【実施例1】
【0011】
まず、構成を説明する。
実施例1におけるベルト式無段変速機CVTの制御装置の構成を、「全体システム構成」、「セレクト制御構成」に分けて説明する。
【0012】
[全体システム構成]
図1は、実施例1のベルト式無段変速機の制御装置が適用されたエンジン車両の駆動系と制御系を示し、
図2及び
図3は、ベルト式無段変速機構を示す。以下、
図1〜
図3に基づき、全体システム構成を説明する。
【0013】
前記エンジン車両の駆動系は、
図1に示すように、エンジン1と、トルクコンバータ2と、前後進切替機構3と、ベルト式無段変速機構4と、終減速機構5と、駆動輪6,6と、を備えている。なお、ベルト式無段変速機CVTは、トルクコンバータ2と前後進切替機構3とベルト式無段変速機構4と終減速機構5をトランスミッションケース内に収納することにより構成される。
【0014】
前記エンジン1は、ドライバによるアクセル操作による出力トルクの制御以外に、外部からのエンジン制御信号により出力トルクが制御可能である。このエンジン1には、スロットルバルブ開閉動作や燃料カット動作等により出力トルク制御を行う出力トルク制御アクチュエータ10を有する。
【0015】
前記トルクコンバータ2は、トルク増大機能を有する発進要素であり、トルク増大機能を必要としないとき、エンジン出力軸11(=トルクコンバータ入力軸)とトルクコンバータ出力軸21を直結可能なロックアップクラッチ20を有する。このトルクコンバータ2は、エンジン出力軸11にコンバータハウジング22を介して連結されたタービンランナ23と、トルクコンバータ出力軸21に連結されたポンプインペラ24と、ケースにワンウェイクラッチ25を介して設けられたステータ26と、を構成要素とする。
【0016】
前記前後進切替機構3は、ベルト式無段変速機構4への入力回転方向を前進走行時の正転方向と後退走行時の逆転方向で切り替える機構である。この前後進切替機構3は、ダブルピニオン式遊星歯車30と、複数のクラッチプレートによる前進クラッチ31(前進側摩擦締結要素)と、複数のブレーキプレートによる後退ブレーキ32(後退側摩擦締結要素)と、を有する。前進クラッチ31は、Dレンジ等の前進走行レンジの選択時に前進クラッチ圧Pfcにより締結される。後退ブレーキ32は、後退走行レンジであるRレンジの選択時に後退ブレーキ圧Prbにより締結される。なお、前進クラッチ31と後退ブレーキ32は、Nレンジ(ニュートラルレンジ、非走行レンジ)の選択時、前進クラッチ圧Pfcと後退ブレーキ圧Prbをドレーンすることで、いずれも解放される。
【0017】
前記ベルト式無段変速機構4は、ベルト接触径の変化により変速機入力回転数と変速機出力回転数の比である変速比を無段階に変化させる無段変速機能を備え、プライマリプーリ42と、セカンダリプーリ43と、ベルト44と、を有する。前記プライマリプーリ42は、
図2に示すように、固定プーリ42aとスライドプーリ42bにより構成され、スライドプーリ42bは、プライマリ圧室45に導かれるプライマリ圧Ppriによりスライド動作する。前記セカンダリプーリ43は、
図2に示すように、固定プーリ43aとスライドプーリ43bにより構成され、スライドプーリ43bは、セカンダリ圧室46に導かれるセカンダリ圧Psecによりスライド動作する。前記ベルト44は、
図2に示すように、プライマリプーリ42のV字形状をなすシーブ面42c,42dと、セカンダリプーリ43のV字形状をなすシーブ面43c,43dに掛け渡されている。このベルト44は、
図3に示すように、環状リングを内から外へ多数重ね合わせた2組の積層リング44a,44aと、打ち抜き板材により形成され、2組の積層リング44a,44aに沿って挟み込みにより環状に積層して取り付けられた多数のエレメント44bにより構成される。そして、エレメント44bには、両側位置にプライマリプーリ42のシーブ面42c,42dと、セカンダリプーリ43のシーブ面43c,43dと接触するフランク面44c,44cを有する。
【0018】
前記終減速機構5は、ベルト式無段変速機構4の変速機出力軸41からの変速機出力回転を減速すると共に差動機能を与えて左右の駆動輪6,6に伝達する機構である。この終減速機構5は、変速機出力軸41とアイドラ軸50と左右のドライブ軸51,51に介装され、減速機能を持つ第1ギヤ52と、第2ギヤ53と、第3ギヤ54と、第4ギヤ55と、差動機能を持つギヤディファレンシャルギヤ56を有する。
【0019】
前記エンジン車両の制御系は、
図1に示すように、油圧コントロールユニット7と、CVTコントロールユニット8と、を備えている。
【0020】
前記油圧コントロールユニット7は、プライマリ圧室45に導かれるプライマリ圧Ppriと、セカンダリ圧室46に導かれるセカンダリ圧Psecと、前進クラッチ31への前進クラッチ圧Pfcと、後退ブレーキ32への後退ブレーキ圧Prbと、を作り出す油圧制御ユニットである。この油圧コントロールユニット7は、オイルポンプ70と、油圧制御回路71と、を備え、油圧制御回路71は、ライン圧ソレノイド72と、プライマリ圧ソレノイド73と、セカンダリ圧ソレノイド74と、前進クラッチ圧ソレノイド75と、後退ブレーキ圧ソレノイド76と、を有する。
【0021】
前記ライン圧ソレノイド72は、CVTコントロールユニット8から出力されるライン圧指示に応じ、オイルポンプ70からの圧送される作動油を、指示されたライン圧PLに調圧する。
【0022】
前記プライマリ圧ソレノイド73は、CVTコントロールユニット8から出力されるプライマリ圧指示に応じ、ライン圧PLを元圧として指示されたプライマリ圧Ppriに減圧調整する。
【0023】
前記セカンダリ圧ソレノイド74は、CVTコントロールユニット8から出力されるセカンダリ圧指示に応じ、ライン圧PLを元圧として指示されたセカンダリ圧Psecに減圧調整する。
【0024】
前記前進クラッチ圧ソレノイド75は、CVTコントロールユニット8から出力される前進クラッチ圧指示に応じ、ライン圧PLを元圧として指示された前進クラッチ圧Pfcに減圧調整する。
【0025】
前記後退ブレーキ圧ソレノイド76は、CVTコントロールユニット8から出力される後退ブレーキ圧指示に応じ、ライン圧PLを元圧として指示された後退ブレーキ圧Prbに減圧調整する。
【0026】
前記CVTコントロールユニット8は、スロットル開度等に応じた目標ライン圧を得る指示をライン圧ソレノイド72に出力するライン圧制御、車速やスロットル開度等に応じて目標変速比を得る指示をプライマリ圧ソレノイド73及びセカンダリ圧ソレノイド74に出力する変速油圧制御、前進クラッチ31と後退ブレーキ32の締結/解放を制御する指示を前進クラッチ圧ソレノイド75及び後退ブレーキ圧ソレノイド76に出力する前後進切替制御、等を行う。このCVTコントロールユニット8には、プライマリ回転センサ80、セカンダリ回転センサ81、セカンダリ圧センサ82、油温センサ83、インヒビタースイッチ84、ブレーキスイッチ85、アクセル開度センサ86、プライマリ圧センサ87、ライン圧センサ89、等からのセンサ情報やスイッチ情報が入力される。また、エンジンコントロールユニット88からはトルク情報を入力し、エンジンコントロールユニット88へはトルクリクエストを出力する。ここで、インヒビタースイッチ84は、選択されているレンジ位置(Dレンジ,Nレンジ,Rレンジ等)を検出し、レンジ位置に応じたレンジ位置信号を出力する。
【0027】
[セレクト制御構成]
図4は、実施例1のCVTコントロールユニット8にて実行されるセレクト制御処理の流れを示すフローチャートである。以下、セレクト制御構成をあらわす
図4の各ステップについて説明する(セレクト制御手段)。
【0028】
ステップS1では、イグニッションキーオンにより処理をスタートすると、そのとき選択されているレンジ位置が、走行レンジであるDレンジ又はRレンジであるか否かを判断する。YES(Dレンジ又はRレンジ)の場合はステップS2へ進み、NO(Dレンジ又はRレンジ以外)の場合はステップS1の判断を繰り返す。
【0029】
ステップS2では、ステップS1でのDレンジ又はRレンジであるとの判断に続き、DレンジからNレンジへセレクト操作が行われた否か、又は、RレンジからNレンジへセレクト操作が行われた否かを判断する。YES(D→N、又は、R→N)の場合はステップS3へ進み、NO(Nレンジへセレクト操作無し)の場合はステップS2の判断を繰り返す。
【0030】
ステップS3では、ステップS2でのD→N、又は、R→Nであるとの判断に続き、所定のディレイ時間が経過したか否かを判断する。YES(ディレイ時間経過)の場合は、NO(ディレイ時間未経過)の場合はステップS3の判断を繰り返す。
ここで、所定のディレイ時間は、Nレンジへセレクト操作したことにより、D→Nのときのセレクト操作時から前進クラッチ圧Pfcが抜けるのに要する時間を測定し、また、R→Nのときのセレクト操作時から後退ブレーキ圧Prbが抜けるのに要する時間を測定し、これらの測定時間に基づき、油圧の抜けが完了する時間に設定される。
【0031】
ステップS4では、ステップS3でのディレイ時間経過との判断、或いは、ステップS5での走行レンジへセレクト操作無しとの判断に続き、入力トルクにより演算される必要圧であるアイドル時最低圧(=アイドル時MIN圧)よりも高圧のアイドル時クランプ圧を得るプーリ油圧指示を油圧制御回路71に出力し、ステップS5へ進む。
ここで、「アイドル時クランプ圧」は、前後進切替機構3に存在する前進クラッチ31と後退ブレーキ32による引き摺りトルクよりも、ベルト44のエレメント44bをセカンダリプーリ43のシーブ面43c、43dに保持するベルトクランプ力(セカンダリ圧Psec=アイドル時クランプ圧)が高くなるように設定する。また、プーリ油圧指示をする場合、セカンダリ圧Psecをアイドル時クランプ圧まで高めるセカンダリ圧指示を出力すると共に、ライン圧PLについても、少なくともアイドル時クランプ圧以上になるようにライン圧PLを高めるライン圧指示を出力する。
【0032】
ステップS5では、ステップS4でのアイドル時クランプ圧を得る指示の出力に続き、NレンジからDレンジへセレクト操作が行われた否か、又は、NレンジからRレンジへセレクト操作が行われた否かを判断する。YES(N→D、又は、N→R)の場合はステップS6へ進み、NO(走行レンジへセレクト操作無し)の場合はステップS4へ戻る。
【0033】
ステップS6では、ステップS5でのN→D、又は、N→Rであるとの判断に続き、Nレンジを挟んだ前後の走行レンジが異なるD→N→Rセレクト操作時、又は、R→N→Dセレクト操作時であるか否かを判断する。YES(D→N→R又はR→N→D)の場合ステップS7へ進み、NO(D→N→D又はR→N→R)の場合ステップS8へ進む。
【0034】
ステップS7では、D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作であるとの判断に続き、油圧設定が低い摩擦締結要素圧指示により締結油圧の上昇率が低い上昇率抑制制御を実行し、リターンへ進む。
ここで、D→N→Rセレクト操作時の場合、後退ブレーキ32へのクラッチ圧指示をR→N→Rセレクト操作時に比べ油圧設定が低い指示とし、R→N→Dセレクト操作時の場合、前進クラッチ31へのクラッチ圧指示をD→N→Dセレクト操作時に比べ油圧設定が低い指示とする。そして、クラッチ圧指示は、Rレンジ又はDレンジへのセレクト操作からガタショックが発生するまでのラグ時間を、Nレンジを挟んだ前後の走行レンジが一致する場合における、走行レンジへのセレクト操作から締結ショックが発生するまでのラグ時間と略一致させるように設定した。なお、D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作が判断されると、SEC圧指示を、アイドル時クランプ圧を得る指示から入力トルクにより演算されるセカンダリ圧Psecを得る指示に切り替え、PL圧指示を、アイドル時クランプ圧を確保する指示から入力トルクに応じたライン圧PLを得る指示に切り替える。
【0035】
ステップS8では、ステップS6でのNレンジを挟んだ前後の走行レンジが一致するセレクト操作であるとの判断に続き、油圧設定が高い摩擦締結要素圧指示により締結油圧の上昇率が通常上昇率による締結制御を実行し、リターンへ進む。
ここで、D→N→Dセレクト操作時の場合、前進クラッチ31へのクラッチ圧指示をR→N→Dセレクト操作時に比べ油圧設定が高い指示とし、R→N→Rセレクト操作時の場合、後退ブレーキ32へのクラッチ圧指示をD→N→Rセレクト操作時に比べ油圧設定が高い指示とする。なお、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作が判断されると、SEC圧指示を、アイドル時クランプ圧を得る指示から入力トルクにより演算されるセカンダリ圧Psecを得る指示に切り替え、PL圧指示を、アイドル時クランプ圧を確保する指示から入力トルクに応じたライン圧PLを得る指示に切り替える。
【0036】
次に、作用を説明する。
実施例1のベルト式無段変速機CVTの制御装置における作用を、「ガタショックの発生メカニズム」、「比較例の課題」、「走行レンジ→非走行レンジのセレクト制御作用」、「走行レンジ→非走行レンジ→走行レンジのセレクト制御作用」に分けて説明する。
【0037】
[ガタショックの発生メカニズム]
反転によるガタショックの発生メカニズムを、
図5A及び
図5Bに基づき説明する。
例えば、Dレンジのセレクト時、プーリ42,43の回転に伴ってベルト44が回転すると、ベルト44の張力の変化によってエレメント44b間に隙間が生じる。
図5Aに示すように、ベルト44の周方向に沿って、特に、セカンダリプーリ43からプライマリプーリ42へと至る区間のセカンダリプーリ43側において、エレメント隙間(ガタ)が顕著になる。このとき、プライマリプーリ42からセカンダリプーリ43へと至る区間では、ベルト44にたわみが生じる。
【0038】
エレメント44b間の隙間及びたわみは車両が停止してベルト44の回転が停止した場合、そのまま残存し、車両の再発進時に、停止前のDレンジ回転方向とは逆方向(Rレンジ回転方向)に回転した場合、上記隙間を埋める方向に力が作用する。
図5Bに示すように、エンジントルクが入力されていたプライマリプーリ42に逆回転方向にトルクが作用すると、
図5Aの状態で生じたたわみが解消される分だけプライマリプーリ42が回転する。このプライマリプーリ42の回転によって、エレメント44b間の隙間が勢いよく詰められ、エレメント44b同士が衝突してショック(=ガタショック)が生じる。このガタショックは、再発進時の入力トルクが大きいほど、隙間が短時間で詰まるので、さらにショックが大きくなる。
【0039】
以上の説明がD→N→Rセレクト操作時におけるベルト反転によるガタショックの発生メカニズムである。なお、R→N→Dセレクト操作時におけるベルト反転によるガタショックは、エレメント隙間(ガタ)とベルト44のたわみが生じる位置が、プライマリプーリ42からセカンダリプーリ43へと至る区間の上下で異なるのみである。
【0040】
[比較例の課題]
Nレンジにおいて、セカンダリ圧Psecを、入力トルクから演算する必要圧(アイドル時最低圧)とするものを比較例とする。
【0041】
D→N→Rセレクト操作時又はR→N→Dセレクト操作時のうち、再発進前のNレンジで車両が停止している場合、セカンダリプーリ43は停止している。しかし、Nレンジの選択中においても、前進クラッチ31と後退ブレーキ32の引き摺りトルクがプライマリプーリ42から入力する。このため、プライマリプーリ42からの引き摺りトルクの入力にしたがって、セカンダリプーリ43のシーブ面43c,43dをベルト44が滑る。なお、走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)から非走行レンジ(Nレンジ)へセレクト操作をすると、前後進切替機構3に有する前進クラッチ31及び後退ブレーキ32は解放されるが、プレート摩擦面のうち、完全に切り離されないで接触している摩擦接触面が残ることが避けられず、引き摺りトルクを発生する。以下、(前進クラッチ31の引き摺りトルク)>(後退ブレーキ32の引き摺りトルク)として説明する。
【0042】
これに対し、
図6の比較例でのSEC圧指示特性に示すように、時刻t1にてDレンジからNレンジへとセレクト操作を行うと、ディレイ時間Δtを経過した後の時刻t2からNレンジからDレンジへとセレクト操作される時刻t3まで、アイドル時最低圧(=アイドル時MIN圧)とされる。このように、比較例では、Nレンジの選択中、セカンダリ圧Psecをアイドル時最低圧としているため、セカンダリプーリ43のシーブ面43c,43dによるエレメント44bのクランプ力より、前進クラッチ31からの引き摺りトルクが高くなる。よって、D→Nセレクト操作されたときは、エレメント隙間(ガタ)が前進クラッチ31からの引き摺りトルクによりD側に寄り、D側のガタが拡大する。一方、R→Nセレクト操作されたときは、エレメント隙間(ガタ)が前進クラッチ31の引き摺りトルクによりD側に寄り、R側のガタが縮小し、縮小が進行するとD側にガタが発生することを知見した。
【0043】
すなわち、D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作時、ベルト反転によるガタショックの発生を抑えるため、再発進時の入力トルクの上昇を抑えるクラッチ圧制御によるセレクト制御を行うと、下記のようになる。
(D→N→Rのセレクト操作時)
Nレンジ中にガタがさらにD側に寄ることで、ガタは想定位置(D側)であるが、ガタ量が想定よりも大きくなり、想定されるD側ガタ量に基づいてクラッチ圧制御を行っても、狙ったガタショックの発生を抑えることができないことがある。
(R→N→Dのセレクト操作時)
Nレンジ中にガタがD側に寄ることで、ガタが想定位置(R側)ではなくなり、ガタ量も想定よりも小さくなる。このため、締結時間を短くしてもガタショックの問題は無いのに対し、締結時間を長くするため、締結完了までのラグ時間が長くなる。
【0044】
また、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作時、再発進時の入力トルクを応答良く上昇させるクラッチ圧制御を行うと、下記のようになる。
(D→N→Dのセレクト操作時)
Nレンジ中にガタがD側に寄った状態でDレンジを選択することで、ガタショック無しの狙った性能が得られる。
(R→N→Rのセレクト操作時)
Nレンジ中にガタがD側に寄ることで、ガタが想定位置(R側)ではなくなり、想定外のD側にガタが発生することで、ベルト反転が無いR→N→Rのセレクト操作であるにもかかわらず、ガタショックが発生する。
【0045】
上記のように、通常、Nレンジへのセレクト前がDレンジかRレンジかによって、ガタが寄っている位置(初期位置)が決まり、このガタが想定位置(R→NならR側、D→NならD側)に発生していると認識し、セレクト制御を行っている。しかし、Nレンジの選択中には、前進クラッチ31と後退ブレーキ32の引き摺りトルク(ドラグトルク)のうち、高い方の引き摺りトルクが入力されることにより、ガタが想定とは違う側(R→NならD側、D→NならR側)に寄る可能性がある。この結果、ガタが想定位置に発生しているとの認識に基づいて変更するセレクト制御を行っても、狙った性能が得られない。
【0046】
[走行レンジ→非走行レンジのセレクト制御作用]
D→Nセレクト操作、又は、R→Nセレクト操作を行うと、
図4のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3へと進み、ステップS3にてディレイ時間が経過するまで待たれる。そして、ディレイ時間を経過すると、ステップS3→ステップS4→ステップS5へと進み、N→Dセレクト操作、又は、N→Rレクト操作が行われるまで、ステップS4→ステップS5へと進む流れが繰り返される。このステップS4では、入力トルクにより演算されるアイドル時最低圧(=アイドル時MIN圧)よりも高圧のアイドル時クランプ圧を得るプーリ油圧指示が油圧制御回路71に出力される。
【0047】
したがって、走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)から非走行レンジ(Nレンジ)へセレクト操作されると、プーリ油圧をアイドル時最低圧よりも高圧のアイドル時クランプ圧とすることで、Nレンジの選択中、セカンダリプーリ43によるベルト44のクランプ力が確保される。
【0048】
すなわち、
図7の実施例1におけるSEC圧指示特性に示すように、時刻t1にてDレンジからNレンジへとセレクト操作を行うと、ディレイ時間Δtを経過した後の時刻t2からNレンジからDレンジへとセレクト操作される時刻t3まで、アイドル時クランプ圧(>アイドル時MIN圧)とされる。よって、
図7の矢印Uで示すように、SEC圧指示が比較例のSEC圧指示より高められることで、セカンダリプーリ43によるベルトクランプ力が高くなる。このため、ベルト44のエレメント44bが、Nレンジの選択中に入力される引き摺りトルクの大きさと方向にしたがって進行することが抑えられる。
【0049】
この結果、Dレンジ→Nレンジへセレクト操作されると、Nレンジの選択中、引き摺りトルクの入力があっても想定位置のエレメント隙間(D側に寄ったガタ)を確保することができる。また、Rレンジ→Nレンジへセレクト操作されると、Nレンジの選択中、引き摺りトルクの入力があっても想定位置のエレメント隙間(R側に寄ったガタ)を確保することができる。
【0050】
実施例1では、アイドル時クランプ圧(セカンダリ圧Psec)を、前後進切替機構3に有する前進クラッチ31の引き摺りトルクよりも、ベルト44のエレメント44bをセカンダリプーリ43のシーブ面43c,43dに保持するベルトクランプ力が大きくなるように設定している。
この設定により、Nレンジの選択中、前進クラッチ31から引き摺りトルクの入力があっても、ベルト44のエレメント44bがトルク入力に伴って移動することなく、セカンダリプーリ43のシーブ面43c,43dに保持される。
したがって、Nレンジの選択中、引き摺りトルクの入力があってもエレメント隙間(ガタ)を想定位置(D→NのときD側、R→NのときR側)に固定することができる。
【0051】
[走行レンジ→非走行レンジ→走行レンジのセレクト制御作用]
D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作時は、
図4のフローチャートにおいて、ステップS5からステップS6→ステップS7へと進む。ステップS7では、R→N→R又はD→N→Dのセレクト操作時に比べ、油圧設定が低い摩擦締結要素圧指示により締結油圧の上昇率が低い上昇率抑制制御が実行される。
【0052】
このように、D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作時は、Nレンジでのアイドル時クランプ圧制御により、Nレンジの前の走行レンジに応じてガタが想定位置に寄っている状態からベルト44が反転し、ガタショックが発生するモードである。このため、クラッチ油圧は、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作時のようにベルト44の反転が無いモードに比べ低く設定し、再発進時にベルト式無段変速機構4への入力トルクの上昇を抑えるクラッチ圧制御によるセレクト制御を行う。
【0053】
すなわち、
図8の上部のクラッチ圧指示特性に示すように、N→R又はN→Dのセレクト操作時刻t1から時刻t2までガタ詰め初期圧を入れ、時刻t2から時刻t5まで低いクラッチ圧指示P1*を一定に保つことで、走行レンジへのセレクト操作後、ベルト式無段変速機構4へ入力されるトルクが抑えられる。この結果、D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作時は、
図8の矢印Eに示すように、走行レンジへのセレクト操作時刻t1からラグ時間を経過した時刻t4にて前後Gの変動レベルが抑えられたガタショックが発生する。ガタショックの発生後、クラッチが締結するが、本状態ではクラッチ締結油圧の上昇率が低い上昇率抑制制御が実行されるため、クラッチ締結ショックは運転者にクラッチの締結のインフォメーションを与えない程度に抑制されている。
【0054】
一方、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作時は、
図4のフローチャートにおいて、ステップS5からステップS6→ステップS8へと進む。ステップS8では、R→N→D又はD→N→Rのセレクト操作時に比べ、油圧設定が高い摩擦締結要素圧指示により締結油圧の上昇率が通常上昇率による締結制御が実行される。
【0055】
このように、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作時は、Nレンジを挟んで前の走行レンジと同じ方向の前進クラッチ31又は後退ブレーキ32を締結するモードであり、ベルト44の反転が無く、かつ、Nレンジでのアイドル時クランプ圧制御により、ガタが想定方向に寄っているため、締結ショックのみが発生する。このため、再発進時にベルト式無段変速機構4への入力トルクを上昇させるように、前進クラッチ31又は後退ブレーキ32を高い締結油圧にて締結するクラッチ圧制御によるセレクト制御を行う。
【0056】
すなわち、
図8の下部のクラッチ圧指示特性に示すように、N→R又はN→Dのセレクト操作時刻t1から時刻t2までガタ詰め初期圧を入れ、時刻t2から時刻t3まで高いクラッチ圧指示P2*を一定に保つことで、走行レンジへのセレクト操作後、ベルト式無段変速機構4へ入力されるトルクが高められる。この結果、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作時は、
図8の矢印Fに示すように、走行レンジへのセレクト操作時刻t1からラグ時間を経過した時刻t4にて締結ショックが発生するようにクラッチ圧特性が決定される。つまり、D→N→R又はR→N→Dのセレクト操作時にガタショックが発生するラグ時間と、D→N→D又はR→N→Rのセレクト操作時に締結ショックが発生するラグ時間とが、ほぼ同じタイミングに設定される。
尚、前記ガタショックと前記締結ショックとが発生するラグ時間が同じタイミングとなるようなクラッチ圧の設定は、摩擦要素諸元や実験結果等によって決定される。
【0057】
ちなみに、比較例において、R→N→Rのセレクト操作を行ったときは、
図8の最下部の前後G波形に示すように、Nレンジ中にガタがD側に寄ることで、想定外のガタ発生によるガタショック(
図8の矢印H)と締結ショック(
図8の矢印I)が共に発生する。
【0058】
次に、効果を説明する。
実施例1のベルト式無段変速機CVTの制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0059】
(1) 駆動源(エンジン1)と、
プライマリプーリ42と、セカンダリプーリ43と、前記両プーリ42,43のシーブ面42c,42d,43c,43dに掛け渡され、多数のエレメント44bを環状に積層したベルト44と、を有するベルト式無段変速機構4と、
前記駆動源(エンジン1)と前記ベルト式無段変速機構4の間に介装され、レンジ位置が前進走行レンジ(Dレンジ)のとき前進側摩擦締結要素(前進クラッチ31)を締結し、レンジ位置が後退走行レンジ(Rレンジ)のとき後退側摩擦締結要素(後退ブレーキ32)を締結することで変速機入力回転方向を切り替え、レンジ位置が非走行レンジ(Nレンジ)のとき両摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)を解放する前後進切替機構3と、
前記プライマリプーリ42と前記セカンダリプーリ43へのプーリ油圧と、前記前進側摩擦締結要素(前進クラッチ31)と前記後退側摩擦締結要素(後退ブレーキ32)の締結要素圧を制御する油圧制御回路71と、
前記駆動源(エンジン1)が作動中であって、且つ、非走行レンジ(Nレンジ)の選択中、入力トルクにより演算されるアイドル時最低圧よりも高圧のアイドル時クランプ圧を得るプーリ油圧指示を前記油圧制御回路71に出力するセレクト制御手段(
図4)と、
を備える。
このため、駆動源(エンジン1)が作動中であって、且つ、非走行レンジ(Nレンジ)の選択中、引き摺りトルクの入力があってもベルト44に生じるエレメント隙間(ガタ)の位置を保持することができる。
【0060】
(2) 前記セレクト制御手段(
図4)は、前記アイドル時クランプ圧を、前記前後進切替機構3で発生する引き摺りトルクよりも、前記ベルト44のエレメント44bをシーブ面43c,43dに保持するベルトクランプ力が高くなるように設定する(
図7)。
このため、(1)の効果に加え、非走行レンジ(Nレンジ)の選択中、引き摺りトルクの入力があってもエレメント隙間(ガタ)を非走行レンジ(Nレンジ)となった時の初期位置に保持することができる。
【0061】
(3) 前記セレクト制御手段(
図4)は、非走行レンジ(Nレンジ)から走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)へのセレクト操作を検出し、かつ、非走行レンジ(Nレンジ)を挟んだ前後の走行レンジが異なる場合、走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)へのセレクト操作により締結される摩擦締結要素(前進クラッチ31又は後退ブレーキ32)の摩擦締結要素圧(前進クラッチ圧Pfc又は後退ブレーキ圧Prb)を、非走行レンジ(Nレンジ)を挟んだ前後の走行レンジが一致する場合に比べ、低めに設定した摩擦締結要素圧指示を前記油圧制御回路71に出力する。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、ベルト44の回転方向が反転するセレクトモードのとき、ガタが想定方向に寄っている状態からベルト44が反転することで、狙った性能によりガタショックの発生を抑制することができる。
【0062】
(4) 前記セレクト制御手段(
図4)は、非走行レンジ(Nレンジ)を挟んだ前後の走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)が異なる場合の走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)へのセレクト操作からガタショックが発生するまでのラグ時間と、非走行レンジ(Nレンジ)を挟んだ前後の走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)が一致する場合の走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)へのセレクト操作から締結ショックが発生するまでのラグ時間と、を略一致させるように前記摩擦締結要素圧指示を設定した。
このため、(3)の効果に加え、非走行レンジ(Nレンジ)を挟んだ前後の走行レンジ(Dレンジ、Rレンジ)が異なる場合と一致する場合とにかかわらず、セレクト操作時に運転者が体感できる程度のショックが発生するタイミングが合うことで、セレクト操作時に運転者や乗員に与える違和感を防止することができる。
【0063】
以上、本発明のベルト式無段変速機の制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0064】
実施例1では、ベルト式無段変速機を搭載したエンジン車両への適用例を示したが、ベルト式無段変速機を搭載したハイブリッド車両に対しても適用することができる。要するに、多数のエレメントを環状に積層することにより構成されたベルトが、プライマリプーリとセカンダリプーリのシーブ面に掛け渡されているベルト式無段変速機を搭載した車両であれば適用できる。