(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項5に記載の延伸復元獣毛紡績糸または請求項6に記載の延伸復元複合獣毛紡績糸の前記延伸縮径獣毛繊維の形状が延伸前の繊維形状にほぼ復元されている、復元獣毛紡績糸。
請求項5に記載の延伸復元獣毛紡績糸または請求項6に記載の延伸復元複合獣毛紡績糸を含み、前記延伸縮径獣毛繊維の形状が延伸前の繊維形態にほぼ復元されている復元獣毛布帛。
【背景技術】
【0003】
近年、四季の移り変わりや生活環境の変化あるいはファッションやデザインの変転に伴って、衣料品の多様化がめざましく、四季を問わず獣毛繊維の需要が増大している。
【0004】
ところで、オールシーズン用の衣料品には、肌触りや風合い等、衣料としての基本的な特性のみならず、薄さや軽量、保温性や吸湿速乾性などの特性も要求される。このような需要や要求に対しては、繊維径の細い獣毛繊維を使用することが好ましく、例えば、一般的な羊毛衣料品であれば、繊維径が19.5μmから22μmのものが多用されている。また、生地が薄く軽量で肌触りの良い衣料品や高級ブランド衣料品には、18.7μm(表示名SUPER100’s)や、16.0μm(SUPER150’s)、13.5μm(SUPER200’s)等の外径が更に細い羊毛やカシミヤ繊維が使用される。ところが、獣毛繊維は天然産物であるため、SUPER100’s以下の産毛量は極端に少なく、産毛量の増減によって投機的な対象にもなる。このため、獣毛繊維は、価格が高騰しやすい傾向にあり、供給も不安定になりがちである。このため、繊維産業界では、繊維径が細く安定した品質の獣毛繊維を安価に製造することができる技術の開発が望まれていた。
【0005】
このような要望に対して繊維産業界では、永年の知恵と工夫により多くの技術が開発されてきた。これらの一般的な技術としては、太番手(繊維径の大きい繊維)の獣毛繊維を延伸して細長化すると共に繊維径を細くして細番手の獣毛繊維を製造しようとするものである。
【0006】
そして、このような細番手の獣毛繊維は、通常、獣毛繊維束を加撚する工程、加撚した獣毛繊維束を膨潤可塑化させる工程、獣毛繊維の架橋結合または水素結合を切断するために獣毛繊維に対して還元処理を行う工程、還元処理後の膨潤可塑化獣毛繊維束を延伸する工程、延伸した膨潤可塑化獣毛繊維束を延伸したままの状態で固定化する工程、固定化処理を安定させるために膨潤可塑化獣毛繊維束に対して酸化処理等を行う工程を経て製造される。
【0007】
具体的には、過去に「実質的に無撚の走行する繊維集合体を処理して繊維を可塑化させ、延伸の際に繊維集合体の実質的なドラフトが生じないように繊維集合体を充分に加撚し、その引き伸ばしをセットする方法において、繊維集合体に付与される撚を仮撚とし、繊維集合体が引き伸ばされ、セットされる間その引き伸ばしが付与される方法」が提案されている(例えば、特表平05−500989号公報等参照)。しかし、このように可塑化されている繊維集合体に撚りを掛けた状態で繊維集合体を延伸すると、撚りによってねじられた繊維同士の接触部分が、延伸時の外力によってお互いが押し付けられ、その接触部分に凹凸の跡形が生じてしまう。このように、単繊維の表面に凹凸が付いた繊維は、ギラツキが生じやすくなる。さらに、繊維を延伸するための加熱、加撚および延伸が同一設備で行われることになるため、設備が複雑で大型化する問題がある。また、この方法では、延伸した繊維集合体をセットするために、その繊維集合体がスチームチャンバー内を通過するときにおいてもその繊維集合体を回転させてその撚りを維持させる必要がある。このため、このような方法は煩雑である。
【0008】
また、過去に「繊維長30mm以上の獣毛繊維の無撚スライバーを80度Cの熱水や薬液に浸漬した後、その獣毛繊維の無撚スライバーを最初6個のニップローラ間で各々1.05倍ずつに延伸し、次いで、6個のニップローラ間で1.49倍に延伸し、それと同時に2kg/cm
2の蒸気圧でスチーミング処理して還元セットを行い、さらに後工程において、その獣毛繊維の無撚スライバーをトップ染色機に投入して、pH7、40度C、10分間の条件下で1%の過酸化水素で酸化処理した後、バックウォシャーで洗浄し、乾燥する方法」が提案されている(特開平07−003556号公報等参照)。このような方法では、繊維の表面に凹凸が形成されることがなくなり繊維のギラツキが抑制されるものの、素抜けした繊維が延伸ローラへ巻き付く等のトラブルも発生しやすく、生産性の低下に伴うコスト高等が問題となる。また、この方法では、延伸が膨潤液中で行われ、また、固定化処理が2kg/cm
2の蒸気圧下で行われるため、工程や設備構造も煩雑かつ複雑である。
【0009】
さらに、過去に「実撚した獣毛スライバーを前処理槽に送り込んで可塑化および膨潤化した後、その実撚可塑化獣毛スライバーをトップローラおよびボトムローラで構成される第1のニップローラ群でニップし、この「第1のニップローラ群」と「その下流にあるトップローラおよびボトムローラで構成された第2のニップローラ群」との間に置かれた還元処理液槽およびスチーム処理機内に実撚可塑化獣毛スライバーを通しながら、両ニップローラ群の回転速度の差を利用して延伸し、延伸された実撚可塑化獣毛スライバーを湯洗槽から酸化槽に送った後、中和槽中で実撚可塑化獣毛スライバーに1.01倍程度の緊張を掛けた状態で実撚可塑化獣毛スライバーを中和処理し、解撚機により実撚獣毛スライバーを解撚する方法」が提案されている(特開2001−003238号公報等参照)。この方法では、延伸の初期工程から解撚機で解撚させるまで、非常に長い間、獣毛スライバーに張力が掛けられている。したがって、この方法では、機械的あるいは化学的な処理中に繊維が切断され、脱落する短繊維が延伸ローラへ巻き付いたり処理槽に浮遊したりする等のトラブルも発生しやすく、生産性の低下に伴うコスト高等が問題となるだけでなく、製造設備が重厚長大になる問題もある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、設備の複雑化や大型化、生産性の低下を伴うことなく、獣毛繊維表面のギラツキを抑えながら比較的簡便に延伸縮径獣毛繊維を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一局面に係る延伸縮径獣毛繊維の製造方法は、膨潤可塑化処理装置と、上流ニップローラ対および下流ニップローラ対を有する延伸機構とを備える延伸縮径獣毛繊維の製造装置において実行される。膨潤可塑化処理装置では、獣毛繊維束が膨潤可塑化剤で膨潤可塑化処理されて膨潤可塑化獣毛繊維束が作製される。なお、ここにいう「膨潤可塑化剤」とは、例えば、適当な混合剤、添加剤、水素結合切断剤、架橋切断剤、疎水結合弛緩剤などを配合した水溶液であって、後述するように獣毛繊維束中の獣毛繊維を柔軟化させたり、獣毛繊維中の架橋を切断することにより獣毛繊維を可塑化させたりして延伸を容易にするために用いられる。また、上流ニップローラ対は、第1の上流ローラおよび第2の上流ローラから構成される。なお、第1の上流ローラと第2の上流ローラとは互いに接触するように配置され、その接触箇所に上流ニップ部が形成される。また、下流ニップローラ対は、第1の下流ローラおよび第2の下流ローラから構成される。なお、第1の下流ローラと第2の下流ローラとは互いに接触するように配置され、その接触箇所に下流ニップ部が形成される。
【0013】
そして、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、先ず、獣毛繊維束が膨潤可塑化処理装置に通されて膨潤可塑化獣毛繊維束が作製される。そして、その後、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、上流ニップ部と下流ニップ部との間において膨潤可塑化獣毛繊維束が上流ニップ部から下流ニップ部に向かってS字状または逆S字状に流れる状態で膨潤可塑化獣毛繊維束が延伸される。つまり、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、延伸機構において、膨潤可塑化獣毛繊維束が第2の上流ローラおよび第1の下流ローラに対して密着した状態で膨潤可塑化獣毛繊維束が延伸される。また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、膨潤可塑化獣毛繊維束が第2の上流ローラを離れてから第1の下流ローラに接触するまでの間(以下「延伸ゾーン」という)の非常に短い距離で所望の延伸倍率の80%以上の延伸処理を行うことができる。このため、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、比較的短い単繊維を含む無撚の獣毛繊維束であっても安定して均一に延伸することができる。したがって、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、表面のギラツキを抑えながら安定した品質の延伸縮径獣毛繊維を製造することができる。なお、延伸処理後、膨潤可塑化獣毛繊維束は水洗された後に乾燥されることが好ましい。
【0014】
上述の通り、延伸縮径獣毛繊維の製造装置は、非常にシンプルな工程に基づき設計される。このため、本発明に係る延伸縮径獣毛繊維の製造装置は、コンパクトであり、設備投資費を軽減することができる。
【0015】
なお、この延伸縮径獣毛繊維の製造装置では、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、第1の上流ローラの回転軸と第2の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想直線または仮想延長直線と、第2の上流ローラの回転軸と第1の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想直線または仮想延長直線とが交差することが好ましい。そして、膨潤可塑化獣毛繊維束は、上流ニップ部、第2の上流ローラ、第1の下流ローラおよび下流ニップ部の順に第1の上流ローラ、第2の上流ローラ、第1の下流ローラおよび第2の下流ローラに接触する。なお、第1の上流ローラの回転軸と第2の上流ローラの回転軸とを結ぶ仮想線または仮想延長線と、第1の下流ローラの回転軸と第2の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想線または仮想延長線とは、平行であってもよい、交差してもよい。
【0016】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造装置では、第2の上流ローラの回転軸と第1の下流ローラの回転軸との直線距離は、第1の上流ローラの回転軸と第2の下流ローラの回転軸との直線距離よりも短いことが好ましい。なお、第1の上流ローラ、第2の上流ローラ、第1の下流ローラおよび第2の下流ローラは、全て同一の半径を有することが好ましい。
【0017】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、膨潤可塑化獣毛繊維束は、少なくとも、第2の上流ローラの特定外周面部分(以下「第1外周面部分」という)および第1の下流ローラの特定外周面部分(以下「第2外周面部分」という)に接触することが好ましい。なお、第1外周面部分とは、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、「上流ニップ部」から「「第1の上流ローラの回転軸と第2の上流ローラの回転軸とを結ぶ仮想延長線」と「第2の上流ローラの外周線」との交点のうち上流ニップ部と反対側の交点」までの第2の上流ローラの外周面部分である。また、第2外周面部分とは、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、「「第1の下流ローラの回転軸と第2の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想延長線」と「第1の下流ローラの外周線」との交点のうち下流ニップ部と反対側の交点」から「下流ニップ部」までの第1の下流ローラの外周面部分である。すなわち、膨潤可塑化獣毛繊維束は、少なくとも、第2の上流ローラの円周の約1/2および第1の下流ローラ(トップローラ)の円周の約1/2に接触することになる。なお、第1外周面部分および第2外周面部分は、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、第2の上流ローラおよび第1の下流ローラの外周長の3/5以上を占めることが好ましい。また、言い換えると、「上流ニップ部」から「膨潤可塑化獣毛繊維束が第2の上流ローラから離れる点」までの距離が第2の上流ローラの外周長の1/2以上であることが好ましく、第2の上流ローラの外周長の3/5以上であることがより好ましい。また、「膨潤可塑化獣毛繊維束が第1の下流ローラに最初に接触する点」から「下流ニップ部」までの距離が第1の下流ローラの外周長の1/2以上であることが好ましく、第1の下流ローラの外周長の3/5以上であることがより好ましい。膨潤可塑化獣毛繊維束が第2の上流ローラおよび第1の下流ローラの外周面に接触している長さが長いほど、ローラ外周面上での膨潤可塑化獣毛繊維束の接触抵抗が大きくなり、無撚りの膨潤可塑化獣毛繊維束であっても素抜けを防止することできると共に膨潤可塑化獣毛繊維束を均一に延伸することができるからである。
【0018】
ちなみに、第1外周面部分および第2外周面部分は、第1の上流ローラの回転軸に沿って見た場合において、S字または逆S字を上下に三等分した場合の上部および下部に相当する。また、第1外周面部分と第2外周面部分とは、互いに対向しない。
【0019】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、第1の上流ローラの回転軸と第2の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想直線と、第2の上流ローラの回転軸と第1の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想直線とが同一仮想直線上に位置してもかまわない。かかる場合であっても、膨潤可塑化獣毛繊維束は、上流ニップ部、第2の上流ローラ、第1の下流ローラおよび下流ニップ部の順に第1の上流ローラ、第2の上流ローラ、第1の下流ローラおよび第2の下流ローラに接触する。なお、かかる場合、第1の上流ローラの回転軸と第2の上流ローラの回転軸とを結ぶ仮想線と、第1の下流ローラの回転軸と第2の下流ローラの回転軸とを結ぶ仮想線とも、同一仮想直線に位置することになる。
【0020】
なお、膨潤可塑化獣毛繊維束の延伸時における環境温度は、特に限定されることはなく、20度Cから80度Cの範囲内であることが好ましく、「膨潤可塑化剤の水分の蒸発を防ぐと共に膨潤可塑化獣毛繊維束に膨潤可塑化剤を十分に含ませたまま膨潤可塑化獣毛繊維束を次の固定化工程に投入することができる観点」および「加熱源を必要とせず、製造コストの低減および作業性の向上、設備構造の簡素化あるいは設備投資費の低減を実現することができる観点」から、20度Cから30度Cの範囲内(室温)であることがより好ましい。なお、延伸は、膨潤可塑化剤中で行われてもよい。かかる場合、製造装置をよりコンパクトにすることができる。
【0021】
また、延伸後の膨潤可塑化獣毛繊維束を水洗、乾燥させることにより、延伸形状を一時的に保持させ必要に応じて延伸前の略原毛の状態に復元させることができる延伸縮径獣毛繊維(以下「延伸復元獣毛繊維」という)を製造することができる。また、延伸後の膨潤可塑化獣毛繊維束を加熱(固定化)、酸化および中和し、水洗、乾燥させることにより、延伸形状を永久的に保持させることができる延伸縮径獣毛繊維(以下「延伸固定化獣毛繊維」という)を製造することができる。すなわち、本発明に係る延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、延伸復元獣毛繊維および延伸固定化獣毛繊維、それぞれ異なる特性を有する二種類の延伸縮径獣毛繊維を製造することができる。
【0022】
よって、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法を利用すれば、設備の複雑化や大型化、生産性の低下を伴うことなく、獣毛繊維表面のギラツキを抑えながら比較的簡便に延伸縮径獣毛繊維を製造することができる。
【0023】
なお、第1の下流ローラの周速度は、第2の上流ローラの周速度よりも高く設定される。このため、第2の上流ローラから第1の下流ローラに向かって流れる膨潤可塑化獣毛繊維束が延伸されることになる。
【0024】
また、繊維流れに沿った上流ニップ部と下流ニップ部との間(以下「延伸スパン」という)の距離は60mm以上300mm以下であることが好ましく、80mm以上250mm以下であることがより好ましい。繊維流れに沿った上流ニップ部と下流ニップ部との距離をこの範囲内とすると、ニップローラ群中のローラの径を適切にすることができると共に単繊維の素抜けや延伸ムラを抑制しやすくすることができるからである。なお、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法を利用すれば、延伸スパンが獣毛繊維原毛の平均長さ以上であってもその獣毛繊維を延伸することができ、また、その獣毛繊維が無撚りであってもその獣毛繊維を延伸することができることが本願発明者らの実験によって明らかになった。例えば、一般的な羊毛繊維の平均長さは60mmから100mmであるが、本発明に係る延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、延伸スパンを200mmに設定しても安定して羊毛繊維を延伸することができた。通常、平均長さ60mmの羊毛繊維束を延伸しようとする場合、延伸スパンが200mmであると、羊毛繊維束中の個々の単繊維が、上記いずれのニップ部でも把持されない状態が生じることになる。しかしながら、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、延伸前の羊毛繊維束が膨潤可塑化剤を含有して柔らかくなると共に第2の上流ローラおよび第1の下流ローラの外周面に密着する。このため、延伸スパンが獣毛繊維の平均長さ以上であってもドラフト(繊維同士の相対的なズレ)の発生が少なく、単繊維同士が連続して連なった一本の繊維束のような状態となって獣毛繊維が均一に延伸されるものと推察される。
【0025】
また、延伸ゾーンの長さは5mm以上50mm以下の範囲内であることが好ましく、5mm以上30mm以下の範囲内であることがより好ましく、10mm以上30mm以下の範囲内であることがさらに好ましい。
【0026】
ところで、膨潤可塑化獣毛繊維の延伸のほとんどは、実質的に延伸ゾーンで行われている。ちなみに、本願発明者らは、膨潤可塑化獣毛繊維束の長手方向に等間隔でマークを付けて膨潤可塑化獣毛繊維束を上述の製造装置に供給して延伸を行い、延伸の大半が延伸ゾーンで行われていることを確認した。
【0027】
すなわち、この延伸ゾーンの短い距離で膨潤可塑化獣毛繊維を瞬間的に延伸することにより、膨潤可塑化獣毛繊維を均一に延伸することができると共に、短い獣毛繊維であっても長い獣毛繊維と同じように延伸することができる。延伸ゾーンの距離をこの範囲内とすると、製造装置をコンパクト化することができると共に、単繊維の素抜けを抑制することができる。
【0028】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、膨潤可塑化獣毛繊維束が1.1倍以上3.0倍以下の倍率で延伸されることが好ましい。膨潤可塑化獣毛繊維束がこのような延伸倍率で延伸されると、薄く軽量で肌触りのよい衣料品や高級な衣料品の製造に必要とされる18.7μm(表示名SUPER100)や、天然の産毛量が極端に少ない繊維径13〜17μmの獣毛繊維を安価で安定して供給できるからである。
【0029】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、上流ニップローラ対および下流ニップローラ対のみで膨潤可塑化獣毛繊維束が延伸されることが好ましい。上流ニップローラ対および下流ニップローラ対のみで膨潤可塑化獣毛繊維束が延伸されると、短い延伸スパンで短時間に延伸がなされるため、繊維切れ、繊維の素抜け、延伸ムラなどの発生を防止することができるからである。
【0030】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、獣毛繊維束および膨潤可塑化獣毛繊維束は無撚りであることが好ましい。
【0031】
ところで、従来の獣毛繊維延伸方法では、獣毛繊維束があらかじめ加撚されるか、獣毛繊維束が加撚されながら延伸固定化されている。このように獣毛繊維束が加撚されるのは、獣毛繊維束を加撚しなければ単繊維の素抜けが発生し、多段階の延伸ローラに繊維が巻き付き、工程上のトラブルを発生させたり、延伸されないままの状態の単繊維が延伸された繊維に混ざり込み、延伸縮径獣毛繊維の品質の低下を招いたりする等の問題が生じやすいからである。これに対し、本発明に係る延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、上述の通り、無撚りの獣毛繊維束を直接延伸することができる。このため、従来の獣毛繊維延伸方法のように獣毛繊維束の加撚および解撚が不要であり、延伸縮径獣毛繊維の製造コストを低減することができる。また、上述したように、従来の獣毛繊維延伸方法では、膨潤可塑化獣毛繊維束が加撚された状態で延伸されるため、獣毛繊維束中の単繊維に局部的な凹凸変形が生じていた。この結果、得られる延伸縮径獣毛繊維に光の反射によるギラツキが発生していた。これに対し、本発明に係る延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、上述の通り、無撚りの獣毛繊維束を直接延伸することができる。このため、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、ギラツキが抑制されたマイルドな外観を有する延伸獣毛繊維を提供することができる。また、かかる場合、製造設備を小型化することができると共に製造設備の取り扱いが簡単になり、作業性を向上させると共に投資費用などを抑えることができる。
【0032】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造装置は加熱装置および酸化中和装置を有することが好ましい。そして、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、膨潤可塑化獣毛繊維束が延伸された後、膨潤可塑化獣毛繊維束が緊張されたままの状態で、加熱装置により膨潤可塑化獣毛繊維束が60度C以上150度C以下の範囲内の温度に加熱されて膨潤可塑化獣毛繊維束中の膨潤可塑化獣毛繊維が固定化され、酸化中和装置により膨潤可塑化獣毛繊維が酸化された後に中和される。なお、ここにいう「固定化」とは、長さ方向に所定の倍率で延伸した膨潤可塑化獣毛繊維束を延伸形状に固定(延伸形状に維持する)させ、延伸固定化獣毛繊維を製造することを意味する。すなわち、延伸固定化獣毛繊維は、その後の紡績や染色、整理工程、あるいは衣料品として加工した後の取り扱いや処理によってその形状が実質的に失われない。また、加熱装置としては、特に限定されないが、例えば、スチーム供給装置、加熱プレス装置、加熱ドラム装置等が挙げられる。また、加熱装置の加熱方法としては、特に限定されないが、電熱加熱方式、高周波加熱方式、高温オイルや、スチーム、熱風などの循環加熱方式などが挙げられる。
固定化温度が上述の温度範囲内であると、安定して延伸縮径獣毛繊維の形状を永久的に固定化することができる。
【0033】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造装置は加熱ローラをさらに有することが好ましい。そして、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、加熱装置は加熱ローラを加熱し、膨潤可塑化獣毛繊維束は、加熱ローラの外表面に直接接触されて固定化されることが好ましい。
【0034】
このため、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、シンプルな設備で短時間の間に永久的な固定化処理を実施することができる。また、高圧のスチームチャンバーなどの大がかり設備を必要としないため、設備投資費を軽減することができると共に作業の安全性をも高めることができる。
【0035】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、膨潤可塑化獣毛繊維束が加熱ローラと少なくとも1個の加圧ローラとで加圧されながら固定化されることが好ましい。
【0036】
この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、延伸縮径獣毛繊維束を湿潤状態(あたかもスチームで加熱される条件に類似した状態)としながら固定化することができる。
【0037】
また、この延伸縮径獣毛繊維の製造方法では、膨潤可塑化獣毛繊維束は、膨潤可塑化剤を60重量%以上含有することが好ましく、膨潤可塑化剤を70重量%以上含有することがより好ましい。膨潤可塑化獣毛繊維束の含水率が低いと、獣毛繊維を構成するタンパク質のガラス転移温度が高くなり、加熱による延伸縮径獣毛繊維の固定化が不安定になるからである。なお、膨潤可塑化獣毛繊維束中の膨潤可塑化剤の含有率は、加熱ローラの温度、固定化速度、延伸獣毛繊維束の投入量などの所定条件下における実験結果等に基づいて決定することが好ましい。
【0038】
そして、上述の延伸縮径獣毛繊維の製造方法により得られる延伸縮径獣毛繊維から延伸復元獣毛紡績糸を製造することができる。なお、延伸復元獣毛紡績糸を原毛の状態に復元させるためには、延伸復元獣毛紡績糸を80〜100度Cの温水に浸漬すればよい。また、かかる場合、延伸復元獣毛紡績糸を煮沸してもよい。また、同延伸縮径獣毛繊維とそれ以外の繊維とを組み合わせて延伸復元複合獣毛紡績糸を製造することもできる。なお、「延伸縮径獣毛繊維以外の繊維」としては、例えば、未延伸の獣毛繊維や合成繊維が好ましい。延伸復元複合獣毛紡績糸は、延伸縮径獣毛繊維の延伸と復元によって新規な形状やデザインの紡績糸を提供できる。
【0039】
また、上述の延伸復元獣毛紡績糸または延伸復元複合獣毛紡績糸を延伸前の繊維形状にほぼ復元させることにより、復元獣毛紡績糸を製造することができる。また、このような復元獣毛紡績糸を用いて布帛を製造することができる。このような復元獣毛紡績糸や布帛は、嵩高性や芯鞘構造の紡績糸の鞘部分での被覆率を向上することができ、延いては新規な紡績糸や布帛を提供することができる。
【0040】
また、上述の延伸復元獣毛紡績糸または延伸復元複合獣毛紡績糸を布帛に加工した後に延伸復元獣毛紡績糸または延伸復元複合獣毛紡績糸を延伸前の繊維形状にほぼ復元させることにより、復元獣毛布帛を製造することができる。すなわち、最大のカバーファクターで製編した編物を製編後煮沸して略原毛の状態に復元させることによって、現在の製編機では製編することができない編物を製造することができる。
【0041】
なお、上述の延伸縮径獣毛繊維の製造方法により得られる延伸縮径獣毛繊維束では、長手方向の少なくとも一部分において径方向の断面形状が円形である単繊維と、径方向の断面形状が非円形状である単繊維とが混在していることが好ましい。繊維表面のギラツキを防止することができるからである。また、その単繊維の平均繊維径は13μm以上28μm以下の範囲内であることが好ましく、13μm以上25μm以下の範囲内であることがより好ましく、13μm以上22μm以下の範囲内であることがさらに好ましい。上述の通り、細径の獣毛繊維の産出量が少なく、価格の高騰が伴う現状において、上述のような直径を有する獣毛繊維を安定的に供給することができるからである。
【0042】
また、このような延伸縮径獣毛繊維束が主成分となるように同延伸縮径獣毛繊維束を他の獣毛繊維束と混繊させることもできる。このようにすれば、今までの繊維産業では製造することができなかった新たな特徴を有する紡績糸や布帛(織物、編物、フェルトなど)を創出することができる。
【0043】
また、上述の延伸縮径獣毛繊維束または混繊獣毛繊維束から延伸固定獣毛繊維紡績糸を製造することができる。また、このような延伸固定獣毛繊維紡績糸を用いて布帛を製造することができる。このような布帛は、天然の産毛量の少ない細番手の獣毛繊維と同等の風合いや肌触りを有する衣料製品を、原毛の価格に左右されることなく安定して供給することができる。
【発明の効果】
【0044】
本発明に係る延伸縮径獣毛繊維の製造方法を利用すれば、設備の複雑化や大型化、生産性の低下を伴うことなく、獣毛繊維表面のギラツキを抑えながら比較的簡便に延伸縮径獣毛繊維を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0046】
本発明の実施の形態に係る延伸復元獣毛繊維は、主に、膨潤可塑化工程、延伸工程、水洗工程および乾燥工程を経て製造される。また、本発明の実施の形態に係る延伸固定化獣毛繊維は、主に、膨潤可塑化工程、延伸工程、固定化工程、酸化中和・水洗工程および乾燥工程を経て製造される。なお、具体的には、延伸復元獣毛繊維および延伸固定化獣毛繊維は共に
図1に示される獣毛繊維延伸固定装置100を用いて製造される。なお、
図1中、符号A、BおよびCの各矢印は、獣毛繊維延伸固定装置100における獣毛繊維束の流れ方向を示している。
【0047】
なお、延伸復元獣毛繊維とは、延伸形状を一時的に保持させ必要に応じて延伸前の略原毛の状態に復元させることができる延伸縮径獣毛繊維である。また、延伸固定化獣毛繊維とは、延伸形状を永久的に保持させることができる延伸縮径獣毛繊維である。
【0048】
以下、獣毛繊維延伸固定装置100内の各装置を参照しながら上述の各工程について詳述する。
【0049】
<延伸復元獣毛繊維および延伸固定化獣毛繊維の製造>
(1)膨潤可塑化工程
膨潤可塑化工程では、
図1に示されるように、無撚りの獣毛繊維束1が膨潤可塑化処理装置30に連続的に導かれて膨潤可塑化処理される。なお、この膨潤可塑化処理としては、従来技術を適用することができる。
【0050】
なお、本発明に適用することができる獣毛繊維として代表的なものは羊毛であるが、カシミヤ、モヘヤ、キャメル、アンゴラなども本発明に適用することができる。これらの獣毛繊維束1としては、あらかじめ複数の単繊維を引き揃えた無撚りの獣毛繊維束(トップスライバー)を使用することができる。なお、このような獣毛繊維束は、一般的に市販されている。また、獣毛繊維の平均長さは20mm以上であることが好ましく、30mm以上であることがより好ましい。
【0051】
膨潤可塑化処理装置30は、
図1に示されるように、主に、膨潤可塑化槽4および複数のガイドローラ3から構成される。膨潤可塑化槽4には、
図1に示される通り、膨潤可塑化水溶液2が満たされている。ガイドローラ3は、膨潤可塑化槽4の内部に配置されており、無撚りの獣毛繊維束1を膨潤可塑化槽4の内部に導いて膨潤可塑化水溶液2に浸漬させる。
【0052】
膨潤可塑化水溶液2としては、水に添加剤を溶解させた水溶液等が挙げられる。なお、膨潤可塑化水溶液2は、従前から使用されているものであっても差し支えない。添加剤としては、例えば、界面活性剤、水素結合切断剤、架橋結合切断剤、疎水結合弛緩剤等が挙げられる。界面活性剤としては、例えば、アルキルフェニルエーテル系活性剤などが挙げられる。また、架橋結合切断剤としては、ジスルフィド結合切断剤、例えばチオール化合物(チオグリコール酸、メルカプトプロピオン酸、チオグリセリン、L−シスチン等)、アルキルメルカプタン、メルカプトアルコール類、メルカプトアミン類などの含硫アミノ酸、亜硫酸ナトリウム、重亜硫酸ナトリウム、モノエタノールアミンサルファイト、モノエタノールアミンバイサルファイト等の還元剤が挙げられる。
【0053】
なお、添加剤は、上述のものに限定されるものではない。また、添加剤は、混合して用いてもよい。添加剤の水への添加量は、使用する添加剤の種類、使用目的により変動するため、一概には言えないが、繊維内部への浸透効果を高める目的で界面活性剤等を使用する場合、10g/L以下が適当である。また、架橋結合切断剤が対称型の還元剤、チオグリコール酸、メルカプトエタノール等である場合、その添加量は、0.05重量%以上10重量%以下の範囲内であることが好ましく、1重量%以上8重量%以下の範囲内であることがより好ましい。
【0054】
また、膨潤可塑化処理時の温度は、特に限定されないが、30度C以上80度C以下の範囲内であることが好ましい。また、膨潤可塑化水溶液2のpHは7以上10以下の範囲内(弱アルカリ性から中アルカリ性の範囲内)であることが好ましい。膨潤可塑化処理時の処理時間は、膨潤可塑化水溶液2が獣毛繊維の内部に十分均一に浸透して獣毛繊維が十分に膨潤した状態になる時間であればよい。上述の製造条件は製造コスト、得られる延伸縮径獣毛繊維の品質の安定性などを考慮して設定すればよい。
【0055】
(2)延伸工程
延伸工程では、
図1および
図2に示されるように、膨潤可塑化処理装置30において膨潤可塑化処理された獣毛繊維束(以下「膨潤可塑化獣毛繊維束」という)5が延伸機構40において延伸処理される。
【0056】
延伸機構40は、
図1および
図2に示されるように、主に、バックローラ対10およびフロントローラ対20から構成されており、膨潤可塑化処理装置30の繊維流れ方向下流側に配置されている。バックローラ対10は、
図1および
図2に示されるように、主に、トップローラ(以下「バックトップローラ」という)11およびボトムローラ(以下「バックボトムローラ」という)12から構成されており、フロントローラ対20の繊維流れ方向上流側に配置されている。なお、このバックトップローラ11およびバックボトムローラ12は、互いに接触するように配置されており、その接触箇所にニップ部10Nが形成されている。また、フロントローラ対20は、
図1および
図2に示されるように、主に、トップローラ(以下「フロントトップローラ」という)21およびボトムローラ(以下「フロントボトムローラ」という)22から構成されており、バックローラ対10の繊維流れ方向下流側に配置されている。なお、このフロントトップローラ21およびフロントボトムローラ22は、互いに接触するように配置されており、その接触箇所にニップ部20Nが形成されている。
【0057】
なお、バックボトムローラ12およびフロントボトムローラ22は、金属性であることが好ましい。また、これらのボトムローラ12,22の表面構造はフリューデッド構造であることが好ましい。また、バックトップローラ11およびフロントトップローラ21は、ゴム被覆ローラであることが好ましい。各ニップ部10N,20Nでの膨潤可塑化獣毛繊維束5の把持力を均一にすることができるからである。また、フリューデッド構造およびゴム硬度は、「ニップ部10N,20Nでの膨潤可塑化獣毛繊維束5の把持力」および「ニップ部10N,20Nで膨潤可塑化獣毛繊維束5を把持したときに膨潤可塑化獣毛繊維束5に与えるダメージ」等を実験結果等から検討した上で最適化すればよい。なお、実際の実験結果から、バックトップローラ11、バックボトムローラ12、フロントトップローラ21およびフロントボトムローラ22の直径は15mm以上45mm以下の範囲内であることが好ましい。また、バックボトムローラ12およびフロントトップローラ21の直径は、同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0058】
また、本実施の形態に係る延伸機構40では、ローラ11,12,21,22の回転軸に沿って見た場合、つまり、側面視した場合、バックトップローラ11の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線と、バックボトムローラ12の回転軸とフロントトップローラ21の回転軸とを結ぶ仮想直線とが交差し、且つ、バックトップローラ11の回転軸とバックボトムローラ12の回転軸とを結ぶ仮想直線と、フロントトップローラ21の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線とが平行になるように、バックローラ対10およびフロントローラ対20が配設されている。また、バックローラ対10およびフロントローラ対20は、
図1および
図2に示されるように、バックトップローラ11の回転軸とバックボトムローラ12の回転軸とを結ぶ仮想直線、および、フロントトップローラ21の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線が繊維流れ方向上流側から繊維流れ方向下流側に向かって所定角度Dだけ傾斜するように配設されている。この配設により、バックボトムローラ12の回転軸とフロントトップローラ21の回転軸とを結ぶ仮想直線の距離は、バックトップローラ11の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線の距離よりも短くなっている(
図1および
図2参照)。すなわち、バックボトムローラ12とフロントトップローラ21との間の距離が、バックトップローラ11とフロントボトムローラ22との間の距離よりも短くなっている。
【0059】
そして、フロントローラ対20の周速度(フロントローラ対20のトップローラ21の周速度)をバックローラ対10の周速度(バックローラ対10のボトムローラ12の周速度)に対して所定倍率で高めることにより、所望の倍率で膨潤可塑化獣毛繊維束5を延伸処理することができる。なお、本発明の実施の形態では、膨潤可塑化獣毛繊維束5は、1.1倍以上2.0倍以下の範囲内の倍率で延伸される(長さ方向に引き伸ばされる)。獣毛繊維が羊毛である場合、その平均繊維径は13μmから38μmである。このような原毛から13μmから28μmの羊毛繊維を得るためには、1.1倍から2.0倍の倍率で延伸することが好ましく、1.2倍から1.8倍の倍率で延伸することがより好ましい。なお、本実施の形態では、延伸倍率は下式(1)から計算される。
【0060】
倍率=S
0/S
1 (1)
S
1:延伸後の獣毛繊維の平均断面積(mm
2)
S
0:延伸前の獣毛繊維の平均断面積(mm
2)
【0061】
以下、延伸機構40における膨潤可塑化獣毛繊維束5の延伸処理について詳述する。
膨潤可塑化獣毛繊維束5は、膨潤可塑化処理装置30からガイドローラ6を介して延伸機構40に導かれる。そして、延伸機構40では、
図1および
図2に示されるように、バックトップローラ11、バックボトムローラ12、フロントトップローラ21およびフロントボトムローラ22の順に膨潤可塑化獣毛繊維束5が架け渡される。なお、このとき、延伸機構40を側面視すると、バックトップローラ11からバックボトムローラ12までの膨潤可塑化獣毛繊維束5の形状が逆S字となり、ニップ部10Nからニップ部20Nまでの膨潤可塑化獣毛繊維束5の形状がS字となり、フロントトップローラ21からフロントボトムローラ22までの膨潤可塑化獣毛繊維束5の形状が逆S字となる。また、このとき、膨潤可塑化獣毛繊維束5は、
図1および
図2に示されるように、バックローラ対10のニップ部10Nおよびフロントローラ対20のニップ部20Nの2箇所で把持されることになる。つまり、この獣毛繊維延伸固定装置100では、膨潤可塑化獣毛繊維束5の延伸は実質的にバックボトムローラ12およびフロントトップローラ21で行われる(
図1および
図2参照)。なお、以下、ニップ部10Nからニップ部20Nまでの領域を「延伸スパン」と称し、「膨潤可塑化獣毛繊維束5がバックボトムローラ12から離れる点」から「膨潤可塑化獣毛繊維束5がフロントトップローラ21に最初に接触する点」までの領域10を「延伸ゾーン」と称する。
【0062】
なお、上述したように、バックローラ対10およびフロントローラ対20は、バックトップローラ11の回転軸とバックボトムローラ12の回転軸とを結ぶ仮想直線、および、フロントトップローラ21の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線が繊維流れ方向上流側から繊維流れ方向下流側に向かって所定角度Dだけ傾斜するように配設されているが、これは、獣毛繊維束を形成している単繊維の平均長さよりも延伸スパンが長く、バックボトムローラ12およびフロントトップローラ21の外周面に対してできるだけ長く膨潤可塑化獣毛繊維束5を接触させるためである。つまり、この延伸機構40では、延伸ゾーンにおける膨潤可塑化獣毛繊維束5に対する引張張力をバックボトムローラ12およびフロントトップローラ21の膨潤可塑化獣毛繊維束5との接触面で受け止めることができるようにすることが重要である。
【0063】
なお、本実施の形態において、延伸スパンの長さは、60mm以上300mm以下の範囲内であることが好ましく、80mm以上200mm以上の範囲内であることがより好ましい。延伸スパンの長さをこの範囲内とすると、短繊維の脱落や、延伸ムラを有効に抑制することができるからである。
【0064】
また、延伸スパンにおいて膨潤可塑化獣毛繊維束5のスリップや繊維切れ等が起こらないようにするために、各ニップ部10N,20Nに0.1kg/cm
2から3.0kg/cm
2の圧力をかけることが好ましい。
【0065】
延伸ゾーン19の長さは、特に限定されるものではなく、作業効率や品質の安定を考慮して決定されるが、一般的に、5mm以上50mm以下の範囲内であることが好ましく、5mm以上30mm以下の範囲内であることがより好ましく、10mm以上30mm以下の範囲内であることがさらに好ましい。また、この延伸ゾーン19は、延伸機構40において1つのみ設けられることが好ましい。安定した品質の延伸復元獣毛繊維および延伸固定化獣毛繊維を製造することができるからである。さらに、この延伸ゾーン19では、80から90%の延伸がなされている。これは、
図3の写真から明らかである。
図3において、符号91で示される箇所はバックローラ対10のニップ部10Nに対応する箇所であり、符号94で示される箇所はフロントローラ対20のニップ部20Nに対応する箇所である。また、符号92で示される箇所は延伸ゾーン19の始点(バックボトムローラ12側の点)に対応する箇所であり、符号93で示される箇所は延伸ゾーン19の終点(フロントトップローラ21側の点)に対応する箇所である。
【0066】
(3)水洗工程
上述の通り、獣毛繊維延伸固定装置100において、延伸復元獣毛繊維が製造される場合、延伸工程後に水洗工程が控えている。すなわち、水洗工程では、延伸後の膨潤可塑化獣毛繊維束5が水洗される。具体的には、この水洗工程では、延伸後の膨潤可塑化獣毛繊維束(以下「延伸膨潤可塑化獣毛繊維束」という)14を、水洗機構を有する洗浄ローラ対24,25に導き、洗浄ローラ対24,25により水洗する。なお、この水洗工程では、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14に対して1.01倍から1.03倍程度の張力がかけられている。
【0067】
(4)乾燥工程
上述の通り、獣毛繊維延伸固定装置100において、延伸復元獣毛繊維が製造される場合、水洗工程後に乾燥工程が控えている。すなわち、乾燥工程では、水洗後の延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14が乾燥させられる。具体的には、この乾燥工程では、水洗後の延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14を、50度C以下の温度に設定された加熱ローラ15に接触させて一次乾燥させた後、さらにその延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14を繊維流れ方向下流側の乾燥装置80に送り、その乾燥装置80で二次乾燥させる。なお、この乾燥工程でも、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14に対して1.01倍から1.03倍程度の張力がかけられている。
【0068】
(5)固定化工程
上述の通り、獣毛繊維延伸固定装置100において、延伸固定化獣毛繊維が製造される場合、延伸工程後に固定化工程が控えている。すなわち、固定化工程では、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14中の延伸膨潤可塑化獣毛繊維の形状が固定化される。具体的には、この固定化工程では、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14を、フロントボトムローラ22から洗浄ローラ対24,25に導いた後(なお、この固定化工程では、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14は水洗されずに洗浄ローラ対24,25を通過するのみである)、平滑な外周面を有する加熱ローラ15に直接接触させて延伸膨潤可塑化獣毛繊維の形状を固定化する。なお、本実施の形態において、
図1に示されるように、加熱ローラ15に対して複数の加圧ローラ16が圧接されている。この加圧ローラ16は、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14を加熱ローラ15に圧接させる役目を担っている。このため、延伸固定化獣毛繊維の長手方向の少なくとも一部分が、断面形状が楕円状に変形する。この変形により、延伸固定化獣毛繊維のギラツキが抑えられ、その結果、延伸固定化獣毛繊維にまろやかな光沢が付与される。
【0069】
なお、
図4、
図5および
図6には、延伸固定化羊毛繊維の顕微鏡写真を示す。
図4は、加熱ローラ15に接触していない側の延伸固定化羊毛繊維の顕微鏡写真である。
図4の顕微鏡写真から、羊毛繊維がスケールごと等間隔に延伸されていることが見て取れる。なお、加熱ローラ15に接触していない側の延伸固定化羊毛繊維の断面は、原毛同様、円形状を呈している。次に、
図5は、加熱ローラ15に接触した側の延伸固定化羊毛繊維の電子顕微鏡写真である。図中、延伸固定化羊毛繊維の一部が、円形から半円状の形状に変形している(
図5中の符号27参照)。なお、この変形部分が延伸固定化羊毛繊維束中で光を乱反射させるため、延伸固定化羊毛繊維束にまろやかな色調が生じるものと考えられる。また、
図6は、延伸固定化羊毛繊維の断面の顕微鏡写真である。本図では、延伸固定化羊毛繊維の一部の断面が円形状から楕円状に変形していることが見て取れる。
【0070】
また、この固定化工程では、延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14(フロントボトムローラ22から分離ローラ対17までの部分)に対して1.01倍から1.03倍程度の張力がかけられている。
【0071】
なお、加熱ローラ15の温度は、60度C以上150度C以下の範囲内の温度に設定されることが好ましく、70度C以上120度C以下の範囲内の温度に設定されることがより好ましい。加熱ローラ15の温度を上述の範囲内とすると、延伸膨潤可塑化獣毛繊維の固定化を安定して均一に行うことができるからである。また、加熱ローラ15の熱源としては、例えば、電熱ヒーター、高周波加熱源、循環流体(温熱液や熱風など)が用いられることが好ましい。また、加熱ローラ15の外周面には、フッ素樹脂やシリコーン樹脂などがコーティングされていることが好ましい。延伸膨潤可塑化獣毛繊維束14に対する離型性を向上させることができるからである。
【0072】
また、加圧ローラ16の直径や数は、特に限定させるものではない。具体的には、直径30mmから50mmの範囲内の加圧ローラを加熱ローラ15の周囲に50mmから100mmの範囲内の間隔で設置することが好ましい。また、加圧ローラ16は、その両端軸部を加熱ローラ15の両端軸に向かって押し付けることが好ましい。また、加熱ローラ15に対する加圧ローラ16の加圧力は、エヤーシリンダーやスプリング等によって調整されることが好ましい。また、加圧ローラ16は、加熱ローラ15の回転に伴って回転する従動ローラであることが好ましい。また、加圧ローラ16は、シリコーンゴム等の弾性体によって被覆されていることが好ましい。かかる場合、弾性体の硬度は、30度から80度の範囲内であることが好ましく、40度から60度の範囲内であることがより好ましい。また、弾性体は、スポンジ状であってもかまわない。さらに、加圧ローラ16が加熱ローラ15に対して圧接された状態において膨潤可塑化剤の蒸発と延伸膨潤可塑化獣毛繊維の固定化がスチーム雰囲気で行われるように、加熱ローラ15に対する加圧ローラ16の圧力、加圧ローラ16の弾性体の硬度、固定化温度、加熱ローラ15および加圧ローラ16回転速度等の条件が設定されることが好ましい。
【0073】
(6)酸化中和・水洗工程
上述の通り、獣毛繊維延伸固定装置100において、延伸固定化獣毛繊維が製造される場合、固定化工程後に酸化中和・水洗工程が控えている。すなわち、酸化中和・水洗工程では、固定化後の延伸膨潤可塑化獣毛繊維束(以下「延伸固定化獣毛繊維束」という)18が、酸化中和および水洗される。具体的には、この酸化中和・水洗工程では、延伸固定化獣毛繊維束18を、分離ローラ対17を介して加熱ローラ15から分離し、酸化中和処理槽60および水洗処理槽70に順に導いて酸化中和および水洗する。なお、この酸化中和・水洗工程では、延伸固定化獣毛繊維束18に対して1.01〜1.03倍程度の張力がかけられている。
【0074】
本実施の形態では、上述の通り、延伸膨潤可塑化獣毛繊維の固定化は熱処理によって行われるため、酸化剤の作用により獣毛繊維の架橋結合を再生させる必要はない。しかしながら、膨潤可塑化工程において膨潤可塑化水溶液2として塩基性薬剤が使用された場合、その中和処理としてこの工程を設けることが好ましい。延伸固定化獣毛繊維の黄変や物性低下を防止することができるからである。なお、酸化中和工程では、過酸化水素、ギ酸、酢酸、塩酸、硫酸などの汎用的な酸化剤を使用することができる。
【0075】
(7)乾燥工程
上述の通り、獣毛繊維延伸固定装置100において、延伸固定化獣毛繊維が製造される場合、酸化中和・水洗工程後に乾燥工程が控えている。すなわち、乾燥工程では、酸化中和後の延伸固定化獣毛繊維束18が乾燥させられる。具体的には、この乾燥工程では、酸化中和後の延伸固定化獣毛繊維束18を乾燥装置80に導いて乾燥させる。なお、この乾燥工程でも、延伸固定化獣毛繊維束18に対して1.01倍から1.03倍程度の張力がかけられている。
【0076】
<獣毛繊維延伸固定装置および獣毛繊維延伸固定方法の特徴>
(1)
本実施の形態に係る獣毛繊維延伸固定方法では、延伸や固定化により一部の単繊維が半円状や楕円状に変形するが、従来技術のように繊維表面に不規則な凹凸形状が生じることがない。このため、この獣毛繊維延伸固定方法を利用すれば、マイルドな光沢をおびた延伸復元獣繊維または延伸固定化獣毛繊維を製造することができる。
【0077】
(2)
本実施の形態に係る獣毛繊維延伸固定方法では、バックボトムローラ12およびフロントトップローラ21の外周面に膨潤可塑化獣毛繊維束5がS字状に掛け渡され、その結果、バックボトムローラ12およびフロントトップローラ21の外周面に対して膨潤可塑化獣毛繊維束5が長く密着する。このため、本実施の形態に係る延伸機構40では、ニップ部10N,20Nにかける圧力が低くても膨潤可塑化獣毛繊維束5を十分に把持することができる。このため、この獣毛繊維延伸固定方法を利用すれば、膨潤可塑化獣毛繊維束5に過度なストレスやダメージを与えることがなく、スリップや糸抜けあるいは獣毛繊維の切断等を防止することができる。
【0078】
(3)
本実施の形態に係る獣毛繊維延伸固定方法では、固定化処理において、湿潤状態の膨潤可塑化獣毛繊維束5を加熱ローラ15の表面に直接接触させる。このため、膨潤可塑化獣毛繊維束5が加熱ローラ15に接触した初期の段階では、膨潤可塑化獣毛繊維束5の温度上昇に伴って、膨潤可塑化獣毛繊維束5に含有されている膨潤可塑化剤の温度も上昇して膨潤可塑化獣毛繊維束5の周囲にスチームが生じ、膨潤可塑化獣毛繊維束5があたかもスチーム中で加熱されているような環境をつくり出すことができる。このため、この獣毛繊維延伸固定方法を利用すると、固定化処理において、スチームチャンバーなどの複雑な設備を使用することなく、短時間で膨潤可塑化獣毛繊維の固定化を実現することができる。
【0079】
<変形例>
(A)
先の実施の形態に係る獣毛繊維延伸固定装置100では、延伸機構40を側面視した場合、バックトップローラ11の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線と、バックボトムローラ12の回転軸とフロントトップローラ21の回転軸とを結ぶ仮想直線とが交差し、且つ、バックトップローラ11の回転軸とバックボトムローラ12の回転軸とを結ぶ仮想直線と、フロントトップローラ21の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線とが平行になるように、バックローラ対10およびフロントローラ対20が配設されていたが、バックローラ対10およびフロントローラ対20は、バックトップローラ11の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線と、バックボトムローラ12の回転軸とフロントトップローラ21の回転軸とを結ぶ仮想直線とが交差し、且つ、バックトップローラ11の回転軸とバックボトムローラ12の回転軸とを結ぶ仮想延長直線と、フロントトップローラ21の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想延長直線とが交差するように配設されてもよい。
【0080】
(B)
先の実施の形態に係る獣毛繊維延伸固定装置100には、洗浄ローラ対24,25、酸化中和処理槽60、水洗処理槽70および乾燥装置80が組み込まれていたが、これらの構成は、獣毛繊維延伸固定装置100とは別に設けられてもよい。例えば、これらの構成は、獣毛繊維延伸固定装置100から独立した染色機等に組み込まれてもよい。
【0081】
(C)
先の実施の形態に係る獣毛繊維延伸固定装置100では、延伸機構40を側面視した場合、バックトップローラ11の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線と、バックボトムローラ12の回転軸とフロントトップローラ21の回転軸とを結ぶ仮想直線とが交差し、且つ、バックトップローラ11の回転軸とバックボトムローラ12の回転軸とを結ぶ仮想直線と、フロントトップローラ21の回転軸とフロントボトムローラ22の回転軸とを結ぶ仮想直線とが平行になるように、バックローラ対10およびフロントローラ対20が配設されていたが、
図11に示されるように、バックトップローラ111の回転軸とフロントボトムローラ122の回転軸とを結ぶ仮想直線と、バックボトムローラ112の回転軸とフロントトップローラ121の回転軸とを結ぶ仮想直線とが同一仮想直線上に存在するように、バックローラ対110およびフロントローラ対120が配設されてもよい。
【0082】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明がこれらの実施例に限定されることはない。
【実施例1】
【0083】
平均繊維直径22.50μm、平均長さ95mmの羊毛繊維を含む無撚りの羊毛繊維束(トップスライバー23g/m)を用意した。次いで、チオグリコール酸(淀化学株式会社)に水酸化ナトリウム水溶液を添加してpH9.00の3.9重量%チオグリコール酸水溶液を調製した。そして、本実施例において、このチオグリコール酸水溶液を膨潤可塑化剤とした。
【0084】
羊毛繊維束を
図1に示されるように上述の獣毛繊維延伸固定装置100に架け渡した。次に、膨潤可塑化槽4に膨潤可塑化剤を投入した後、膨潤可塑化剤を40度Cまで温めた。その後、羊毛繊維束を膨潤可塑化剤に40分間浸漬させて、羊毛繊維束の膨潤可塑化処理を行った。次に、膨潤可塑化した羊毛繊維束(以下「膨潤可塑化羊毛繊維束」という)を、膨潤可塑化剤を含んだままの状態で膨潤可塑化槽4から引出し、その膨潤可塑化羊毛繊維束を延伸機構40により8.6cm/分の速度で延伸処理した。なお、バックローラ対10およびフロントローラ対20のトップローラ11,21およびボトムローラ12,22の外径は25mmであった。また、硬度50度、厚み7mmのウレタンゴムで芯金を被覆したローラをトップローラ11,21として用い、ステンレス製の芯金をフリュデット加工したものをボトムローラ12,22として用いた。さらに、バックローラ対10の周速度を8.6cm/分に設定すると共にフロントローラ対20の周速度を15.7cm/分に設定した。つまり、延伸倍率は1.82倍(=15.7/8.6)となる。
【0085】
また、側面視において膨潤可塑化羊毛繊維束がバックボトムローラ12およびフロントボトムローラ22の外周の3/5程度に接触するように、バックローラ対10およびフロントローラ対20を垂直軸に対して繊維流れ方向上流側に45度傾けて配設した(
図2等参照)。さらに、延伸ゾーンの長さを14mmに設定した。そして、このような延伸機構40により膨潤可塑化羊毛繊維束を順次延伸した後、延伸後の膨潤可塑化羊毛繊維束(以下「延伸膨潤可塑化羊毛繊維束」という)を、フロントボトムローラ22から洗浄ローラ対24,25を介して加熱ローラ15に導くと共に加熱ローラ15に直接接触させて延伸膨潤可塑化羊毛繊維束中の延伸膨潤可塑化羊毛繊維の固定化処理を行った。なお、固定化処理は、加熱ローラ15の周速度がフロントローラ対20の周速度の1.02倍とされた状態、すなわち、延伸膨潤可塑化羊毛繊維束が緊張させられた状態で行われた。なお、また、加熱ローラ15は、外径が210mmであり、表面温度が80度Cとなるように内蔵の電熱ヒーターにより加熱された。また、加熱ローラ15に対する延伸膨潤可塑化羊毛繊維束の接触時間は110秒間であった。また、
図1に示されるように、加熱ローラ15の外周上部に、7つの加圧ローラ(直径27mmのシリコーンゴム被覆ステンレスローラ)16を配設した。なお、各加圧ローラ16は、エアーシリンダーにより加熱ローラ15に対して1.5kg/cm
2の圧力で圧接された。また、加熱ローラ15に接触される前の延伸膨潤可塑化羊毛繊維束の湿潤率は81重量%であった。また、このときの、延伸スパンは116mmであった。
【0086】
次いで、固定化された延伸膨潤可塑化羊毛繊維束(以下「延伸固定化羊毛繊維束」という)を、40度Cの1重量%の過酸化水素水に30分間浸漬させて酸化させた後、水洗し、さらに0.3重量%の酢酸に30分間浸漬させて中和させた。このようにして得られた延伸固定化羊毛繊維の平均繊維直径は19.39μmであった(JIS L1081A法に準じて測定)。すなわち、延伸固定化後の羊毛繊維束の単繊維は、延伸固定化前の羊毛繊維束の単繊維に対して平均で約14%縮径されていることになる。また、この延伸固定化羊毛繊維束を沸騰水で15分間煮沸処理を行った後、再び延伸固定化羊毛繊維の平均繊維直径を測定した。このときの延伸固定化羊毛繊維の平均繊維直径は19.25μmであった。このため、この延伸固定化羊毛繊維が完全に固定化されていることが確認された。なお、(i)延伸固定化前の羊毛繊維束、(ii)延伸固定化後の羊毛繊維束および(iii)延伸固定化後に煮沸処理された後の羊毛繊維束の繊維径分布を
図7に示した。
図7より、本延伸固定化により、原毛の繊維径分布がほぼそのまま細番手方向にスライドされていることがわかる。つまり、本延伸固定化において、羊毛繊維束に対し、高精度な延伸が行われたことになる。また、延伸固定化羊毛繊維束は、断面楕円状の繊維を含み、まろやかな光沢のある外観特性を有していた。
【0087】
また、上述の延伸固定化羊毛繊維束を精紡機に供給して70番手双糸の延伸固定化羊毛紡績糸を製造した後、その延伸固定化羊毛紡績糸からカバーファクター0.49の編物を製造した。この編物は、柔らく、マイルドな光沢を持ち、肌触りがよく、しなやかな風合いを有していた。
【0088】
次に、上述の延伸固定化羊毛繊維束とテトロンフィラメント(35デニール)を80:20の割合で精紡機に供給し、100番手双糸の延伸固定化羊毛紡績糸を製造した。その後、当該延伸固定化羊毛紡績糸から織物を製造した。当該織物の浸漬寸法変化率(JIS L 1096 C法)、プレス寸法変化率(JIS L 1096 H−2法)、ハイグラルエキスパンション(浸漬C法準拠)を測定したところ、表1に示す寸法変化率が得られた。すなわち、織物として十分な寸法安定性を有していた。
【表1】
【実施例2】
【0089】
平均繊維直径18.50μm、平均長さ77mmの無撚りの羊毛繊維束(トップスライバー22g/m)を用い、フロントローラ対20の周速度を17.2cm/分に設定した以外は、実施例1と同様にして延伸固定化羊毛繊維束を製造した。なお、このときの延伸倍率は2.0倍(=17.2/8.6)となる。
【0090】
得られた延伸固定化羊毛繊維の平均繊維直径は15.13μmであった。すなわち、延伸固定化後の羊毛繊維束の単繊維は、延伸固定化前の羊毛繊維束の単繊維に対して平均で約18%縮径されていることになる。また、この延伸固定化羊毛繊維束を沸騰水で15分間煮沸処理を行った後、再び延伸固定化羊毛繊維の平均繊維直径を測定した。このときの延伸固定化羊毛繊維の平均繊維直径は15.20μmであった。このため、この延伸固定化羊毛繊維が完全に固定化されていることが確認された。
【実施例3】
【0091】
平均繊維直径17.0μm、平均長さ53mmの無撚りのカシミヤ繊維束(トップスライバー17g/m)を用いた以外は、実施例1と同様にして延伸固定化カシミヤ繊維束を製造した。
【0092】
得られた延伸固定化カシミヤ繊維の平均繊維直径は14.13μmであった。すなわち、延伸固定化後のカシミヤ繊維束の単繊維は、延伸固定化前のカシミヤ繊維束の単繊維に対して平均で約17%縮径されていることになる。また、この延伸固定化カシミヤ繊維束を沸騰水で15分間煮沸処理を行った後、再び延伸固定化カシミヤ繊維の平均繊維直径を測定した。このときの延伸固定化カシミヤ繊維の平均繊維直径は14.19μmであった。このため、この延伸固定化カシミヤ繊維が完全に固定化されていることが確認された。なお、(i)延伸固定化前のカシミヤ繊維束、(ii)延伸固定化後のカシミヤ繊維束および(iii)延伸固定化後に煮沸処理された後のカシミヤ繊維束の繊維径分布を
図8に示した。
図8より、本延伸固定化により、原毛の繊維径分布がほぼそのまま細番手方向にスライドされていることがわかる。つまり、本延伸固定化において、カシミヤ繊維束に対し、高精度な延伸が行われたことになる。
【実施例4】
【0093】
(i)延伸機構40により膨潤可塑化羊毛繊維束を順次延伸した後、延伸膨潤可塑化羊毛繊維束を、フロントボトムローラ22から洗浄ローラ対24,25を介して表面温度50度Cの加熱ローラ15に導くと共に加熱ローラ15に直接接触させて延伸膨潤可塑化羊毛繊維束を乾燥させたこと、(ii)エアーシリンダーにより各加圧ローラ16を加熱ローラ15に対して1.8kg/cm
2の圧力で圧接させたこと、また、(iii)延伸膨潤可塑化羊毛繊維束を酸化中和処理槽60および水洗処理槽70を通過させることなく直接、乾燥装置80に導いて延伸膨潤可塑化羊毛繊維束を乾燥装置80で50度以下の温度で風乾燥させて巻き取ったこと以外は、実施例1と同様にして延伸復元羊毛繊維束を製造した。なお、延伸膨潤可塑化羊毛繊維束の洗浄および乾燥は、加熱ローラ15の周速度がフロントローラ対20の周速度の1.02倍とされた状態、すなわち、延伸膨潤可塑化羊毛繊維束が緊張させられた状態で行われた。
【0094】
得られた延伸復元羊毛繊維の平均繊維直径は19.62μmであった。すなわち、延伸固定化後の羊毛繊維束の単繊維は、延伸固定化前の羊毛繊維束の単繊維に対して平均で約13.5%縮径されていることになる。また、この延伸固定化羊毛繊維束を80度Cの温水に15分間浸漬した後、再び延伸復元羊毛繊維の平均繊維直径を測定した。このときの延伸復元羊毛繊維の平均繊維直径は22.58μmであった。つまり、この延伸復元羊毛繊維は、温水浸漬により原毛に復元していた。
【実施例5】
【0095】
実施例4で製造した延伸復元羊毛繊維束を用いて60番手の延伸復元羊毛紡績糸を作製した。次いで、常法により、この延伸復元羊毛紡績糸を芯糸とし、カシミヤのスライバーを鞘糸とした芯鞘構造の36番手単糸の延伸復元複合羊毛紡績糸を製造した。そして、この延伸復元複合羊毛紡績糸を80度Cの温水に15分間浸漬して取り出し乾燥させたところ、芯糸の延伸復元羊毛紡績糸が延伸前の形状に復元して長さが短くなり、その結果、表面が嵩高なカシミヤで覆われる紡績糸が得られた。
【実施例6】
【0096】
実施例4で製造した延伸復元羊毛紡績糸を60番手双糸に紡績し、その双糸を16ゲージの丸編み機を用いて度目3.5で丸編みして編地を作製した。そして、この丸編み編地を、沸騰水で15分間煮沸した後、40度Cの1重量%過酸化水素水で30分間処理してから水洗し、さらに0.3重量%の酢酸水溶液で30分間中和処理した。その結果、この編地は、煮沸前に比べて横(ウェール)方向で48%、縦(コース)方向で50%収縮していた。また、煮沸前の編地のカバーファクター(CF)が0.45であったのに対して煮沸後の編地のカバーファクター(CF)が0.85になっていた。また、編地を分解して延伸復元羊毛繊維の平均繊維直径を測定したところ、その値は22.58μmであった。つまり、延伸復元羊毛繊維は、温水浸漬により原毛に復元していた。なお、煮沸前の編地を
図9に示し、煮沸後の編地を
図10に示す。