特許第6113577号(P6113577)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6113577
(24)【登録日】2017年3月24日
(45)【発行日】2017年4月12日
(54)【発明の名称】エンジン模擬試験方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 15/04 20060101AFI20170403BHJP
【FI】
   G01M15/04
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-109209(P2013-109209)
(22)【出願日】2013年5月23日
(65)【公開番号】特開2014-228440(P2014-228440A)
(43)【公開日】2014年12月8日
【審査請求日】2016年4月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005463
【氏名又は名称】日野自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000512
【氏名又は名称】特許業務法人山田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田上 佳弘
(72)【発明者】
【氏名】浦野 保則
(72)【発明者】
【氏名】星谷 賢介
【審査官】 素川 慎司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−155643(JP,A)
【文献】 特開平10−197412(JP,A)
【文献】 特開2007−285931(JP,A)
【文献】 特開2009−68929(JP,A)
【文献】 特開昭53−7001(JP,A)
【文献】 特開2014−159966(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
台上ベンチに載せたエンジンの出力軸を動力計と連結し、該動力計により前記エンジンに走行時の負荷条件を与えながらアクセル開度を制御して実車の走行状態を模擬するにあたり、実車から得られた時系列の目標車速データを元に車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗を負荷条件として前記動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データ通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御した時のトルクの推移を第一トルク推移として求める一方、前記目標車速データの計測時に併せてエンジンの回転数とアクセル開度を計測しておき、これら目標車速データの計測時におけるエンジンの回転数とアクセル開度が同時に再現されるようにアクセル開度を制御し且つ動力計により負荷条件を制御した時のトルクの推移を第二トルク推移として求め、この第二トルク推移と前記第一トルク推移とを比較して差分を求め、そのトルク推移の差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換え、この走行抵抗の差分を前記目標車速データを元に算出した走行抵抗に加算して実車相当の走行抵抗に補正し、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御して模擬運転を実施するエンジン模擬試験方法であって、
補正後の実車相当の走行抵抗を負荷条件として模擬運転を実施するに際し、アクセル開度の制御にPID制御を用い且つこのPID制御のPID値を因子として実験計画法に基づき台上ベンチにて模擬運転を行い、この模擬運転と目標車速データ計測時の実車運転との比較における車速偏差とアクセル開度偏差とが最小となるPID値を求め、該PID値に設定し直して模擬運転を再実施することを特徴とするエンジン模擬試験方法。
【請求項2】
発進時におけるアクセル開度の上限値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の発進時に超えないように制御することを特徴とする請求項1に記載のエンジン模擬試験方法。
【請求項3】
走行時における各シフトポジション毎のアクセル開度の上限値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の各シフトポジションでの走行時に超えないように制御することを特徴とする請求項1又は2に記載のエンジン模擬試験方法。
【請求項4】
変速時のアクセル開度の平均値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の平均値を模擬運転中の変速時に保持するように制御することを特徴とする請求項1、2又は3の何れかに記載のエンジン模擬試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、実車での運転状態を模擬的に再現しながらエンジンの性能及び信頼性試験を実施するためのエンジン模擬試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のエンジンを開発する場合には、該エンジンを搭載した試験車両を実際に走行させて試験を行う替わりに、エンジンを台上ベンチに載せて実車での運転状態を模擬的に再現しながら性能や信頼性に関する試験を実施することが行われており、開発されたエンジンが所定の性能や信頼性を備えているかどうかを効率良く評価できるようにしている。
【0003】
図8は台上ベンチでエンジンの性能や信頼性に関する試験を実施するための台上試験装置の一例を示すもので、図8中における符号の1は台上ベンチ(図示省略)に載せられたエンジン、2は該エンジン1の出力軸1aを接続されて実車の負荷条件を再現するように前記エンジン1のトルクを制御する動力計、3は前記エンジン1の運転状態を制御するエンジン制御装置、4は該エンジン制御装置3にアクセル開度の情報を与えるアクセル開度センサ、5は該アクセル開度センサ4を運転者のアクセルペダル操作に替えて操作するアクチュエータ、6は該アクチュエータ5及び前記動力計2の作動を制御し且つ該動力計2で検出された前記エンジン1のトルクの情報を取り込む模擬運転制御装置である。
【0004】
而して、実車から得られた時系列の目標車速データを元に模擬運転制御装置6にて車両の走行抵抗を算出し、これを動力計2の負荷とエンジン1の回転数とに置き換えてアクチュエータ5及び前記動力計2の作動を制御すると、該動力計2により負荷条件がエンジン1に与えられる一方、前記アクチュエータ5によりアクセル開度センサ4が操作されてエンジン制御装置3により燃料噴射量が制御され、目標車速に対応したエンジン1の運転状態が模擬されることになる。
【0005】
ところが、実車から得られた時系列の目標車速データを元に模擬運転制御装置6にて車両の走行抵抗を算出するにあたり、正確な積載状況や路面勾配等の計測データまでは測定できていない場合が多く、積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出するようにしていたため、模擬運転制御装置6で算出された走行抵抗と実車での走行抵抗との間に乖離が生じ、台上試験装置にて実車の車速を目標に走行しても、アクセル開度に差が生じる結果となり、実車の走行状態を正確に再現することが難しかった。
【0006】
そこで、本発明者らは、実車から得られた時系列の目標車速データを元に車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データ通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御した時のトルクの推移を第一トルク推移として求める一方、前記目標車速データの計測時に併せてエンジン1の回転数とアクセル開度を計測しておき、これら目標車速データの計測時におけるエンジン1の回転数とアクセル開度が同時に再現されるようにアクセル開度を制御し且つ動力計2により負荷条件を制御した時のトルクの推移を第二トルク推移として求め、この第二トルク推移と前記第一トルク推移とを比較して差分を求め、そのトルク推移の差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換え、この走行抵抗の差分を前記目標車速データを元に算出した走行抵抗に加算して実車相当の走行抵抗に補正し、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御する方法を創案するに到った。
【0007】
即ち、実車から得られた時系列の目標車速データを元に車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データ通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御すると、実車と同じ走行抵抗が得られていないことからエンジン1に対し実車と同じ負荷条件を与えることができず、前記目標車速データ通りに車速を再現しても、アクセル開度が実車の場合と異なり、この時に計測されるトルクの推移(第一トルク推移)は、実車の負荷条件に対応したものとはならないが、前記目標車速データの計測時に併せて計測されていたエンジン1の回転数とアクセル開度が同時に再現されるようにアクセル開度を制御し且つ動力計2により負荷条件を制御すれば、その時に計測されるトルクの推移(第二トルク推移)が実車の負荷条件に対応したものとなる。
【0008】
このため、第二トルク推移と第一トルク推移とを比較して差分を求め、そのトルク推移の差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換え、この走行抵抗の差分を前記目標車速データを元に算出した走行抵抗に加算すれば、この走行抵抗は実車の負荷条件に対応したものとなり、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御すれば、実車の走行状態が再現されることになる。
【0009】
また、先に求めた補正負荷分には、積荷重量の変化と路面勾配が大きく寄与しており、同じ道路を同じ運行条件(積荷重量の変化)で走行する限り、大きく変化することなく同じように加わる負荷分であると考えられるので、車型違いの場合であっても、その車型に応じた車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して算出した走行抵抗に加算すれば、同じ道路を同じ運行条件(積荷重量の変化)で走行した時の実車相当の走行抵抗が求められることになり、更には、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御することにより、車型違いの場合における実車の走行状態を再現することもでき、車両諸元情報の変更点の性能及び信頼性への影響を確認することができる。
【0010】
尚、この種の模擬運転制御装置に関連する先行技術文献情報としては下記の特許文献1等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−285931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御する模擬運転を行うにあたり、実際のアクセルの踏み方というものは人それぞれであり、同じ車速を目標としても、ゆっくり時間をかけて踏み込んだり、いきなり深く踏み込んだりするといった具合に異なる特徴があるため、そのような特性を台上ベンチにて模擬運転制御装置6による制御で再現することが難しいという問題があった。
【0013】
即ち、一般的な台上ベンチにあっては、模擬運転制御装置6のPID制御によりアクセル開度を制御するようにしているが、これは実際のドライバ特性(アクセルの踏み方)を反映したものではなく、PID値(目標速度との差の大きさに比例したアクセル操作の最初の踏み込みを制御する比例項P値、アクセル操作の最後に目標速度との差を無くすように踏み終わりを制御する積分項I値、目標速度近くで目標速度を超えないように速度の上昇を抑える踏み戻しを制御する微分項D値)の夫々を平均的な値で決めてアクセル開度を制御しているだけなので、そのアクセルの踏み方の違いを再現することまではできていなかった。
【0014】
このため、時系列の目標車速データ通りに車速が再現されるように目標速度を切り替えても、そのドライバ特性(アクセルの踏み方)が台上ベンチで再現されるものとは異なり、実際のアクセル開度と台上ベンチで再現されるアクセル開度とに差が生じてしまい、このことが実車の走行状態のより正確な再現を阻む一要因となっていた。
【0015】
また、車型違いの場合における実車の走行状態を模擬するにあたっても、実際のアクセル開度と台上ベンチで再現されるアクセル開度とに差が生じてしまい、実車の走行状態のより正確な再現を図ることができないことは同様であった。
【0016】
本発明は上述の実情に鑑みてなしたもので、実車の走行状態を正確に再現し得るエンジン模擬試験方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、台上ベンチに載せたエンジンの出力軸を動力計と連結し、該動力計により前記エンジンに走行時の負荷条件を与えながらアクセル開度を制御して実車の走行状態を模擬するにあたり、実車から得られた時系列の目標車速データを元に車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗を負荷条件として前記動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データ通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御した時のトルクの推移を第一トルク推移として求める一方、前記目標車速データの計測時に併せてエンジンの回転数とアクセル開度を計測しておき、これら目標車速データの計測時におけるエンジンの回転数とアクセル開度が同時に再現されるようにアクセル開度を制御し且つ動力計により負荷条件を制御した時のトルクの推移を第二トルク推移として求め、この第二トルク推移と前記第一トルク推移とを比較して差分を求め、そのトルク推移の差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換え、この走行抵抗の差分を前記目標車速データを元に算出した走行抵抗に加算して実車相当の走行抵抗に補正し、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御して模擬運転を実施するエンジン模擬試験方法であって、補正後の実車相当の走行抵抗を負荷条件として模擬運転を実施するに際し、アクセル開度の制御にPID制御を用い且つこのPID制御のPID値を因子として実験計画法に基づき台上ベンチにて模擬運転を行い、この模擬運転と目標車速データ計測時の実車運転との比較における車速偏差とアクセル開度偏差とが最小となるPID値を求め、該PID値に設定し直して模擬運転を再実施することを特徴とするものである。
【0018】
而して、このようにした場合に、実車から得られた時系列の目標車速データを元に車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗を負荷条件として動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データ通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御すると、実車と同じ走行抵抗が得られていないことからエンジンに対し実車と同じ負荷条件を与えることができず、前記目標車速データ通りに車速を再現しても、アクセル開度が実車の場合と異なり、この時に計測されるトルクの推移(第一トルク推移)は、実車の負荷条件に対応したものとはならないが、前記目標車速データの計測時に併せて計測されていたエンジンの回転数とアクセル開度が同時に再現されるようにアクセル開度を制御し且つ動力計により負荷条件を制御すれば、その時に計測されるトルクの推移(第二トルク推移)が実車の負荷条件に対応したものとなる。
【0019】
そこで、第二トルク推移と第一トルク推移とを比較して差分を求め、そのトルク推移の差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換え、この走行抵抗の差分を前記目標車速データを元に算出した走行抵抗に加算すれば、この走行抵抗は実車の負荷条件に対応したものとなり、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御すれば、積荷重量の変化と路面勾配の影響を含む実車の走行状態が再現されることになる。
【0020】
このように実車相当の負荷条件に補正した後で実施される模擬運転において、模擬運転と目標車速データ計測時の実車運転との比較における車速偏差とアクセル開度偏差は、負荷条件の違いによる影響を含まないものであって、アクセル開度を制御するPID制御が実際のドライバ特性(アクセルの踏み方)を反映していないことに起因したものであると特定することができる。
【0021】
依って、補正後の実車相当の走行抵抗を負荷条件として模擬運転を実施するに際し、アクセル開度を制御するPID制御のPID値を因子として実験計画法に基づき台上ベンチにて模擬運転を行い、この模擬運転と目標車速データ計測時の実車運転との比較における車速偏差とアクセル開度偏差とが最小となるPID値を求め、該PID値に設定し直して模擬運転を再実施すれば、台上ベンチでのアクセル開度の制御が前記目標車速データの計測時におけるドライバ特性を反映したものとなり、実際のアクセル開度と台上ベンチで再現されるアクセル開度とに差が生じなくなるので、実車の走行状態が正確に再現されることになる。
【0022】
更に、前記目標車速データを元に別の車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車型違いの場合の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗に前記補正負荷分を加算して車型違いの場合についての実車相当の走行抵抗を求め、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計によりエンジンに与えながら前記目標車速データの車速が再現されるようにアクセル開度を制御すれば、車型違いの場合における模擬運転を行うことも可能であるが、このような場合にも、前述と同様にして実際のドライバ特性を反映したPID値を用いてアクセル開度のPID制御を行うことにより、車型違いの場合における実車の走行状態を正確に再現することが可能となり、車両諸元情報の変更点の性能及び信頼性への影響を明確に識別することが可能となる。
【0023】
また、本発明においては、発進時におけるアクセル開度の上限値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の発進時に超えないように制御することが好ましく、このようにすれば、急発進とならないよう発進時にアクセルを加減して踏み込むドライバの癖を反映したアクセル開度制御が行われることになる。
【0024】
更に、本発明においては、走行時における各シフトポジション毎のアクセル開度の上限値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の各シフトポジションでの走行時に超えないように制御することが好ましく、このようにすれば、各シフトポジションでエンジン回転数が過剰に吹き上がらないようアクセルの開度をある程度の踏み込みで止めるドライバの癖を反映したアクセル開度制御が行われることになる。
【0025】
また、本発明においては、変速時のアクセル開度の平均値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の平均値を模擬運転中の変速時に保持するように制御することが好ましく、このようにすれば、変速時にドライバが行うアクセル操作を反映したアクセル開度制御が行われることになる。
【発明の効果】
【0026】
上記した本発明のエンジン模擬試験方法によれば、下記の如き種々の優れた効果を奏し得る。
【0027】
(I)本発明の請求項1に記載の発明によれば、補正後の実車相当の走行抵抗を負荷条件として模擬運転を実施するに際し、アクセル開度のPID制御に実際のドライバ特性を反映させることができ、これにより実際のアクセル開度と台上ベンチで再現されるアクセル開度とに差が生じないようにすることができるので、実車の走行状態を従来よりも正確に再現することができる。
【0028】
(II)本発明の請求項2に記載の発明によれば、発進時におけるアクセル開度の上限値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の発進時に超えないように制御することにより、急発進とならないよう発進時にアクセルを加減して踏み込むドライバの癖をアクセル開度制御に反映させることができ、実車の走行状態をより正確に再現することができる。
【0029】
(III)本発明の請求項3に記載の発明によれば、走行時における各シフトポジション毎のアクセル開度の上限値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の各シフトポジションでの走行時に超えないように制御することにより、各シフトポジションでエンジン回転数が過剰に吹き上がらないようアクセルの開度をある程度の踏み込みで止めるドライバの癖をアクセル開度制御に反映させることができ、実車の走行状態をより正確に再現することができる。
【0030】
(IV)本発明の請求項4に記載の発明によれば、変速時のアクセル開度の平均値を、目標車速データの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の平均値を模擬運転中の変速時に保持するように制御することにより、変速時にドライバが行うアクセル操作をアクセル開度制御に反映させることができ、実車の走行状態をより正確に再現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明に用いられる目標車速データの一例を概略的に示すグラフである。
図2】第一トルク推移と第二トルク推移について示すグラフである。
図3】計算して求めた走行抵抗と実車相当の走行抵抗を示すグラフである。
図4】発進時のアクセル操作を示すグラフである。
図5】各シフトポジション毎の使用領域について説明するグラフである。
図6】各シフトポジション毎のアクセル開度の上限値を示すグラフである。
図7】模擬運転制御装置で行われる一連の制御手順を示すフローチャートである。
図8】台上試験装置の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下本発明の実施の形態を図面を参照しつつ説明する。
【0033】
図1図7は本発明を実施する形態の一例を示すもので、本発明のエンジン模擬試験方法を実施するために用いられる台上試験装置については、先に背景技術の説明に用いた図8の構成のものと特に変わるところがないため、本形態例の説明においても、台上試験装置の各構成要素に関連して述べた部分については図8を参照することとする。
【0034】
先ず、本形態例では、台上ベンチに載せたエンジン1の出力軸1aを動力計2と連結し、該動力計2により前記エンジン1に走行時の負荷条件を与えながらアクセル開度を制御して実車の走行状態を模擬するに際し、模擬運転制御装置6において、実車から得られた時系列の目標車速データS(図1参照)を元に車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車両の走行抵抗を算出する。
【0035】
ここで、目標車速データSを元に車両の走行抵抗を算出するにあたっては、例えば、下記の式(1)に示されるような一般的な走行抵抗演算式を使用すれば良く、不明な車両諸元情報については仮値を代入して計算すれば良い。
【0036】
尚、ここでは説明を判り易くする観点から比較的シンプルな走行抵抗演算式を用いた場合で例示しているが、エンジントルクマップやトランスミッションの変速位置情報等を加味して更に複雑な走行抵抗演算式を用いることも可能である。
[数1]
F(走行抵抗)=Ra+Rc+Rr+Re…(1)

Ra(空気抵抗)=λSV2
λ:空気抵抗係数(仮値)
S:車両前面投影面積(仮値)
V:車速(目標車速データSの時系列値)
Rc(加速抵抗)=b/g(W+ΔW)
b:車両加速度(車速Vから求めた加速度)
g:重力加速度(定数)
W:車両総重量(カタログ値)
ΔW:回転部慣性重量=空車重量×0.07(仮値)
Rr(ころがり抵抗)=Wμ
μ:タイヤ摩擦抵抗係数
Re(勾配抵抗)=W・sinθ(ここでは0として計算)
θ:勾配角度
【0037】
そして、この式(1)により算出された走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データS通りに車速(図1参照)が再現されるようにアクチュエータ5によりアクセル開度センサ4を操作してアクセル開度を制御し、この時のトルクの推移を第一トルク推移T1図2参照)として模擬運転制御装置6に記録しておく。
【0038】
一方、前記目標車速データSの計測時に併せてエンジン1の回転数とアクセル開度を計測しておき、これら目標車速データSの計測時におけるエンジン1の回転数とアクセル開度が同時に再現されるようにアクセル開度をアクチュエータ5によりアクセル開度センサ4を介して制御し且つ動力計2により負荷条件を制御した時のトルクの推移を第二トルク推移T2図2参照)として模擬運転制御装置6に記録する。
【0039】
そして、前記模擬運転制御装置6内において、第二トルク推移T2と第一トルク推移T1とを比較して差分を求め、そのトルク推移の差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換え、図3に示す如く、この走行抵抗の差分を前記目標車速データSを元に算出した走行抵抗F1に加算して実車相当の走行抵抗F2に補正する。
【0040】
尚、第二トルク推移T2と第一トルク推移T1との差分を補正負荷分として走行抵抗の差分に置き換えるにあたっては、走行している任意の区間毎に走行抵抗の差分に平均処理を施して平滑化しておき、極端な負荷変動が抑えられるようにしておくことが好ましい。
【0041】
そして、このようにして得られた実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら目標車速データS通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御すれば、実車の走行状態が再現されることになるが、そのアクセル開度の制御には、実際のドライバ特性が反映されておらず、前記目標車速データSを計測した時の実際のドライバによるアクセルの踏み方が同じように再現されているわけではない。
【0042】
即ち、一般的な台上ベンチにあっては、模擬運転制御装置6のPID制御によりアクセル開度を制御するようにしているが、そのPID値(目標速度との差の大きさに比例したアクセル操作の最初の踏み込みを制御する比例項P値、アクセル操作の最後に目標速度との差を無くすように踏み終わりを制御する積分項I値、目標速度近くで目標速度を超えないように速度の上昇を抑える踏み戻しを制御する微分項D値)は平均的な値で決められているだけである。
【0043】
このため、模擬運転中の車速の演算値と目標車速データSとの間には車速偏差が生じ、前記目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の実測値と模擬運転中のアクセル開度の制御値との間にもアクセル開度偏差が生じることになるが、実車相当の負荷条件に補正した後で実施される模擬運転において、前記車速偏差や前記アクセル開度偏差は、負荷条件の違いによる影響を含まないものであって、アクセル開度を制御するPID制御が実際のドライバ特性(アクセルの踏み方)を反映していないことに起因したものであると特定することができる。
【0044】
依って、補正後の実車相当の走行抵抗を負荷条件として模擬運転を実施するに際し、前記PID制御のPID値を因子として実験計画法に基づき各因子を効率良く変更しながら、台上ベンチにて前記目標車速データS通りに車速(図1参照)が再現されるようにアクチュエータ5によりアクセル開度センサ4を操作してアクセル開度をPID制御し、これにより得られたデータに基づき車速偏差とアクセル開度偏差を応答変数として各因子毎の応答曲面を作成し、該各応答曲面から車速偏差とアクセル開度偏差が最小となるPID値を夫々求め、このPID値に設定し直してアクセル開度をPID制御しながら模擬運転を再実施すれば、台上ベンチでのアクセル開度の制御が前記目標車速データSの計測時におけるドライバ特性を反映したものとなり、実際のアクセル開度と台上ベンチで再現されるアクセル開度とに差が生じなくなるので、実車の走行状態が正確に再現されることになる。
【0045】
尚、実験計画法とは、連続変数の場合においても無限の組み合わせを考えることが実用的でないことから水準という離散化された変数で考える手法であり、実用的な組み合わせ数で且つ実験誤差などに左右され難いデータを採ることができる手法として既に品質工学の分野で広く用いられている周知統計技術であるが、ここでは応答曲面法を用いた回帰分析までを含めて実験計画法と称している。
【0046】
また、前述の如き実験計画法を用いて車速偏差とアクセル開度偏差とが最小となるPID値を求める行程は、既存の統計ソフトウェアを用いてコンピュータ内で実現できるものであり、本形態例においては、模擬運転制御装置6にて電算処理することで実現されることになる。
【0047】
更に、前記目標車速データSを元に別の車両諸元情報を使用し且つ積荷重量の変化と路面勾配が無いものと仮定して車型違いの場合の走行抵抗を算出し、その算出された走行抵抗に前記補正負荷分を加算して車型違いの場合についての実車相当の走行抵抗を求め、この実車相当の走行抵抗を負荷条件として動力計2によりエンジン1に与えながら前記目標車速データSの車速が再現されるようにアクセル開度を制御すれば、車型違いの場合における模擬運転を行うことも可能であるが、このような場合にも、前述と同様にして実際のドライバ特性を反映したPID値を用いてアクセル開度のPID制御を行うことにより、車型違いの場合における実車の走行状態を正確に再現することが可能となり、車両諸元情報の変更点の性能及び信頼性への影響を明確に識別することが可能となる。
【0048】
尚、目標車速データS通りに車速が再現されるようにアクセル開度を制御する手法につき補足しておくと、斯かるアクセル開度制御における目標車速は、単位時間毎に細分化された多数の運転ステップで切り替えられるようになっており、その各運転ステップには、目標車速データSの計測時に併せて記録しておいたシフトポジションが割り付けられていて、そのシフトポジションと模擬運転中のエンジン1の回転数とタイヤ径(カタログ値)などから模擬運転中の車速が算出されるようになっている。
【0049】
また、本形態例においては、発進時におけるアクセル開度の上限値を、目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の発進時に超えないように制御することが好ましく、このようにすれば、急発進とならないよう発進時にアクセルを加減して踏み込むドライバの癖を反映したアクセル開度制御が行われることになる。
【0050】
即ち、模擬運転制御装置6まかせのアクセル開度制御(図4中の実線Aを参照)では、急発進とならないよう発進時にアクセルを加減して踏み込むような考慮は成されないが、このような発進時におけるアクセル操作の加減を実際のドライバは考慮しているので、発進時の上限値でアクセル開度を制限し、その後は任意の徐変期間を挟んでから通常のPID制御に復帰させるようにする(図4中の鎖線A2を参照)。
【0051】
尚、発進時については、車速0kmから任意車速に達するまでの間、若しくは、車速0kmの時点から任意時間が経過するまでの間として定義し、この間だけアクセル開度を上限値に抑制するようにすれば良い。
【0052】
更に、本形態例においては、走行時における各シフトポジション毎のアクセル開度の上限値を、目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の各シフトポジションでの走行時に超えないように制御することが好ましく、このようにすれば、各シフトポジションでエンジン回転数が過剰に吹き上がらないようアクセルの開度をある程度の踏み込みで止めるドライバの癖を反映したアクセル開度制御が行われることになる。
【0053】
即ち、図5に一例を示す如く、実際のドライバによる運転では、各シフトポジション毎の使用領域が決まっており、図6に示すように、各シフトポジション毎に車速に対するアクセル開度の上限値が抽出できるので、その抽出できた上限値を模擬運転中の各シフトポジションにおけるアクセル開度の上限値として制限する。
【0054】
また、本形態例においては、変速時のアクセル開度の平均値を、目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の平均値を模擬運転中の変速時に保持するように制御することが好ましく、このようにすれば、変速時にドライバが行うアクセル操作を反映したアクセル開度制御が行われることになる。
【0055】
即ち、これまでの模擬運転制御装置6によるアクセル開度制御では、変速時のアクセル操作は特に考慮されておらず、変速時においても該当する目標車速データSの車速が再現されるようにアクセル開度が単純に制御されているだけであったため、変速時にドライバにより行われるアクセル操作が全く反映されていなかったが、例えば、マニュアル車の場合には、変速時にアクセル開度を0%まで抜くのが普通であり、オートマチック車の場合には、アクセルをそのまま踏み続けることになるため、実車にてドライバが変速時にどのようにアクセルを操作したかを反映させるようにしている。
【0056】
以上に述べた模擬運転制御装置6で行われる一連の制御手順は図7のフローチャートに示す通りであり、先ずブロック101において、運転条件入力(運転パターン設定[時系列の目標車速データ入力],ドライバ特性設定[PID制御のPID値設定,各シフトポジション毎の上限値設定,変速時のアクセル開度保持値設定,発進時のアクセル開度上限値設定])が行われる一方、前述の運転ステップ数nが「1」にセットされ、次のブロック102にて模擬運転が開始される。
【0057】
次いで、ブロック103にて発進時であるか否かが判定され、発進時であれば、ブロック104へと進んで発進時の上限値でアクセル開度を制限し、その後は任意の徐変期間を挟んでから通常のPID制御に復帰させた後に次のブロック105へと進み、発進時でなければ、そのまま次のブロック105へと進む。尚、発進時であるか否かの判定は、目標車速データSの運転ステップが目標車速0kmから0kmより大きな目標車速への切り替えである場合を発進時として判定することにより行う。
【0058】
更に、次のブロック105にて変速時であるか否かが判定され、変速時であれば、ブロック106へと進んで変速時の保持値にアクセル開度を保持して次のブロック107へと進み、変速時でなければ、そのまま次のブロック107へと進む。尚、変速時であるか否かの判定は、目標車速データSの運転ステップ毎に割り付けられたシフトポジションが発進時以外の運転ステップにてニュートラルが割り付けられている(その前後の運転ステップにニュートラル以外のシフトポジションが割り付けられている)場合を変速時として判定することにより行う。
【0059】
次いで、次のブロック107にて現在のアクセル開度が各シフトポジション時での上限値以上であるか否かが判定され、上限値以上であれば、ブロック108へと進んで各シフトポジション時での上限値でアクセル開度に抑制して次のブロック109へと進み、上限値以上でなければ、そのまま次のブロック109へと進む。
【0060】
そして、ブロック109においては、最終的な目標アクセル開度が決定されると共に、運転ステップ数nに「1」がプラスされ、次のブロック110にて運転ステップ数nが未だ最終ステップに達していないか否かが判定され、最終ステップに達していなければ、ブロック103からの手順が繰り返され、最終ステップに達していれば、そのまま次のブロック111へと進んで模擬運転終了となる。
【0061】
従って、上記形態例によれば、補正後の実車相当の走行抵抗を負荷条件として模擬運転を実施するに際し、アクセル開度のPID制御に実際のドライバ特性を反映させることができ、これにより実際のアクセル開度と台上ベンチで再現されるアクセル開度とに差が生じないようにすることができるので、実車の走行状態を従来よりも正確に再現することができる。
【0062】
また、発進時におけるアクセル開度の上限値を、目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の発進時に超えないように制御することにより、急発進とならないよう発進時にアクセルを加減して踏み込むドライバの癖をアクセル開度制御に反映させることができ、実車の走行状態をより正確に再現することができる。
【0063】
更に、走行時における各シフトポジション毎のアクセル開度の上限値を、目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の上限値を模擬運転中の各シフトポジションでの走行時に超えないように制御することにより、各シフトポジションでエンジン回転数が過剰に吹き上がらないようアクセルの開度をある程度の踏み込みで止めるドライバの癖をアクセル開度制御に反映させることができ、実車の走行状態をより正確に再現することができる。
【0064】
また、変速時のアクセル開度の平均値を、目標車速データSの計測時に併せて計測しておいたアクセル開度の情報に基づき設定し、このアクセル開度の平均値を模擬運転中の変速時に保持するように制御することにより、変速時にドライバが行うアクセル操作をアクセル開度制御に反映させることができ、実車の走行状態をより正確に再現することができる。
【0065】
尚、本発明のエンジン模擬試験方法は、上述の形態例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0066】
1 エンジン
1a 出力軸
2 動力計
3 エンジン制御装置
4 アクセル開度センサ
5 アクチュエータ
6 模擬運転制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8