(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記プランジャ部材における少なくとも前記スリーブ部と前記階段状形成部とを連続させる折曲角部に、1.0以上の相当塑性ひずみ量を付与して構成した、請求項1から請求項4のいずれか一に記載のベルト式無段変速機に用いるプランジャ部材。
前記プランジャ部材における前記表面硬化層よりも内層部に存する内部硬化層が、ビッカース硬さで180Hv以上に形成されている、請求項1から請求項5のいずれか一に記載のベルト式無段変速機に用いるプランジャ部材。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記ベルト式無段変速機において前記プーリ油室内部に高圧の油圧が付与される状態において、内部硬化層を有して構成するプランジャ部材における前記スリーブ部と前記階段状形成部との連続部位に形成されている折曲角部に亀裂が発生してしまうことを防止する必要がある。
【0012】
前記スリーブは前記アウトプットシャフトに実質的に固定されている。固定側プーリ半体に対する可動側プーリ半体のアウトプットシャフト上の移動による変速動作に伴い、前記プーリ油室の油圧力により外方に膨張させる力が前記折曲角部に加わる。よって、前記折曲角部は、ビッカース硬さで400Hv以上の表面硬化層を有しているにもかかわらず、永久変形してしまう。これにより、かかる亀裂現象が発生するものと考えられる。
【0013】
そこで、本願発明者達は、内部硬化層を有して構成しているにもかかわらず、プランジャ部材にかかる永久変形が発生する原因を追及した。
【0014】
その結果、上記の熱間圧延鋼板素材を用いて製作したプランジャ部材について高温の熱処理槽内での軟窒化処理を施して表面硬化層を形成する過程において、ブランク材の冷間下におけるプレス成形機による深絞り成形によって形成された内部硬化層が軟化して強度低下を来してしまうことを、鋭意研究の中で突き止めた。
【0015】
すなわち、本願発明者達は、熱間圧延鋼板素材からなる円板状のブランク材を複数回の深絞りプレス成形によって製作したプランジャ部材について、軟窒化処理を施して表面硬化層を形成すべく、アンモニアを含むガス雰囲気で、窒化処理温度を580℃にして、熱処理槽内において処理時間60〜240分の熱処理を行った。この場合に、熱処理時間に関係なく深絞りプレス成形によって形成された内部硬化層が、軟化してしまうことを本願発明者達は突き止めた。
【0016】
当該プランジャ部材の内部硬化層の硬度を測定した。その結果、深絞り成形によって折角得た硬度が、180Hv未満となっている部分があることが判明した。
【0017】
そこで、本願発明者達は、内部硬化層の硬度の軟化の要因を鋭意追及した。その結果、580℃という高温下で窒化処理が行われることにより、かかる軟化が発生していることを究明した。
【0018】
すなわち、580℃という高温下で窒化処理を行うことにより、プレス成形によって形成された内部硬化層の内部組織の転位の移動が早められてしまう。
【0019】
かかる内部硬化層の軟化現象は、深絞りプレス成形による塑性変形によって形成された内部硬化層の硬化因子の転位の移動および消滅によって発生することと、プランジャ部材を構成する材料成分によって発生することを、本願発明者たちは突き止めた。
【0020】
そこで、本願発明者たちは、上記内部硬化層における軟窒化処理による内部硬化層の軟化の要因をもとに、改めて、上記特許文献のうち、軟窒化処理による内部硬化層硬度の軟化現象に着目している、特許献3および4に記載の発明を検討した。
【0021】
先ず、特許文献3には、窒化処理用熱延鋼板における軟窒化処理による内部硬化層硬度の軟化を防止する技術が開示されている。
【0022】
これによれば、窒化処理用熱延鋼板中の化学成分として、質量:0.8〜1.7%のCuを含有させて構成するものが提案されている。
【0023】
このことは、窒化処理用熱延鋼板中にCuを含有させることにより、軟窒化処理によって加工硬度が消滅してまった場合でも、当該Cuが持っている別のメカニズムによって、鋼板内部の硬度を上昇させようと意図したものである。
【0024】
しかしながら、特許文献3に開示の窒化処理用熱延鋼板は、貴金属であるCuを多量に含有することから、素材コストを大幅アップしてしまうことになる。
【0025】
加えて、特許文献3に開示の窒化処理用熱延鋼板は、表面品質を高品質に保ち、熱間脆性を防止するために、特許文献3おける〔表1〕において開示されている実施例のように、質量:0.15〜0.7%の範囲で、Niを添加しなければならず、この点からもコストアップを招く因にもなっている。
【0026】
従って、特許文献3に開示された窒化処理用熱延鋼板を使用して、プランジャ部材を構成した場合、少なくとも、限りなくコストダウンが求められている自動車部品などに俄かに適用することはできない。
【0027】
また、特許文献4には、板厚方向の硬さの均一化を意図した窒化処理用鋼板が開示されている。これによれば、当該窒化処理用鋼板は、Ti、V,Zrから選ばれた少なくとも1種を、合計含量が0.05%以下として、且つ特定の範囲として、更に、Crおよび/またはMoの合計含有量が0.1、更に、Cr、Si、Cr、Mn、Moの含有量が特定の関係を満たすものとして構成している。
【0028】
しかしながら、かかる特許文献4に開示された窒化処理用鋼板は、「窒化処理後に均一な板厚方向硬さ分布の窒化物を与え」という特徴をより有効に生かすには、「板厚が3mm程度以下、好ましくは2.5mm程度以下のものを使用するのがよい」とされている(特許文献4の段落0024などの記載を参照)。
【0029】
かかることから、実用的な処理時間内で鋼板の内部硬さを上昇させるには、適用される板厚が制限されることになる。
【0030】
さらに、特許文献4に開示された窒化処理用鋼板における板厚方向の硬さ分布は、板厚が1.0mmの鋼板における硬さ分布である(特許文献4の
図1および
図2の記載を参照)。
【0031】
一般的に、軟窒化処理における窒化拡散層の深さは、板厚方向に0.5mm程度である。よって、特許文献4に開示された窒化処理用鋼板における表裏両面の窒化拡散層による硬化は、合計して1mmの板厚方向の硬さが上昇するものと推定できる。
【0032】
特許文献4に開示された窒化処理用鋼板においては、より板厚の厚い、たとえば板厚が4mm以上の鋼板における内部の硬さまで上昇させることは困難である。かかる実証についての記載は、特許文献4にはない。
【0033】
従って、特許文献4に記載の発明は、上記したベルト式無段変速機のように、プーリ油室内部から付与される高圧の油圧に耐えると共に度重なる変速動作に耐え得る剛性および強度を有するために必要な板厚4mm以上の鋼板を使用して構成するプランジャ部材に適用することはできない。
【0034】
そこで、この発明は、上記従来の技術課題に鑑み、所望の板厚を有する熱間圧延鋼板素材を使用して構成したとしても、表面硬化層を形成させるための軟窒化処理を施すことによる内部硬化層の軟化現象を抑制する。これにより、内部硬化層の硬さがビッカース硬さで180Hv以上となる強靭かつ安価なベルト式無段変速機に使用するプランジャ部材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0035】
この発明の実施の形態に係るプランジャ部材は、ベルト式無段変速機における固定側プーリ半体と共にプーリを構成する可動側プーリ半体に対向するようにシャフトに固定されて、シリンダ部材が形成した油室をプーリ油室とキャンセラー油室とに画成する。前記プランジャ部材は、ブランク材をプレス成形することによって一端側に形成された、前記シリンダ部材に摺動可能に当接する大径の拡開フランジ部、及び他端側に形成された前記シャフトに嵌合固定される小径のスリーブ部を有する。前記プランジャ部材は、前記拡開フランジ部から階段的に小径となって前記スリーブ部に連続する一以上の階段状形成部を有する。前記プランジャ部材は、前記ブランク材を深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による冷間プレス成形により構成され、かかる冷間プレス成形の際に少なくとも前記スリーブ部と前記階段状形成部とを連続させる折曲角部の厚みを前記ブランク材の厚みに対して30%以上増加して構成した上で、軟窒化処理を施すことにより表面硬化層が前記プランジャ部材の表裏両面全体に形成されている。
【0036】
前記プランジャ部材は、ブランク材を深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による冷間プレス成形により構成する。スリーブ部と階段状形成部とを連続させる折曲角部の厚みをブランク材の厚みに対して30%以上増加させて構成した上で、プランジャ部材の表裏両面全体に軟窒化処理を施すことにより表面硬化層が形成される。これにより、かかる軟窒化処理を施して表面硬化層を形成したとしても、当該軟窒化処理時における表面硬化層より内部に存する内部硬化層に発生する転位による軟化現象を抑制することができて、強靭かつ安価なプランジャ部材を提供することができる。
【0037】
また、この発明の実施の形態に係るプランジャ部材によれば、表面硬化層をプランジャ部材の最表裏両面に対して4μm以上の厚みを有して構成している。
【0038】
この発明の実施の形態に係るプランジャ部材は、表面硬化層がプランジャ部材の最表裏両面に対して4μm以上の厚みを有して構成されている。これにより、軟窒化処理後の折曲角部における内部硬化層が、ビッカース硬さで180Hv以上の硬度を有して構成される。よって、当該折曲角部におけるプーリ油室の油圧力により外方に膨張させる力を抑制すると共に、スプリングによる付勢力に対するスプリング着座部における耐摩耗性を向上させることができる。
【0039】
また、この発明に係る他の実施の形態に係るプランジャ部材によれば、軟窒化処理により形成した表面化層がビッカース硬さで400Hv以上を有して構成されている。よって、スプリングによる付勢力に対するスプリング着座部における耐摩耗性を向上させることができる。
【0040】
また、この発明に係る他の実施の形態に係るプランジャ部材によれば、プランジャ部材の全体を相当塑性ひずみ量0.4以上に形成して構成される。これにより、プランジャ部材の内部硬化層を十分硬質化している。これに適切な軟窒化処理条件を付与することにより内部硬化層の軟化現象を抑制することができる。
【0041】
しかも、プレス成形品としては比較的小型のプランジャ部材をプレス成形加工により製造するに当って、プランジャ部材全体の相当素材ひずみ量を0.4以上に設定する。これにより、折曲角部に深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形により増厚加工を施す際に、有利となる。
【0042】
また、この発明に係る他の実施の形態に係るプランジャ部材によれば、スリーブ部と階段状形成部とを連続させる折曲角部に、1.0以上の相当塑性ひずみ量を付与して構成している。これにより、特に、折曲角部において、内部硬化層による硬質部分を保持して、プーリ油室の油圧力により外方に膨張させる力を抑制すると共に、スプリングによる付勢力に対するスプリング着座部における耐摩耗性を向上させることができる。
【0043】
なお相当塑性ひずみ量とは、下式(1)で表される数値である。
相当塑性ひずみ量=
{[(eX−eY)
2+(eY−eZ)
2+(eZ−eX)
2]
0.5}/2・・・式(1)
【0044】
ただし、ex、ey及びezは、次式のとおりである。
ex=ln[1+(Lx1−Lx0)/Lx0] ・・・式(2)
ey=ln[1+(Ly1−Ly0)/Ly0] ・・・式(3)
ez=ln[1+(Lz1−Lz0)/Lz0] ・・・式(4)
【0045】
また、Lx0、Lx1、Ly0、Ly1、Lz0及びLz1は次の通りである。
Lx0:加工前の板面内の主応力方向の長さ
Lx1:加工後の板面内の主応力方向の長さ
Ly0:Lx0に直交する方向の板面内の加工前の長さ
Ly1:Lx0に直交する方向の板面内の加工後の長さ
Lz0:板厚方向の加工前の長さ
Lz1:板厚方向の加工後の長さ
【0046】
また、この発明に係る他の実施の形態は、プランジャ部材における表面硬化層よりも内層部に存する内部硬化層を、ビッカース硬さで180Hv以上に形成していることから、折曲角部におけるプーリ油室の油圧力により外方に膨張させる力を抑制すると共に、スプリングによる付勢力に対するスプリング着座部における耐摩耗性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0047】
この発明に係るプランジャ部材は、ブランク材を深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による冷間プレス成形により構成する。スリーブ部と階段状形成部とを連続させる折曲角部の厚みをブランク材の厚みに対して30%以上増加させて構成する。さらに、プランジャ部材の表裏両面全体に軟窒化処理を施すことにより表面硬化層を形成する。これにより、かかる軟窒化処理を施して表面硬化層を形成したとしても、当該軟窒化処理時における表面硬化層より内部に存する内部硬化層に生起する転位による軟化現象を抑制することができて、強靭かつ安価なプランジャ部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【
図1】一実施例を採用したベルト式無段変速機の従動側を描画した縦断面図である。
【
図2】
図1に示すプランジャ部材を拡大して描画した一部破断斜視図である。
【
図3-1】
図2に示すプランジャ部材のプレスによる成形工程の説明図であり、ブランク材の斜視図である。
【
図3-2】プレスによる冷間絞り成形工程の説明図である。
【
図3-3】プレスによる閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による冷間圧延加工工程の説明図である。
【
図4-1】
図3−3に示す冷間圧延加工工程を詳細に描画した説明図で、一実施例に係るプランジャ部材の中間部材を冷間圧延加工用金型にセットした状態を示す図である。
【
図4-2】中間部材の階段状形成部を側面方向から圧延している状態を示す図である。
【
図4-3】中間部材の階段状形成部を端面方向から圧延している状態を示す図である。
【
図5】
図2の一点鎖線円内を拡大して描画した説明図である。
【
図6】一実施例に係るプランジャ部材を構成する試作用材料a〜cについての化学組成の成分表である。
【
図7】一実施例に係るプランジャ部材を構成する試作用材料としての材料符号a〜cそれぞれについての機械的特性を示している。
【
図8】一実施例に係る試作用材料a〜cから構成するプランジャ部材を軟窒化処理するガス炉内における単位当りのガス成分を示している。
【
図9】一実施例に係る試作用材料符号a〜cから構成するプランジャ部材を軟窒化処理する場合のガス炉温度(℃)および処理時間(min)を示している。
【
図10-1】一実施例に係る試作用材料符号aから構成するプランジャ部材のスプリング着座部内面の摩耗量(mm)と表面硬化層のビッカース硬さ(Hv)と0の関係を示すグラフである。
【
図10-2】一実施例に係る試作用材料符号bから構成するプランジャ部材のスプリング着座部内面の摩耗量(mm)と表面硬化層のビッカース硬さ(Hv)と0の関係を示すグラフである。
【
図10-3】一実施例に係る試作用材料符号cから構成するプランジャ部材のスプリング着座部内面の摩耗量(mm)と表面硬化層のビッカース硬さ(Hv)と0の関係を示すグラフである。
【
図11】一実施例に係る材料符号aから構成するブランク部材のスプリング着座部内面における摩耗量(mm)に及ぼす表面硬化層の深さ(μm)の関係を示すグラフである。
【
図12】一実施例に係る材料符号bから構成するブランク部材のスプリング着座部内面における摩耗量(mm)に及ぼす表面硬化層の深さ(μm)の関係を示すグラフである。
【
図13】一実施例に係る材料符号cから構成するブランク部材のスプリング着座部内面における摩耗量(mm)に及ぼす表面硬化層の深さ(μm)の関係を示すグラフである。
【
図14】一実施例に係る材料符号a〜cにより構成したプランジャ部材における表面硬化層の硬度(Hv)と厚み(μm)とを対比して示した表である。
【
図15】一実施例に係る材料符号a〜cにより構成したプランジャ部材の折曲角部Aにおける板厚増加率(%)とひずみ量(%)との関係を示したグラフである。図の右枠外には、プーリ油室に付与した油圧を除荷した際のプランジャ部材の永久ひずみ残存有無を記載している。
【
図16-1】一実施例に係る試作用材料a、b、cを使用して試作したプランジャ部材におけるそれぞれ異なる軟窒化処理条件T1〜T13に係る各処理温度および処理時間を記載した表である。
【
図16-2】一実施例に係る試作用材料a〜cによりそれぞれ試作したプランジャ部材における軟窒化処理条件1〜3を記載した表である。
【
図17-1】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに試作用材料aを用いて試作したプランジャ部材の折曲角部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図17-2】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに試作用材料bを用いて試作したプランジャ部材の折曲角部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図17-3】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに材料符号cを用いて試作したプランジャ部材の折曲角部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図18】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに材料符号aを用いて試作したプランジャ部材における
図2のA〜I部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図19】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに材料符号aを用いて試作したプランジャ部材に10MPaの油圧を付与した際、折曲角部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図20】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに試作用材料a〜cを用いて試作したプランジャ部材3における
図2のA〜I部における相当塑性ひずみ量を記載したグラフである。
【
図21】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに試作用材料bを用いて試作したプランジャ部材における
図2のA〜I部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図22】
図16−2に記載した軟窒化処理条件のもとに試作用材料cを用いて試作したプランジャ部材における
図2のA〜I部における内部硬化層のビッカース硬さとひずみゲージにより計測されたひずみ量との関係を示したグラフである。
【
図23】
図6に示す組成を有すると共に
図7に示す引張強度TS(MPa)を有し、且つ素材厚み5.6mmの熱間圧延鋼材である試作用材料を使用して、プランジャ部材を製造した場合の、相当塑性ひずみ量とビッカース硬さ(Hv)との関係を記載したグラフである。
【
図24】
図6における試作用材料a〜cについて、室温下における減厚加工を行う方法を記載した説明図である。
【
図25】
図6における試作用材料a〜cについて、プレス機による圧縮加工により増厚加工を行う方法を記載した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
一実施例に係るベルト式無段変速機に使用するプランジャ部材は、所望の板厚を有する熱間圧延鋼板素材を使用して構成したとしても、表面硬化層を形成させるための軟窒化処理を施すことによる内部硬化層の軟化現象を抑制する。これにより、内部硬化層の硬さがビッカース硬さで180Hv以上となる強靭でかつ安価にプランジャ部材を提供できる。
【0050】
以下、一実施例に係るプランジャ部材について、図を用いて、説明する。
【0051】
一実施例に係るプランジャ部材を採用したベルト式無段変速機は、例えば、
図1に示すように構成されている。
【0052】
すなわち、
図1において、ベルト式無段変速機のアウトプットシャフト1は、その軸方向中間部が中央ケーシング11にローラベアリング12を介して支持されると共に、
図1において右端部が不図示のケーシングにボールベアリング13を介して支持されている。
【0053】
アウトプットシャフト1の外周には、ドリブンプーリ2の固定側プーリ半体21が一体に形成されており、固定側プーリ半体21の図において右側面に対向する可動側プーリ半体22が不図示のボールスプラインを介してアウトプットシャフト1の軸方向に摺動可能かつ相対回転不能に支持される。
【0054】
可動側プーリ半体22の側面(
図1において右側面)に対向するように、アウトプットシャフト1の外周にプランジャ部材3が設置されている。
【0055】
可動側プーリ半体22の
図1において右側面には、シリンダ部材4が固定されており、プランジャ部材3の外周に設けたシール部材3aがシリンダ部材4に摺動可能に当接する。これにより、可動側プーリ半体22、プランジャ部材3およびアウトプットシャフト1によって、プーリ油室5が形成される。
【0056】
また、プランジャ部材3とシリンダ部材4との間には、キャンセラー油室6が形成されている。この結果、プランジャ部材3は、プーリ油室5とキャンセラー油室6とを画成していることになる。
【0057】
プーリ油室5には、可動側プーリ半体22を固定側プーリ半体21に向かって付勢するスプリング7が縮んだ状態で収納される。
【0058】
かかることから、プランジャ部材3は、
図2に明確に示すように、その左端側(一端側)にシリンダ部材4にシール部材3aを介して摺動可能に当接する大径の拡開フランジ部3bを有すると共に、右端側(他端側)にアウトプットシャフト1に嵌合する小径のスリーブ部3cを有し、且つ、拡開フランジ部3bから階段状に小径となってスリーブ部3cに連続するように一以上、図示する場合においては2つの階段状形成部3d、3eを有して構成している。
【0059】
かかる2つの階段状形成部3d、3eのうち、拡開フランジ部3b側に存する階段状形成部3dは、スプリング7を着座させるスプリング着座段部を構成している。
【0060】
また、
図1に示すように、プランジャ部材3の他方の階段状形成部3eとスリーブ部3cとを連続させる折曲角部3fが、可動側プーリ半体22の段部22aに当接すると共に、スリーブ部3cの端面が、アウトプットシャフト1に螺着したボールベアリング13に当接することにより、プランジャ部材3は、アウトプットシャフト1に固着設置されていることになる。
【0061】
更に、アウトプットシャフト1の内部には、プーリ油室5に開口する油路8が穿設されている。油路8は、不図示の油圧供給装置からの制御油をプーリ油室5に供給して、可動側プーリ半体の摺動動作を制御するように構成されている。
【0062】
そして、この発明に係る図示するプランジャ部材3を製作するには、
図3−2に示すプレス成形工程により、中間部材31を成形しておく。
【0063】
即ち、
図3−1に示すように、先ず、熱間圧延鋼板素材の原材料を不図示のプレス機により、円板状のブランク材32を切断形成しておく。
【0064】
次に、
図3−2に示すように、別のプレス機により成形金型を用いて(何れも不図示)、複数回の深絞り工程を経て、ブランク材32を深絞り成形することにより、拡開フランジ部3b、スリーブ部3cおよびその間に存する階段状形成部3d、3eを有する中間部材31を成形する。
【0065】
次に、
図3−2に示す中間部材31について、
図3−3において矢印で示すように、スリーブ部3cの端面方向(厚さ方向)および階段状形成部3d、3eの側面方向(面方向)を、不図示の金型を用いて、さらに他のプレス機により、上記深絞り成形に加えて、冷間による閉塞鍛造および圧縮成形或いはこれらの複合成形を施している。
【0066】
なお、この発明における「複合成形」とは、深絞り成形と閉塞鍛造、或いは、深絞り成形と圧縮成形、或いは、深絞り成形と閉塞鍛造と圧縮成形のいずれか一の組み合わせを含むものである。
【0067】
そこで、かかる中間部材31の閉塞鍛造と圧縮成形は、
図4−1から
図4−3に示す工程において行われる。
【0068】
すなわち、中間部材31の閉塞鍛造と圧縮成形は、
図4−1から
図4−3においてそれぞれ示す下型91と上型92とからなる冷間成形金型90を用いて行われる。
【0069】
下型91は、プランジャ部材3の内面形状に対応する成形面91aを有して構成している。
【0070】
また、上型92は、プランジャ部材3の階段状形成部3d、3eの外側面に対応する側面圧延面92aを有する側面方向圧延型92Aと、プランジャ部材3のスリーブ部3cの端面に対応する端面圧延面92bを有する端面方向圧延型92Bと、側面方向圧延型92Aを上部から押圧する押圧型92Cと、を有して構成している。
【0071】
かかる構成において、先ず、
図3−2に示す深絞り工程によって深絞り成形した中間部材31を、
図4−1に示すように、下型91の成形面91a上にセットした後、上型92の側面方向圧延型92Aおよび端面方向圧延型92Bを中間部材31に当接させておく。
【0072】
次に、
図4−2に示すように、押圧型92Cを用いて、側面方向圧延型92Aを押圧成形している。
【0073】
さらに、
図4−3に示すように、側面方向圧延型92Aが階段状形成部3eおよびスプリング着座部3dを押圧し、端面方向圧延型92Bが端面3c−1を押圧することにより、中間部材31のスリーブ部3cを冷間にて閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形を施こして、高密度化による加工硬度を付加したプランジャ部材3を得ている。
【0074】
この際、スリーブ部3cと一方の階段状形成部3eとを連続させる折曲角部3fが、下型91の成形面91aと上型92の端面圧延面92aとにより形成される空間部(
図4−2参照)を埋め尽くすことによって、肉厚に形成されている。
【0075】
この結果、ブランク材32の上記閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形によって得た内部硬化層3Aは、
図5に示すように、プランジャ部材3の折曲角部3f周辺を厚肉に形成させることができて、折曲角部3f周辺における応力を低下させて、耐久性を向上させることができる。
【0076】
かかる冷間による上記閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形を行って加工硬度を付加することによって、プランジャ部材3の階段状形成部3d、3e特に折曲角部3fの周辺部は、可動側プーリ半体22のアウトプットシャフト1上の摺動動作の際に、スプリング7の復元動作やプーリ油室5の油圧による外方に向かって膨張するような大きな変形応力による変形を抑制されることになる。
【0077】
次に、一実施例に係るプランジャ部材3を構成する原材料について説明する。
【0078】
一実施例に係るプランジャ部材3は、たとえば、次に説明する3つの原材料を使用して構成している。これら原材料を構成する各成分についての「%」は質量%を意味する。
【0079】
先ず、一実施例に係るプランジャ部材3を構成する第1原材料は、次に記載の質量%の成分を含有した化学組成を有する熱間圧延鋼板素材を使用している。
【0080】
C:0.03〜0.20%、 Si:0.5%以下、
Mn:0.10〜2.0%、 P:0.050以下、
S:0.020%以下 Al:0.01〜0.30%
N:0.060%以下 残部:Feおよび不可避的不純物
【0081】
次に、上記第1原材料に係る熱間圧延鋼板素材の化学成分限定の理由は、次のとおりである。
【0082】
(C:0.030〜0.20%)
Cは、熱間圧延鋼板素材の強度を確保するために必要な元素である。その効果を発揮するためには、0.030%以上が必要である。しかし、C量が多くなるにつれて、プレス成形性が低下し、部品成形における亀裂や割れが生じやすくなる。これを防ぐにはC量は0.20%以下でなければならない。好ましくは0.15%以下である。
【0083】
(Si:0.50%以下)
Siは、熱間圧延鋼板素材の強度を確保する際に添加する。しかし、Siは軟窒化処理によって鋼中に侵入した窒素と結合し、窒化物を形成する。Siの窒化物は表面の硬質化への寄与が少ないため、上限は0.5%以下とする。
【0084】
(Mn:0.10〜1.80%)
Mnは、熱間圧延鋼板素材の強度を確保するために必要であり、さらには鋼中に残存するSによる熱延割れの防止のために必要な元素である。この発明で添加されるSによる熱延熱間圧延鋼板素材の割れ防止のためには0.10%以上は必要である。しかし、1.80%を超えるとその効果が飽和する。そのため、1.80%を上限とする。
【0085】
(P:0.050%以下)
Pは、熱間圧延鋼板素材を製造する際に含まれる不純物元素であるが、少量で熱間圧延鋼板素材の強度を上昇させることができる元素である。しかし、0.050%を超えて添加すると熱間圧延鋼板素材の延性を低下させる。そのため、添加上限を0.050%とした。
【0086】
(S:0.020%以下)
Sは、熱間圧延鋼板素材を製造する際に含まれる不純物元素である。この量が0.020%を超えると熱延中に熱間圧延鋼板素材に割れが発生する原因となり、焼鈍後の熱間圧延鋼板素材の延性低下の原因ともなる。そのため、上限を0.020%とした。
【0087】
(Al:0.01〜0.30)
Alは、溶鋼中の酸素を除く脱酸元素として必要なものである。その際、十分な脱酸を行うために酸素等量よりも多く添加する必要があり、0.01%以上残存させることで効果がある。しかし、0.30%を超えると延性の低下を起こす。したがって、Alは0.02〜0.30%とする。
【0088】
(N:0.0060%以下)
Nは、窒化化合物を形成して鋼板の強度上昇に寄与する元素であるが、熱延鋼板の素材段階で多量に含有されているとプレス加工性の低下をもたらす。窒化化合物は、軟窒化処理により成形された部材の表面より供給された窒素により精整させることができるため、素材段階で必ずしも必要な元素ではない。そのため、0.0060%以下とした。
【0089】
また、一実施例に係るプランジャ部材3を構成する第2原材料は、次に記載の質量%の成分を含有した化学組成を有する熱間圧延鋼板素材である。
【0090】
C:0.03〜0.20%、 Si:0.5%以下、
Mn:0.10〜2.0%、 P:0.050以下、
S:0.020%以下 Al:0.01〜0.30%
N:0.060%以下 Nb:0.008〜0.09%
残部:Feおよび不可避的不純物
【0091】
したがって、かかる第2原材料は、上記第1原材料に比較して、Nb:0.008〜0.09%を更に含有させて、残部をFeおよび不可避的不純物として構成するものである。
【0092】
(Nb:0.008〜0.09%)
第2原材料において含有させたNbは、Cと化合してNbCを生成させ、加工部品の再結晶抑制機能による加工硬化を保持するために必要な元素である。
【0093】
本願発明達は、様々なNb量を持つ熱間圧延鋼板素材をプレス加工し、軟窒化処理を行った際の硬さ低下の有無を調査した。その結果、0.008%以上のNbを有する熱間圧延鋼板素材にこの発明による深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形によるプレス加工を施すことにより、硬さ保持の効果が大きいことを見出した。
【0094】
しかし、0.09%を超えると異方性が大きくなり部品の形状精度に影響を及ぼす場合がある。かかる理由から、Nb量は、0.008〜0.09%とした。
【0095】
また、上記第3原材料は、上記第2原材料に比較して、次に記載の質量%の成分を更に含有した化学組成を有し、残部をFeおよび不可避的不純物として構成する熱間圧延鋼板素材である。
【0096】
Ti:0.09%以下 Cu:0.1%以下
Ni:0.10%以下 Cr:0.02%以下
Mo:0.02%以下 V:0.02%以下
B:0.05%
【0097】
かかる第3原材料が、上記化学組成を含有して構成した理由は、次の通りである。
【0098】
(Ti:0.09%以下)
即ち、熱間圧延鋼材としての第3原材料は、強度を確保するために必要に応じてTiを0.09%以下含有することができる。異方性による問題を回避するために、上限を0.09%とする。
【0099】
(Cu:0.10%以下)
と共に、かかる第3原材料は、強度を確保するために必要に応じてCuを0.10%以下含有することができる。Cuは、窒化処理温度において熱間圧延鋼板素材中に析出し、強度を高める効果がある。しかし、Cuは熱間圧延鋼材を熱延で製造する際に熱間圧延鋼板素材の亀裂の原因となるため、同時にNiの添加も必要となり、素材コストアップの原因となる。そのため、上限を0.10%とした。
【0100】
(Ni:0.10%以下)
また、第3原材料は、Niを添加することによって、熱延時の亀裂防止機能を確実に発揮することができる。添加量はCu量に対し0.5以上が好ましく、より好ましくは等量である。素材コストアップの原因となるため、上限を0.10%とした。
【0101】
(Cr:0.02%以下)
また、第3原材料は、強度を確保するために必要に応じてCrを0.02%以下含有することができる。素材コストアップを抑えるため、上限を0.02%とした。
【0102】
(Mo:0.02%以下)
また、第3原材料は、強度を確保するために必要に応じてMoを0.02%以下含有することができる。素材コストアップを抑えるため、上限を0.02%とした。
【0103】
(V:0.02%以下)
また、第3原材料は、強度を確保するために必要に応じてVを0.02%以下含有することができる。素材コストアップを抑えるため、上限を0.02%とした。
【0104】
(Ca:0.01%以下)
また、第3原材料中に含まれるSは、Mnと化合してMnSなる析出物を形成する。このMnSは、熱延により伸展し、プレス割れの原因となる場合がある。Caの添加により熱延で伸展しにくいCaSを形成させることができる。Caは必要に応じて添加するが、0.01%でその効果が飽和するため、上限を0.010%としている。
【0105】
(B:0.0050%以下)
加えて、第3原材料に含有させたBは、鋼中でNと結合することで固溶窒素が過剰に残存することを防ぐ作用がある。そのために、必要に応じて添加する。しかし0.0050%を超えると機械的特性を低下させ、異方性が大きくなる。そのため、上限を0.0050%としている。
【0106】
本願発明者たちは、上記第1〜第3原材料のうち、
図6に示す質量%の成分を含有した熱間圧延鋼板素材により構成した試作用材料a〜cについて、プランジャ部材3を製作して、各種実験を行った。
【0107】
かかる各種実験は、試作用材料a〜cとしてそれぞれ
図7に示す降伏強度YS(MPa)、引張強度TS(MPa)および伸びEL(%)の機械的特性を有する板厚5.6mmの熱間圧延鋼板素材を使用することにより、上述のプレス成形により成形した後、
図8に示すガス組成の炉内で、軟窒化処理を施すことによって、プランジャ部材3を製作することによって行った。
【0108】
また、上記軟窒化処理は、
図9に示すガス炉温度および処理時間により行った。併せて、上記プレス成形により製作したまま軟窒化処理を行わず、従って表面硬化層を有さないプランジャ部材3を、比較サンプルとして準備した。
【0109】
先ず、摩擦試験を行った。この摩擦試験は、スプリング7を不図示の保持具にて固定し、プランジャ部材3のスプリング着座部3dの内面(
図2のA部内面)にスプリング7により10MPaとなるような面圧を付与したうえで、当該プランジャ部材3を100万回回転させた後、スプリング着座部3dの符号A部内面の摩耗量を測定することによって、行った。
【0110】
このような摩擦試験の結果、先ず、
図10−1、
図10−2及び
図10−3に、それぞれ、試作用材料a〜cにおけるスプリング着座部3dの摩擦量(mm)に及ぼす表面硬化層3Bのビッカース硬さ(Hv)を示した。かかる
図10−1、
図10−2及び
図10−3は、「硬質層あり」の場合、硬質層の深さは、4μm以上となっている場合のデータであり、耐摩耗性を持たせるためには、表面硬化層3Bの硬さは、400Hv以上必要であるということを示している。
【0111】
また、上記摩耗試験の結果、各試作用材料a〜cにおけるスプリング着座部3dは、
図11から
図13に示すような表面硬化層3Bの深さ(μm)に対する摩耗量(mm)を示した。
【0112】
図11から
図13に示すように、表面硬化層3Bの深さが、4μm未満のプランジャ部材3は、スプリング着座部3dにおいて、スプリング7による摩耗量(mm)が大きくなっている。
【0113】
これに対して、軟窒化処理を施すことによってビッカース硬さ400Hv以上の硬さで4μm以上の深さを有して表面硬化層3Bを形成して構成したプランジャ部材3のスプリング着座部3dは、計測できるほどに摩耗することはない。スプリング着座部3dに着座しているスプリング7も高い硬度を有している。したがって、実車走行を想定した摩耗試験では、表面硬化層3Bが薄いとスプリング7から受ける面圧により、表面硬化層3Bに亀裂が入りやすくなる。スプリング着座部3bがスプリング7とスラスト方向で繰り返し接触し続けると、表面硬化層3Bの亀裂を起点として表面硬化層3Bが除去されてしまう。表面硬化層3Bが除去されてしまうと摩耗の進行が速くなり、製品機能を満足する事ができない。よって、表面硬化層3Bが除去されないためには、表面硬化層3Bの厚さは、4μm以上であることが好ましい。
【0114】
但し、ビッカース硬さが400Hvに満たない場合には、表面硬化層3Bが剥離し、内部への摩耗が発生している。
【0115】
更に、
図14は、ブランク材3のスプリング着座部3dの表面硬化層3Bにおけるビッカース硬さ(Hv)と厚み(μm)とを対比している。
【0116】
次に、本願発明者たちは、プランジャ部材3について、
図6に示す組成および
図7に示す機械的特性を有する熱延鋼板素材である試作用材料a〜cからなるブランク材32を用いて、冷間プレス成形により、
図3−2に示すような深絞り成形に加えて、
図3−3に示すような深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による内部硬化層3Aを有して構成した場合について、試作してみた。
【0117】
かかる試作によるプランジャ部材3の板厚寸法は、ブランク材32の素材板厚に対して、2%〜80%の増加となっていた。
【0118】
このように構成する試作品について、
図8および
図9に示す条件で、軟窒化処理を施して、表面硬化層3Bを形成したプランジャ部材3を製作してみた。この場合、
図9に示す軟窒化処理時間は、材料符号aが200分(min)、材料符号bおよびcはいずれも100分(min)とした。
【0119】
かかる結果、当該プランジャ部材3は、試作用材料a〜cそれぞれについて、
図14に示すように、軟窒化処理により形成された表面硬化層3Bについて、表裏面に8〜14μmの厚みを持ち、ビッカース硬度硬さ509〜583Hvを有する部品に構成できた。
【0120】
また、当該プランジャ部材3の表面硬化層3Bの表裏面内部に形成される内部硬化層3Aは、ビッカース硬さで、180Hv以上の硬度を有していた。
【0121】
なお、軟窒化により表面硬化層3Bを形成するためには、
図8に示す軟窒化処理ガスの条件に記載したものに限定されず、例えばNH
3は5〜13m
3/時間、N
2は1〜5m
3/時間などの範囲で行ってもよく、さらにCO
2の代替として異なる組成のガスを注入することもできる。
【0122】
次に、本願発明者たちは、このように構成したプランジャ部材における折曲角部3fにひずみゲージを貼り付けた後、プーリ油室5の中に油を注入したうえで、この油に9MPaの油圧を付与する実験をした。
【0123】
この結果、プランジャ部材3における折曲角部3f(
図2においては、「A部」に相当)の板厚と、ひずみゲージで計測されたひずみ量との関係は、
図15に示す通りである。
【0124】
加えて、上記油圧を除荷した際のプランジャ部材3の永久ひずみ残存有無は、
図15の右枠外に記載した通りである。
【0125】
したがって、プランジャ部材3における折曲角部3f(
図2においては、「A部」に相当)の板厚を、試作用材料a〜cの原材料の板厚に対して、30%以上厚くすることによって、折曲角部3fのひずみ量が、きわめて小さくなり、さらに、プーリ油室5の油圧を除荷した際には、永久ひずみの残存を無くすことができたことになる(
図15の右欄外の記載を参照)。
【0126】
本願発明者たちは、次に、プランジャ部材3の成形にあたって、9MPaの油圧を付加することによって深絞り成形を行う際に、永久ひずみが残存させないようにするためのプランジャ部材3の内部硬化層3Aの硬度について、検討した。
【0127】
すなわち、本願発明者たちは、プランジャ部材3を冷間によるプレス成形にて製造する際に、
図6に示す試作用材料a〜cに記載の熱間圧延鋼板素材の原材料を使用し、深絞り成形後の閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形も成形条件を変えたプレス成形を行い、折曲角部3f(
図2において「A部」に相当)の板厚を前記原材料の板厚に対して60%の厚みとなる試作品を複数製造してみた。
【0128】
この結果、上記プレス成形直後のプランジャ部材3の内部硬化層3Aのビッカース硬度は、試作用材料a、b、cそれぞれにおいて、255Hv、261Hv、265Hvであった。
【0129】
そこで、次に本願発明者たちは、先ず、試作用材料a、b、cを使用して試作したプランジャ部材3について、それぞれ、
図16−1に示す軟窒化処理を施し、折曲角部3f(
図2において「A部」に相当)の内部硬化層3Aの硬さが種々となる試作品を製造した。
【0130】
かかるいずれの試作によるプランジャ部材3には、各表裏両面に8〜20μmの厚みを持つと共に、ビッカース硬さが450〜650Hvの硬度を有する表面硬化層3Bと、ビッカース硬さが180〜270Hvの硬度を有する内部硬化層3Aとが形成されていた。
【0131】
このように構成されたプランジャ部材3の試作品について、折曲角部3f(
図2において「A部」に相当)にひずみゲージを貼り付けた後、プーリ油室5の中に油を注入したうえで、この油に9MPaの圧力を付与してみた。
【0132】
この結果、上記試作用材料a、b、cを用いた試作品に係るプランジャ部材3は、その折曲角部3f(
図2において「A部」)における内部硬化層3Aのビッカース硬さと上記ひずみゲージで計測されたひずみ量の関係がそれぞれ
図17−1から
図17−3に示すものとなった。
【0133】
図17−1の記載によれば、折曲角部3f(
図2において「A部」)における内部硬化層3Aの硬さが180Hvに満たない場合は、マイナス側に大きなひずみが発生している。
【0134】
これに対して、折曲角部3f(
図2において「A部」)における内部硬化層3Aの硬さが180Hv以上とすることで、プーリ油室5に油圧を付与した場合にひずみ量が軽減されている。
【0135】
なお、材料符号bおよびcを用いた同様の調査結果は、それぞれ
図17−2及び
図17−3に示されているように折曲角部3f(
図2において「A部」に相当)における内部硬化層3Aの硬さは全ての熱処理条件において180Hv以上となっており、プーリ油室5に油圧を付与した場合のひずみ量が極めて軽微なものとなっている。
【0136】
そして、かかるプーリ油室5の油圧を除荷した際のプランジャ部材3の永久ひずみ残存有無を調べたところ、
図17−1から
図17−3のいずれからも、折曲角部3f(
図2において「A部」に相当)のビッカース硬さを180Hv以上とすることによって、永久ひずみの残存をなくすことができることが見出された。
【0137】
次に、
図16−2に示す軟窒化処理条件を付与した場合の試作用材料aを用いた試作品に係るプランジャ部材3における
図2に示すA〜I部位における内部硬化層3Aの硬さを
図18に示す。
【0138】
図18によれば、
図16−2に示す軟窒化条件2または3を行うことにより、A部〜I部における内部硬化層3Aは、ビッカース硬さ180Hv以上の硬さを示している。
【0139】
かかることから、軟窒化条件2または3を行うことにより、試作用材料aを用いた試作品に係るプランジャ部材3は、当該A部を含む全部位において、内部硬化層3Aを180Hv以上とすることができ、9MPaの油圧を付与したとしても、永久ひずみの発生を防止できることを見出した。
【0140】
図19は、折曲角部A部の内部硬化層3Aのビッカース硬度(Hv)と油圧加圧時の折曲角部A部のひずみ量(%)との関係を示す。また、
図20は、試作用材料a〜cを用いた試作品としてのプランジャ部材3の
図2のA〜I部における相当塑性ひずみ量を表している。
【0141】
同様に、
図21および
図22は、試作用材料b、cの材料を用いたプランジャ部材3に、
図16−2に示す軟窒化処理条件を付与した場合のプランジャ部材3における
図2に示すA〜I部位における内部硬化層3Aの硬さを示したものである。
【0142】
図21および
図22から、試作用材料b、cの材料を用いたプランジャ部材3は、
図16−2の軟窒化処理条件1〜3のいずれの条件であっても
図2のA〜I部における内部硬化層3Aは、ビッカース硬さ180Hv以上の硬さを示している。
【0143】
かかることから、材料符号b、cを用いた試作品に係るプランジャ部材3は、軟窒化条件1〜3のいずれを行って
図2に示すA〜I部の全部位において、内部硬化層3Aを180Hv以上とすることができ、9MPaの油圧を付与したとしても、永久ひずみの発生を防止できることを見出した。
【0144】
なお、軟窒化により表面硬化層を形成するためには、
図16−1、
図16−2に示す軟窒化処理ガスの条件に記載したものに限定されず、例えばNH
3は5〜13m
3/時間、N
2は1〜5m
3/時間などの範囲で行ってもよく、さらにCO
2の代替として異なる組成のガスを注入することもできる。
【0145】
このような結果を獲得した本願発明者たちは、試作用材料aを用いた試作品に係るプランジャ部材3について、さらに高い油圧に耐えるための内部硬化層3Aの硬さを調査した。
【0146】
即ち、本願発明者たちは、プランジャ部材3をプレス成形により製造する際、深絞り成形後の閉塞鍛造や圧縮成形或いはこれらの複合成形の条件を変えたプレス成形を行い、上記A部が、試作用材料aの板厚に対して、さらに板厚が70%増加した厚みとなるプランジャ部材3を複数製造した。この結果、当該A部の内部硬化層のビッカース硬さは、265Hvであった。
【0147】
そして、本願発明者たちは、これら複数のプランジャ部材3に、処理温度と処理時間の異なる軟窒化処理を施すことによって、当該A部の硬さが種々異なる試作品を製造してみた。
【0148】
この結果、これら試作品に係るプランジャ部材3の表裏両面に8〜20μmの厚みを持ち、ビッカース硬さが450〜650Hvの硬度を有する表面硬化層3Bと、ビッカース硬さが180〜270Hvの硬度を有する内部硬化層3Aを得ることができた。
【0149】
このような表面硬化層3Bおよび内部硬化層3Aを有して構成するプランジャ部材3において、当該A部にひずみゲージを貼り付けた後、プーリ油室5の中に注入した油に10PMaの油圧を付与する実験を本願発明者たちはしてみた。
【0150】
かかる実験結果におけるプランジャ部材の上記A部におけるビッカース硬さとひずみゲージで計測された相当塑性ひずみ量の関係を
図23に示す。
【0151】
図23によれば、プランジャ部材3の上記A部における内部硬化層3Aのビッカース硬さが、230Hv以上であれば、10MPaの油圧が付与された場合においても、当該A部の永久変形の発生を防止できることが判明した。
【0152】
なお、
図23に示すように、相当塑性ひずみ量を1.0以上にできれば、ビッカース硬さを230Hv以上とすることができる。
【0153】
そして、プランジャ部材3における閉塞鍛造や圧縮成形或いはこれらの複合成形のプレス機による成形を行う際、プランジャ部材3のA部に1.0以上の相当塑性ひずみ量を付与することができれば、当該A部は、230Hv以上の硬さを確保することができる。
【0154】
これによって、更に高い油圧である10MPaを付与しても、永久ひずみの残存を防止できる高耐圧なプランジャ部材3を製造することができる。
【0155】
次に、プランジャ部材3を構成する試作用材料として、
図6に示す材料符号bおよびcを用いた場合におけるプランジャ部材3の
図2に示す各部位A〜Iにおける内部硬化層3Aのビッカース硬さを測定すると、それぞれ
図21および
図22に示す結果を得た。
【0156】
したがって、
図21および
図22に示すように材料符号b或いはcを使用して構成したとしても、プランジャ部材3のA部〜I部におけるビッカース硬さが、230Hv以上であれば、10MPaの油圧が付与された場合においても、当該A部〜I部に永久変形の発生を防止できている。
【0157】
次に、本願発明者たちは、プランジャ部材3の相当ひずみ量を、0.4以上に設定することの理由について解明した。
【0158】
このために、本願発明者たちは、かかるプランジャ部材3として、やはり
図6に示す組成を有すると共に
図7に示す引張強度TS(MPa)を有し、且つ素材厚み5.6mmの熱間圧延鋼材である試作用材料を使用して、製造している。
【0159】
このような試作用材料により製造されたプランジャ部材3について、本願発明者たちは、プレス加工による硬さ上昇と加工程度との関係について調査し、相当塑性ひずみ量を0.4以上となるように加工することで、プランジャ部材3の強度を満たす目標値180Hv以上にすることができることを見出した(
図23を参照)。
【0160】
上記の調査は、試作用材料である熱間圧延鋼板を、
図24に示すように、2本のロール間で室温下において減厚加工する方法、および、
図25に示すように、プレス機による圧縮成形加工により、初期板厚tに対してT(T>t)となる増厚加工を行う方により実施した。
【0161】
かかる調査から、加工硬さは加工手段によらず、相当塑性ひずみ量と相関があることから、深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形を行った場合、相当塑性ひずみ量を0.4以上とすることで、ビッカース硬さの目標値180Hvを達成することを見出している。
【0162】
以上説明したように、いずれの実施例におけるプランジャ部材3は、ブランク材32を深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による冷間プレス成形により構成する。スリーブ部3cと階段状形成部(スプリング着座部)3dとを連続させる折曲角部3fの厚みをブランク材32の厚みに対して30%以上増加させる。さらに、プランジャ部材3の表裏両面全体に軟窒化処理を施すことにより表面硬化層3Bを形成する。これにより、かかる軟窒化処理を施して表面硬化層3Bを形成したとしても、当該軟窒化処理時における表面硬化層3Bより内部に存する内部硬化層3Aに発生する転位による軟化現象を抑制することができて、強靭かつ安価なプランジャ部材3を提供することができる。
【0163】
上記いずれの実施例に係るプランジャ部材3は、表面硬化層3Bがプランジャ部材3の最表裏両面に対して4μm以上の厚みを有して構成されている。よって、軟窒化処理後の折曲角部3fにおける内部硬化層3Aが、ビッカース硬さで180Hv以上の硬度を有して構成される。これにより、折曲角部3fにおけるプーリ油室5の油圧力により外方に膨張させる力を抑制すると共に、スプリング7による付勢力に対するスプリング着座部3dにおける耐摩耗性を向上させることができる。
【0164】
また、上記いずれの実施例によれば、プランジャ部材3の全体を相当塑性ひずみ量0.4以上に形成して構成することによって、プランジャ部材3の内部硬化層3Aを十分硬質化している。これにより、適切な軟窒化処理条件を付与することにより表面窒化層3Bを形成したとしても、内部硬化層3Aの軟化現象を抑制することができる。
【0165】
しかも、プレス成形品としては比較的小型のプランジャ部材3をプレス成形加工により製造するに当って、プランジャ部材3全体のひずみ量を0.4以上に設定する。これにより、折曲角部3fに深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形により増厚加工を施す際に、有利となる。
【0166】
また、上記いずれの実施例によれば、スリーブ部3cと階段状形成部(スプリング着座部)3dとを連続させる折曲角部3fに、1.0以上の相当塑性ひずみ量を付与している。これにより、特に、折曲角部3fにおいて、内部硬化層3Aによる硬質部分を保持して、プーリ油室5の油圧力により外方に膨張させる力を抑制すると共に、スプリング7による付勢力に対するスプリング着座部3dにおける耐摩耗性を向上させることができる。
【0167】
更に、上記いずれの実施例によれば、プランジャ部材3における表面硬化層3Bよりも内層部に存する内部硬化層3Aを、ビッカース硬さで180Hv以上に形成している。これにより、折曲角部3fにおけるプーリ油室5の油圧力により外方に膨張させる力を抑制すると共に、スプリング7による付勢力に対するスプリング着座部3dにおける耐摩耗性を向上させることができる。
【0168】
上記いずれの実施例においては、ベルト式無段自動変速機におけるアウトプットシャフト1側のプランジャ部材3に適用した場合として説明した。しかし、この発明は、これに限定されるものではなく、インプットシャフト側のプランジャ部材にも適用できるものである。
所望の板厚を有する熱間圧延鋼板素材を使用して構成したとしても、表面硬化層を形成させるための軟窒化処理を施すことによる内部硬化層の軟化現象を抑制して、内部硬化層の硬さがビッカース硬さで180Hv以上となる強靭かつ安価なプランジャ部材を提供する。ベルト式無段変速に用いるプランジャ部材3が、ブランク材32を深絞り成形、および閉塞鍛造、圧縮成形或いはこれらの複合成形による冷間プレス成形により構成され、かかる冷間プレス成形の際に少なくともスリーブ部3cと階段状形成部(スプリング着座部)3dとを連続させる折曲角部3fの厚みをブランク材32の厚みに対して30%以上増加して構成した上で、軟窒化処理を施すことにより表面硬化層3Bを前記プランジャ部材の表裏両面全体に形成して構成した。