(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池の電極用部材は、例えば、電気自動車、燃料電池車、ハイブリッド自動車、家庭用蓄電設備、電動工具、電車、小型ポータブル機器等に使用される電池(キャパシター含む)の電極部分に使用される。特に近年、自動車用に搭載されるなど、その発展が著しい。
リチウムイオン電池を構成している部材は、正極電極、負極電極、セパレータ、電解液に大きく分けることができる。その中でも電極は、集電体、活物質、バインダ、導電助材といった材料から構成されており、電池全体の性能を大きく左右する。
【0003】
電極は、金属箔などを用いた集電体上に、活物質、バインダ、導電助材などを含む材料を溶剤で分散混合したスラリーを塗工機で塗工し、通常塗工機の一部として組み込まれ設置されているオーブンにおいて乾燥し、巻き取られる。この後、必要に応じ、スリットやプレスを行う。
電極におけるバインダの役割は、バラバラの粒子である活物質粒子どうしを結着させて塗膜としての形状を保持するとともに、集電体と密着して導電性を確保することである。活物質粒子どうしの結着が弱く、つまり、塗膜強度が弱い場合、電極塗工後のスリット工程やプレス工程で、電極塗工後の膜すなわち電極塗膜にヒビが入ったり割れたりするなどの問題が生じる。
【0004】
塗膜と集電体との密着が弱いと、電極塗工後のスリット工程やプレス工程で電極塗膜が集電体から剥がれたり浮き上がったりするなどの問題が生じる。さらに、塗工後の電極は柔軟性(可とう性)も必要であり、これが不足すると甚だしい場合には、塗工機出口の巻き取りにおいてヒビが入ることもある。
負極電極としては、活物質にカーボン材料を用いるものが一般的であり、集電体である銅箔の上に、カーボン粒子、導電助材、バインダ、さらにこれに加えて増粘材を含む水系塗料を塗工、乾燥することにより得られる。
【0005】
ここで、増粘材(本明細書では「増粘材」と記すが「増粘剤」と同義である)は、水系塗料において、バインダは一般的にゴム系樹脂の水分散液を用いるため塗料の粘度が低くなるので、これを塗工に適した粘度に調整する(増粘する)目的で使用されるものである。さらに、塗工、乾燥後の電極塗膜においては、バインダとともに塗膜強度、集電体との密着力にも寄与する。
【0006】
カーボン系負極のバインダとしては、通常、水分散系のスチレンブタジエンゴム(以下、SBRと略す)が使用され、増粘材としては、カルボキシメチルセルロース(以下、CMCと略す)が使用される。一般的な方法としては、CMC水溶液にカーボンブラックなどの導電助材とカーボン粒子を添加して均一に分散させた後、SBR水分散液を添加して、水系の電極塗料を調製する。
【0007】
このようにして製造された負極電極は、電極塗膜が割れたりヒビが入るなどの欠陥が生じると、その欠陥部に金属リチウムが析出してセパレータを突き破って短絡するなどの問題が生じる。また、電極塗膜と集電体との密着が弱いと、充放電を繰り返すうちに、電極塗膜が集電体から剥がれることにより内部抵抗が増加し、電池としての性能が低下する。
これを回避するために、粘度とエーテル化度の異なる2種類のカルボキシメチルセルロースで構成した増粘材を用いた負極板とすることで、負極合剤層と負極集電体の剥離強度を増大した負極板が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1に示すように、リチウムイオン電池の電極10は、概略的には、金属箔などからなる集電体11の上に、電極膜となる塗膜(以下、電極塗膜ともいう)12が形成された構成となっている。電極塗膜12は、カーボン系活物質、導電助材、バインダ、および増粘材を含む。
【0015】
リチウムイオン電池の負極電極において、活物質としてカーボン系材料、導電助材としてカーボンブラック、バインダとしてSBR、増粘材としてCMCを使用する組み合わせは、ごく一般的なものである。本発明では、増粘材としてCMCではなくセルロースシングルナノファイバを使用している。
セルロースシングルナノファイバとは、完全に1本1本に分離したセルロース誘導体からなるナノファイバであり、セルロースをTEMPO(2,2,6,6−tetramethylpiperidine−1−oxyl radical)触媒酸化することにより得ることができるものである。
【0016】
本明細書では、セルロースシングルナノファイバを、カルボキシル基を有する繊維状多糖類であり、TEMPO酸化セルロースのナノ分散体と定義する。
本発明におけるセルロースシングルナノファイバをより具体的に定義するために、以下に製造例を示しながら詳細に説明する。
繊維状多糖類としては、セルロース繊維、キチン、キトサンなどが挙げられ、特に構造配列が規則的であり剛直な骨格を有するセルロース繊維が好ましい。セルロース繊維の原料となるセルロースとしては、木材パルプ、非木材パルプ、コットン、バクテリアセルロース等を用いることができる。
【0017】
さらに、本発明におけるセルロースシングルナノファイバは、その繊維幅は2nm以上50nm以下であり、長さが0.5μm以上50μm以下である。
この範囲であれば、活物質と相互作用できる部位が多数存在するため分散性が良くなり、また活物質同士の導電ネットワークが形成されるため電気化学的安定性が良好となる。さらに、セルロース繊維同士の絡み合い構造によって電解液に対しての膨潤耐性に優れ、活物質が捕捉されるために脱落しにくくなり、電池としての良好なサイクル特性を得ることができる。
【0018】
一方、繊維幅が50nmを超えるとセルロース繊維の全体積に占める表面積の割合が相対的に小さくなり、活物質と相互作用できる部位が減るため、活物質を効率的に分散させることが出来なくなる。
また、長さが0.5μm未満だとセルロース繊維同士の絡み合いが十分に行えず、膜の強度低下の原因になってしまうため好ましくない。さらに、長さが50μmを超えるとセルロース繊維同士の絡み合いが大きくなるために繊維は分散しにくく、沈殿を形成しやすくなるため分散安定性が低下する。
【0019】
繊維の幅や長さは、水などの溶媒に固形分濃度0.001%程度に希釈した繊維をガラス等平滑な基板上に展開し、乾燥させたものを原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope、AFM)や、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope、TEM)などを用いて測定することができる。
【0020】
また、セルロース繊維のカルボキシル基量はセルロース重量に対して、0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であることが望ましい。この範囲のカルボキシル基量を有するセルロース繊維は分散処理を施した際の分散性が良好であり、活物質の有する官能基との相互作用が十分であるため、良好な分散性が得られる。さらに、カルボキシル基の一部がカルボン酸塩であることを特徴とする。例えば、カルボキシル基の対イオンとなるカチオンは、アルカリ金属イオン(リチウム、ナトリウム、カリウム等)、アルカリ土類金属(カルシウム等)、アンモニウムイオン、有機オニウム(各種脂肪族アミン、芳香族アミン、ジアミンなどのアミン類や水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラn−ブチルアンモニウム、水酸化ベンジルトリメチルアンモニウム、水酸化2−ヒドロキシエチルトリメチルアンモニウム、などNR4OH(Rはアルキル基、またはベンジル基、またはフェニル基、またはヒドロキシアルキル基で、4つのRが同一でも異なっていてもよい。)で表される水酸化アンモニウム化合物、水酸化テトラエチルホスホニウムなどの水酸化ホスホニウム化合物、水酸化オキソニウム化合物、水酸化スルホニウム化合物などの対イオンが挙げられる。また、これらを2種以上混合して塩を形成することもできる。
【0021】
セルロース繊維の有するカルボキシル基が電離することにより静電反発が増大し、セルロース繊維の分散性が保持されると考えられている。そのため、カルボキシル基の一部がイオン化した状態を維持していることが望ましい。また、対イオンとしてナトリウムイオンなどの金属イオンが多量に存在すると、電析や副反応の恐れがあり、好ましくない場合がある。この時、有機オニウムを用いることにより、これらの問題を解決することができる。
【0022】
セルロースにカルボキシル基を導入する方法としては、現在いくつか化学処理の方法が報告されている。例えばカルボキシメチルセルロース等、分子分散した水溶性多糖類を用いると活物質の表面に水溶性多糖類が覆い被さり、電極の内部抵抗が高くなることにより、結果的に電池特性低下を招く恐れがある。そこで、本発明のように繊維状であり分散性が良好で、且つ活物質が効率的にセルロースのカルボキシル基と相互作用できる構造を有するためには、剛直な骨格を保持した高結晶性のセルロースにカルボキシル基を導入し、且つカルボキシル基が繊維表面に緻密で規則的に存在することが望ましい。
【0023】
具体的には、次の方法が望ましい。
すなわち、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペジニルオキシラジカル(TEMPO)を触媒として使用し、pHを調整しながら次亜塩素酸ナトリウム等の酸化剤、臭化ナトリウム等の臭化物を用いて処理する。この方法によると、TEMPOの立体障害により結晶性を有する繊維最小単位であるミクロフィブリルの表面に存在するセルロースC6位の一級水酸基のみが選択的にカルボキシル基へと酸化される。導入されたカルボキシル基の静電反発によってミクロフィブリルの結合が弱まるために低エネルギー投入による機械的処理によって、高分散した高結晶性を有する繊維状セルロースが得られる。さらに、本方法を利用すると、得られたセルロース繊維の分子量低下が抑えられるため、高い力学強度が保持されることから優れたサイクル特性が得られる。
【0024】
以下、本発明におけるセルロースシングルナノファイバを作製するための、上記化学処理の具体的な方法を説明する。
水中で分散させたセルロースにニトロキシラジカルと臭化ナトリウムとを添加して室温で攪拌しながら次亜塩素酸ナトリウム水溶液を添加してセルロースの酸化を行う。酸化反応中に水酸化ナトリウム等アルカリ溶液を添加し、反応系内のpHを9〜11に制御する。この時、セルロース繊維表面のC6位の水酸基がカルボキシル基に酸化される。
【0025】
セルロースを酸化した後、十分水洗し、得られたセルロースを繊維状に分散したものを分散液の構成材料として用いることが出来る。なお、酸化剤としては、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩が使用でき、次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。臭化物としては、臭化リチウム、臭化カリウム、臭化ナトリウム等が挙げられ、臭化ナトリウムが好ましい。上記の方法によりカルボキシル基を有するTEMPO酸化セルロースが得られる。
なお、セルロースに含有されるカルボキシル基量は以下の方法にて算出される。
【0026】
化学処理したセルロースの乾燥重量換算0.2gをビーカーにとり、イオン交換水80mlを添加する。そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mlを加え、攪拌させながら0.1M塩酸を加えて全体がpH2.8となるように調整した。ここに自動滴定装置(東亜ディーケーケー(株)社製、AUT−701)を用いて0.1M水酸化ナトリウム水溶液を0.05ml/30秒で注入し、30秒毎の電導度とpH値を測定し、pH11まで測定を続けた。得られた電導度曲線から水酸化ナトリウムの滴定量を求め、カルボキシル基含有量を算出した。
【0027】
TEMPO酸化処理されたセルロースは分子量をある程度保持されるため、繊維の絡み合いによって得られる分散液は低濃度でも高い粘度特性を有する。塗工性を良好にするため、分散液の粘度を調整することができる。粘度を調整する方法としては、原料セルロースの種類を適宜選択したり分散液の濃度を調整したりする他、TEMPO酸化処理したセルロースを分散処理前に物理的或いは化学的に処理を施すことができる。具体的には、水酸化ナトリウム水溶液に晒すアルカリ処理、紫外線照射によりβ脱離を促進させる紫外線照射処理、酵素による分解を促す酵素処理などが挙げられる。
【0028】
ところで、分散媒としては、水、または水と有機溶剤との混合溶剤が挙げられる。ここで用いられる有機溶剤としては、水と均一に混和可能な水溶性有機溶剤であればよく、たとえばメタノール、エタノール、2−プロパノール(IPA)などのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)などのケトン類、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)などのエーテル類、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、酢酸エチルなどが挙げられる。これらのいずれか1種単独でも、2種以上の混合溶媒でもよい。分散媒として、水と水溶性有機溶剤との混合溶剤を用いる場合、その配合比は水溶性有機溶剤の種類や水と水溶性有機溶剤との親和性などを考慮して適宜決定される。
【0029】
また、分散媒には、金属等を含んでも良い。金属としては、金、銀、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、オスミウムの白金族元素の他、鉄、鉛、銅、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウムなどの金属またはこれらの合金、または酸化物、複酸化物、炭化物などを用いることができる。金属の担持方法としては、金属または金属酸化物等の微粒子を混合する他、水或いは水系溶剤に分散したカルボキシル基を有する繊維状多糖類分散中で金属または金属酸化物の錯体を形成し、還元剤を添加することで金属粒子として析出させることができる。この方法を用いると、微小な金属粒子が繊維表面に均一に固定化されるため、微量な金属量であっても効率的に効果を発揮させることができる。
【0030】
なお、凝集や沈殿が生成しない範囲においては、より繊維同士の静電反発を増大させる目的や分散液の粘度を制御する目的で、分散媒に水溶性多糖類を含む各種添加物、各種樹脂を含んでも良い。例えば、化学修飾したセルロース、カラギーナン、キサンタンガム、アルギン酸ナトリウム、寒天、可溶化澱粉や、消泡剤、水溶性高分子、合成高分子等を用いることができる。あるいは塗工性やぬれ性など機能性付与などの為に、分散媒に、各種溶剤を含んでもよい。溶剤としては、アルコール類、セルソルブ類、グリコール類、グリセリンなどを用いることができる。
【0031】
また、耐水性、電解液耐性を向上させるために、分散媒に各種架橋剤を含んでもよい。例えば、オキサゾリン、ジビニルスルホン、カルボジイミド、ジヒドラジン、ジヒドラジド、エピクロルヒドリン、グリオキザール、有機チタン化合物、有機ジルコニウム化合物などを用いることができる。また、反応性を向上させるなどの目的で、分散媒に、酸やアルカリを添加することによってpHを調整することができる。
このようにして生成されるセルロースシングルナノファイバは、カルボキシル基の静電反発によりセルロース内・間の水素結合を弱めることで繊維がナノオーダーに分散しており、水中での分散性に優れていることが特徴であり、CMCのように分子分散せず、剛直な繊維状を保つとされている。
【0032】
本発明は、活物質としてカーボン系材料、導電助材としてカーボンブラック、バインダとしてSBRを使用するリチウムイオン電池負極電極において、増粘材としてCMCではなくセルロースシングルナノファイバを使用することを特徴とする。
本発明に使用するセルロースシングルナノファイバは、上記のいずれかの対イオン型を適宜選択することができ、また2種類以上を混合して用いることもできる。
【0033】
本発明に使用するセルロースシングルナノファイバは、通常は、水中に溶解又は分散した、外観が無色透明又は微濁の水溶液又は水分散液である。濃度が高い場合は、ゲル状(寒天状)になっていることもある。これを所望の濃度になるように水で希釈して使用すればよい。セルロースシングルナノファイバの濃度及び使用量は、塗料の目標粘度及び乾燥後電極中の目標組成比から適宜選択すればよい。
増粘材にセルロースシングルナノファイバを使用することにより、CMCを使用した場合より塗膜強度や集電体との密着力が向上する理由は、本発明者の考察によれば、水中でCMCのように分子分散せずに繊維がナノオーダーに分散し、剛直な繊維状を保つというセルロースシングルナノファイバの特性によるものと考えられる。
【0034】
次に、増粘材にセルロースシングルナノファイバを使用したカーボン系負極塗料の製造方法について説明する。
まず、適当な容器にセルロースシングルナノファイバの原液を仕込む。原液の濃度は、セルロースシングルナノファイバの製造方法、対イオンの種類、平均分子量(分子鎖の長さ)などによって異なるが、水溶液、水分散液、又はゲル状で取り扱える範囲に調整され、通常は1重量%〜5重量%である。これに水を添加して希釈し塗料製造に適した濃度にする。原液の濃度は、より具体的には、塗料の目標粘度及び乾燥後電極中の目標組成比から決定される。
【0035】
希釈攪拌して均一な水溶液又は水分散液になったら、カーボンブラックなどの導電助材を投入して均一になるまで攪拌する。投入量は、乾燥後の電極中の目標組成比から決定される。これにカーボン系の活物質を投入してさらに均一になるまで攪拌する。活物質の投入量も、乾燥後の電極中の目標組成比から決定される。最後にバインダとしてSBR水分散液を加える。SBR水分散液の添加量は、SBR水分散液の濃度と乾燥後の電極中の目標組成比から決定される。
こうして製造された塗料は、塗工に適した粘度を有する粘調なスラリー状であり、粘度は例えば1000〜100000Pa・sである。
【0036】
次に、本発明における電極の製造方法について説明する。
上記のようにして製造された本発明のカーボン系負極塗料を、銅箔などの集電体上に塗工し、乾燥することにより得ることができる。ロール状の集電体箔を塗工機の巻き出し部から巻き出し、塗工部において塗工を行う。塗工方式は特に限定されないが、ロールコータ、エアナイフコータ、ブレードコータ、ロッドコータ、リバースコータ、バーコータ、コンマコータ、ディップ・スクイズコータ、ダイコータ、グラビアコータ、マイクログラビアコータ、シルクスクリーンコータなどを使用することができ、特にダイコータを使用したダイコート法が好ましい。
【0037】
乾燥方式も特に限定されないが、自然乾燥の他、熱風、遠赤外線、マイクロ波などを利用することができ、塗工機(コータ)後部に一体として組み込まれ設置されているオーブンにおいて乾燥するのが一般的である。乾燥後は塗工機の巻き取り部においてロール状に巻き取られる。巻き出しから巻き取りまでは一連の流れで連続的に行われることが好ましい。
【0038】
次に、このようにして生成された電極における、剥離接着強さの測定方法について説明する。
剥離接着強さとは、引張試験機を用いて電極が剥離するときの過重(剥離力)を測定したものである。電極が剥離する場合には2通りがあり、塗膜内で塗膜が壊れる場合(いわゆる凝集破壊)と塗膜自体は壊れずに塗膜全体が集電体から剥がれる場合である。本発明では、前者を塗膜強度、後者を集電体との密着力と表現している。
【0039】
剥離接着強さは、この両者を含めた強さとして測定される。すなわち、両者のうち力の弱い方で剥離が生じることとなる。どちらのケースで剥離が生じたかは、剥離した状態を観察することにより分かる。この方法では、力の弱かった一方の強さしか分からず、他方がどれだけの強さだったかは分からない。しかし、剥離接着強さの測定値は、その両者が得られた測定値以上の強さであることを示すので、電極の全体の強さを示す値として利用することができる。最も弱い部分が電極全体の強さを決定するからである。
【0040】
測定は、
図2に示すように、JIS K6854−1「接着剤−剥離接着強さ試験方法」の90度剥離の方法に準じて行う。
すなわち、電極10(片面のみ塗工したもの)の電極塗料が塗工されていない面(集電体11がむき出しになっている側の面)を、剥離接着強さに対して十分な重量を有する表面が平面の金属製の台1に、両面テープ2を用いて貼り付ける。電極10の塗工面(電極塗膜12)が上で電極10の下側に金属製の台1が配置された状態で、電極10の電極塗膜12上に市販品の粘着テープ3(幅12mm、長さ100mm以上)を貼り付け、その際、気泡や隙間がないように粘着テープ3を電極塗膜12上にしっかりと圧着させる。この粘着テープ3の一端を長さ600mm以上のワイヤ4の一端に連結し、ワイヤ4の他端は引張試験機の金属製の台1の上方に配置されたつかみ5に挟む。
【0041】
このとき、引張試験機の金属製の台1の上方位置に配置されたつかみ5にワイヤ4の一端が固定され、そのワイヤ4の他端が金属製の台1に対して垂らされたとき、金属製の台1に対してワイヤ4が垂直となる金属製の台1上の位置(以後、金属製の台1の中心という。)と、粘着テープ3の長手方向の中央部とが一致し、かつ、粘着テープ3が金属製の台1の中心位置まで引き上げられたときに、ワイヤ4が電極塗膜12の塗工面に対して垂直となるように、金属製の台1を位置決めする。
【0042】
そして、引張試験機が50mm/minの移動速度で作動するように設定して、引張試験機を作動させる。試験は粘着テープ3の長手方向の中央部を基準として、この中央部から長手方向に少なくとも片側50mm以上ずつ剥離するまでワイヤ4を引っ張り続ける。つまり、粘着テープ3の長手方向の中央部を中心としてその両側の長手方向100mm以上の範囲が、電極塗膜12から剥離するまで、ワイヤ4を引っ張り続ける。なお、
図2は、引張試験機を作動させることにより、粘着テープ3の、ワイヤ4が連結された側の端部側から粘着テープ3の長手方向中央部まで電極塗膜12自体が2つに剥離された状態(後述の塗膜剥離が生じた状態)を示している。
【0043】
そして、条件の異なる各試験片、すなわち電極10について、同様の手順で試験を行い、粘着テープ3の長手方向の中央部を基準として片側50mmずつ、合計長手方向中央部を中心としてその両側の長手方向100mmの剥離長さに渡って、試験機の荷重測定値の平均値を求める。この操作を各電極10それぞれについて3回づつ行い、その3回の平均値を求める。
【0044】
塗膜強度及び集電体との密着力がともに電極塗膜12の塗膜面と粘着テープ3の間の接着力を上回る場合は、電極塗膜12がその内部で剥離せずに粘着テープ3のみが電極塗膜12の塗膜面から剥離する。この状態においては、剥離接着強さの測定値は単に塗膜表面と粘着テープ3間の接着力を測っているだけであり、実際の塗膜強度や集電体との密着力は測定できない。しかし、粘着テープ3の接着力は、多くの場合、相対的に比較される塗膜強度や集電体との密着力の比較評価領域に対して十分に大きいので、粘着テープ3が剥離する状態にまで至るような場合は、塗膜強度及び集電体との密着力は十分に大きいと判断してよい。したがって、本発明の方法による剥離接着強さ試験には、電極塗膜12内で電極塗膜12自体が壊れる場合(塗膜剥離)、電極塗膜12全体が集電体11から剥がれる場合(基材剥離)、及び粘着テープ3の電極塗膜12から剥離する場合の、3つのケースがあることになる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例に基づいて、具体的な測定例を説明する。
(実施例1)
カーボン系活物質:導電助材:バインダ:増粘材の乾燥後の固形分重量比が92:7:1:1となるように各材料を仕込み、攪拌混合して負極電極用塗料を得た。増粘材としてナトリウム型のセルロースシングルナノファイバを使用した。この塗料を金属箔上に塗工し、熱風循環恒温乾燥機で乾燥して、負極電極を得た。得られた電極を、引張試験機を使用して剥離接着強さを測定した。結果を表1に示す。なお表1において、固形分重量比とは、増粘材の固形分重量比を表す。
【0046】
(実施例2)
カーボン系活物質:導電助材:バインダ:増粘材の乾燥後の固形分重量比が92:7:1:1.5となるように各材料を仕込んだ以外は、実施例1と同様にして得られた電極の剥離接着強さを測定した。結果を表1に示す。
(実施例3)
カーボン系活物質:導電助材:バインダ:増粘材の乾燥後の固形分重量比が92:7:1:2となるように各材料を仕込んだ以外は、実施例1と同様にして得られた電極の剥離接着強さを測定した。結果を表1に示す。
【0047】
(実施例4)
カーボン系活物質:導電助材:バインダ:増粘材の乾燥後の固形分重量比が92:7:1:0.8となるように各材料を仕込んだ以外は、実施例1と同様にして得られた電極の剥離接着強さを測定した。結果を表1に示す。
(実施例5)
増粘材としてアンモニウム型のセルロースシングルナノファイバを使用した以外は、実施例1と同様にして得られた電極の剥離接着強さを測定した。結果を表1に示す。
【0048】
(比較例1)
増粘材としてCMCを使用した以外は、実施例1と同様にして得られた電極の剥離接着強さを測定した。結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
表1から明らかなように、増粘材にセルロースシングルナノファイバ(ナトリウム型)を使用した場合は、従来のCMCを使用した比較例1に比べて、固形分重量比が同じ場合で2倍以上剥離接着強さが向上していることが分かる(実施例1)。また、固形分重量比が少ない場合でも、比較例1より剥離接着強さが強い(実施例2)。さらに、固形分重量比を実施例1より増やしていくと、剥離接着強さが粘着テープ3の接着力と同等レベルまで向上し(実施例3)、さらに増やすと粘着テープの接着力を上回り、剥離接着強さはほぼ一定値を示す(テープ剥離強度を測定している)ようになる(実施例4)。
【0051】
アンモニウム型のセルロースシングルナノファイバを使用した場合でも、従来のCMCを使用した比較例1に比べて、増粘材の固形分重量比が同じ場合で1.5倍程度以上剥離接着強さが向上していることが分かる(実施例5)。
本実施例では、基材剥離は起こらなかったことから、集電体11と電極塗膜12との密着力は、実施例1、2、5及び比較例1では塗膜強度よりも強く、実施例3及び4では粘着テープ3の接着力よりも強かったことを示している。このことは、電極10全体の強さを評価する上では、集電体11と電極塗膜12との密着力は十分な強さを有していたと評価してよい。