸化防止剤4は、潤滑剤に含まれる潤滑成分(例えば、潤滑油である。)や、真空シール材を構成する樹脂材料の酸化を防止するために用いられている。なお、真空シール材を構成する樹脂材料の概念にはゴムも含まれる。
【0047】
図2(a)は、本発明の一態様に係る酸化防止剤の化学構造を示す一般式である。本発明の一態様に係る酸化防止剤は、
図2(a)に示す一般式で表される芳香族第2級アミン誘導体を含む。すなわち、ジフェニルアミンを主骨格とする化学構造を有する。
図2(b)は、置換基R
1〜R
10のうち少なくとも1つがとる化学構造を示す一般式である。置換基R
1〜R
10のうち少なくとも1つは
図2(b)に示す一般式で表され、その他は主鎖の原子の数が3以下の置換基とする。ここでの「その他」は、置換基R
1〜R
10のうち、
図2(b)に示す一般式で表される化学構造をとらないものを指す。
【0048】
図2(b)に示す一般式において、Aは原子の数が3以下の鎖式構造を示しており、当該鎖式構造は、主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。以下、Aの部分を鎖式構造Aと記載する。
R
11は5員環以上8員環以下の環構造を有し、R
11が複数の環構造を有していてもよい。以下、R
11の部分を環構造部分R
11と記載する。環構造部分R
11が複数の環構造を有する場合には、各環構造を結ぶ結合鎖における原子の数は3以下とする。また、各環構造は主鎖の原子の数が3以下の置換基を有していてもよい。以下、
図2(b)に示す一般式で表される置換基を、単に「環構造部分を有する置換基」と記載する。
【0049】
鎖式構造Aおよび環構造部分R
11について、具体例を挙げて説明する。
図2(c),(d)は、
図2(b)に示す一般式中における鎖式構造Aおよび環構造部分R
11の対応関係について説明するための図である。
図2(c)では、
図2(a)における置換基R
1〜R
7,R
9,R
10が水素であり、置換基R
8がシクロヘキシルメチル基である場合を示している。
図2(c)に示すように、シクロヘキサン部分が環構造部分R
11に相当し、環構造部分R
11とジフェニルアミン骨格の芳香環とを連結するメチレン基が鎖式構造Aに相当する。鎖式構造Aは原子の数が3以下であると述べたが、「鎖式構造の原子の数」とは、鎖式構造に含まれる原子のうち水素を除く原子の数をいう。
図2(c)の例の鎖式構造Aはメチレン基(−CH
2−)であるが、この場合の鎖式構造Aの原子の数は1である。なお、この鎖式構造Aの原子の数は、
図2(c)にも記載している。
【0050】
図2(d)では、
図2(a)における置換基R
1〜R
7,R
9,R
10が水素であり、置換基R
8がシクロヘキシル基である場合を示している。
図2(c)と同様に、シクロヘキサン部分が環構造部分R
11に相当する。しかしながら、環構造部分R
11とジフェニルアミン骨格の芳香環とは直接結合しているため、
図2(d)の場合における鎖式構造Aの原子の数は0である。本明細書における「原子の数が3以下の鎖式構造」には、
図2(d)のように原子の数が0の鎖式構造も含まれるものとする。
【0051】
酸化防止剤4を上述したような化学構造とすることで、酸化防止剤4が真空ポンプ2から真空チャンバー1内へ飛散した場合であっても、当該酸化防止剤4が有機発光層材料に付着することを抑制することが可能である。
図2に示す酸化防止剤4の化学構造は、本発明者が鋭意検討の結果得た知見に基づいて決定されたものである。得た知見の詳細は後の[各種実験と考察]で述べる。
【0052】
以上説明したように、本実施の態様に係る真空装置によれば、有機発光層膜材料を真空状態下に維持する場合において、少なくとも酸化防止剤4の有機発光層材料への付着を抑制することが可能である。有機発光層材料への酸化防止剤4の付着が防止できることで、結果として、有機発光層の特性劣化を防止することが可能である。
[各種実験と考察]
<真空装置を用いた乾燥工程の有無による発光特性の違い>
本発明者は、真空装置を用いた乾燥工程を行うか否かで、有機EL素子の発光特性に違いが現れるかを検証した。ここで、「真空装置を用いた乾燥工程」は、有機発光層材料が形成された基板を真空ポンプにより減圧された真空チャンバー内に載置することで、有機発光層材料を真空状態下に維持する減圧工程の1種である。以下、「真空装置を用いた乾燥工程」を単に「減圧工程」と記載する。実験用の有機EL素子として、減圧工程を経ない有機EL素子と、減圧工程を経る有機EL素子の2種を準備した。
【0053】
図3は、実験用の有機EL素子の構造を示す模式断面図である。実験用の有機EL素子は、
図3に示すように、基板101上に第1電極としての陽極102、正孔注入層103、正孔輸送層104、有機発光層105、電子輸送層106、第2電極としての陰極107および封止層108を順に積層されてなる。減圧工程を経ない有機EL素子および減圧工程を経る有機EL素子に構造的な差異はない。
【0054】
図4は、実験用の有機EL素子の形成手順を説明するための模式断面図である。
減圧工程を経る有機EL素子について説明する。まず、
図4(a)に示すように、基板101上に陽極102、正孔注入層103、正孔輸送層104を順に積層するとともに、正孔輸送層104の上面に有機発光層材料105aを塗布する。次に、加熱を行って有機発光層材料105aを乾燥させて有機発光層105を成膜することで、有機発光層105形成後の有機EL素子半製品を準備する(
図4(b))。
【0055】
続いて、
図4(c)に示すように、有機発光層105形成後の有機EL素子半製品を、真空ポンプに接続された真空チャンバー内に載置した。そして、真空ポンプを起動させて真空チャンバー内を真空状態にし、20[min]放置した。真空ポンプとしては、メカニカルブースターポンプを用いた。また、本実験に用いた真空ポンプには、本発明の一態様に係る酸化防止剤とは異なる酸化防止剤が用いられている。
【0056】
図5は、実験に用いたメカニカルブースターポンプによる排気時間と真空チャンバー内の圧力との関係を示すグラフである。本実験においては、
図5に示すような排気プロファイルを有する真空ポンプを用いて実験を行った。横軸が真空ポンプによる排気時間を、縦軸が真空チャンバー内の圧力をそれぞれ示している。
図5に示すように、メカニカルブースターポンプに接続された真空チャンバー内は約10[Pa]まで減圧した。
【0057】
そして、真空チャンバーから有機EL素子半製品を取り出し、
図4(d)に示すように、有機発光層105の上に電子輸送層106、陰極107、封止層108を順に積層することにより、減圧工程を経る有機EL素子が完成する。
減圧工程を経ない有機EL素子について説明する。まず、
図4(a),(b)に示すように、減圧工程を経る有機EL素子と同様に、基板101上に陽極102、正孔注入層103、正孔輸送層104および有機発光層105を順に積層し、有機発光層105形成後の有機EL素子半製品を準備した。続いて、
図4(c)に示す減圧工程を行わずに、有機発光層105形成後の有機EL素子半製品を、グローブボックスに20[min]載置した。そして、
図4(d)に示すように、有機発光層105の上に電子輸送層106、陰極107、封止層108を順に積層することにより、減圧工程を経ない有機EL素子が完成する。
【0058】
減圧工程を経ない有機EL素子、減圧工程を経る有機EL素子ともに、陽極102、正孔注入層103、正孔輸送層104、電子輸送層106、陰極107および封止層108には、公知の材料を用いた。有機発光層105としてはF6−F8(F6(ポリジヘキシルフルオレン)とF8(ポリジオクチルフルオレン)との共重合体)を用いた。なお、各層の具体的な形成方法は本実験の本質ではないためここでの説明は省略し、実施の態様2で述べることとする。
【0059】
なお、減圧工程を経ない有機EL素子の製造においては、当然のことながら、有機発光層材料を乾燥させるための減圧工程を行うことができない。そこで、有機発光層を構成する材料を溶解させるための溶媒として、減圧工程による乾燥が不要な低沸点溶媒であるキシレンを用いた。ただし、キシレンを溶媒として用いた場合、インクジェット法による塗布を行うことができない。つまり、キシレンはあくまで実験用に用いたに過ぎないものである。そのため、減圧工程を経ない有機EL素子の製造においては、有機発光層材料の乾燥は加熱により行った。また、減圧工程を経ないEL素子との比較が行えるよう、減圧工程を経る有機EL素子についても同様とした。
【0060】
図6は、減圧工程を経ない有機EL素子の発光特性と、減圧工程を経た有機EL素子の発光特性を示す図である。
図6は、実験用の有機EL素子を発光させた場合の、発光時間と発光強度の関係を示すグラフであり、横軸は発光時間[hr]を、縦軸は発光強度をそれぞれ示している。発光強度は、発光開始直後を1としたときの相対値で示している。また、減圧工程を経ない有機EL素子の発光特性(
図6において「減圧工程無」)を実線で、減圧工程を経る有機EL素子の発光特性(
図6において「減圧工程有」)を二点鎖線でそれぞれ示している。
【0061】
減圧工程を経ない有機EL素子と比較して、減圧工程を経る有機EL素子は、時間経過に伴う発光強度低下量が大きいことが見てとれる。換言すると、有機発光層材料塗布後に減圧工程を経ない有機EL素子よりも、減圧工程を経る有機EL素子の方が発光強度半減寿命(発光強度が半減するまでに要する時間)が短いことがわかる。
両実験用有機EL素子の違いは、有機発光層成膜後の基板が置かれる環境のみである。つまり、グローブボックス内に保管するか、真空ポンプに接続された真空チャンバー内に保管するかの違いにより、発光強度半減寿命に大きな差が生じたことになる。以上のことより、本発明者は、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に用いられている潤滑剤の含有成分、もしくは、真空シール材等の含有成分が、不純物として真空ポンプから真空チャンバーへ飛散するのではないかと考えた。そして、当該不純物が有機発光層の表面近傍に吸着することで、有機発光層に何らかの悪影響を与え、この結果、有機発光層の特性が劣化するのではないかと考えた。
【0062】
なお、以上の結果は、デンドリマー構造を有するドーパント分子が含まれていない有機発光層105を用いた場合のものであるが、デンドリマー構造を有するドーパント分子が含まれており、より不純物が付着し易い有機発光層105を用いた場合も、同様の結果が得られた。
以下、機械式の真空ポンプに用いられている潤滑剤および真空シール材等を総称して、単に「潤滑剤等」と記載する。
【0063】
減圧工程を経る実験用の有機EL素子における電子輸送層は、真空成膜法に基づき形成されている。この真空成膜工程を経てもなお発光特性に悪影響が生じていることからすると、不純物は真空成膜時の高真空下でも揮発しないような沸点のものであると推定された。そのため、本発明者は、潤滑剤等の含有成分が不純物ではないかと考えたのである。
上述したように、潤滑剤等は酸化防止剤を含んでいる。酸化防止剤は、潤滑成分の酸化または樹脂材料の酸化が原因の所謂スラッジやワニスの発生を抑制するものであり、例えば、連鎖停止剤、過酸化物分解剤、金属不活性化剤等の種類が知られている。この中でも、本発明者は、ジフェニルアミン系化合物等で構成される、潤滑成分の酸化の進行を停止させる連鎖停止剤に注目した。
【0064】
図7は、ジフェニルアミン系化合物の連鎖停止剤としての機能を説明するための図である。
図7(a)は、潤滑剤に含まれる潤滑成分または真空シール材に含まれる樹脂材料の酸化反応式を示す図である。まず、式(9)のように、R−Hで示す潤滑成分または樹脂材料が熱や光を受けることにより、ラジカル状態の潤滑成分または樹脂材料R・と水素ラジカルH・が生成され、連鎖反応が開始される。次に式(10)のように、ラジカル状態の潤滑成分または樹脂材料R・と酸素分子が反応することで、反応性の高い過酸化物ROO・が生成する。さらに、式(11)のように、過酸化物ROO・は潤滑成分または樹脂材料R−Hと反応することで、ラジカル状態の潤滑成分または樹脂材料R・を新たに生成する。このように、連鎖反応の伝播が進行する。
【0065】
図7(b)は、ジフェニルアミン系化合物による連鎖停止反応式を示す図である。連鎖停止反応においては、式(12)のように、まず過酸化物ROO・がジフェニルアミン系化合物Ph
2NHと反応する。ここで、一般にラジカルは不安定である。しかしながら、ジフェニルアミン系化合物Ph
2NHが水素ラジカルH・を失うことで形成されるラジカル状態のジフェニルアミン系化合物Ph
2N・は、そのラジカル部分に隣接する芳香環による共鳴安定化が起こるため、比較的安定であると考えられる。そのため、式(12)のように、潤滑成分または樹脂材料R−Hの酸化により生じる反応性の高い過酸化物ROO・へ水素ラジカルを供与して、ラジカル状態のジフェニルアミン系化合物Ph
2N・が生成するという反応が進行する。
【0066】
ラジカル状態のジフェニルアミン系化合物Ph
2N・は比較的安定であり、自身が連鎖反応を進行はさせないものの、式(13)および式(14)のように、過酸化物ROO・と反応する程度の反応性は有する。このように、ラジカル状態のジフェニルアミン系化合物Ph
2N・は、過酸化物ROO・と反応することでラジカル反応を停止させる性質を有するため、潤滑成分または樹脂材料R−Hの酸化反応の進行を停止させる連鎖停止剤として用いられている。なお、
図7に示す各反応は、非特許文献1にも詳細に記載されている。
【0067】
<発光強度半減寿命低下のメカニズム>
図8は、酸化防止剤として用いられるジフェニルアミン系化合物の一例を示す図である。
図8(a)、(b)、(c)に、ジフェニルアミン系化合物の一例である化合物A、化合物B、化合物Cの化学式をそれぞれ示している。
図9において、化合物A、化合物B、化合物Cを総じて
図8(d)で示す化学式で表すこととし、単に「DPA」と記載する。
【0068】
図9は、ジフェニルアミン系化合物を原因とする、有機EL素子における発光強度半減寿命低下のメカニズムの一例を説明するための図である。説明の都合上、有機発光層105と電子輸送層106との界面領域109を誇張して示している。
まず、式(15)に示すように、有機EL素子駆動中においては、電子輸送層106を構成する電子輸送性材料Xは、ラジカルアニオン(ポーラロン)状態となることで電子の輸送を行う(
図9における「ラジカルアニオン状態の電子輸送性材料X」)。そのため、このラジカルアニオン状態の電子輸送性材料Xをキャリアと考えることができる。そして、界面領域109において、DPAはラジカルアニオン状態の電子輸送性材料Xに水素ラジカルを供与することで、自身がラジカルアニオン状態となる(
図9における「ラジカルアニオン状態のDPA」)。このような反応が進行する理由として、ラジカルアニオン状態のDPAは、負電荷が2つのベンゼン環において非局在化するため安定に存在し得るからであると考えた。つまり、ラジカルアニオン状態の電子輸送性材料Xよりも、ラジカルアニオン状態のDPAの方がさらに安定な化学種となり得るからであると考えた。その場合、ラジカルアニオン状態の電子輸送性材料Xは、DPAから放出された水素ラジカルと結合するといった反応も進行し得る(
図9における「XH」)。
【0069】
式(15)に基づいて説明したように、減圧工程を経ることで発光強度の低下が大きくなる要因の1つとして、キャリアであるラジカルアニオン状態の電子輸送性材料XがDPAにより消失することにより、有機発光層105に注入される電子が減少することが考えられる。
次に、式(16)に示すように、界面領域109において、ラジカルアニオン状態のDPAは、有機発光層105を構成する材料Yと反応することも想定される。この反応により、有機発光層105を構成する材料Yとは異なる生成物Zを与える。これは、有機発光層105が劣化することに相当する。このように、DPAと有機発光層105を構成する材料Yが反応してしまうことも、発光強度の低下の一因であると考えられる。
【0070】
以上説明したようなメカニズムが想定されることからも、潤滑剤等に含まれる酸化防止剤、特に連鎖停止剤が発光強度半減寿命低下に大きく影響していると考えた。
<減圧工程を経た有機発光層表面の付着物の分析>
次に、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC−MS)を用い、減圧工程を経た有機発光層の表面に付着している物質を分析した。減圧工程を経た有機発光層をヘリウム雰囲気下で昇温加熱し、加熱された有機発光層から放出されるガス(アウトガス)を液体窒素で捕集し、GC−MSで分析した。GC−MS分析は、アジレント・テクノロジー社製の6890GCを用い、イオン化はEI法(電子イオン化法)により行った。カラムはアジレント・テクノロジー社製のDB5msを使用し、40[℃]から300[℃]まで昇温した。
【0071】
図10は、減圧工程を経た有機発光層表面の付着物の分析結果を示す図である。縦軸は検出強度(トータルイオンカレントであり、検出された分子数に相当する。)、横軸は保持時間[min]をそれぞれ示しており、
図10では、保持時間15〜20[min]におけるガスクロマトグラフを示している。保持時間16〜19[min]付近に、化合物A、化合物B、化合物Cのピークが検出された。純粋な化合物A、化合物B、化合物CについてもGC−MS分析を行い、保持時間およびマススペクトルが
図10に示す結果と一致していることを確認した。
【0072】
GC−MS分析の結果より、本発明者は、真空ポンプに用いられている潤滑剤等に酸化防止剤として含まれているジフェニルアミン系化合物が、発光強度半減寿命低下の原因であることを突き止めた。そして、ジフェニルアミン系化合物が次項で説明するメカニズムにより、真空ポンプから真空チャンバーへ飛散するのではないかと考えた。
<真空ポンプから真空チャンバーへの酸化防止剤飛散のメカニズム>
図11は、真空ポンプによる排気時間と真空チャンバー内の圧力との関係を示すグラフである。横軸が排気時間であり、縦軸が真空チャンバー内の圧力である。また、縦軸において、下方にいくほど真空度が高いことを示している。
【0073】
時刻Aは、真空ポンプの起動時点に相当する。また、時刻Bは、真空チャンバー内の減圧が進行している最中である。時刻Cにおいては、真空ポンプの性能限界まで真空チャンバー内が減圧されており、平衡状態に達している。時刻A、時刻B、時刻Cの各々における真空チャンバーと真空ポンプ内の様子を、
図12を用いて説明する。
図12は、
図11に示すグラフにおける時刻A、時刻B、時刻Cにおける真空チャンバーと真空ポンプ内の様子を模式的に示す図である。
【0074】
図12に示すように、真空チャンバー26は、排気管28を介して真空ポンプ27に接続されている。真空チャンバー26内の気体は、真空ポンプ27により、排気管28、29を通って外部へ排出される。また、各図において、真空ポンプ27に用いられている酸化防止剤を符号30で示している。
図12(a)は真空ポンプ27の起動時点である。減圧を開始すると、
図12(b)において破線の矢印で示すように、真空チャンバー26内の気体は、排気管28から真空ポンプ27および配管29を介して外部へ排出される。このように、真空チャンバー26から排気管28、真空ポンプ27および配管29へと向かう気流が発生する。このため、減圧期間(時刻B)においては、酸化防止剤30が真空チャンバー26へ飛散することはないと考えられる。
【0075】
しかしながら、時刻Cにおいては、真空ポンプ27の性能限界まで真空チャンバー26内が減圧されている。そのため、真空チャンバー26と真空ポンプ27との間の気流も平衡状態にある。また、真空チャンバー26および真空ポンプ27における真空度が高くなることで、酸化防止剤30の平均自由行程が長くなる。このため、
図12(c)に示すように、酸化防止剤30の有機発光層材料への付着が起こると考えられる。また、酸化防止剤30の平均自由行程が長くなると、有機発光層と酸化防止剤30との衝突確率もより高くなると考えられる。さらに、真空チャンバー26および真空ポンプ27における真空度の上昇により、真空チャンバー26および真空ポンプ27内の圧力に占める酸化防止剤30の蒸気圧の割合が上昇するが、このことによっても酸化防止剤30の飛散が促進される。
【0076】
<有機発光層を構成する材料の混合比による化合物A,B,Cの付着挙動の違い>
まず、本検証に用いた有機発光層の構成について説明する。本検証に用いた有機発光層を構成する材料は、電荷輸送を担うホスト分子と、発光を担うドーパント分子を含むものとした。
図13は、ホスト分子の構造を示す図である。本検証では、ホスト分子には上述したF6−F8を用いた。
図13(a)にF6の化学構造を、
図13(b)にF8の化学構造をそれぞれ示している。F6およびF8の化学構造の特徴は、それぞれ、炭素数6のアルキル鎖6
6、炭素数8のアルキル鎖6
8を有している点である。
【0077】
図14は、ドーパント分子の構造を示す図である。本検証においてドーパント分子として用いたのはデンドリマーである。
図14(a)にはジェネレーション2のデンドリマーのイメージ図を、
図14(b)にはジェネレーション3のデンドリマーのイメージ図をそれぞれ図示している。なお、
図14(a),(b)に示すイメージ図は、特許文献3に開示されているものである。
【0078】
有機発光層を構成する材料として用いられるデンドリマーの一例を
図14(c),(d)に示している。これらのイリジウムデンドリマーは、非特許文献2に開示されているものである。
図14(c)に示すものはジェネレーション1のイリジウムデンドリマーであり、
図14(d)に示すものはジェネレーション2のイリジウムデンドリマーである。
図14(e)は、
図14(c),(d)における置換基Rの化学構造を示している。これらドーパント分子として用いたデンドリマーの化学構造は、間隙7を有する点が特徴である。なお、
図14(a),(b)を比較すると分かるように、ジェネレーションが高くなるほどデンドロンの数が増えるため、間隙7の入口の幅は狭まる。そのため、ジェネレーションが高くなるほど、酸化防止剤の分子は取り込まれにくくなる。
【0079】
本発明者は、実際に有機発光層を構成する材料の混合比、すなわち、ホスト分子とドーパント分子の混合比による付着性の違いについて検討する実験を行った。以下、その手順を説明する。
まず、
図13,
図14で説明した材料を用い、有機発光層を構成する材料におけるホスト分子とドーパント分子の比率を変えた有機発光層材料を準備した。次に、準備した各有機発光層材料を、乾燥後の膜厚が等しくなるように基板上に塗布した。続いて、有機発光層材料を真空状態下に維持する減圧工程を行うことにより、有機発光層を形成した。この減圧工程により、真空装置における真空ポンプに用いられている酸化防止剤が有機発光層材料に付着する。なお、言うまでもなく、本検証で用いた真空装置における真空ポンプには、本発明の一態様に係る酸化防止剤は用いられておらず、化合物A,B,C(
図8)を含む酸化防止剤が用いられている。
【0080】
そして、減圧工程後の有機発光層をその上面積が等しくなるように切り出し、切り出した各有機発光層をヘリウム雰囲気下で昇温加熱した。次に、加熱された有機発光層からのアウトガスを液体窒素で捕集し、GC−MSで分析した。使用機器および測定条件等は上記のGC−MS分析と同様である。得られたスペクトルにおける化合物A,B,Cのピーク強度、標準物質としてのトルエンのピーク強度、化合物A,B,Cの分子量およびトルエンの分子量から、切り出した各有機発光層に含まれる化合物A,B,Cの物質量を算出し、グラフ化した(
図15)。
【0081】
図15は、有機発光層を構成する材料におけるホスト分子とドーパント分子の比率を変えた場合における、化合物A,B,Cの付着挙動の違いを示すグラフである。
横軸は有機発光層を構成する材料(ホスト分子とドーパント分子の総量に相当する。)に対するドーパント分子の比率を示している。横軸の右側へ行くほどドーパント分子の比率が高く、横軸の左側へ行くほどホスト分子の比率が高い。縦軸は切り出した有機発光層に付着している化合物A,B,Cの物質量[pmol/cm
2]を示している。切り出した有機発光層に含まれる化合物A,B,Cの物質量に関し、化合物Aを菱形のプロットで、化合物Bを四角のプロットで、化合物Cを三角のプロットで示している。なお、本願では付着している化合物の物質量を単位面積あたりの量で評価しているが、実験に用いた有機発光層の膜厚は一定であるため、単位体積あたりの量で評価した場合も同様の結果が得られる。
【0082】
図15から分かるように、化合物A,Bと化合物Cとで付着挙動に違いが見られた。すなわち、化合物A,Bはドーパント分子の比率が高くなるほど付着量が増えるのに対し、化合物Cはホスト分子の比率が高くなるほど付着量が増える傾向が見られた。つまり、化合物A,Bはドーパント分子には付着し易いが、ホスト分子には付着しにくいことが分かる。一方、化合物Cはホスト分子には付着し易いが、ドーパント分子には付着しにくい。
【0083】
図8に示しているように、化合物A,Bはジフェニルアミン骨格の芳香環に対して、嵩高い置換基や長い置換基が置換していない。つまり、化合物A,Bは、大きさが比較的小さな分子であると言える。そのため、ドーパント分子として用いられているデンドリマーが有する間隙7(
図7)に入り込み易くなる結果、化合物A,Bはドーパント分子には付着し易い傾向が見られたのではないかと考えられる。また、このような長い置換基が置換していない分子は、ホスト分子が有する長いアルキル鎖と絡まりにくいため、ホスト分子に付着しにくかったものと考えられる。
【0084】
一方、化合物Cはジフェニルアミン骨格の芳香環に対して、主鎖の長い置換基が置換されている。そのため、ホスト分子の長いアルキル鎖と絡まり易くなる結果、ホスト分子に付着しやすい傾向が見られたものと考えられる。また、化合物Cが有する置換基は側鎖を有しており、嵩高いものとなっている。そのため、化合物Cはドーパント分子の間隙7に入り込みにくい結果、ドーパント分子には付着しにくいのではないかと考えられる。
【0085】
図15に示した付着挙動の結果より、本発明者は、真空ポンプに用いる酸化防止剤の化学構造を、嵩高い置換基を有し、かつ、主鎖の長い置換基を有しないものとすることで、有機発光層材料への付着を抑制することができるという発明を考案するに至った。具体的には、酸化防止剤の化学構造を、5員環以上8員環以下の環構造を含む環構造部分(
図2における環構造部分R
11に相当する。)を有し、かつ、原子の数が3を超える鎖式構造や主鎖の原子の数が3を超える置換基等を有しないものとすることで、有機発光層材料への当該酸化防止剤の付着を抑制することが可能であるとの考えに至った。この「原子の数を3以下とする」根拠については後述する。
【0086】
以下、本発明者が得た知見を基に考案され、有機発光層材料への付着を抑制することが可能な酸化防止剤の化学構造について、
図2,
図16〜
図22を参照しながら説明する。
図16〜
図22は、本発明の一態様に係る酸化防止剤の化学構造を説明するための図である。なお、
図16〜
図21の各図において、「実施の態様」の枠内に示されているものは本発明の一態様に係る酸化防止剤であり、「比較例」の枠内に示されているものは本発明の一態様に係る酸化防止剤ではない。
図22に示すものは、全て本発明の一態様に係るものである。なお、
図16〜
図22に示す各芳香族第2級アミン誘導体はいずれも、Grignard反応等の公知の合成方法を用いて合成することが可能である。
【0087】
図16は、嵩高い置換基としての環構造部分R
11の化学構造例を示す図である。
図16では、
図2(a)に示す一般式における置換基R
1〜R
7,R
9,R
10が水素であり、置換基R
8に環構造部分R
11が含まれる化学構造を示している。また、
図16で示した酸化防止剤における鎖式構造A(
図2(b)参照)は、いずれも原子の数が0である。
ドーパント分子としてのデンドリマーの間隙7(
図14)への酸化防止剤の取り込みを抑制する観点から、環構造部分R
11が有する環構造の大きさは、5員環以上8員環以下が望ましい。
図16(a)では、環構造部分R
11が6員環である例を示している。環構造を5員環未満の3員環とした場合(
図16(a)’)、3員環の環構造はそれほど嵩高いものではないため、ドーパント分子としてのデンドリマーの間隙7(
図14)に取り込まれてしまうおそれがあり、望ましくない。また、3員環は非常に歪みが大きく、構造的に不安定である点でも望ましいとは言えない。また、環構造を4員環とした場合も、3員環とした場合と同様であると考えられる。一方、
図16(b)’に示すように、環構造を8員環よりも大きい10員環とした場合、ホスト分子(
図13)が有する長いアルキル鎖6
6,6
8と絡まってしまうおそれがあるため望ましくない。
【0088】
環構造部分R
11は飽和炭化水素である必要ななく、
図16(b),(c)に示すように、芳香環であってもよい。
図16(c)における環構造部分R
11はナフタレン構造であるが、ナフタレン構造に含まれる1つの芳香環が環構造部分R
11に相当するのではなく、ナフタレン全体が環構造部分R
11に相当する。また、
図16(c)における環構造部分R
11は、その右側に括弧書きで図示しているように環構造を2個有しているが、いずれの環構造も6員環であるため、5員環以上8員環以下の範囲に収まっている。
【0089】
環構造部分R
11は、
図16(d)に示すようにアダマンタン構造であってもよい。
図16(d)に係る環構造部分R
11は、その右側に括弧書きで図示しているように環構造を4個有しており、各々の環構造は6員環である。
図16(c),(d)のように、環構造部分R
11の有する環構造が連続的に連なっていることとしてもよい。
図17は、鎖式構造Aの化学構造例を示す図である。
図17では、
図2(a)に示す一般式における置換基R
1〜R
7,R
9,R
10が水素であり、置換基R
8が環構造部分を有する置換基である場合の化学構造を示している。
【0090】
図17(a)には鎖式構造Aの原子の数が1のものを、
図17(b)には鎖式構造Aの原子の数が3のものを図示している。このように、鎖式構造Aの原子の数を3以下とすることで、ホスト分子が有するアルキル鎖6
6,6
8(
図13)への酸化防止剤への絡まりを抑制することが可能である。一方、
図17(a)’に示すように鎖式構造Aの原子の数が4と大きくなると、ホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8と絡まるおそれが生じるので望ましくない。
【0091】
ここで、鎖式構造Aの原子の数を3以下とする根拠について説明する。
図15で説明したように、化合物Bはホスト分子には付着しにくいことが分かっている。
図8に示したように、化合物Bにおけるジフェニルアミン骨格にはt−ブチル基が置換されている。すなわち、ジフェニルアミン骨格が有する置換基がt−ブチル基程度の長さであれば、ホスト分子が有するアルキル鎖には絡まりにくいと言える。
図8に示しているように、このt−ブチル基は主鎖の原子の数が3以下の置換基である。t−ブチル基自体は、主鎖の原子の数が3の置換基である。
【0092】
「主鎖の原子の数が3以下の置換基」とは、当該置換基に含まれる最長の原子鎖を構成している原子のうち、水素を除く原子の数が3以下である置換基をいう。例えば、n−ブチル基(−CH
2CH
2CH
2CH
3)における主鎖の原子の数は4である。また、イソプロピル基(−CH(CH
3)
2)やt−ブチル基(−C(CH
3)
3、化合物Bに置換されているものである。)における主鎖の原子の数は3である。
【0093】
このように、主鎖の原子の数が3以下の置換基であれば、ホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8と絡まりにくいと言える。主鎖の原子の数が3以下の置換基における当該主鎖の部分は、原子の数が3以下の原子鎖と換言することができる。したがって、原子の数が3以下の原子鎖に相当するところの「原子の数が3以下の鎖式構造A」も同様に、ホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8と絡まりにくいと言うことができる。
【0094】
また、鎖式構造Aは直鎖である必要はなく、
図17(c)のように、鎖式構造Aが置換基Bを有していることとしてもよい。以下、鎖式構造Aにおける置換基Bを、単に「置換基B」と記載する。ただし、
図17(c)に示しているように、置換基Bにおける主鎖の原子の数は3以下であることが望ましく、
図17(c)’のように主鎖の原子の数は3を超えるものは望ましくない。置換基Bにおける主鎖の原子の数を3以下とする理由は、鎖式構造Aの原子の数を3以下とする根拠と同様である。
【0095】
主鎖の原子の数を3以下とすることで、置換基Bがホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8と絡まることも抑制することは可能である。さらに、主鎖の原子の数を3以下であるという要件を満たしていれば、
図17(d)に示すように、鎖式構造Aに置換基Bが複数個置換されていることとしてもよい。
図18は、環構造部分R
11に複数の環構造が含まれている場合における、各環構造を結ぶ結合鎖Cの化学構造例を示す図である。
図18においても
図17と同様に、
図2(a)における置換基R
1〜R
7,R
9,R
10が水素であり、置換基R
8が環構造部分を有する置換基である場合の化学構造を示している。環構造部分R
11に複数の環構造が含まれるようにすることで、酸化防止剤の化学構造をより嵩高いものとすることができるため、ドーパント分子としてのデンドリマーへの取り込みをより抑制することが可能である。
【0096】
図16(c),(d)で説明したように、環構造部分R
11には複数の環構造が含まれることとしてもよい。
図18(a) には、環構造部分R
11に2個の環構造が含まれ、原子の数が1である結合鎖Cで各環構造が結ばれている場合を示している。ここで、「原子の数が3以下の結合鎖」とは、当該結合鎖における環構造部分側の末端原子から、当該結合鎖におけるジフェニルアミン骨格側の末端原子を結ぶ原子鎖を構成している原子(両末端の原子を含む。)のうち、水素を除く原子の数が3以下である結合鎖をいう。
【0097】
図18(a)’のように、原子の数が3を超える結合鎖の場合には、当該結合鎖がホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8に絡まるおそれが生じる。そのため、環構造部分R
11に複数の環構造が含まれる場合には、
図18(a)のように、各環構造を結ぶ結合鎖Cにおける原子の数は3以下とすることが望ましい。このようにすることで、結合鎖Cがホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8に絡まることを抑制することができる。結合鎖Cにおける原子の数を3以下とする理由も、鎖式構造Aの原子の数を3以下とする根拠と同様である。
【0098】
なお、
図16(c),(d)で説明した化学構造においても、環構造部分R
11に複数の環構造が含まれている。
図16(c),(d)の場合のように、各環構造が連続的に連なっている場合には、各環構造を結ぶ結合鎖における原子の数は0である。本明細書における「原子の数が3以下の結合鎖」には、
図16(c),(d)のように原子の数が0である結合鎖も含まれるものとする。
【0099】
また、
図18(b)のように、1つの環構造を起点に複数の環構造が結合されている、すなわち、結合鎖Cを複数有することとしてもよい。ただし、各結合鎖Cにおいて、原子の数を3以下とする。
図16〜
図18では、ジフェニルアミン骨格の芳香環が有する置換基が1個である例を示したが、本発明の一態様に係る酸化防止剤は、これに限定されない。
図19は、ジフェニルアミン骨格の芳香環に2以上の置換基が置換されている場合の化学構造例を示す図である。
図19では、
図2(a)における置換基R
8が環構造部分を有する置換基である場合の化学構造を示している。
【0100】
図19(a)には、環構造部分を有する置換基とは異なる置換基が置換基R
3に置換されている場合の化学構造を示している。上述したように、本発明の一態様に係る酸化防止剤では、環構造部分を有する置換基とは異なる置換基は、主鎖の原子の数が3以下の置換基である。以下、「
図2(b)の一般式で表される置換基とは異なる置換基」を、単に「環構造を有さない置換基」と記載する。
図19(a)における置換基R
3に置換されている、環構造を有さない置換基は、具体的にはn−プロピル基である。ジフェニルアミン骨格の芳香環に環構造を有さない置換基が置換されている場合も、当該環構造を有さない置換基がホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8と絡まるのを抑制する必要がある。そのため、環構造を有さない置換基は、主鎖の原子の数が3以下であることが望ましい。この理由も、鎖式構造Aの原子の数を3以下とする根拠と同様である。
図19(a)’のように、主鎖の原子の数が3を超えるような環構造を有さない置換基が置換されている場合には、ホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8と絡まるおそれがあるため望ましくない。
【0101】
また、主鎖の原子の数が3以下であるという条件を満たしているならば、
図19(b)に示すように、ジフェニルアミン骨格における一の芳香環に、複数の環構造を有さない置換基が置換されていることとしてもよい。
図19(b)の例ではさらに、置換基R
5がエチル基となっている。
図19(a),(b)においては、ジフェニルアミン骨格の芳香環のうち、環構造部分を有する置換基が置換されていない芳香環に、環構造を有さない置換基が置換されている例を示したが、これに限定されるものではない。
図19(c)に示すように、環構造部分を有する置換基が置換されている芳香環に、環構造を有さない置換基が置換されていることとしてもよい。
図19(c)では、置換基R
6,R
10がメチル基である例を図示している。
【0102】
図16〜
図19においては、ジフェニルアミン骨格の芳香環に、環構造部分を有する置換基が1個置換されている化学構造例について説明したが、本発明の一態様に係る酸化防止剤はこれに限定されない。
図20は、ジフェニルアミン骨格の芳香環に、環構造部分を有する置換基が複数個置換されている場合の化学構造例を示している。
図20(a)では、置換基R
3,R
8が環構造部分を有する置換基である場合を示している。このような化学構造とすることで、酸化防止剤の化学構造をより嵩高いものとすることができる。この結果、ドーパント分子としてのデンドリマーの間隙7により一層取り込まれにくくすることができるので、有機発光層材料への付着をより抑制することが可能である。また、分子量を大きくすることにより、蒸気圧自体の低減も見込めるというメリットもある。
【0103】
ただし、
図20(a)’に示すように、各置換基における環構造部分R
11が、原子の数が3を超える原子鎖で結ばれるような化学構造は望ましくない。しかしながら、置換基R
1〜R
10のうち、環構造部分を有する置換基であるものが近接しており、これらの置換基における環構造部分R
11が、原子の数が3以下の原子鎖で結ばれているような場合は、本発明の一態様に含まれるものとする。
【0104】
図21は、環構造部分R
11に含まれる環構造が置換基Dを有する場合の化学構造例を示している。以下、環構造部分R
11に含まれる環構造が有する置換基Dを、単に「置換基D」と記載する。
図21(a)においては、環構造における置換基Dがn−プロピル基である場合を図示している。このような場合であっても、酸化防止剤の化学構造をより嵩高いものとすることができるので、有機発光層材料への付着をより抑制することが可能となる。しかし、
図21(a)’に示すように、主鎖の原子の数が3を超える置換基が環構造に置換されている場合には、ホスト分子のアルキル鎖6
6,6
8に絡まるおそれが生じる。そのため、置換基Dにおける主鎖の原子の数は3以下であることが望ましい。置換基Dにおける主鎖の原子の数を3以下とする理由は、鎖式構造Aの原子の数を3以下とする根拠と同様である。
【0105】
また、
図21(b)に示すように、環構造に複数の置換基Dが置換されていることとしてもよい。さらに、置換基Dは直鎖構造である必要はなく、
図21(c)に示すように分岐を有するような構造であってもよい。
図16〜
図21においては、置換基R
1〜R
10が炭化水素または水素である場合について例示したが、本発明の一態様に係る酸化防止剤はこれに限定されない。
図22は、環構造部分R
11、鎖式構造A、置換基B、結合鎖Cまたは置換基Dに、炭素と水素以外の原子が含まれる場合の化学構造例を示している。
【0106】
図22(a)〜(f)に示すように、環構造部分R
11、鎖式構造A、置換基B、結合鎖Cまたは置換基Dに炭素と水素以外の原子が含まれていることとしてもよい。すなわち、「原子の数が3以下の鎖式構造」や「主鎖の原子の数が3以下の置換基」等での「原子の数」における「原子」には、炭素原子以外のものも含まれる。このような化学構造であっても、上記の環構造部分R
11等が炭化水素で構成されている場合と原子鎖の長さが同じであれば、有機発光層材料への付着挙動にさほど差は見られないと考えられる。したがって、環構造部分R
11等が炭化水素で構成されている場合と同様に、有機発光層材料への付着を抑制することが可能である。
【0107】
[その他]
(1)本発明の一態様に係る酸化防止剤においては、当該酸化防止剤中に複数種の酸化防止剤組成物が含まれていることとしてもよい。すなわち、「
図2(a)に示す一般式で表される芳香族第2級アミン誘導体を含む酸化防止剤」とは、酸化防止剤組成物として、少なくとも
図2(a)に示す一般式で表される芳香族第2級アミン誘導体を含んでいる酸化防止剤を指し、当該酸化防止剤中に
図2(a)の一般式で示す化学構造とは異なる酸化防止剤組成物を含んでいてもよい。本発明の一態様に係る酸化防止剤としての必須の要件ではないが、酸化防止剤に複数種の酸化防止剤組成物を含む場合、複数の酸化防止剤組成物の全てについての化学構造が
図2で説明した条件を満たしたものであればより望ましい。
【0108】
但し、
図8で図示した化合物A,Bは、それらのジフェニルアミン骨格の芳香環が嵩高い置換基を有していないため、ドーパント分子としてのデンドリマーの隙間7に取り込まれ易い。また、化合物Cはそのジフェニルアミン骨格の芳香環に、主鎖の原子が3を超える置換基があるため、ホスト分子が有するアルキル鎖と絡まり易い。したがって、本発明の一態様に係る酸化防止剤における酸化防止剤組成物としては、化合物A,B,Cは含まれないものとする。
【0109】
(2)本発明の一態様に係る酸化防止剤は、
図13に示した化学構造を有するホスト分子を含む有機発光層材料に対してのみ、付着抑制効果が得られるのではない。すなわち、ホスト分子が有するアルキル鎖の炭素数が6および8である例を示したが、これに限定されるものではなく、炭素数がおおよそ6〜9であれば付着抑制効果が得られる。ホスト分子が有するアルキル鎖の炭素数が6〜9である場合、つまり、ホスト分子が有するアルキル鎖の炭素数をnとした場合に、nが6≦n≦9の範囲にある場合には、鎖式構造Aに含まれる原子の数mはn−6以下とすることが望ましい。もしくは、アルキル鎖の炭素数nと鎖式構造Aに含まれる原子の数mの和は9以下とすることが望ましい。このようにすることで、ホスト分子のアルキル鎖と酸化防止剤に含まれる原子鎖との絡まりを防ぐことができる結果、有機発光層材料への酸化防止剤の付着を抑制することが可能である。
【0110】
なお、アルキル鎖の炭素数nが6である場合、鎖式構造Aに含まれる原子の数mが0となる場合があるが、これは
図16で示したような化学構造の場合に相当する。上述したように鎖式構造Aに含まれる原子の数mが0である場合も、本発明の一態様に含まれるものとする。
(3)置換基R
1〜R
10のうち、環構造部分を有する置換基に置換されているものは少なくとも1つ以上であればよく、個数は特に限定されるものではない。置換基R
1〜R
10の全てが環構造部分を有する置換基である場合、環構造を有さない置換基、すなわち主鎖の原子の数が3以下の置換基を有しないことになる。このような場合も、本発明の一態様に係る酸化防止剤に含まれることとする。すなわち、「置換基R
1〜R
10のうち少なくとも1つは
図2(b)の一般式で表され、その他は主鎖の原子の数が3以下の置換基とする」は、置換基R
1〜R
10のうち少なくとも1つは
図2(b)の一般式で表されるものであり、
図2(b)の一般式で表されないものが存在する場合には、原子の数が3以下の置換基とする、の意味である。
【0111】
(4)
図17で示しているように、「鎖式構造A」は、ジフェニルアミン骨格の芳香環と環構造部分R
11を結ぶ原子鎖を指しており、鎖式構造Aに置換されている置換基Bは鎖式構造Aに含まれないものとする。また、「結合鎖C」も同様に、環構造部分R
11に含まれる環構造同士を結ぶ原子鎖を指すものとし、結合鎖Cに置換基が置換されている場合であっても、当該置換基は結合鎖Cに含まれないものとする。一方、置換基Bおよび置換基Dについては、主鎖と側鎖を有するような分岐構造であっても、主鎖と側鎖からなる置換基全体を指すものとする。
【0112】
[まとめ]
以上説明したように、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に用いる酸化防止剤として、5員環以上8員環以下の環構造を有し、かつ、原子の数が3を超える鎖式構造や主鎖の原子の数が3を超える置換基および原子の数が3を超える結合鎖を有さないような化学構造を有する酸化防止剤を採用することで、当該酸化防止剤の有機発光層材料への付着を抑制することが可能である。したがって、有機発光層材料を真空状態下に維持する場合において、有機発光層材料への不純物の付着を可能な限り抑制することが可能である。
【0113】
≪実施の態様2≫
本実施の態様においては、実施の態様1に係る真空装置を用いた有機EL素子の製造方法、当該製造方法により製造された有機EL素子を備える有機EL表示パネル、有機EL素子の製造方法、有機EL表示装置および有機EL発光装置について説明する。
[有機EL表示パネルの構成]
図23は、有機EL表示パネル10の構成を示す部分断面図である。有機EL表示パネル10は、同図上側を表示面とする、いわゆるトップエミッション型の有機EL表示パネルであり、その主な構成として、陽極12、有機発光層16、電子輸送層17、陰極18を備える。有機EL表示パネル10は、赤(R),緑(G),青(B)の何れかの発光色に対応する有機発光層16を有する有機EL素子を1つのサブピクセル100とし、サブピクセル100がマトリクス状に配設されている。
【0114】
<基板11、陽極12、ITO層13>
基板11は有機EL表示パネル10の基材となる部分であり、例えば、無アルカリガラス、ソーダガラス、無蛍光ガラス、燐酸系ガラス、硼酸系ガラス、石英、アクリル系樹脂、スチレン系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエチレン、ポリエステル、シリコーン系樹脂、またはアルミナ等の絶縁性材料で形成することができる。
【0115】
図示していないが、基板11の表面には有機EL素子を駆動するためのTFT(薄膜トランジスタ)が形成されており、その上方に陽極12が形成されている。陽極12は、例えば、ACL(アルミニウム、コバルト、ランタンの合金)、APC(銀、パラジウム、銅の合金)、ARA(銀、ルビジウム、金の合金)、MoCr(モリブデンとクロムの合金)、NiCr(ニッケルとクロムの合金)等で形成することができる。
【0116】
ITO(酸化インジウムスズ)層13は、陽極12と正孔注入層14の間に介在し、各層間の接合性を良好にする機能を有する。
<正孔注入層14>
正孔注入層14は、例えば、銀(Ag)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、バナジウム(V)、タングステン(W)、ニッケル(Ni)、イリジウム(Ir)等の酸化物、あるいは、PEDOT(ポリチオフェンとポリスチレンスルホン酸との混合物)等の導電性ポリマー材料からなる層である。上記のうち、酸化金属からなる正孔注入層14は、正孔を安定的に、または正孔の生成を補助して、有機発光層16に対し正孔を注入する機能を有する。
【0117】
<バンク15>
正孔注入層14の表面には、有機発光層16の形成領域となる開口部15aを区画するためのバンク15が設けられている。バンク15は一定の台形断面を持つように形成されており、絶縁性の有機材料(例えばアクリル系樹脂、ポリイミド系樹脂、ノボラック型フェノール樹脂等)からなる。
【0118】
図24は、有機EL表示パネル10におけるバンク15を示す模式平面図である。本実施の態様に係る有機EL表示パネル10では、一例としてラインバンク(ライン状のバンク)15を採用している。具体的には、バンク15は、各々がY軸方向に延伸形成され、X軸方向において隣接する各サブピクセル100間を区画している。そして、サブピクセル100は、バンク15により区画された領域ごとに、発光色が異なるように形成されており、例えば、Rのサブピクセル100(R),Gのサブピクセル100(G),Bのサブピクセル100(B)の3つのサブピクセルの組み合わせで1画素(1ピクセル)を構成する。
【0119】
なお、
図23に示す部分断面図は、
図24におけるA−A’断面図に相当する。
<有機発光層16>
図23に戻り、バンク15の開口部15aにより区画された正孔注入層14の表面には、R,G,Bのいずれかの発光色に対応する、有機膜としての有機発光層16が形成されている。有機発光層16は、キャリアの再結合による発光を行う部位であり、R,G,Bのいずれかの色に対応する有機材料を含むように構成されている。
【0120】
有機発光層16として用いることが可能な材料としては、例えば、実施の態様1における実験で用いたF6−F8のほか、ポリパラフェニレンビニレン(PPV)、ポリフルオレン、特許公開公報(特開平5−163488号公報)に記載のオキシノイド化合物、ペリレン化合物、クマリン化合物、アザクマリン化合物、オキサゾール化合物、オキサジアゾール化合物、ペリノン化合物、ピロロピロール化合物、ナフタレン化合物、アントラセン化合物、フルオレン化合物、フルオランテン化合物、テトラセン化合物、ピレン化合物、コロネン化合物、キノロン化合物及びアザキノロン化合物、ピラゾリン誘導体及びピラゾロン誘導体、ローダミン化合物、クリセン化合物、フェナントレン化合物、シクロペンタジエン化合物、スチルベン化合物、ジフェニルキノン化合物、スチリル化合物、ブタジエン化合物、ジシアノメチレンピラン化合物、ジシアノメチレンチオピラン化合物、フルオレセイン化合物、ピリリウム化合物、チアピリリウム化合物、セレナピリリウム化合物、テルロピリリウム化合物、芳香族アルダジエン化合物、オリゴフェニレン化合物、チオキサンテン化合物、シアニン化合物、アクリジン化合物、8−ヒドロキシキノリン化合物の金属錯体、2−ビピリジン化合物の金属錯体、シッフ塩とIII族金属との錯体、オキシン金属錯体、希土類錯体等の蛍光物質等が挙げられる。
【0121】
本実施の態様に係る有機発光層16は、後述するように、実施の態様1に係る真空装置を用いた減圧工程に基づいて形成されている。そのため、有機発光層16とその上に形成されている電子輸送層17との間において、少なくとも真空ポンプに用いられている酸化防止剤の存在量を抑制することができる。したがって、後述する製造方法を経ない場合と比較して、酸化防止剤を原因とする有機発光層16の劣化が少なく、設定値に近いより特性が得られるようになっている。これとともに、酸化防止剤による、有機発光層16の上に形成されている電子輸送層17へ与える影響も低減することができる。その結果、本実施の態様に係る有機発光層16は発光特性が良好である。
【0122】
<電子輸送層17>
電子輸送層17は、陰極18から注入された電子を有機発光層16へ輸送する機能を有する。電子輸送層17は電子輸送性を有する材料(電子輸送性材料)で構成されており、このような材料としては、例えば、ニトロ置換フルオレノン誘導体、チオピランジオキサイド誘導体、ジフェキノン誘導体、ペリレンテトラカルボキシル誘導体、アントラキノジメタン誘導体、フレオレニリデンメタン誘導体、アントロン誘導体、オキサジアゾール誘導体、ペリノン誘導体、キノリン錯体誘導体(いずれも特開平5−163488号公報に記載)等が挙げられる。
【0123】
<陰極18>
トップエミッション型有機EL表示パネルを実現するため、本実施の態様において電子輸送層17の上に形成された陰極18は、例えば、ITO、IZO(酸化インジウム亜鉛)等の光透過性を有する導電性酸化物材料で形成されている。
<封止層19>
陰極18の上に形成された封止層19は、有機EL表示パネル10内に浸入した水分又は酸素から有機発光層16および陰極18を保護するために設けられている。有機EL表示パネル10はトップエミッション型であるため、封止層19には、例えば、SiN(窒化シリコン)、SiON(酸窒化シリコン)等の光透過性材料が採用されている。
【0124】
<その他>
特に図示していないが、封止層19の上方には、基板11と対向する封止基板が設けられる。さらに、封止層19と封止基板とでできる空間に、絶縁性材料を充填することとしてもよい。このようにすることで、有機EL表示パネル10内に水分又は酸素が浸入するのを防ぐことができる。有機EL表示パネル10はトップエミッション型であるため、絶縁性材料としては、SiN、SiON等の光透過性材料を選択する必要がある。
【0125】
また、正孔注入層14と有機発光層16との間に、正孔注入層14から有機発光層16への正孔の輸送を促進させる機能を有する正孔輸送層を、さらに形成することとしてもよい。正孔輸送層として用いることが可能な材料としては、例えば、トリアゾール誘導体、オキサジアゾール誘導体、イミダゾール誘導体、ポリアリールアルカン誘導体、ピラゾリン誘導体及びピラゾロン誘導体、フェニレンジアミン誘導体、アリールアミン誘導体、アミノ置換カルコン誘導体、オキサゾール誘導体、スチリルアントラセン誘導体、フルオレノン誘導体、ヒドラゾン誘導体、スチルベン誘導体、ポリフィリン化合物、芳香族第三級アミン化合物、スチリルアミン化合物、ブタジエン化合物、ポリスチレン誘導体、ヒドラゾン誘導体、トリフェニルメタン誘導体、テトラフェニルベンジン誘導体が挙げられる(いずれも特開平5−163488号公報に記載)。
【0126】
さらに、電子輸送層17と陰極18の間に、陰極18から電子輸送層17への電子注入を促進させる機能を有する電子注入層を形成することとしてもよい。電子注入層として用いることが可能な材料としては、例えば、バリウム、フタロシアニン、フッ化リチウム等が挙げられる。
[有機EL表示パネルの製造方法]
図25〜
図27は、実施の態様2に係る有機EL表示パネル10の製造工程例を示す図である。これらの図を参照しながら、有機EL表示パネル10の製造方法について説明する。
【0127】
<基板準備工程、真空装置準備工程>
はじめに、有機発光層材料が形成された基板を準備する基板準備工程を行う。
図25(a)〜
図26(a)は基板準備工程に相当する。
まず、
図25(a)に示すように、基板11をスパッタ成膜装置の成膜容器内に載置する。そして成膜容器内に所定のスパッタガスを導入し、反応性スパッタ法、真空蒸着法等に基づき陽極12を成膜する。
【0128】
引き続き上記の成膜容器内で、
図25(b)に示すようにスパッタ法に基づき陽極12上にITO層13を形成する。次に、ITO層13の各表面を含む基板11の表面に対し、スパッタリング法等を用い金属膜を製膜する。その後、形成された金属膜を酸化することにより、正孔注入層14が形成される。
次に、
図25(c)に示すようにバンク15を形成する。バンク材料として、例えば感光性のレジスト材料、好ましくはフッ素系材料を含有するフォトレジスト材料を用意する。このバンク材料を正孔注入層14上に一様に塗布し、プリベークした後、開口部15aを形成できるようなパターンを有するマスクを重ねる。そして、マスクの上から感光させた後、未硬化の余分なバンク材料を現像液で洗い出す。最後に純水で洗浄することでバンク15が完成する。
【0129】
なお、バンク15を形成する工程の後であって有機発光層16を形成する工程の前に、必要に応じて正孔輸送層を形成する。正孔輸送層は、例えば、この後に述べる有機発光層16と同様に、塗布成膜法により形成することができる。
そして、
図26(a)に示すように、バンク15の開口部15a(
図25(c))に対し、インクジェット法に基づき有機発光層材料16aを滴下する。以上で、有機発光層材料16aが形成された基板11を準備できた。なお、有機発光層材料16aの滴下方法はインクジェット法に限定されず、例えば、グラビア印刷法、ディスペンサー法、ノズルコート法、凹版印刷、凸版印刷等であってもよい。
【0130】
ここで、「有機発光層材料が形成された基板」には、基板の上に直接的に有機発光層材料が塗布されている基板だけでなく、基板の上に間接的に有機発光層材料が塗布されている基板も含むこととする。すなわち、基板と塗布された有機発光層材料の間に他の層を含んでいることとしてもよい。本実施の態様の基板準備工程において準備した基板は、基板11と有機発光層材料16aと間に、陽極12、ITO層13および正孔注入層14を含んでいる。
【0131】
次に、真空ポンプと、これに接続された真空チャンバーとを備え、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に本発明の一態様に係る酸化防止剤が用いられている真空装置を準備する真空装置準備工程を行う。具体的には、実施の態様1に係る真空装置(
図1)を準備する。なお、ここでは基板準備工程を行った後に真空装置準備工程を行うこととしたが、先に真空装置準備工程を行い、この後に基板準備工程を行うこととしてもよいし、並行してこれらの工程を行うこととしてもよい。
【0132】
<乾燥工程>
減圧工程としての乾燥工程(
図26(b))では、実施の態様1に係る真空装置を用いて、有機発光層材料16aを乾燥させる。具体的には、有機発光層材料16aが形成された基板11を真空ポンプにより減圧された真空チャンバー内に載置することで、有機発光層材料16aを真空状態下に維持する。
【0133】
この乾燥工程により、基板11上方に形成されている有機発光層材料16aを乾燥させると、有機発光層16が形成される(
図26(b))。このとき、本実施の態様においては実施の態様1に係る真空装置を用いているため、有機発光層16の表面には少なくとも真空ポンプ2から飛散した酸化防止剤の付着量は抑制される。
なお、有機発光層16については、その表面に酸化防止剤が付着したとしても、通電が行われない限りは有機発光層16に悪影響は非常に小さいと考えられる。この理由として、有機発光層16の表面近傍では、単に酸化防止剤が物理的に吸着しているだけで、有機発光層16を構成する材料と酸化防止剤との反応は起こっていないと考えられること等が挙げられる。
【0134】
<電子輸送層形成工程、陰極形成工程、その他>
乾燥工程後、
図26(c)に示すように、有機発光層16の上に真空成膜法に基づき電子輸送層17を形成する。具体的には、例えば真空蒸着法やスパッタ法等の真空成膜法に基づき、有機発光層16の上面に電子輸送層17を構成する材料を成膜することにより、電子輸送層17を形成する。なお、電子輸送層形成工程での減圧処理においても、実施の態様1に係る真空装置を用いることしてもよい。
【0135】
また、電子輸送層17を形成する工程の後であって陰極18を形成する工程の前に、必要に応じて電子注入層を形成する。電子注入層は、例えば、真空蒸着法やスパッタ法等の真空成膜法に基づき、電子注入性を有する材料を成膜することにより形成可能である。
次に、陰極形成工程を行う(
図27(a))。当該工程では、減圧工程を経た有機発光層材料16aである有機発光層16の上方に、真空蒸着法、スパッタ法等の真空成膜法基づき、ITO、IZO等を成膜することにより陰極18を形成する。
【0136】
ここで、「減圧工程を経た有機発光層材料の上方に陰極を形成する」には、減圧工程を経た有機発光層材料である有機発光層の上に直接的に陰極を形成する場合だけでなく、有機発光層の上に間接的に陰極を形成する場合も含むこととする。すなわち、減圧工程後から陰極形成工程の間に別の層を形成する工程を含んでいてもよい。減圧工程後から陰極形成工程の間に別の層を形成する工程を含む場合には、陰極形成後の有機EL素子半製品において、有機発光層(減圧工程を経た有機発光層材料)と陰極との間に他の層を含むことになる。本実施の態様における有機EL素子半製品においては、有機発光層16と陰極18との間に電子輸送層17を含んでいる。そのため、電子輸送層17の上面に陰極18を形成することとしている。
【0137】
陰極形成工程を終えたら、
図27(b)に示すように、蒸着法、スパッタ法等に基づき、陰極18の上に封止層19を形成する。そして、封止層19の上方に封止基板を対向配置させ、必要に応じて封止層19と封止基板とで形成される空間に絶縁性材料を充填する。
以上の工程を経ることで、有機EL表示パネル10が完成する。
【0138】
[有機EL表示装置]
図28は、本発明の一態様に係る有機EL表示装置等を示す斜視図である。
図28に示すように、有機EL表示装置1000は有機ELディスプレイであり、上述した有機EL表示パネル10を備える。
図29は、本発明の一態様に係る有機EL表示装置1000の全体構成を示す図である。
図29に示すように、有機EL表示装置1000は、有機EL表示パネル10と、これに接続された駆動制御部20とを備える。駆動制御部20は、4つの駆動回路21〜24と制御回路25とから構成されている。なお、実際の有機EL表示装置1000では、有機EL表示パネル10に対する駆動制御部20の配置や接続関係については、これに限られない。
【0139】
有機EL表示装置1000が備える有機EL表示パネル10を構成する有機EL素子においては、上述した減圧工程を経て形成された有機発光層を備えている。したがって、有機発光層の発光特性が良好であるため、有機EL表示装置1000は画質に優れる。
[有機EL発光装置]
図30は、本発明の一態様に係る有機EL発光装置200を示す図であって、
図30(a)は縦断面図、
図30(b)は横断面図である。
図30に示すように、有機EL発光装置200は、本発明の一態様に係る製造方法により形成された複数の有機EL素子210と、有機EL素子210が上面に実装されたベース220と、ベース220にそれら有機EL素子210を挟むようにして取り付けられた一対の反射部材230と、から構成されている。各有機EL素子210は、ベース220上に形成された導電パターン(不図示)に電気的に接続されており、前記導電パターンにより供給された駆動電力によって発光する。各有機EL素子210から出射された光の一部は、反射部材230によって配光が制御される。
【0140】
有機EL発光装置200が備える有機EL素子210においては、上述した減圧工程を経て形成された有機発光層を備えている。したがって、有機EL発光装置200は発光特性が良好である。
[変形例・その他]
以上、実施の態様1および2について説明したが、本発明は上記の実施の態様に限られない。例えば、以下のような変形例等が考えられる。
【0141】
(1)
図1に示す真空装置は単なる一例であり、この例に限定されるものではない。例えば、
図1に示した構成以外の構成を含むこととしてもよい。
(2)上記の実施の態様において、有機発光層については、その表面に酸化防止剤が付着したままで放置されたとしても、通電が行われない限りは有機発光層に悪影響は小さいと考えられると述べた。しかしながら、このことはあくまで有機発光層に関してのことである。有機発光層以外の他の有機膜においては、通電が行われなくても、酸化防止剤が付着しただけで有機膜が劣化するということはあり得る。このような有機膜の場合、有機膜と酸化防止剤とが反応する前に酸化防止剤の除去を行うことは困難である。しかしながら、本発明を適用した場合には、酸化防止剤が有機膜に付着することを抑制することができ、非常に有用である。
【0142】
(3)実施の態様2において説明した有機EL表示パネルの製造方法は、単なる一例である。例えば、真空成膜法を用いて成膜すると説明した層を、塗布成膜法によって形成することとしてもよいし、逆に、塗布成膜法を用いて成膜すると説明した層を、真空成膜法によって形成することとしてもよい。
(4)実施の態様2において、ITO層、正孔注入層、正孔輸送層、バンクおよび封止層は必須の構成要件ではない。これらの構成を有しない有機EL素子に対しても、本発明を適用することが可能である。逆に、他の構成要素、例えば、正孔阻止層等をさらに含むこととしてもよい。これに対応して、準備工程で準備する基板においても、必ずしもITO層、正孔注入層、正孔輸送層、バンクが形成されている必要はない。さらに、封止層を有しない有機EL素子を形成する場合には勿論、封止層を形成する工程を省略できる。
【0143】
(5)実施の態様2においては、有機膜が有機発光層であるとして説明したが、本発明はこれに限定されない。有機EL素子を構成する各層のうち、塗布成膜法により形成される層は全て本発明における有機膜に相当する。塗布成膜法により形成される各層について上記の減圧工程を行うことで、有機EL素子の半減期寿命を長くし、発光特性を向上させることが可能である。
【0144】
(6)上記の実施の態様においては、有機EL素子における有機発光層を主に取り上げて説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、有機TFTや太陽電池等、塗布成膜法により成膜される有機膜にも適用することも可能である。すなわち、本発明は、有機材料を含んでなる有機膜を形成する場合に広く適用することが可能である。以下、有機材料を含んでなる有機膜を形成する場合について、簡単に説明する。
【0145】
まず、真空ポンプと、これに接続された真空チャンバーを備え、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に本発明の一態様に係る酸化防止剤が用いられている真空装置を準備する真空装置準備工程を行う。次に、有機膜材料を乾燥させるために、有機膜材料を真空ポンプにより減圧された真空チャンバー内に載置することで、有機膜材料を真空状態下に維持する減圧工程を行う。
【0146】
このようにすることで実施の態様1および2で説明したものと同様の効果を、有機膜全般においても得ることができる。
(7)実施の態様2においては、有機発光層材料を乾燥させるための乾燥工程が減圧工程であるとして説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、有機発光層完成後から次の工程を行うまでの間、有機EL素子半製品を真空状態で保管する場合には、この保管工程も減圧工程に相当し、酸化防止剤による汚染が起こり得る。すなわち、「有機発光層材料」には、有機発光層材料が完全に乾燥するまでの状態のものほか、乾燥が終了し有機発光層が完成した状態のものも含まれる。有機膜材料についても同様である。つまり、保管工程における減圧工程においても、実施の態様1に係る真空装置を用いることが可能である。
【0147】
なお、乾燥工程における真空チャンバー内には、「有機発光層材料が完全に乾燥するまでの状態のもの」が収容される。一方、保管工程における真空チャンバー内には、「乾燥が終了し有機発光層が完成した状態のもの」が収容される。
さらに、乾燥工程および保管工程に限られず、有機発光層材料形成後から有機発光層の上面に位置する層を形成する工程の前に行われる工程であって、有機発光層材料が真空状態に置かれる工程が減圧工程となる。
【0148】
(8)有機発光層材料の乾燥は、減圧工程のみで完了させることとよいし、焼成のみで完了させることとしてもよいし、減圧工程に加えて焼成を行うことで完了させることとしてもよい。焼成のみで完了させる場合は、有機発光層形成後から次工程を行うまでの保管工程が減圧工程に相当する。
(9)
図9に示した発光強度半減寿命低下のメカニズムは、電子輸送層と陰極の間に、電子注入層が介挿されていない場合に想定されるメカニズムである。ここでは、電子注入層が介挿されている場合のメカニズムについて簡単に述べる。
【0149】
電子注入層が存在しない場合には、ラジカルアニオン状態の電子輸送性材料Xに水素ラジカルを供与するのは、ジフェニルアミン系化合物であった。一方、電子注入層が存在しない場合に、ラジカルアニオン状態の電子輸送性材料Xに水素ラジカルを供与するのは、電子注入層から電子を供与された有機発光層を構成する材料Y、もしくは、製造工程中において有機EL素子に混入した微量の水分や残留溶媒等であると考えられる。水素ラジカルの供与の結果、電子注入層から電子を供与された有機発光層を構成する材料Y、水分および残留溶媒等がラジカルアニオン状態になると考えられる。
【0150】
(10)
図9に示した発光強度半減寿命低下のメカニズムは単なる一例である。これらの図に示したものとは異なるメカニズムで発光強度半減寿命低下が起こっている可能性もある。
(11)上記の実施の態様においては、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に用いられている酸化防止剤として、潤滑剤および真空シール材に含有されている酸化防止剤を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限定されない。潤滑剤および真空シール材以外のものであっても、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に用いらるものであれば、逆拡散は起こり得る。すなわち、本発明は、潤滑剤および真空シール材に限らず、真空ポンプにおける真空チャンバーと連通する箇所に用いられる酸化防止剤に広く適用できるものである。
【0151】
(12)本発明における「有機発光層材料が形成された基板を準備する」には、減圧工程を行う事業者自身が、基板の上方に有機発光層材料を形成するような場合のほか、例えば、減圧工程を行う事業者が、基板の上方に有機発光層材料が形成された基板を他の事業者から購入するような場合も含まれる。
(13)実施の態様2においては、正孔注入層が基板の上方を覆うように全面に形成されている例を示したが、本発明はこれに限定されない。正孔注入層がITO層上のみに形成されていることとしてもよい。また、ITO層の側面および上面のみを覆うように形成されていることとしてもよい。
【0152】
(14)陽極を銀(Ag)系材料で形成する場合には、上記の実施の態様のようにITO層をその上に形成することが望ましい。陽極をアルミニウム系材料で形成する場合には、ITO層を無くして陽極を単層構造にすることも可能である。
(15)上記の実施の態様においては、複数の有機EL素子をサブピクセルとして基板上に集積する構成の有機EL表示パネルについて説明したが、この例に限定されず、有機EL素子を単一で用いることも可能である。有機EL素子を単一で用いるものとしては、例えば、照明装置等が挙げられる。
【0153】
(16)上記の実施の態様においては、有機EL表示パネルをR,G,Bを発光色とするフルカラー表示のパネルであるとしたが、本発明はこれに限定されない。有機EL表示パネルを、R、G、B、白色およびその他単色の有機EL素子が複数配列されてなる表示パネルとしてもよい。さらに、いずれか1色のみの有機EL素子を有する単色表示の有機EL表示パネルとしてもよい。
【0154】
(17)上記の実施の態様では、バンク材料として、有機材料が用いられていたが、無機材料も用いることができる。この場合、バンク材料層の形成は、有機材料を用いる場合と同様、例えば塗布成膜法等により行うことができる。さらに、上記の有機EL表示パネルでは、複数のライン状のバンクを並設し、有機発光層をストライプ状に区画するラインバンク方式を採用しているが、本発明はこれに限られない。例えば、バンクを井桁状(格子状)に形成し、バンクによって各サブピクセルの周囲を囲繞する、いわゆるピクセルバンク方式であってもよい。
【0155】
(18)上記の実施の態様においては、トップエミッション型有機EL表示パネルの製造方法を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限定されない。基板11(
図16)側を表示面とするいわゆるボトムエミッション型有機EL表示パネルの製造方法においても、本発明を適用することが可能である。さらに、陽極の材料を陰極と同じく透明導電性材料とすることで、陽極側および陰極側の両方から光を取り出す両面発光方式の有機EL表示パネルの製造方法にも適用することが可能である。
【0156】
(19)上記の実施の態様においては、第1電極が陽極、第2電極が陰極である有機EL素子について説明したが、本発明はこれに限定されない。第1電極が陰極、第2電極が陽極である有機EL素子であってもよい。
(20)上記の実施の態様で使用している、材料、数値等は好ましい例を例示しているだけであり、この態様に限定されることはない。また、本発明の技術的思想の範囲を逸脱しない範囲で、適宜変更は可能である。さらに、各図面における部材の縮尺は実際のものとは異なる。なお、数値範囲を示す際に用いる符号「〜」は、その両端の数値を含む。