特許第6113800号(P6113800)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6113800抗腫瘍剤の製造方法、抗腫瘍食品の製造方法及び抗腫瘍医薬の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6113800
(24)【登録日】2017年3月24日
(45)【発行日】2017年4月12日
(54)【発明の名称】抗腫瘍剤の製造方法、抗腫瘍食品の製造方法及び抗腫瘍医薬の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/715 20060101AFI20170403BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20170403BHJP
   A23L 33/125 20160101ALI20170403BHJP
   A23L 2/52 20060101ALN20170403BHJP
【FI】
   A61K31/715
   A61P35/00
   A23L33/125
   !A23L2/00 F
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-183063(P2015-183063)
(22)【出願日】2015年9月16日
(65)【公開番号】特開2017-57162(P2017-57162A)
(43)【公開日】2017年3月23日
【審査請求日】2016年8月10日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】512085212
【氏名又は名称】シンゲンメディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 延昭
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 昇志
(72)【発明者】
【氏名】八十島 孝博
【審査官】 鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】 再公表特許第98/001537(JP,A1)
【文献】 特開2007−106685(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104844725(CN,A)
【文献】 京都府立医科大学雑誌,1971年,80(1),pp.14-24
【文献】 日本農芸化学会誌,2001年,Vol.75 臨時増刊,p.131
【文献】 J.Agric.Food Chem.,2012年,Vol.60,No.12,pp.3266-3274
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A23L 33/125
A61P 35/00
A23L 2/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物を含む抗腫瘍剤の製造方法であって、前記加熱処理における加熱温度が160℃以上且つ200℃未満であることを特徴とする抗腫瘍剤の製造方法。
【請求項2】
逆相高速液体クロマトグラフィーに適用した場合に、前記組成物が、40〜70質量%濃度のメタノール水溶液に溶出することを特徴とする請求項に記載の抗腫瘍剤の製造方法。
【請求項3】
前記組成物の分子量が5000以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の抗腫瘍剤の製造方法。
【請求項4】
グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物を含む抗腫瘍食品の製造方法であって、前記加熱処理における加熱温度が160℃以上且つ200℃未満であることを特徴とする抗腫瘍食品の製造方法。
【請求項5】
グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物を含む抗腫瘍医薬の製造方法であって、前記加熱処理における加熱温度が160℃以上且つ200℃未満であることを特徴とする抗腫瘍医薬の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗腫瘍剤の製造方法、抗腫瘍食品の製造方法及び抗腫瘍医薬の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗腫瘍作用を有する物質の製造方法はさまざまに研究されている。特許文献1は、一例として、パナックス属の植物に本来含まれる抗腫瘍活性を有する活性成分である多糖類を植物の葉や茎から抽出する方法に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2005−531576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では植物体から活性物質を抽出する。このため、活性物質の収量はもともと植物体中に存在する活性物質の量に依存する。一方、植物体中に含まれる活性物質の量は植物の生育環境や個体差等、生育群ごとの条件や個体ごとの条件に大きく依存すると考えられる。したがって、特許文献1の方法では一定量の活性物質を取得しにくい。また、原料が植物体そのものであるため、原料の品質を一定に保つことが比較的難しい。原料の品質を一定に保てないと、それから抽出される活性物質の品質を一定に保ちにくい。このように、特許文献1の方法によると、抗腫瘍作用を有する物質を品質や生産量の観点で安定に生産できないおそれがある。
【0005】
本発明の目的は、品質及び生産量の観点で安定に生産しやすい抗腫瘍剤の製造方法、抗腫瘍食品の製造方法及び抗腫瘍医薬の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の抗腫瘍剤は、グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物を含む抗腫瘍剤の製造方法であって、前記加熱処理における加熱温度が160℃以上且つ200℃未満である。本発明者らは、植物体ではなく、グルコースやフルクトース等の単糖、スクロース等の二糖、セルロース等の多糖といった糖類を直接加熱することで抗腫瘍活性を有する物質を生成できることを知見した。糖類は、工業生産等により一定品質で供給しやすく、また、保存もしやすい。一定品質の糖類を直接加熱することで、抗腫瘍活性を有する物質を一定品質且つ一定量で安定に生産しやすい。よって、糖類に加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物であって、抗腫瘍活性を有する物質を組成物として含有することで、品質及び生産量の観点で安定に生産しやすい抗腫瘍剤を得られる
【0010】
また、逆相高速液体クロマトグラフィーに適用した場合に、前記組成物が、40〜70質量%濃度のメタノール水溶液に溶出することが好ましい。前記組成物を抽出する際、高速液体クロマトグラフィーカラムで、溶媒として40〜70質量%濃度のメタノール水溶液を使用した場合に、抗腫瘍活性を有する物質を取得できた。
また、前記組成物の分子量が5000以上であることが好ましい。これによると、グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物については、その組成物の分子量が5000以上で抗腫瘍活性が高い。
【0011】
本発明の抗腫瘍食品の製造方法は、グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物を含む抗腫瘍食品の製造方法であって、前記加熱処理における加熱温度が160℃以上且つ200℃未満である。
【0012】
本発明の抗腫瘍医薬の製造方法は、グルコースに加熱処理が施された結果物の分画からなる組成物を含む抗腫瘍医薬の製造方法であって、前記加熱処理における加熱温度が160℃以上且つ200℃未満である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】スクロース及びグルコースによる糖加熱処理物試験の結果を表した図である。
図2】ゲル濾過クロマトグラフィーを用いて試験液を分画した後、糖加熱処理物試験を行った結果を表した図である。
図3】ゲル濾過液体クロマトグラフィー及び逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて試験液を分画した後、糖加熱処理物試験を行った結果を表した図である。
図4】市販のカラメルによる糖加熱処理物試験の結果を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施形態に係る抗腫瘍剤について説明する。本抗腫瘍剤が含有する抗腫瘍活性を有する組成物は、糖類に加熱処理が施された結果物の分画からなる。組成物の分子量は5000以上である。組成物の原料となる糖類はグルコースが好ましいが、フルクトースや他の単糖類、マルトース等の二糖類でもよく、セルロース等の多糖類でもよい。これらの糖類のうちの複数種類を含んでいてもよい。糖類の基本構造は、D−リボース等の五炭糖又はグルコースやセルロース等の六炭糖が好ましい。より好ましくは六炭糖である。また、組成物の原料として、これらのうちの複数種類の糖類が用いられてもよい。本組成物は、糖類に加熱処理が施されることで製造された市販のカラメルの分画でもよい。
【0016】
本抗腫瘍剤における抗腫瘍活性を有する組成物(抗腫瘍活性物質)の製造方法について説明する。まず、糖類に対して適宜の割合で水を加え、所定の温度条件で所定の時間加熱する。水は添加してもしなくてもよい。例えば、グルコースの場合、グルコース1gに対して水10ml(ミリリットル)の割合でグルコースに水を加え、160〜200℃で1〜4時間加熱する。好ましくは、180℃で2時間加熱する。加熱処理後、ゲル濾過クロマトグラフィーにより分子量が5000以上の組成物の分画を行う。分画には、従来公知の方法が使用されてよい。例えば、遠心分離による分画法等が使用されてもよい。次に、得られた分画に逆相高速液体クロマトグラフィー分析を行い、展開溶媒にメタノール水溶液を使用し、メタノールの濃度が40〜70質量%である展開溶媒に溶出する分画を得る。この分画から溶質を取り出し、抗腫瘍剤として使用する。
【0017】
本発明の一実施形態に係る食品は、上記抗腫瘍活性を有する組成物を含有した特定保健用食品、機能性表示食品、その他のいわゆる健康食品等が挙げられる。特に、これらのうちの特定保健用食品、及び機能性表示食品、つまり、保健機能食品は、特定の保険の目的が期待される食品等として制度化された特定用途の食品である。食品の具体的形態としては、サプリメント、飲料類、スープ類、パン類、菓子類等又はその添加物があり得る。これらの食品の製造方法は、特に限定されず、各用途で従来公知の方法が使用できる。
【0018】
本発明の一実施形態に係る食品又は医薬は、摂取が行いやすいよう、上記抗腫瘍活性を有する組成物を含有した顆粒剤、カプセル剤、錠剤、散剤等の各種の固形製剤、又は液剤、懸濁剤、シロップ剤等の液状製剤等の形態で調製することができる。
【0019】
カプセル剤又は錠剤は、医薬又は食品として許容される公知の添加物を用いて製造することができ、医薬又は食品の分野で採用されている通常の製剤化手法を適用することができる。例えば、錠剤は、各成分を処方に従って添加配合し、粉砕、造粒、乾燥、整粒、及び混合を行い、得られた調製混合物を打錠することによって調製することができる。
【0020】
製剤化のための添加物としては、例えば、崩壊剤、結合剤、流動化剤、滑沢剤、着色剤等が挙げられる。また、液剤の形態にする場合は、ペクチン等の増粘剤を配合することができる。従来公知の方法で、他の形態に調製してもよい。
【0021】
本実施形態の抗腫瘍剤、食品及び医薬は、経口摂取による使用を主とする。後述の実施例に示す通り、腫瘍の成長に対する抑制効果を奏する。したがって、本実施形態は、腫瘍の成長を抑制する特定用途の抗腫瘍剤、食品及び医薬として実施される。なお、原料となる糖類が異なる複数種類の上記抗腫瘍活性を有する組成物が混合されたものが本実施形態に係る抗腫瘍剤、食品又は医薬に用いられてもよい。また、上記食品又は医薬には、糖類に加熱処理が施された結果物の分画である組成物ではなく、糖類に加熱処理が施された分画前の結果物そのものからなる組成物を含有させてもよい。
【0022】
[実施例]
以下、上述の実施形態に係る実施例について説明する。本実施例は、上記実施形態に関連する糖類の加熱処理物を用いた試験(以下、糖加熱処理物試験とする。)及び加熱処理物の分画に関する。
【0023】
<投与対象試験の投与、腫瘍の測定及び腫瘍の評価>
各種の糖類1gに水10ml(ミリリットル)を加えたものに所定の加熱条件で加熱処理を施した。この処理の結果物(以下、糖加熱処理物とする。)に水を加えて混合することで試験液を取得した。この試験液をマウスへの投与の対象とする液体とした。なお、マウスへの投与対象となる液体を、以下、投与対象試験液とする。日本クレア株式会社から購入した、5週齢の雌BALB/cAJcl-nu/nuマウスの複数個体に、条件付けのため、1日当たり5mlの水を、飲水として1週間投与した。次に、一部のマウスに対して、W14悪性形質転換株細胞1×105個を生理食塩水に加えたものを皮下注射した。W14悪性形質転換株細胞は、ラットの胎児線維芽細胞にH−rasがん遺伝子を移入して作成された細胞である(Sato N, Torigoe T, Yagihashi A, Okubo M, Takahashi S, Takahashi N, Enomoto K, Yamashita T, Fujinaga K and Kikuchi K, Tumor Res, 22, 15-26, 1987)。この細胞は、表面マーカーとして、膵臓がん幹細胞や乳がん幹細胞の表面マーカーとして知られるCD44を有する(Kanki K, Torigoe T, Hirai I, Sahara H, Kamiguchi K, Tamura Y, Yagihashi A, Sato N, Microbiol.Immunol., 44(12), 1051-61, 2000)。次に、W14悪性形質転換株細胞を皮下注射したマウスに対し、1日当たり5mlの投与対象試験液を、3週間前後の期間にわたって飲水として投与した。一方、飲水を条件付けしたマウスのうち、W14悪性形質転換株細胞を皮下注射していないマウスに、1日当たり5mlの水を飲水として投与した。このマウスをコントロールとした。
【0024】
W14悪性形質転換株細胞を皮下注射してから投与対象試験液又は水をマウスに投与しつつ、各マウスに形成された腫瘍の体積を計測した。腫瘍の体積は、正面から見たときの腫瘍の長手方向の幅を長径とし、長手方向に直交する方向の幅を短径とした場合に、(計算式)体積=(短径)2×(長径)×0.5によって算出した。以上のような作業を、投与対象試験液のもととなる糖類ごとに複数個体のマウスに対して行うと共に、コントロールのマウス複数個体に対しても行った。そして、コントロールのマウスにおける腫瘍の体積が1000mm3をちょうど超えた段階(皮下注射からおよそ3週間後の段階)で、投与対象試験液を投与したマウスの腫瘍を評価した。評価においては、投与対象試験液のもととなる糖類ごとに、各糖類に対応する投与対象試験液を投与した複数個体のマウスの腫瘍体積の平均値を算出すると共に、コントロールに相当する複数個体のマウスの腫瘍体積の平均値を算出した。そして、腫瘍成長阻害率を下記のように算出した。以上が糖加熱処理物試験の流れである。
(腫瘍成長阻害率)=(1−(投与対象試験液を投与したマウスの腫瘍の体積の平均値)/(コントロールの腫瘍の体積の平均値))*100
【0025】
<各糖類による腫瘍成長阻害率>
単糖及び二糖に関する試験として、グルコース(ナカライテスク株式会社製)及びスクロース(グラニュー糖)を、それぞれ1gに対して水10mlの割合で水に溶解し、180℃で加熱処理を2時間行ったものを糖加熱処理物とし、糖加熱処理物の濃度が200μg/mlとなるよう、投与対象試験液を調整して、上記の糖加熱処理物試験を行った。その結果、図1に示すように、グルコースの糖加熱処理物による腫瘍成長阻害率は100%であり、スクロースの糖加熱処理物による腫瘍成長阻害率は20%であった。また、フルクトース(ナカライテスク株式会社製)及びマルトース(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製)についても同様の条件で上記の糖加熱処理物試験を行った結果、フルクトースの腫瘍成長阻害率は30%であり、マルトースの腫瘍成長阻害率は24%であった。
【0026】
また、多糖類の試験として、セルロース(ナカライテスク株式会社製)、キシロース(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製)、フコイダン(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製)からそれぞれ得た糖加熱処理物、五炭糖の試験として、2−デオキシ-D-リボース(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製)、D−リボース(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製)、からそれぞれ得た糖加熱処理物を用いて上記の糖加熱処理物試験を行った。なお、加熱処理に当たって、2−デオキシ−D−リボースについては160℃で2時間加熱し、フコインダンについては140℃で2時間、焦げ茶色になるまで加熱した。そのほかの糖類の加熱条件はグルコースに係る上記加熱条件と同様とした。その結果、セルロースの糖加熱処理物による腫瘍成長阻害率及びD−リボースの糖加熱処理物による腫瘍成長阻害率はいずれも50%であり、2−デオキシ−D−リボース及びキシロースの糖加熱処理物による腫瘍成長阻害率は−21%及び−14%であった。なお、腫瘍成長阻害率が負値となるのは、腫瘍の成長がコントロールに対して促進されたことを示している。また、フコインダンの加熱処理物による腫瘍成長阻害率は38%であった。以上より、グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、セルロース、D−リボース及びフコイダンの各加熱処理物には抗腫瘍活性があることが判明した。
【0027】
<腫瘍活性物質の分画:その1>
次に、下記のように、ゲル濾過クロマトグラフィーを用いて試験液を分画すると共に、その分画について上記糖加熱処理物試験を行った。グルコースを1gに対して水10mlの割合で水に溶解し、180℃、2時間加熱処理を行い、糖加熱処理物の水に対する濃度が200mg/mlになるよう試験液を調整した。次に、その試験液に下記の条件でゲル濾過クロマトグラフィーを施した。カラムは、長さ30cm、外径2.4cmのガラスカラムを使用した。ガラスカラムはSephadex(登録商標)G−25カラム(ファルマシア社製)を充填した。充填部分のサイズは長さ26cm、内径2.2cmである。1mlの試験液をカラム上端に適用した後、ゲル濾過分離を開始した。展開は蒸留水によって、流速0.5ml/分、かつ、1分画当たり5mlで行った。図2は、波長230nm(ナノメートル)での吸光度を各分画について測定した結果を示す。230nmは、分画前の試験液の吸光度スペクトルをあらかじめ測定した結果、吸光度が最も高かった波長に対応する。図2に示されているように、1mlの試験液中の糖加熱処理物が分画番号5〜15くらいに分画されている。1分画当たり5mlであるため、糖加熱処理物が50mlの蒸留水に分散されたことになる。Sephadex G−25カラムの排除限界分子量は5000であるため、最初にカラムから流出した分画(図2の分画番号6及び7)は、分子量5000以上の分子となる。この分画番号6及び7は茶褐色を呈した。分画番号8及び9、分画番号11及び12、並びに分画番号13及び14は淡黄色を呈した。
【0028】
<各分画による腫瘍成長阻害率>
上記分画6及び7を混和したものに水を加え、50倍に希釈したものを分画試験液Aとした。また、上記分画13及び14を混和したものに水を加え、50倍に希釈したものを分画試験液Bとした。分画試験液Aの最終濃度はおよそ1mg/ml、分画試験液Bの最終濃度は0.4mg/mlと概算した。この最終濃度の概算は、図2の吸光度の折れ線グラフにおける各分画に対応する部分と横軸との間の領域の面積が各分画の濃度にほぼ比例するとの仮定に基づいて見積もった。分画試験液A及びBをそれぞれ独立に投与対象試験液とし、上記の糖加熱処理物試験を行った。その結果、図2に示すように、分画試験液Aの腫瘍成長阻害率は85%であり、分画試験液Bの腫瘍成長阻害率は−5%であった。よって、糖加熱処理物の分画のうち、分子量5000以上に相当する分画において抗腫瘍活性が高いことが発見された。
【0029】
<腫瘍活性物質の分画:その2>
次に、ゲル濾過液体クロマトグラフィーにより採集した分画6及び7に高速液体クロマトグラフィーを施すことにより、腫瘍活性物質をより詳細に特定することとした。高速液体クロマトグラフィーを適用可能な1回当たりの液体の量は少量である。よって、ゲル濾過液体クロマトグラフィーで上記分画6及び7を大量採集すると共に、分画を凍結乾燥させることで乾燥物質を取得し、これを水に溶解させることで、高速液体クロマトグラフィーに掛ける液体の濃度を調整しやすくすることとした。そこで、ゲル濾過液体クロマトグラフィーに当たって、上記ガラスカラムの代わりに、内径の大きい100ml用の注射器を使用した。この注射器にSephadex G−25を、充填部分の短径が4cm、長さが8cmとなるように充填した。これにより、ゲル濾過液体クロマトグラフィーの際、試験液を1回に5ml注入することが可能となった。展開溶媒として蒸留水を用い、上記注射器の上端の空白の部分にピペットでこれを注いだ。分画における分離を向上するため、上記注射器の注射針の口径を調節することで展開溶媒の流速を調節した。本実施例では0.80mm×38mmの注射針を使用した。
【0030】
1回当たりの注入量を増加させた上記のゲル濾過液体クロマトグラフィーを使用して下記のように試験液を分画した。グルコース1gに対して水10mlの割合でグルコースを水に溶解し、これを180℃、2時間の加熱条件で加熱処理し、その結果得られた加熱処理物を用いて試験液を調整した。この試験液を、注射器を用いた上記のゲル濾過液体クロマトグラフィーに掛けた。これにより、注射器から最初に溶出してくる、Sephadex G−25の排除限界分子量以上の分子量を有する茶褐色の相を分取した。このカラムは比較的短いので、15分程度の短時間で茶褐色相を溶出させることができた。この茶褐色相を凍結乾燥し、その結果得た乾燥物質を100mg/mlの濃度となるように蒸留水に溶解した。これを、高速液体クロマトグラフィーに適用する試験液とした。
【0031】
逆相高速クロマトグラフィーは、下記の条件で行った。カラムは、分析用カラムとして、内径4.6mm、長さ15cmのTSKgel ODS−100V5μmカラム(東ソー株式会社製)を用いた。展開溶媒の流速は0.5ml/分とした。展開溶媒としては、メタノール水溶液を、メタノールの濃度を変化させつつ用いた。具体的には、メタノールの濃度を以下のように変化させた。クロマトグラフィーの開始時には10質量%、0〜15分時は10質量%〜100質量%まで時間に正比例して増加させ、15〜25分時は100質量%とし、25〜30分時は100質量%〜10質量%まで時間に逆比例して減少させ、30〜35分時は10質量%とした。このように、35分を一サイクルとし、上記試験液20μlをカラムに注入して逆相高速液体クロマトグラフィーを行った。
【0032】
図3(a)の吸光度曲線は、上記逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて、各溶出時間に溶出してくる液体に関して波長254nmでの吸光度を測定した結果を示す。縦軸の電圧は吸光度に比例する。波長254nmでの吸光度としたのは、上記分画6及び7に関して吸光度スペクトルを測定した結果、波長250〜260nmにおいて吸光度が最も高かったことに基づく。そして、溶出時間4分に出現する山の領域1、溶出時間6〜8分に出現する山の領域2、溶出時間8〜10分に出現する山の領域3の各分画を取得した。そして、各分画からメタノールを取り除き、水を加えて調整したものを投与対象試験液として、上記糖加熱処理物試験と同様にマウスに投与した。各分画には上記乾燥物質由来の成分が含まれている。各マウスに投与された上記乾燥物質由来の成分の投与量は以下の通りと概算した。領域1に対応する投与対象試験液を投与したマウスには5μg、領域2に対応する投与対象試験液を投与したマウスには35μg、領域3に対応する投与対象試験液を投与したマウスには15μgである。この概算は、領域1〜3の吸光度曲線より下側の面積が領域1〜3の各分画における上記成分の濃度にほぼ比例するとの過程に基づいて見積もった。その結果、図3(b)に示すように、領域1に対応する投与対象試験液を投与したマウスの腫瘍成長阻害率は、−20%であった。領域2に対応する投与対象試験液を投与したマウスの腫瘍成長阻害率は97%であった。領域3に対応する投与対象試験液を投与したマウスの腫瘍成長阻害率は60%であった。よって、領域2及び3の分画により、抗腫瘍活性のある物質を取得できたこととなる。領域2及び3は、溶出時間5分から10分までに溶出してくる液体の分画である。つまり、上記乾燥物質由来の成分のうち、40〜70質量%濃度のメタノール水溶液に溶出してくる成分に抗腫瘍活性があることになる。
【0033】
<グルコースへの水の添加の有無>
グルコースに水を添加しないで、180℃で2時間加熱処理を行ったところ、水を添加したものと同様、茶褐色になり、高速液体クロマトグラフィーを行ったところ吸光度曲線のパターンも同様であった。このことから、糖類に水を加えて加熱処理を実施した場合も、糖類に水を加えずに加熱処理を実施した場合も、抗腫瘍活性を有する成分を含んだ糖加熱処理物が得られることが判明した。
【0034】
以上説明した本実施形態及び実施例により、植物体ではなく、工業生産等により一定品質で供給しやすく、また、保存もしやすい糖類を直接加熱することで抗腫瘍活性を有する物質を生成できた。よって、糖類に加熱処理が施された結果物の分画からなる抗腫瘍活性を有する物質を組成物とすることで、品質及び生産量の観点で安定に生産しやすい抗腫瘍剤を得られる。
【0035】
また、糖類を加熱して得られた結果物の分画からなり抗腫瘍活性を有する組成物について、それを含有する食品として提供することが可能である。さらに、糖類を加熱して得られた結果物又はその分画からなり抗腫瘍活性を有する組成物について、それを含有する医薬品を提供することも可能である。
【0036】
以上は、本発明の好適な実施形態についての説明であるが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、課題を解決するための手段に記載された範囲の限りにおいて様々な変更が可能なものである。以下、上述の実施形態に係る変形例について説明する。また、上述の実施形態と共通の部分については、説明を適宜省略する。
【0037】
<加熱条件>
グルコースの糖加熱処理物の生成に関し、加熱条件をさまざまに変更して試験した。加熱時間を変更しつつ水を加えて180℃で加熱した結果、1時間の加熱時間で抗腫瘍活性を有する成分が得られ始め、2時間程度で多量の成分が得られることが判明した。一方、水を加えずに加熱時間を変更しつつ180℃で加熱した結果、水を加えない場合には30分ほどで抗腫瘍活性を有する成分が得られ始め、1時間程度で多量の成分が得られることが判明した。また、加熱温度を変更して2時間加熱した結果、水を加える場合も加えない場合も160〜170℃程度でも効果のある成分が得られるが、180℃において好適にかかる成分が得られることが判明した。また、加熱温度が200℃以上になると焦げ付きやすくなるので好ましくないことが判明した。
【0038】
<カラメル>
市販のカラメル(藤井薬品株式会社製)を糖加熱処理物として上記糖加熱処理物試験を行ったところ、図4に示すように、腫瘍成長阻害率は86%であった。市販のカラメルもスクロースに水を加えたものを加熱処理して得られる。このため、市販の糖加熱処理物(又はその分画)を使用しても抗腫瘍活性を有する物質を取得できることが判明した。
【0039】
<その他>
上記スクロースとは異なるスクロース(ナカライテスク株式会社製)を、上記の糖加熱処理物試験を行った。その結果、スクロースの糖加熱処理物による腫瘍成長阻害率は88%であった。スクロースの精製度等の違いによるものと思われる。
図1
図2
図3
図4