(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6114975
(24)【登録日】2017年3月31日
(45)【発行日】2017年4月19日
(54)【発明の名称】立方晶窒化硼素焼結体工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20170410BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20170410BHJP
【FI】
B23B27/14 C
B23B27/20
B23B27/14 B
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-512452(P2014-512452)
(86)(22)【出願日】2013年4月9日
(86)【国際出願番号】JP2013060689
(87)【国際公開番号】WO2013161558
(87)【国際公開日】20131031
【審査請求日】2015年12月22日
(31)【優先権主張番号】特願2012-97760(P2012-97760)
(32)【優先日】2012年4月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100112575
【弁理士】
【氏名又は名称】田川 孝由
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【弁理士】
【氏名又は名称】二島 英明
(74)【代理人】
【識別番号】100102691
【弁理士】
【氏名又は名称】中野 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100121016
【弁理士】
【氏名又は名称】小村 修
(74)【代理人】
【識別番号】100136283
【弁理士】
【氏名又は名称】横山 直史
(74)【代理人】
【識別番号】100149191
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 成利
(74)【代理人】
【識別番号】100156317
【弁理士】
【氏名又は名称】田川 昌宏
(74)【代理人】
【識別番号】100157761
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 大介
(72)【発明者】
【氏名】岡村 克己
(72)【発明者】
【氏名】田中 邦茂
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
【審査官】
亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2001/060552(WO,A1)
【文献】
特表2010−532271(JP,A)
【文献】
特開2011−189421(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0077130(US,A1)
【文献】
特表2002−502711(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00 − 27/24
B23C 5/20
DWPI(Thomson Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素粒子と結合相で構成されるcBN焼結体(4)を少なくとも刃先に有す
る立方晶窒化硼素焼結体工具であって、始端が刃先稜線(8)上にあってその刃先稜線を
波打たせる複数の溝(6)がすくい面(5)に形成され、その溝(6)の終端が前記刃先
稜線(8)よりも内側にあり、
さらに、前記溝(6)の溝幅(W)が10〜100μm、溝深さ(d)が10〜50μmであって、その溝の溝幅(W)が刃先稜線(8)から離れるに従って狭くなり、かつ、前記刃先稜線(8)から離れるに従って溝深さ(d)が浅くなり、かつ、すくい面(5)が正のすくい角を有する立方晶窒化硼素焼結体工具。
【請求項2】
前記cBN焼結体(4)に含まれるcBN粒子の平均粒径が2μm以下で、前記cBN
焼結体(4)の熱伝導率が70W/m・K以下であることを特徴とする請求項1に記載の立方晶窒化硼素焼結体工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、切れ刃を立方晶窒化硼素粒子と結合相で構成される立方晶窒化硼素焼結体で構成した立方晶窒化硼素(以下、cBN)焼結体工具にかんする。詳しくは、耐熱合金の切削加工において、横切れ刃部の境界損傷と逃げ面摩耗を抑制し長寿命化を実現する立方晶窒化硼素焼結体工具に関する。
【背景技術】
【0002】
cBN焼結体工具は、従来の超硬工具などの工具材料と比較して化学的安定性に優れ、鉄との低親和性や高硬度に起因する高能率で長寿命を達成できる材料的な高性能特性を有する。さらに、切削工具などの塑性加工工具としての研削工具を大きく凌ぐ優れたフレキシビリティーを有し、環境への負荷も小さい点が評価されて鉄系難加工性材料の加工においてcBN焼結体工具は従来工具を置換してきた。
【0003】
一方、Ni基系耐熱合金や鉄系耐熱合金の切削加工において通常使用される超硬合金製工具では、切削速度が50m/min程度、早くても80m/min程度までしか上げることができない。そのため、高温硬度に優れるcBN焼結体工具を用いて200m/min以上の高速切削が検討されている。しかし、耐熱合金をcBN焼結体工具で切削する場合の問題点は、横切れ刃部に欠損が生じることであり、現状では工具の信頼性が十分得られていない。
【0004】
そのような状況に鑑みて、下記特許文献1に記載されているように、cBN焼結体の熱伝導率を低下させることにより、刃先に発生した熱を被削材側に効率的に分配することで被削材の硬度を低下させて被削性を改善し、それによって横切れ刃の境界欠損を抑制する試みがなされている。
【0005】
また、形状面での工夫では、下記非特許文献1や特許文献2に記載されているように、工具表面に微細な凹凸構造を形成することで、耐溶着性を改善することが試みられている。
【0006】
また、非特許文献2では、工具すくい面に0.05mmの溝を形成し切屑の流れを制御する試みがなされている。しかしながら、以上のような形状面の工夫によっても耐熱合金の加工におけるcBN焼結体工具の横切れ刃の欠損を抑制することは実現できていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−58087号公報
【特許文献2】特開2000−140990号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】2009年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集(2009)pp125−126
【非特許文献2】2009年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集(2009)pp111−112
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この発明は、cBN焼結体工具の欠点である耐熱合金の高速加工における横切れ刃部の境界損傷を抑制して工具の信頼性向上と長寿命化を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、Ni基系耐熱合金の中でも最も汎用的な材料であるインコネル718を用いて、横切れ刃部の境界損傷の発生原因を調査した。その結果、横切れ刃部で溶着が発生し、切屑の流れと共にcBN焼結体が切屑の流出方向(切れ刃の各部における接線に対して直角に近い方向)にチッピングしていることを突き止めた。さらに、溶着の程度が、切れ刃稜線の形状に強く依存することを見出し、上記の課題を解決するのに有効なcBN焼結体工具を完成させた。
【0011】
上記の知見に基づいて完成させたこの発明のcBN(立方晶窒化硼素)焼結体工具は、cBN粒子と結合相で構成されるcBN焼結体を少なくとも刃先に有する工具であって、始端が刃先稜線(切れ刃)上にあって刃先稜線を波打たせる複数の溝がすくい面に形成されている。また、その溝の終端が刃先稜線よりも内側に配置されている。
【0012】
すくい面に設ける上記溝の溝幅は、10〜100μm、溝深さは10〜50μmであってその溝の溝幅が刃先稜線から離れるに従って狭くなり、さらに、その溝の溝深さが、刃先稜線から離れるに従って浅くなり、かつ、すくい面は正のすくい角を有することが好ましい。
【0013】
また、cBN焼結体に含まれるcBN粒子の平均粒径が2μm以下で、cBN焼結体の熱伝導率が70W/m・K以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
この発明のcBN焼結体工具は、上記の構成を有することで耐熱合金の高速加工において横切れ刃部の境界損傷が抑制され、信頼性向上と長寿命化が実現される。その理由は後述する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】この発明のcBN焼結体工具の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図1のcBN焼結体工具の刃先側の拡大平面図である。
【
図3】
図1のcBN焼結体工具の刃先側の拡大斜視図である。
【
図4】
図2のX−X線に沿った位置の拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、この発明の実施形態であるcBN焼結体工具について説明する。この発明の実施形態であるcBN焼結体工具は、既述の通り、cBN粒子と結合相で構成されるcBN焼結体を少なくとも刃先に有するものであって、すくい面に、始端が刃先稜線上にある複数の溝が形成され、その溝の終端が刃先稜線よりも内側に配置されることを特徴とする。
【0017】
その特徴を有するcBN焼結体工具の一例を
図1〜
図4に示す。例示のcBN焼結体工具1は、鋭角コーナ部を刃先として使用する菱形ネガティブcBN刃先交換式チップである。このcBN焼結体工具1は、台金2の鋭角コーナ部に段落ちした支持座3を設け、その支持座3にcBN焼結体4を接合し、そのcBN焼結体4のすくい面5に、複数の溝6を設けてなる。隣り合う溝6,6間には、畝(凸部)7が形成されている。
【0018】
溝6は、始端が刃先稜線(鋭角コーナ部の切れ刃)8上にある。また、その溝6は、刃先稜線8からその刃先稜線の各部における接線に対して直角に近い方向に延びて終端が刃先稜線8よりも内側に置かれている。さらに、溝幅W(
図2、
図3参照)が、刃先稜線8から離れるに従って狭くなり、なおかつ、溝深さd(
図4参照)が刃先稜線8から離れるに従って浅くなっており、チップの平面視において刃先稜線8に沿った一定幅の領域に放射状に配置された溝になっている。
【0019】
また、すくい面5は、15°程度の正のすくい角θ(
図4参照)を持つ面とされている。
【0020】
このように、構成されたこの発明のcBN焼結体工具1は、すくい面5に形成される溝6によって刃先稜線8が波打つため、生成される切屑の接触面積が減少して溶着が抑制される。
【0021】
また、溝6の終端が刃先稜線8よりも内側に配置されて溝6,6間の畝7が横切れ刃側の逃げ面9を直視した状態で直視方向に延び出すため、生成される切屑の断面形状が刃先稜線8(切れ刃)の波形状を転写したものになる。その波形断面の切屑は、溝幅Wが刃先稜線8から離れるに従って狭くなっているために溝6の底部と畝7の稜線側における流出速度が変化し、それにより、剪断力が作用して切屑が湾曲し、また、すくい面5との接触圧の低下、剪断促進による接触領域の減少などで横切れ刃部に発生する引っ張り応力も低下し、これ等の相乗効果によってチッピングが抑制されると推測される。
【0022】
溝深さdを刃先稜線8から離れるに従って浅くしたことによって切屑に作用する剪断力が高められ、また、すくい面5を切屑の流出抵抗の小さい正のすくい角を持つ面にしたことや溝6による誘導効果などによって切屑の排出もスムーズになり、これらによって、溶着の低減や横切れ刃部チッピングのより一層の低減が図られる。
【0023】
すくい面5に設ける溝6は、溝幅W、溝深さdが10μm未満の場合、溝底と畝7の稜線側における切屑の流出速度に差異を生じ難く、横切れ刃部のチッピングを抑制する効果が薄い。また、溝幅Wが100μmを超えると、横切れ刃の位置に波形状の1ピッチ分を入れることが難しくなり、溝深さdが50μmを超えると、凸部の強度が低下してチッピングが発生しやすくなる。従って、溝幅Wは10〜100μm、溝深さdは10〜50μmにするのが好ましい。
【0024】
cBN焼結体4に含まれるcBN粒子の平均粒径が2μm以下であり、さらに、cBN焼結体4の熱伝導率が70W/m・K以下であることが好ましい。cBN焼結体4に含まれるcBN粒子の平均粒径が2μmを超えると、cBN焼結体の熱伝導率が高くなる傾向があり、その熱伝導率を70W/m・K以下に抑制しようとすると、cBN粒子の含有率を低下させる必要が生じ、結果的にcBN焼結体の強度が低下するので好ましくない。
【0025】
上記の溝6は、YAGレーザーやピコ秒レーザーを用いて、ビーム径やパルス幅、出力、ピッチ幅等のパラメータを調整することにより形成することができる。
【0026】
また、この発明は、耐摩耗性を高めるTiAlN,TiCN,AlCrN,TiAlCrN,TiAlSiN等のコーティングを施したcBN焼結体工具にも適用することが可能である。
【実施例】
【0027】
−実施例1−
以下のようにして、cBN焼結体工具を作製した。まず、平均粒子径1.2μmのWC粉末と、平均粒子径1.5μmのCo粉末と、平均粒子径2μmのAl粉末とを、質量比で、WC:Co:Al=40:50:10となるように混合し、真空中で1100℃にて30分間熱処理した化合物を、φ4mmの超硬合金製ボールを用いて粉砕し結合材を得た。
次いで、同結合材粉末と平均粒子径0.5μmのcBN粒子とを焼結後のcBNの割合が75体積%になるように配合し、混合し乾燥させた。
さらに、これらの粉末を超硬合金製支持板に積層してMo製カプセルに充填後、超高圧装置によって、圧力6.5GPa、温度1350℃で30分間焼結した。
そして、得られたcBN焼結体の熱伝導率をレーザーフラッシュ法により測定し、別の方法で算出されたcBN焼結体の比熱および密度に基づいて算出した結果、その熱伝導率は、50.5W/m・Kであった。
【0028】
次に、この試作品のcBN焼結体を用いて、台金の鋭角コーナ部にCBN焼結体を接合した菱形ネガティブcBN刃先交換式チップ(cBN焼結体工具):ISO型番CNGA120408(一辺の長さ12.7mm、刃先コーナのコーナ角80°、全体厚み4.76mm)を作製した後に、刃先部に、YAGレーザーを用いて、溝幅が50μm、溝深さが30μm、溝深さが刃先稜線から離れるに従って浅くなり、かつ、すくい面が15°の正のすくい角を有する形状に成形した。YAGレーザーの条件は、加工速度500mm/s、周波数50kHz、出力6.0W、ビーム径80μm、ピッチ幅0.01mmである。
【0029】
−実施例2−
実施例1と同様の方法で、溝幅、溝深さ、すくい面のすくい角を変化させ、その他の仕様は実施例1と同じにした菱形ネガティブcBN刃先交換式チップ(表1に示す発明品2〜6)を作製した。表1の発明品1は実施例1で作製した工具である。
【0030】
さらに、発明品1〜6と比較例1の菱形ネガティブcBN刃先交換式チップをホルダに装着して構成されるバイトを使用して、切削速度:300m/min、切り込み量ap:0.2mm、送り量f:0.1mm/revで、被削材のインコネル(INCO社商標。Ni基合金)718の外周切削を行った。発明品1〜6と比較例1の形状及び切削結果を表1に示す。比較例1は、すくい面に溝を設けていないcBN焼結体工具である。
【0031】
【表1】
【0032】
この試験結果からわかるように、発明品1〜6は、比較例1に比べて横切れ刃部のチッピングが抑制されており、寿命判定基準をチッピングサイズ0.2mmとした場合の工具寿命が、比較例1の3倍以上に延びていることがわかる。
【0033】
−実施例3−
実施例1と同様の方法で、cBN粒子の平均粒子径を2μm、cBNの割合を80体積%にした菱形ネガティブcBN刃先交換式チップ(表2に示す発明品7)と、cBN粒子の平均粒子径を4μm、cBNの割合を90体積%にした菱形ネガティブcBN刃先交換式チップ(表2に示す発明品8)を作製した。これらの工具の他の仕様は発明品1と同じにした。発明品7の熱伝導率は70W/m・K、発明品8の熱伝導率は120W/m・Kであった。
【0034】
次に、発明品1,7,8のcBN焼結体工具をホルダに装着して構成されるバイトと比較例2のバイトを使用して、切削速度:100m/min、切り込み量ap:0.2mm、送り量f:0.1mm/revで、前記インコネル718の外周切削を行った。切削結果を表2に示す。比較例2は、すくい面に溝形状を施していない市販のcBN焼結体工具(cBNの割合60体積%、結合相:TiN)である。
【0035】
【表2】
【0036】
この試験結果から、熱伝導率の低い工具の方が、工具寿命が長いことがわかる。これは、cBN焼結体の熱伝導率が低いと、刃先で発生した剪断熱が被削材側及び切屑側に配分される割合が高まり、そのために、被削材や切屑が軟化し、また、切屑の排出もスムーズになって横切れ刃部のチッピングの発生が抑制されると推測される。
【0037】
なお、この発明のcBN焼結体工具は、実施例で挙げたものに限定されない。工具の刃先部のみをcBN焼結体で構成したものが経済的であるが、工具の全体をcBN焼結体で構成したものであってもよい。
【0038】
また、溝6の幅や深さ、cBN焼結体に含まれるcBN粒子の平均粒径、cBN焼結体の熱伝導率を適宜変化させて実施例とは異なる組み合わせにしたものであってもよい。
【符号の説明】
【0039】
1 cBN焼結体工具
2 台金
3 支持座
4 cBN焼結体
5 すくい面
6 溝
7 畝
8 刃先稜線
9 逃げ面
W 溝幅
d 溝深さ