特許第6114616号(P6114616)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6114616
(24)【登録日】2017年3月24日
(45)【発行日】2017年4月12日
(54)【発明の名称】浸炭部品、その製造方法及び浸炭部品用鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170403BHJP
   C22C 38/22 20060101ALI20170403BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20170403BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20170403BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20170403BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20170403BHJP
   C23C 10/60 20060101ALI20170403BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20170403BHJP
【FI】
   C22C38/00 301N
   C22C38/22
   C21D1/06 A
   C21D9/32 A
   C21D9/40 A
   C23C8/22
   C23C10/60
   !C22C38/44
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-80732(P2013-80732)
(22)【出願日】2013年4月8日
(65)【公開番号】特開2014-201811(P2014-201811A)
(43)【公開日】2014年10月27日
【審査請求日】2015年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】特許業務法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】二宮 彬仁
(72)【発明者】
【氏名】岡田 善成
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 貴大
(72)【発明者】
【氏名】松村 康志
(72)【発明者】
【氏名】加藤 進一郎
(72)【発明者】
【氏名】下村 哲也
(72)【発明者】
【氏名】山口 勝矢
【審査官】 本多 仁
(56)【参考文献】
【文献】 特開平01−031927(JP,A)
【文献】 特開平02−240249(JP,A)
【文献】 特開2005−127403(JP,A)
【文献】 特開2011−137214(JP,A)
【文献】 特開2010−285689(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/114836(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/00− 9/44
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.15〜0.25%、
Si:0.15%以下、
Mn:0.4〜1.1%、
Cr:0.8〜1.4%、
Mo:0.25〜0.55%、
P:0.015%以下、
S:0.035%以下、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、且つ、
元素Mの質量%を[M]とすると、
0.10≦[Mo]/(10[Si]+[Mn]+[Cr])≦0.40
を満たす部品鋼に浸炭により浸炭処理層を与えた浸炭部品であって、
前記浸炭処理層における最大C量を質量%で、0.45〜0.75%の範囲内とするとともに、前記浸炭処理層の表面から25μmの深さ位置での硬さHvd=25μmを650Hv以上、50μmの深さ位置での硬さHvd=50μmを750Hv以下とし、Hvd=25μmの硬さをHvd=50μmの硬さから引いた差を50Hv以下としたことを特徴とする浸炭部品。
【請求項2】
前記浸炭による硬さが700Hv以上となる位置の表面からの深さである700Hv深さが、前記浸炭処理層の表面から350μm以内であることを特徴とする請求項1記載の浸炭部品。
【請求項3】
質量%で、
C:0.15〜0.25%、
Si:0.15%以下、
Mn:0.4〜1.1%、
Cr:0.8〜1.4%、
Mo:0.25〜0.55%、
P:0.015%以下、
S:0.035%以下、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、且つ、
元素Mの質量%を[M]とすると、
0.10≦[Mo]/(10[Si]+[Mn]+[Cr])≦0.40
を満たす部品鋼に機械加工を与える下加工ステップと、
前記部品鋼を加熱しつつ浸炭雰囲気中で浸炭及び拡散処理後、少なくとも80℃以下の低温油浴に焼き入れて浸炭処理層を与える浸炭処理ステップと、を少なくとも含み、
前記浸炭処理ステップは、前記浸炭処理層における最大C量を質量%で、0.45〜0.75%の範囲内とするとともに、前記浸炭処理層の表面から25μmの深さ位置での硬さHvd=25μmを650Hv以上、50μmの深さ位置での硬さHvd=50μmを750Hv以下とし、Hvd=25μmの硬さをHvd=50μmの硬さから引いた差を50Hv以下となすステップであることを特徴とする浸炭部品の製造方法。
【請求項4】
前記浸炭処理ステップは、硬さが700Hv以上となる位置の表面からの深さである700Hv深さが、前記浸炭処理層の表面から350μm以内とするステップであることを特徴とする請求項3記載の浸炭部品の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭により表面硬化処理を与えた浸炭部品、その製造方法及び浸炭部品用鋼であって、特に、中サイクル疲労強度に優れる浸炭部品、その製造方法及び浸炭部品用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
浸炭により表面硬化処理を施された浸炭部品が自動車の変速機や差動機(デファレンシャル)の歯車や軸受部品などとして使用されている。かかる浸炭部品では、10回程度以上の繰り返し荷重による疲労破壊(高サイクル疲労)と、10回程度以下の繰り返し荷重による疲労破壊(低サイクル疲労)との両面から疲労強度に関する様々な検討がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1では、浸炭部品用鋼において、Si、Mn、Crの成分組成を調整することで、浸炭処理による表面硬化処理後の浸炭部品の高サイクル疲労強度を向上させ得ることを開示している。SCM21の如き、浸炭部品用鋼に対して浸炭処理後、熱処理を施すと浸炭処理表面近傍に不完全焼き入れ部分(浸炭異常層)を生じ、特に高サイクル疲労強度を低下させる。この浸炭異常層はSi、Mn、Crの内部酸化によって生じるから、これら元素の成分組成を調整することで高サイクル疲労強度を向上させ得るとしている。すなわち、質量%で、C:0.05〜0.50%、Si:0.05%以下、Mn:5%以下、Cr:5%以下、他に、Ni、Mo、Ti、V、Nb、Al、Bなどを所定の量以下で含み得る鋼において、元素Mの質量%を[M]とすると、内部酸化に影響を及ぼすSi、Mn、Crの各元素について、(10[Si]+0.1([Mn]+[Cr])≦1.00とすべきことを開示している。
【0004】
他方、例えば、特許文献2では、浸炭部品用鋼において、Cr及びMnを比較的多く含むように成分組成を調整することで、浸炭処理による表面硬化処理後の浸炭部品の低サイクル疲労強度を向上させ得ることを開示している。浸炭処理表面近傍の硬さを確保しつつそのC濃度を低く抑えて靭性を高めるとともに、該浸炭処理表面近傍と心部との硬さ差を所定範囲内に制御することで低サイクル疲労強度を向上させ得ると述べている。すなわち、質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:0.7%以下、Mn:1.41〜2.0%、Cr:1.0〜2.0%、他に、Ni、Mo、Ti、Nb、Al、Bなどを所定の量以下で含み得る鋼において、浸炭処理表面の浸炭処理層でC:0.4〜0.75%、該浸炭処理層と心部との硬さ差を200〜400Hvとすることを開示している。
【0005】
ところで、近年、10回程度〜10回程度の繰り返し荷重による疲労破壊、すなわち中サイクル疲労についても検討がなされるようになってきた。一般的に、かかる中サイクル疲労強度は、低サイクルと高サイクルとの疲労強度を両立させるようにすることで向上させ得る。
【0006】
例えば、特許文献3では、浸炭部品用鋼において、Si、Mo、Bの成分組成を調整しつつ、浸炭による表面硬化処理後の浸炭異常層の深さを15μm以下に制御し且つその深さのばらつきを抑制することで中サイクル疲労強度を向上させ得ると述べている。ここでは、浸炭処理層の粒界強度を高めることで低サイクル疲労強度を向上させるとともに、浸炭異常層の深さとそのばらつきを制御することで疲労亀裂の発生を抑制し高サイクル疲労強度を向上させている。これらの結果として、中サイクル疲労強度をも向上させ得るとしている。
【0007】
また、例えば、特許文献4では、浸炭部品用鋼において、Si、Mn、Crの成分組成を調整することで浸炭による表面硬化処理後の浸炭異常層の深さを所定値以下に制御できることが開示されている。質量%で、C:0.15〜0.25%、Si:0.1%以下、Mn:0.2〜0.8%、Cr 0.2〜0.8%、他に、Ni、Mo、Nb、Alなどを所定の量以下で含み得る鋼において、浸炭処理層でC:0.7〜0.9%、♯9以上の結晶粒度で、該浸炭処理層における元素Mの質量%を[M]とすると、Si、Mn、Crの各元素について、10[Si]+[Mn]+[Cr]≦2.0とすることで浸炭異常層を6μm以下とできることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭51−90918号公報
【特許文献2】特開2008−248284号公報
【特許文献3】特開2010−150592号公報
【特許文献4】特開平6−306572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記したように、中サイクル疲労強度を向上させるためには、低サイクル疲労強度及び高サイクル疲労強度の双方を向上させるべきであるが、これには浸炭により付与される有効硬化層の硬さ分布を制御することが必要となる。
【0010】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、浸炭により特に中サイクル疲労強度に優れる表面硬化処理を与えた浸炭部品、その製造方法及びそのための鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明による浸炭部品は、質量%で、C:0.15〜0.25%、Si:0.15%以下、Mn:0.4〜1.1%、Cr:0.8〜1.4%、Mo:0.25〜0.55%、P:0.015%以下、S:0.035%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなり、且つ、元素Mの質量%を[M]とすると、0.10≦[Mo]/(10[Si]+[Mn]+[Cr])≦0.40を満たす部品鋼に浸炭により浸炭処理層を与えた浸炭部品であって、前記浸炭処理層における最大C量を質量%で、0.45〜0.75%の範囲内とするとともに、前記浸炭処理層の表面から25μmの深さ位置での硬さHvd=25μmを650Hv以上、50μmの深さ位置での硬さHvd=50μmを750Hv以下とし、Hvd=25μmとHvd=50μmとの差を50Hv以下としたことを特徴とする。
【0012】
かかる発明によれば、所定の成分組成の鋼に対して浸炭により表面硬化処理を与え、この硬さを高められた浸炭処理層において、特に、最大C量を制御してこの靭性を向上させて低サイクル疲労から中サイクル疲労に対する強度を高めるとともに、該浸炭処理層の表面付近の硬さ分布を所定にすることで中サイクル疲労から高サイクル疲労に対する強度を高めている。結果として、かかる浸炭部品では、優れた中サイクル疲労強度を得られるのである。
【0013】
また、上記した発明において、前記浸炭による700Hv以上の硬さの領域を前記浸炭処理層の表面から350μm以内に与えたことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、浸炭部品において、特に優れた中サイクル疲労強度を得られるのである。
【0014】
また本発明による浸炭部品の製造方法は、質量%で、C:0.15〜0.25%、Si:0.15%以下、Mn:0.4〜1.1%、Cr:0.8〜1.4%、Mo:0.25〜0.55%、P:0.015%以下、S:0.035%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなり、且つ、元素Mの質量%を[M]とすると、0.10≦[Mo]/(10[Si]+[Mn]+[Cr])≦0.40を満たす部品鋼に所定の機械加工を与える下加工ステップと、所定の温度に加熱し所定のカーボンポテンシャルの浸炭雰囲気中で浸炭及び拡散処理後、少なくとも80℃以下の低温油浴に焼き入れて浸炭処理層を与える浸炭処理ステップと、を少なくとも含み、前記浸炭処理ステップは、前記浸炭処理層における最大C量を質量%で、0.45〜0.75%の範囲内とするとともに、前記浸炭処理層の表面から25μmの深さ位置での硬さHvd=25μmを650Hv以上、50μmの深さ位置での硬さHvd=50μmを750Hv以下とし、Hvd=25μmとHvd=50μmとの差を50Hv以下となすステップであることを特徴とする。
【0015】
かかる発明によれば、浸炭処理層において、特に、最大C量を制御してこの靭性を向上させて低サイクル疲労から中サイクル疲労に対する強度を高めるとともに、該浸炭処理層の表面付近の硬さ分布を所定にすることで中サイクル疲労から高サイクル疲労に対する強度を高めて、結果として、優れた中サイクル疲労強度を有する浸炭部品を与え得るのである。
【0016】
上記した発明において、前記浸炭処理ステップは、700Hv以上の硬さの領域を前記浸炭処理層の表面から350μm以内に与えるステップであることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、特に優れた中サイクル疲労強度を有する浸炭部品を与え得るのである
【0017】
更に、本発明による浸炭部品用鋼は、浸炭により表面硬化処理を施した浸炭部品に用いられる鋼であって、質量%で、C:0.15〜0.25%、Si:0.15%以下、Mn:0.4〜1.1%、Cr:0.8〜1.4%、Mo:0.25〜0.55%、P:0.015%以下、S:0.035%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなり、且つ、元素Mの質量%を[M]とすると、0.10≦[Mo]/(10[Si]+[Mn]+[Cr])≦0.40を満たすことを特徴とする。
【0018】
かかる発明によれば、所定の浸炭処理を与えることで、優れた中サイクル疲労強度を有する浸炭部品を与え得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】浸炭部品の断面硬さの分布を示す図である。
図2】実施例及び比較例の成分組成及び浸炭条件をまとめた図である。
図3】本発明による浸炭部品の製造工程のフロー図である。
図4】浸炭焼入れの熱処理線図である。
図5】4点曲げ疲労試験の荷重位置を示す試験片の(a)正面図及び(b)側面図である。
図6】試験結果等をまとめた図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
一般的に、浸炭により浸炭処理層を与えた浸炭部品において、該浸炭処理層の硬さを上げることで相対的に高サイクル疲労強度を向上させ得るが、逆に低サイクル疲労強度を低下させてしまう。本発明者は、浸炭処理層の最表面の硬さを上げつつも、該浸炭処理層全体の硬さについては抑制することで、高サイクル疲労及び低サイクル疲労に対する強度を高め、結果として、中サイクル疲労に優れた浸炭部品を与え得ることを考慮した。
【0021】
すなわち、図1に示すような浸炭による硬さ分布L1において、浸炭異常層を含み得る浸炭処理層の最表面では硬さが低下する。ところで、鋼中のMoやNiの成分組成を調整することで浸炭異常層を抑制し、且つ、浸炭処理後の焼入れにおける強烈度を上げて浸炭異常層による焼き入れ性の低下を補うことで、かかる浸炭処理層の最表面の硬さの低下が抑制される(硬さ分布L2)。一方で、浸炭処理を制御して、浸炭処理層のC量を所定の範囲内に調整することで、浸炭処理層全体の硬さについて抑制するのである(硬さ分布L3)。
【0022】
以下では、上記した浸炭部品を得るための鋼の成分組成及び浸炭処理の条件を明らかにすべく、図2に示すような実施例1乃至10、比較例3、6乃至17、及び、参考例1の浸炭部品を模した試験片を作製し、種々の試験を行った結果について説明する。
【0023】
まず、図2乃至図4を用いて試験片の作製方法について説明する。
【0024】
図3に示すように、各成分組成(図2参照)を有する合金を溶製し(S1)、圧延(S2)及び焼ならし(S3)を行った後に、後述する4点曲げ疲労試験片及び硬さ試験片を機械加工した(S4)。各試験片にはプロパンガスを炭素源とするガス浸炭処理及び浸炭焼入れ(S5)をし、続いて、160℃にて120分間加熱保持後、空冷を行う焼戻し熱処理(S6)を施して最終的な試験片を得た。
【0025】
ここで、各試験片に適用した浸炭焼入れ(S5)の方法は、図2の「浸炭条件」として示した(a)乃至(c)の符号に対応する処理であり、それぞれ図4(a)乃至(c)に示す処理である。すなわち、(a)では、930℃においてカーボンポテンシャル(以降、「Cp」と称する)1.05で150分間保持した後に、Cp0.55で20分間保持し、その後、830℃においてCp0.55で30分間保持する浸炭及び拡散処理である。続いて、油温50℃の低温油浴に投入し焼き入れる、いわゆる「コールド焼き」を施す。(b)では、930℃においてCp1.05で35分間保持し、その他は(a)と同様である。(c)では、930℃においてCp1.2で120分間保持した後に、Cp1.0で60分間保持し、その後、830℃においてCp0.75で120分間保持する浸炭及び拡散処理である。続いて、油温120℃の通常油浴に投入し焼き入れる、いわゆる「セミホット焼き」を施す。
【0026】
次に、試験方法について説明する。また各試験における目標値も併せて説明する。
【0027】
図5に示すように、曲げ疲労試験では、上記した試験片のうち4点曲げ疲労試験片を使用する。4点曲げ疲労試験片10は、直径19mm×長さ100mm丸棒を直径方向に17mmの幅となるように両側部に平行な平面11を切削され、さらに長手方向中央部に底部の直径を13mmとする溝12を切削されている。4点曲げ疲労試験片10の片側の平面11に2つの支持部21を80mm間隔で当接させ、他側の平面11において溝12を挟むように2つの負荷部22を20mm間隔で当接させる。そして、曲げ荷重を与え、3×10回における時間強度を求めた。変位リミッターは0.2mm、負荷は荷重制御、周波数1〜2Hzである。ここで、時間強度の目標値は1550MPa以上である。
【0028】
硬さ試験では、ビッカース硬さ試験により、硬さ試験片の断面において、表面から深さ25μmの位置の最表層硬さ(Hvd=25μm)、表面から深さ50μmの表層硬さ(Hvd=50μm)、及び、試験片の中心部近傍の心部硬さを測定した。荷重は、深さ25μm及び50μm位置での測定において、それぞれ200g及び300gとし、測定は5点で行いその平均値を採用した。更に、深さ方向の硬さプロファイルを測定し、硬さ700Hvとなる位置の表面からの深さである700Hv深さを求めた。ここで、最表層硬さ(Hvd=25μm)の目標値は650Hv以上、表層硬さ(Hvd=50μm)の目標値は750Hv以下、好ましくは720Hv以下、700Hv深さの目標値は0.35mm以下、好ましくは0.30mm以下、ECDの目標値は0.4〜1.1mmの範囲内、好ましくは0.5〜0.8mmの範囲内である。さらに、表層硬さと最表層硬さとの差(|Hvd=50μm−Hvd=25μm|)の目標値は50Hv以下である。
【0029】
また、表層C濃度測定では、JIS G 1253に基づき、発光分光分析により硬さ試験片の表層近傍における最大値を測定した。C量は1%まで測定できるように作成された検量線を用いた。ここで、表層C濃度の目標値は0.45〜0.75%の範囲内、好ましくは0.45〜0.70%の範囲内である。
【0030】
次に、上記した各試験及び測定の結果を図6に示す。
【0031】
実施例1乃至10の各試験の結果は全て上記した目標値を満足した。すなわち、図2の実施例1乃至10に示す成分組成の合金においては、所定の浸炭条件で浸炭焼入れを施すことで、所定の硬さのプロファイルを与えられ、中サイクル疲労強度を向上させた浸炭部品を得ることができた。なお、浸炭条件を(b)とした実施例7乃至10では、浸炭条件を(a)とした実施例1乃至6に比べて、時間強度において優れる傾向にある。浸炭条件(b)においては浸炭条件(a)に比べて初期の浸炭時間を短縮し、図6に示すように表層C濃度を低く抑えて浸炭処理層全体の硬さを抑制したことが時間強度の優れる要因となったものと考えられる。
【0032】
ところで、浸炭焼入れによる浸炭異常層の深さは、元素Mの質量%を[M]とすると、
10[Si]+[Mn]+[Cr] (式1)
に依存する。この浸炭異常層深さのパラメータPが大であるほど、浸炭異常層が生成しやすい。さらに、中サイクル疲労強度は、Moの含有量を式1で除して、
[Mo]/(10[Si]+[Mn]+[Cr]) (式2)
で評価し得る。この疲労パラメータPを一定の範囲
0.10≦P≦0.40 (式3)
とすることで、3×10回の繰り返し疲労における時間強度を1550MPa以上と出来得る。図6に示すように、実施例1乃至10において、疲労パラメータPの値は0.10〜0.26であり、式3を満たしている。
【0033】
続いて、比較例3、6乃至17及び参考例1の試験結果について説明する。
【0035】
比較例3、6及び7は、実施例1乃至10と比較して、Crの含有量が1.40〜1.41質量%と多くなっている。Crは粒界酸化を促進させて浸炭異常層を生成させ、また700Hv深さをより深くするものと考えられる。比較例3及び6では、700Hv深さは目標値の上限0.35mmとなり、その結果、時間強度が1536MPa及び1533MPaと目標値を下回ったと考える。比較例6では、上記した疲労パラメータPの値も0.09となり目標値を下回っている。また、比較例7では、表層C濃度も0.77%と目標値より高いこともあり、700Hv深さも0.48mmと目標値より深くなった。その結果、時間強度は1200MPaと目標値を大きく下回ったと考える。
【0036】
比較例8、9、11、14及び15においては、実施例1乃至10と比較して、Moの含有量が0.11〜0.22質量%と少なくなっている。Moは焼入れ性を向上させる。つまり、焼き入れが不十分となると考えられ、時間強度は1503〜1549MPaと目標値を下回ったと考える。なお、疲労パラメータPにおいても、比較例8及び9では、目標値の下限であり、比較例11、14及び15では、それぞれ0.03、0.05及び0.07と目標値を下回っている。
【0037】
比較例10においては、実施例1乃至10と比較して、Mnの含有量が0.39質量%と少ない。Mnも焼入れ性を向上させる。つまり、焼き入れが不十分であると考えられ、時間強度は1505MPaと目標値を下回ったと考える。
【0038】
比較例12及び13においては、実施例1乃至10と比較して、Siの含有量がそれぞれ0.20質量%及び0.21質量%と多い。疲労パラメータPの値について、比較例12では、目標値は満たすがその下限値0.10程度であり、比較例13では、0.06と目標値を下回った。その結果、時間強度は、それぞれ1528MPa及び1545MPaと目標値を下回った。Siが粒界酸化を促進させることによる浸炭異常層の生成により、特に高サイクル疲労強度を低下させて、その結果、中サイクル疲労強度をも低下させてしまったと考えられる。
【0039】
比較例16においては、実施例1乃至10と比較して、Crの含有量を少なくし、Ni及びMoの含有量を多くしている。比較例16では、浸炭条件(a)に示す浸炭焼入れを施されるが、表層C濃度が0.77%と目標値より高くなった。その結果、表層硬さが758Hvと目標値を超え、700Hv深さが0.41mmと目標値よりも深くなって、時間強度が1455MPaと目標値を下回ったものと考える。
【0040】
比較例17においては、実施例1乃至10とほぼ同じ成分組成であるが、浸炭条件(c)に示す浸炭焼入れ、つまり、「セミホット焼き」を施される。浸炭及び拡散処理においては、表層C濃度を実施例1乃至6と同等にできるが、「セミホット焼き」により、最表層硬さが637Hvと目標値を下回った。また、表層硬さと最表層硬さの差の値が82となり、目標値を大きく超過した。すなわち、所定の硬さプロファイルを得ることができなかった。また、心部硬さが283Hvと実施例1乃至10に比べて大幅に低下した。ここで700Hv深さは0.16mmであり、時間強度は1734MPaと中サイクル疲労に対する目標値を満足している。その一方で、表層硬さと最表層硬さの差が大きく、特に、面疲労強度において劣るものと考える。
【0041】
さらに、参考例1においては、比較例16と同じ成分組成であるが、比較例17と同様に浸炭条件(c)に示す浸炭焼入れを施される。表層C濃度は比較例16と同じであるが、表層硬さと最表層硬さの差の値が60となり、目標値を超えている。すなわち、図1の硬さ分布L2において説明したように、浸炭処理後の焼入れにおいて「コールド焼き」を施して強烈度を上げることで浸炭異常層による焼き入れ性の低下を補い、浸炭処理層の最表面の硬さの低下を抑制し得るものと考えられる。
【0042】
これらの試験結果から、上記した実施例1乃至10の成分組成を有する鋼において、疲労パラメータPの目標値を満たすと、所定の浸炭処理及び浸炭焼入れを施すことで3×10回における時間強度で目標値を満たすと考えた。この浸炭処理及び浸炭焼入れにおいては、特に、表層C濃度、最表層硬さ、表層硬さ、及び、最表層硬さと表層硬さとの差のそれぞれが目標値を満たすように調整される。さらに、700Hv深さが目標値を満たすように調整し、より内部の靭性値を向上させ得て、特に優れた中サイクル疲労強度を有する浸炭部品を得られる。また、これらの目標値を満たすために、浸炭焼入においては、少なくとも80℃以下の低温油浴に焼き入れて「コールド焼き」を施すことが有効である。更に、浸炭処理において、上記した鋼は表面酸化しやすいガス浸炭だけでなく真空浸炭であっても同様の結果を得られる。
【0043】
以上の結果に基づいて、上記した実施例1乃至10の成分組成の鋼によって得られる浸炭部品としての特性を損なわない範囲において、その鋼材としての各々の組成成分の範囲を以下の指針により定めた。
【0044】
Cは、浸炭部品として必要とされる機械的強度を確保するために重要な添加元素である。Cの含有量が少なすぎると機械的強度を確保できず、特に、心部での強度が確保できない。一方、Cを過剰に含有すると、靭性の低下とともに低サイクル疲労強度を低下させてしまう。そこで、質量%で、Cは、0.15〜0.25%の範囲内であり、好ましくは0.18〜0.22%の範囲内である。
【0045】
Siは、溶製時の脱酸剤として添加され得る。Siを過剰に含有すると、浸炭時に粒界酸化を助長して浸炭異常層の生成を促進し、浸炭部品として必要とされる最表層硬さを確保できない。そこで、質量%で、Siは、0.15%以下の範囲内であり、好ましくは0.10%以下の範囲内である。
【0046】
Mnは、溶製時の脱酸剤として、また、鋼の焼入れ性を確保するために添加される。Mnの含有量が少なすぎると、焼入れが不足し、浸炭部品として必要とされる靭性を確保できない。一方、Mnを過剰に含有すると、浸炭時に粒界酸化を助長して浸炭異常層の生成を促進し、浸炭部品として必要とされる最表層硬さを確保できない。そこで、質量%で、Mnは、0.4〜1.1%の範囲内であり、好ましくは0.55〜0.75%の範囲内である。
【0047】
Crは、鋼の焼入れ性を確保するために添加され、浸炭部品として必要とされる機械的強度の確保に必要である。一方、Crを過剰に含有すると、浸炭時に粒界酸化を助長して浸炭異常層の生成を促進させる一方、焼入れ性を向上させることで、700Hv深さも増大させ、浸炭部品として必要とされる中サイクル疲労強度を損なう。そこで、質量%で、Crは、0.8〜1.4%の範囲内、好ましくは0.8〜1.2%の範囲内である。
【0048】
Moは、粒界酸化を助長することなく鋼の焼入れ性を向上させ浸炭層の破壊靭性を向上させる。Moの含有が過少であると、浸炭層での不安定亀裂進展を抑制できず、浸炭部品として必要とされる中サイクル疲労強度を確保できない。一方、Moの含有が過剰であると、より深部であっても焼入れされ700Hv深さを増大させ、浸炭部品として必要とされる中サイクル疲労強度を損なう。そこで、質量%で、Moは0.25〜0.55%の範囲内、好ましくは0.3〜0.4%の範囲内である。
【0049】
Pは、結晶粒界を脆化させ、過剰に含有すると機械的強度を低下させ、浸炭部品として必要とされる低サイクル疲労から中サイクル疲労に対する強度の低下を招く。そこで、質量%で、Pは0.015%以下の範囲内である。
【0050】
Sは、硫化物を生成させて亀裂の進展速度を増加させ、過剰に含有すると浸炭部品として必要とされる低サイクル疲労から中サイクル疲労に対する強度の低下を招く。そこで、質量%で、Sは0.035%以下の範囲内である。
【0051】
なお、Cu及びNiはスクラップを原料とする場合において不可避的に含有される元素ではあるが、積極的な添加は行わない。
【0052】
ここまで本発明による代表的実施例及びこれに基づく改変例について説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではない。当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例を見出すことができるであろう。
図1
図2
図3
図4
図5
図6